貞操逆転世界で俺はチョロ可愛いをしてるらしい 作:黒鉄48号
前回から引き続き独自展開。金髪少年? との買い物回となります。
金髪の青年へ意を決して話しかけてみたはいいものの、返ってきた戸惑いの言葉を聞いた瞬間におれは致命的なミスに気付いた。
(……待てよ。日本に来たばかりの外国人っぽいやつに、日本語で話しかけてどうすんだ俺)
これが一番の問題であった。俺は英語の定型文のラリーだったら出来るタイプなんだが、1から文章を作れと言われると途端にガタガタになるのだ。中学の英語の成績とかはお察しである。
とはいえ、このまま黙っていても仕方がない。じわじわ熱くなっていく耳のことはどうにか無視して、脳みそから英単語を雑巾みたいに絞り出して口にする。
「あ、えっと──ソーリー……ドゥーユースピーク、イングリッシュ?」
「……oh」
片言どころではない俺の発音に、彼はぱちぱちと瞬きをして。それから何かを測るような沈黙をたっぷりと置いて、ようやく口を開く。
「……はい、話せます。でも、こっちの方が楽です」
帰ってきた言葉は日本語であった。発音は標準より僅かに硬いものの、そこら辺の観光客よりは遥かに上手だ。……なんなら俺の拙い外国語の1000倍は上手い、泣いていいか?
「あぁ、ならそっちで。さっきからずっと同じとこ行き来してますけど。何か探してますか?」
「…………少し、分からなくて」
青年はそう言いながらさっきまで持っていたシャツを棚に戻す。強くも雑でもない、ともすりゃ壊れ物を扱うような指先だ。なんなら遠目に見てた時と全く同じ力加減でありちょっぴり驚いた。
そんな中で、彼が片方の手に握っている小さな紙片がふと気になって。
「それは?」
「サイズの、確認です。こっちの表記と自分のサイズ、一致しなくて」
「あー、海外のブランドだと微妙にずれたりしますからね。ちょっといいです?」
差し出されたタグをのぞき込む。確かこれは……以前セシリアさんが口にしてた、フランスのブランドだ。そしてよく見てみると、こっちには欧州サイズと日本サイズの換算表がどこにも付いていない。
「えっとー、ここに書いてある数字が欧州サイズで……日本換算するとMかな。んで、首回りがこっちの方」
脳内の単位換算表をフル稼働させながら、該当するものを棚からぱぱっと抜き出して渡す。彼はそれを受け取ってから自分の首元とタグを何度か見比べ、満足気に頷いた。
「うん、ちょうどいい。ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
──これで、この会話は終わるはずだった。俺は改めて自分の服を探しに行くし、向こうも選んだ服をもってレジに行くだろう。そういう流れになると思っていたのだが。
なのに、何故かお互い足が動かない。青年は相変わらず棚の前に立っていて、受け取ったシャツを持ちながら周囲を見渡している。今度は何が分からないのかと視線をなぞれば……あぁ、試着室なのか。
(……そこは、自力で辿り着けるよな? 日本語ペラペラだったし)
ただ、どうにも不安に思えて俺もぐるりと見回してみると、ちょっとばかし遠くの方にそれはあった。
ただ、某市民ホールばりのデザイン重視なのかか看板は控え目だし、英語で補記すらない。多分一夏だったら10分ぐらい迷うぞアレ。
「あー、試着室なら奥の地味なとこですよ。ほら、観葉植物近くの」
「……ありがとうございます」
そう言いながら指差すと、これまた一拍置いて青年は返事をする。相変わらずの同じトーンで、全く抑揚が変わっていない。録音した音源を再生してると言われてもうっかり信じてしまいそうなほどだ。
ただ、これ以上は余計なお節介だろう。俺の分は目星を付けてあるし下着売り場は別フロアだ。さっさと会計を済ませ、スマホの館内マップを確認して移動しようとした──ちょうどその時。
「あ、あの……」
振り向けば、さっきの青年が結構な速さで追ってきていた。手に掲げた紙袋からは同じ柄で同じサイズのシャツが少なくも3枚は覗いている。……いたく気にいったんだろうが、まさか全部ソレじゃないよな?
