悪役令嬢、断罪後の物語   作:花河相

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 シュバインはイザベルの寝室へ料理長に頼んだ料理を乗せたカートを引き、パーティに出席するようなしっかりとしたサイズの合わない正装を来ていた。

 正装を着たのは随分前でサイズが合わない。

 昔から太り気味の体型であったシュバインだが、ここ数年で一気に太ってしまった。

 どうにか使用人たちの協力もあり、着れたのだ。

 

 それは、何もしませんよ。と警戒心を無くしてもらうための工夫だったのだが、残念ながら今のイザベルにはなんの意味もなかった。

 寝室にいたのは敵意丸出しの厳しい剣幕の彼女にどう話かけたものかと思考を巡らせる。

 警戒心を解こうとしても……今この場に頼れる人は誰もいないし……どうしたものか。

 

 シュバインは両手を天井に上げ何もしませんよとアピールしながら慎重に言葉を選ぶ。

 

「僕は少し話をしたく、させ参じました」

「……信用できませんわ」

「……こんな正装を来てこの場にいる僕はなんなのですか?見てくださいこの服。3年前まではぴったりだったのですが晒しを巻いて執事数人に力を借りてようやく着れたのです。ピチピチです、一人で脱ぐことすら難しい」

 

 シュバインは一人で脱げませんよ、と無理にアピールする。

 

 例えるならLサイズの人が無理やりSサイズの服を着たかのようにピチピチだ。

 しかも、上着はボタン式だが、腹が出過ぎて一人では外せない。今にもボタンが弾け飛びそう。

 そんなシュバインにイザベルは奇異の視線を向ける。

 

「……何故そのような」

 

 依然として構えていた万年筆は下がることはない。

 だが、イザベルに少し変化が起こったことは事実なわけで。とりあえずシュバインはこの場に来た旨を説明することにする。

 

「……先も言いましたが、少しお話ししたいことがあるからです」

「ここへ来た経緯……でしょうか?」

「いえ。先に申し上げますと、イザベル様が王都で何があったか、我が領に来た理由も存じております」

「では何を」

「あなたの健康面についてです」

「……へ?」

 

 言葉を選びながら慎重に話を進める。

 一番心配している言葉を伝えた。

 イザベルは豆鉄砲を喰らったかのように顔をする。

 

「化粧で隠しているつもりでしょうが、クマができている。少し痩せていて顔色も悪い。お伺いしますが、ちゃんと食べれたのはいつになりますか?」

「ええっと……」

 

 拍子抜けしたイザベルは少し考えるそぶりを見せた。万年筆は下がり警戒心はわずかに解かれる。

 イザベルは質問の意図がわからないものの、一度俯き考えるそぶりを見せたあたり答えてくれるようだ。

 

「ここしばらくは……食べた記憶はございませんが……」

「……胃が受けつけないと言った形ですか?」

「……はい」

 

 イザベルはこくりと頷いた。シュバインは話を進める中で納得する。

 

「不調になると胃腸が衰えているのです。幾ら栄養が豊富な食事でも重いのです」

「……はい」

「ここに消化の良いものをご用意しました。夜遅くですがお召し上がりください。警戒なさるなら目の前で僕が毒味をしますから」

「ちょ、少し待ちください。何故このようなことを」

 

 イザベルは急に差し出されたカートを見て困惑する。

 未だ警戒は解かれていないため、シュバインはカートを押し近づくことはしなかった。

 どう反応するかと、イザベル様子を窺うも、彼女はトレーに置かれた料理に視線を向けた。

 

「うちの料理人が作ったものです。おかゆや果実をすりおろしたものです。これならイザベル様も食すことができると思いますが?なんなら、僕が毒味をしましょう」

 

 未だ無言で考え込むイザベルにこれは安全ですよとアピール。

 イザベルは疑問符をあげる。

 

「申し訳ありません。食欲がございませんので後日にしていただけませんか?」

「一口だけでも食べてください。このままではあなたの体は悪くなる一方です」

 

