問題だらけで草ァ!! 外伝 -Eternity in a moment- <通常版>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

 14.この小説はIf設定の世界線となっており、本編との設定――特に、刃金姉弟の関係を中心に――が大きく変化しています(重要)
 15.この小説はIf設定の世界線となっており、本編との設定――特に、刃金姉弟の関係を中心に――が大きく変化しています(重要)
 16.この小説はIf設定の世界線となっており、本編との設定――特に、刃金姉弟の関係を中心に――が大きく変化しています(重要)

 17.オリキャラ×版権キャラ、或いは版権キャラ×オリキャラのガールズラブ要素があります(重要)
 18.オリキャラ×版権キャラ、或いは版権キャラ×オリキャラのガールズラブ要素があります(重要)
 19.オリキャラ×版権キャラ、或いは版権キャラ×オリキャラのガールズラブ要素があります(重要)

 20.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)
 21.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)
 22.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



泡沫(ユメ)の残骸 -Please give me just a little time-
IF:あおちゃん@インディペンデンス・ディ ※


 

『この子は20を超えるまで生きられないだろう』

 

『長生きできないなんて、可哀想に』

 

『これ程の才能があると言うのに、勿体ないなぁ』

 

 

 ――小さい頃から、そう言われて育ってきた。

 

 自分に()()()言葉を向ける大人たちの発言は何も間違ってはいない。実際の家系図から『刃金の直系男児は長生きできない』と言われていたし、かかりつけの医者も太鼓判を押すレベルだった。純然たる事実であり、自分では覆しようもない現実である。

 憐れみからか、それとも悪意を包み隠しているのか、誰もが自分に現実を突き付けてくる。大人になることも出来なければ、数秒後に苦しんだ果ての死を迎える可能性があった。未来を夢見る権利はおろか、明日も生きたいというささやかな願いさえ叶わないかもしれない。

 それでも、生きている限り、人は夢を見てしまう生き物だ。特に自分の同年代――世間一般における“子ども”は、将来の自分に思いを馳せる生き物だ。……けれど、将来のことを口に出すクーゴを見た大人たちは適当に相槌を打つ。

 

 

『そうか。――()()()()()になれるといいね』

 

 

 誰もがそう言って、話を打ち切ってしまう。自分の言葉を遮って、わざと別な話題に話を持っていく。

 寝たふりをした自分の傍で『将来の話題なんて辛すぎる』なんて零す奴らもいた。『大人になれない、可哀想な子どもだから』と。

 ……まるで、『未来がない人間には、真剣に向き合う意味も価値も無いんだ』って言われているみたいで。

 

 ――ただ、往々にして“例外”と呼ばれる者が存在している。その人物こそ、自分にとっての片割れたる姉であった。

 

 

『くーちゃんくーちゃん! 格好いい言い回しの勉強にぴったりのデータあったよ!』

 

『それ、俺よりあおちゃんが勉強したほうがいいんじゃないかなぁ……』

 

『何言ってるの! くーちゃんにこそ、こういう勉強は必要なんだよ! スパダリの第一歩だよ!』

 

『俺はいいから、あおちゃんはあおちゃんの好きなことしなよ』

 

『あたしは常に好きなことしてるよ。くーちゃんが元気になって、長生きして、好きな人と結婚して、家族作って、幸せに天寿を全うするのを見届けるの』

 

『無理だよ。お医者様も、お父さんも、お母さんも、周りの人も言ってるじゃないか。『くーちゃんは長生きできない』って』

 

『そんなことないの! くーちゃんは元気になって、『お空で待ってる』って言ってた人たちに会いに行くんでしょ? そのためにも、きちんと勉強しなきゃ!!』

 

 

 姉は、片割れは大人になれるのだと信じて疑わなかった。

 故に、“大人になった弟にとって必要なもの”について真剣に向き合ってくれた。

 

 

『あたしのオススメはこれだね! 『女王陛下のキス』!』

 

『クイーンエリザベス号とかしまの接触事故で、かしまの艦長が『女王陛下にキスされて光栄です』って言ったやつ?』

 

『『お互いの損傷が軽微でよかったね』って言った後のコレだよ!? あたしがクイーンエリザベス号の関係者だったら惚れちゃうね!!』

 

『俺、どっちかというと、『Made in Japanじゃないからこうなる』の方が好きかなぁ……。でも、あおちゃんが惚れるような言い回しも覚えとくよ』

 

『覚えといて損はないよ。くーちゃんが好きな女の子ができたら、こんな感じに口説いていけばいいんだもの』

 

『大人になれるかも、好きな人ができるかも分からないけど』

 

『なれる! そしてできる! だってくーちゃんはあたしの自慢の弟だもん! 美人で可愛いお嫁さん連れて帰って来るよ! 天女みたいに素敵な人!!』

 

『……そっかぁ。そうだといいな』

 

