花見をしてたら春告精 作:松雨
ひとしずくは、数日程度なら敷地内だけで十分に楽しめる旅館だ。
さっきの食堂はもとより、品揃えも豊富なお土産屋さんや自然を味わいながら入れる露天風呂、立地の割には電波の通りも良く、インターネットを快適に使える環境。私が、パッと思いつきで挙げられるものだけでもこれだけある。
周辺一帯にまで目を向けてみれば、有名所だけでも大自然に囲まれた遊歩道やおしゃれな猫カフェ、飴細工専門店なんてものがあるし、そうでない細やかなものまで含めれば相当な数になるだろう。
しかし、それらに楽しみを見出だせるか否かはその人か状況次第。わざわざ言うまでもない。
「わわっ! えへへ、鳥さんどうしたの?」
「そうかもね、リリーちゃん! ただ、ここの動物たちへの餌付けは禁止されてるから、そういうのを楽しみたかったらごめんね」
「ううん、大丈夫! どちらかといえば、わたしも一緒に鳥さんたちと飛んだりして楽しむ方がいいし」
「良いよなぁ、幻想郷の妖精って……いや、妖精以外の種族も飛べるんだっけ?」
「うん。全員が飛べる訳じゃないけど、特段珍しくもないかな。夕樹くんも、頑張れば飛べるようになるかも」
勿論、私は楽しめる側の存在だ。鈴音ちゃん一家と楽しく遊歩道を歩きながら、不思議と寄ってくる鳥や他の小動物とふれあうこの時間は、私にこの上ない幸福感を与えてくれる。
で、時々吹いてくるそよ風と木の葉の音はとても心地よく、まるで心が洗われていくような感覚だ。美味しいご飯も食べたばかりということもあって、座ってじっとしていたらウトウトしちゃいそう。
それに、この場所に何だかノスタルジーを感じる。記憶の中にある幻想郷の森の中の光景に、今までで1番近い場所だからかな。
「懐かれてるなぁ。自然の権化たる妖精だからか、それともリリーの元気で優しい性格が鳥たちにとってあれなのか」
「前者の理由も当然あるけれど、性格の方が大きいんじゃないかしらね~。陽野さんとこの春花ちゃんも、こんな感じでよく小鳥とかの小動物に懐かれてたもの」
「言われてみればそうだ。となると、実は彼女の中にも妖精の血が流れてたり、正体がリリーと同種の妖精とか……流石にねえか」
「正真正銘の人間さんですよー。ちょっぴり不思議な感じはしましたけど」
「なら決定だねっ! 他ならぬリリーちゃんが言うんだもの!」
で、春を思う存分満喫するための努力に、それ以外の時間を一切の迷いなくほぼ全て使えるくらいに春が大好きな私だけど、それ以外の季節の自然が織り成す雰囲気が嫌いな訳ではないし、むしろ好き。
不思議と春が終わるにつれて活力も弱まっていく性質があるために、一歩か二歩は劣るだけなのだ。
特に、5月後半~6月中盤辺りまでは春との落差のせいか、はたまた気候の都合か、健康的な生活をしようがしまいが常時だるい。
かといって、夜更かしでもしようものならすぐに体調は崩れ、うっかりミスとかも増えた挙げ句、酷い時には何もしたくなくなる。
常に根性を働かせなければならず、精神的にも肉体的にも1番嫌いな時期だ。
そして、リリーになった今の私は、確実にその振れ幅がかなり大きくなるだろう。この生活が長引けば、間違いなく鈴音ちゃんたちに更なる迷惑をかけかねない。
だから、どうにか頑張ってその時期を乗り切るだけの気持ちを、今から持とうとしなければ。
「しっかし、自然の中を愛する家族とゆったり歩く……単純ながら、実に良いものだ」
「そうねぇ。しかも、今回はあのリリーちゃんが居るから鈴音が凄く幸せそうで、本当に嬉しいわ~」
「ああ。お陰で仕事の悩みや疲れが、まるで最初からなかったかのように消えていく」
「えっへへ。だってよ、夕樹。聞いた?」
「おう、聞いた聞いた。おれも皆と同意見」
ちなみに、こうして家族同士で楽しそうにしているところを見れば分かるけど、鈴音ちゃん一家もこの大自然を楽しめる方の人間である。
私のように特定の季節の自然であれば、何でもかんでも受け入れ無条件で入れ込むようなタイプではない。
