詩島霧子の事件簿   作:ドラ麦茶

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2・詩島霧子の名推理が冴える!

 聞き込みの結果、被害者の身元が特定された。警部補の言った通り、山田一郎、35歳、公園のすぐそばに住んでいる会社員である。33歳の妻と、5歳の娘と3人暮らし。休日はよくこの公園に散歩に出かけるという。真面目で社交的な性格で、他人から恨みを買うような人物ではない、と、近隣住人は口を揃えて言った。聞き込みで分かったことはこれくらいで、大きな成果と呼べるものではなかったが、鑑識が公園の監視カメラをチェックした結果、12時10分から12時15分の5分ほどの間に、公園内で被害者の後をつける不審な男が映っていることが判明した(もちろん、7本足で無精ヒゲを生やした体長2メートルのウサギなんかではなく、普通の人間である)。残念ながら殺害現場は監視カメラの死角となっており、殺害のシーンは映っていなかった。このことから、犯行時刻は12時15分から、通報のあった12時50分の間と断定。映像に映っている男が何らかの事情を知っているものとして、捜査本部は男の行方を追うことにした。さらなる調査の結果、犯行時刻の約2時間後の14時30分ごろ、公園から5キロほど離れた場所にある大型ショッピングモールの監視カメラに、その男が映っていることが分かった。本部は捜査員を総動員し、1週間かけて、モール内の全防犯カメラの映像の解析、及び、徹底的な聞き込みを行った。それによると、男は1時間ほどモール内をアテもなくうろつき、何もせず、そのまま外に出たようだ。その後の行方は分からない。

 

 

 

 

 

 

 捜査本部のある警視庁のモニタールームで、ショッピングモールから提出された監視カメラの映像を見ながら、腕を組み、私はうーんと唸った。事件発生から、すでに1週間。手がかりは、この監視カメラの映像しかない。しかし、何度見返してみても、男は、何もせずただ店内をウロウロ歩いているようにしか見えないのだ。いったい、何が目的だったのか? 

 

「うーん……」同じような仕草で、同じように唸る詩島巡査。やはり、詩島巡査も男の目的を計りかねているようだ。「……何度見返してみても、7本足で無精ヒゲを生やした体長2メートルのウサギモドキには見えませんね」

 

 ……すでに何十回と見ているのだが、ずっとそんなことを悩んでいたのか、コイツは。

 

「詩島巡査」

 

「はい」

 

「あのウサギモドキのことは、一旦忘れてください。今は、この男を確保することが最優先です」

 

「と、いうことは、泊巡査は、この男が犯人だと思っているのですか?」

 

「確証はありませんが、私は、そう思います」

 

「ナルホド。刑事の勘、というヤツですね」

 

「まあ、そうです」

 

「推理小説や刑事ドラマなんかで、大した根拠もないのにムリヤリ正解方向へ導きたいときに、作者がよく使うヤツです。まさか、泊巡査がそんな曖昧なものに頼るとは思いませんでした。」

 

「ほっといてください。とにかく、まずはこの男がこのショッピングモールに来た目的を調べないと」

 

「この男の目的ですか……」考える仕草の詩島巡査。「これは、今月の2日の映像ですよね?」

 

「事件が起こった当日ですから、そうです」

 

「なんだ。それなら、簡単です」

 

「え? 詩島巡査、この男の目的が、分かるんですか?」

 

「もちろんです」自信満々の表情の詩島巡査。何とも怪しい限りだが、万が一ということもあるので、一応、聞いてみよう。

 

 詩島巡査は、人差指を立てて、得意げに言った。「この男の目的は、ズバリ、バーゲンです」

 

「は? バーゲンですか?」

 

「そうです。バーゲンです」

 

「バーゲンが目的のワリには、何も買わずに帰っていますが」

 

「そう。何も買わずに帰ったのがミソなんです」

 

 どういうことだろう? バーゲンが目的でショッピングモールに来たのに、何も買わずに帰った……それがミソ。分からない。詩島巡査の言葉を待つ。

 

「つまり、こういうことです」詩島巡査は続けた。「男は、バーゲンが目的で、このショッピングモールにやって来た。でもこのショッピングモール、本格的なバーゲンは9日からで、まだ全然安くなってないんです。困った男は、何も買わず、おうちに帰るしかなかった――どうですか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「詩島巡査」