『そうだよ! だから、今のうちから沢山頑張らなくちゃ! いざというときに口説き落とせなくて困るかもしれないでしょ!?』

 

『そうだね。じゃあ、頑張ってみる』

 

 

 姉は、片割れは大人になれるのだと信じて疑わなかった。

 故に、『弟にだって夢を見る/将来に思いを馳せ、それに向かって努力する権利がある』と叫んでいた。

 『そんな未来は必ずやって来る』と、弟以上に信じてくれた。――応援してくれたのだ。

 

 

『――あたし、本当はずっと、くーちゃんのこと羨ましかったの』

 

『周りからは“何でもできる、完璧で模範的な女の子のあおちゃん”を求められるし、努力しても『くーちゃんとは違って健康なんだから出来て当然』って片付けられるし、ベッドの上でゴロゴロする時間なんて全然取れないんだもん! しかも全然自由なんてないし!!』

 

『ちょっとでも成績下がると母さんウザイの。将来の進路や資格試験に関しても、父さんや母さんが指定するヤツを選ばないとネチネチ嫌味言われるし、勉強や料理の邪魔してくるんだもの! そのくせ、調理師と栄養士の免許取ろうと思って計画立ててたら『時間の無駄』って言われるのよ!?』

 

『部活だって、本当は料理研究部に入りたかった。習い事だって、本当は剣道よりも茶道が良かったの。それか弓道! なのに、『刃金の家の本家筋なんだから』って理由で突っぱねられてさァ!!』

 

 

 姉だって、沢山の事情を抱えていた。

 

 ハンデを持つ自分は些細なことでも褒められ、認められる。けれど姉は“双子の姉で、ハンデを持たない健常者/弟よりも条件がいい”という色眼鏡で見られるため、何を成しても『できて当たり前』という一言で切り捨てられる。成果が出なければ一方的に叩かれるのだ。

 その上、自分自身の体験や見聞を下地にして何らかの意見を述べたり見解を示せば、即座に全否定で入って来る。“未熟な子どもだから、まともな判断が下せない”等といちゃもんを付けるのだ。『お前の考えは全て間違っている』――正論とお題目で踏み躙った挙句、親の望む道以外進めないよう圧力までかけて。

 自分が――未熟だとは承知の上で――散々迷って導き出した答えを認めて貰えない。『自分で考えて出したのだ』という事実すらも葬り去られる。無理矢理従わされた挙句、“諦めて手放す”という段階(プロセス)を経て大人へと()()()()()()()。そうやって折り合いを()()()()()()()経験を『是』とされてきた。

 

 そんな状況であっても、姉は自分を慮ってくれた。沢山手助けしてくれたし、激励してくれたし、信じて寄り添ってくれた。

 本当は、自分の夢や将来のために努力したかったはずだろうに。今だって、自分で決めた道を進むという目標を叶えるために、虎視眈々と準備しているのに。

 

 

『俺もあおちゃんみたいに、将来のことを考えて、自分で選んで、頑張れるようになれるかなぁ。なりたいなあ』

 

『なれる。絶対!』

 

 

 その言葉に、その態度に、どれ程元気づけられてきただろう。勇気づけられてきただろう。自分にとっての姉の言葉は、『生きたい』――『生きよう』と思えた()()1()()()()()であり、標だった。

 

 

『くーちゃんの“おはなし”で出てきた人たちと現実(ここ)で会うことが出来たらさ、ウチに連れてきてよ! あたしたちで()()()()()するの!』

 

『行きつけの和菓子店で外国人受けするヤツや日本人にとって親しみのあるヤツいーっぱい買って、あたしたちでお抹茶立てて、お客さんに振舞うの!』

 

『うちの庭広いし、花が咲いたり葉の色が変わったりする木々生えてるし、視覚的にも楽しめると思うんだ!』

 

 

 虚憶(きょおく)の話を一番最初にした相手も、信じてくれた相手も姉だった。姉だけが、『自分の未来は輝かしいものだ』と肯定し、信じてくれた。『未来(ソレ)を掴むことができるのだ』と。

 虚憶(きょおく)で出会った人々が“自分に手を差し伸べてくれた”のなら、姉は“自分の背中を押して、彼や彼女たちの元へ送り出してくれた”ようなものだ。大切な、かけがえのない相手である。

 

 彼女に背中を押されて、自分は飛び出した。渡米し、軍人になり、虚憶(きょおく)で出会った人々と再会(であ)うことが出来て、忙しくも充実した日々を過ごしている。故に、『自分を送り出してくれた姉にも、何かしらの報いがあってほしい』と予てから願っていた。

 そんな自分の祈りが通じたのか、姉は両親を言いくるめて中国へ留学。『ホストファミリー先でお家騒動に巻き込まれた挙句、新たな商会の長に就任した女性と縁を結んだ』と聞く。以後、件の商会とのコネを築いたということで、『留学の成果が出た』という扱いを受けたらしい。

