自分が弱いから、弱かったから妹と生き別れてしまった。
もう、何も失いたくない。
力こそが私の中では"正義"なのだから―――――
―――奴らの本拠地に上陸してから、私達はただ一点に突き進んでいた。
"射手座"の意外な行動により、消耗することなく進軍できているのは幸運とも言える。
ここにいる私達ははっきり言ってしまえば精鋭中の精鋭。
なんたって、2年前のあの地獄を最前線で乗り越えてきたのだから。
誰か一人でもいい、"三神官"の喉元に嚙みつくことが出来れば、そこに勝機はある。
人の"悪意"で始まったこの大事件の代償は大きすぎる。
焼かれた街に奪われた命…たった数人の悪意によって大多数の人生が滅茶苦茶にされたこの事件は歴史上でも類を見ない程、巨大なものへと成長してしまった。
あの"三神官"の言い分を理解出来ないわけでもない。"神樹様"が消えてからというもの、この世界からは"神"の気配を全くと言っていいほど感じなくなった。それ程、身近にいた存在が消えたという事なのだ。
でも、神そのものが完全に消えたわけではない。天外のどこからか、全ての神を凌駕する絶対神である"天の神"が常に人類を監視している。
つまり、常日頃から人類は矛先を向けられたままずっと監視されているのだ。
人類がまた、大きな過ちを犯せばかの者が降臨し、再び人類に対しての粛清が始まってしまう。ずっとその監視下で生きていくのは確かに居心地が悪いだろう。
だからといって、その絶対神を討ち取るなんてことは考えちゃいけないと思う。ましてや、その神に成り代わって自らを"神"と称するのはおこがましい事だ。
私達が言いたいことはただ一つ。
"神"がもう関わって来るな。
――たったそれだけだ。天の神であろうが新たな神であろうが、もう私達に"神"は必要ない。その思いを胸に、ここに立っているのだから――――
そして今、その尖兵たる"使徒"が立ち塞がって来た。
今度は顔見知りだ。ここに来た時点で、対峙することは分かっていた。
シズク「おいお前ら。コイツらはオレが引き受けるから先に行きな。」
そう啖呵を切ったのは、シズクだった。
眼前に立ちはだかる敵…それは、防人として苦楽を共にして来た元仲間である「高崎美咲」。幾度も、私に立ち向かって来た強い子だ。
芽吹「シズク…ここは全員で…!。」
シズク「バカ言え。ここでいたずらに消耗すれば、本丸を叩く前にゲームオーバーだ。"使徒"の相手なんざ、並大抵の事じゃ済まねえ。一人でも多くの人員をあの傲慢な神官共の元に送るのが合理的だろ、"隊長"?。」
その言葉に、私は"隊長"としての責務を思い出す。
シズクの言う通り、これは"作戦"だ。成功率を1%でも引き上げるための決断力が必要だ。なにより…この力強い彼女を信じなくてどうする?。
芽吹「…分かったわ。貴女を信じる。」
「えと…私も一緒に残るよ。」
――そう、手を挙げるのは壱番隊の防護である雀だった。
意外だ…この子の性格を考えるとここまで来るのにも手一杯なはずなのに、自らが志願するなんて考えもしなかった。
シズク「いらねェよ。加賀城、お前も先に行け。お前の守りが必要になる時が…。」
雀「い、今だと思うなッ!?。」
芽吹(…相手は二人…それも、連携が強みである"双子座"…あの高崎さんだ。)
芽吹は何も言わずにただ、こちらから目線を離さない"双子座"の二人を見て決心する。
―ここは、この二人が適任―だと。
芽吹「…ここを任せたわ。では…また"後で"。」
シズク「おう。」
他のメンバーは先を目指すべく、走り始める。
だが、それを許すわけでもない。"双子座"が動きを見せようとした―――。
シズク「よそ見はやめといた方がいいぜ?。何せ…オレが残るのはテメェらとケリ付ける為でもあるからな。」
銃口から煙が出る。一直線に伸びた弾丸が、美咲の頬を掠っていた。
"双子座"美優「…だとさ、お姉ちゃん?。」
"双子座"美咲「…山伏。」
"双子座"…高崎美咲は静かに得物の剣を抜く。
美咲「ここまで来たことは流石というべきか…追い詰められたのはこちらの方だね。」
