ハリーポッターとエーデルシュタイン家のシンデレラ 作:とあるにわかのハリポタ好き
ではご縁があった読者の皆様、魔法の世界に行ってらっしゃい。
「エーデルシュタイン伯爵夫妻がこんなに早く亡くなってしまうなんてね。」
「夫妻にはまだ小さな御令嬢が1人居たわよね。あの子は一体どなってしまうのかしら?」
「そうよね、夫妻の御両親や御兄弟はいなかったはずよ。あの子の将来が心配だわ。」
全身真っ黒な喪服を身につけた会葬者達は一人ずつ、或いは複数人で真っ黒な棺の前に向かい、伯爵夫妻の死を弔った。そして来訪者達を迎え挨拶を交わす老婆の横で一人棺桶を見つめる少女は、会葬者達の心ない言葉に傷付き、今にも泣きそうになっていた。
「お可哀想に。」
「まだあんなに小さな子供なのにね。」
「あの子の将来が心配だわ。あの子には身寄りも無いし、一体どうするのかしら?孤児院に行くのも時間の問題よね。」
そんな会葬者達の囁きを、老婆は目ざとく聞きつけていた。そして少女が一人になったタイミングを見計らい、そっと少女に声をかけた。
「お嬢様、大丈夫ですか?御屋敷の中で待っていても良いのですよ?」
「ばあ、や……」
老婆は少女の母親が幼少の頃から面倒を見てきた人間で、少女の乳母でもあった。少女は目に涙をいっぱい浮かべながら乳母を見上げた。そんな少女を優しく抱きしめながら、乳母は娘の様に思っていた伯爵夫人の死を悲しみ、涙を流した。
「ばあや。私は、これから一体どうしたら良いの。」
「お嬢様……」
少女は未来に不安を抱えていた。両親を亡くし、頼れる親戚もいない。彼女はまだ7歳になったばかりの少女なのに、今後一人ぼっちになってしまう。孤独への恐怖を、両親と突然別れた事への寂しさを彼女は幼いながらに感じていた。そして、乳母はそんな少女を哀れに思いながらも、無力な自分を憎み恨んでいた。
「お母様もお父様もいない。私は一人ぼっちだわ。」
少女の母親は元々は貴族では無かった。幼い頃に未婚の子爵夫人の養女として迎え入れられた事で貴族令嬢となり、様々な家庭教師の元でマナーや教養を学んだ。そして彼女の父親の両親も数年前に亡くなっており、彼の兄弟も幼少期に亡くなっており、頼れる親戚は誰もいない。だから、子爵夫人が半年前に亡くなってから、少女には頼れる人間がいなかったのである。
「……いいえ、お嬢様。私がおりますよ。」
「ばあやはずっと一緒に居てくれる?私を置いて行かないでくれる?」
「ええ、もちろんですとも。私はずっとお嬢様のお側におりますよ。」
乳母と抱き合いながら泣く少女はこの先の未来に大きな不安を抱えながらも、必死に現実を受け入れようとしていた。そんな少女を、乳母は哀れみながらも同時に愛おしく思っていた。
「お嬢様、どうか泣かないで下さいませ。」
「ばあや、ばあや、私……これから上手くやっていけるかしら。お母様の様な、素敵な淑女になれるかしら。刺繍もお勉強も苦手なのに、立派な淑女になれるのかしら?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。奥様のような立派な淑女になれますわ。お嬢様はきっと、幸せになれます。そのお手伝いをばあやがしますからね。」
乳母は少女を抱きしめながら、優しく言い聞かせた。少女はそんな乳母の言葉に少しだけ安心したのか、泣き止み始めた。全ての会葬者が去り、少女と乳母が屋敷の中に戻ろうとした時、突然強い風が吹き上げた。
「きゃっ!」
少女は突然の強い風に驚き、思わず尻餅をついた。そして乳母は突然吹き上がった突風と、その強風によって舞い散るブラックソーンの花びらに驚いた。
「ステラ・エーデルシュタイン様、リシア・クレメンス夫人ですね。」
突然背後から声が聞こえ、2人は慌てて振り返った。そこには中年と思われる容貌をした男性が一昔前に流行っていたであろうスーツを身に纏った状態で立っていた。突然の突風と舞い散るブラックソーンの花びらに驚いた2人は慌てて振り返った。そこには整った容貌をした紳士が一昔前に流行っていたであろうスーツを身に纏った状態で立っていた。