「あなたは、普段から。このモールに?」
「いや、たま~に来る程度ですよ。まあ地元が近いんで、なんとなく店の配置とかは把握しちゃいますけど」
「……そうですか」
ごく短い返答。だというのに、彼はそこで話を切り上げようとはしていない。どうにもこう、さっきから変な間があるのだ。まるで言いたいことはあるのに、それを口にすべきかひどく悩んでいるような感じである。
内心でそう訝しんでいると、彼はわずかに視線を下に落とした。
「……もう少し、時間があれば。案内を、お願いできますか。日本に来てまだ日が、浅くて……店の探し方もよく分からなくて。迷惑、なら────」
「案内……あぁ、モールの?」
相槌を交えながらスマホの時計をちらっと確認する。集合時間まではまだまだたっぷりあるし、弾も一夏もああ見えて趣味には時間をかける人種だ。特に一夏は茶器なんか見たら、湯吞み1個で30分は時間を潰せる。
それに何より、俺は未だにこの人のことが気になって仕方がなかった。
(……買い物の手伝いって名目で、もちっと近くで見させてもらうとするかね)
あまり褒められた考えではないのは重々承知のうえで。ただ、顔にさえ出さなけりゃ誰も困りやしないだろう。
「迷惑なんてことは全然ないですよ。ただ、俺も自分の用事があるので……一緒にあちこち回る感じでよければ」
「……はい、それで十分です」
かくして俺と金髪の青年は、まったくもって謎の共同戦線(?)を張ることになったのだった。
まず向かったのは下着売り場。これは完全に俺の動線であり、仮に隣にいるのが他の男2人だとしても変わらない、純然たる自分の用事だ。
昨晩アパートで確認したところ、オルコットグループ製コスパ路線の相棒たちは3年強の酷使の末に揃って天寿を全うしていた。なら折角だし今回は1ランク上のやつで揃えてやろうと、ここに来るまでは意気込んでいたわけである。
……なのに、いざ売り場の前に立ってみると妙な気まずさがこみ上げてくる。そもそも初対面の相手と下着選びってどういう状況だよ。鈴とかの猥談でしか出てこないだろ普通こんなん。
そうモヤモヤしながら適当な方向へ進もうとした瞬間、くいっと服の裾を引っ張られて。
「男性用はこっちです」
「え、知ってたんですか」
「エスカレーターの横に、案内がありました」
彼はそれだけ言うとすたすた先へ進み、淡々と商品を物色し始める。どうやら彼も同じく下着を買いに来ていたらしい。それがなんとなく気恥ずかしくて、俺は少しだけ離れた棚で自分の用事を済ませることにした。
(さて、と……)
品質と価格のバランスを考えながら商品を手に取っていると、隣にひっそりと気配が並ぶ。彼の青年がいつの間にか同じ棚に来ていた。
「……このブランド、品質はどうですか」
「俺が使ってるやつです。数年はもつんで、悪くないですよ」
「そうですか」
その一言ですっと口を閉じ、また棚に視線を戻す。……やはり、どうにも喋り方が一定すぎる。感情の振れ幅がどこにある人なのか、まるで見当がつかん。
俺の周りにゃこういうタイプはいなかったっつーのもある。一夏は感情が急ハンドルで右に左にと振れまくるし、セシリアさんは考えたことを事細かに全部言葉で表そうとする。ついでに言うと鈴は煩悩駄々洩れ暴走特急だ。
(……そういや。この人、さっきから一度も『僕』だの『俺』だの言ってないな)
ま、日本語の一人称の使い分けは外国人にゃ難しいって聞くし、そのせいかもしれないな。そう結論付けてお目当てのちょっとイイ下着を籠に俺は放り込むのであった。
色々考えつつも会計を済ませて売り場を出ればと、青年も既に終えている。そこから俺たちは、いくつかの店をはしごすることになった。
青年が欲しいものをまずは探し、見つからなければ俺が案内する。それだけの単純な繰り返しだったのだが、回数を重ねるにつれて奇妙なことに気づいた。
────こいつ、物を買うのが絶望的に下手くそなのだ。
「これ、どっちがいいと思いますか」
例えば雑貨店での出来事。彼は似たようなデザインのペンを2本並べて、困り顔でこちらを見てくる。