 断られたことに焦りを感じるたシュバイン、どうにか説得を試みようと言葉を紡ごうとしたが、言葉は出なかった。

 イザベルは遠い目をしていたから。

 

「……このまま死ぬのも……いいのかもしれませんわね」

 

 イザベルはこぼした言葉。

 それは全てがどうでも良くなったという自暴自棄からか。だが、その一言を口にした瞬間、今まで溜まっていた感情漏れ出す。

 

「殿下を奪われ、怒りに我を失い嫌がらせをしてしまった。……結果殿下に国外追放を言い渡された。お父様からも見放された。今まで王妃になるべくしてきた努力も全て水の泡。……もう、わたくしの存在価値などございませんもの。……これはいわば、わたくしへの罰なのでしょう」

 

 一度でも心のうちをこぼした後、止まらなくなった。

 ずっと溜め込んできたものを吐き出した。イザベルは一人で抱え込み、人に相談できない状況にあった。

 本心からそう考えたいるわけじゃないだろう。本気で死のうとしているならまず言葉にすることは困難。

 死にたいとは本心からの言葉でない。

 彼女も自分の発言を否定してほしい。

 そうではない。そんなことはないと。

 そんな慰め、否定の言葉を無意識か欲していた。

 こういう時、慰めの言葉をかけるべきなのだろう。だが、そんな暗い空気を断ち切るのがシュバインの長所だった。

 

「……仮に公爵様に見放されていたら今頃無一文で国外に放り込まれていますよ」

「……へ?」

 

 シュバインが放った言葉は励ましでも、否定でもない……誤解を解くことが始めた。

 イザベルは予想外の言葉に目を丸くする。

 

「王族から国外追放を言い渡されて、その発言が覆ることはあり得ない。おそらく、公爵様……君の父君が暗躍したのでしょう。本当にあの方は不器用すぎるんですよ」

「え……あ、あの」

「おそらく、王太子殿下にもっと娘にもってこいの罰があるとかで矛先を僕に仕向けたんでしょうね。娯楽も何もないど田舎に、汗臭いデブが統治する領に継がせた方が娘にとっては最も侮辱的な罰だとか」

「……あの、男爵様?」

「大切な娘を守るためとはいえ、ほとんど通告なしに近い状態で僕にお願いするとかあの人どうかしてますよ」

「……えっと」

「……おっと話が脱線してしまいました」

 

 懐かしむような、愚痴を言うシュバインに戸惑いを隠せないイザベルだった。

 話のリズムが崩れ、シュバインはキョトンとしていた。

 

「……とにかく、公爵様からは見放されてないことは確かです!本当は不器用で無愛想な方なんですよ。……確認ですが、こちらに来る前、公爵様とお話しされましたか?」

「……いえ。数日公爵邸で謹慎を人伝に言い渡され、リーヴ男爵領へ行くようにと……書面で」

「……それで、見放されたと考えたと」

 

 イザベルはコクリと頷いた。

 

「謹慎中はずっと一人でしたか?……近くに侍女がいましたか?」

「は……はい。お父様からはわたくしがいらぬ事をせぬよう、監視するためだと」

「全てが悪循環ですよ公爵様」

 

 シュバインは後頭部をかきむしる。その誤解を紐解くように言葉を紡いだ。

 

「公爵様は一言足りないんですよ」

「……どう言うことでしょうか?」

 

 イザベルは少し期待を抱く。自分の思っていたことが違ったと言われ、父親の考えが知りたいと考えた。

 

「あくまで僕の見解ですが、短時間で殿下から言い渡された決定が覆るのは相当な労力が必要です。会えなかったのも作業に追われていたから。そして、突然我が領に来るように言われたのはイザベル様を気遣っていち早く王都から離れてほしかったから。侍女を常につけていたのは自暴自棄にならないための保険でしょうね」

「……」

「昔から公爵様はイザベル様に厳しく接していましたから。年頃の娘との距離感がわからなかったのでしょう」

「ですが、それは男爵様の見解であって実際は違うと言うことも」

 

