花見をしてたら春告精 作:松雨
空を飛んでいけば、基本的に障害物の影響を受けない。普通に走るよりも遥かに速く飛べるのもあってか、すぐに親友の家の前まで到着した。
体感的には、高速道路の車か走行中の電車くらいだったと言えるけど、これが
何せ、ついさっきまでは私は人間だったのだから、本来はもっと速く飛べていた可能性だって否定できない。
しかし、この空を自分の思うがままに飛ぶという行為は、実に爽快感を得られるものなんだなと知る。恐怖や不安といった感情は、殆んど感じることはなかったからだ。
恐らく、私が
(……止めとこう。
機会があればまた飛びたい。だけど、現代でそれをやったら瞬く間に拡散され、数多もの人々からの注目を一身に集めることとなるに違いない。
まあそれを言ったら、目覚めてからここに来るまでの流れを考えれば、もう拡散されて注目を集めているとは思うけど、どうしようもないから考えないこととしよう。
「はーい、どちら様……えっ……うーん……えっ、何で!? やっぱりだよね……嘘でしょっ!?」
玄関のチャイムを鳴らし、考え事をしながら待つことおよそ10秒、扉を開けて出てきた『
そりゃそうだろう。現実に居るなんて微塵も思わない、シューティングゲームに登場する推しのキャラクターがどういう訳か現実に存在していて、なおかつ自分の家に訪ねてくる事態が発生したのだし。
ただし、中身は残念ながらリリーホワイトそのものではなく、一介の女子高生『
(……)
今まで1度も見たことのないくらいに、今の私の姿を見て狂喜する鈴音ちゃん。
騙しているみたいであれだから、頃合いを見計らって真実を語ろうかと考えていたけど、彼女の夢を破壊してしまうのもそれはそれで怖いから、止めておいた方が良いかもしれない。
でも数日、数週間、数ヵ月とただひたすら過ぎていくばかりであり、このまま戻る見込みが全くなくなってきた場合のことも考えると、出来る限り早い方が良さそうとも思えてきた。
まあ何にせよ、少なくとも今日明日辺りは言うべき時ではない。
「あっ、やば……えっと、何でか分かんないけど……家に来たってことは、中に入りたいってことで良いんだよね……?」
「えっ? うん――」
「なら大丈夫! とにかく、私のせいでご近所さんの視線が凄いから入って!」
「わわっ!?」
なお、鈴音ちゃんは私が頭を下げてお願いするまでもなく、迷いなく私を家に上げてくれた。この様子だと、居候に関しても本人だけは即了承してくれそうな勢いだ。
しかし、彼女は私と同じ公立高校に通うクラスメートで、1人暮らしをしているならまだしも、この一軒家で両親や小学生の弟さんと一緒に暮らしている。
鈴音ちゃんのご両親は大分理解のある人たちではあるけど、知らない誰かをしばらく居候させることに、即頷くとはまるで思えない。
何だかんだで入っちゃったけど、滞在できるかどうかはご両親の裁量にかかっているのだから。
「姉ちゃん、急に叫んでどうしたの……えっ? リリーホワイト? コスプレした女の子とかじゃ……うん、なさそう」
「雰囲気がもう、コスプレをした女の子じゃないもの。それにしても、こんなこともあるのね。世の中って不思議だわ~」
「あー……まあ、なんだ。
「あはは……ごめんなさい。抑えきれなくて」
ちなみに、鈴音ちゃんは普段こんなに大きい声を上げることがない女の子だから、家の中に居た彼女の家族が全員リビングから何事かと出てくるのだけど、当然の流れで私を凝視してきた。
趣味の話を自分の部屋で結構よくするらしい弟くんはともかく、さほどそういう話をしていないらしいお母さんやお父さんも、リリーホワイトを含めた東方Projectのことをよく知る反応をしてきたけど、当たり前である。
私と会う遥か前に色々あったらしい鈴音ちゃんは、一時期は本当に家族相手ですら会話が殆んどない状態にまでなったらしい。
そんな中、唯一無二といって良いくらいにのめり込んでいた東方Projectについてを軽く調べ、試しに振ってみたところ、それをきっかけとして今現在の笑顔が戻ったというのだ。
より深く、より広く調べて話を振り続けようとの考えに至るのも、言わずもがなだろう。
「それでさ。お父さん、お母さん……お願い。リリーちゃんを家に置いてあげて。確かに、推しと一緒に居たいって私の欲があることは事実だから、否定はしない。だけど、こんなにも不安そうにしてて、泣いてるこの子を見てたらさ、友達も家族も誰も居ないこの街に放り出すなんて……私にはできないよ」
「……」
「拒否してるならまだしも、何でか分かんないけど私が助けを求められてるから、尚更」
すると、先程までの狂喜していた時から一転、鈴音ちゃんは私の方を同情の感情を乗せた月のような輝きを持つ瞳でチラッと見た瞬間、両親に真剣な面持ちで私を置くようにお願いし始める。
確かに、この状況に決して小さくない不安を感じていた。本当に戻れるのか、戻った後の生活がどうなるのか、細かいものを含めれば沢山だ。
でも、泣いてしまう程かと言われればそうではない。むしろ、彼女の両親や弟くんからの反応が良さげだったことに、期待感が持てているくらいである。
(嘘……どうして……なんで私、泣いてるの? もしかして……)
そのはずなのに、鈴音ちゃんの言葉を聞いてから途端に心の中が不安と恐怖に支配され、同時に頭の中に『大妖精』らしき妖精さんのシルエットが浮かんできた。背景は、どこかの森の中のようにも思える。
『リリーちゃん! また……ね!』
加えて、ノイズ混じりではあるものの、
完全に解消するには、浮かんできたシルエットの
「確か、東方の妖精は対象となる自然さえあれば不滅、飲み食いせずとも問題なく生きれるんだったな。だったら、うちの経済的にも異論はない。部屋はまあ、鈴音と一緒で良いだろ」
「しかし、いつ迎えが来るのかしら? 数日、数ヵ月、下手すれば数年って可能性もあるわ」
「とにかく、しばらく待ってみないことには始まらん。駄目なら駄目で、その時考えよう」
「そうねぇ。警察とかに取り合っても事が事だし、門前払いがオチ……よし、ひとまず家で歓迎するわ」
「やった! お父さん、お母さん! ありがとう!」
そんな、鈴音ちゃんの心が込められたお願いが通じたからか、はたまた別の理由があったのかは分からないけど、私の心配をよそにひとまずこの家に置いてもらうことが決まる。
最悪、彼女のお父さんも言っていた妖精の特性を活用し、あの公園で事態が解決するまで野宿することも視野に入れていただけに、ほっとひと安心だ。
(ありがとう、鈴音ちゃん)
お礼の挨拶をしようとしたけど、急に来た不安と恐怖による震えまで来てしまったため、それは落ち着いてからすることとしよう。