"特別"に翻弄されてきた者たちはそれを望むのか。
そんな事は誰にも分からない。
だけど、分かったことが一つある。それは…
そういう「救い」もあるという事だ。
亜耶「検査の結果はどうですか?。」
流星「亜耶。問題無いよ、軽度な疲労だってさ。」
―――あれから、超巨大人造バーテックス「ネメシス・バーテックス」は跡形も無く消滅した。
"御魂"にされていた「高嶋友奈」の魂を『三神官』の支配から解放し、彼女は今度こそ仲間達の元へと行くことができた。
その消滅の瞬間は今でもハッキリと覚えている。300年間、神樹様の一部となってずっと独りで世界の行く末を見守って来た彼女が見せた本当の顔…"人"としての高嶋友奈の表情だった。
2年前、結城先輩の手を引いたのはあの人だった。本質が似ていると聞いていたが、あの雰囲気も全く同じもの…生まれ変わりなんじゃないかと思わせるほど、似ていた。あの時もきっと、「見守る」側を貫いて背中を押す役目を全うしていたのだろう。だが、彼女の本当の願いはああやって、仲間達の元へと旅立つ事だったのかもしれない。全てから解き放たれ、最期に見せたあの笑顔は心からの笑顔だったと思う。
俺は自分の手を見る。
人を救うという事がこんなにも重い事なのだと、改めて実感した。俺は本当にやれたのか…本当にあの人の願いを叶える事が出来たのか…今でも信じられないでいた。俺は最後の一押しをしたに過ぎない。亜耶がいなければ、本当の意味で彼女の魂を解放することなんて出来なかったと思う。見えてはいなかったが、きっとかつての仲間達が彼女を迎えに来てくれたのだろう。亜耶の捧げた祈りがその架け橋になったんだと、俺はそう思う。
そう考えていると、亜耶は自分の手を重ねてきた。
亜耶「――リュウ君は、やり遂げましたよ。」
流星「…ああ、だといいな。」
「おっと、邪魔したかな?。」
検査機関を出た矢先に、1人の女性が現れる。
犬吠埼風。彼女もまた、先の戦いにおいて尽力した人物。
流星「犬吠埼先輩。」
風「こんにちは、"英雄"君。」
流星「やめてくださいよ、そんなんじゃないです。俺は……。」
風「ゴメンゴメン、あんたがそういうのを嫌うのはちゃんと知ってるわ。ちょっとからかっただけよ?。」
彼女が手にしていたのは…綺麗に梱包された花束だった。
風「ちょっと付き合わない?。行くところがあるの。あんた達も行きたいだろうなって思ったからさ。」
亜耶「えっと…何処に行くのですか?。」
風「大橋の"慰霊碑"よ。」
――――――
電車に揺られる事数十分。
俺達3人は大橋付近に設けられた"慰霊碑"の前までやってくる。
俺はこの場所をよく知っていた。何せ、ここは結城先輩と初めて出会った場所だからだ。
心が折れて逃げるようにやってきたこの慰霊碑。あの時は何故ここに向かったのかは自分でもよく分からない。だけど、導かれるようにやってきた事は何となくだが覚えている。今思えば、あの時はここに眠る英霊達の当時の気持ちを感じる為だったのかもしれない。どんな気持ちで、死地に身を投じて来たのか……分かるはずもないのに、ここに足を運びたくなったんだろう。そしてまた、ここにやってきた。けど、今度は明確な意味をしっかりと持っている。
風「…ここね。」
3人の目の前にある慰霊碑。そこに刻まれていたのは。
「高嶋友奈」。
その名だった。
風「…あの化け物の"御魂"にされていたのは彼女の魂だったそうね。乃木……宗主様からそう聞いたわ。」
流星「はい。神樹様が消えると同時にその一部である自分も同じ運命を辿ろうとしていた時に『三神官』に捕まったそうで。きっと、"友奈"の起源である彼女の魂が「人造神」に相応しいと踏んだからでしょう。」
風「…腹立たしいわね。自分達のエゴを貫く為なら何でも利用するつもりか。」
彼女が見せたたった一度きりの「弱音」。
あんな顔をするような人じゃないのは分かっている。だけど、それが本当の姿だったのかもしれない。
そんな事を思っていると、まるで自分の思っている事がわかっているかのように亜耶が言葉を発した。
亜耶「…高嶋友奈様の人物像については、史実で語られている事しか知りません。勇敢で優しく、世界を守る為にその生涯を終えた英雄としての高嶋友奈様。彼女の"人"としての部分は誰も知らなかったそうです。」
風「……なんとなくだけど、あたしは分かる気がする。全く同じなのよ…"友奈"と。」