 未だ信用に至れないイザベルだった。

 シュバインは事前に持ってきていた公爵から送られた手紙を出す。本来、他者に見せてはいけないものだが、致し方あるまい。

 もともと原因は公爵様が悪いから許されますよね、と考えたシュバインはイザベルに手紙を差し出す。

 

「これは……」

「先週公爵様が僕に出した手紙です。読んでいただけたらわかるようにこの手紙にはあなたの大切さが滲み出ています」

 

 手紙を片手でゆっくりと受け取り目を通す。

 文字を見て偽物ではないとわかる。

 手紙の内容は硬い言い回しや遠回しの書き方ばかりであるが、要約すると公爵の人間性を知るシュバインにとって手紙には「イザベルが心配だから面倒を見てほしい」「顔色がすぐれないようだから栄養あるものを食べさせてあげてほしい」「定期的に報告を入れてほしい」とイザベルのことを心配して内容ばかりであった。

 

「お父様……」

 

 手紙を読み終えると涙が溢れる。

 

「わたくしはなんと愚かで……救いようのない女なのでしょう」

 

 手紙を読んで思ったことは後悔だった。

 もっと冷静に太刀振る舞えていたはずだった。

 

 自分は父親から嫌われていると勝手にそう結論づけてしまって父親の言動についてマイナスに考えることが多かった。

 実は一緒に食事をとっているとき、最近はどうだと何度も聞かれた方があった。イザベルはすぐに何も問題ないと答えてしまい話は終わったが、それは不器用ながらイザベルはついて知ろうとした行動からだったのだろう。

 だからこそ、深く後悔をした。

 

「……少し考えればわかることでしたのに。恩知らずで親不孝もの……わたくしにもう価値なんてーー」

「恋をするということは、魔法にかかったのと同じだと僕は思うんです」

「……へ?」

 

 イザベルが思いの丈を吐き出す中、シュバインは言葉で遮る。

 

 面食らったイザベルは目を見開いた。

 何故シュバインがそんなことを言ったか、わからない彼女はそのまま耳を傾ける。

 

「平凡な容姿をしている女を絶世の美女に見間違う、その逆も然り。僕みたいな男を美男子と見間違えてしまうほどに」

「……何が言いたいのですか?」

 

 イザベルは視線を細める。

 

「要は、熱烈な恋すると人はバカになるんですよ」

「え?ば、ばか」

「その人のためになると考えて。その人のために行動したのに、何故かその人は喜ぶどころか不機嫌になる……だけど、恋に夢中になっているときは何故怒っているのかわからない。何故喜んでくれないのか……何故そんなに怒っているのか。自分の考えを一方的に押し付けているだけなのに気が付かない」

「……」

 

 イザベルは俯いた。シュバインの言葉に刺さるものがあったのだろう。

 

「そして、人はしばらくすると少し冷静になるんですが、気がついた時にはもう手遅れになっている」

 

 シュバインの言葉を聞き終えるとイザベルは視線を落とす。

 ぽつりぽつりと語り始めた。

 

「初めは……注意を促すだけでした。しかし、ブルーメさんは聞く耳を持たず殿下からは距離を置かれた。……彼女といる時、殿下はわたくしに見せたことのない笑みをした。それを見るたび胸が苦しくなり……次第に手を下すようになってしまった」

 

 

 新しい何か励ましがほしい訳ではない。ただ、自分がしてしまったことの独白。

 

 面倒な女だと自覚しながらも何か言葉をかけて欲しかった。

 少しだけのやり取りでイザベルはシュバインならば言葉をかけてくれると思った故の独白。

 

「少なくとも僕はあなたの行動は賞賛に値すると考えております」

「……え?」

 

 イザベルは困惑した

 シュバインが彼女の言葉を聞きた結論は、彼女も被害者なのだと言うことだった。

 

「僕は現場にいたわけではないので詳細はわかりません。ですが、話を聞く限り王太子殿下の独りよがりの暴走。君はそれを止めようと行動した。王族に対して意見すること……それは勇気ある行動です」

 

 シュバインは嘘偽りのない言葉。

 シュバインとイザベルは目を見つめ合っており、交差する視線は真剣そのもの。

 