 

「はい」

 

「マジメに考えてますか?」

 

「あたしはいつだってマジメですが、この推理に、何か問題でも?」

 

「問題だらけです。その推理だと、男は公園で殺人を犯した後、バーゲンに行っただけになります。2つの出来事に、全く繋がりがありません」

 

「無理に繋げようとするから分からなくなるのです。真実は、いつも単純です。2つを切り離して考えれば、答えは意外と簡単に出て来るものですよ」

 

「しかし、そんなオチでは、みんな納得しません」

 

「みんなって、誰ですか?」

 

「みんなというのは……つまり、一緒に推理している、みんなです」

 

「ああ。捜査一課の人たちですか?」

 

「まあ、そういうことにしておきましょう」

 

「納得するもしないも、真実がそうなら、認めるしかないじゃないですか。そうだ。男の目的がバーゲンなら、こうしてはいられません。今日は9日。バーゲン初日です。男は必ず、このショッピングモールに現れます。泊巡査。行きましょう」

 

 そう言って、返事も待たずにモニタールームを飛び出す詩島巡査。こうなったら、もう誰にも止められない。まあ、どうせ他に手がかりはないし、これ以上ここで映像を見ていても進展があるとも思えないし、一応、行ってみるか。私は詩島巡査の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 30分ほどで目的の霞ヶ原ショッピングモールに到着。平日の午後ではあるが、買い物の主婦や学校帰りの中学高校生で、それなりに賑わっていた。

 

「さて、ショッピングモールに来たのはいいですが、これからどうするつもりですか、詩島巡査?」一応訊いてみる。

 

 が、詩島巡査はショッピングモール入口で呆然と立ち尽くしたまま、何も答えなかった。

 

「詩島巡査? どうかしましたか?」

 

「……泊巡査、どうしましょう? あたし、大変な見落としをしていました」

 

「見落とし? さっきの、詩島巡査の推理に、ですか?」

 

「そうです。なんで気付かなかったんだろう……こんなんじゃ、刑事失格です」

 

「安心してください詩島巡査。さっきの推理に見落としの1つや2つあっても、誰も気にしませんよ。問題は、もっと根本的な所にあるのですから」

 

「どういう意味でしょう?」

 

「いえ、何でも無いです。それより、何を見落としたんですか?」

 

「泊巡査は、モール内のこの状況を見て、何も気づかないんですか?」

 

 詩島巡査が両手を広げて言う。ショッピングモール内は、買い物の主婦や学校帰りの中学高校生で、それなりに賑わっている。

 

「そう! “それなり”に賑わっているんです!」詩島巡査が声を上げる。

 

「はい、そうですね。平日の午後ですから、こんなものではないかと」

 

「泊巡査、何も分かっていませんね。今日は、バーゲンセール初日なんですよ? それなのに、あんまり人が集まっていない。何故だか分かりますか?」

 

「それは……何故でしょうか?」

 

「時間が遅いからに決まってるでしょう! ああ! なぜこんなことに気が付かなかったんだろう? ここは住宅街のショッピングモール。平日の客層は主婦が中心。そこでバーゲンセールを行うとなれば、当然、大勢の主婦が集まって来る。開店の何時間も前から並び、開店と同時にダッシュで目的の売り場まで走り、壮絶な争奪戦を経て、ようやくわずかばかりの戦利品を手に入れることができるんです! 主要商品は、午前中に全部売り切れてしまうんです! こんな時間に来ても、もう何も残っていないんですよ!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「詩島巡査」

 

「はい」

 

「詩島巡査は、バーゲンが目的でこのショッピングモールに来たのですか?」

 

「ち、違いますよ! あたしは、捜査が目的で……。そうだ! あの監視カメラに映った男の目的がバーゲンなら、やはり、早い時間帯にこのショッピングモールに来ているはずなんです! だから、やっぱり今の時間に来ても、遅いんです! やはりこれは、重大な見落としです!」

 

 必死になって捜査が目的だと弁明する詩島巡査だが、全く説得力はなかった。まあ、今さらこの人には何も期待していないが。

 

 しかし。

 