 お互いがお互いの活躍と充実した日々を過ごせるよう願いながら、自分たちは今日も生きている。世界は不穏な気配を滲ませつつも、表向き――或いは薄氷の上に――成り立っている平和を謳歌しながら、繰り返される日々を積み重ねていくのだ。変わらないように見えて、着々と変化の兆しを見せる世界を。

 

 世界は変わる。良くも悪くも。――それでもきっと、変わらずに在り続けるものだって存在しているはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

「そういえばクーゴ」

 

「何?」

 

「キミには双子の姉がいると聞いたが、どんな人なんだ?」

 

 

 親友にして相棒――グラハム・エーカーの問いかけに、クーゴ・ハガネは少し考える。

 こちらを見つめるグラハムの眩しい笑顔と姉の笑顔が重なったような気がして、思わず口を開いた。

 

 

「――『お前とよく似た笑い方をする人』かな」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ヒャッホォォウ! こんなクソみたいな実家からおさらばだぜェェェェ!」

 

 

 世紀末を連想させるような高笑いをあげるのは、薄桃色の着物を身に纏った大和撫子である。彼女は最後の1人がワゴン車に乗り込むなり、シートベルトをすることなくギアを変えてアクセルを全開にした。立派な交通違反である。

 

 

「あおちゃん、交通違反! シートベルトうぉォォォ!?」

 

「あーっはっはっはッ! 今日は最高、門出には相応しい日和だわァ! このまま輝かしい未来へ向かってLet's Go!」

 

「最高ですおねえさま! (わたくし)(ワン)留美(リューミン)、一生おねえさまと共に在りますわ!」

 

 

 クーゴの忠告は女性――刃金(はがね) 蒼海(あおみ)には届かなかったようだ。派手なドリフト走行によって発言が遮られてしまったためである。実家を飛び出したワゴン車、現在の時速は80㎞オーバー。もれなくスピード違反が追加された。寿命を数年分持っていかれたことは間違いなかろう。

 街の景色が目まぐるしく変わっていく。軍人――MSパイロットにとっての時速80kmは悲鳴を上げるような速度ではないのだが、車の観点から考えると危険極まりない速度であった。これでどこかにぶつけたりしたら、大惨事は確実である。自分たちの命も危ない。

 助手席に座る留美――蒼海の婚約者らしい――が目を輝かせる。運転中じゃなければ蒼海と腕を組んでフィーバーしそうな勢いだ。留美の兄である紅龍(ホンロン)がハラハラしているが、女2人は彼を完全無視して盛り上がっていた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 ちらりと視線を向ければ、ドリフト走行の揺れを掻い潜ってシートベルトを装着し終えたグラハムや少女、エトワールの姿があった。3人は――笑顔だろうが驚愕だろうが――引きつったような面持ちで、窓の景色や高笑いする蒼海を見比べている。

 グラハムの誕生日を祝うための京都旅行だったはずなのに、全く見当違いで想定外の事態に巻き込んでしまった。しかも、刃金家のごたごたに関わらせただけでなく、蒼海の危険運転を体験させてしまうとは。文字通りの踏んだり蹴ったりであった。

 

 

(どうしてこんなことになったんだろう)

 

 

 クーゴはひっそりため息をついて、数時間前のことを想い返した。

 

 

 

***

 

 

 

 『友人の誕生日をサプライズしようとしていたら、疎遠にしていた実家の連中がクーゴにサプライズを仕掛けてきた』――現状を一言で説明するとしたら、これ以外にいい表現を知らない。奴らに干渉されないように対策はしていたのだが、奴らの執念は悍ましかったようだ。

 

 

「跡取り候補に対する扱いにしては豪勢じゃないですか。友人との旅行中に無理矢理連れ去るだなんて。拉致監禁は犯罪ですよ?」

 

 

 クーゴの嫌身に対し、黒服どもは何も返答しない。幼い頃から彼らの姿を見てきたのだが、彼らが母・櫻花以外の人間に口を利いた姿を見たことがなかった。

 今も昔も不気味な存在であることには変わりない。次はどう動こうか――クーゴが思案を巡らせたとき、助手席に座っていた黒服がこちらへ振り返る。

 

 

「あの場にいたのは、貴方の御友人ですね?」

 

「――!」

 

 

 黒服が喋ったのは、たった一言だ。何てことのない一言なのに、ゾッとするほどの寒気を感じたのは何故だろう。その答えは、思った以上に早く示された。助手席に座っていた黒服はタブレット端末を取り出し、画面をクーゴに見せつける。

 映し出されていたのは、着物を着た初老の紳士と談笑する3人――グラハム、少女、エトワールの姿。一見すれば何でもない映像だが、()()()()()()()()()()()()()クーゴにしてみれば恐怖映像以外の何物でもない。

