後悔しない為に、諦めきれない為に今、らしくないことをしている。
その答えが何であれ、俺の中で何かが変わる気がするから。
願わくば…
あの人を救える、手立てを――。
強固な結界を破り、俺は今『封印殿』の内部へと足を運んでいる。
見渡す限り続く膨大な資料の数々が保管された本棚に正直、驚いたというのが最初の反応だろう。
ここにあるもの全てが世に出ていない、または、出せない代物ばかり。曰くつき…というやつだ。
興味が無いと言えばウソになる。不思議と、忘れたはずの好奇心が湧き出てくるのだが今はそんな暇は無い。俺がここに来た理由は一つ、あの人を苦しめている"祟り"とやらをどうすれば祓えるのか、その手立てを探しに来たのだから。
直に関係者が押し寄せてくるだろう。時間の問題も迫る中、俺は冷静に書物を読み漁って探し続ける。
その中で一つ、興味深い書物を見つけた。
峻輝「「"祟り"に関する報告書」…?。」
――ようやく見つけた、一つの道標。俺は一言一句とも逃さないよう、食いついて文面を読み上げる。
それは2年前…結城友奈が"天の神"の怒りをその身に受けて祟られた事から、とある神官がその顛末まで記録を記したものだ。だが、所々その文字が掠れている…。
…………………………。
神世紀300年 〇月■■日。
勇者:結城友奈様は"天の神"から"祟り"を受ける。それは制約によって"――祭"の生贄となった東郷美森様を助け出すために禁忌の地「――原」に足を踏み入れ、彼女を救出した為に生贄としての役目を引き継いだ事がその祟りの本質だった。我々にそれをどうするなんて手立ては無い。全ては、神が決めた事だ。
――――――――――
時は冬に差し掛かった頃。
我々はその"祟り"について、研究を始めた。どうやら、この事を他者に話すと"祟り"は伝播するようで、既に1人の勇者がその影響で交通事故に見舞われた。改良型の勇者システムには前のバージョンと同様「精霊システム」を搭載しているにも関わらず、全治数週間の大怪我となり入院する羽目となった。この"祟り"は神樹様の力でさえも――――させるようだ。
――――――――――
"祟り"の研究を経て、様々な結果を知ってしまってから受けた者の苦しみを思うと胸が苦しくなる。
これは命の灯火を少しずつ蝕んでいく病魔と同じく、呪いの刻印が広まっていく度に想像も絶する苦しみを味わう事になる。
ましてや、他者に相談出来ずに人知れずに死んでゆく…死んだ先、この"祟り"がどうなるかなんて誰も分からない。だが、私がもし当事者ならばきっと精神が崩壊しているだろう。この呪いは…そういうものだ。
――――――――――
――唯一の救いがあった。いや…これは、救いと言えるものなのか。前々から懸念され続けていた神樹様の"寿命"がまもなく、尽きようとしている。その意味が何なのかは言われなくても分かる…この世界の"終焉"だ。
これはなんとしても、阻止せねばなるまい。これまで築いてきた歴史の数々、英霊達の思いが全て"無"に期すのだ。"防人"達の「――――」は間に合わない…いや、それを成すには途方もない時間が必要となる。実際にまだ大きな収穫は得られていない…これは、死の世界と化した「―」の再生を試みるものだ。神樹様の―を植え、恵みを広げる為の――――。
故に、我々は決断した。
"――の儀"によって、神樹様の寿命を延ばすことに―――。
そして、その対象となるのは"御姿"となった結城友奈様。この世界を維持するための最終手段…彼女は、快く引き受けてくれた。人の身を捨てるという行為は"死"と同義…だが、彼女自身が残された時間が無い事を一番理解している。"祟り"によって死を迎えるか、世界の為に人を捨てて神に一部になるか……私個人は思う。十数年の時しか生きていないこの少女が背負うものはあまりにも大きすぎる…だが、我々は懇願するしかない。この世界の生きとし生ける者たち全ての為に、この少女の命を使って世界を維持しよう……全てを失うよりはマシだと……。
――――――――――
―私は、"――"になりきれなかった。心のどこかで、死にたくないという思いがあったのだろう。だが、あの祈祷の中で身体の機能を一部失った私は下半身不随となった。何が起きたかは後の報告で知ったことだが、"神婚の儀"は失敗に終わったらしい。彼女は"人"として、生きる選択をしたらしい。そして"―――"を撃退し、この世界は滅びの道から逃れられたという。
――たった一人の少女がした選択を、"神"が汲んでくれた。300年の時を経て、この世界は再び人類の手に戻ったのだ。そして彼女は…生きている。
"祟り"が消えたのだ。きっと、神樹様が最後に送った"贈り物"なのかもしれない。私は安堵している、彼女が生きていたことに。そして、申し訳なく思う。世界の全てを押し付けてしまった事に。
"祟り"。
それは、旧世紀から伝わっていた呪いの事だ。
それを解く手段は無い。大昔から、その原因を取り除く他無いと言われてきていた。
だが、もしこれが神の恩情…いや、"感謝"であるならば方法があるのかもしれない。
この世界は逝去された神樹様の残滓が"恵み"となって各地に広まっている。
それは、人類にとって豊かなエネルギーをもたらすものであって、いつか遠くないうちに「外」の世界に踏み出した際の手助けとなるのかもしれない。
確信は無い。この世界に神が居なくなった今、気にする必要が無い事だがもう少し、この仮説を早く発見していれば彼女が苦しむことが無かったと思うともっと研究する必要があったのかもしれない。
以上を以て、"祟り"に関する報告を終了とする。
――――――――――
