貞操逆転世界で俺はチョロ可愛いをしてるらしい   作:黒鉄48号

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 長らくお待たせした初投稿です。色々用事が増えて執筆の時間自体設けられず、それでいてスランプ続きでしたがようやく抜け出せました。
 今回は第二巻序盤ぐらいのお話です。どうかお楽しみください。


第十八話 帰省、あるいは道草

 6月頭の土曜日。入学した時よりも高い場所に登った朝日に照らされながら、俺はゆっくりとベッドから起き上がった。

 すぐ横でぐっすり眠っている一夏を起こさぬようにゆっくりと寝床を抜け出し、パパっと寝間着から運動用のジャージへと着替える。中学時代と比べて遥かに機能性に優れたそれに毎度の如く感心しつつ、今度は冷蔵庫へ。

 前日に予め買っておいた菓子パンを取り出して一口齧り、少し行儀が悪いが食べながら部屋を出る。早朝ということもあって生徒の気配は俺以外になく、強いて言えば朝番の警備員さんがちらほらいるぐらいだ。

 彼女らにも軽く会釈をしつつ数分歩いて寮から外へ。ちょうどパンを食べ終わったので、ここからは軽いジョギングぐらいの感覚で走っていくとしよう。ポッケからケースを取り出してイヤホンをはめ、ランニング用のBGMをかける。

 

 

「はっ、はっ……!」

 

 

 アップテンポな曲調に合わせ、足が軽やかに弾んで景色もどんどん流れていく。中学時代も体育の成績は男子の中じゃ結構いい方だったが、ISに乗り始めてからはなんだか一皮剥けたようだ。

 恐らくそれは、身に纏っている道具とも関わりが深いに違いない。IS学園というのは古今東西の最新技術の坩堝みたいなものな訳で、一般生徒に支給される些細な備品ですら巷のトップブランドのフラグシップ級だと聞く。

 そのうえ、俺や一夏に関しては希少な男性操縦者ということもあって更にサポートが手厚い。特にありがたかったのが運動靴の手配で、某作業用品店の格安のヤツを騙し騙し履いていた俺にとっちゃまるで足に翼が生えた気分だった。

 

 

(やっぱり、こうやって動くと気分が晴れる。色々考えるよか、いつも通り走って飛んでが一番だな)

 

 

 さて、思うがままに色々と寄り道をしつつも向かうはいつもの第3アリーナだ。色んな量産機に乗ることが半分仕事みたいなことになっているお陰で、俺は割と気軽にこの手の施設を利用出来る立場なのだ。

 とはいえ、流石に射撃やら模擬戦闘やらは放課後しか許可されてないんだが……と、そんな風に思いつつ入口に差し掛かった時のこと。

 

 

「ふむ、相変わらず精が出るな三上」

「おん、って。織斑先生じゃないですか、おはようございます!」

 

 

 ばったり出会ったのは我らが担任の千冬さんだった。彼女は塀のうえに腰掛けており、手には自販機で売っている大きめの缶コーヒー。匂いが周囲に漂っているあたり、結構前からここに居たのだろうか。

 先生に挨拶を交わしてそのままアリーナに向かおうとするが、彼女はずいっと自然な動きでこちらの前に立ちふさがった。

 

 

「……どいてくださいよ千冬さん。ちょっと飛んで身体を温めるだけですから」

「ちょっと、か────瞬時加速、一零(イチゼロ)停止、特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)。挙句の果てには若干拙いがサークル・ロンドまで。3年生ですらそのレベルのメニューを課しているのは少数だぞ」

 

 

 彼女は呆れ顔で言い放つ。実際、このメニューを鈴に教えた時なんて『どんだけ基礎錬すんのよあんた』と突っ込まれた程だ。とはいえ、俺にとってこれは決して欠かせないことである。

 きっちり説得し、アリーナに入らねばならない。そう判断した俺はイヤホンを耳から外してしまい、先生へと向き直る。

 

