問題だらけで草ァ!! 外伝 -Eternity in a moment- <通常版> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.本編のネタバレを彷彿とさせるであろう表現が多々含まれています。ご注意ください。
14.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
僕らは水先案内人/UX
「――外宇宙探索部隊に志願って、お前がか!?」
グラハムの発言に、クーゴは思わず声を上げた。それを聞いたグラハムが眉間に皺を寄せる。
「私がそんなことを言い出すとは、そんなにおかしいことか?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
「では、どういう訳だ?」
翡翠色の瞳は不満そうにこちらを睨んでいた。「言い訳くらいなら聞いてやるから、さっさと話せ」と言わんばかりにこちらを見る眼差しは、文字通り“ふてくされる子ども”だ。はぐらかそうが本心を伝えようが、碌なことにならない――クーゴは本能的にそう察知した。
被害の大小のみで物事を判断するとしたら、被害が少ない方を取る方がいい。この前の出来事――クーゴが軍人を志した理由を零した結果、グラハムに根掘り葉掘りされたときの話――を思い出したクーゴは小さく肩をすくめた。
「だってお前、空を飛ぶために軍人になったんだろ? 外宇宙に出るってことは、お前が憧れた青空とはおさらばするってことになるじゃないか」
「ああ、そうだな」
クーゴの言葉を聞いたグラハムは、あっけらかんとした表情でそう言い放った。彼の発言に、クーゴは思わず面食らう。
普段から『死ぬとしたら、青空の広がる場所で死にたい』と豪語して憚らない男――それが、グラハム・エーカーという男だった。そんな男が、自らの意志で、自分が愛した空を捨てて行くような選択をするとは思えなかったのだ。
もっと言えば、グラハムが少年時代のクーゴのように『宇宙に対して興味を抱いていた』ような節は見受けられない。軍人として、MSパイロットとしての戦術的教養や一般社会情勢絡みの知識を持っている程度でしかなかったはずだ。
半ばハラハラするクーゴを一瞥した後、グラハムは談話スペースの窓側席に腰かけた。彼の眼差しは、愛してやまぬ青空へと向けられている。慈しむような眼差しを向けているあたり、空を嫌いになったわけではないらしい。
「……『本来、“ここにいるはずのない”者たち』」
「?」
「私もまた、その1人となる命『
グラハムは静かに息を吐いた。翡翠の瞳が見据えるのは、随分前に終戦を迎えたアルティメット・クロスの戦いだろう。
戦いが終結し、未来に向かってそれぞれが展望を抱いて行動しているとはいえ、後始末はまだまだかかりそうである。戦いの傷は未だ深い。
(異種族との対話と和解、異星人や神に等しき存在との戦い――数々の修羅場を乗り越えて、アルティメット・クロスは未来を勝ち取ったんだよな……)
どの戦いも、楽なものなんてなかった。いつだって自分たちは死と隣り合わせで、何度も命の危機を味わってきた。生き残れたのは、仲間たちが傍にいてくれたからだと胸を張って言える。だから、グラハムが零した――過去形とはいえど――不穏な単語を、クーゴは訝しんだ。
「いるはずのない命って何だよ。お前はここにいるじゃないか」
「そうだとも。私は生きて“ここにいる”」
クーゴの言葉に対し、グラハムは大仰に頷いた。彼の横顔は、普段の明朗快活で不敵な男とは程遠い。悟りを開いたかの如く落ち着いている。
「だからこそ、だよ。だからこそ私は、考えなくてはならなかった」
「何を?」
「私が成さねばならないことのために、何をするべきなのかを」
