花見をしてたら春告精 作:松雨
ゲームや書籍上の存在だと思っていた、
なのに、その最推しがどういう訳か我が家を訪れると、しばらく泊めて欲しいとまでお願いしてくるなんて、夢にすら思わない。
その時の私は、というか今ももう一生分の運を使い果たしたから、対価で近い内に死ぬんじゃないかとまで、真剣に考えてしまう程である。
「リリーちゃん、凄いわねぇ。こんなに料理……お菓子作りが上手だったなんて驚いたわぁ」
「
「なるほどねぇ。現代の電化製品の使い方も手慣れたものなのは、向こうにも似たようなものがあった訳ね?」
「はい! 後は、鈴音がわたしにも分かりやすいように、こうやってメモ書きを渡してくれたので、とってもやりやすかったです」
「そう。というか、リリーちゃんの絵だけ気合い入り過ぎてて笑えるわ。本当、あの子は貴女のことになると目の色を変えるから」
「お部屋の中に、沢山わたしのグッズとかがあったのにはビックリしましたねー。でも、居心地は良かったですよー」
しかし、今でこそ落ち着いて天真爛漫な春の妖精の一面を覗かせているけど、ここに来てからすぐの時に見せた不安と恐怖で押し潰されそうな表情で泣いていたあの光景が、私から推しに会った喜びを一気に消し去る。
それよりも遥かに強い、早急に仲良しの妖精ちゃんたちが住む幻想郷へ帰すために、色々とやらなければいけないという使命感が芽生えてきたのだ。
それこそ、明日からの学校をサボってでもリリーちゃんのために、犯罪以外だったら何だってしたくなるくらいには。
(はぁ……)
とはいうものの、実際問題そんなことは不可能。この手の問題に役立つような特殊な能力を持たない、単なる一般人の私1人では手に余ってしまう。
家族や家族以外の誰かの協力があったとしても、できることは精々八雲紫の迎えが来るまで家に置いておく、もしくは縁のある神社などの場所をリリーちゃんと巡って、一緒にお祈りするくらいだ。
しかも、後者だと私たちの生活を犠牲にしてようやく可能になる行為だから、実質前者しか取れる手段がないのである。
ただ、これだとリリーちゃんが早期に帰れる確率があまりにも低くなる。いや、低くなりすぎるといっていい。
良く分からない場所で全く知らない人間と暮らし、自身と仲の良い妖精ちゃんたちが居る場所へ帰れないのではとの不安、そして恐怖。
時間が経てば経つ程それは間違いなく増大し、リリーちゃんを苦しめることになる。
しかも、夏から冬にかけては彼女の季節を外れることとなるため、厄介な問題が発生しやすくなってしまう。
せめて、過剰な不安と恐怖感だけでも肩代わりしてあげたいけど、言わずもがな無理である。さて、本当にどうしたものか。
「あれ? 鈴音、険しい顔してどうしたの? ほら、クッキー作ったから食べて、元気出して!」
「えっ、リリーちゃんの手作りクッキー……何これ至宝? いや、天国……?」
「大げさだよー。それで、お味はいかが?」
「甘い、美味しい、サクサク! 以上!」
「語彙力が下がってるねー。でも、喜んでくれたなら何よりだわ!」
でも、互いの自己紹介後にお母さんやお父さんや弟と凄い早さで打ち解け、不安や恐怖を感じている妖精ちゃんとは思えない程に元気でニコニコしているのを見れば、少なくとも春の間はきっと乗り越えられる。精神的に最悪の展開が訪れることは、この様子だとなさそう。
制限時間は今のところないのだし、リリーちゃんの精神をできる限り良好な状態を保てるよう、これからは行動していこう。
明日は私は学校だしお父さんは夜まで仕事だから、お母さんと2人きりになってしまうという点で少しばかり不安ではあるものの、申し訳ないけど頑張って欲しい。
(そう言えば、何で……?)
それで、私の心が春一色でほぼ染まって憂鬱な気分が吹き飛んで消えると、リリーちゃんが我が家を訪問した時に何故か、親友の
考え得る1番の理由としては、イタズラの一貫としてこっそり取って持ってきたことだろう。何せ、幻想郷の妖精ちゃんたちは大抵が元気一杯で、相当なイタズラ好きだからだ。このくらいはしてもおかしくはない。
光の三妖精、または三月精とも呼ばれるあの3人組の内、スターちゃんが霊夢に対し、もはやその領域を超えているとしか言えない凄まじいイタズラを、躊躇いもなく実行したことを考えれば尚更だ。
現代日本でやれば、警察が速攻対処に当たるのみならず、全国ニュースに間違いなくなるレベルの大事となる。
子供の見た目と性格をしている上に人間じゃないので、最終的には色々と面倒な事態にはなってしまうのは確実だろうけど。
今は雰囲気が崩れるから言わないでおくけども、部屋に戻って2人きりになった時、それとなく聞いてみることにしよう。
で、明日になったら私が春花ちゃんに返して、リリーちゃんをどうか許してあげて欲しいとお願いし、了承してもらえれば万事解決だ。
「すっげぇー! 母ちゃんのと同じくらい美味しい!」
「ふふっ。夕樹くんも、お姉さんみたいな喜び方するんだね。嬉しいわー」
「ああ……まさか、ここまで美味く作れるなんて驚いたな。てっきり、美味くは作れないだろって先入観があったから尚更だ」
「まあ、料理が出来る妖精ってスター以外だと、殆んど居ませんから。
それにしても、リリーちゃんが私の最推しだという点が大きいとは思うけど、不安や恐怖を感じさせない笑顔と、羽をパタパタさせる仕草がとても可愛く見える。
テンションが高いのは、今が春だからだ。そう言えば、春花ちゃんも春になると目に見えてウキウキになる子だったっけ。
まるで、リリーちゃんがもしも人間だったらこうだというのを体現したかのような、そんな感じだ。
多分だけど、リリーちゃんと相対してみたら、きっと相当な相性の良さから速攻で仲良しになれるに違いない。
もしかすれば、リリーちゃんが幻想郷に帰るとなった時、私も一緒に行くと言いかねないレベルまで関係が深まる可能性だってある。勿論、そうならない可能性だってあるのだけども。
「ふぁぁ……」
「リリーちゃん、眠たいの?」
「うん……もう夜だからかなー」
家族みんなとリリーちゃんでクッキーを味わいながら、幻想郷の話やこっちの他愛もない話をして楽しんでいると、眠たくなったのだろう。リリーちゃんが小さく、あくびをしたのを私は見た。
時刻は気づけば既に夜の10時を回っていて、もう寝る時間の人も出てきてもおかしくはない。
ましてや、リリーちゃんは今は気丈に振る舞ってはいるけれど、いわゆる現代入りしてしまったせいで、私の想像以上に精神に負荷がかかっている状態。だから、疲れて眠たくなるのも当然と言えるだろう。
これから毎日、幻想郷に戻れる日が来るまで常時疲れた状態で、完全回復することがないのだと思うと、代わってあげたくなる。
「じゃあ、私の部屋のベッドを使ってゆっくりお休み。もしあれなら、一緒に行った方が良い?」
「ううん、1人で行けるよー。ありがとう、鈴音」
だけど、そんなことができる訳がない。だから、私はせめて少しでも早くリリーちゃんが幻想郷に戻れるように、神様にお願いしておこう。寝るために私の部屋に向かう彼女の背中を見ながら、私はそう考えた。