「千冬さん。あなたなら、世界最強(ブリュンヒルデ)であれば分かるでしょう。俺がどれほどに弱いか、一夏達にどれだけ差を付けられてるかってのを」

「……」

「洗練された技も、必死こいて身につけた経験も、生まれ持っての才も──一切合切持たざる者が食らいつくには、これぐらいはやらなきゃスタートラインにも立てないでしょうに!」

 

 

 溢れる想いのままに啖呵を切り、一旦深呼吸。走り込みの直後なもんだからか、全身が燃えているかのようだ。

 まあ最も、彼らだって互いに切磋琢磨を繰り返してどんどん先に進んでいる訳で。追いかけ続けても背中が一向に大きくならないというのは、存外心に来るものがある。

 

 

「三上。お前のその焦りを否定するつもりは一切ない。むしろ、他の生徒たちにも同じ志を持って欲しいまであるな」

「何言ってるんですか。他の人たちは試験だなんだを乗り越えてここに来たんだから、持ってないなんてことがあり得るとでも?」

「……お前も山田君も、そうやって他人を高く見積もって自分を下げる癖はどうにかならんものか」

 

 

 千冬さんは缶コーヒーを遥か遠くのゴミ箱にノールックで投げ入れ、そのまま天井を見上げる。いやほんと、そういう神業をさも当然のようにやられるからこちとら色々悩んでるんですよ。

 なんなら山田先生だって普通に彼女の側にいる人間なのだ。入学前のIS戦闘で戦った際、形式的なものとはいえ全部の攻撃を回避・防御されたのは普通にショックである。というか、千冬さんが副担任に指名するのだからそりゃ化け物みたいに強くて当然ではあるのだが。

 

 

「ま、兎も角だ。継続は力なりというものの、根を詰め過ぎるのは却ってよろしくないと私は考えている」

「だったらどうしろと? 一夏のやつだって必死に鈴や箒さんと訓練しているのに、俺だけ置いてかれるのは嫌ですよ」

「……その一夏が、この土日に本土へ帰るとしたら?」

「へっ?」

 

 

 先生から告げられた言葉に一瞬呆けてしまう。一夏が? 本土……つまり実家に??

 一体何故なんだ──と思い返して一瞬で心当たりが思い浮かんだ。寮の部屋へ初めて入った時、何故だかあいつ妙に荷物が少なかったのだ。しかも謎に面食らってたし。

 

 

「…………まあ、その、なんだ。いくら家族とはいえ、女が男の下着をベタベタ触るのはよくないだろ? そんな訳で、私はあいつの為に必要最低限の衣類と充電器ぐらいしか用意出来なくてな?」

「そういうものなんですか」

「そういうものだ。あと、他人に言いふらしたら──」「しませんよ!?」

 

 

 赤面して指をもじもじしていたかと思えば、目が笑ってない顔で静かに圧をかけてくる。全く、姉弟揃って感情が急ハンドルすぎやしないかあんたら。

 とはいえ、実を言えばその帰省とやらは俺にとっても渡りに船なのだ。というのも、本来であれば一夏や弾と一緒に藍越学園に進学しているはずであり、その場合は五反田食堂で働き続る予定だったことが関係する。

 何せ非常に、非常~~~に不本意ながらも! 俺はかの店にて“第二の看板()()”という立場にあり、シフトに入るだけで客がどっと増えるぐらいの扱いだったのだ。

 

 

(そんな便利なユニットがいきなり長期離脱だもんなぁ。大将も店は回せちゃいるが、客から不満たらたらだってメッセで愚痴ってきてたし)

「……まあ、とにかく。あのお人好しのことだ、お前が一緒に行くと言っても普通に許してくれるだろう」

「へっ、あ、ええ。そうですね、きっと、うん!」

 

 

 してやったりといった感じで微笑む千冬さんにちょっと引きつつ、スマホの時計を確認する。だらだらと喋り合ったせいもあり、一夏が普段起きるちょっと前ぐらいの時間だ。

 彼女の話も考慮すれば、今日は早めに起床して最終確認とかをしているに違いない。さっさと部屋に戻って話をつけにいかねば。

 

 

