猟犬はハンドラーの夢見るか   作:tomokon

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『ハンドラー』

 かつて、ハンドラー・ウォルターという男がいた。

 その男には悪評がついて回り、旧世代型の強化人間を安く買い叩いて酷使する、駒のように扱って死なせることも厭わないなど、ほの暗い噂は数知れなかった。そしてウォルターが部下を多く死なせていることも、紛れもない事実であった。

 しかし。例え、そうであったとしても。

 彼にとっては、恩人だった。

 誰に顧みられることなく、打ち捨てられるはずだった彼。そんな彼に、ウォルターは生きる意味を与えてくれたのだ。

 だがある時、ウォルターはこう言った。

 

 ――お前を縛るものは、もう何もない

 

 喜びと申し訳なさを滲ませた声で、彼の果たしたことを労い、

 

 ――これからのお前の選択が……

 

 しかし話の後半は、彼の未来を案じる言葉を紡いで、

 

 ――お前自身の、可能性を広げることを祈る

 

 最後にそう言い残し、姿を消した。

 

「けどな、ウォルター」

 

 苦笑を浮かべ、彼は独りごちる。

 

「俺の可能性って、何だろうな?」

 

 もういない人に向かい、問いかけた。

 

 

 *********************

 

 

 カツーン、カツーン……固い軍用ブーツが床を叩き、音が反響する。

 薄暗い廊下を、一人の男が歩いていた。

 歳は30代前半と言ったところだろうか。短く切り揃えられた黒髪を精悍な顔立ちには、若々しさの中に僅かな老いが滲んでいる。軍服で包んだその体はしなやかで、軽やかな足取りには僅かな体幹のブレもなかった。

 兵士と思しきその男は、廊下を歩き続ける。やがて、一つの扉の前にたどり着いた。

 生体スキャンを受け、その扉を開けると

 

「くそ、テメエ! 調子づくんじゃ……うわ!?」

「動きが遅い。それでよく戦場で生きてられるね」

「テメエが速いだけだっつの! それに俺の機体は動きの速さなんか求めてねえ! 装甲と火力でブッ潰せばいいんだよ!」

「だったら、その機体で私を倒してみて」

 

 二人の男女が言い争いしつつ、チェア型のシミュレーターでやり合う姿があった。

 男の方は、ゴツい体つきと角張った顔立ちが特徴的だ。しかし口調や態度には荒っぽい気質が出ており、唇を苛立ちでピクピクと震えさせていた。

 一方女の方は、身長も体つきも幼く、少女と言って良い年頃だった。顔立ちも年相応にあどけなく、色素が抜けて白みがかった金髪や抑揚のない声と合わさって透き通った印象があり、幼い雰囲気に拍車がかかっていた。

 

 バイザー型のディスプレイを付け、仮想空間で火花を散らす二人。その様子は部屋の壁に掛けられた大型ディスプレイでも中継されていた。

 男が操作する機体がブースターを吹かして突撃。少女の機体に肉薄してミサイルと銃撃を叩き込もうとするも、間一髪で少女の機体は離脱。逆に男の方が反撃を喰らい、結果。

 

「あーーーーーーー!!」

「……よし」

 

 叫びと呟きが重なり、少女の勝ちで決着するのだった。

 彼らの様子に微笑みを零した男は、二人に声をかける。

 

「やってるな、二人とも」

「ゲ!?」

「あ、()()()()()。お帰り」

 

 男の方はバツの悪そうな声を上げ、女の方は喜色を滲ませた声を上げた。

 少女がバイザーを外しつつ、尋ねる。

 

「今帰ったところ?」

「そんなところだ。しかしさっきの試合、なかなかに良かったぞ。順調に腕を上げているようで何よりだ――が、二人とも、まだ磨ける部分がある」

 

 ハンドラーと呼ばれた男は一度間を開け、最初に少女の方を見る。

 