 監視カメラに映った男の目的がバーゲンだったという点は問題外だが、あの男がもう1度このショッピングモールに現れるという点においては、私も詩島巡査と同意見だった。公園で殺害された被害者の山田さんは、金品等奪われておらず、人から恨まれたりといったトラブルも、今の所見つかっていない。と、いうことは、今回の事件は通り魔的犯行の可能性が高いのだ。その犯人と思しき人物が、犯行の数時間後、目的もなくショッピングモール内をうろついていた……これは、新たな獲物を探していた、とは考えられないだろうか? そうだとしたら、犯人は、必ずこのショッピングモールに現れる。そして、その可能性が高いのは、バーゲンセールで人が集まる今日だ。詩島巡査の推理も、あながちハズレてはいない。

 

「泊巡査! 見てください!」

 

 突然声を上げ、モール内の一角を指さす詩島巡査。なんだ? 映像の男か? 私は詩島巡査の指さす方向を見た。食品売り場だ。たくさんの主婦の人でにぎわっているが、映像の男や、怪しい人物は見つからない。

 

「どうしました、詩島巡査? 何があったんですか?」

 

「あれです! あの、タマゴ売り場の所のポップです!」

 

 タマゴ売り場のポップ? その時点ですでにイヤな予感しかしないが、一応確認してみる。

 

『タイムセール! 夕方5時よりタマゴMサイズ1パック10個入り85円!! お1人様2パックまで』

 

 と、書かれてあった。

 

「……あれが、何か?」

 

「何か? じゃないですよ! タマゴMサイズ1パック10個入りが85円ですよ!? 安すぎます。あたしが住んでるアパート近くのスーパーじゃ、1パック99円で、しかも1人1パックまでです! これは、衝撃プライスですよ……」

 

「それはなんとなく分かりますが、それが、今回の事件と、どんな関係が?」

 

「はい? 事件、ですか?」

 

「そうです。詩島巡査は、事件の捜査のために、このショッピングモールに来たんですよね?」

 

「え、あ、はい。もちろん、そうです、えーっと、アレはですね……そうだ! 映像の男の目的がバーゲンセールなら、きっとあのタマゴのタイムセールにも現れるはずです!」

 

「さっきから『そうだ!』と言うのが多いような気がしますが」

 

「うるさいですね。とにかく、タイムセールまであと2時間ほどです。それまで、どこかで時間を潰しましょう」

 

 と、いうわけで、私たちはショッピングモール内のオシャレなカフェで時間を潰すことにした。

 

「えーっと、アイスコーヒーのM」カウンターで店員さんに注文する私。

 

 すると、それを見ていた詩島巡査。人差し指を立て、ちっちっち、っと、振る。「泊巡査、分かってないですね」

 

「は? 分かってないって、何がでしょうか?」

 

「こういうオシャレなカフェでは、もっとオシャレに注文しないといけないんです。それなのに、なんですか? 今の注文の仕方は?」

 

「何か、おかしなところがあったでしょうか?」

 

「大アリです。まず、注文がただのアイスコーヒーというのが、イマイチ面白味にかけます。でも、それは個人の好みの問題ですからいいとして、なんなんですか、Mって? このカフェのドリンクのサイズは、小さい方から、ショート、トール、グランデ、ベンティなんです。Mサイズに相当するのはトールです」

 

 そう言われてドリンクのサイズを確認すると、確かにトールやらベンティやら、よく分からないサイズが書かれてある。めんどくさいな。別にいいじゃないか、S・M・Lで。

 

「はぁ、こんなオシャレじゃない人とコンビを組まされているなんて、あたし、ツイてないです」ため息をつく詩島巡査。それはワリとお互い様って気がするが。

 

「では、詩島巡査は、オシャレに注文できるんですか?」言ってみる。

 

「もちろんです。見ててください」

 

 そう言って、優雅な足取りでカウンター前に立つ詩島巡査。「いらっしゃいませー」と、ツインテールのカワイイ女性店員さんが迎える。

 

「こんにちは、今日も暑いですね」と、笑顔を返す詩島巡査。

 

「そうですね。どうぞ、当店でごゆっくりと涼んで行ってください。ご注文はお決まりですか?」

 

「えーっと、オススメは何ですか?」

 

「本日の当店のオススメは、『季節の野菜のソースがたっぷりチーズバーガー』と『クエイクンホイップキャラメル&エスプレッソ』です」

 

「じゃあ、『季節の野菜がたっぷりソースのチーズバーガー』と、トールの『クエイクンホイップキャラメル&エシュプ……エスプレッソ』を、氷無し、ミルク多めで」

 