違いと言えば持ち手の太さがちびっとだけ違う程度。インクは同じメーカーの0.5mmで、試し書きもやってみたがぶっちゃけ誤差でしかない。
「まー、そこら辺は好みじゃないですか?」
「……好みが、分からなくて」
ぽつりとこぼれたその言葉に、俺は思わず黙り込んでしまった。
「好みが分からない?」
「その…………判断の、基準が」
単なる優柔不断、というのとはちょっと違う気がする。例えば俺がイヤホンを選ぶなら音色がウォームかクールか、外用か家用か、あと場合によっちゃケーブルの太さとかも評価軸だ。ペンも基準は違えどそういうのが色々あるのは言わずもがなである。
しかし、こいつの口ぶりはそれ以前の……“基準”というものを置いておくべき場所がどっかに行っちまった、みたいな感じに思えた。
「じゃあ……この2本のうち、最初に手に取ったのはどっちですか?」
「……こっち」
青年は気持ーち細い軸の方を指した。うーむ、基本ちゃんと書けて長持ちすりゃそれでいい人種だから何が違うのかさっぱり分からんぞ。
「だったら、そっちでいいんじゃないですかね。最初に手が伸びた方ってわりと正直ですよ」
「……なるほど」
彼はこくりと頷いてそれを籠に入れた。言い返す素振りも迷い直すこともない、妙に素直な態度であった。
──そして、こういうことがその後も続いた。タオルの時は色で止まり、シャンプーの時は香りで止まる。途中で寄ったカフェでは、メニューを3分ほどじっくり眺めた末に「……同じものを」と俺の注文に乗っかってきた。ちなみにほうじ茶ラテである、一夏っぽいとか言うんじゃねえぞ。
……というかやはり、こいつを四字熟語で現すのはちょっとずれている気がしてならない。一度決めたら迷わないし、俺の出した基準にはきっちり乗ってくる。ただ、自分の口から何かを“好き”と言うシーンだけは一度も訪れていないのだ。
(なんなんだろうな、この感じ)
そうこうしているうちに、俺たちは自然とフードコートへ流れ着いていた。総合商業施設、恐るべし……!
うどん、ラーメン、牛丼にたこ焼き。食欲をそそる匂いが渦巻く中で、2人揃って吸い寄せられたのはクレープの店だった。学園の食堂にゃまず並ばない料理ということもあり、あとシンプルに見た目が良かったのもある。
向かいの青年はチョコバナナを選び、俺はいちごとクリームを注文した。そして驚いたことに、今回の彼は一度もこっちに意見を求めなかったのだ。メニュー表の前には数秒とも立ち止まらず、なんなら指差した後の横顔は心なしか満足気であり、思わず俺も笑顔になった。
「……甘いもの、好きなんですか」
「ん、俺?」
「さっき迷ってた時、甘い組み合わせの方ばかり、見ていたので」
「んー、まあ好きですよ。というか、そっちだって似たようなものじゃないですか」
「……そうですね」
微かに目が伏せられた。俺に案内係を頼むときに見せたのと同じ、数少ない青年の“余分な”動きだった。
(……何かあるな)
クレープをかじりつつ、すこし引いた位置から彼の全身を大雑把に視野に入れる。買い物の過程で動きの違和感はつかめた、あとはこうして座ってる状態を────
(……ん?)
ふと、気付く。両腕が少しばかり体の前側に寄っていて、膝から下はきゅっと内側に向いているのだ。記憶の中にある知り合いの姿勢と照らし合わせてみても……それはどっちかといえば
それを念頭に置いて、今日一日の青年の動作を脳裏で再生してみる。手首の角度に、棚の前での足の揃え方、そんでもって物を置く指先の細さ──あぁ、道理でちぐはぐなわけで。
こいつは服装と髪型で男に見えるだけの、
「……美味しく、ないです?」
「あっ、いや全然!? 苺食べたの久々なんで、つい感慨深くなっちゃって、はは、ははは!」
彼……或いは彼女? の問い掛けを咄嗟に誤魔化し、ホイップクリームの甘さとそれを引き立てる苺の酸味をこれでもかと堪能する。
……しかし、こりゃむしろ気づかない方が良かったんじゃなかろうか。ちょっと日本に不慣れなフランス人青年との奇妙な買い物、それで全部済ますべきだったのでは?