その男性は、少女と乳母が振り向いた事を確認すると、懐から一枚の紙を取り出した。そしてそれをステラの方に差し出しながら口を開いた。突然現れた男性に警戒しながらステラは差し出された紙を受け取った。
「私はとある高貴な御方の使いでやって参りました。レディ・ステラ、私の主は貴方様を後援したいと申し上げております。今お渡した封筒は主からの御手紙です。早急に御確認ください。」
紳士はステラに紙を渡した後、恭しくお辞儀をしながら言った。そんな男性の行動に驚きながらも、少女は封を開けた。
『ステラ・エーデルシュタイン 様
拝啓
この度は思いもかけないことで、お悔やみを申し上げます。
私はカペラ・エーデルシュタイン伯爵夫人の古い知人でございます。
伯爵夫人はエーデルシュタイン嬢を心から愛し、大切に育ててこられました。しかし、今回伯爵邸に強盗が侵入し、伯爵夫妻が亡くなったと聞き、一人娘であられる貴方の未来を憂いました。
伯爵夫人は生前、貴方のとある事情について心配されていました。そして私であれば、貴方の事情を理解し、サポートをする事ができます。
そして今回の事件で夫妻は亡くなられ、貴方には身寄りもいないそうですね。もし宜しければ、貴方の生活や教育にかかる費用を支援させていただきたいと考えております。
貴方が学びたい事やしたい事を支援し、成人し成婚をされるまでの間にかかる費用を全て私が支払います。その代わり、貴方には一つ守っていただかなければならない条件がございます。11歳から7年間、指定のボーディングスクールに通って貰う、というものです。
勿論授業料や学費は全てこちらが支払います。この条件を前提とした支援を行いたいので、お返事をお聞かせいただきたく思います。
それでは、良い返事をお待ちしております。
敬具
エーデルシュタイン伯爵夫人の古い知人』
「これは……」
少女は手紙の内容に驚いた。まさか、母の古い知人が自分を後援したいと申し出てくるなど思いもしなかったからだ。しかし、この紳士は一体誰なのだろうか。そして何故自分の事をここまで知っているのだろうか。疑問ばかりが浮かぶ中、少女と乳母は手紙を読み終えた後、互いに顔を見合わせた。
「ばあや……どうしよう?」
「……お嬢様の好きになさって良いと思いますよ。」
「でも……」
「私はお嬢様の味方ですよ。それに、伯爵家の財政状況は宜しいとは言えない状況ですから……」
「そうよね……」
少女は乳母の言葉に頷きながら、もう一度手紙の内容に目を通した。そして暫く考えた後、少女と乳母は紳士の方に向き直り、口を開いた。
「あの……改めまして、私はエーデルシュタイン伯爵家の娘、ステラ・エーデルシュタインと申します。」
「存じ上げておりますよ、レディ・ステラ。」
紳士は微笑みながら答えたが、その微笑みに何故か恐怖を感じた少女は少し身震いした。そんな少女の様子を見て、紳士は慌てて言葉を続けた。
「私の主は今名を明かす事は出来ません。それには理由があります。しかし、あの御方は確信しておられました。レディが必ずあの御方の支援を受けなければならなくなる、という事を。」
「あの……どうしてお名前を教えていただけないのでしょうか?」
「それは私の口からは申し上げられません。」
紳士の答えに、少女は困惑した。しかし、伯爵家の財政状況を立て直す為にも、今後の私が生活していく為にもお金は必要だ。社交界デビューをめざすのであれば、マナーや教養について学ぶ必要もある。それと並行して学業にも励まなければならない。
「……分かりました。紳士様の主様の後援を受けさせていただきますます。」
「お嬢様……」
「ばあや、私は大丈夫よ。」
少女は乳母を安心させるように微笑んだ後、紳士に向き直り言葉を続けた。
「宜しくお願いしますと、紳士様の主様にお伝え下さい。」
「畏まりました。では、責任を持って我が主に伝えさせていただきます。ご承諾いただきありがとうございます。」
紳士は少女の言葉に頷きながら一礼し、恭しい態度で感謝をのべた。少女はそれを受け取りながら口を開いた。
「あの……失礼ですが、貴方の御名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「私も主様同様名乗る事が出来ません。しかし、貴方様を支援する事はお約束します。」