 何せ、この老紳士は黒服たちの長を勤めていた経験がある重鎮だ。年齢や後任たちに道を譲るという理由で長を退いたものの、未だ櫻花と深い付き合いがある。事実上、友人知人を人質に取られたようなものだった。

 

 クーゴは顔を上げて黒服を睨む。黒服は表情を変えることなくタブレットを取り上げた。

 

 

「流石は空護さま、刃金の当主たる器の持ち主。聡明さは失われていないようですね」

 

 

 「友人たちに何かされたくなければ、分かるよな」――言外にそう脅されている。下手に身動きが取れない。

 振り返ることなく語った黒服に、クーゴは歯を食いしばる。煮え湯を飲まされるとはこのことだ。

 

 

「ああそうだ。御友人に連絡したら如何です? 折角旅行を楽しんでいらっしゃるのだから、余計な心配をかけたくないでしょう? 我々としても大事にされたくはないので、根回しをお願いできますか?」

 

 

 いちいち腹立たしい物言いである。こういうところが好きになれない。クーゴは内心眉を顰めつつ、端末を操作した。電話相手はグラハム・エーカーである。

 数コール後に電話に出たグラハムは、いつもと変わらず元気溌溂。否、最愛の少女と一緒にいることもあって、いつもよりもテンションがウン倍高かった。

 そんな相棒の様子に安堵しつつ――クーゴの個人的な事情にグラハムたちを巻き込むつもりはなかったので――、クーゴは手短に用件を告げた。

 

 

「悪い、実家に寄る用事が出来たんだ。今日中に戻れるかどうか分からない。俺抜きになるが、楽しんでてくれ」

 

「ああ、構わないが……」

 

「どうした?」

 

「――キミ、何か隠してないか?」

 

 

 ――ああ、聡い男だ。

 

 グラハム・エーカーは“我が強くて、負けず嫌いで、我慢弱い”――所謂『人に嫌われるタイプ』だ。故に、何も知らない第3者はグラハムのことを“問題児”と評価する。それはある意味間違ってはいない。いないのだが、それがグラハム・エーカーの全てという訳ではない。

 27歳で空軍中尉という地位を持つ男としての才能や立ち振る舞いは勿論、現場寄りとはいえ隊を率いる者としての面倒見の良さや戦術的視点の広さだって優れていた。そのため、時折、地位や才能、人柄から裏打ちされた相応の聡明さを見せることもある。今回は、それが作用したようだ。

 

 グラハムは英語圏の人間故、直接的・直球な物言いを好む。その結果が『何か隠していないか』/疑問をぶつける方に動いたらしい。黒服たちもぴりついた空気を放った。

 上手く誤魔化せなかったら最後、グラハムたちに何をされるか分からない。黒服たちは大事になるのを避けたいし、クーゴは彼や彼女たちが巻き込まれることを望んでいない。

 ……悪い意味で需要と供給が一致している。クーゴは努めて普段通りの調子(トーン)で「何でもない」と言い含める。根気強く言い含めれば、彼は渋々と言った調子で了承した。

 

 

(……今は、大人しくしている方がよさそうだ)

 

 

 沸々と湧き上がってきた怒りを飲み下し、クーゴは押し黙る。程なくして、車は停止した。黒服に引っ立てられるような形で車から出される。そこには立派な日本家屋がそびえたっていた。数年ぶりの実家――刃金の本家は、何一つとして変わっていない。

 黒服たちによってクーゴは部屋へと放り込まれた。紺色の紋付き袴に、黒光りする扇――実家に帰省すると、いつも母から「着るように」と強要される衣装だ――が視界一杯に広がる。母とは顔を合わせていないが、彼女が何を言いたいのかは伝わってきた。

 

 部屋の外には黒服が待機していた。気配だけで3~4人程いる。こっそり抜け出すのは難しいようだ。

 

 

「……仕方がないか」

 

 

 クーゴはため息をつき、指定された着物へ袖を通す。着物の着方は幼い頃から叩き込まれていたため、手慣れたものだ。人の助けを借りることなく着替え終え、扇を帯へ通し、クーゴは部屋のふすまを開けた。黒服は恭しく頭を下げ、クーゴを案内する。

 入れ替わるようにして、別な黒服たちがグラハムたちを部屋に放り込んだのが視界の端に映った。声を上げる間もなく、クーゴは黒服たちに囲まれ、そのまま大広間へと連れていかれた。麒麟が描かれたふすまが開く。

 

 

「おかえりなさい、空護。よく帰って来てくれたわね」

 

「……白々しい。帰ってくるつもりはありませんでしたよ、母さん」

 

 

 クーゴを迎えたのは、初老を迎えたばかりの老婦人――母の櫻華(おうか)を筆頭とした刃金家の長老たちだった。上座に座る母の隣には、クーゴとよく似た顔つきの女性が座らせられている。薄桃色の着物に身を包んでいるのは、クーゴの双子の姉・蒼海だ。