「あ、そういえば。こういう外出って確か色々書類の準備が──」

「ふむ、これのことか?」

「──その~、ほぼ全部記入済みに見えるんですけど~~??」

 

 

 待ってましたとばかりに先生が懐から取り出したブツを見るに、最初から俺と一夏を仲良く本土へ帰すつもりだったようだ。お節介というべきか、生徒に気配り出来る良い教師というべきか……。

 というかこれ軽い職権乱用じゃねえかなと思いつつも、それを口にすれば間違いなく拳骨だ。感謝の言葉を告げながら受け取り、行きよりも軽い足取りで寮へととんぼ返りするのだった。

 

 


 

 

 さて、そんな一幕がありつつも。俺の唐突な申し出に対して一夏は思ったよりごねず、なんならちょっと嬉しそうに受け入れてくれた。お陰で準備は想像以上に早く終わり、始業時間と同じ頃には2人してモノレールに揺られていた。

 

 

「いやー、まさか勇も一緒に来てくれるなんてな! 親父さんには顔見せするのか?」

「あーいや、流石にいきなり今日はむずいだろ。とりあえずそっちは明日の朝で、この後は五反田食堂に行くつもりだよ」

「それもそうか……んで、それって客としてだよな」

「いーやバイト。本土に着いて乗り換えて、そんでもって数駅跨ぐんだから着くのは昼時だぞ?」

 

 

 つまりは最も忙しい時間帯であり、さらに土日ともなれば込み具合は推して知るべし。何かしらのイベントが重なれば普通に行列まで出来上がるぐらいにゃ、俺のいた店は大人気なのだ。

 そこに実質不義理働いた人間が平気な面して現れられるか、と言われれば絶対に否。というか確実に大将や(だん)がエプロンを投げ渡すに違いない。

 

 

「帰省した矢先に労働って、お前なあ」

「好きでやってんだよ好きで。ったく、そんなにワーカーホリックに見えるんかねえ」

「少なくともオルコットは同意するだろうな。アイツも勇の訓練漬けには思うとこがあったみたいだし」

 

 

 水筒に口をつけながら一夏は呟く。にしても、ストイックなセシリアさんすらそっち側とは……流石に反省すべきかもしれん。

 

 

「ま、それはともかくさ。一夏はどんな予定組んでんだよ」

「ん、そうだな。飯は五反田食堂で一緒するとして、午後は一旦家の掃除だな」

「あのクソ広い家を1人でか? もし良けりゃ手伝うぞ」

「……自分の机すら整理出来ないのに?」「るっせぇ!」

 

 

 いやまあ確かにさ、充電ケーブルやらイヤホンケースやらでだいぶごちゃごちゃしてるぞ? けど、アレの全部……とまでは流石に言わずとも幾つかは気軽に切り替えたいやつだし。

 そんな風に内心で言い訳をツラツラと並べる俺を他所に、一夏はキャリーケースと一緒に持ってきた紙袋を徐に開く。

 

 

「さて、と。勇、本土に到着する前に着替えるぞ」

「へ? いや、普通にジャージで帰りゃいいんじゃねえの?」

代表候補生組(オルコットと鈴)からこの前聞いたんだが、ある程度地位が高い操縦者にはパパラッチの脅威が付き物なんだってよ」

「あー…………」

 

 

 杞憂だろ、という言葉を引っ込めてちょっとばかし考え込む。鈴に関しては結構雑な方なんであまりアテにならんが、IS操縦者以前に貴族かつご令嬢のセシリアさんの言葉は信用に値するはずだ。

 それに実際、放課後の訓練中はアリーナにほぼ毎日数人の野次馬が来ていた事実もある。なんだかんだ民度がマシな学園でさえあの始末なんだから、本土で顔バレしたらまあ大惨事だろうな。

 

 

「ま、身近な例えだと……受験会場の()()をもう1回味わいたいか?」

「そりゃ勘弁だな。つーか2度と御免だわあんなの! 今でも悪夢で見るんだぞ……」

「偶に唸ってたのそれか」

 

 

 そうやって一夏と駄弁りつつ、恐らくは学園島の服屋で揃えたであろう変装用のそれに着替える。学園と併設されてるIS企業のビル群にはちらほら男性もいるとのことで、僅かにだがメンズの取り扱いもあるのだ。

 ……しっかし、何故露骨に俺が着るであろうデザインの服が混ざってるんだろうなこれ。もしやアイツも俺を誘って本土に帰るつもりだったのか?