それが自然であることを前提条件に、自分が居る場の様々な要素から鑑みて、どれだけ琴線に触れたかによって入れ込み度合いが決まる。
言わずもがな、琴線に触れた自然から離れたとしてもある程度残念がりはするけれど、私みたいな感じで体調とかが明らかに悪くなったりはしない。羨ましい限りだ。
「あのさ……ごめん。そろそろ、どこかで本格的に座って休まない? 何ならもう戻りたいんだけど。私疲れちゃった」
「あー。リリーと一緒で気分が舞い上がってても、流石に持たなかったかー。いや、だからこそ持たなかったかのかも?」
「うおっ、もうこんな時間か」
「あらあら。全然気づかなかったわ~」
そんな思考を巡らせていた最中、道中で買った麦茶のペットボトルを空にしていた鈴音ちゃんが、立ち止まって大きく息を吐きながらこう言ったのが聞こえた。
ちょくちょく休憩を挟んだり、寄り道してお菓子を食べたりもしてはいたものの、何だかんだ遊歩道を歩き始めてから3時間も経っている。
私としては、夏以降ならまだしも今は春真っ盛り。気分が高揚しているところに、休憩を挟んだりしているのもあるから、まだまだ元気だ。
夕樹くんも普通に元気そうだけど、仁夜さんと鈴夏さんも疲れ気味に見えるから、止めて戻るにはちょうどいい頃合いだろう。
道中、軽いノリで決まった私のお洋服選びも一緒にする予定だったけど、無理をしてまで一緒に行かなければならない訳ではない。
後、猫カフェや飴細工専門店については、また明日にでも皆で行けばいい。鈴音ちゃんと夕樹くんを学校に迎えに行った帰り、2人が疲れていなければの話だけども。
「いや、夕樹が単にスタミナバカなだけだと思う……あっ。リリーちゃん、もしかしてまだ行ける感じ? というか、この後一緒にお洋服買いに行こうかって話をしてたのに……私としたことが、すっかり忘れてた」
「ううん、大丈夫! わたしはまだまだ元気いっぱいだけど、鈴音が疲れてるなら、お休みするのは賛成だよ!」
「心配要らないわ。リリーのお洋服選びは私が付き合うから、鈴音はお父さんや夕樹とゆっくりしてなさいな」
「本当に? お母さん、リリーちゃん。ごめんね」
「鈴音、気にしないでいいのよ~」
「右に同じくだよ、鈴音!」
ということで、鈴音ちゃんは夕樹くんや仁夜さんと一緒に遊歩道ののんびり散歩を切り上げ、このまま旅館へと戻っていくことが決まった。
そして、私は鈴夏さんと2人で一緒に近場の洋服店に車で行き、これからの現代日本生活で着る私の服や下着類を数着選びに行く。
お金に関しては鈴夏さんと、目が見るからにヤバい鈴音ちゃんが出してくれるらしく、場合によってはアクセサリーとかも好きに選んでもいいとのこと。
(いや、全然はした金じゃないんだけどなぁ。普通にゲーム機買えるし)
何ら躊躇うどころか、ニッコニコで「推しのためならはした金!」とか言って1万円札を5枚出してきたものだから、思わず鈴夏さんと一緒に説得して1万円で妥協してもらったけど、何というか1番疲れたような気がする。
ちなみに、汗やら土やらでちょっぴり汚れたりしている私のこの服は、たった1着だけ。都合良く何着もあったり、自動で綺麗になったりしてくれる機能とかは、当然ないのだ。
わざと1回休みになってからの復活を敢行すれば多分行けるとは思うけど、そんなことのためにわざわざ自滅するなんて、常識的に考えてあり得ないのでやるつもりは全くない。
仮に、私にそれが出来るだけの狂気が備わっていたとしても、特に鈴音ちゃんが居る前でそんなことは絶対に出来ない。やったとしてどう思われるか、考えればすぐに分かっているから。
「さあ、リリーちゃん。私と一緒にお洋服選びに行きましょ~」
「はいっ!」
なお、目的地である洋服店は近場と言っても少し遠いようで、鈴夏さんとのお買い物は車で行くことが決まった。
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