白銀の騎士   作:大西アレイ

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二話目です。よろしければご一読ください。


第2話

 

――みつけた。

 

遠のく意識の中、鈴のような声が脳に響く。死ぬ前の幻聴かとも疑うが、そんな疑念は目を閉じ、開いた次の瞬間には吹き飛んでいた。  

 

人々の屍と血肉が転がり、割れたガラスや金属が散乱した地獄絵図は一瞬のうちに文字通りのすべてが消え、ただ白塗りされただけの空間があった。

 

「――ここは?」

 

思わず喉から漏れた声。そこで自身の体に違和感を感じ、巽は視線を落とす。そこには完全に五体満足、傷ひとつない肉体があった。

巽の体はデーモンの腕で見るも無惨な姿になっていた筈だ。

 

「全部元通り――どういうことだ」

 

疑問が口をつく。もしや先ほどまでが夢なのではないかと疑うが、あの緊迫感や恐怖が全て幻だとは思いたくない。

 

「まさかここ、天国なのか?」

 

しかし天国というにはあまりにも質素だ。これではまるで、死後の世界というよりも――

 

「牢獄みたいな場所だ」

 

――随分な言い草じゃないか。

 

再び、頭を突く謎の声。

 

「誰かいるのか!?」

 

――いるとも。

 

辺りを見渡すが、白い景色のみが広がっており人影は見当たらない。首をひねった巽は、再度背後に振り向き――

 

「わあ!」

「うおお!?」

 

視界いっぱいに広がった見知らぬ顔に驚き、見事なリアクションをしてみせた。

 

「はははは!ドッキリ大成功ってとこかな?」

 

快活に笑うその人物は、白衣を身に纏った少女であった。絹のように艷やかな白髪は腰まで伸び、蒼い瞳は宝石のよう。均整のとれたスタイルは、最早芸術品と言って差し支えない。

 

思わず見惚れていた巽だが、はっと我に返り少女に人差し指を突き付ける。

 

「だ、だれだお前は!」

「おっ、ナイスな質問だ。私の想像通りだよ。――私の名前はカミネ。見ての通りミステリアスな超絶美少女なのさ」

 

自信満々に自分を美少女と言い放つ少女――カミネ。確かに美少女ではあるものの、こうも開き直ると最早台無しである。

自分を可愛いと決して言わない女性に夢見る巽にとって、自意識の強い美少女は彼を萎えさせるには十分であった。失礼な話である。

 

「まあ、美少女なのはいいとして――」

「キミの言いたいことは解る。ここはどこなのか、私がどういった存在なのか。どうして自分は無事なのか、現実はどうなっているのか……といったところかな?」

 

自分の問いたい質問をすべて当てられ、巽は面食らう。口をぽかんと開けた巽に予想が的中したことを察知し、カミネは悪戯っぽくにやりと笑う。

 

「ま、順々に説明しようか。まずここだけど……簡単に言えばデータの中だ」

「データ?データってスマホとかのアレか?」

「そうだとも。データの中にキミの意識を取り込み、今こうして仮想空間で私と対面している」

 

自慢げに言うカミネだが、唐突に未知の技術を持ち出され、巽の脳内が混乱していた。とはいえ、そこは数多くのアニメ作品に精通する巽だ、すぐに大雑把に理解はできた。

 

(落ち着け俺。よくありがちな謎技術だ。現実にお目にかかる日が来るとは思わなかったが……)

 

「おや、あまり理解が追いついていない様子……おかしいな、これでも仕組みは大分要約したのに」

「頭の回転が遅くて悪かったな」

「そう拗ねないでくれよ。ここで我々の関係値が崩れると今後の話もこじれてしまう」

「今後?」

 

カミネの説明通り現状を解釈するならば、ここはあくまで仮想空間だ。つまり現実は巽が覚えている通り地獄絵図で、彼もまた瀕死。

そんな自分に今も後もあったものか、という話なのだが――

 

「そう、今後。キミが生きるか、死ぬかの話だ」

「待て待て。生きる?どうやってだよ。仮想空間で意識だけ生き続けるって意味か?」

「違うんだなこれが。ま、キミが望むならそれもできなくはないけどね。私としては現実でキチンと生きてくれないと困る」

 

一体何が困るというのか。どうも要領を得ない、いや、敢えて小出しにされる話に違和感を覚える。だが、現実で生きることができるというならば話を聞かざるを得ない。

 

「そしてここからが本題。キミと取引がしたい。私はそのために態々キミをここに招いたんだ」

「なるほど。取引ね……話を聞かせてくれ」

「お、乗り気だね。そうだな、今度は99.9%要約するよ?