 

 

(ま、聞いたところで何にもならねえからな。ちとサイズは大きいが、まあ何とか誤魔化せるだろ)

 

 

 色々と内心で独り言ちつつもささっと着替え終わった。スマホのフロントカメラで髪型や細かい部分を微調整すれば……まあ、少なくともIS学園に通うエリートには見えない感じには落ち着いたな、うん。

 そしてモノレール内に本土到着を知らせるアナウンスが流れ、俺たちは早めに扉の前で待機する。

 

 

「……なあ一夏。せめてそのー、上下の組み合わせとか考慮すべきだったんじゃねえか?」

「いや、これでいいんだ。誰がどう見たってニュースの俺たちとは結びつかん!」

「そりゃそうだろうよこの恰好は!」

 

 

 上下真っ白の長袖長ズボンのほぼ部屋着な一夏に関しちゃ元がイケメンなんで割と様になっているが、問題は俺の恰好だ。

 ゆったりとしたシルエットのカーキ色のズボンに対し、上の方は何故か目が痛くなるほどに赤い長袖シャツ! しかも一番上のボタンをこいつは外さしてくれねえ!!

 

 

「こんなん大将たちに見られたら死ぬほど笑われるだろうが!?」

「……ダサいことで笑われるのと、可愛いと言われて女に襲われるの。どっちがいいんだ?」

「うっ、ぐぐ、ぬぅー……!」

 

 

 そこで悩んでんじゃねえよと言わんばかりの親友の目線に、俺は何も言い返せなかった。後で絶対に同じ服着せて、鈴や箒さんに写真送り付けてやるからなおめぇ!!

 ────と、ちょっとしたドタバタを挟みつつ。本土の電車を乗り継ぐ間、俺は大人や同年代からの生暖か~い視線に晒される羽目になるのであった。

 


 

「はーいらっしゃ────ッブ!?」

「あー、やっぱりお前もかよ、(だん)

 

 

 正午過ぎの真ん中あたり。重い足取りで五反田食堂にやって来たわけだが……予想通り、客も店員(クソダサヘアバンドマンこと五反田弾)もこっちを見て笑ってやがる。なんなら諸悪の根源たる一夏も妙にニッコニコで、もはや怒る気にもならん。

 

 

「ははっ……あぁ、ごめんよ勇。まさかお前がそんな、フッ、やけにミスマッチな……ヒヒッ」

「そりゃそうだ、一夏が選んだんだからな」「あぁそらそうなるか」

「ちょっお前ら!?」

 

 

 いきなりのネタばらしに親友が慌てる最中、逆に常連客たちは更に大笑いって感じだ。ま、さっきまでみたいに可哀想な子を見る目じゃないだけだいぶマシだろう。

 苦笑いを顔に貼り付けたままスタッフ用の入り口に行こうとするが、慌てて弾が引き留めにきた。

 

 

「あー待て待て。客として来たんじゃねえのかよ」

「ランチタイム真っ只中だぞ? 今頃裏は大忙しだろ」

「いやまー、手伝ってくれるのは嬉しいけどよ。というか一夏はそれでいいのか?」

 

 

 困り顔で我らがイケメンに問い掛けるも、彼は「勇がやりたいって言い張るのを止められるとでも」と肩をすくめていた。それが分かるなら服の趣味ぐらい考慮してくれ……という言葉を飲み込み、カウンターに座る一夏を見送りながらさっと暖簾をくぐる。

 店は小さいが根強い人気もあるお陰で、規模の割にはスタッフルームはなかなか綺麗なもんだ。懐かしい景色に思わずほっと一息ついていると、キッチンの方からドスドスと重い足音がやってくる。

 

 

