花見をしてたら春告精 作:松雨
鈴音ちゃんの家は、建物自体の大きさは平均的な一軒家ながら、庭が相当に広い。種類を問わずに植物を愛でることと、その植物が織り成す環境そのものが好きな、
何でも、変化前の私や鈴音ちゃんが生まれる遥か昔、2人がまだ夕樹くんくらいの年齢だった頃に、この趣味嗜好が芽生えたらしい。
曰く、友達との喧嘩やご両親からの厳しいしつけを含め、他にどれだけ嫌なことがあろうとも、豊かな自然に身を置いてゆっくりするだけで、不思議と心が癒されたからとのこと。
私も、春の桜や他の花たち限定とはいえ、それらがある場所に身を置いていさえすれば基本リラックスできるから、気持ちは良く分かる。
全く意図せず、自然そのものみたいな存在であるリリーになったからか、余計にそうだった。
(ふぅ……本当、春は良いよねぇ。こんな形で、より長く楽しめることになるとは思わなかったけど……)
ちなみに、私は今結構大きな桜の木の根元に座って寄りかかり、心地良い春の朝日やほんの少し肌で感じれる程度の春風、聞こえてくるウグイスの鳴き声を、五感全てを使って存分に堪能している途中である。
昨日の夜に寝てから今朝起きるまで、悲壮感溢れる夢をずっと見ていたせいで気分が大きく沈み、それを解消するために実行したのだ。
勿論、日が昇る前に起きていた鈴夏さんに声をかけ、了承してもらってから庭に出ている。
人の家だから、招かれたにしても意図しない場所へ向かって、勝手にうろうろするのは良くない。
いきなり私が居なくなったと思われ、焦らせてしまうのは居候の身として、こちらもかなりよろしくない。
そもそも、
私を家に居候させた時点で、色々と目立つリスクは言葉に出さずとも了承済みも同義ではあるにせよ、一応お伺いを立てておく程度のことはするべきだ。
「おはよう! 私の家の庭、気に入ってくれたみたいで嬉しいな」
「あっ、おはよう鈴音。その格好は……?」
「これ? 今日から高校なんだよね、私。えっと、高校っていうのはリリーちゃんに分かりやすく、なおかつ物凄く簡単に例えると、寺子屋の大きいバージョンって感じ」
「うん。それにしても、お勉強するのに
「学校によって違うんだけど……まあ、リリーちゃんからすればそう思うよね。でも、着ていく洋服考えなくて良いのは楽だよ」
桜の花びらが風で舞い落ちるのを見ながら、何だか妙に「心地良い春ですよー!」と言いたくなってきた頃、制服姿の鈴音ちゃんが隣に腰かけて、笑顔で話しかけてくる。いつの間にか、もうそんな時間になっていたらしい。
ジャージとか私服ならまだしも、制服のスカートが汚れると面倒じゃないかと思ったけど、そこは彼女も理解しているようで、私と同じように下にシートを敷き、汚れないように気を付けていたから大丈夫そうだ。
「そうそう。リリーちゃんが持ってたこの手鏡、春花ちゃんの物だから私が代わりに今日、返しておくよ!」
「あ……」
「ふふっ、大丈夫。いつか来るお別れの時までに代わりのもの、私が用意してあげるから」
「えっ? その、そんなつもりじゃ――」
「いいのいいの。リリーちゃんは私の最推し、鏡を仕入れるための時間とか、手鏡の持ち手部分を作る時間くらい、なんてことはないもん」
「そっかー。本当、鈴音って……凄いよね、色んな意味で」
「あははっ! その言葉だけでやる気が漲ってくる!」
それよりも、私が持ってきていたあの手鏡の話を振られ、挙動不審なところを見られた方が圧倒的に気になって仕方ない。思わず、あなたの隣に居るリリーホワイトの中身はその
でも、それを言ったとて信用なんてないし、万が一信用されたらされたで、せっかく叶った鈴音ちゃんの夢を無惨に壊すことにもなる。
(言ったら……駄目っ! ううん、言いたくない……)