「国王となるものが、婚約者以外の異性と関係を持とうとしなければあなたは愚行をしなかった。注意を促された時、言動を改めれていればイジメがエスカレートすることにはならなかった。そもそも、誰の了承もえず、公の場で婚約破棄をするとかおかしすぎる。一国の国王や聡明な公爵様が許すはずがない。なにより、適切な手続きを踏めばイザベル様の立場が危うくなることはなかった」

 

 見方を変えれば全て責任転嫁。だが、短慮な言動をしたのは王太子自身。

 

「要は王子が全部悪い!結論はそれに限ります。馬鹿なんですよ王子は」

「……クス……王族の侮辱は不敬になりますわよ?」

 

 拍子抜けの言葉にイザベルはクスリと笑ってしまった。

 先程まで理屈での言葉だったのに、話のまとめ方が雑すぎる言葉に呆気に取られるイザベル。だが、自然と笑みが溢れる。

 どこか自然体の柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「……誰もいないからいいんですよ」

 

 シュバインは照れ隠しで少し背けてしまう。

 今、ペースを乱されたイザベルにはもう死にたいなどと言うような雰囲気はなくなっていた。瞳には温もりが宿る。

 そして、シュバインは改めてイザベルには向き直る。

 話を切り替えるように。先を見据えてもらえるように。

 

「イザベル様……これからは先の事を考えましょう。なんなら、僕も協力しますので!」

「……唐突ですわね。ですが先を考えるなど……何をすれば良いかわかりませんね」

「なら、これから考えましょう!そうですねぇ。まず最初はご飯を食べて健康を目指しましょうか!我が領には美味しい食べ物がたくさんあります。この身体証拠です!」

「それは……男爵様の将来が心配ですわね」

「公爵様に手紙を出すのもいいですね。お返事を書くときに一緒に送付しますよ」

「お返事は……くるでしょうか?」

「大丈夫でしょう。むしろ安心されるのでは?あの人ほど娘にとことん甘く、家族思いな人はいませんから」

「……流石に言い過ぎではなくて?」

 

 イザベルは親バカな部分があるところは信じていないようだった。

 厳しい英才教育を受けてきた彼女にとって父親は堅物の印象があった故だろう。

 自分のことを想ってくれていると知ったが。

 そこでシュバインは人差し指を立てる。

 

「では、一つ賭けをしましょうか」  

「はぁ……賭けでしょうか」

 

 イザベルは突拍子のない提案に首を傾げる。そんな彼女に対してシュバインは自信満々にこういった。

 

「賭けは公爵様が娘に甘いか否かについて!もしも僕が勝ったら疑ったことを謝罪してください!」

「ええと……では、わたくしが勝った場合は?」

「僕にできる範囲で一つだけ言うことを聞きましょう!」

「それは……賭けと言えるのですか?」

 

 イザベルは口を手元に寄せて、クスリと笑う。自分を元気づかせるために冗談を言ってくれていると考えたのだろう。

 とうのシュバインは本気なのだが。

 

 一区切りつけるかのようにイザベルは大きく深呼吸をする。

 吸い込んだ空気をゆっくり吐き出し真剣な表情になる。

 

「……承りました。では、お父様へのお手紙、執筆させていただきますわね。もしも手紙が返ってこなかったその時は何をお願いしましょうか」

 

 イザベルは来た頃とは想像できないくらい嬉しそうだった。

 

 これまでではなく、これからについて。

 先が不安ではあるが、シュバインの取った行動は絶望の淵にいた一人の少女を救うことになったのだった。

 

 その後シュバインの用意した食事を食した。

 

 ただ、イザベルの体は相当疲弊していたらしい。

 シュバインと話したことで緊張の尾が切れてしまったのであろう。

 

「はぁ…はぁ…はぁ」

「39.0度……風邪ですね」

 

 リーヴ男爵領に勤める老医者が診断結果を告げる。イザベルは呼吸を荒げている。

 イザベル=フィスターニスは高熱を出し、寝込んでしまった。

 

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