「あ、大将! すみません急に来ちゃって……なにぶん、今日いきなり予定組んだもんで」

「おう」

 

 

 ぬっと現れこちらを見下ろすは80を過ぎてなおも健在、この店と五反田一家の大黒柱──五反田(げん)その人だ。剝き出しの両腕は筋肉隆々で、中華鍋を一度に2つも振るうそれは熱気に焼けてもはや黒光りしている。

 だがしかし、彼の最大の特徴はその体格だろう。というものが大抵女より小柄なこの世界にありながら、この人だけはどこぞの人間抹殺用アンドロイドばりの筋肉モリモリマッチョマン!

 初めてこの店へ親父と一緒にやって来た時なんざ、世界観の違いすぎる見た目──たぶん格闘漫画とかから迷い込んできた──に2人して仰天したのもいい思い出である。

 というか、比較的近い地域に箒さんや織斑姉弟も住んでたらしいので、ここら一帯がイレギュラーの集まりなのかもしれないと疑ってしまうほどだ。

 

 さて、そんな風に過去へ思いを馳せていると。俄かにフロアの方が賑やかになっていき、慌てた弾の声が飛んできた。

 

「じーちゃん! 日替わり1つに業火野菜炒め3つ!!」

「分かった。それと、ほれ」

「っ……ありがとうございます!」

 

 

 言葉短くバサッと投げ渡されたエプロンを反射的に受け取り、大将に礼をしてから手早く着替え始める。作業着一式に身を包み、熱気と調味料の匂いに満ちた厨房へと入り込む。

 豪快に調理している大将を横目に俺は仕込み野菜の山の前へ。久々に握る包丁の重みはやはりしっくりくるもので、もはや息をするかのように勝手に手が動きだした。

 

 山盛りのモヤシの根を一本一本手早く丁寧に切り、キャベツも具合を見て千切りと炒め用に分ける。人参は長さが揃うようにしっかり気を付けながら細切りし、玉葱は素早く火が入るように向こうが透けるぐらいに薄くスライス。

 次第に思考が加速していき、遠くから聞こえるお客様の声や中華鍋の音でどの食材を優先すべきか判断できるようになってくる。意識しなけりゃ出来なかった野菜の早切りも、いつの間にか昔と同じかそれ以上に早く終わっていることに気付く。

 それを大将の近くまで運んで行ってはまた下処理場で野菜を仕込む……その繰り返しがどうにも心地よかった。

 

 

「あらあら、やっぱり筋がいいわねぇ勇君は」

 

 

 不意に聞こえてきた声色に一瞬視線を向けてみれば、自称看板娘の五反田(れん)さん*1がカウンターの向こう側からこっちをニコニコ眺めていた。

 常連の女性客も何人か同じ方向を向いており、その目は実の子供の成長を喜んでいるような感じだ。

 

 

「その感じだったら、どこのお婿さんになっても安心ね。ねえ皆さん?」

「「ほんとにねえ~!」」

 

 

 そんな彼女らの言葉を耳にして、一夏と弾が絶妙に視線を逸らした。俺は包丁の動きを止めないまま「ありがとうございます」と返す。それしか言えない。

 怒るのも違う、否定するのも違う────かといって喜べるわけもない。あの人たちの方こそが正しくて、他の同級生であれば言い返すにしたってそれは照れ隠しに過ぎないだろう。

 こういう時の宙ぶらりんな感覚は、やはりこの街でもIS学園でも変わらないのだ。なんなら、この世界のどこに行ったって変わりやしないのかもしれない。

 

 

「……三上。来い」

「あ、はい!」

 

 

 そんなモヤモヤを抱えながら昼営業を乗り切った後。大将がおもむろに呼びつけてきて、慌ててそっちへ飛んでいく。

 何かミスでもあっただろうか──そんな不安をかき消すように、ドンと湯気の立つ飯が俺の前に置かれた。山盛りの白米に、他のメニューと比べりゃ不評な甘ったるいカボチャ煮を合わせた定食だ。

 

 

「食え」

「……はい」

 

 

