白銀の騎士   作:大西アレイ

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初投稿です。至らぬ部分もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。


白銀の誕生
第1話


――地獄が、そこにあった。

家々は尽く燃え、あるいは崩れ。周囲は炎とそれがもたらす熱、そして……かつて人だったそれらが転がっていた。

生気などどこにもない、かつて人々の営みが当たり前のように繰り返されていた空間。

……そこに、一つの人影があった。奇跡的にこの大破壊、或いは大規模な天災に巻き込まれたここにあって、奇跡的に怪我一つ負っていない。

 

「…………なん、で」

 

しかし、まるで魂がぬけたかのように立ち尽くす少年は肉体ではなく、より大事な中身に大きな傷を残していた。

少年の腕には、更に一つの身体があった。黒髪の、少年と同年代ほどの少女である。しかし、少女には残念ながら……最早、文字通り魂は抜けてしまっている様子であった。

 

「俺、生きてる、んだ?」

 

腕に抱く最愛の妹の亡骸。未だ脈動を続ける自らの心臓。生きているはずなのに、死んだような心地だった。

呆然と少年が見上げる空は夜だというのに驚くほど赤く、曇天を血の色に染め上げていた。

鮮血色の空を青色が駆け回り、不規則に模様を描いている。星ではない。それは戦士が描く戦闘の軌跡だ。

青き星を撃ち落とすべく、巨大ななにかが蠢くのが見える。まるで地獄の使者のようだった。

 

「おい、あそこ!生存者だ!」

 

やがて少年の耳に、声が届く。ゆっくりと、人形のように首だけ動かす。瓦礫を押し除け、少年の元に駆け寄る機械の鎧に身を包んだ女性が目に入った。

女性の腕に抱かれると、不思議と安らぐ心地がした。だが、自分よりも優先するべき人間がいる。

 

――妹を助けて。

 

未だ眠ったように目を覚さない妹。赤ん坊の時から知っている、かわいい妹。自分よりも重体なのだと子供ながらに理解していた。だが声を出そうとしても、喉から出るのは乾いた咳のみ。

 

「まずい、喉が焼けている……医療班!こちらアルファ3、現在地にて要救助者確認。喉が焼けている様子だ、早く来てくれ!」

 

女性は少年の症状を理解し、耳元を押さえて遠方に待機する医療班に救援を要請する。

だが、少年がその腕を掴み再度意識を少年に戻す。そして彼の腕の中に、ぐったりと体を預けたより幼い少女の姿を見た。絶望から濁りきった瞳が、少女を見てほしいと告げている。

息を呑む。

 

「すまない、預かるよ」

 

少年から少女を受け取って、その小柄な体に手を当て心拍と脈拍を測る。――どれも反応が無い。

わかりきっていたことだ。女性とて多くの戦場を歩いてきた。生と死が入り混じる世界に身をやつしてきた彼女は、一目見れば肉体に魂が宿っているか否かなど簡単に理解できる。

 

「大丈夫、絶対に治すよ。……だから君も、今はおやすみ」

 

だが、少年に事実を告げるにはあまりにも酷だ。女性は気取られぬように、眠気に襲われた子供を寝かしつける母のように優しく語りかける。

少年はその言葉を聞いて、糸が切れたように意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――十年後。

少年、長船巽は二十歳になっていた。幸い一命を取り留めた彼は社会復帰を果たし、今ではごく普通の社会人である。

もう着慣れたスーツに身を包んだ彼は賃貸で一人、安物のテレビに映るニュースをマグカップ片手にぼうっと眺める。

それが出社前の彼のルーティンだった。テレビの画面端に映る時刻はまだ出勤には時間があることを示している。

 

『――さて、今日のニュースです。先日八王子付近で起こった事故ですが――』

「つまんね」

 

変わり映えしないニュースに見切りをつけ、リモコンで電源を落とす。役割をなくし黒く染まった液晶に、自分の姿がぼやけて映る。黒髪黒目の、ごく平凡な容姿。だが、幼い時に負った火傷の跡が頬から首にかけて伸びていた。

 

時間があると言っても、あと十五分もすれば家を出なくてはならない。これ以上自宅で怠惰を貪っても意味はないだろうと、出勤用のリュックサックを背負い、巽は家を出ることにした。