そんな後悔が次々と浮かび上がってしまい、折角のデザートが少し味気なくなってくる。なればいっそ、別の話題で気分でも変えるしかない。
「そういや名前を聞いてませんでしたね。俺は三上勇です」
「……シャルル・デュノアです」
(……デュノア?)
──その名前を聞いた瞬間、脳の奥で何かがコツッと音を立てた気がした。
デュノア社。それは世界有数のIS関連企業であり、フランスを代表するISメーカーだ。いっつも世話になっているリヴァイヴもこの会社の機体だったはずで。整備課の先輩方がしょっちゅう口にしているので、俺でも流石に覚えている。
そのデュノアという名字を持つ、フランス語圏から来たらしい金髪の──
(待て待て待て、落ち着け勇! 俺が知らないだけで、実は割とありふれた名前だったりするんじゃねえか!? それこそ佐藤とか山田みたいな枠の可能性もある!)
口の中の甘さは一瞬で消え去り、なんなら喉まで渇いてきた。どうにか動揺を顔に出さぬように努めつつ、紙コップの水をごきゅっと一気に飲み干す。
「へ、へー……シャルルさんって言うんですね」
「フランスでは普通です」
返ってきたのはまたもや一定のトーン。ただ、ほんの少しだけ……さっきまでより返事が早かった気がする。
……ま、気のせいかもしれない。俺の勘は戦闘中ならそこそこ当てになるが、対人の機微を読むのは得意とは言い難い部類だ。とはいえここで引き下がるには気になることが多すぎる。なので、あえて話のついでっぽく口にしてみた。
「デュノアって……ISのメーカーと同じ名前ですよね、確か」
それだけ言って、クレープの残りへ視線を戻す。あくまで思ったことをふと口にしただけであって、答えを期待したものではない──という体を、全力で装ってみる。
「……よく言われます」
「へー」
声のトーンは変わっていない。ただ、さっきまでの「はい」や「分かりません」と違って、その一言には全くつっかえがなかった。……言い慣れてる、のか?
今日の返事はどれもこれも最低限であり、毎回ちょっとずつ間が空いていた。それがこの一言に限ってするっと出てきたのだ。
問いただすべきか一瞬迷い……結局、俺はふやけたクレープの残りを口に運ぶことを選んだ。今ここで踏み込んだところで、出てくるのはたぶん、もう一枚の「よく言われます」だろうから。
それからまたモールのあちこちを回り、一夏たちとの集合時間20分前。俺は事情を説明して、ここでお開きにすることにした。
「じゃあ俺、そろそろダチに合流しないといけないので」
「分かりました。今日は、助けてくれてありがとうございましら」
シャルルさんは結構な量の紙袋を軽々とまとめて頭を下げる。外国人にしてはだいぶスムーズなお辞儀で、それなり以上に日本の習慣を把握していることが見て取れた。
そのままお別れとなりそうなところで、俺は何気なさを装ってもう一言だけ付け加える。
「あ、それと──俺、IS学園に通っているんで。もし何か困ったことがあれば!」
もはや手慣れたものになったアイドルスマイルを貼り付けつつ、くるっと彼の方へ振振り向く。
その瞬間、ほんの一瞬だけアメジスト色の瞳がこっちを射抜いた。……気のせいで片付けるには些か、鋭すぎるものだ。
「……そう、ですか」
返ってきたのは、今日何度も聞いたのと同じトーンの5文字。シャルルさんは小さく会釈すると、そのまま反対方向へと歩いていった。人混みに紛れていくその背中を少しだけ見送ってから、俺もゲームコーナーの方へ向き直る。
(デュノアには反応しなかったが、IS学園には反応した……か)
性別については確信に近いものがあるし、名前からして何かとIS絡みの人間だろうという予感もある。けれど、そこから先を考えるにはどうにも材料が足りなかった。
代わりに頭をよぎったのは、昨日の大将の言葉だ。
「──合わせ過ぎるな、か」
今日の俺は、あの人に合わせていただろうか。……いや、合わせちゃいねえか。好みが分からねえって相手に、俺の物差しをひたすら貸し出してただけだ。ともすりゃ押し付けた、と言った方が近いかもしれない。