「まずリーナ。お前は回避に重点を置きすぎている。俺が見ていた部分だけでも、攻めれば押し切れた時がいくつかあったからな。次からは、もう少し攻めに出てみると良い」

「うん、分かった」

「良い子だ。で、次にローガン」

「……おう」

「お前は逆に攻めに出過ぎだ。特に敵の攻撃への対処を装甲に任せすぎていて、避けられる攻撃にも当たっている。お前の機体自体が回避に向いていないのはそうだが、それでも避けられる攻撃は避けることだ」

「……」

 

 ぶすくれた顔をするローガン。しかし結局は、渋々といった感じで頷くのだった。

 

「よろしい。……さて、小言はこれくらいにして……二人とも、出撃の準備をしろ」

「! ってことは!?」

「そうだ」

 

 口の端を上げ、誰かのように、ハンドラーは言う。

 

「お待ちかねの……仕事の時間だ」

 

 

 *********************

 

 

「依頼はベイラム系列企業、オイゲノからだ」

 

 自身の機体に乗り込んだ二人に向かい、ハンドラーはブリーフィングを行う。

 

「現在この星、メナムはベイラムが優勢なのは知っているな? にもかかわらず奴らは押し切れず、支配権確立まであと一歩の所で踏みとどまっている――その原因が、これだ」

 

 ハンドラーがコンソールを操作すると、ディスプレイに巨大な要塞群が映し出された。

 

「5つの要塞で構成される鉄壁、バラージ要塞群。今回の依頼は、この内の2つの攻略だ」

『うへぇ……マジか……』

「不服そうだな、ローガン」

『そりゃそうだろ。一度要塞近くでアーキバス部隊とやりあったが、すげえ弾幕だった。あれを落とせとか言われりゃ、こうもなるぜ』

『けどこれを落とさない限り、ベイラムはメナムを掌握できない』

 

 リーナが口を挟む。

 

『どれだけ犠牲が出ようと、ベイラムは要塞を落とすつもり――そういうことでしょ、ハンドラー』

「そうだ。だが奴らがその気でも、俺は付き合うつもりはない。こんなことでお前たちを失うなど御免だからな。故に、こういった作戦を立てた」

 

 更にコンソールを操作するハンドラー。二人の機体に作戦内容が送られ、彼らはそれに目を通していく。

 しばらくした後、ローガンは感心したような声を上げた

 

『……へえ……確かにこれなら、無駄に命を粗末にするってこともなさそうだ。けどベイラムの連中、よくこんな作戦認めたな』

「お前の言うとおり、一昔前ならともかく突撃しろだの言ってきただろう。しかし今は事情が違う。有効であれば認める頭を持たざるを得ない」

『……なるほど。ルビコンの件』

「そうだ。あそこでベイラムはこっぴどくやられ、今もそのダメージは回復していない。勿論ダメージを受けたのはアーキバスもだろうが、ベイラムに比べればまだ軽かった。その差を埋めようと、連中は躍起なのさ。だから」

 

 ハンドラーの手がコンソールを滑る。報酬金がディスプレイに表示され、二人は目を見開いた。

 

「出す金も、渋らなくなる」

『ちょ……一人60万COAM!? 二人じゃ無くてかよ!?』

『もし私たちが成功すれば……120万COAM……!』

「そういうことだ」

 

 ハンドラーは一つ頷く。しかし次に厳しい顔になり、言葉を続けた。

 

「とはいえ、俺が立てた作戦も危険であることには変わりは無い。多くの部隊を相手にすることになるだろうし、要塞からの砲撃にも耐えなければならないだろう。だが」

 

 微笑みが、ハンドラーの口に浮かぶ。

 

「お前たちであれば、必ず成し遂げられる。それだけの力が、お前たちにはあるからだ」

『『……』』

 

 確信と共に放たれた言葉に、二人は押し黙る。そこで、警告音が鳴った。

 

「時間だ」

 

 二人の機体がモーター音と共に移動。輸送機のハッチが開き、射出準備が整えられる。

 

「行ってこい。そして、お前たちの人生を買い戻す金を掴んでこい」

 

 二つの機体が、撃ち出された。

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