 

「父さん、母さん、春華。行ってくるよ」

 

部屋の端に備え付けられた仏壇に手を合わせると、巽はドアノブを捻って扉を開いた。

 

 

 

自宅から職場までは少し距離がある。いつもならば自前のバイクで道路をかっ飛ばすところだが、残念なことに故障中で、世話になっているバイク屋も予定が合わず一ヶ月は電車通勤だ。

改札を出て、モノレールに乗り込む。都市部での勤務では無いのでそれほど混み合ってはいない。

吊り革に捕まって車窓から外を眺めていると、ここ――東京アイギスの発展が目覚ましいものだと実感する。

立ち並ぶビル群に、整備された道路。流石は元先進国といったところか。

 

先進国、発展途上国の差はある事件を機に、全てが無に帰した。

 

西暦2106年、宇宙から襲来した外星生物にしてこの世界を地獄に変貌させた――人類の外敵『デーモン』の出現である。

発展した化学を以てして対等に渡り合えるほどの脅威。それが大勢力で奇襲の形で侵略を行ったのだ、人類は成すすべなく殺戮され、陸地の大半と70%の人口を失った。

 

だが、それだけでは終わらない。生き残った科学者たちが立ち上げた人類の盾たる組織『ATENA』が、明けぬ夜に光明を齎した。

デーモンを寄せ付けない特殊な電磁波を発するコロニー、『アイギス』の開発だ。最初に導入されたアメリカのワシントンでの実証は大成功を収め、アイギスの技術と技術者は世界中に散らばりアイギスを広めていった。

 

だがアイギスの開発には多大な資金と潤沢な資源が必要不可欠だ。いつの間にやら善意で始まったATENAのアイギス技術は利権が絡まり、技術提供にはATENAへの多大な見返りが必要になった。当然疲弊した国家は対応できるはずもなく、多くがATENAの傘下に入ることになった。

つまり、国が企業に買収されたのである。

そして今、この日本もATENAに吸収されている。他アイギスの95%は、今やATENAが管轄する土地となっている。

 

『次は――』

 

暫くモノレールに揺られていると、車掌からのアナウンスが停車駅を知らせてくれる。巽の目的地はあと三駅のため、まだまだ距離と時間がかかる。

暇を持て余し手元のスマートフォンを弄っていると、ふいに巽を刺すような頭痛が襲った。

 

「っ痛……」

 

思わず頭を抑える。規則正しい生活を心がけている巽だが、稀にこの頭痛に襲われる。医者にかかったこともあったが、ストレス性のものだろうと言われただけだった。

それだけではない予感もするのだが、結局原因は謎のままである。

ただ、この頭痛が起きる時は一つの法則がある。

 

それは、必ず人生の転機に起こることだ。

 

嫌な予感がする。不自然にならない程度に周囲に目をやる。

特に異常は見られない。車内は至極普通の風景だ。スーツに身を包んだ社会人に、学生服の少年少女たち、私服の老人。

 

気の所為か?

 

そう思い、張った気を解くようにため息を吐いた瞬間。

 

轟音が、鼓膜を叩いた。

車内が大きく揺れ、悲鳴が巻き起こる。あまりに突然のことで思考が止まったが、その音が発生した後方車両から再度音が響いたことで我に帰る。

 

「なんだよこれ……!」

 

テロでも起きたのか、と最悪の思考が頭を過ぎる。

だが、ただの故障で片付けられるような事態では無さそうだ。現にまだ音は聞こえている。車掌の判断でモノレールも停車する。

 

『車内で異常事態発生の為、電車は一時停車致します』

 

なるべく平静を保とうと冷静を装ったアナウンスが車内に流れる。しかし声は震えており、あちらもパニックになりかけている様子だ。

幸い巽の乗り込んだ車両は無事であったが、乗客たちは騒ぎ始め、中には震えて縮こまる者までいた。

このままでは車両内でパニックが連鎖しかねない。そうなれば新たな事故を誘発する可能性もある。巽は覚悟を決め、大きく口を開いた。

 

「皆さん、一旦落ち着きましょう!パニックを起こすことが一番危険です!慌てず騒がず、次の指示を待ちましょう!」

 