どこか清々しい笑みを浮かべるグラハムの表情は、先の大戦で生き残ったときの表情と同じだった。
死を覚悟し、終わりに向かって突き進んでいた仮面の男。悪意の権化によって傀儡にされた彼は、“望んだ未来に辿り着けない”ことを《
彼の運命を変えたのは、彼が手放したはずの“望んだ未来”であり、彼が追いかけ続けた天使――刹那とガンダムだだ。諦めてしまった彼とは対照的に、刹那はずっとその未来を抱いてきた。操り人形の糸が切れた仮面の男に残されたのは、嘗て夢見た未来の残骸と、追いかけ続けた天使の姿。
帰りたかった場所への帰還を果たした男が仮面を外したとき、翡翠の瞳は酷く澄んでいた。爛々とぎらつくその眼差しは、天使を超えるべき存在として――いつか肩を並べるべき相手として見据えたときのものと同じだ。天使の好敵手として相応しくあろうとしていた頃と同じように。
「……それが、外宇宙探索部隊に志願することに繋がるのか?」
「だな。といっても、それはあくまでも手段の1つだが」
しれっと酷いことを言う男である。外宇宙探索部隊に加わることが手段なら、こいつの目的は何なのだろう。
クーゴが首を傾げたのを見て、グラハムも首を傾げ返した。ややあって、グラハムが合点がいったように手を叩く。
「そうか。キミは、“地球連邦の外宇宙探索部隊に、ソレスタルビーイングクルーから誰が立候補した”か知らないんだな? てっきり私は、“イデアが外宇宙探索部隊に立候補した”から、キミもそれに続いたとばかり思っていたのだが」
「イデアが!?」
「……成程。キミは何も知らず、けれども己の意志で、外宇宙探索部隊に立候補したということか」
「結果的に彼女との赤い糸が途切れなかったあたり、やはりキミとイデアは運命なのだな」――等と、グラハムは納得したようにうんうん頷いた。彼らしい理論である。
『僕、地球に残って、貴方の背中を守ります。この大地に残って戦うことを選んだ
『……だから、安心して行ってください。“貴方が帰ってきたときに地球が無くなってた”なんてこと、絶対にさせませんから』
(……そういや、あの子たちが俺の背中を押したのは、イデアが外宇宙探索部隊に立候補したって知ってたからなのかな)
クーゴの脳裏に浮かんだのは、屈託のない笑みを浮かべる
「ってことは、お前は“ソレスタルビーイングから誰が立候補したのか”知ってて、外宇宙探索部隊に名乗りを上げたんだよな。……まさか」
「キミの考えていることはどんぴしゃりだよ、クーゴ」
グラハムはそう言って、端末を指示した。
「プラントおよびオーブの代表としてキラ・ヤマト准将、地球連邦軍の代表としてマネキン夫妻、スミルノフ中尉、俺とお前、ソレスタルビーイングの代表者として……ああ、やっぱり」
果たして、ソレスタルビーイングからの立候補者の中に彼女の名前があった。刹那・F・セイエイ――グラハムが愛してやまぬ天使だ。
ELSとの対話を成し遂げた真のイノベイターにして、ダブルオークアンタのMSパイロット。そうして、“命のこたえ”を見つけた仲間の1人でもある。
クーゴは言葉の代わりに視線で彼を咎めた。グラハムはそんな眼差しなど大した脅威にもならないのだろう。清々しい笑みを浮かべた。
「人類の未来のため、そうして刹那のために、私が成すべきことは《
泣きたいのか笑いたいのか、奴の表情は丁度その中間点に位置しているみたいだった。感慨深そうに空を見つめていたグラハムであるが、すぐにこちらに向き直った。
「彼女の好敵手として、彼女を愛した男として、共に同じ場所を駆けたいと思った。彼女の隣で、彼女の標になりたかった。嘗て刹那が私の標だったのと同じように、今度は私がそうなりたかったんだ」
「グラハム……」