――特に、大きな収穫は無いな…そう思って、俺はその報告書を閉じようとする。
すると、ヒラリと一枚の手紙のようなものが落ちてくる。それを拾い上げて、俺は目を通す。それは、この報告書を作成した神官の思いが綴られた文書だった。
――――――――――
―私はこの経験から大赦を辞めた。神に縋って生きる時代は終えた。これからは自分の足で、意思で生きて行かねばならない。年端もいかない純粋無垢な少女に全てを託して判断させるわけにはいかない。もう、彼女達は自由なのだから。
だから、この仮説を残しておこうと思う。今後の世界において全く必要のない事だが、一人の少女の苦しみを見て見ぬ振りをした罪滅ぼしをさせて欲しい。
新たな体制の大赦…"新生大赦"の本殿に神樹様の枝が1本、保管されている。人類に遺した最後の贈り物だ。
これは各地に散らばった"恵み”を探知するレーダーのような役割を果たしている。神樹様が豊穣を象徴する土地神の集合体ならば、この枝がある限り世界にはまだまだ"恵み"が残されているという事になる。つまり、枝が枯れない限りはまだ残っていると言うことになる。神樹様の"残滓"というやつだ。
しかし、そのエネルギーを生かすも殺すも残された人類次第という事になる。いつか必ず、この恵みは消滅だろう。それまでに人類が"神力"に頼らずとも、過ちを犯さない豊かなエネルギーを生み出してこの星を守り抜ける生命体へと進化することが最後に課せられた課題だと私は思う。
話が脱線したが、この事実を考えるとまだこの世界に"神"の力が残されているという事になる。この枝に込められた神力を使えば、"祟り"を消滅させることが可能なのかもしれない。結果は神のみぞ知る…という事だ。薄い望みだが、彼女の事例を考えてみれば"祟り"を消すのは神力に頼るしかないと私は考える。
最も、神力を個人の為に使う事はご法度だ。使えばきっと、"恵み"の消滅も早めてしまう。この枝が最後に残された神樹様の"神力"だ。だからこの報告書と共に私が書いたこの文書は未来永劫、人目に付かないように封印されることになるだろう。最も、私もそう願っている。邪なる者が見れば悪用される可能性だってある。それほど、"神力"は神の居ない世界にとっては魅力的なものなのだから。
願わくば、この世界が過去の過ちを犯さない事を願う。神に見初められた多くの少女達の血と涙に濡らされた歴史だ。決して、良いものでは無い。あのような"祟り"に侵される少女を生み出してはならない。もし…もしもだとしよう。この世界が再び、戦火に見舞われることがあった時…もし、"祟り"によって苦しむ者が再び現れた時……その時は世界を捨ててまで、この仮説を試してみるのも良いのかもしれない。
何にせよ、"人柱"で成り立つ平和など真の平和ではない…世界の為に、孤独な犠牲を生む必要なんてないのだから。その時は…滅びを受け入れよう。苦しみから解放され、何の罪もない子が泣かなくてもいいように…それが、運命だと受け入れよう。我々がしてきた事は例え、世界の存続を考えた結果だとしても決して、許されるものではないのだから。
―――――
――――――――――。
…そこで、手紙の文面は終わった。
神樹が遺した"枝"が、新生大赦に保管されている…それが、"祟り"を消すたった一つの道となるのかもしれない。
そう思った直後、俺の中で覚悟が固まった。
どのみち、遅かれ早かれ自分の目的を成すために乗り込むつもりだった。一石二鳥、自分の運命を変える大きな鍵がそこにあることが分かった。
峻輝「…なんだ、"答え"は同じところにあるんじゃねェか。」
たった1人の少女と"世界"…天秤にかけても何処に傾くかなんて俺の中ではすでに決まっている。
峻輝「――新生大赦…そこを叩けば、全てが手に入る。俺の運命も…あの人の運命も全て…!。」
その時、外が騒がしくなる。
時間をかけすぎた…いや、反応が早い。異常を察知した"新生大赦"の者達が次々とここへやってくる。それもそうか、かなり強引な手段で入り込んだのだから。
多数の神官達が続々と俺を取り囲む。何やら、ブツブツと言っているようだが興味もない。あまり時間を掛けてしまうとアイツら…防人と勇者達もやってくるかもしれない。ならば、ここは短期決戦でやるしかないか。
峻輝「おい、死にたくなければ素直に通せ。どのみち、お前達はもう終わりだ。」
放つ殺気。
たかが神官…少し、特殊な力を持っているだけで雑魚に変わりはない。
威圧感だけで余裕で倒せる…無駄な殺生をするつもりはない。どのみち、俺が今から向かう先でこの世界は「変わる」のだから。
…………………………………。
園子「………………。」
安芸「宗主様…雲行きが怪しくなって参りましたね。」
今にも降り出しそうな雨。ゴロゴロと、雷も鳴り始めた。
園子は真剣な眼差しで空を見続ける。
園子「…たった1人で世界を敵に回す…並大抵の覚悟じゃないよ。力で勝てても、精神性では勝てない…彼を崩すには、その心を理解しないといけない。」
安芸「ですがそれは…。」
園子「うん、分かってる。出来ないだろうね…だから、こうして衝突しないといけない。彼の怒りを、思いを…その全てを受け入れて私は過去の大赦に変わって謝らないといけない。」
そう語る彼女に何も言えない安芸。
自分でも分かる…彼はきっと、"ここ"に来る。自分の過去に決着をつける為に。
園子「…「黒百合の乱」…それを、止められるのはきっと………。」
……………………end。
怒りと救済。
そのどちらも叶えるものはここにある。
ならば…世界を敵に回して俺は戦おう。
――全てに、決着を。
次回
第73話 黒百合の乱。