シズク「へぇ…意外と物分かりが良いんだな。」
美咲「別にあんた達を軽く見ていたわけじゃない。2年前の功績を考えると、逆に当たり前というか…"人類側"の最強戦力である【防人】の壱番隊……かつて、私がその座を狙っていた戦力だもの。当然と言えば当然。だけど、これはチャンスでもある。"私個人"のね。」
雀「チャ、チャンス…?。」
美咲「そう、チャンスなの。私は力が欲しい。その為に"悪魔"に魂を売って人を捨てた。知ってる?旧世紀…302年前の時代よりもさらに昔の話だけど、「力こそ正義」と謳われる時代があった。」
地面の蹴って飛び出した美咲。その圧倒的な速度は力の根源となった『ジェミニ・バーテックス』の持つ速度そのもの。一瞬にして懐を取られたシズクは歯を食い縛る。
雀「や、やらせな……。」
美優「ざ~んねん。」
足元に弾痕が残る。目にも止まらぬその速さは攻撃にまで現れていて。
そして、シズクは斬り上げられた。
シズク「ぐうううッ!?。」
舞う鮮血。加護の力による迎撃は間に合ったが、それでも浅くはない。打ち上げられたシズクはそのまま重力に引っ張られ、地面に叩きつけられる。
美咲「……要するに、強い者が認められる時代。弱い者は淘汰され、土地を奪われ、尊厳まで失う時代があったのよ。だから、弱者にはなりたくない…いや、戻りたくないの。この世界の腐った部分に虐げられてきたから……私はね、自分の弱さをずっと呪って来た。だから、分かるの。弱い人間なんて何の価値もないって。」
ゆっくりと歩み寄り、その切っ先を喉元に突きつける。一歩、前進するだけで喉を貫ける距離。
だが、シズクはそれでも目が死んでいない。
シズク「……それが、【防人】を志願した動機だってのか…?。」
美咲「そうよ。あんたには分からないだろうね……【初代:防人】は"勇者"の適性を見出されて集まった集団でしょう?そして、その選考に落ちた集団……2年前まではその適性を見出された者が潤沢にいたそうだね?。今、残っている【防人】達もその殆どが初代……つまり、「力ある人間」の集団。私達"次世代"はそういった適性を必要としなくなった【防人】……新生大赦の課す水準に満たった者なら誰もがなれる世代の防人…だから私はあの楠芽吹を超えて、認めさせようとした。けど…それ以上に"特別"の方が近道だと気付いたのよ。」
美優「そう。お姉ちゃんはその"特別"を手にできた人間……人の垣根を越えて進化した人類……!。」
美咲「紫藤を見てそう確信した。悪魔の力だろうが何だろうが、"特別"に至れば確実に力が手に入る。そして私は…"進化"する――――。」
一瞬、悍ましい気配がその場に広がる。刹那、美咲の手が真っ赤に染まった。
貫いたのはシズク………否。
美優「ゲフッ……お、お姉……ちゃん……?。」
美咲「ありがとう、帰って来てくれて。」
美咲「な…何を……がふッ!?。」
雀「……何…してるの……?。」
雀は彼女の手に握られた"もの"に戦慄する。
シズク「……あの野郎……妹の"心臓"を握ってやがる……!!。」
美咲「ありがとう、私の"糧"になってくれて。そして、さようなら……妹の姿をした"偽者"。」
グシャッと、鈍い音がする。"心臓"が潰れたと同時に現れたのは……"疑似御霊"。
美優?『あ亜阿阿阿阿阿阿阿ァァッ――――。」
"妹"だったものが霧のように消えてなくなり、手にした疑似御霊を飲み込む美咲。
すると、身体に変化が起こり始めた。
シズク「な、何をした高崎ッ!!。」
美咲『何って…妹の姿をした"偽者"の魂を貰っただけだよ。教団入りしてからもう気付いてたんだよね…妹…「高崎美優」はもう死んでいたという事に。」
雀「え…し、死んでいたって…!?。」
美咲『正確に言えば、3年前だ。当時、妹は徳島に住んでいてね…通っていた学校のクラスメイトから壮絶な虐めを受けていた。その虐めは次第にエスカレートしていき、遂には女としての尊厳まで踏みにじられた。複数の男子生徒の毒牙に掛かり、精神が壊れた妹はそのまま飛び降り自殺……"双子座"の因子を手に入れてからこの"偽者"に刻まれていた妹の記憶を見たのよ。ああ…その男子生徒達ね、無惨に殺しといた。学校も燃やしたな……当時、関わっていた人間は皆殺しだ。滑稽だったよ、何せ妹とそっくりな私を見た瞬間に下卑た顔をしていたから…それで逆に殺されたんだもの。最後に明かしてやったよ…私は"姉"だと。』