「ああそうだ。この件は、刹那に内緒にしてくれないか。私だって、たまには格好つけて花を持ってみたいんだ」
グラハムは悪戯っぽく笑う。刹那を超えるべき相手として見定めたときから、時折グラハムは子どもっぽい顔――背伸びをしようとあがくような表情――をするようになった。
これもまた、大人としての精一杯の矜持なのだろう。表現が矛盾しているかもしれないが、異種生命体に矛盾の肯定を教えた彼のことだから、こんなことを考えても許してくれるだろうか。
途端に、グラハムの笑みが引きつった。眉間にしわが寄ったあたり、彼はクーゴの思考を《読み取って》しまったらしい。成程、これは悪い琴線に触れたようだ。クーゴは降参とばかりに肩をすくめた。
「任せろ。お前が自爆しない限り、フォローはしてやる」
「自爆しない限りとは何だ」
「だって、お前の思念波って分かりやすいし。刹那の力なら、普通に拾い上げられるレベルだぞ」
「なんと!? ……はっ! ま、まさか……」
クーゴの言葉に、グラハムは酷く焦りはじめた。何か思い当たる節があるらしく、挙動不審になっている。武士の情けとして、クーゴはその一件絡みの追い打ちはしなかった。うんうん唸るグラハムを横目に、クーゴは空を見上げる。
外宇宙探索艦の最終調整が終われば、この空とは長い間おさらばすることになるだろう。澄み渡った蒼穹は、クーゴをグラハムたちと引き合わせてくれた恩人のようなものだ。恩義を果たしたと声高に主張するわけではないけど、そろそろ先に進んでも許されるだろうか。
……例え引き止められても、クーゴはもう止まらないだろうが。
「さて、明日から暫く休暇だからなぁ。まず、宙継と一緒にJUDAに行って、森次く……森次社長に菓子折り持っていかなくちゃ」
「ああ、そうか。ソラは悪の組織のMSパイロットとしてJUDAに出向することが決まったんだったな?」
「あそこなら、アルティメット・クロスの僚友がいるからな。森次く……森次社長や早瀬くんなら任せられる。挨拶も兼ねて向かうつもりなんだ」
つい、僚友時代の呼称を使ってしまいそうになる。森次がJUDA社長に就任してもう大分経過したのに、アルティメット・クロス時代の思い出補正とは凄まじい。呼称が変わった面々を、あの頃の呼称で読んでしまうのだ。閑話休題。
『外宇宙探索部隊に参加すべきだ』と言ってクーゴの背中を押した張本人である宙継は、『相棒のハーメス共々地球に残る』という。子どもでありながらも、悪の組織のMSパイロットに就職し、JUDAに出向することが決まっていた。
「じゃあ、Mr.森次にもよろしく頼む。それと、菓子折りは何を持っていくつもりなんだ?」
「アメリカ土産と京都土産をいくつかな。そうだ。向うに着いたらお前の分の日本土産買って送るよ。何がいい?」
「ふむ、そうだな……む」
グラハムが何かに気づいたように顔を上げた。クーゴもつられて顔を挙げれば、見覚えのある2名がじっとこちらを見つめているところだった。
片方は金髪に青い瞳の白人男性――ジョシュア・エドワーズ、もう片方は銀髪の白人男性――デカルト・ジャーマンである。
両者とも目の下には深い隈が刻まれており、どことなく目が虚ろに見える。<羨ましい>という感情や思念が流れ込んできそうだ。
「誰かと思ったら、ソルブレイブズ隊の新隊長と連邦の革新者じゃないか。多忙だと聞いていたが、元気そうだな」
「全然元気じゃございませんよ
「休暇と睡眠時間の大部分を返上して走り回っているんだよ!」――ジョシュアが吼えた。元々沸点は低い方なのだが、徹夜デスマーチを駆け抜けた結果、更に沸点が低くなってしまったように思う。
猛犬よろしくギャンギャンがなり立てる元部下に対し、グラハムは大仰にため息をついて肩をすくめてみせた。眉間にしわを刻み、後任の部隊長へどこか挑戦的な眼差しを向ける。