それに、何だか中身云々の話を鈴音ちゃんにはしたくないと思う気持ちが、昨日よりも強くなってきていたのだ。前述の要素も相まって、この気持ちにはかなり抗い難い。
これも、リリーになった影響の1つなのだろうか。それとも、単に私が優柔不断なだけなのだろうか。もしくは、その両方か。
「じゃあ、行ってくるね。家にはお母さんが居るから、何かあったら頼って」
「……うん」
そんなこんなで楽しく話をしながら過ごしていると、もう出発すべき時間になったらしい。スマホを見た鈴音ちゃんが立ち上がってシートを片付けると、満面の笑みで家を出ていく。
当たり前だけど、学校に着いたら
今日明日だったら、休むとの連絡すらないことを不審に思う程度で済むだろう。しかし、3日や4日過ぎてくると流石にその領域は超えてくるに違いない。
ともなれば、ほぼ間違いなく近い内に、周辺を巻き込んだ大騒動となる。
それに、今まで目を逸らしていたけれど、私の家族は私が外に行ったきり連絡も寄越さず、帰って来ないことを明らかな異常事態として認識していることだろう。
春休み前半とかであればまだしも、学校が始まる前日という終わり際だから尚更だ。
(鈴音ちゃんは、友達と連絡が取れなくなっても気にしない子じゃない。私の家族は言わずもがな……何で? 一体、どうなってるの……?)
ただ、その割には鈴音ちゃんの家に私の親から連絡が来た様子はないし、鈴音ちゃん自身にも明らかに変わった様子が見られないのが、実に不思議な点である。
でもまあ、私の身に非現実的な出来事が起きたことを鑑みれば、知らないところで想像もできない非現実的な出来事が発生していても、何らおかしな話ではないか。
「リリーちゃん、ちょっと良いかしらー?」
鈴音ちゃんが家を出てった後も、色々と考え事をしながら桜の木の根元で過ごし続けていると、今度は鈴夏さんが私に声をかけてきた。
彼女に渡された時計を見たところ、夜明け寸前から今まで4時間と少し経っていた。そんなにも長い間、家の中に入らないで庭でじっと過ごしていた所以で、流石に心配になったのかもしれない。もしくは、内心迷惑していたとの線もあり得る。
細かな事情を考えないこととし、純粋に春を楽しむという面ではこの上ない環境だったから、つい夢中になってしまったのだ。
「勿論ですよー! 流石に長い間、庭に居過ぎてて迷惑でしたか?」
「いいえ。うちを少しでも楽しんでくれてるか、様子を見に来ただけ。えらく庭に居る時間が長いとは思ったけど、迷惑だなんてとんでもないわ」
「そうですか。ふふっ、それなら良かったです! 外の世界だと、わたしはゲームなるものの存在みたいですし……その、もう既に色々と目立っちゃてて。手鏡だって、鈴音のお友達からこっそり……悩みながら春を楽しんでたら、いつの間にかこんなに時間が経ってました」
「なるほどね……でもそれなら、全く心配要らないわぁ。壊した訳でもなし、春花ちゃんも飛び抜けて優しいから、リリーちゃんのことを鈴音経由で知れば、きっと笑って許してくれるもの」
ただ、鈴夏さんの表情や各種仕草を観察すれば、私が庭に居ることが迷惑ではなかったとすぐに理解できた。ほっとひと安心である。
とはいえ、庭に居る時間が長過ぎたお陰で、例え少しでも大丈夫かと心配させたのは事実。反省し、今後は時折家の中に戻って顔を見せておくこととしよう。
もしくは、1日中庭に居るかもしれないから心配しないで欲しいと、事前に期間もしっかり伝えておけば、少なくとも心配されることはない。勿論、家の中に戻って欲しいと言われれば素直に従うつもりだ。
「そうだ。要るかどうか分からなかったけれど、リリーちゃんの分も朝ご飯作ってみたのよ~。食べる?」
「えっ、良いんですか? 勿論食べますっ!」
頭の中でそんな思考を巡らせつつ、鈴夏さんが何となくで私の分の朝ご飯も作ってくれたらしいので、ひとまずそれを食べに一緒に家の中に戻っていった。