 蒼海はクーゴに気づくと、互いの不幸を嘆くかのような眼差しを向けてきた。恐らく、姉もクーゴと似たような理由でここに座らせられているのだろう。母を睨んで忌々しそうに舌打ちしたあたり、さっさとここから逃げ出したくてたまらないらしい。

 蒼海と目で合図をした後、クーゴは彼女の隣に腰かけた。丁度クーゴの真正面に座っているのは、黒地に金色の蝶が描かれた着物を身に纏った女だ。クーゴよりも二回りほど年の離れた女は、櫻華と懇意にしている財閥の1人娘である。……と言っても、娘という表記を使うには、些かトウが立っているようだったが。

 

 因みに、その女の左隣に座っている肥えた男は、蒼海を舐め回すようにして見つめていた。だらしなく鼻を伸ばし、時折舌なめずりをする男の様子からは嫌悪しか感じない。盛る獣だ。

 

 

(俺とあおちゃんの婚約者、ね……)

 

 

 クーゴはひっそりとため息をついた。

 

 物心ついた頃から、母から「お前の婚約者だ」と言われてきた。家を発展させるためには、この2人――実際はこの2人の“家”――と姻族関係を結ぶ必要があるのだと。

 クーゴの婚約者も蒼海の婚約者も、出会った頃から様子がおかしかった。当時は何も知らなかったが故にその違和感を説明できなかったのだが、成人して8年目の今ならはっきりと説明できる。

 

 ――口に出すのも憚られる程、悪意が籠った性的な眼差しだった。特に蒼海の婚約者が酷かったように思う。

 

 不埒な眼差しを向けてくる、2回りも年の離れた婚約者。

 奴らさえ居なければ、この家を飛び出す程追いつめられることは無かっただろう。

 

 

『くーちゃんの“おはなし”で出てきた人たちと現実(ここ)で会うことが出来たらさ、ウチに連れてきてよ! あたしたちで()()()()()するの!』

 

『行きつけの和菓子店で外国人受けするヤツや日本人にとって親しみのあるヤツいーっぱい買って、あたしたちでお抹茶立てて、お客さんに振舞うの!』

 

『うちの庭広いし、花が咲いたり葉の色が変わったりする木々生えてるし、視覚的にも楽しめると思うんだ!』

 

 

 家族を捨てることに後悔や迷いはない。

 あるとするなら、未練だけだ。

 友人たちをこの家に招いて“おもてなし”をすることが出来ないこと。

 

 

(高校卒業後は留学を希望し、アメリカ国籍を取得して軍に士官。『日本国籍に戻して家を継げ』と催促される度、『刃金家当主として武勲を上げる』だの『後のため、向うのコネクションを確保する』だのと躱してきて8年か……。長いものだ)

 

「それじゃあみなさま、刃金の新当主を紹介しますわ。息子の空護です。そうしてこちらは、空護の婚約者である唯緒(ゆお)さん。彼女は冷泉家のご令嬢でしてね。式の日取りは――」

 

(……もう潮時だな)

 

 

 母の言葉はあまりにも身勝手だ。進む話に耐え切れず、クーゴは決心した。

 もう少し生活基盤を盤石なものにしてから決行したかったのだが、致し方ない。つらつらと話を進める母親を遮り、クーゴははっきりと宣言した。

 

 

「俺は、この家の跡取りになるつもりはありません。生活基盤はアメリカにありますし、ユニオンでの仕事も軌道に乗ってます。軍人としての仕事に邁進する所存故、以前取得したアメリカ国籍を手放すつもりもありません。婚約についての件も、すべてなかったことにしてください」

 

「く、空護!? 貴方一体何を言って――」

 

「それに、“俺の友人を人質にとる”なんて卑劣な真似をするような人間の血を引いているという事実だけで、虫唾が走る」

 

 

 クーゴは櫻華を睨みつけた。母はわざとらしく泣きそうな顔をしたが、黒々とした瞳は怒りに燃えている。日本を飛び出してから10年を過ぎていたが、母に対して(表立って)反抗できたのは、遠い地で1人暮らしをしてきたためだろう。

 軍の同僚、年下の親友と年上の親友、オフ会で顔を合わせる仲間――たくさんの人とのつながりが、クーゴの背中を押してくれた。大空で出会った人々と積み重ねてきた/積み重ねていくであろう日々を失いたくない。

 反旗を翻したクーゴに対し、櫻華は何処までも冷ややかな目線を向けてくる。聞き分けのない子どもを見るような眼差しのようにも見えたし、子どもに対して失望しているようにも見えるし、害虫を見るようにも見えた。

 

 