仕事柄、こういった時どう言えば安心するのか、冷静を取り戻すことができるかは理解している。

車内中の視線が巽に突き刺さるが、それに構わず言葉を紡ごうとして。鉄が剥がれるように軋む不愉快な音がして、口が止まる。次いで巨大かつ重量のある物体が落下する音。嫌な予感は最高潮に達していた。

 

何か大きな衝撃が体を穿ち、自分の体が宙を舞っていることに気づいた。

 

「っあ……」

 

続いて息ができなくなるほどの激痛。何が起きた。体を起こそうにも、受けたダメージが大きく手足に力が入らない。

せめて原因だけでも確かめんと首だけ動かし、先程自分がいた場所に目をやる。

 

そして、すぐに見なければよかったと後悔することになった。

 

起きたことも、原因も一目瞭然。

 

そこに悪魔が現れた、それだけだった。

――デーモンだ。蟻を3mほどに巨大化させたような不気味な容姿をした異形が、意志を感じない様子で車内に立っていた。

 

ここはアイギス内部、デーモンが現れるわけがない。それ故に約束された平穏があったはずだ。

人々の縋るような希望は無慈悲に塵と化した。

現実を受け入れられず、時間が停止したかのように静まった後。今度こそ車内はパニックに陥った。人間に死を運ぶ存在が日常の幕を破り乱入したのだ、無理もない。

そして動き始めたのは、デーモンも同じだった。異様に発達した丸太のような腕をすぐ隣の女性に薙いだ。

 

鮮血が迸る。女性は首から上を消失し、指揮系統を失った肉体が力なく座席に倒れる。

 

それを合図にしたように、デーモンは次々と手当たり次第に腕で人間を潰していく。ごく普通の日常が、血に染められ地獄に変貌していく。

巽は息を整えることを忘れ、目の前で起こる殺戮に目を奪われる。人々は逃げ惑い、我先と前方車両に大勢で押し掛ける。だが、転ぶ者や恐怖から動けぬ者たちはその場にかたまり、死を待つことしかできない。

そして、魂が分離したかのように動かぬ幼い少女に向けて、また腕が振り下ろされる――

 

――蘇る。

 

炎に支配された地、人々の断末魔、腕の中で冷たくなっていく妹、空に浮かぶ大蛇。

 

「うあああああっ!!」

 

湧き上がる衝動の正体を知らず、しかし体は既に動いていた。

無論、デーモンに人間は敵わない。歴史が証明する事実だ。そして遺伝子レベルで刻み込まれた本能も告げている。だがそれでも、巽はデーモンの魔の手から幼女を無理矢理掠め取った。

座席は破砕され、中の綿が吹きこぼれる。その背後の壁も、幾度となく衝撃に晒されヒビが入っていた。

 

大きな、闇を凝縮したような、虚無の塊のような瞳に巽が反射する。

 

「君、大丈夫か!?」

「……え?」

 

腕の中に抱えた少女の返答はひどく曖昧な、ただ反応を示すだけのもの。完全に放心してしまっている様子だ。

少女を一人で逃すには、次の車両への通行路は人にごった返している。危ない状況だ。

固唾を飲んで、そしてまだ放心している人々を見て。

心中で選んだ決断は、自分でも納得できないものだった。

 

「――捕まっててくれ!」

 

少女を抱え上げる。まだ逃げられていない人々に背を向けて、通行路へ走る。

 

「皆さん、一人一人通って!詰まってしまう!」

 

「早く行ってよ!」「押すなって!」「殺されたくない!」

 

パニックの人間は聞く耳を持たない。それが十数人も集まれば、その空気に染められて冷静な判断ができる人間はいない。

わかってはいるが、声を上げ続ける。

だが人々を殴殺しながら向かってくるデーモンの姿が近くなればなるほど、恐怖は積もっていく。

そして高まった生存本能は、他者を蹴落としても生きようとする。

 

「どけ!邪魔なんだよ!」

「うおおっ!?」

 

瞳孔が開き切り、正気を失った男が巽を強く押し退ける。体のバランスが崩れ、巽は地面に叩きつけられた。少女を強く抱いて守るようにしたが、受け身はとれず体中に痛みが走る。

 