「……そうですか。」
少女の問に紳士は微笑みながら答えたが、その微笑みには何か有無を言わせない力があった。少女はその微笑みに少し恐怖を感じたが、紳士はそんな少女の心情を察したのか言葉を続けた。
「どうかご安心ください。主は貴方を悪いようにするつもりはありませんから。」
「はい……」
紳士の言葉に頷きながら、少女は自分の今後について考え始めた。果たして自分はこの支援を受けるに値する人間なのだろうか。それとも……
そんな事を考え込んでいた少女だったが、ふと我に返り乳母と顔を見合わせた後、改めて紳士の方を向き口を開いた。
それから数日後、家の前に多くの荷物を詰んだ高級車が停車した。そして、その中から一人の男性が降りてきた。男性は少女と乳母のいる部屋までやってくると口を開いた。
「初めまして、レディ・ステラ。」
「貴方はあの時の紳士様、ですよね……」
紳士はそう言うと恭しくお辞儀をした。少女はその紳士の所作に驚きながらも、慌てて淑女としての礼をした。そんな少女の様子を見て微笑みながら紳士は口を開いた。
「この度は私の申し出を受けていただきありがとうございます。こちらは、我が主からの贈り物になります。お納めください。」
「ありがとうございます。」
紳士はそう言うと、後ろに控えていた使用人に合図をした。すると使用人達は次々と荷物を運び入れ始めた。少女はそんな荷物を見つめながら口を開いた。
「あの……この荷物は一体……」
「我が主が友好の証としてレディに贈られた品でございます。」
美しいドレス、可愛らしい髪飾り、煌びやかなアクセサリー、分厚い本と様々な物が屋敷の中に運ばれていく。少女はその光景を見つめながら、呆然としていた。
「あの……こんなに沢山……」
「我が主は貴方様の事を大層気に入られたようですよ。」
紳士はそう言いながら少女に微笑んだ。そして荷物が全て運び終わると、紳士は口を開いた。
「ではレディ・ステラ。私はこれで失礼致します。何かありましたら、次の来褒美にお伝え下さい。それでは失礼致します。」
そう言って紳士は再び一礼すると、屋敷から去っていった。その後ろ姿を見送りながら、少女は呟いた。
「どれもとっても素敵ね……」
紳士が屋敷から去った後、少女と乳母は運び込まれた荷物を片付けていた。紳士から贈られた品物を一つ一つ確認しながら片付けていく作業は中々骨の折れるものだった。しかし、二人はその作業を楽しみながら行っていた。
「ばあや!見て、このドレスとても素敵よ!それにこちらのブレスレットもとっても可愛らしいわ。」
「ええ、お嬢様。本当に素敵ですね。」
少女は乳母に声をかけながらドレスを手に取った。そのドレスは少女の為に作られたかのようなサイズとデザインだった。そしてそれは少女の美しさを最大限に引き出すものだった。
「こんな素敵なドレスを着れるなんて……夢みたい……」
「まるでお嬢様の為だけに作られたような素晴らしいドレスです。お嬢様、良かったですわね。」
少女はうっとりとした表情で呟いた。年頃のお姫様に夢見る少女は贈り物に大層喜んでいた。紳士は毎週決まった日、決まった時間に屋敷を訪ね、多くの贈り物と多額の資金を手渡してきた。困窮していた伯爵家にとっては有難い事で、少女は紳士と彼の使える主のお陰で裕福な暮らしを送り、高い教育を受ける事が出来た。
そして、少女が11歳の誕生日を迎えた日、一枚の手紙が屋敷に届いた。その手紙には、こう書かれていた。
『ホグワーツ魔法魔術学校
校長 アルバス・ダンブルドア
マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員
親愛なるエーデルシュタイン殿
このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。
新学期は9月1日に始まります。7月31日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。
敬具
副校長 ミネルバ・マクゴナガル 』
