貞操逆転世界で俺はチョロ可愛いをしてるらしい   作:黒鉄48号

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 進む進むぜ筆が進むぜ~。
 前回から引き続き独自展開。金髪少年? との買い物回となります。


第十九話 好きなものはなんですか

 金髪の青年へ意を決して話しかけてみたはいいものの、声をかけてようやく気づく。

 

(……待てよ。日本に来たばかりの外国人っぽい人間に日本語で話しかけてどうする俺)

 

 

 それが一番の問題であった。俺は英語の定型文のラリーだったら出来るタイプなんだが、1から文章を作れと言われると途端にガタガタになるのだ。

 とはいえ、このまま黙っていても仕方がない。ちょっぴり耳が熱くなるのをこらえて、必死に脳みそから英単語を絞り出して口にする。

 

「あ、えっと──ソーリー……ドゥーユースピーク、イングリッシュ?」

「……あ」

 

 

 片言どころではない俺の発音を耳にして、彼はぱちぱちと瞬きをした。続いて何かを測るような沈黙を一拍おき、徐に口を開く。

 

 

「……はい、話せます、だけど、こっちの方が楽です」

 

 

 帰ってきた言葉は日本語であった。発音は標準より僅かに硬いものの、そこら辺の観光客よりは遥かに上手と言えるだろう。

 

 

「あぁ、ならそっちで。それでなんか、ずっと棚の前で同じとこ行き来してますけど。何か探してますか?」

「…………少し、分からなくて」

 

 

 青年はそう言いながらさっきまで持っていた商品をひとつ、棚に戻す。力加減は先程とほぼ同じで、硬くなく、かといって粗雑でもなく……まるで壊れ物を扱うような指先だ。

 そしてふと、後ろズボンのポケットから飛び出していた布切れが気になった。

 

 

「なんですか、それ」

「サイズの、確認方法が。こっちの表記と自分のサイズ、一致しない」

「あー、ブランドによって微妙にずれたりしますよ。ちょっといいです?」

 

 

 差し出された衣料品らしきタグをのぞき込む。確かこれは……以前セシリアさんが口にしてた、フランスのブランドだ。そしてよく見てみると、こっちには欧州サイズと日本サイズの換算表が付いていない。

 

 

「えっとー、ここに書いてある数字が欧州サイズで、日本換算すると──Mだと思います。んで、首回りがこっちかな」

 

 

 説明しながら脳内の単位換算表をフル稼働させ、該当サイズを取って渡す。彼はそれを受け取ってタグと自分の首元を何度か見比べ、満足気に頷いた。

 

 

「うん、丁度いい。ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 

 ──これで、この会話は終わるはずだったのだ。俺は改めて自分の服を探しに行くし、向こうも選んだ服をもってレジに行くだろう。そういう流れのはずであった。

 なのに、何故かお互い足が動かない。青年は相変わらず棚の前に立っていて、受け取ったシャツを持ちながら周囲を見渡している。今度は何が分からないのかと視線をなぞれば、それは若干上を向いていた。たぶん試着室あたりだろうか。

 

 

(……そこは、自力で辿り着けるよな? 日本語ペラペラだったし)

 

 

 ただ、どうにも不安に思えて俺もぐるりと見回ってみると、ちょっとばかし遠くの方にそれはあった。ただ、デザイン重視か看板は控え目だし英語で補記すらない。そりゃ迷って仕方がないはずだ。

 

 

「あー、試着室なら奥の地味なとこですよ。ほら、あの」

 

 

 そう言いながら指差すと、これまた一拍置いて「ありがとうございます」と青年は返した。今度もさっきと同じトーンで、全く抑揚が変わっていない。これじゃまるで機械人形か何かだな……。

 ただ、これ以上は余計なお節介だろう。俺の服はある程度揃えておいたし、下着売り場は別フロアだ。ここでの会計を終えてスマホの館内マップを確認して移動しようとした──ちょうどその時。

 

 

「あ、あの……」

 

 

 再び声が飛んできて振り向くと、あの青年が後を追いかけていた。同じ柄と同じサイズの服ばっかり買っていることに奇妙さを覚えているのも束の間、彼は口を開く。

 