「それを捌ききれると見込んだうえでの人事だったのだが、私はキミを過大評価していたのかな?」
「ああっ言ったな!? 言いましたね
後任に選ばれたジョシュアは、ドがつくレベルの負けず嫌いである。そして、グラハムに対して強い対抗心を持っていた。オーバーフラッグズに召集されてから6年近く経過しているにも関わらず、その対抗心は未だ燃え盛っているらしい。
グラハムが煽ればこの通りである。乗せられやすいのが玉にキズだが、重要な局面では高い洞察力と判断力を発揮するタイプだった。……今は前者の方が前面に出ているが。
連邦の革新者もそれに気づいたようで、乗せられるような形で決意表明した新隊長を生温かい目で見つめていた。<こいつちょろいなあ……>と思っているらしい。
「いや、キミもちょろいと思うんだが……」
「……どこぞの馬鹿どもに監視され、畜生以下の扱いをされていたところに、自分を人間と同等に扱う者たちが現れた。その上、その相手や自身の同胞と言えるべき存在に、死にかけていたところを救われた。そんな面々、嫌でも気にかけざるを得なくなるのは当然でしょう?」
連邦の革新者は皮肉気な笑みを湛えて肩をすくめてみせる。けれど、彼の瞳は温かく優しかった。
出会ったばかりの頃は人類に対する蔑みと不満、新人類であることの傲慢で満ち溢れていたのだが、彼もまた変革を迎えたらしい。
「俺はアンタたちと同じようにはできませんよ。対話を成し得ようとする誰かのために道を切り開くなんて。……自分にできることは、アンタたちのような連中が先に進めるよう、その背中を守ることぐらいだ」
「大尉……」
「第2、第3のハザード・パシャは幾らでも湧いてきますからね。そいつらを抑え込み、分かり合うために戦う者たちを支える。それが
清々しい表情でそう言いきったデカルトは誰に思いを馳せているのだろうか。
外宇宙へ飛び出すことを選んだもう1人の革新者か、地球に残ることを選んだアルティメット・クロスの誰かか、それとも両方か。彼の心に土足で踏み込むことは憚られた。
彼らが地球連邦に残ってくれるというのはとても心強いことだ。彼らのような人々ならば、宙継をはじめとした面々を助けてくれるだろう。
「ありがとう、大尉」
「礼を言われる筋合いはありませんよ。私は私の任務をこなすだけ。状況に対応するのは、軍人として当然の――」
「そうだ。明日からの休暇で、暫く日本に滞在するんだ。みんなに日本土産を買おうと思っているんだが、キミは何が欲しい?」
「本人に尋ねるなんてナンセンスですよ。どうしてもと言うなら、八つ橋と羊羹を所望します。抹茶味こそが至高ですが、新作やゲテモノ枠もやぶさかではありません」
「了解。ラムネや紅茶が存命だったら買ってくる」
土産のリクエストを諳んじるデカルトは、無自覚ながらも口を綻ばせていた。端末のリストに彼の名と彼の所望する品を打ち込みつつ、クーゴはソルブレイブズ隊の新隊長へ向き直る。
「新隊長はどうする?」
「近々ホームパーティするから、綺麗なグラスが欲しいですかね。できればセット一式」
「江戸切子に興味は?」
「ワイングラスいいですよね! この前、泥酔した革新者殿に割られて全滅しちゃったんです」
「聞き捨てなりませんね、ソルブレイブズ隊の新隊長殿。貴方が人のグラスに日本酒をちゃんぽんしたから、前後不覚になってしまったんでしょう?」
「はいはい喧嘩しない」
穏やかな時間が流れる。新たなるステージへ向かうためのインターバル、その終わりは着々と近づいて来ていた。
◆◆◆
前々回の大戦後、地球連邦軍に接収された外宇宙航行艦――艦と銘打たれているが、実際は小惑星を改造して作られたもので、宇宙要塞と称しても過言ではない――ソレスタルビーイング号の改造、及び改装が終わったのは、アルティメット・クロスが駆け抜けた前大戦の終了後から1か月後のことである。