 思い返せば朝は菓子パン1つしか食べてなかったわけで、それに気付けば自ずと空腹感が登ってくる。

 ただ、それがどうにも妙に恥ずかしく思えてしまい、意識がフロアへ向かう。カウンター向かいから漏れ聞こえる一夏と弾の足音からして、一足先に2階の家で遊ぶようだ。

 

 

「……欲しい材料が、勝手に揃っとった」

「えっ?」

「今日の話だ」

 

 

 厳さんはそう言うと、自分の分のカボチャ煮を口に運びながら踏み台へ腰を下ろす。それに釣られて俺も料理を口にすれば、相も変わらず人を選ぶ強烈な甘みが口いっぱいに広がった。

 

(……欲しい材料が勝手に揃う、か)

 

 

 言われてみれば確かに、今日の仕込みで意識したことなんてほぼなかった。鍋の音と客の声を聞いて、次に何が要るかが勝手に分かった。それだけだ。

 思い返せばISでも似たようなことがある。セシリアさんとの特訓で散々叩き込まれた『当たってはいけない弾だけを避ける』という考え方、ゴーレム戦で一夏と鈴の動きを見ながら作戦を組んだあの感覚。あれも全部、誰かに合わせた結果だ。

 一夏が何を求めているか、鈴がどこに向かおうとしているか。それを読んで、自分をそこに差し込む。……なんだ、俺ってずっとそればっかりやってんな。

 

「だが、合わせすぎんなよ」

 

 

 ぽつりと、それだけ口にする。

 

 

「あ、はい……?」

「俺ぁ、婿さんの修行をさせたつもりはないんでな」

 

 

 そう言って厳さんは立ち上がり、「後で蓮に言っておく」とだけ残して鍋の前に戻っていった。俺はカボチャ煮を半分ほど食べたところで、ようやくさっきの言葉の意味に気がついた。

 合わせ過ぎるな──でも、だったらどうすりゃよかったんだろうか。

 ゴーレム戦で自爆したのは作戦のためだったし、泣いていた鈴の話を聞いて黙って抱きしめたのも、それしか出来なかっただけだ。誰かの為に動いた記憶はあっても、自分の為に動いた記憶がどこにあるか……正直よく分からない。

『かっこいい』と言われたいなんて言い続けてきたけど。それだって結局、誰かに何かを思われたいってことで……自分の為、なのか? それとも誰かの為なのか。考えるほどにドツボにハマっていくように思えて、それをカボチャ煮で誤魔化す。

 

「……もう1杯、いいですか」

「午後の分が減る」

「じゃあ半分」

「……半分なら、いい」

 

 

 鍋の前から移動する大将を横目に、俺は黙々と定食を口に運んでいく。このカボチャ煮がどうしてメニューに残っているのか、それが少しだけ分かったように思えた。

 


 

 

 日付は変わって日曜日。あれから蘭ちゃんに挨拶したり、新しい仕込みの仕事を見せてもらったりした。押し掛けみたいな形になってしまったが、常連さんたちも嬉しそうだったしまあ結界オーライだろう。

 ま、そんなこんなありつつも一夏と別れて各々実家に帰ったりした後。今日は久しぶりの男3人で遊びに出掛ける事になった。

 電車を3駅ほど乗り継いでやって来たのは大型ショッピングモールの『レゾナンス』。駅舎を含み周囲の地下街全てと繋がる、ここら一帯の交通網と商業圏の中心地とも言える派手にすごい施設だ。

 

 

「いやー、こうして久々に来ると壮観だなぁ!」

「和洋中のレストランは言わずもがな、各種専門店やレジャー施設も完備。老若男女がここに集う──《ここで無ければ市内のどこにもない》!」

「どうした2人とも、ここの回し者みたいなこと言って」

 

 

 若干冷ややかな目でこちらを見つめる一夏をよそに、俺と弾は大盛り上がりである。何せ片や金銭事情、片や実家の手伝い地獄で滅多にここへ来ることはないのだ。

 イ〇ンモールLV99みたいなものを目の前にして、喜ばない男子高校生が世の中にいるだろうか? 否、ここへ足繫く通いあれこれ出来るようになるのがもはや学生間における一種のステータスまである!