 

「あなたは、普段。このモールに?」

「いや、たま~に来る程度ですよ。ただ、このへんは割とよく知ってて」

「……そうですか」

 

 

 ごく短い返答。でも、青年はそこで切り上げようとはしていない。どうにもこう、さっきから変な間があるのだ。

 内心でそう訝しんでいると、彼はわずかに視線を下に落としてから「……もう少し、時間があれば。案内をしてもらえますか」と言ってきた。

 

 

「案内……あぁ、モールの?」

「はい。日本に来てまだ、日が浅いので。店の探し方も、ちょっと分からなくて…………迷惑なら、いいです」

「まあ、迷惑ってわけじゃ全然ないですけど」

 

 

 そう答えながらスマホで時間をちらっと確認する。集合時間まではまだまだだいぶ余裕があるし、弾も一夏もああ見えて趣味には時間をかける人種だ。

 それに何より。俺は未だ、目の前のこの人間に引っ掛かりを覚えている。

 

 

(買い物の手伝いって名目で、もう少し近くで観察するか)

 

 

 あまり褒められた考えではないだろうが、それを明け透けにしなけりゃさして問題はないはずだ。

 

 

「分かりました。ただ、俺も自分の用事があるので。一緒にあちこち回る感じでよければ」

「……はい、それで十分です」

 

 

 かくして俺はと金髪の青年は、まったく謎の共同行動を開始することになったのだった。

 

 


 

 

 まず向かったのは下着売り場。これは完全に俺の動線であり、仮に隣にいるのが他の男2人だったとしても関係ない、純粋に自分の用事だ。

 なのにいざ売り場の前に立ってみると、謎の気まずさが沸いて来てしまう。モヤモヤしながら適当に進もうとした瞬間、青年にくいっと服を引っ張られた。

 

 

「男性用はこっちです」

「え、知ってたんですか」

「来る途中に看板を確認しました」

 

 

 彼はそれだけ言うとさっさと先に向かい、棚の前で淡々と商品を見始める。どうやら彼も同じく下着を買いに来ていたらしい。それがなんとなく気恥ずかしくて、俺は少しだけ離れた棚で自分の用事を済ませることにした。

 

(さて……)

 

 品質と価格のバランスを考えながら商品を手に取っていると、隣からひっそりとした気配がした。青年がいつの間にか同じ棚に来ている。

 

 

「……このブランド、品質はどうですか」

「俺が使ってるやつです。悪くないですよ」

「そうですか」

 

 

 その一言ですっと黙り、また棚に視線を戻す。やはりこいつ、どうにも喋り方が一定すぎる。感情の振れ幅がどこにある人なのか分からない。

 ただ、感情がないってわけじゃないんだろう。どっちかといえば言葉を選び、何かをちゃんと考えた上で最小限だけ外に出しているようだ。

 俺はそういう人間と特段親しくなった記憶はなかった。一夏は感情が急ハンドルで真逆だし、セシリアさんはむしろ考えたすべてを口にしようとする。ついでに言うと鈴は感情を抑えることなく煩悩駄々洩れタイプだ。

 

 

(……日本語があまり得意じゃないから、というのも一因かもしれないけど)

 

 

 色々考えつつも会計を済ませて売り場を出ると、青年も既に終えている。そしてその後、俺たちはいくつかの店をはしごした。

 青年が欲しいものを探す、見つからなかった場合は俺が案内する。それだけのシンプルな繰り返しだったのだが、回数を重ねるにつれて奇妙なことに気づいてきた。

 ────こいつ、物を買うのが極めて下手くそなのだ。

 

 

「これ、どっちがいいと思いますか」

 

 

 例えば雑貨店での出来事。彼は似たようなデザインのペンを2本並べて、困り顔でこちらを見てくる。本当に誤差程度の差であるうえに、肝心の機能部分は全く同じと言えるほどだ。

 

「まー、好みじゃないですか?」

「……好みが、分からなくて」

 

 

 ぽつりと漏らしたその言葉に、俺は意表を突かれて押し黙ってしまう。

 

 

「好みが分からない?」

「その、判断の基準が」

 

 