地球連邦軍、ソレスタルビーイング、悪の組織/スターダスト・トラベラー、その他諸々の協力を経て、ソレスタルビーイング号は外宇宙航行艦としての最終調整を終えた。
旅立って早々、仲間たちは宴会を始めた。クーゴ・ハガネを筆頭とした料理部隊が猛威を振るっており、誰も彼もが食べて騒ぐので忙しい。刹那もその宴で一定の戦果を挙げてきた。深入りしすぎると後に響くことを知っているため、少し早めに撤退したわけである。……まあ、それ以外にも理由はあるのだが。
「グラハム」
中庭のベンチに座って
「どうしたんだ、刹那。宴会はまだ――」
「あんたが抜け出したのに気づいてな。……隣、いいか?」
「ああ、構わない」
グラハムは二つ返事で頷き、ぽんぽんと隣を指示した。刹那も頷き、隣に腰かける。グラハムは静かに目を細めて刹那を見つめた。蕩けるような微笑を向けられることに対して、刹那は未だに慣れそうになかった。
誤魔化すように視線を逸らす。天窓から覗くのは、どこまでも限りなく広がる満天の星。視界の端にちらつく青い星の姿も、随分遠ざかったように思う。旅立ってからまだ数時間しか経過していないけれど、酷く感慨深い。
心地よい沈黙が続く。もう一度グラハムに視線を向ければ、彼も刹那と同じように天窓の星を見上げていた。――その横顔が、酷く儚いもののように見えたのは、刹那の気のせいではないのだろう。
「ELSと対話を成すための戦いのとき、あんたが
“未来への水先案内人”――或いは、“永久の道標”。
先の大戦よりも前から、グラハム・エーカーが隠し続けてきた秘密。或いは、前々回の大戦で彼が負った後遺症と、彼の死を暗示する数多の
“武士道”だった頃の彼にとって、その
奴は何も語らなかったけれど、『それが自分の生きてきた理由なのだ』と思って凝り固まってしまう程に追い詰められていたようだ。閑話休題。
囁くような声で零せば、グラハムはぎくりと肩をすくませた。刹那に向き直ったグラハムの表情は硬くぎこちない。口元は笑っているけれど、端がやや引きつっている。翡翠の瞳には、らしくもなく動揺の色が滲んでいた。
何かを思案するように目を伏せたグラハムであったが、煙に巻く方法を模索できなかったらしい。元来まっすぐで誠実な男ゆえに、誤魔化すのは好きではないのだろう。観念したように両腕を挙げた。
「いつから気づいていたんだ」
「確信に変わったのは、ヒトマキナを倒しに月面へ向かう前だ。以前からあんたが何かを考え込んでいたことは察していたがな」
「……やれやれ。これでも隠していたつもりなんだがね」
「あんたの聲は分かりやすい」
刹那の言葉を聞いたグラハムは、深々と息を吐いて額に手を当てた。「やはりクーゴの指摘通りか」と零したあたり、副官から言われない限り気づかなかっただろう。
「……“それ”が、私に与えられた運命だと思ったんだ」
幾何かの沈黙ののち、グラハムはぽつぽつと話し始める。
「ずっと、ずっと、似たような
「違う」
刹那は強い調子で反論した。グラハムは目を丸くする。
「俺は、
「刹那……」
「俺は、未来を掴むために生きろと言ったんだ。死ぬために生きろと言った覚えはないぞ」
「……そうだな、そうだった。キミに追いつきたいと、肩を並べるに相応しい好敵手になりたいと焦るあまり、視野狭窄に陥っていたようだ。すまない」
グラハムは頭を下げ、悲しそうに微笑んだ。「自分もまだまだだ」と呟くその横顔は、刹那を見上げているように見える。身長はグラハムの方が高いのに、だ。
おそらく、刹那とグラハムの間には、常人には説明しがたい距離があるのだろう。自分たちはすぐ隣にいるはずなのに、どうしてか、互いが酷く遠い存在のように思ってしまう。
