花見をしてたら春告精 作:松雨
東方Projectの妖精キャラ、リリーホワイトに私がなるという衝撃的な出来事が起こった時から、今日でちょうど4日が経った。
性別こそ同じであれ、体格が変わるどころか人間を辞める羽目になり、記憶だってなくなりはしなかったけれど、リリーの記憶が割り込んでくる形になっている。お陰で、私の情緒はこうなる前より不安定。
ただし、身体の違和感というのは全くと言っていい程感じず、情緒が不安定と言ってもそこまでえげつない訳ではなく、日々の生活も家の庭より外に出られないのを除けば、特に不便さを感じたりもしていない。
言うなれば、毎日が休日。勿論、手伝える範囲内で家事とかはしてるけど、リリーとなる前までに比べればとても楽だなぁ。
「なあ、リリー。もしあれなら、俺たちと一緒にお泊まり旅行してみないか?」
しかし、そんな私の思考は一瞬の内に途切れることとなる。土曜日、鈴音ちゃん一家全員で朝食を楽しんでいた最中、仁夜さんがとんでもないことを口にしたのだ。
恐らく、これは思いつきだったのだろう。鈴夏さんや夕樹くんは目を見開き、鈴音ちゃんは「え? お泊まり?」と、凄い不思議そうにしていたから。
私を招いた時点で騒ぎになることを想定し、その辺の心構えはしっかりしてるとはいえ、不特定多数の人間が居る場所へのお出かけは情報の拡散速度、その他無用なトラブルの発生確率を上げる。
ただ、それでもずっと家の敷地から出られないというのは、短期間なら耐えられなくはないものの、中々に大変なこと。自由に外出する権利がある上で外へ出ない方を選ぶのとは、まるっきり訳が違うのだ。
しかも、今の私は春を告げる妖精リリーホワイトであり、なおかつ季節は春真っ盛り。魂の底から春を告げに行きたい、告げなければならないという使命感にも似た感覚も相まって、我慢できる程度ではあるものの、外出欲が結構出て来始めている。
「確かに、不特定多数の人々の目が多い場所への外出などすれば、目立つのは当然。俺らはともかく、リリーを一目見ようとする人はどうしても出てくるし、話しかけようとする人も出るだろう」
「SNSでもトレンドになってるもんね、リリーちゃん」
「うん。おれのクラスでも、その話題結構出てた」
「だが、それは俺らが守ればほぼ解決する問題。そうだろう?」
「まあね~。とはいえ、本人の意思が1番よ」
「ああ、当然だ。幻想郷では自由に外で遊んでいたリリーが、家の庭だけしか行けないのは息が詰まるだろうと思って思い付いたまで、その本人が望まないのであれば行くつもりはない」
「どのみち、家の周りに人が集まるのは避けられないしなー。早いか遅いかの違いだしさ」
多分、仁夜さんが突然お出かけしようと提案してきたのは、そんな私の心を直感か何かで察知したからだろう。幻想郷で私が妖精らしく、外を元気に飛び回っている光景を想像したのかな。
勿論、それはそれとしてせっかく家族全員が休みなのだから、自分たちがどこかへ出かけたいと思ったのもあるだろう。私に気を遣うばかりでは、仁夜さんはもとより他の3人が参ってしまう訳だし。
と思ったけど、鈴音ちゃんに関しては私に気を遣うばかりでも参るどころか、むしろそれが生きる活力にすらなりそうな気がするけど。
(どうしようかな……?)