 ……好みの基準が分からない、というのは妙な言い方だ。イヤホンであればウォームかクールか、外用か中用か、場合によっては線の太さも基準になるはずである。

 そんな彼の言ってる内容は、物の選び方が分からないということとはなんかちょっと違う気がする。だからといってそれをしっかり言語に出来るほど、俺は賢くもないのだが。

 

「じゃあ、この2本で気になった方……最初に手に取ったのはどっちですか?」

「……こっち」

 

 

 青年は気持ち細い軸の方を指した。うーむ、基本ちゃんと書けて長持ちすりゃそれでいい人種だからいまいち何が違うのか分からん。

 

 

「だったら、そっちでいいんじゃないですかね。最初に手が動いた方ってわりと正直ですよ」

「……なるほど」

 

 

 俺の言葉にうなずくと、彼は細い方のペンをかごに入れた。妙に素直であり、まるで言い返す素振りがなかった。

 ──こういうことがその後も続いた。タオル、シャンプー、途中で寄ったカフェで頼む飲み物。どれも同じく、選択肢を前にすると少しだけ止まって、決めかねる。そしてこちらに聞いてくる。

 決して優柔不断ではないと思うし、少なくとも最低限の基準はあるはずだ。ただ、自分の「好き」を取り出してくるルートが……どこかで詰まっているような感じがした。

 

 

(なんなんだろうな、この感じ)

 

 

 違和感の正体は依然としてぼんやりとしたまんまであったが、確実に輪郭は濃くなりつつある。そう思い始めたタイミングで、俺たちはフードコートに流れ着いた。

 うどん、ラーメン、牛丼、その他諸々の売店が並ぶなか、2人して頼んだのはクレープだった。普段の生活圏では見かけない料理ということもあり、思わず飛びついてしまったのだ。

 向かいの青年はチョコバナナを選んでいて、俺はいちごとクリームにした。今回はさっきまでと違ってこっちに委ねることはなく、自分の選択に心なしか嬉しそうに見えるのが、理由もなく少し面白い。

 

 

「……甘いもの、好きなんですか」

「あっ、俺?」

「さっき迷ってた時、甘い組み合わせを選んでいたので」

「んー、まあ好きですよ。というか、そっちだって似たようなものじゃないですか」

「……そうですね」

 

 

 微かに目が伏せられた。俺に案内係を頼むときに見せたのと同じ、数少ない青年の余分な動きだった。

 

 

(……何かある)

 

 

 視線をクレープに向けつつ、すこし距離を取って彼の全身を大雑把に視野に入れる。買い物の過程で動きの違和感はつかめた、あとはこうして座ってる状態を────

 

 

(……ん?)

 

 

 ふと、気付く。両腕が気持ち前側に飛び出ていて、足はきゅっと内側に向いているのだ。記憶の中にある知り合いの姿勢と照らし合わせて、みても……それはどっちかといえば一夏や弾()ではなく、セシリアさん達(女性)のものによく似ている。

 それを念頭に置いて今までの青年の動作を脳裏で再生してみると──あぁ、道理でおかしいわけだ。服だなんだで男に見えていたけれど、中身はそれを真似た女のものであるとようやく気付いた。

 

 

「……美味しく、ないです?」

「あっ、いや全然!? 苺食べたの久々なんで、つい感慨深くなっちゃって、ははは!」

 

 

 彼……或いは彼女の問い掛けを咄嗟に誤魔化し、ホイップクリームの甘さとそれを引き立てる苺の酸味を堪能する。

 しかし、こりゃむしろ気づかない方が良かったんじゃなかろうか。ちょっと不慣れなフランス人の青年との奇妙な買い物、それで全部済ますべきだったのでは?

 そんな疑問が次々と浮かび上がってしまい、折角のデザートが少し味気なくなってきた。なればいっそ、別の話題で気分でも変えるべきだろう。

 

 

「名前、聞いていいですか。俺は三上勇です」

「……シャルル・デュノアです」

(……デュノア?)