彼がそんな風に刹那を見つめるようになったのは、前々回の大戦が終わってからだ。グラハム・エーカーに関わるすべてを人質に取られ、傀儡として飼い殺しにされかけていたときの出来事が起因になっているのだと思う。
神聖なものを見るような眼差しで見上げられるというのは、やはり慣れない。
刹那は自分の過去と罪を、或いは業の重さが如何程のものかを理解しているが故に。
真っすぐ、一途に、ひたむきに、刹那へ愛を手渡し続けた男の眩さに救われてきたからこそ、余計に。
「……俺は、あんたが思っているような存在じゃないぞ」
「私も、キミが思っているような存在ではないよ」
「俺がここまでこれたのは、あんたがいてくれたおかげだ。あんたが道を切り開いてくれたから、俺はELSとの対話を成し遂げることができた」
「それを言うなら、私が“ここにいられる”のはキミが手を回してくれたおかげだ。あのとき、射撃型のガンダムと可変型のガンダムが援護してくれたのが何よりの証拠だろう?」
互いに譲らないし譲れないけれど、よくよく考えれば、このやり取りは非常に不毛で滑稽だ。刹那がそれに気づいたように、グラハムも察知したのだろう。屈託のない笑みを零した。
「引き分けだな」
「こんなことに勝敗をつける必要はないだろう? 俺はあんたに助けられたし、俺もあんたを助けることができた。それでいいじゃないか」
「……ははっ。やはり、私はキミに敵わないようだ」
グラハムは笑う。悲しそうに、悔しそうに、けれど――幸せそうに。翡翠の瞳はただ真っすぐに刹那を見つめる。先程まで“距離がある”と思っていたはずなのに、今は、互いの存在がとても近く感じた。
伸ばした手が触れ合う。ただそれだけで、胸の奥を温かな感情が満たしていく。この世界に神はいないけれど、かけがえのない仲間たちと――グラハムと出会えた。だから、世界を信じられた。信じることができたのだ。
「キミの想いに、私はいつも救われていたんだよ。刹那」
「俺も、あんたの想いに救われていたんだ」
顔を見合わせて、また笑った。
触れ合う温もりが心地よい。かすかな吐息がこぼれる。焼き付くような熱が纏わりつくような感覚に、刹那の体が震えた。――恐らくは、グラハムも。
刹那を射抜く翡翠の双瞼は、獰猛な獣を連想させた。刹那を求めてやまぬのだと訴えるその眼差しには覚えがある。瞳に映る自分もまた、彼を求めてやまない。
「……どちらの部屋に行こうか」
「俺はどちらでも構わないが」
「近いのは、私の部屋だったな」
余裕なさそうに笑ったグラハムは、刹那を思い切り引き寄せて抱きしめた。刹那の視界の端で青い燐光が爆ぜる。世界が反転し、刹那はグラハムに押し倒された。背中を受け止めたのは、彼の部屋に備え付けられていたベッドである。
互いに手を伸ばし、背中に手を回す。愛おしいのだと訴える《聲》は鮮明に聞こえているし、相手にだってきちんと届いていた。それがとても幸せなことなのだと、刹那は知っていた。――おそらくは、幸せそうに目を細めたグラハムも。
***
見覚えのある艦内、見覚えのある人々。彼や彼女たちは、大マゼラン銀河を往く最中に出会った異星人や異種族との出会いと、対話による相互理解についてを語り合っている。
とある事情で、自分たちは並行世界の地球に住まう人々と共に戦った。その際に経験した出来事が、自分に
『自分たちの世界でも、あちらの世界で体験したように、対話と相互理解を成し遂げたい』――我が儘にも近いソレに、『共に往く』と言ってくれた仲間たちがいた。
自分たちと共闘した経験がある者たちも、非公式にサポートすることを名乗り出てくれた。軍部は接収していた宇宙要塞を提供し、民間企業/秘密結社は宇宙要塞を外宇宙航行艦へ改造してくれた。
