花見をしてたら春告精 作:松雨
仁夜さんの思いつきによって旅館『ひとしずく』への宿泊を決め、あれよあれよと準備を済ませて来た私たち。
しかし、それ故に旅行の最終日はもとより、今日ですら何をするのか全く決めていなかった。
勿論、それが必ずしも悪い訳ではない。長期旅行であったり、予算に余裕があまりないとかであれば話は別だけど、今日はそのどちらにも当てはまらないのだから。
それに、鈴音ちゃん一家にとってこの旅館は慣れ親しんだ近場の旅行先、計画を立てなくたって何ら問題なく楽しめるだろう。
今でこそ、初めての場所であるかのようなお芝居を打っているけど、私自身もこうなる前は何度も通ったことのある旅館だから、割と心には余裕がある。
泊まっている期間内、3日目にちょっとしたイベントもあるみたいだし、尚更ね。
「ねえ、鈴音。鈴音がおすすめするお料理ってなあに? わたし、今日はそれを食べようかな」
「うっ、リリーちゃんの期待の眼差しが凄い……口に合うものじゃなかったら、この私――」
「姉ちゃん……気持ちは分かるけど、いちいち興奮してないで早く教えてあげなよ。おれたちの後ろが詰まってるし、何ならいつものあれで良いじゃん」
「あっ、確かに」
で、あの後何か食べようかなって呟きが聞こえたらしい鈴音と、鈴音に半ば強引に連れられた夕樹くんの3人で、私は例の食堂に行っている。
仁夜さんと鈴夏さんも誘いはしたけれど、あまりお腹が空いていないとのことらしく、それならばと部屋でのんびりくつろいでもらっている。
実質無料の飲み物が備え付けの冷蔵庫にあるし、テレビとかもあるから、今頃楽しく2人でお話でもしてるのかな。
「ご飯時だから人も沢山、呼ばれるまで時間はかかるかな……ちなみにさ、リリーちゃん。博麗神社の宴会って、こんな感じの賑やかさなの?」
「えっと、うん。わたしも、わたしのお友達も、弾幕ごっこで遊んだり美味しいご飯を食べたり、お酒とかも飲んだりするよ。酔っぱらってはしゃぎ過ぎて、気づいたら朝になってたりとかもしょっちゅう」
「わぁ……年齢制限とかなさそうだもんね、幻想郷。妖精ちゃんたちも集まる宴会、想像するだけでも凄く楽しそう……ねっ、夕樹!」
「えっ? うん、まあ……現実の、リリーの友達とかは気になるけと、仲良くなれるのか?」
「多分、夕樹くんだったら仲良くなれるんじゃないかな。チルノとかクラピ辺りと気が合いそう」
3人分の食券を買って受付のおばちゃんに渡し、番号札をもらって空いてる席に適当に座ったら、取り敢えずスマホなり会話なりで時間を潰しながら待つ。
頭の中にあるリリーの記憶を引っ張り出しながら行う、鈴音ちゃんや夕樹くんとの会話は、内容が内容なだけに周りで聞こえてる人たちの興味も引いているみたい。食堂に入った時より、私たちに向けられる視線の数がぐっと増えている。
殆んどはじっと見つめてるとかじゃなくて、時折チラ見したりする程度。会話だって、あの子は本物かそれともなりきりのコスプレなのかなと、そんな感じ。
(あのキラキラした瞳……鈴音ちゃんくらいに、リリーホワイトを推してるお兄さんなんだろうなぁ)
ああでも、中には絶対本物のリリーホワイトだって確信を持ってるのか、気になって少し長く見ている人も居るっぽい。何となく向いてみた方にいた、浴衣を着てる男の人が視線を思い切り逸らしたりしてるし。
気にならないといえば嘘になるけど、気になりすぎて辛いって程でもないし、そもそもリリーになった時点である程度、周りの注目を浴びることは織り込み済み。
鈴音ちゃんや夕樹くんに何かしようとしてたり、実際にしたりした訳でもないから、まあそこまで気を張る必要はない。
「えっと、495~498番……あっ、姉ちゃん! おれたちのやつが出来たって、早く行こう!」
「ん? おお、本当だ。やっぱり、何かに夢中になってると時間が経つのは早いね」
「ふふっ。そうだね、鈴音」
やはり、リリーとなってからも変わらず、鈴音ちゃんや夕樹くんとは波長が合うらしい。そんなこんなで気づけば、スピーカーから私たちの番号が呼ばれるくらいの時間が経っていた。