なのに、不思議と嫌な気分じゃなかった。
(……あの細い方のペン、ちゃんと使ってくれるといいけど)
そういや俺も、苺を自分で選んだのはいつ以来だったっけ。五反田食堂でも学園でも、作るのも頼むのも、大体は誰かが喜びそうな方ばっかりだった気がする。
……ま、今考えても仕方ないか。小さく首を振って、俺はゲームコーナーへと向かう足を少しだけ速めた。
そうして土日を満喫し、IS学園に戻ってきたのは夕方も遅い時間だった。食堂はちょうど混雑のピークを過ぎたあたりで、空席もちらほら目立つ。
俺はレバニラ炒め定食、一夏は相変わらずの日替わり定食を選び、トレーを持ちながらテーブルに座る。2日分の外気を吸い込んだ体に、食堂の穏やかな匂いと程よく効いた空調が染み渡った。
「やっぱ、学園の飯はいいよなあ」
「何が違うんだよ、昨日の五反田食堂と」
「あっちはあっちで美味いんだが……なんつーか、帰ってきたって感じがするんだよなぁ?」
「……まあ、な」
一夏は短く答えて箸を動かし始める。帰省の疲れか、それとも実家の余韻が残っているのか今日はいつもより口数が少ない。まあ俺も似たようなもんなので、しばらく2人して黙々と飯をかき込んでいく。
……静かだった。土日明けの夕飯時は、みんなそれぞれの疲れを引きずっているせいか、昼休みほどの賑わいにはならない。少なくとも俺たちの周りには、珍しく誰も寄ってこなかった。
────そういう夜だったのだ、最初は。
「ちょ、ちょっと聞いた!? トーナメントの賞品の話!」
「聞いた聞いた! まさかそんな内容になるなんて!」
数テーブル向こうから、弾けるような声が飛んできた。
俺と一夏は同時に顔を上げる。声の出所は1組の女子グループで、4、5人がひとつのテーブルに身を寄せてスマホを覗き込んでいた。声を落とす気はさらさらないらしく、食堂の半分ぐらいには確実に届いている。
「……なんの話だ」
「知らん。待ってりゃそのうち聞こえてくるだろ」
結局、「そのうち」というのはわずか10秒後のことだった。
「同室よ同室! 優勝したら男性操縦者のどっちかと一日同室になれるって!」
「どっちかって、つまり選べるってこと!?」
「そういうことじゃないの!? やばくない!? やばいよね!?」
俺の箸がぴくっと止まる。そのまま隣の一夏を見れば、こいつも口のすぐ手前で箸を浮かせたままにどこか遠い所を見ていた。
2人して一旦トレーに視線を落とし、それから全く同時に顔を見合わせる。
「……聞こえたな」
「聞こえちまったよ」
黙り込む俺らとは対照的に、食堂の向こうではどんどん声が増えていく。別のテーブルからも同じ話題が飛び出し、気づけば近くの席の女子たちまでもが耳をそばだてていた。
どう考えても情報の回りが早すぎる。きっとこの話は俺たちが帰省している間に学園全体に広がっていたに違いない。
「……おい勇、あれって本当の話なのか」
「俺に聞くなよ、今初耳だっての」
一夏は静かに箸を置いた。額に手を当てて深く息を吐いた。普段はそうそう表に出さない苦悩が、目からありありとあふれ出している。
……まあ、当然だ。昔からこいつは女性にモテモテだったのは言わずもがなであるが、意外なことに彼女がいたことは一度もない。大人しい子は丁寧に断りを入れるし、乱暴者でも上手いこといなしてきた。
そんな人間がよりにもよって学校行事の賞品になるというのは、そりゃもう嫌悪の極みでしかないはずだ。
そして俺の方はというと────
(困ったな、とは思うさ。思うけどよぉ……)
正直に言えば、期待のような羨望のような。そんなものが決してゼロではなかった。
IS学園は不思議なことに生徒の大半が美女であり、残り僅かな子も決して顔面偏差値は低くない。それでいて性格もまあ悪くないやつが多いのだ。
……とはいえ、こんな流れで恋人になるのは流石にまっぴらごめんである。俺にだって夢見る順序というもんがあるのだ。
「勇!」「一夏!!」
