花見をしてたら春告精 作:松雨
「こんにちは! えっと、私は陽野春花! ごめんね、いきなりでびっくりさせちゃって」
鈴音ちゃんが部屋に置いていった、2台目のスマホにかかってきた電話の主は、他でもない私自身だった。勿論、リリーになる前の『私』だけど。
頭が真っ白になった後、正気に戻ってすぐに殆んど条件反射で通話ボタンを押したら、スマホを拾った誰かのイタズラということもなく、声とか話し方もほぼ『私』だった。
ほんの僅かにテンションが高めな気はしたけど、恐らくそれは私の気のせいだろう。というか、いちいち以前の『私』のテンションがどうだったかなんて、細かくは覚えていない。
であれば、原因不明の幻聴や幻覚の類い、ないし並行世界へ移動したのかとの考えもよぎったものの、そうだという証拠は何一つないのだ。
「ううん、大丈夫ですけど……その、どうして……?」
「ちょっとお話してみたかったのが1つと、手鏡の件は気にしてないよーってことを、直接伝えたかったからかな。あなたが幻想郷の妖精さんなら、この程度の『イタズラ』は可愛いものだしさ。何だかんだ、手元に戻ってきたから尚更ね」
「あっ、そうなの……えっと、ごめんなさい。ありがとうございます」
「どういたしまして。私も春の妖精さんにイタズラされるって、常識的にはあり得ない新鮮な経験ができたしね。ちょっと楽しかったかも」
「そうなんですか……? それなら、ほっとしました」
取り敢えず、即電話を切るべき理由もなかったから会話を続けているけれど、自分自身とやり取りをしている感覚と、初対面の他人とやり取りをしている感覚が混ざり合い、私の心の中は何とも表現し難い状態に陥っていた。
(道理で、私の親が鈴音ちゃん家に連絡も寄越さなかった訳だよ。そりゃあ、家にちゃんと居るんだもの。『私』が)
これが、私がリリーになったから起きたことなのは、何となく理解はできる。私は『私』を良く知っているのに対し、リリーは『私』を今初めて知ったのだから。
しかし、それならば現状スマホ越しにやり取りしていて、鈴音ちゃんと一緒に高校生活を送っている『私』は、一体何者なのだろう。
原理不明の超常現象により、私の意識・記憶・魂をリリーが一部引き継いでしまい、その残り香として刹那に誕生した存在なのか。
もしくは、極めて酷似した並行世界の『私』なのか。
何らかの目的を持ち、私を無理やりリリーに変えるか憑依させた後、『私』に化けて生活を送っているだけの怪異なのか。
こんなことがあったのだ。どの考えも、荒唐無稽と切り捨てることはできない。
「じゃあ、伝えたかったのはそれだけ。後は鈴音ちゃんに代わるねー」
「はーい……鈴音、電話代わった?」
「うん、代わったよー! リリーちゃん、ドキドキさせちゃってごめんね!」
「わたしなら大丈夫だから、心配しないで。鈴音」
「ありがとう! あなたは優しいね、リリーちゃん!」
そして、伝えたいことを全て伝えた『私』が電話を鈴音ちゃんと代わると、うって変わって比較的和やかな会話ムードとなる。
ただし、今の私はさっきまで会話していた相手が一体何者なのか、それが気になっている節があるし、自分の存在すらも一体何なのか疑問になり始めてもいたから、完全に集中できている訳ではない。
むしろ、時間が経つにつれて集中力がどんどん低下してきている。
(早く会いたいよ、ルナ……えっ?)
だからだろうか。再び脳裏には天高くそびえる大木のすぐ側で、
『ふぁぁ……また明日、一緒に本を読もう。リリー』
『いいよー!』
『もう……目の前でいきなり叫ばないで。眠気覚めちゃう』
『あはは、ごめんねー』
『ふふっ、いいよ』
眠たくなったのか、大きくあくびをするルナちゃんと向き合いながら、また明日も一緒に遊ぶ約束をする場面が、他人事のはずなのに私の感情を強く揺さぶる程に印象的で。
いや、リリーになっているから少なくとも、他人事ではないのかもしれない。でも、そうしたら陽野春花としての記憶もしっかり保持する今の私は、一体何者なのだろうか。
もう、何だか訳が分からない。とにかく、鈴音ちゃんが早く学校から帰って来てくれないと、この乱れる感情が落ち着く気がしない。
でも、落ち着くなら1番は、サニーちゃんたちや大妖精……
「リリーちゃん。早く、ルナちゃんたちと会えるといいね」
「あ……声に出てたの?」
「うん。とっても寂しくて、これが夢であって欲しい。早く帰って、皆ではしゃぐ日常に戻りたいって思いが、電話越しでも伝わってきたよ」
「そっか……うん。早く、日常が戻ってきて欲しいとは思ってる」
「そうだよね。私は、リリーちゃんと一緒に居れて有頂天だったけど……ごめん」
「鈴音は悪くないよ。それとは別に、鈴音と一緒に居ること自体は楽しいし、安心できるから」
一部心の声が思わず出ていたらしく、鈴音ちゃんが貴重な昼休みの時間を使って、私を落ち着かせるために色々と気遣ってくれた。
推しのためならば、自分自身の時間やお金など全く惜しくないと公言する、彼女らしい振る舞いである。
深呼吸もして、ふかふかのベッドに寝転ぶのも加えてようやく、唐突な感情の発露を何とかほぼ抑えることはできたけど、このまま行けば近い内にもっと酷いことになりそうな気がしてならない。
そうなってしまえば、私にとっては当然として優しい鈴音ちゃんやその家族も、面倒で辛い思いをするに違いない。何とか、この現象を抑えられるようになればいいのだけど。
「やばっ。確か、次の授業は体育……うっわぁ、完全にやらかした」
「えっ、もしかしなくてもわたしのせい? ごめんね、鈴音」
「いいや。それは絶対に違うからね、リリーちゃん。あなたとの話に夢中になって、周りと時間を見なかった私がいけないから……という訳で、電話切るよ」
「うん。授業、頑張って」
そして、ふとスマホ越しに聞こえてきた、昼休みの終わりを告げるチャイムの音と共に長く続いた通話は終わり、また部屋で1人になると、途端にさっきまで抱いていた感情が再び私の心を支配しようとしてくる。
(ふぁぁぁ……)
あまりにも辛く苦しい感情故か妙に理性が働かず、まるで何かに吸い寄せられるようにして、気づいたらベッド近くに置いてあった大ちゃんのデフォルメぬいぐるみを抱き枕の如く抱きしめ、顔を埋めていた。
でも、お陰でさっきまで私の心を支配下に置こうとしていた感情を、軽くだけど押し返すことができた。この事実に比べれば、ぬいぐるみの入手経路なんて些細なこと……今の私に、そんなことをわざわざ聞く理由はない。
できることなら、サニーちゃんを筆頭とした他の妖精さんたちや、|リリーと交流のある妖怪友達のぬいぐるみがあったら嬉しかったけど、このサイズのぬいぐるみはそうそうあるものではないはずで、そもそも私のためだけに要求するのは、普通に駄目だ。
ともかく、今はこの大ちゃんデフォルメぬいぐるみで、乱れる感情を落ち着かせよう。眠くもなってきていたから、このまま眠るのも良いかもしれない。
(……寝よ)
そんなことを考えながら、先程からこみ上げてきていた強い眠気に、私はそのまま身を任せることにした。
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