赤い髪が脱色し、真っ白に。そして、右手は持っていた剣と融合し落ちていた"偽者"の銃が左手と融合。
目は真っ赤に染まり、両足は「ジェミニ・バーテックス」を彷彿とさせる細い脚に成り代わった人の形を保った異形へと進化した。
「虚神(うつろがみ)ジェミニ」。
そう呼ぶに相応しい、禍々しくもどこか美しい容姿の虚神へと変貌した。
虚神ジェミニ『…この"偽者"は『三神官』が"双子座"のバーテックス因子から私の情報を取り入れた結果、"疑似御霊"が妹の姿に変化したものだ。つまり、私は最初から『三神官』に目を付けられていたという事になるね。』
シズク(野郎…"虚神化"しても暴走してねェ上に自我を保ってやがる……因子を完全に制御下に置いたという事か…!。)
虚神ジェミニ『でも、意外なのは片割れの"疑似御霊"が最後まで自分を「高崎美優」と認識してた事か…まあ、今となってはどうでもいい。片割れを取り込み、"双子座"は一つとなった。これでもう何も失わない…失わせない。私の力の頂点…今、ここに!!。』
凄まじい威圧感のみで周辺に影響を及ぼし始める。
それはまるで、「高崎美咲」が抱えている闇と力への執着が具現化したかのような…そんな表現が正しい。
目の前にいるのはかつての仲間ではない…力に執着した怪物…これを討たなければならないと思わせる程の強大な敵。
いつも怯えるはずの雀ですら、そう思う。
シズク「加賀城!。後ろに下がってな…コイツは…!。」
雀「ダメ!。シズク、怪我してるし…それに、コイツがメブ達の元に行けばこの先が大変になっちゃう!。ここで私達が止めないとだよ!!。」
シズク「…は……いつもビビり散らしてるくせに…。」
雀「いや、怖いよ!?。帰れるなら帰りたいけど…それ以上に、なんとかしなくちゃって気持ちの方が強いから!!。」
そんな雀に鼓舞されたのか、シズクがゆっくりと立ち上がる。
シズク「オレは楠みたいに生きて帰れなんて言わねェぞ?。下手すりゃ、ここでオレ達も終わる…これは脅しじゃねェ。」
雀「それでも、"生きて帰る"…でしょ?。」
シズク「へ…当たり前ェだろッ!。」
シズクは深呼吸し、銃剣を構える。
先手で斬られた傷は決して浅くはない…致命傷ではなくとも、時間との勝負だ。
だが、それでも判断を間違えるわけにはいかない…相手は狂気に呑まれた怪物だ。
シズク「…そうだ高崎。さっきお前、「初代防人は"力ある人間"」って言ってたな?。」
虚神ジェミニ『それが?。』
隣にいる雀に目を向け、ソッと肩に手を置いた。
一瞬、驚いた雀だが彼女が何を言おうとしているかすぐに理解する。
シズク「勘違いすんじゃねェぞ?。確かに当時の大赦に素質を見出されて集まった連中だけどよ…それでも、本物の"勇者"には足元にも及ばねェ。あの地獄に放り込まれて、心が折れて去った奴もたくさんいたし、次から次へと補填されるようにやって来た奴らも居た。いつしかオレ達は「替えの利く"勇者"」なんて思われたりもしたぜ。」
ゆっくりと、照準を向ける。
一寸の迷いも無く…―――――
シズク「それでもよ、あの時にみんながみんな、必死こいて戦ってきたからこそ今があるんだよ。"特別"?そんなもん、どうだっていい。オレ達【防人】はよ…全員が力を合わせて1人前だ。テメエみてェになんでもかんでも一人で戦ってるなんて思う奴なんざ一人もいねェんだよッ!。」
引き金を引くシズク。
当然、そんな攻撃は通用しない。だが、これは……"宣戦布告"だ。
シズク「勘違い野郎のその面に風穴を開けて思い知らしめてやるよッ!。"防人の戦い"ってやつをッ!!。」
…………………end。
孤高に生きる少女は狂気に堕ちた。
仲間に囲まれた少女は信頼を知った。
相反する思いのぶつかり合い。
その場に響くは、少女たちの本音…―――
次回
第82話 防人の戦い。