花見をしてたら春告精 作:松雨
鈴音ちゃんが連れてきた『
私の代わりに、彼女が現代日本に沢山いる女子高生の内の1人、陽野春花としてこの町で変わらず暮らし、色々な出来事を経験していった果てに、平穏無事な生涯を終える。
瓜二つどころか、同一人物の記憶を完璧な形で保持する今の私がいずれ幻想郷に
しかも、彼女が帰った後すぐに記憶が想起され、それから間を置かずに明確な光景が、音声と共に頭の中に広がったのだ。
勿論、本当にこうなる運命かどうかなんて確証はなく、また私を含む誰にも想像すらできない流れになる可能性だって否定はできないけど、現状こうなる可能性が高いとしか言えない。
(私は一体……どうしたいのかな?)
普通の人であれば、元に戻りたいと思うだろう。そうでなくたって、不安や恐怖や戸惑いといった感情をある程度は抱くはず。
ただ私の場合は、幻想郷で仲間たちと共に暮らしていたリリーホワイトとしての記憶が、陽野春花としての記憶と共に存在していて、なおかつそれが脳内を占める割合と影響力が無視できない。
現に何度か、発作的に記憶を想起したせいで、胸が締め付けられるような辛さを味わっている。
加えて今、『私』が現世に存在していることを知ってしまったが故に、心の中が更に揺らぎ混沌とした状態になってしまっていた。
元に戻りたいのか、このままリリーとして居たいのかと今問われても、それすら断言できないくらいには。
いっそのことリリーとしての記憶しかないか、都合良く現代文明に関する知識だけが残っていたのであれば、こんな悩みを抱えることなんてきっとなかっただろうに。
「うわっ、こりゃ駄目だ。難易度ってやつ下げたのに、何度やっても全然クリアできないや」
「リリーちゃんが
「強いよー。えっと、今のわたしでも勝てるかどうかって感じかな。でも、このゲームってやつよりはまともにやれると思う」
「おぉ……迷いなく言い切る辺り、流石は春のリリーちゃん」
「えっへん! ただ、
「リリーちゃんだからかいい線行ってたし、きっとすぐに勝てるようになるよ。ただ、ちょっと休憩しよっか」
「うん、分かった」
とまあ、こんなことを考えてばかりいても事態が解決することはない上、精神的にもあまりよくない。
ということで、あれから気分転換を兼ねて私は鈴音ちゃんと一緒に、東方の原作をプレイして遊ぶことにしていた。
それも、シリーズ屈指の難易度を誇り、リリーの記憶でも友達の1人として認定しているクラウンピースが登場する、東方紺珠伝を。
鈴音ちゃんならともかく、初心者に毛が生えた程度の私がいきなりやるにはあまり向かない作品ではあるものの、このモヤモヤとした思考を振り払うには実にちょうどいい。
何回やっても、鬼畜弾幕をぶっ放すクラピに倒されてて進めないけど、何だかんだで楽しめてるし。
なお、当然の如く鈴音ちゃんは全モードと全難易度まで、過去一苦労したもののクリア済みだ。
これだけでも凄いのに、世の中にはこれを初見で踏破した上、再挑戦時に1回もミスをせずボムを未使用、更にはスペルカードを全回収した猛者が居るらしい。動画もあるみたいだから、後で忘れなかったら見てみよう。
「……今日はありがとうね、リリーちゃん。色々と不安だったろうに」
「鈴音? あっ……えっと、どういたしまして」
と、そんなことを考えながら休憩のためにゲームを一時中断したその刹那、鈴音ちゃんがこう声をかけてきた。その表情はさっきまでとは違い、とても申し訳なさそうにしていると分かるものである。
合間合間にあんなことを考えていたせいで、私の表情が曇っていたかしたんだろう。彼女にとって
しかし、『私』に会って話をしてみようと最終的に判断したのは紛れもなくこの私であり、鈴音ちゃんは何も悪くない。