特に、自分の好敵手を自負する最愛の人は、自分の我が儘を――『自分たちが去った後の地球を頼みたい』という願いを聞いてくれたのだ。感謝してもし足りない。
『刹那……。キミは、心の赴くままに進め』
静かな面持ちでこちらを見上げるのは、刹那が地球を託した相手だった。
普段の彼はよく喋るし、表情の変化や主張も激しい奴だ。テンションが上がると、喋りながら無自覚に《聲》を垂れ流すこともある。本人が喋っていなくとも、《聲》が大音量で漏れることもあった。
なのに――今の彼は言葉少なく、表情変化も乏しい。唯一感情の色を読み取れる
自他共に我慢弱いと認める彼が“何も言わなかった”のは、ひとえに“刹那のため”だった。一途で、ひたむきで、真っすぐに。刹那への愛を手渡してきた男の在り方と本質は、今でも何も変わらない。
だから刹那は、彼に惹かれた。自分にそんな資格はないと分かっていて――それでも彼を幸せにしたいと思ったのだ。
面々との挨拶を終えた後、刹那は踵を返して彼の元へと歩み寄る。別れの挨拶は済んだと言わんばかりの様子でいた彼は、酷く面食らっていた。
『どうした?』
『やり残したことがあったことを思い出した』
挙動不審になった男を真っすぐ見つめる。
刹那の想いを《読み取った》のか、彼は神妙な面持ちでこちらを見返した。
それを受け止め、理解して、寄り添いたいと願うように。
『今回の旅路が終わり、お前の元に帰ってきたら、そのときは――』
刹那は微笑み、手を差し伸べた。
『俺と一緒に……共に行こう。グラハム』
刹那の言葉は、刹那の想いは、グラハムの心に届いただろうか――なんて思ったのと、驚いたように息を飲んだグラハムが無言のまま涙を零したのはほぼ同時。
ぎょっとした刹那から『泣くほど嫌か……!?』と問われて漸く、グラハムは“自分が泣いている”ことに気づいたようだ。彼は苦笑し、静かに流れ続ける涙を拭った。
『心配は無用だ。嬉し涙というヤツだよ。……少しばかり、情けないがね』
差し伸べられた手に応えるように、グラハムも手を伸ばした。刹那の手を取って、そっと握り返す。
互いの顔を見て微笑み合って、額を合わせてまた笑う。<嬉しい>や<愛している>という互いの《聲》がよく聞こえてきて、それが嬉しい。心が結ばれているのだと――分かり合えているのだと実感する。それを齎してくれたのは、他ならぬグラハムだった。
暫しじゃれ合った後、我に返って照れ臭くなった刹那は、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。『そろそろ出発時間だから』という自分の言葉に同意し――それでもかなり名残惜しそうにしていたのだけれど――グラハムは刹那を離した。……離した、のだが。
『……あれ?』
『なんと』
ブリッジはもぬけの空。見送りに来てくれた者も、共に往くと言ってくれた仲間たちの姿もない。周囲を見回せば、机の上に何枚かのメモが散乱している。
『出発時刻のn分前になったら連絡します』だの『勝手にやってろ。但し、時間は守れ』だの『ごゆっくり』等々、好き放題書き殴られていた。
意図せず2人きりの時間を得た刹那とグラハムは顔を見合わせる。互いに目を細め、手を伸ばして――世界が暗転した。
暫しぼうっと部屋を眺めていた刹那は、少し遅れて、意識がなくなる以前の出来事を思い出した。
部屋の中は薄暗い。刹那が隣を見れば、グラハムがあどけない寝顔を晒しているところだった。情事後の不快感は一切ないあたり、それはそれは丁寧に事後処理をしてくれたのだろう。容易に想像がついて、なんだか居たたまれない気持ちになった。