 

 

 

 

――キミには生き返らせる代わりに、デーモンと戦ってほしい」

「…………………………………………は?」

 

思考回路が完全停止した巽は、阿保な声のみを返した。デーモン、即ち巽の乗る電車を襲撃し、挙げ句彼を含めた多くの命を奪った化物たちのことである。

 

「うーん、コレでも伝わらないなら直接脳を弄ってやるしかないんだけど」

「待て、ソレはやめてください。……わかった、とりあえず条件は理解した。だけどどうやって戦うんだよ?デーモンなんて銃があっても一人じゃ抵抗のしようがないじゃないか」

「ああ、懸念点はそこだったのか。なに、とっても簡単な話だよ。私が君に、力を与えるのさ。デーモンとも渡り合える、いや、ともすれば蹂躙すら可能な力を、ね」

 

かわいらしくウィンクしてみせるカミネ。一人でデーモンと渡り合う力など、巽は一つしか思い当たる節が無い。

――そう、治安維持と人類の領土奪還に務めるヴァルキュリー達である。

ヴァルキリー。それはATENAが開発したパワードスーツ『ルーン』を装備した兵隊のことだ。ルーンとは装備すれば肉体能力は飛躍的に上昇する、つまり対デーモン兵装である。

 

「なぜ、俺を戦わせるんだ?」

「それは言えない。だが、これだけは言わせてほしい。――私は、デーモンを憎んでいるんだよ。これ以上ないほど、憤怒は煮え滾っているのさ」

 

放たれたドス黒い負のオーラが巽の体を打つ。仮想空間とはいえ、精密に再現された肌が粟立った。見た目通りの少女ではない。それは頭脳に対する感想だったが、そこにプラスして途方もない闇を抱えた、という理由が加わった。

これ程までにナニカを憎む存在を、巽は初めて目にした。だが同時に、初めて本能で確信した。

 

「……わかった。お前を信用する」

「君ならそう言ってくれると思っていたよ。――これで契約成立だ。途中下車はしないでおくれよ?」

 

彼女は、決して揺るがない炎をその身に宿していると。

 

 

 

 

 

 

モノレール車内。

デーモンの腕に肉体を破壊された巽が臓物を撒き散らして倒れる。デーモンは飛び回る不快な羽虫に興味を無くし、巽には目もくれず人々に迫る。

その腕から滴る血液と肉片は、人々の未来を暗示しているようであった。

 

「なんで進まねえんだよ!」「ヴァルキリーはまだ来ないのか!?」「そこまで来てるのよ、殺される!」「もう終わりだ……」

 

「……お兄、ちゃん」

 

少女は血溜まりに倒れた巽に手を伸ばす。人々もパニックを通り越し、絶望にその場でうずくまる者まで現れた。

警察の代わりを務めている自警団どころかヴァルキリーの救援は来る気配すら無い。

 

「――――」

 

そしていよいよ、デーモンが最後尾の少女に向けて死を与えんとした。逃れることはできない。ああ、死ぬのか。

少女は自分でも驚くほど、死に対して何の感傷も抱かない。

その時を待ち、目を瞑った。

 

「……待てよ」

「――――」

 

だが、腕が振り下ろされることは無かった。ただ、静かな男の声が耳に届く。先程まで聞いていた、もういない人間の声で。少女は閉じた瞼を開いた。

そして目撃する。

陽光を纏う、銀の鎧を装備した仮面の男を。周囲には光の粒子が漂い、その姿は神秘的とさえ言えた。

 

「だれ?」

 

口から出た言葉は、至極真っ当な感想だった。

 

 

一方の巽は、自分の姿を確認してなんじゃこりゃ、と声を上げる。見覚えの無い銀鎧に、顔に手を当てようとすれば視界はそのままなのに、壁に阻まれたように触れられない。

床に飛び散った窓の破片を見ると、ヒーローのような仮面を身につけていた。

鎧と言っても西洋鎧のようなものでは無く、シャープな形状だ。

 

『いいかい、タツミ。その鎧は私自作、対デーモン戦闘用兵装だ。身体能力の補助、その他武装の数々を展開できる』

「お、おう……って、脳に声が直接!?」

『私と君は思考をリンクしている。仕組みの説明は後だ。――来るぞ』

 

脳に響く声に驚いていると、デーモンが眼前に迫っていた。

――速い。

先程まで歩んでいたのは走れないのではなく、遊んでいたということか。だが変わらず、動きは直線的だ。視覚能力も強化されているらしく、鮮明に動作を捉えられる。

攻撃を最低限の動作で回避すると、次は反対の腕が迫る。その腕を手甲に滑らせいなす。火花が散り、仮面の横を掠めた。

 

『今の君なら殴るだけで相当なダメージを与えられる!行け!』

 

二撃。三撃目の気配は無い。生じた隙は、拳を叩き込むには十分すぎる。

巽は腕を後ろに引き絞り、握り拳でその顔面を殴りつけた。音を置き去りにするかのような素早く強かな拳は、圧倒的な威力を発揮する。

 

「オラァッ!」

 

外殻が壊れる音、それを超え、内部の肉と内臓に到達し伝わる不愉快な感覚。

顔面を完全に破壊されたデーモンは宙を回転し、壁を破って外へ投げ出された。

 

「な、なんて威力……」

『呆けるには早いよ。後方車両にまだデーモンの反応がある。夥しい数だ。殲滅戦になる』

「せ、殲滅ぅ!?どーすんだよ!」

 