夕樹くんは特製のミートソースパスタ、私は鈴音ちゃんと一緒でナポリタンを頼んでいる。月野の家系の例に漏れず、2人も麺料理が大好きなのだ。
なので、仁夜さんと鈴夏さんも一緒に来てたら、多分ラーメンかお蕎麦辺りを選んでただろう。もし今が夏なら、冷やし中華やそうめん辺りが多くなる。
なので、最初は家での食事も大半が麺料理になるかと思ってたら、私が来てからは日替わりで色々な料理を出してくれている。少しでも楽しい時間を増やして、いつか帰れるまで寂しくならないように気を遣ってもらえてるのかな。
「はいよ、お待たせ! それにしても、相変わらず麺料理好きだねぇ。飽きないの?」
「私? 全然飽きてないよっ!」
「おれもまだまだ飽きてないぜ!」
「そうかい。まあ、あの鈴夏の子供なんだ。当然と言えば当然かね」
で、受付のおばちゃんと鈴音ちゃん姉弟は、こうして砕けた会話をするくらいには仲良しである。
そして、私への対応は2人の新しいお友達といった感じで、ナポリタンを受け取る時に「大変だろうけど、この子らと仲良くしてやってね」と、笑顔で言ってくる感じだった。
一応、鈴音ちゃんやネットニュースなどを経由して私のことはある程度知ってたみたいだけど、そこまで興味はないらしい。実際に飛んでみたり、弾幕を出したり能力を使いでもしなければ、見た目はほぼコスプレした人間の女の子だしね。
それに、会う人会う人が鈴音ちゃんみたいな反応をするよりかは、こういう人も居てくれた方が気楽でいい。
後、私が嫌いって人とかもそれ自体はしょうがないけど、露骨に嫌悪を感じさせるような人は流石に勘弁して欲しいかな。
「ん~! ありがとう、鈴音! おすすめしてくれたナポリタン、とっても美味しい!」
「どういたしましてっ! リリーちゃんに気に入ってもらえて嬉しいよ!」
「……よかったな姉ちゃん。妖精の味覚って、やっぱり見た目相応なのかな?」
「うん! あー……でも、ルナは別かな。例えば、コーヒーも砂糖とミルクはたまにしか入れないし、ふきのとうとか……わたしにはキツいかも」
「そっかー。本当に苦いものも好きなんだね、ルナちゃん」
「ブラックコーヒー、1度飲んだことあるけど……おれも無理。あれは苦すぎる」
ちなみに、鈴音ちゃんおすすめのナポリタンは、ある程度変わったであろう私の味覚でも、とても美味しいと思える味だった。
種族が妖精になったのと身体の大きさが小さくなったことが要因か、そこそこ少なめな量でありながら十分に満足感を味わえている。
夕樹くんが食べる特製ミートソースパスタも似たような量だったものの、食べ盛りだからか席に着いてから割とすぐに完食していた。
まだ足りないって顔をしてるけど、お土産屋さんに売ってるアイスクリームやスイーツなどを食べたいらしく、追加で何か料理を食べる気はなさそうである。
家でならともかく、今の夕樹くんなら特製ミートソースパスタをおかわりしても、アイスや他のスイーツをある程度は楽しめるに違いない。
(うわ、早っ……)
それにしても、夕樹くんの食べる速度は相変わらずかなりのものだ。お腹が空いてるのと旅行でテンションが上がっているのも相まって、トップクラスの早さである。
小中学生部門的なのがあるかは知らないけど、仮に早食い競争番組に出たとしたら、普通にいいところまで行けそうなくらいだ。
なお、早食いでありながら大量に食べることもままある夕樹くんの体型は、その割には細い。食べ方もそうだけど、太りにくい体質なのは見る人が見れば相当羨ましいだろうな。
「ふぅ……ごちそうさまでした! 明日もまた食べたいんだけど、大丈夫? 鈴音」
「勿論! お金なら私の貯金で余裕だし、食べたいと思ったならバンバン要求してね!」
「流石は姉ちゃん。下手したら、リリーのために有り金全部はたきそう」
「うん。実際に可能か否かは置いておいて、はたいてもいいとは思ってる!」
ちなみにだけど、私がナポリタンを食べる様子をずっと見ながら会話を楽しんでいたのか、鈴音ちゃんのお皿を見てみたらまだ半分以上も残っていた。
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