「お嬢様、これは一体どういう事なのでしょうか?誰かのイタズラでしょうか?お嬢様はセント・マーガレット・スクールに通われておりますし、きっと何かの間違いですわよね。」
「ええ、ばあや。私もそう思うわ。でも……ホグワーツ魔法魔術学校って何かしら?」
少女は手紙を見つめながら首を傾げた。そんな少女に乳母は慌てた様子で口を開いた。
「お嬢様!きっとこれは何かの間違いです!」
「でも……」
「そうですとも、そうに決まってるわ!だってこんなイタズラをする人なんているはずありませんもの!」
そんなやりとりをしながらも、少女の心の中には魔法というワードだけが残り続いていた。魔法なんて存在するはずがないと思いつつも、少女は魔法というワードガキになって仕方なかった。
それから数日後、屋敷に一人の女性が訪ねてきた。
「どちら様でしょうか?」
乳母が来訪者に尋ねると、緑色のローブを着た女性はこう言った。
「私はミネルバ・マクゴナガルです。本日はミス・エーデルシュタインにお会いしたくて伺いました。」
「私にですか?」
乳母が驚きながら尋ねると、女性は頷いた。そして少女に向かって口を開いた。
「ええ、そうですわ。お初にお目にかかりますわね、ミス・エーデルシュタイン。私はミネルバ・マクゴナガルと申します。ホグワーツ魔法魔術学校で教員をしております。よろしくお願いしますね。」
そう言って女性は恭しくお辞儀をした。少女は戸惑いながらも自己紹介をし、女性を見つめた。ホグワーツ魔法魔術学校といえば、先日届いた手紙に書かれていた学校の名前だ。
「あの……マクゴナガル先生、ホグワーツ魔法魔術学校とは一体どのような学校なのでしょうか?」
少女が恐る恐る尋ねると、女性は微笑みながら口を開いた。
「ホグワーツ魔法魔術学校は魔法使いの子供達が通う学校です。学校では魔法を学びながら自分の魔力を制御する術を身に付けます。そしてミス・エーデルシュタイン、貴方は魔女なのです。」
女性の言葉に少女は驚きを隠せなかった。少女は魔法を使った事も無いし、空を箒で飛んだ事も無いので、彼女は女性の言葉に困惑していた。そんな少女に微笑みながら女性は言葉を続けた。
「貴女にはぜひ我が校に入学して欲しいのです。」
魔法が実在するなんて聞いた事が無い。入学して欲しいと言われても怪しくてとてもうんとは言えない。
「……でしたら、まずはその"魔法"とやらを見せていただけますか?ミネルバ先生。」
祖母がそう言うと、女性は頷いた。そして杖を取り出すと軽く振った。すると乳母の目の前に色とりどりの花が咲き乱れた。
「まあ……」
乳母は感嘆の声を上げたが、少女はまだ信用できないといった様子で女性を見つめていた。そんな少女の様子を感じ取ったのか、女性は口を開いた。
「ではレディ・ステラ。これからこの花を宝石に変えてみせましょう。私はホグワーツで変身術の教授をしています。ですから、ホグワーツに通えば貴方もこのような魔法が使えるようになりますよ。」
女性は微笑みながらそう言うと、杖を再び軽く振った。すると、花はまるで生き物のように動きだし、小さなアメジストへと姿を変えた。
「まあ!凄いですわ!」
乳母は興奮した様子で手を叩いたが、少女はまだ警戒している様子だった。そんな少女の様子を感じ取ったのか、女性は口を開いた。
「レディ・ステラ……私は決して貴方を騙したりしませんわ。」
「……でも……」
少女が不安そうな表情を浮かべると、女性は微笑みながら言葉を続けた。
「ミス・エーデルシュタイン、貴方はきっと偉大な魔女となるでしょう。我が校の校長であるアルバス・ダンブルドア校長は、貴方の入学を待ち望んでおいでです。貴方は、魔法界で最も偉大とされる魔法使いに入学を切望されているのです。」
女性の言葉に少女は少し心が揺らいだが、それでもまだ決断を下せずにいた。そんな少女に微笑みながら女性は口を開いた。
「それに……我が校には優秀な先生が沢山いますし、設備も充実していますよ。もちろん、学費は免除されますから安心してくださいな。」
「えっ?学費が免除されるのですか?」
少女は驚いて声を上げた。女性は少女の言葉に微笑みながら頷いた。