グラハムがぐっすり眠っていることをいいことに、刹那は彼の横顔をまじまじと観察する。顔の左側を覆う傷跡からは、痛々しいものを感じない。現代医療技術を駆使すれば傷跡を消すことも可能だろうが、グラハムはそれをしようとはしなかった。
(気持ちは分からなくもないが……)
グラハムは日の当たる場所を全力疾走してきたような顔をしているが、以前は『次第に仲間たちとの記憶を失っていく』なんて極限状態に身を置いていた時期があった。だから、彼は己の繋がりに関するものを奪われまいと足掻いていた。この傷を残し続けたのも、その一環だ。今でも傷跡を残し続けるのも、似たような状況に陥ったときのことを考えているのかもしれない。
刹那がそんなことを考えていたとき、グラハムが身じろぎした。苦しそうな吐息を漏らした彼の瞼から、涙が流れ落ちる。呻き声や悲鳴を飲み込む度に、反比例するが如く、幾筋もの涙が流れていく。刹那がぎょっとしたのと、グラハムが口を開いたのはほぼ同時。
「……“永久の道標”……」
「ッ!?」
「これが……私の、……“命の答え”……」
刹那は慌ててグラハムの手を握り締めた。革新者としての力が、彼が見ている光景のすべてを拾い上げる。
青い光が爆ぜた。己の命と引き換えに開いた対話への道。男はいつも、かすかな未練と痛みを抱いたまま、命を燃やして散っていく。それが自分の役目なのだと、この男は《識っていた》。
……それでも、諦められない光景があった。悲しそうに笑う男は、愛する女を腕に抱く。戦いが始まる前の、日常の1コマ。グラハム・エーカーの、34回目の誕生日。
『――また来年も、私の誕生日を祝ってくれないか?』
『それだけでいいのか?』
『ああ。プレゼントはなくてもいい。キミが「おめでとう」と言ってくれるなら、私はそれだけで充分だよ』
来るはずのない未来を夢見た。けれど、それを口に出して、愛する人を泣かせたくなかった。大切な仲間たちのことを困らせたくなかった。……だから、彼はずっと、自分の胸の中にしまい込み続けたのだ。
刹那はグラハムの頬を叩き、彼の名前を呼ぶ。このまま、彼をこんな夢の中に捕らわれさせてはいけない。
「グラハム。おい、グラハム!」
「……あ……?」
グラハムはぼんやりとこちらを見ていたが、意識はすぐ鮮明になったらしい。暫し目を瞬かせた後、夢心地のまま刹那の名前を呼んだ。虚ろだった深緑は、すぐさま鮮やかな翡翠へ色を変える。それを見て、刹那はほっとした。
「大丈夫か?」
「……ああ。すまない」
何が起きていたのかを察したのだろう。グラハムは申し訳なさそうに苦笑し、乱雑に涙を拭った。
「そうだな。私は生きている。生きて、それを成すのだと決めたんだ」
雨後に咲いた花の如く、彼は笑う。屈託のないそれに、刹那もまた安堵した。
望んだ明日はやってくる。運命を超えて、可能性を集めて、自分たちの旅はこれからも続くのだ。その事実が何よりも尊い。
その幸せを噛みしめながら、額と額を合わせて、2人して微笑み合った。
じゃれ合いながら、刹那は思い返す。
『ELSの母星を救いに行く』という話をした後のこと。
『今は、共に往こう。グラハム』
『――っ……! ああ、ああ! 共に往こう、刹那!』
刹那がそう言って手を伸ばしたとき、彼は感極まったように表情を輝かせた。自分の望みが叶ったと言わんばかりに、眩い笑顔を浮かべて、刹那の手を取ってくれた。
あの日の選択が、今この瞬間に繋がっている。刹那はこの選択を、間違っていたとは思わない。だって今、グラハムは幸せそうに微笑んでいるから。
それと同じように、夢の中で見た刹那の選択も、間違っていたとは思わなかった。だって、あちらのグラハムも、幸せそうに微笑んでいたから。
望んだ明日はやってくる。運命を超えて、可能性を集めて、自分たちの旅はこれからも続くのだ。