「大丈夫かい……」

「あ――」

 

少女に無事の成否を問うと、少女は肩の上に顔を出して、何かを訴えるように背後を指差した。やや放心状態を脱したのか、空虚な瞳は見開かれ、恐怖が張り付いた表情であった。

巽の肉体を隠すように、影が作られる。

 

「――――」

 

背後を見ずともわかる。

そこに、いる。

キチキチ、と不快な音。影の右端が大きく動き、天高く掲げられる。巽は一息に、床を転がった。床が破砕され、破片が頬を切った。

その勢いで後方に向き直り、なんとか体制を立て直す。

――だが。一度の危機を脱したところで、状況は変わりない。

 

「……詰みじゃねえか」

 

前方にデーモン、後方には未だ集う人の波。

焦りを誤魔化すように短く舌打ちして、汗が頬を伝う。いよいよ恐怖で心も体も疲弊の限界が訪れている。足は震え、歯も噛み合わない。自分の限界を図れているだけ冷静か、と無理矢理笑みを作る。

気休めだが、このまま抱えていても危険なだけだ。少女を波の後方に下ろした。

 

「いいかい、なんとかしてここから逃げるんだ。――決して、背後は見るな」

「お、おじさんは……」

「おじさんって……俺はお兄ちゃんだ。じゃあな」

 

安心させるように肩に手を置いて微笑んで。巽は震える脚を叩いて、歯を噛み締めてデーモンに向き直った。

もう1mほどしか距離がない。その体躯を考えれば、既に間合いだ。

だから、デーモンに向けて駆けた。

自殺行為だ。だが、成功すれば少しの時間は稼げる。

 

「――――」

「おおおおおおお!!」

 

恐怖も震えも幻だと言い聞かせて、走る。デーモンは鴨がネギを背負ってきたと嗤うようにキチキチと牙を鳴らす。

そして振り下ろされた腕は、早い筈なのに遅く見えた。飛び込むように体を前方に投げ出すと、覚悟していた死は遠ざけられたようだった。

今度は受け身を取り立ち上がると、デーモンの注意を引くことにも成功。獲物が多い方には目もくれず、デーモンはその瞳に巽だけを映している。

 

「執着してるみたいだな。ひょっとしてメンヘラか?」

 

軽口を叩きながらもじりじりと後退する。視界の端に映る肉塊は、他ならぬデーモンが作り出した屍の山だ。

そして、時間稼ぎの時も長くは続かない。煮えを切らしたデーモンは見た目にそぐわぬ俊敏性を以て肉薄する。

想定外の相手の行動に驚くも、もう一度、今度は身を屈めて回避。

デーモンの攻撃は素早いが、大振りで隙も大きい。冷静に観察すれば次の動作は予測可能だ。生じた隙を突いて土手っ腹を殴りつける。

 

「かってえ!」

 

蟻のように柔らかければ楽だったが、その外殻は剛鉄のように堅牢だ。握った拳は痺れる程度で痛みは無い。一度間違えば死の状況でデーモン相手に大立ち回りを演じて見せ、過剰に分泌されたアドレナリンが巽から痛覚を奪っていた。

だが、アドレナリンは平静な判断を掻き乱すものでもある。

 

「次は、右!」

 

再度、振り下ろされる腕を回避。完全に動きを読み切った、そう確信した巽だったが――避けた筈の腕が、未だ宙にあり無防備な肉体に迫っていた。

巽は一つ、勘違いをしていた。一撃目で相手の攻撃は終わりだと思い込んでいたのだ。だが、デーモンはそれを逆手に取るように腕を切り返すように振り上げた。

 

これまでとは違う、ひどく時が遅く見える。まるで止まったように。

その間に、多くの走馬灯が視界に映っては消え、映っては消えてゆく。

 

「――はは」

 

思えば、自分の人生は浅はかで。映る記憶一つ一つに後悔が詰まっていて。込み上げてきた自嘲の笑みを最後の言葉にして。

 

――終わりか。

 

そして、巽は静かに目を閉じた。

 

 

 




ご一読いただきありがとうございます。今回は導入になります。前書きにも書きましたが、初投稿なので設定面など甘い部分あるかと思いますが、温かい目で見てやってください。
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