「留学する前までは、貴方は刃金の跡取りとして相応しい器と態度を持っていたわ。なのに、アメリカに送り出して以来、貴方は変わってしまった。……それが、あの3人と無関係だなんて思えない。あの3人が貴方を唆したに決まっているわ」

 

「彼らは関係ありません。これは俺が自分の意志で決めたことです。もしも彼らに何かしようというなら、ただじゃあおかない!」

 

 

 クーゴが勢いよく立ち上がった刹那、間髪入れず、自分の前に何かが吹っ飛んで来た。クーゴは飛び退ってそれを交わす。飛んで来たのは、部屋のふすまと黒服だ。

 何事かと顔を上げれば、中華風の衣装を身に纏った長身の青年が立っていた。彼の足元には黒服たちがごろごろと転がっている。構えを取る青年の様子からして、彼が黒服どもをのしたことは明らかだ。

 

 

「遅くなって申し訳ありません。蒼海さま」

 

「他人行儀はやめて頂戴、紅龍(ホンロン)。私のことは普通に呼び捨てで構わないのよ?」

 

「しかし……」

 

(ワン)家の先代当主(クソジジイ)はもういないし、留美だって貴方を大っぴらに『お兄さま』と呼べるようになったのよ? 貴方は名実ともに留美の兄なのだから、使用人のフリをする必要なんてないでしょう? 紅龍()()()()()

 

 

 蒼海はそう言うなり、すっくと立ちあがった。入れ替わりで何かを殴りつける音や破壊音が響く。慌ただしい足音が近づいてきた。

 

 

「蒼海おねえさま、ご無事ですか!?」

 

「クーゴ!」

「クーゴさんッ!」

「クーゴ・ハガネ!」

 

 

 大広間に雪崩れ込んできたのは4人。クーゴと別行動をしていたはずの面々――グラハム、少女、エトワールの3人――と、腰まで伸びた髪をツインテールに結んだ少女である。少女の姿を捉えた蒼海が蕩けるような笑みを浮かべた。そんな表情(かお)、今まで一度も見たことがない。だが、クーゴにはそれを追及する余裕はなかった。

 

 

「3人とも、なんでここに!?」

 

「理由は様々だが、1番は“キミの様子がおかしかったから”だな! 水臭いぞ、クーゴ!」

 

「あの老紳士が只者ではないことは早い段階で気づいていた。追跡を振り払うのは厄介だったがな」

 

「そんなときに王さんたちと会ったんです。私たち、王さんたちとは知り合いでして、今回の件を聞いたので同行を申し出たんです」

 

 

 クーゴの問いかけに対し、3者3様の答えが返って来る。クーゴがグラハムと通話した時間はごく僅かだったのに、3人は違和感を覚えたらしい。それを裏打ちするかの如く付きまとう老紳士と、彼から感じる異様な気配から、老紳士から離れようと策を巡らせていたという。

 そこで3人は少女とエトワールの知り合い・(ワン)兄妹――紅龍(ホンロン)留美(リューミン)と偶然出会い、監視役として追跡してきた老紳士を振り払うことに成功。その際に“(ワン)兄妹が来日した理由”を知ったグラハムたちは兄妹に便乗し、刃金の家へ乗り込んで来たとのことだ。

 クーゴが3人の話をしている間に、蒼海はいつの間にか留美(リューミン)の腰を抱き寄せていた。見つめ合う2人は本当に幸せそうである。最も、櫻華はそれに水を差すような視線を向けてきたけれど。蒼海は櫻華に負けず劣らず冷たい眼差しを宿して、母親と対峙する。

 

 

「くーちゃんに続くようで悪いんだけど、あたしもこの家から出てくから。あたし、この子んとこに嫁ぐのよ」

 

「初めまして。私、(ワン)留美(リューミン)と申します。蒼海おねえさまは責任もって私が幸せにいたしますので、もう二度とおねえさまに関わらないでくださいね?」

 

 

 少女――留美(リューミン)もまた、不敵に笑って櫻華を睨みつける。笑っているのは口元だけだ。彼女は親指を立てて下に向けるジェスチャーを繰り返す。留美(リューミン)がちらりと目配せすれば、紅龍(ホンロン)が留美を守るようにして身構えた。

 

 

(……母さんが宛がった婚約者に散々セクハラされてたもんな。それが原因で男を恋愛対象に見れなくなったのは聞いてたけど……)

 

 

 お互いの近況報告で、蒼海がやけに「ホストファミリーの女の子とデートした」という話題を挙げていたのだが、その理由がこれだったようだ。先程の蒼海と紅龍(ホンロン)の会話――「先代当主が死んだ」――を聞く限り、それが“ホストファミリーのお家騒動”だったのだろう。

 それを目の当たりにした少女とエトワールが一瞬目を剥いた。何か言いたいことを飲み込むが如く、2人は小さくかぶりを振る。邪念はきちんと振り払えたようで、少女とエトワールも櫻華を睨みつけた。