 

 

「ていうか、弾はいいとしてだ。勇は大丈夫なのかここに来て」

「あ、それ俺も聞こうと思ってたんだよ。お前ってコンビニじゃ絶対水とお茶以外買わない人種だっただろ」

「あぁ、確かに去年まではな──だが、今は違うッ!!」

 

 

 高らかにそう宣言しつつ、俺はスマホにとある写真を映して彼らに見せつける。そして、訝しげに近づけたその顔が驚愕に染まるまでは3秒とかからなかった。

 

 

「あー、えーっと。いち、じゅう、ひゃく、せん…………???」

「ぜ、0が何個並んでんだこれ! 勇、お前まさか何かやばい仕事に関わってんじゃ──」

「違うわ! こいつは正真正銘、俺がIS操縦者として稼いだ真っ当に綺麗でクリーンな金だ!」

 

 

 さて、ここで一旦説明しておこう。まず初めに、普通のIS学園生は量産機に乗ったとて特に報酬とかはない。今月行われる学年別個人トーナメントで良い成績を残して企業から声掛けされたとしても、懐に入るのはサラリーマンの月収に届くかどうからしい。

 では、何故俺は一夏ですら驚愕するビッグマネーを手に出来たのかといえば────

 

 

「秘匿事項に抵触しないから言っちまうが、俺のやってる事って実は二重で前例がないんだよ」

「ん、どういうことだ? お前も一夏も人類初の男性操縦者で、両方とも専用機なんだろ?」

「ほうほう、流石に物知りだな弾は。だが、ちょっとだけ惜しくてな……俺のはあくまで()()()()()なんだよ」

 

 

 専用機と専用コア──なんだか言葉遊びみたいな差だが、実態はだいぶ異なる。

 まずは専用機、こちはら基本的に『機体を作った後に操縦者をピックアップする』という方式だ。セシリアさんのブルー・ティアーズはまさにそれだし、一夏の白式も一から彼に合わせて作られた訳ではない。

 対して俺と相棒(ISコア)の場合、実は主軸は()()()()()()()()()()()()()のだ。一操縦者とコア、それが経験をリセットすることなく複数の機体を乗り回る……ある意味、こっちの方が深い付き合いとも言えるかもな。

 

 

「──てなわけで、こうして俺のボロアパートの家賃換算でもやべえ額が支払われてるってことであーる!」

「へー、つまり大いなる責任には大いなる賃金が伴うってことか」

「なるほど羨ま……あっごめん待って睨まないで2人ともすまんすまん悪かった?!」

「「分かればよろしい」」

 

 

 うっかり口を滑らせた不埒なクソダサヘアバンド野郎を反省させつつ、改めて俺らはモールの中へ入っていく。曜日の関係も相まってか、学生グループや家族連れ、なんなら旅行客っぽい人たちまで揃って大盛況だ。

 なんなら噂だと幼稚園の遠足とかでもここに来ることすらあるようで、本格的に大人気施設である。

 

 

「で、結局どうすんだ今日は。IS/VS*2でもやるのか?」

「いや、それは勘弁……お前もそうだが、俺が勇に勝てるわけねえだろ!」

「そこまで言うかぁ?」

 

 

 あのゲーム、キャラ毎の動きと定石なんて決まってんだから覚えて対処すりゃいいだけなんだと思うんだが……。とはいえ、実際のISに乗った身としては気乗りしないのも事実だ。

 こうやって一応ゲームコーナーまで来たはいいものの、エアホッケーは一夏の一強だから論外。アーケードは1人ずつしか遊べないし、だからといってその他対人コーナー(ちょっと治安のいい動物園)も中々行き辛い。

 

 

「ていうか、ちらちらこっち見てくる人多いな……」

「そりゃお前ら、男性操縦者なうえに最強イケメンと可愛いベイビーフェイスだぞ? 藍越(あいえつ)でもファンの集いとかやってるぐらいには大人気だ」

「……そうか、有名なんだな」

 