 

 ──その名前を聞いた瞬間、脳の奥で何かがコツッと音を立てた気がした。

 デュノア社というのは世界有数のIS関連企業で、フランスを代表するISメーカーだ。代表作であるリヴァイブの名は、整備課の鬼月先輩もよく口にしていた。

 そのデュノアという名字を持つ、フランス語圏から来たらしい金髪の──

 

 

(待て、落ち着け! 俺が知らないだけで、実は割とありふれた名前だったりするんじゃねえか!? それこそ佐藤とか山田みたいな枠の可能性もある!)

 

 

 もはや口内から甘味は完全に消え去り、なんなら喉が渇いてきたように感じてしまう。どうにか困惑を顔に出さぬように努めながら、紙コップの水をごきゅっと飲み干す。

 

 

「へ、へー……シャルルさんって言うんですね」

「フランスでは普通です」

 

 

 またもや一定のトーンで返ってくるが、ほんの少し早い。……勘違いかもしれない。なんなら俺の勘は戦闘時のほうが当てになるし、対人の機微を読むのは得意とは言い難い部類だ。

 とはいえ、ここで引くにはまだまだ気になることが多すぎる。そこで敢えて話題を変えるフリをしてみた。

 

 

「デュノアって……ISのメーカーと同じ名前ですかね」

 

 

 それだけ言って、クレープの残りへ視線を戻す。あくまで思ったことをふと口にしただけであって、答えを期待したものではないように出来る限り偽ってみる。

 

 

「……よく言われます」

「へー」

 

 

 声のトーンは変わっていない。だが、この「よく言われます」という答えは今日初めて聞く種類の返し方だった。さっきまでの「はい」「いいえ」「分かりません」と違い、この一言は準備してある答えだ。

 

 

(……こいつ、表に出しているものと内側にあるものがずれてるな)

 

 

 それ自体はまあ、どんな人間にも程度の差があるんだから気にするほどでもない。なんなら一夏だって時おり何かを隠す素振りを見せることすらあるのだ。

 ただ、今日一日で見てきたこいつの諸々──物の選び方の拙さ、感情の出し方の不思議なずれ、そしてこの返答のなめらかさ──を全部並べると、何か一本の筋が通りそうな気がしてならない。

 とはいえ結局俺はその筋の正体を掴み切れぬまま、ふやけたクレープを口に運び続けるのであった。

 

 

 そこからまたモールを歩き回っていき、一夏たちとの集合時間20分前。俺は青年に事情を説明してここでお開きとすることになった。

 

 

「じゃあ俺、そろそろダチに合流しないといけないので」

「分かりました。助けてくれてありがとうございます」

 

 

 シャルルさんは結構な量の荷物を軽々とまとめて頭を下げる。外国人にしてはだいぶスムーズなお辞儀で、それなり以上に日本の習慣を把握していることが見て取れた。

 そのままお別れとなりそうなところで、俺は何気なさを装いながら付け加える。

 

 

「あ、それと──俺、IS学園に通っているんで。もし何かあれば!」

 

 

 もはや手慣れたアイドルスマイルを貼り付けつつ、くるっと彼の方へ振振り向く。ほんの一瞬だけアメジスト色の瞳が動く。驚きとも警戒とも取れる、ごく小さな揺らぎだった。

 

 

「……そう、ですか」

 

 

 返ってきたのはいつもと同じトーンの五文字で、シャルルさんは会釈をするとそのまま反対側へ歩いていった。俺はその背中をしばらく見送り、ゲームコーナーの方へ向き直る。

 

 

(デュノアでは反応しなかったが、IS学園には反応した……か)

 

 

 性別については確信に近いものがあるし、名前からして何かとIS絡みの人間だろうという予感もある。だが、それ以上を考察するには材料が足りない。

 そしてふと、先日大将から言われた言葉が頭の中をよぎった。

 

 

「──合わせ過ぎるな、か」

 

 

 俺は今日、あの青年に合わせていただろうか? いや、たぶん違う。

 合わせるというよりは、引っ張られたという方が近いだろうか。好みの基準がそもそも分からないというシャルルに対し、どっちかといえば自分の基準で答え続けていたはずだ。

 

 

(……悪い気はしなかったな、案外)

 

 

 自分の「好き」を誰かの判断基準として使うというのは、今まであまりやったことがない感触だった。考えすぎだろうかと思いながら、俺は一夏達との集合場所へと歩みを進めるのだった。