 

 

「自分の子どもの友人関係だけじゃなく、人生そのものまで管理するなんて……貴女、絶対どうかしてる」

 

「エトワール……」

 

「夜鷹さんは、貴女の玩具なんかじゃない。意志を持って今を生きる人間よ」

 

 

 エトワールの天色の瞳がぎらつく。彼女は視力を失っているはずなのに、怨敵と定めた櫻華の姿をしっかり見据えているように思えた。

 

 成人女性の怒気を真正面から浴びたためか、クーゴと蒼海の婚約者たちが腰を抜かした。2人は顔を真っ青にして距離を取る。

 黒服どもも、ほんの一瞬だが身じろぎした。だのに、櫻華だけは明鏡止水が如く平気の平左を貫いている。

 沈黙を保っていた櫻華が深々とため息をついた。黒い瞳はエトワール、およびこの場に居合わせているクーゴの親友たち/蒼海の伴侶一家を敵と見定めたらしい。

 

 

「やれやれ。あまり野蛮な手は使いたくなかったのだけど……」

 

 

 櫻華が黒服に目配せした。黒服の男たちが一斉に飛びかかる。彼らが標的に選んだのはエトワールと留美(リューミン)だ。それを察知したのとほぼ同時に、2人を除いた面々――グラハム、少女、紅龍(ホンロン)――らや、クーゴと蒼海が飛び出す!

 

 

「させるか!」

 

「手出しはさせん!」

 

 

 少女の正拳突き/グラハムの一本背負い/紅龍(ホンロン)のハイキックが唸り、黒服どもを昏倒させた。しかし数が多かった。3人が仕留め損なった黒服たちがエトワールと留美(リューミン)に襲い掛かる。クーゴは迷うことなく扇を帯から引き抜き、黒服に一撃を叩きこんだ!

 黒い扇はただの扇子ではない。鉄扇と呼ばれるもので、古来は護身用として武士に用いられていた立派な武器である。その立派な武器を持っていたのはクーゴだけではなかった。薄桃の振袖が視界の端に舞う。蒼海の手にも鉄扇が握られていた。

 クーゴは即座にエトワールを庇うようにして前に立った。蒼海は留美(リューミン)を庇い、紅龍(ホンロン)は蒼海と留美(リューミン)の前に立つ。グラハムと少女は互いに背中を合わせながら、残りの黒服どもと対峙していた。

 

 旅行先でトラブルを起こしたとなれば、いくら正当防衛だったとしても咎められる原因になり得る。クーゴなら「身内同士の喧嘩です」と民事不介入を盾に取ることができるが、赤の他人であるグラハムたちはそうはいかない。

 下手をすれば、後々面倒事に発展する可能性もあった。特に、櫻華に敵視されたならば尚更。しかし、刃金家を束ねる当主であろうと、櫻華は無敵ではなかった。数少ない弱点――社会的なダメージを誘発するような行動に出れば、突破口はある。

 

 

「グラハム」

 

「話はすべて聞いた。『警察に踏み込まれるような事態に陥った場合、キミの実家が一番ダメージを喰らう』ことも、『公権力に踏み込まれては困るようなことを繰り返している』ことも、『キミの母君は、刃金の家が社会的ダメージを受けることを極端に嫌っている』ことも」

 

「――だから、逆に騒ぎを大きくすれば、もみ消しに重点を置くことになるんですよね?」

 

 

 グラハムの言葉を引き継いで、エトワールが悪戯っぽく笑った。それを聞いた蒼海が「あんたの友達、理解が早くて助かるわー」とうんうん頷く。黒服たちは呻きながらも立ち上がろうとしており、櫻華は相変わらず沈黙を保ったままだ。

 

 

「襲名式で跡取り候補が逃亡……なんてことになれば、ウチにとっては大打撃だろうな」

 

「最高のスキャンダル間違いなしだわ!」

 

 

 クーゴが悪い笑みを浮かべれば、蒼海も同じように笑い返した。鉄扇を打ち鳴らし、自分たちを閉じ込めようとする檻の監視者を睨みつける。

 夢にまで見た実家からの逃亡――決行のときは今だ。不本意ながらも友人たちまで巻き込んでしまったが、これ以上の被害拡大を防ぐためにも、ここから無事脱出しなくてはならない。

 

 

「家の裏手に脱出用の車を用意してる。昔よく使った抜け道、覚えてるわよね?」

 

「勿論。今も健在であればな」

 

「当然よ。この日のために頑張ってきたんだから」

 

 

 クーゴと蒼海は顔を見合わせて微笑み合った。そうして、他の面々にも眼差しで合図する。自分たちが言わんとしていることは伝わったらしい。屋敷から脱出する意志を固めたクーゴたちを阻むかのごとく、黒服たちが立ち塞がった。怯むことなくクーゴは地面を蹴る。