「ええ、そうですわ。我が校は"素質のある魔法使い"に常に門戸を開いていますから。」
女性の言葉を聞いて、少女の心の中で何かが変わった気がした。そして少女は決意を固めた様子で口を開いた。
「……分かりました、ホグワーツ魔法魔術学校へ入学します。しかし、その前に私の後援者の方にもお話する時間をください。私は後援者様の望む学校に進学するという条件の元、後援を行っていただいておりますから。」
少女がそう言うと、女性は嬉しそうに顔を見合わせた後、少女に向かって恭しくお辞儀をしたのだった。そしてそれから数日後、後援者の使いである紳士が少女の住む屋敷にやって来た。
「紳士様、私ホグワーツ魔法魔術学校から入学許可証が届きました。頭のおかしい事を話していると思われるかもしれませんが、これは事実なんです。」
少女は届いた入学許可書の手紙を紳士に手渡した。紳士は封を開き、手紙を読み始める。そして数秒後手紙をテーブルの上に置き彼は少女に向き直った。
「……私の主がレディに通って欲しいと望んでいたのもホグワーツ魔法魔術学校です。ですから、本日こちらに来たのはホグワーツからの手紙が来ていないかの確認をする為だったのです。」
どうやらこの紳士と彼の使える主は、少女が魔女であるという事を知っていたようだ。そして紳士は少女に向かって口を開いた。
「レディ・ステラ、貴方は我が主が待ち望んだ魔女です。私は貴方がホグワーツで過ごす為のお手伝いをしたいと考えております。まずは入学用品を購入しなければなりません。」
紳士はそう言うと、立ち上がり少女に手を差し伸べた。少女は戸惑いながらもその手を取り立ち上がる。そして二人は屋敷を出て買い物へと向かったのだった。
少女は紳士に差し出された手を取ると、その瞬間空間が愚にゃりと歪んだ。そして車に乗った時に感じる不快感───車酔い───のような感覚に陥った。しかし次の瞬間には2人は石造りの壁の目の前に立っていた。目の前には壁、後ろには大通りが広がっており、たまに人が通り掛かる。
「い、今のも、魔法なんですか?」
少女が頭痛と軽い吐き気を抑えながら紳士に尋ねると彼はすぐに頷き、少女の頭を優しく撫でた。
「その通りだよ。これは姿くらまし、或いは姿現しと呼ばれる魔法だ。初めてこの魔法を体験した者は酷い吐き気を感じたり、乗り物酔いの様な不快感を感じる事がある。」
どうやら現在の少女の症状に当てはまるのは後者で、この症状は確かに長時間車に乗った時に感じる車酔いの症状と酷似していた。
「……良いかい?ここの壁は何の変哲もないただの壁に見えるだろうが、この壁を正しい順番に叩けば魔法界に入る事が出来る。よく覚えておくと良い。」
「魔法界……」
少女は魔法界は世界の裏側に位置しているだとか、こことは別の世界に存在しているだとか、そんな空想の世界のようなところにあるのだと信じていた。しかし、実際は人間が生活する世界のすぐ近くにあって、人間が間違って入ってしまう事も有り得てしまうほど身近な場所にあったのだ。その事実に少女は驚きながらも、ほんの少し胸に小さな期待を抱いた。
「我々魔法使いは、この杖を使って魔法を使用する事が出来る。そして今から行う事は魔法とはまた違うが、この秘密の通路を作ったのは紛れもない魔法使いで、この通路は魔法によって扉へと変えられたのだという事を忘れないで欲しい。」
紳士は確かに魔法の世界に精通している人間だと思っていた。しかし、まさか彼が魔法使いだとは夢にも思わず、少女はただただ驚愕していた。
「ようこそ、ダイアゴン横丁へ。さあ、行こうか。」
「はい。」
紳士が決められた石を叩くとすぐにガガガと壁は動き変形し、目の前にあったはずの壁は隅により、道が開けた。少女は紳士の手を握り、前に向かって歩き出した。ダイアゴン横丁へ着くと、2人はまず教科書を買う為に書店へと向かった。
「ここはフローリシュ・アンド・ブロッツ書店。教科書を8冊買わなければならないんだったね。少し待っていてくれ。」
紳士はそう言い、レジ前の店員の元へ向かった。その間少女は近くの棚にあった本のタイトルを眺めていた。
「……古代魔法集?」