まあ安心してよ、とカミネは自信満々に言い放つ。姿は見えないが、きっと胸を張ってドヤ顔を決めているのだろう。

意外とわかりやすいタイプなんだな、と仮面の下で呆れたが、まだ次がいる。気を引き締め――人々の視線が痛いほど突き刺さっていることに気がついた。

 

「あー、皆さん。前方は……」

『安全だよ。油断はできないけど』

「安全なので、落ち着いて避難を。俺はこれから後方車両へ行きます」

 

それじゃ、と後方車両へ向き直り駆け出し――力んだことが原因なのか、弾丸のように肉体は扉をぶち破り、後方車両へ突っ込んだ。

 

「のわーーー!?」

 

巽が立っていた場所には、足の形に歪んだ凹みだけが残されていた。

 

 

土煙を立て、後方車両の床を転がる。強化されたは良いが、自分の体では無いように動くということは、従来通りのコントロールでは扱いきれないということ。

それを思い知りながら立ち上がると、眼前にはデーモンが十体ほど蠢いていた。床だけでは無い、壁や天井にも四足歩行の蟻が張り付いている。

 

『大丈夫かい?』

「あ、ああ……」

『よし、では武器を展開してみようか。――第一兵装、展開』

 

どこからともなく光の粒子が現れ、それらは巽の右手に集い、形を成して行く。謎の現象に戸惑う間もなく、天井に張り付いていたデーモンが煮えを切らした。それは牙を剥き、白銀の乱入者に飛びかかる。

 

「――――!」

「うおお!?」

 

光に気を取られていた巽は、咄嗟に右手を前に出す。

そして、開かれた顎は甲高い音と共に防がれた。その右手には、鎧と同じ――白銀色の刀があった。

 

『それは第一兵装、雲断。洒落てるだろう?』

「言ってる、場合かっ!」

 

雲断、と呼ばれた刀を引き抜き、下から上へ斬り上げた。胴体から顔にかけて斜めに刻まれた深い傷は、デーモンを死に至らせるには十分だった。

――これは、使える。

口元に弧を描く。脳内にアドレナリンが迸る。恐怖の対象だったデーモンは、今や蟻に過ぎない。

 

『刃にも拘っていてね?実はこの地球上には無い物質を使って、なんと変形まで――』

「っしゃあ、行くぞ!」

『聞いてないし!あーもう、好きにやっちゃえ!』

 

雲断を構え、向かってくる蟻を潰していく。最早身を守る殻に意味は無く、豆腐のように斬り裂かれてゆく同胞を目にした蟻達は狼狽える。

一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。

与えるべき慈悲は無く、ただ眼前の敵を討つ。

 

「最後の、一匹!」

 

最後の蟻を斬り捨て、刀身にこびり付いた緑色の体液を振り払う。

 

『まさかここまで使いこなすとはね。素晴らしいよ。……この車両は終わりだ。次の車両へ行こう』

「ああ」

 

血液と臓物の臭いに支配された空間に、静かに黙祷を捧げて。

巽は倒れた蟻の死体を踏みつけながら、蟻の巣へと向かった。

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

次の車両も、次の車両も、また次の車両の蟻も滅殺し、巽は一息吐く。

白銀の鎧には体液が付着し、雲断もまた同様。討伐した数は、推定四十匹ほどか。進むごとに数は増え、今巽が立っている車両に関しては十五匹を超えていた。

だが肉体的な疲労は無く、この装備の恩恵がどれほどのものか実感できる。

 

『――次で最後だ。だが、他と違う反応がある。注意して』

「って言うと、ボスがいるってことか?」

『うん。途中から人間の死体が無かったことには気づいたかい?』

 

言われてみれば、と思い返す。蟻が多くなればなるほどに、人間の死体は忽然と消えていた。破壊された跡と血液だけが残されていたのだ。

 

「まさか」

 

そこで、巽はいつか見た昆虫図鑑の習性を思い出す。

蟻は餌を丸めて、蟻酸で固め――巣に運ぶ。

つまり、この車両に運悪く乗り込んでしまった人々は――

息を呑む。デーモンとはそれ程までに残酷なのか、と。

次の車両への扉の硝子から内部の様子を探る。……が、外部からの侵入を拒むように暗闇に埋め尽くされている。

 

『この先にいるのは女王蟻だろう。差し詰め先程までのデーモンは働き蟻だ。そして女王様には護衛がいる』

「数だけじゃ無く、強さも違うというわけか」

『ああ。だから第二兵装を使う』

 

第二兵装?と聞き返すと、雲断が粒子に分解され、別の形を成す。そして刀は、見覚えのある近代兵器へと姿を転じた。

色こそ白銀だが、それは紛うこと無き――拳銃。

 

『後方から撃ち込めば安全だろう?本当はもっと火力を高めたいんだけどマテリアル不足だ。まあそもそも、君が拳銃を扱えるかは分からないけどね。そこは私が……』

「ははは、拳銃とは……これなら大丈夫だ。扱いには慣れてる」

『え、そうなの?ま、まあうん、そうなら話は早いね。――よし、行こうか』

 

カミネは意図が外れたのか少し不満げな様子だが、巽は次の車両への扉を開いた。

 




ご一読いただきありがとうございます。ちょっと区切りが悪いかもですがお許しください。
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