 幼い頃から仕込まれた武術――八極拳や十手が、こんな形で日の目を見ることになるとは想定外だ。そんなことを考えつつ、クーゴは先陣切って黒服どもを薙ぎ倒す。グラハムたちが後に続き、殿を務めるのは蒼海と紅龍だ。

 嘗て過ごした日々をなぞるようにして、クーゴは駆ける。昔使った抜け道――枝の伸びが不自然に凹んでいる植え込みを抜け、嘗ては盆栽置き場であった階段状の棚を踏み越え、漆喰の壁を乗り越えれば、寂れた裏門の前にたどり着いた。

 

 裏門は柵や鉄線、粗大ごみ等で封鎖されており、そこから外に出ることは不可能だ。だが、抜け道を使えば簡単に外に出られる。果たしてそこには、蒼海たちが用意していたと思しきワゴン車が停まっていた。

 

 鍵を持っていたのは紅龍(ホンロン)だ。彼は遠隔操作で扉を開ける。彼の指示に従って、クーゴたちはワゴン車に乗り込む。そのまま運転席に乗り込もうとした紅龍(ホンロン)であったが、蒼海がすれ違いざまに鍵を奪い取って運転席に座った。

 紅龍(ホンロン)が何かを言おうと振り返る。刹那、留美(リューミン)が助手席へと駆け込んだ。「お兄さま、早く!」と急かされた紅龍(ホンロン)は呆気にとられたが、背後から迫る追っ手たちの声を聞いて即座に行動を起こした。

 

 

「仕方がない……!」

 

 

 何かを諦めたように苦しそうな顔をした後、彼は車に駆け込む。紅龍(ホンロン)が乗り込んだのを確認するや否や、扉は乱暴に閉まった。

 ほぼ同時に、車のエンジン音が高らかに響き渡り――

 

 

 

***

 

 

 

 ――そうして、冒頭へ戻る。

 

 

「……なんか、ごめん」

 

「いや、大丈夫だ。気に病む必要はないよ」

 

 

 居たたまれない気持ちになって、クーゴは思わず謝罪する。真っ先に答えたのは、蒼い顔のまま苦笑したグラハムだった。彼がクーゴに答えたのを皮切りに、エトワールと少女も小さく頷き返す。

 

 

「20以上も年の離れた相手と政略結婚。本人たちに対して説明は一切なし。刃金という血筋と系譜を繁栄させるためなら、文字通りなんでもする。……お2人は、文字通り“刃金という家”に管理されてたんですね」

 

「……あの家は歪んでいる。一族を取り仕切るあんたの母親も、それに同調してありとあらゆる手段を講じようとする長老たちも」

 

「――ありがとう」

 

 

 エトワールと少女の発言は厳しい。けれど、そのおかげで、クーゴと蒼海の判断は間違っていなかったのだと確信させてもらえた。素直にその礼を述べれば、2人は少し面食らったらしい。特に少女は、何とも言い難そうな顔で視線を彷徨わせた。

 いつの間にか、車窓から覗く景色が流れる速度が落ちていた。運転席に視線を向ければ、蒼海はきちんとシートベルトを装着している。高笑いも治まっており、時速も60km代に下がっていた。命の危機は脱せたらしい。とりあえず安心した。

 京都の市街地を走り抜け、ワゴン車は宿泊予定の旅館にたどり着いた。だが、クーゴは蒼海に自分たちが泊まる旅館の話などしていない。思わずぎょっとして運転席を覗き込めば、蒼海が不適に笑っていた。

 

 

「あんたが京都に来るとしたら、この旅館を使うと思って。ここは本家の連中も手が出せないもの」

 

「……あおちゃん」

 

「生まれる前から一緒にいたんだから、それくらい分かるわよ」

 

「助かった。ありがとう」

 

 

 当たり前のように手を伸ばし、ハイタッチ。ぱん、と、小気味よい音が響いた。

 

 

「それで、あおちゃんはこれからどうするんだ? 行く当てはあるのか?」

 

「勿論。このまま式場へ向かって式を挙げた後、即刻、留美(リューミン)とハネムーンする手はずになってるから」

 

 

 蒼海が不適に笑えば、留美(リューミン)は悦に浸った艶っぽい笑みを浮かべた。新婚生活に思いを馳せているのか、「ああ、いけませんわおねえさま……!」等と呟きながら虚空を見上げている。クーゴの見間違えで無ければ、彼女の口元からよだれが垂れているように感じた。

 ケダモノ一歩手前の妹の姿を目の当たりにした紅龍(ホンロン)は、相当疲れているらしい。どこか虚ろな目をしながらも、「お前が幸せなら」と、どこか乾ききった笑みを浮かべた。開き直ったのか、あるいは諦めたのか――それを判断することは、第3者には酷く難しいもののように思えた。

 

 

 

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