 

 


 

 

 そうして土日を満喫してIS学園に戻ってきたのは夕方も遅い時間で、食堂はちょうど混雑のピークを過ぎたあたりだった。

 俺はレバニラ炒め定食を、一夏は相変わらずの日替わりランチを選んでトレーを持ちながらテーブルを探す。帰省の疲れと二日分の外気を引きずった体には、食堂のにおいと空調がやけに染みた。

 

「やっぱ、学園飯はいいよなあ」

「何が違うんだよ、昨日の五反田食堂と」

「あっちはあっちでいいんだが……なんつうか、帰ってきたって感じがするんだよ」

「……そうか」

 

 

 一夏は短く答えて箸を動かし始める。疲れているのか、それとも帰省の余韻が残っているのか、今日はいつもより口数が少ない。まあ俺も似たようなものなので、しばらく2人して黙って食べていた。

 ……静かだった。食堂がまるごと静かだったわけではないが、少なくとも俺たちの周囲には珍しく人が集まっていなかった。土日明けの夕飯時は生徒が各々の疲れを引きずっているせいか、いつもの昼休みほど騒がしくならない。

 ────そういう夜だったのだ、最初は。

 

 

「ちょ、ちょっと聞いた!? トーナメントの賞品の話!」

「聞いた聞いた! まさかそんな内容になるなんて!」

 

 

 数テーブル向こうから、弾けるような声が飛んできた。

 俺と一夏は同時に顔を上げる。声の出所は1組の女子グループで、4〜5人がひとつのテーブルに身を寄せてスマホを覗き込んでいた。声を落とす気が全くないので食堂の半分ぐらいには聞こえているはずだが、本人たちは全く意に介していないらしい。

 

 

「……なんの話だ」

「知らん。聞こえてくるんじゃないか、そのうち」

 

 

 そのうち、というのはわずか10秒後のことだった。

 

 

「同室よ同室! 優勝したら男性操縦者のどっちかと一日同室になれるって!」

「どっちかって、つまり選べるってこと!?」

「そういうことじゃないの!? やばくない!? やばいよね!?」

 

 

 俺の箸が止まった。止まったまま、隣の一夏を見る。一夏も箸を止めてどこか遠くを見る目をしていた。2人して一旦食事へ視線を落とし、全く同時に顔を合わせる。

 

「……聞こえたな」

「聞こえちまったよ」

 

 

 そのまま黙り込む俺らとは対照的に、食堂の向こうでは更に声が増えていた。別のテーブルからも同じ話題が飛び出し、気づけば近くの席の女子たちも耳をそばだてている。

 情報の伝播速度がどう考えても異常で、この話は俺たちが帰省している間に学園全体に広がっていたらしい。

 

 

「……おい勇、あれって本当の話なのか」

「俺に聞くなよ、今初耳だっての」

「…………そうか」

 

 

 一夏は静かに箸を置いた。額に手を当てて、深呼吸を1つする。その目からはありありとこの事態に関する苦悩が溢れていた。

 まあ当然だ。昔からこいつは女性にモテモテだったのは言わずもがなであるが、意外なことに彼女がいたことは半日もない。大人しい子は丁寧に断りを入れるし、乱暴者でも上手いこといなしていた。

 そんな人間がよりにもよって校行事の賞品になるというのは、そりゃもう嫌悪の極みでしかないはずだ。そして俺の方はというと、嫌悪とは少し違う感情だった。

 

 

(困ったな、とは思うさ。でもなぁ……)

 

 

 正直に言えば、期待のような羨望のような。そんなものが決して0ではなかった。

 IS学園は不思議なことに生徒の大半が美女であり、残り僅かな子も決して顔面偏差値は低くない。それでいて性格もまあ悪くないやつが多いのだ。とはいえ、こんな流れで恋人になるのは流石にまっぴらごめんである。

 

「勇!」「一夏!!」

 

 

 名前を呼ばれて顔を上げると、鈴と箒さんが揃ってこちらに向かってくるのが見えた。2人の表情は全く違う。鈴は何かを伝えたくて仕方ないという顔で、箒さんは眉間に深い皺を刻んでいる。