 

 弾の言葉を聞いた一夏の目付きが俄かに鋭くなる。全く、折角の息抜きだというのに……俺が言えた義理でもないか、うん。

 とはいえ、こうなってしまうとそもそも固まって動くのがあまりよくないように思えてきた。これは俺の体験談だが、女子とかに話しかけられるのは大体俺と一夏が一緒になってる時なのだ。

 

 

「だったら、いっそ一旦別行動とかどうだ? あれから察するに、受験の時みたいな輩はたぶんいないだろここ」

「…………どう思う、弾」

「俺に聞くなよ俺に!? まあぶっちゃけ、俺は俺でちょっとあそこの店が気になってたからむしろ好都合だよ」

 

 

 彼はそう言いつつ、向かいに見えるショップ──手拭い専門店とかいうだいぶニッチだ──の方をじっと見ていた。

 似たようなモノばっか家にあるだろ……なんて言うと、即座にイヤホンのことでブーメランになるから黙っておく。俺には分からないだけで、マニアにゃ色々気になるところがあるんだろう。

 

 

「じゃ、そういうわけで。俺はせっかくだし服屋行ってくるぜ!」

「おん、そうか。一夏、迷子になるなよ?」

「ここなら大丈夫だっての! なら、俺はあそこの茶器見に行くからな」

((渋いチョイスだな……))

 

 

 さて、そんなわけで三者三様別行動。集合場所をゲームコーナーに決めて、俺たちは全くバラバラの方向へ散らばることになった。

 そんでもって俺がわざわざ服屋に来たのにだって、ちゃーんと理由がある。昨晩アパートへ帰った時に下着とかを確認してみたところ、結構な量が寿命を迎えていたからだ。

 世界に名だたるオルコットグループの商品とはいえ、流石に騙し騙し3年強は無理があったのだろう。であればいっそこの機会に1ランク上の商品で揃えてみたくなるのが俺の性だ。

 ……まあ、ついでに言えば昨日大将に言われた『合わせ過ぎるな』を自分なりに実践しようとしてるのもあるんだが。

 

 

「さ~て、どんなものが売ってるのか……って、ん?」

 

 

 そうして男性用のアパレルショップまでたどり着いたその時、ふと周囲に人だかりが出来ていることに気付いた。受験時のあれこれを思い出して身構えるも、どうやら彼女らが見ているのは俺じゃないようだ。

 であれば何にあれだけ視線を注いでいるのか────気になって横を見た瞬間、ソレに思わず釘付けになった。

 

 

 セシリアさんよりも黄色っぽい金髪で、アメジスト色の瞳は若干丸っぽい。背丈は一夏より気持ち低いものの、このご時世の男性と比べれば十分すぎるほど高い。

 すらっとした体躯で、棚の上段へ手を伸ばす動きに一切の迷いがない。顔立ちが整っているのもたしかで、周囲の視線を集めているのも分かる。

 だが、それ以上に俺がじっと見ていたのは顔じゃなくて、もっと細かい部分だ。商品を持ち上げる時の手首の角度、棚の前で足を揃えて立つ癖、何かを戻す時にそっと置く指先の力加減。

 一個一個は大したことじゃない。ただ、それが全部重なると……なんだかおかしい。

 

 

(上手く言えないが、なんか、こう……気になるんだよなぁ)

 

 

 じっと見つめておよそ1分。未だ服選びに進展の兆しが見えない青年の様子を見て、俺は覚悟を決めて話しかける。彼の戸惑いを解消し──そして何より、抱いてしまった違和感を理解するために。

 

 

「すみません、何か探しているものがあるんだったら、お手伝いしましょうか?」

「…………え?」

*1
弾とその妹の(らん)ちゃんの母親で、『28から歳を取ってない』なんて言われるぐらいの美人さんだ

*2
モンドグロッソのデータを元に作られた名作対戦ゲーム。バージョン違いが21種類あって、参加国それぞれの選手が最強になってるぞ!




 金髪で紫色の瞳……一体どこの何ル何アさんなんだ

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