「ご注文ありがとうございまーす。2点で、870円になります」

 

 詩島巡査は支払いを済ませ、ドヤ顔で戻って来た。「どうですか?」

 

「いや、どうですか? と言われても。何なんですか? 今のは」

 

「オシャレなカフェでのオシャレな注文の仕方です」

 

「今のが、オシャレな注文の仕方、ですか?」

 

「ええ。長いメニュー名と自分なりのカスタム注文をさらりと言えるのがオシャレなんです」

 

「全然さらりと言えてなかったような気がします。ハンバーガーの名前を間違えてましたし、ドリンクの名前は噛んでました」

 

「うるさいですね。細かいことはいいんですよ」顔を赤らめて目を逸らす詩島巡査。「とにかく、今のがオシャレなカフェでの心得その1です。よく覚えておいてください」

 

 その1ということは、その2とかその3とかがあるのか。ホント、めんどくさいな。

 

 しばらくして、出来上がった商品を受け取り、空いてる席に2人で座る。

 

「うわぁ。この、えーっと……『季節の野菜のソースがたっぷりチーズバーガー』、美味しそうですね。季節の野菜のソースって、何が入ってるんですか?」

 

 席に着くなり、詩島巡査が言う。私に言ってるのかと思ったら、その視線は、何故か隣の席に座ってコーヒーを飲んでいる女性に向いていた。

 

 突然話しかけられた女性は戸惑いの表情。「えっと……確か、タマネギとナスとズッキーニだったと思います」

 

「そうなんですか。やったぁ。あたし、ナスが大好きなんです。やっぱりこの季節はナスですよね」

 

「そ、そうですね」

 

「あとあたし、サンマとか、栗とか、焼き芋とかも好きなんです。これから、そんな秋らしいメニューが増えてくるんですか?」

 

「さあ……どうでしょう……?」

 

「うふ。楽しみです」

 

 可哀そうに。隣の女性は戸惑いを通り越して不気味な何かを感じているぞ。

 

「詩島巡査」

 

「はい」

 

「なんなんですか? それは」

 

「と、言いますと?」

 

「なぜ、隣の女性に話しかけるんです?」

 

「ああ。これは、オシャレなカフェでの心得その2、です」

 

 ……やっぱりか。まあ、そうだとは思ったんだけど、隣の女性に話しかけることの、どこがオシャレなのだろう?

 

 詩島巡査は得意げに語る。「オシャレな芸能人さんのブログとか見ていると、たまに、『今日は友達が働いてるカフェに来たよハートマーク』って感じで、写真を載っけてたりするんです。ああいうのを見てると、オシャレだなぁ、って思うんです」

 

「はぁ、なるほど」

 

「でも、あたしにはオシャレなカフェで働いてるお友達はいないので、ああやって、親しそうなフリをするんです。オシャレに見えるでしょ?」

 

「いえ、全然見えません」キッパリと否定する。

 

 ため息をつく詩島巡査。「まったく、泊巡査はオシャレのなんたるかが、全然分かってないですね」

 

「店員さんと親しく話すのがオシャレかどうかはひとまず置いておいて、隣の方は、店員さんではなく、お客さんだと思いますが」

 

「え? そうなんですか?」

 

 詩島巡査は目を丸くして驚き、隣の女性を見た。隣の女性は、曖昧に微笑んだ。

 

「それは、大変失礼しました。店員さんだとばっかり思ってました」ペコペコと頭を下げる詩島巡査。

 

「そもそも、なんで席に着いてコーヒーを飲んでる人を店員さんだと思ったんですか」

 

「いや、なんとなく、店員さんも休憩中にコーヒーを飲むのかな、とか思って」

 

「そりゃ飲むでしょうけど、普通は休憩室とかだと思いますが」

 

「そうなんですか。だから、今までのお店では、どんなに話しかけても親しくなれなかったんですね」

 

 今までオシャレなカフェに行くたびに見知らぬ人にメニューについて話しかけてたのか。なんて迷惑な人だろう。

 

「ま、いいや」詩島巡査は全く気にした風もなく、お皿の上のハンバーガーを手に取った。そして、上下逆にひっくり返すと、両手をハの字にしてハンバーガーの下の部分を持ち、「いただきまーす」と、美味しそうにかぶりついた。「うん! 季節の野菜ソースとチーズとパティのハーモニーがたまらないですね」