流星「結城先輩と…ですか?。」
風「ええ。友達や仲間が傷付くのが何よりも嫌なあの性格。本人はね、それを隠したがるの。能天気なフリをして、何も考えてない行き当たりばったりな自分を演じているのよ。周囲を和ませる為に、自分に気を遣われないようにする為に。」
一言で言うなら「不器用」。
風は、その後に続けた。
風「きっと、高嶋友奈も同じだったんじゃないかな。史実は表の部分で裏ではすごく気を使う子。そして、他人の為なら平気で命を賭けられる子。まるで、自分の命に価値がないかのように、それに気付かずに簡単に賭けてしまう。優しいを通り越してバカが付く心が綺麗な子なのよ。」
風はその慰霊碑の前にしゃがみ込む。
ここには、たくさんの名を刻まれている。その全てが勇者というわけでは無いのかもしれない。旧大赦で多大な功績を遺した人や霊力が高かった巫女、何かしらの影響を残した者はここに祀られるのだろう。
知ってる名もあれば知らない名もある。ここに刻まれた人達は世界の為に尽力した人達だ。
風「…そんな子を己の抱く理想の為の礎にするなんて、許せない。もう、あんな目に遭う子は見たくないのよ。」
風は思い出す。
何もわからずに死んでいった「魚座」の事を。彼は歪んでいた、だが無慈悲に奪われて良い命ではない。
手を出したものが良くなかったと言えばそこまでだ。事実、それは自業自得とも言えるだろう。だから、彼の末路があんなものになるのは必然だったのかもしれない。
まだ、"使徒"は残っている。彼のように、因子に支配された者はまだいるだろう。克服し、服従させることが出来る"使徒"は稀だと情報が入っている。
"人"として死ねる幸せ。死ぬことが幸せだなんて、胸を張って言える事じゃないがそれも一種の幸福なのだろう。
せめて、死ぬ時くらいは幸福であるべき…彼女は、ずっとそう考えていた。そんな経験があったからこそ、高嶋友奈の魂がそんな最期を迎えたと知った時は「これで良かった」とそう思えるようになった。だから、この二人を誘った。彼女の魂を救ったこの二人を。
風「あたしらは人を救えるほど、大きな存在じゃないけれど…少し"特別"なところがあるのならその為に力を使うのもいいかもね。最も、あたし達のは制限があるから後数回が限界だけど。」
そう言って、花束をそこに置く。そして、静かに手を合わせる。2人も続くように手を合わせて。
流星(…高嶋友奈さん。貴女は大切な仲間の所に行けましたか?。)
また、思い返す。
彼女が求めた"願い"の事を。
"特別"に翻弄されながら、その一生を終えた彼女。
彼女だけではない…ここに眠る人たちは皆、そうだ。その"特別"が誇らしかったのか、重い枷になっていたのかは分からない。もしかしたら、求めてなかったものなのかもしれないし勝手にそう呼ばれただけなのかもしれない。
だけど、感じる事がある。
少なくとも…一生懸命だったという事。
絶望しながらも、悲しみながらも、誇りに思いながらもその与えられた"特別"に恥じないように、自分の意思を強く持って生きてきたに違いない。
それこそ、心に従うように。
自分の夢や本当の思いを押し殺してまで、与えられた使命と役目を全うしてきた人達。
――すごいなと思う。
心が折れようとも、その根っこだけはしっかりと守り抜いた事。
ここに刻まれた名前の人達は、心が強かった人達なのだろう。世代を超えて、脈々と受け継がれてきた"特別"を受け入れて前に進んだ人達。
今、自分達がその世代だ。
全てが終われば、この"特別"も何の意味も持たないものになるのだろう。だけど、それが終着点なのだ。
"普通"に戻る。"特別"である事の意味を成し遂げた後、人は皆"普通"に戻る。あの高嶋友奈だって、あの瞬間を以てようやく"普通"に戻れた。
消える間際に見せたあの笑顔こそ、全ての枷から解き放たれて"普通"に戻れた喜びだった。
流星(…史実では英雄と称賛された貴女は今日までずっと語り継がれて来た。でも、貴女の魂と出会ってから分かった事がある。貴女は"特別"から逃げたかったのかもしれない…けど、それと同じくらい自分に課せられた使命を誇りに思っていた。)
―――神様や大人達に利用されながらも。
6つの灯籠を波打ち際に置く。
そこに名は書かれていない…だが、それぞれの象徴たる花の墨絵が描かれていて。
―――世界の命運を背負わされながらも。
火を灯す。