私を家に招いてくれるだけでも優しさが凄いのに、一緒にお出かけしてくれるなんて、どう考えても短い付き合いである相手に向ける思いやりではない。
鈴音ちゃんはともかく、夕樹くんと鈴夏さんと仁夜さんには私を家に招くことに対するメリットが何もない。強いていうなら、楽しんではもらえているくらいかな。
むしろ、食費他必要な費用が増えるのみならず、振りかかる面倒事に対処しなければならないという、結構振れ幅のあるデメリットが増える方が大きいだろう。
ただまあ、他3人の表情や仕草を見る限りでは、仁夜さんの言うことに反対する意思は感じなかった。内心では嫌なんだけどみたいな思いも、抱いてはいなさそうだ。
「いいんですか……? わたしと居ると、旅行が楽しめなくなるかも――」
「構わねえよ。そりゃ、何事もなく楽しめた方が万々歳だろうが……てか、嫌なら期待させるようなこんな提案してないぞ。俺ら家族、その辺は想定済みだから心配するな」
「それじゃあ、えっと……よろしくお願いします!」
「うし、分かった。そうと決まれば旅館の予約を……にしても、空いてるところ……そうだ。あいつのところに電話してみるか」
「あら、いいじゃない。当日予約入れられればいいわね」
ということで、ここはお言葉に甘えようと決めたんだけど、そうしたらあれよあれよと旅行の段取りが組まれていく。
女子高生にしては大分変わっていると、友達とかから言われがちな私が言えた義理じゃないけど、鈴音ちゃん一家は普通の人から見たら一癖も二癖もある人たちだ。
常識と良心が完全に逸脱ないし欠如しているとかではないものの、
直近の例で言えば、
(……)
普通なら、東方Projectを深く知ってたり身内が例えなんと言ったりお願いしたって、私のことはコスプレをしているだけの女の子と判断するだろうし、ましてや家に上げて泊めるなんてトラブルの元になりそうなことはしない。
しかし、そのお陰で私は安全で落ち着く場所を、1日目で手に入れられたのだ。
そして、それを鈴音ちゃん一家に言うならば、本物のリリーになるという非日常を体験して少しパニックになったとの理由はあれど、その辺を考慮せず家に置いてもらうことを期待して、鈴音ちゃん家のチャイムを鳴らした私も、同じくらい常識外れであろう。
『はい。こちら、旅館ひとしずくのサービスセンターでございます』
「……よう、
『あー……その声は仁夜だね。当日予約? はいよー、うちの面々にも伝えとくわ。で、鈴音と夕樹の学校は休ませるの? 送り迎え?』
「急な思いつきで誰にも言ってねえから、明日は俺が送り迎えするわ。可能なら、その後は休ませるつもりだが」
『ふーん。相変わらずだねぇ』
ちなみに、早速泊まりに行くという旅館『ひとしずく』、その女将である『
女将さんを含む旅館の人たちはとても親切で、施設内部は古いが清潔、温泉は心地よく料理も美味しい。自然に囲まれながら入る、混浴の露天風呂はとても落ち着けると評判だ。
諸々のこだわり故に宿泊代金が高額なのはともかく、強いて言うなら立地があまり良くないところがあれだけど、それを差し引いても行きたくなる魅力のあるところだと私は思う。
「すまない。後相談なんだが、リリーホワイトって子供料金で行けるか?」
『ん? ちょっと待って。いやいや、リリーホワイトってあんたねぇ……私をからかってるの?』
「至って真面目な話だぞ。何なら、ネットニュースで実在の証拠とやらの映像を見れるが」
『いや、それは流石に知ってる。だけど、正直フェイク動画か何かだと半分くらい思ってるわ』
「うん、俺もああ言ったが……本人から聞かなきゃ同じ考えだったろうな」
『はぁ。取り敢えず、5人泊まりに来る想定はしておくけど、料金云々はまあ、実際にこの目で確認してから決めるわ。当たり前だけど』
ちなみに、鈴音ちゃん一家に加えて
普通に考えれば、ゲームのキャラを泊める云々なんて話は、現実的ではないのだから。
「……鈴音。これ、いつまで続くんだろうね」
「あー……えっと、当分かな?」
「取り敢えず、出かける準備しながら待ってようぜ」
なお、仁夜さんの様子や鈴音ちゃんの呆れ返ったような反応から、予約と私の宿泊に関する相談のはずだった由奈さんとの電話は、かなりの長丁場になることが決まったのであった。
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