 

 

「ちょうどよかったわ、帰ってきてたのね。聞いた? トーナメントの話」

「今さっき聞こえてきたぞ。同室になれるとかなんとかってさ」

「そうそれ! いやもうびっくりよ! どうしてそういう賞品になったのか全然分からないけど、あたしとしちゃ大々歓迎なわけで──」

(ファン)。その話はそこまでにしておけ」

 

 

 箒さんが低い声で制した。彼女はぴたりと止まり、ちょっとだけ口をとがらせてから俺の隣に座る。そして箒さんは一夏の隣に腰を下ろしながら、こちらに向けて口を開いた。

 

 

「……三上。今のは噂だ、あまり真に受けるな」

「噂、ということは、元になった何かがあるんでしょう? それがまったくの作り話とも言い切れないでしょうし」

「……むぅ」

 

 

 彼女は唸る。否定しきれないことは本人も分かっているらしく、それ以上は何も言わなかった。一夏はその間ずっと黙って定食を食べていた。俺は彼の様子をちらりと確認してから、鈴の方に向き直る。

 

 

「で、正確な内容はどこかに出てるのか? さっきからスマホ見てる子たちがいるけどさ」

「あぁ、学園の掲示板アプリよ。ほら」

 

 

 スマホを差し出されて画面をのぞく。学内の非公式掲示板で、トーナメントの賞品についての書き込みがずらっと並んでいた。

 内容は書き込みによってバラバラで、「同室」「デート権」「恋人契約一日限り」と好き勝手に書かれている。

 ────つまり確定情報は何1つとしてなかった。

 

「……これ、誰も正確なこと知らないんじゃないか?」

「そうなのよ! 元々何かあるって話は聞こえてたんだけど、肝心の中身が誰も知らないまま噂だけ膨らんだみたいで」

「じゃあ実際は普通の賞品の可能性もあるってことだよな」

「あるわね。デザートフリーパスとか」

「……そうなってくれ」

 

 

 一夏が生まれて初めて聞くような切実さでつぶやいた。俺は笑いそうになるのをこらえながら、それでもちょっとだけ口の端が上がってしまうのを止められなかった。

 

 

「笑うなよ、勇」

「あぁ、ごめんごめん」

 

 じろっと睨まれ、あわてて目を反らす。それから彼は改めて深呼吸をして、こちらをまっすぐに見つめてきた。ほんのり瞳が曇っており、色々な感情が渦巻いているのが伺える。

 

 

「なあ、勇。お前はこの件、どう思ってんだ」

 

 

 珍しい聞き方だった。こういう話で一夏が俺の感想を求めてくることはあまりない。俺はちょっとだけ考え込み、それなりに正直に答えることにした。

 

 

「……困る、とは思ってるな。本当にそういう賞品だったら、色々面倒だろうし」

「それだけか」

「……それだけじゃないけど、それだけにしといた方がいい気がするからな」

「そうか」

 

 

 一夏はそれ以上聞かなかったし、俺もそれ以上言わなかった。

 鈴は何かを察したのか、珍しく口を挟まなかった。箒さんは別の方向を向いていた。

 食堂はまだ騒がしかった。トーナメントの賞品についての噂は、おそらく今夜中に学園全体に広がるだろう。明日の朝にはもっと別の形に変形しているかもしれない。

 

 俺は定食の残りを口に運びながら、今日の出来事を順番に頭の中で並べてみた。

 大将に言われた言葉。帰り道の電車の窓の外。そしてレゾナンスの服屋で出会った、よく言われますと答えた金髪の青年のこと。

 ……明日からまた学園の日々が始まる。トーナメントの話がどう転ぶかも、シャルルとやらが本当は何者なのかも、今の俺にゃ分からない。

 ただ、分からないことが2つある状態というのは、どちらか片方だけの時より少しだけ密度が違う気がした。不安と期待が混ざった、妙に落ち着かない感触だ。それを持て余しながら、俺は食堂の喧騒の中にじっと座っているのだった。




 というわけで、シャルルの早期登場とトーナメントの賞品のお話でした。一体全体噂はどこから沸いたのやら……。

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