ふんわりと、優しい輝きを放ちながら少しずつ波に乗って。
―――手放した"普通"をいつか、取り戻す為に。
ゆっくりと、並びながら沖の方へと流れていく。
あの時、迎えに来た5つの魂と並んで去っていくように。
―――貴女達の思いは、この遠い時代でも受け継がれています。
徐々に消えていくその灯籠はまさに「送り火」のようで。
永きに渡った"特別"から解放するように。
―――だから、後は任せてください。その"特別"は。
遂に見えなくなり、日も落ちてきた。
一瞬だったが、これで…―――。
―――俺達が、引き受けます。
かつての英雄達は…"普通"に戻れた。
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……………………………………………
全てを見届けた後、すっかり日が落ちてあたりが暗くなる。
時間はまだ夕刻だというのに、街灯の灯りがチラホラと点き始める。もう、すっかり冬の空になりつつあるんだな。少しだけ、潮風が冷たく感じてしまう。でも、大橋は光に照らされない。ここだけは、まだ昔のままだ。きっとこれから先、「外」への調査に踏み切るときに再びその渡り橋となるのだろう。これは…旧世紀からの遺産だ。
…ここから、多くの人が四国に流れ着いたのだろう。先端は過去の大戦でひしゃげてしまい、まるで「外」への道を妨げるかの如く、空を向くように異様な形に曲がってしまっている。
いつかまた、人類の準備が出来次第ここから始まるのかもしれない。この橋は、時代の終わりと始まりを感じさせるほど神秘的だった。この光景が変わったその時、人の時代はまた新たな一歩に踏み出すのだろう。
…今日は、色々と考えさせられる日だったな。
あの灯籠はどこまで行ったのだろうか…もしかすると、「外」の世界に一足先に向かったのかもしれない……そんな、夢みたいな事を考えたりもする。全く、現実思考の俺らしくも無い考えだが、今日だけは現実だけではなくそう思うのもいいかもしれないと思って。
あの灯籠は初代勇者達と彼女達に寄り添ってきた巫女をイメージして用意したものだ。犬吠埼先輩に連れられて来る前に少し寄り道して買ったもの。そこに描いた花々は彼女たちの意思を体現したものだ。以前、新生大赦の管理する『封印殿』で見た資料の中にあったものを覚えていた。「灯籠流し」なんて、もう時期がとっくに過ぎているというのにどうしても俺は彼女達を送りたいと思い、献花と一緒に執り行った。
"人"としての一面を見た以上、送らなければいけないとそう思ったから。そして、その中には歴史から消された1人の勇者も同じように送ろうと思ったんだ。名前は知らない。"乃木若葉"が遺した御記にはその事項だけ検閲されて、文章が塗り潰されていた。だけど、後に続いている文章はその存在を主張するように文言からは彼女の必死さが伝わってきた。だから、その「存在しない」勇者の灯籠も用意した。初代勇者は全部で「5人」いて、支えてきた巫女が1人いたのだから。
―――帰りの電車の中で、外を眺めながらそんな風に物思いに耽っていると、犬吠埼先輩が。
風「あんた達、地元に戻ればそれなりの時間になるだろうから今日はあたしの家に来なさい。晩御飯、食べていきなさいよ。」
亜耶「え…そんな、悪いですよ。」
風「いいの。元はと言えば、あたしが誘ったんだから。こういう時はお言葉に甘えるものよ?ちょうど、樹もお腹を空かせてる頃だと思うから寄っていきなさい。」
流星「…それじゃあ、お世話になります。」
風「ええ、どんなものでも振る舞ってやるわ!。」
――こんな風な何気ない日常がこんなにも愛おしいなんてずっと思わなかった。きっと、貴女達が世界を取り戻す傍ら、心の隅に思っていたんだろう。でも、まだ全てが終わっていない。だから俺は…。
――戦い続けるんだ。
どんなに辛い道であっても貴女達のように、"人"らしく生き抜く為に。そして…
「神」に近付いた亜耶を"普通“に戻す為に。
…………………………end。
様々な思いを経て、かつての英雄たちの旅立ちを見送った流星。
彼女達の魂が今度こそ、在るべき所に…そう願い、大海原へと見送った。
だがその頃、勇者達の知らない所で大きな事件が起きていた。
"邪神教団"内部の反乱。
…三上峻輝は『三神官』に反旗を翻す――
次回
―参『国土亜耶の章』―最終話。
第66話 嘘だらけの世界。