 

「それはいいですが、なんなんですか? その食べ方は?」

 

「と、言いますと?」

 

「なぜ、ハンバーガーを逆さまに持って食べるんですか? まさかそれも、オシャレなカフェでの心得なんですか?」

 

「ああ、これですか。いえ、これは違います。これは、この前テレビでやってた、ハンバーガーの具やソースをこぼさずキレイに食べる裏ワザです」

 

「ハンバーガーを逆さに持つことが、ですか?」

 

「はい。ハンバーガーって、一般的に、重いパティが下で、野菜やソースなんかの軽いものが上になってることが多いじゃないですか。だから、中身がこぼれやすいんです。これを、逆さまに持つことで、軽い野菜やソースが下に、重いパティが上になるんです。重いパティで軽い野菜やソースを押さえつけることができるので、中身が崩れにくくなります。さらに、ハンバーガーを持つ場所は横ではなく、手をハの字にしてハンバーガーの下を持つ。これで、具材が押し出されるのを防ぐわけです。後は、咬むときに上下の歯がくっつくようにして食べると、さらにハンバーガーが潰れにくくなり、具やソースがこぼれるのを防ぐことができるんですよ」

 

「はあ、そうなんですか」

 

「はい。具やソースをこぼしながら食べるのってオシャレじゃないから、これも、オシャレなカフェの心得と言えなくもないですね」

 

「ハンバーガーを逆さに持って食べるのは、あんまりオシャレじゃないような気がします。そんな食べ方をするのは、詩島巡査くらいではないでしょうか?」

 

「そんなことないですよ。周りを見てください」

 

 そう言われて周りを見ると、何人かのお客さんが、詩島巡査のようにハンバーガーを逆さに持って食べていた。

 

「あのテレビ番組、結構人気があるんですよ?」詩島巡査が得意げに言う。「泊巡査も、流行に乗り遅れないためにも、見た方がいいですよ」

 

 そうなのか。そういえば、刑事になってから仕事が忙しく、ゆっくりテレビを見るヒマなんて無いもんな。流行に鈍感になっていてもおかしくない。一応、チェックしておこう。

 

 その後、裏ワザ効果で具やソースをお皿にこぼすことなくペロリとハンバーガーを食べ終えた詩島巡査。なんちゃらエスプレッソも飲み終え、私もアイスコーヒーを飲み終える。時間は15時30分。タマゴのタイムセールまで後1時間半だ。

 

「あーあー。こういうのって、オシャレじゃないなぁ」ため息を吐く詩島巡査。まだ言ってるのか。

 

「オシャレじゃないって、何がですか?」一応、訊いてみる。

 

「カフェに長居することがですよ。オシャレなカフェでの心得その3、店内では、さっと飲んで、さっと帰る。飲み終わったのに長居するのは、全然オシャレじゃないです」

 

「まあ、5時のタイムセールまで時間を潰すのが目的ですから、それは仕方ないのではないかと」

 

「それは分かってるんですけど。こんなことなら、ポットで出てくるドリンクを注文しておくんだったなぁ。それなら、長居しても不自然じゃないし、オシャレです」

 

「詩島巡査」

 

「はい」

 

「さっきからオシャレオシャレ言ってますが、そうやってムリにオシャレぶろうとしているあたりが、逆にものすごくオシャレじゃないと思います」

 

 私がそう言うと、詩島巡査は、思いっきり肩を落として落ち込んだ。「……やっぱり、そう思いますか?」

 

「思います」

 

「そうですか。あたしも、なんとなくそう思ってたんです。本当にオシャレな人って、こんなこといちいち考えたりしてないんだろうなー、って。ああ。やっぱりあたしは、ノットオシャレだったんですね」

 

 ノットオシャレ……その言い方もオシャレじゃない気がする。

 

「オシャレ道は、なかなか難しいですね」

 

 そう言って、詩島巡査はテーブルに突っ伏してしまった。

 

 ……てか、この人、今が勤務中だって自覚はあるのかな? さっきからだらけ過ぎだろ。ここは、ガツンと注意した方が良いだろうか? これからもこんなユルイ感じで仕事をしていると、仕事の能率が上がらず、私の昇進にも関わってくる。こういう悪い芽は、早いうちに摘み取っておかねば。よし。コホン、と咳払いをし、ガツンと言ってやろうとした時。