名前を呼ばれて顔を上げると、鈴と箒さんが揃ってこちらに向かってくるのが見えた。2人の表情は対照的で、鈴は言いたいことがあって仕方ないという顔、箒さんは眉間に深い皺を刻んでいる。
「ちょうどよかったわ、帰ってきてたのね。聞いた? トーナメントの話」
「今さっき聞こえてきたぞ。同室になれるとかなんとかってさ」
「そうそれ! いやもうびっくりよ! どうしてそういう賞品になったのか全然分からないけど、あたしとしちゃ大々歓迎なわけで──」
「
箒さんの低い声が、鈴の言葉をぴしゃりと遮った。鈴はぴたっと止まると、ちょっとだけ口を尖らせてから俺の隣にどかっと座る。
彼女は一夏の隣に腰を下ろしながら、何故かそっちではなく俺の方へと口を開いた。
「……三上。今のは噂だ、あまり真に受けるな」
「噂、ということは、元になった何かがあるんでしょう? それがまったくの作り話とも言い切れないでしょうし」
「……むぅ」
箒さんが唸る。否定しきれないのは本人も分かっているらしく、それ以上は何も言ってこなかった。
一夏はといえば、その間ずっと黙々と定食を口に運んでいた。俺はその横顔をちらりと確認してから、鈴の方に向き直る。
「で、正確な内容はどこかに出てるのか? さっきからスマホ見てる子たちがいるけどさ」
「あぁ、学園の掲示板アプリよ。ほら」
スマホを差し出されて画面をのぞく。学内の非公式掲示板で、トーナメントの賞品についての書き込みがずらっと並んでいた。
内容は書き込みによってバラバラで、「同室」「デート権」「恋人契約一日限り」「男子の手料理フルコース」……内容は書き込みごとに見事にバラバラ。要するに、確定情報は何ひとつ無かった。
「……これ、誰も正確なこと知らないんじゃないか?」
「そうなのよ! 元々何かあるって話は聞こえてたんだけど、肝心の中身が誰も知らないまま噂だけ膨らんだみたいで」
「じゃあ実際は、普通の賞品の可能性もあるってことだよな」
「あるわね。デザートフリーパスとか」
「……頼む、そうなってくれ」
一夏が生まれて初めて聞くような切実さでつぶやいた。俺は笑いそうになるのをこらえながら、それでもちょっとだけ口の端が上がってしまうのを止められなかった。
すると彼は、何かを確かめるみたいにこっちへ向き直った。瞳はほんのりと曇っていて、笑ったのを咎めるというより、俺の中身を測っているような目だった。
「なあ、勇。お前はこの件、どう思ってんだ」
珍しい聞き方だった。こういう話で一夏が俺の感想を求めてくることはあまりない。俺はちょっとだけ考え込み、それなりに正直に答えることにした。
「……困る、とは思ってるな。本当にそういう賞品だったら、色々面倒だろうし」
「それだけか」
「……それだけじゃないけど、それだけにしといた方がいい気がするからな」
「そうか」
一夏はそれ以上聞かなかったし、俺もそれ以上言わなかった。珍しく鈴まで口を挟まずに、俺と一夏の顔を交互に見比べている。
とはいえ、そんな沈黙も長くは続かない。食堂のざわめきは収まるどころか増す一方で、鈴が掲示板を更新しては「また増えてる!」「今度は『添い寝』ってなによこれ!?」と騒ぐたび、一夏の眉間の皺が1本ずつ増えていく。俺はレバニラの残りをつまみながら、その様子を半分呆れて眺めていた。
ただ──そういえば。さっきから箒さんだけが、一度も一夏の方を見ていないのは何故だろう。
というわけで、シャルルの早期登場とトーナメントの賞品のお話でした。一体全体噂はどこから沸いたのやら……。
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ムフフなif、読みたいですか?
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いる
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いらない
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そんな物より本編優先して♪