古代魔法とは現代の魔法とはどう違うのか、どの様な魔法なのかと、現代魔法すら知らない少女はその本の中身が気になって仕方が無かった。少女はその本を手に取りページをめくる。そこには奇妙な魔法陣やラテン語と思われる文字が書き連ねられており、少女に解読する事は不可能だった。
少女は6月の末までセント・マーガレット・スクール似通ってはいたが、ラテン語は今年の9月からカリキュラムに組み込まれている。つまり、まだ学んでいない言語なのだ。最も、少女は9月からホグワーツに通うのでラテン語を学ぶ機会は無い為、この本を解読するにはホグワーツを卒業し、自分の自由時間を得てからになるだろう。
「お待たせ……おや、その本が気になるのですか?レディ。」
紳士が買い物から戻ってくると、少女が手に持っている古代魔法集が目に入った。そして少女はもじもじと体を揺らしながら、その本を物欲しそうに見つめていた。
「……その本を貸していただけますか?」
「は、はい。」
紳士は少女から本を受け取りページを開く。そしてパラパラとページをめくり内容を確認していく。しばらくして本をパタンと閉じ、紳士は少女の顔をじっと見つめてからこう言った。
「……この本は買いましょう。ついでに魔法界の子供達がラテン語を学ぶ時に使う、単語帳と文法書も購入しますね。そうでないとこの本は解読出来ませんから。」
「そ、そんな……良いんですか?」
少女は申し訳なさそうな顔で紳士をじっと見つめる。紳士はそんな少女の表情や態度を見て貴族らしくないと思いながらも、彼女の誠実さを評価し、笑みを浮かべた。そして何も言わずにレジに向かい、それらの本を購入した。
「……ありがとうございます、紳士様。」
「いえ。当然の事をしたまでですよ……レディの勉強がはかどる事を祈っています。」
それからどれだけの時間が経ったのか、ついに少女がホグワーツ魔法魔術学校へと入学する日がやって来た。
「良いですか?レディ。もしホグワーツで貴方は純血かと問われたら、こう返してください───」
勿論、私の両親は魔法使いだった、と。
「……分かりました。」
「そして、もし貴方の血筋について尋ねられたらセルウィン家の傍系一族だと伝える様に。姓もセルウィンと名乗れば尚良いですが、スリザリンでなければエーデルシュタインと名乗っても構いません。ああ、それからホグワーツの入学式の初めに組み分けの儀式というものがありますが、貴方は決してスリザリン寮に入ってはいけません。魔法界では非魔法族のご両親から生まれた子供は、魔法族のみと交配をし、純血を守ってきた人間から蔑まれ忌み嫌われます。良いですね?」
「……はい。肝に銘じておきます。」
彼女は屋敷を出る前、紳士にそう言われ彼の言葉を胸に留めた。彼が何故そんな事を言うのかは分からないが、紳士はとても聡明で倫理的な男だった。だからこそ、少女は紳士を信用し、彼の言葉の全てに納得し、その言葉通りに生きてきた。だから今回彼が言った事も理由は分からないが、重要な事なのだと自分を納得させる事が出来た。
入学式の日、彼女は乳母と別れを惜しんでいたが、やがて汽車に乗り込んでいった。少女の乗った汽車が見えなくなるまで乳母は手を振り続けていたのだった。
「ばあや、紳士様……私頑張るわ!」
少女がそう呟くと、乳母も微笑みながら口を開いた。
「ええ、お嬢様ならきっと大丈夫ですわ。」
そして汽車が見えなくなると、乳母は少女に向かって口を開いた。
「さあ、お屋敷に戻りましょう。紳士様、お嬢様はこの世界で上手くやっていけるのでしょうか。」
乳母が不安そうに尋ねると、紳士は微笑みながら口を開いた。
「心配する必要はありません。伯爵夫人の御令嬢ですから、きっと上手くやっていけるはずです。」
そして紳士は乳母であるクレメンス夫人に手を差し出した。夫人は差し出された手を取り目を閉じる。2人は一瞬にしてキングズ・クロス駅から消え去った。
こうして、非魔法族の娘である少女───ステラ・エーデルシュタインの奇妙で不思議な魔法界の物語が幕を開けた。彼女が最後に感じる事は希望か、それとも絶望か。没落貴族の令嬢はホグワーツで知るはずのない新たな秘密を知り、何を思うのか。