無理やり力で従わせたとか、抱えている弱みを突いてきたとかなら話は別だけど、そうではないのだから。
「姉ちゃんただいま……っと。はぁ」
さて、ゲーム休憩もひとしおかなと思ったところで、扉をノックする音と同時にランドセルを背負った夕樹くんが、いつもとは違ってげんなりした様子を見せながら部屋に入ってきた。
しかも、帰ってくる時間が高校生な鈴音ちゃんよりも結構遅い。鈴音ちゃんが何も部活をしてないとはいえ、普通なら小学生の夕樹くんの方が早いのに。
お姉ちゃんと同じで放課後のクラブ活動もしていないから、大方面倒事でも起きたに違いない。
「おかえり、夕樹。帰ってくるのが遅かったけど、そんなに学校楽しかった……いや、楽しくなかった?」
「うん。おれの嫌いな授業ばっかだったのはともかく、またあいつらが掃除の時間にちょっと暴れてさ」
「ありゃま、それは災難だったねぇ。見たい動画配信も終わっちゃったし」
「ほんとだよ。あーあ、どうにか大人しくなってくれないかなー」
やっぱり。それも、他人の巻き添えを食らって居残りとかいう、私に置き換えて考えてみても相当萎えるやつだ。授業も嫌いなやつばかりっておまけもついてくれば尚更。
更に横から話を聞く限り、仲良しな友達2人と一緒に1度注意して止めようとはしてたらしい。
ただ、自分たちより体格が良く、ごみ箱を蹴り飛ばしたり大声で威圧的に反抗してきた3人組になおも食い下がる勇気は、流石になかったみたい。
しかし、それをきっかけに他のクラスメートが声をあげ、職員室から駆けつけた担任の先生が介入したことによって、事態がより大きくなることは防げたようだ。
(……そりゃ、しょうがないよ)
まあ、特別武術を嗜んでいるという話は聞いてないし、夕樹くんの体格は今の私や記憶の中にあるチルノと大して変わらない。髪を染めてカラコンをつけ、服装をもう少し女の子風に変えれば、見た目だけなら間違いなくほぼ本人。
で、仲良しな友達2人の方も夕樹くんよりは多少大きいけど、それでも体格では相手の方が一枚上手らしいし、同じく武術を習ってたりもしていない。
何より、友達の1人は料理と食べることが好きなだけの、どこにでも居そうな普通の女の子。見た目こそ違うけど、今の私の記憶にある妖精軍団で例えるなら、大ちゃんのような感じの子なのである。
故に抑止力が小さく、物理的に止めるのも体格や気性などの理由でかなり難しいから、事態を収めるまで荒れてしまうのは致し方ない。
「おかえり。鈴音と春花がコンビニってお店でわたしに買ってきてくれたパン1個、よかったら食べる? 元気出して」
「あっ、それおれも好きなやつ! マジでいいの!?」
「いいよー。だから、わたしとはお友達に――」
「よっしゃ! てか、そんなんしなくたって友達くらいなってやる!」
「えへっ。ありがとうね、夕樹くん」
なんて考えながら、夕樹くんに残り1個だったパンを渡してあげると、先程までのしょんぼり具合はどこへやら、ランドセルを放り投げると即座に袋を開けて嬉しそうな表情を見せ頬張り始める。
うん、やっぱり夕樹くんは普段はこうして笑顔でいるのが1番だ。リリーに憑依だか変身したからなのか、チルノを彷彿とさせる彼の姿を見ていて余計にそう思う。
「リリーちゃん、ありがとう。自分も色々と辛いはずなのに、弟を気遣ってくれて」
「わっ……どういたしまして、鈴音」
そして、間接的に鈴音ちゃんも喜ばすことができたし、尚更あげてよかった。見る者の心を暖かくさせる優しげな笑みを浮かべ、頭を撫でてくれた心地よさを感じながら、私も微笑み返すのであった。
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