 

 ガバッ! と、詩島巡査が突然身体を起こし、後ろを振り返った。

 

 なんだ? 何かあるのか? 詩島巡査の視線の先を追う。

 

 すると、店内に女性の悲鳴が響き渡った。

 

 何が起こったんだ? 悲鳴を上げた人を探すけど、人が多すぎて分からない。どうする? 何か危機的な状況になっているなら、急いで行動を起こさないといけない。しかし、一体何が起こっているのか。

 

 と、詩島巡査が、ものすごい勢いで走り出した。

 

 あの、いつものほほんとしている詩島巡査からは想像もつかない早さだ。その向かった先を見ると。

 

 40代前後の女性が1人、胸を押さえ、床に倒れている! 悲鳴を上げたのは、その周りにいた女性客だ!

 

 私も、すぐに詩島巡査の後に続いた。

 

「しっかりしてください! 大丈夫ですか!?」倒れた女性を抱き起す詩島巡査。

 

 女性は、胸をかきむしりながら、苦しそうな表情。なんだ? 心臓発作か? それとも、動脈硬化か? 分からない。どうすればいいんだ?

 

「食べたものを、吐き出してください!!」

 

 詩島巡査が叫んだ。食べたものを吐き出す? 喉を詰まらせたのだろうか? 女性は反応が無い。意識が薄れつつあるように見えた。詩島巡査は女性を抱き起すと、口を開けさせ、中に指を突っ込んだ。喉の奥を刺激し、嘔吐反射を起こそうというのだろう。えずく女性。同時に、詩島巡査は反対の手で拳を握り、女性のみぞおちを強く押した。嘔吐する女性。

 

「泊巡査! すぐに本部に応援を要請してください! 被害者は、毒物を飲まされた可能性があると!」

 

 毒物? 青酸カリか何かか? 誰が? 一体、何のために?

 

「早く!」

 

 詩島巡査の声で我に返り、私は慌ててスマホで本部に連絡し、救急隊と応援を要請した。

 

「救急隊は5分ほどで到着します」連絡を終え、私は詩島巡査に伝えた。

 

「そうですか。間に合うといいですが……」

 

 詩島巡査はなおも女性を吐かせようとする。その表情は真剣そのもの。普段の詩島巡査からは想像もつかない姿だ。

 

 5分後、救急隊が到着し、簡単な手当てをする。隊員が言うには、調べてみないと正確なことは分からないが、症状から見て、毒物を飲まされた可能性が高いらしい。

 

 女性が座っていたテーブルを見ると。

 

 見覚えのあるドリンクとハンバーガーが置かれてあった。ドリンクは半分ほど残り、ハンバーガーは、ほとんど食べられている。

 

 背中に、冷たいものが走った。

 

 それは、このカフェのおすすめメニュー。『季節の野菜のソースがたっぷりチーズバーガー』と『クエイクンホイップキャラメル&エスプレッソ』。

 

 そう。さっき詩島巡査が食べたハンバーガーとドリンクと同じものだった。

 

 まさか、これに毒が――。

 

 と、いうことは、詩島巡査も!?

 

「大丈夫ですよ」詩島巡査は、私の心を読んだかのように言う。「そのハンバーガーかドリンクのどちらかに毒が入っていたのは間違いないでしょうが、あたしは、大丈夫です」

 

「なぜ、そう言えるのですか?」

 

「ハンバーガーもドリンクも、まだ残っています。その状態で、女性は苦しみ始めた。つまり、盛られた毒は、即効性の高い物です。あたしがハンバーガーとドリンクを食べてから、もう30分近く経ってます。もし、あたしの食べたヤツにも毒が盛られていたら、あたしはとっくに死んでますから」

 

 ナルホド。それは確かに言えるな。

 

 しかし、これは本当にあの詩島巡査なのだろうか? 私よりも早くこの女性の異変に気づき、素早く毒を飲まされた可能性を考え、的確な対処。さらには自分も毒を盛られたかもしれないのに、冷静に状況を分析。ちょっと見直した。

 

 その後、女性は救急車で病院まで運ばれ、しばらくして、本部から応援が到着した。

 

 

 

 

 

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