問題だらけで草ァ!! 外伝 -Eternity in a moment- <通常版>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.本編のネタバレを彷彿とさせるであろう表現が多々含まれています。ご注意ください。

 14.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。


上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


一途なふたり

 

<奴はどこに逃げた!? 探せ!>

 

<奴のせいで、何もかもがパーになったんだ。“落とし前”を付けさせるぞ!>

 

<薬の影響があるから、まだ遠くには行っていないハズだ!!>

 

 

 イノベイターとしての力が読み取ったのは、無数の男たちの悪意。それは、刹那がまだソランだった頃――少年兵(テロリスト)として戦場を駆けていたとき、見逃してしまったソレとよく似ていた。

 

 当時のソランはあまりにも無垢な子どもで、自分と同じ境遇にいた十代後半の少女たちの身に何が起きていたかを理解しておらず、彼女たちの身に降りかかった地獄が如何なるモノかも把握していなかった。女性としての尊厳を踏み躙られ、心身ともに嬲られて弄ばれた彼女たちの慟哭に気づきもしなかったのだ。

 過去は変えられない。あの日、サーシェス一派の玩具にされた挙句、戦場で命を散らした少女たちを救うこともできない。今更過去を悔いて行動を起こしたとして、失われた命は二度と戻ってくることは無い。――そのような当たり前の事実など、刹那は重々理解していた。理解した上で、それでも、行動を起こさずにはいられなかったのだ。

 

 

『今回のミッションは、最近活動が活発になってきた武装集団(テロリスト)の壊滅。首謀者と、この武装集団に協力していると思しき傭兵の情報がこれよ』

 

『定期的に近隣の集落や街で破壊活動を行いながら、一般人を拉致して組織への協力を強制しているらしいの。脅されて協力しているだけではなく、薬物などを用いた洗脳や生体CPUじみた外法も施されているようね』

 

 

 スメラギから提示された情報に記載されていた情報(モノ)の中に挙げられていた人間の一部には覚えがあった。サーシェス一派に所属していた傭兵――当時と同じ名前のものや、別の名前を名乗っている者もいたが、刹那には同一人物であることはすぐにわかった――が数名いたのだ。

 奴らはサーシェスと別れた後も、似たような行動を繰り返していたらしい。実際、アジトに潜入した刹那は、あの頃と同じような光景を目の当たりにしている。奴らに部屋へ招かれた、或いは部屋に引きずり込まれた少女や女性たち、或いは見目麗しい少年や青年が、心身ともにズタズタにされたであろう姿を。

 予め用意されていたミッションプランを無視したのも、人質を逃がすための手段を変更して強硬策に走ったのも、全て刹那の我が儘だった。同じミッションに参加していたイデアは『大丈夫。任せて!』と笑っていたけれど、そのしわ寄せを喰らわせてしまったと考えると申し訳ない気持ちになる。

 

 ミスは自分で取り返す。自分の独断専行で発生したツケは自分で払う。

 ましてや、それが原因で“何か”が起きたとしても、それは刹那の自己責任だ。

 

 

(くそ……っ!)

 

 

 体を動かすことすらままならなくなり、刹那は物陰に潜んで息を殺す。イノベイターとしての力は追手の《聲》を余すことなく拾い上げていた。――奴らが刹那を『ソレスタルビーイングの協力者/此度の襲撃を手引きした黒幕』と認識し、意地でも身柄を確保しようとする執念だけではない。奴らが言う“落とし前”の詳細まで、鮮明に。

 

 普段の刹那であれば、奴らを撃退することは何も問題なかったであろう。だが、今の刹那は()()()()()()ではない。不本意ながらも薬物を嗅がされてしまい、普段通りに動くことが叶わないのだ。

 件の薬物は『気分を盛り上げるための香』と称して使われており、甘い香りがするのが特徴だった。強い催淫作用と神経系に異常を引き起こす効果を持っている。

 それは嘗て、ソランの姉貴分や彼女と同年代の少女に対して使われたものと同じものだ。『神への信仰を示すための儀式』というお題目で行われた地獄絵図の悍ましさを補強するようなモノ。

 

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 

 体を丸めて、歯を食いしばって、刹那は必死になって悍ましい熱をやり過ごそうとする。薬物耐性は()()()()()持ち合わせているが、件の香はそれを軽々超えてしまう程の強い薬らしい。

 獣の様な荒い呼吸を押し殺し、望まぬ熱や快楽に意識を持っていかれそうになるのを堪え、身を潜めた。見つかってしまえば――確実に、心身共に嬲られ、踏み躙られることになるだろう。

 

 

(……覚悟はしていた。『いつか、俺はあの日の報いを受けるのだろう』と。捕まれば、凄惨な拷問を受けることだって……)

 

 

 考えるだけで悪寒が走る。だが、悪寒以外の理由でも体が震えてしまって――そこまで()()()()()()()()()自分の肉体(からだ)に絶望を覚えた。

 たとえそれが薬物による一過性のものだとしても、刹那にとって耐えがたい事象(こと)であるのは事実だ。ジワリと視界が滲んだのは、きっと気のせいではない。

 刹那が体を委ねたのは――暴かれることを許容したのは、後にも先にもただ1人しかいない。木漏れ日の様な色彩を持つ、刹那とガンダムを愛してやまない男・グラハムだけだ。

 

 震える手で探ったのは、肌身離さず身に着けているシェルカメオ。飛翔する天使が刻まれたソレは、グラハムからの贈り物だ。

 

 祈ったところで何も変わらないことは嫌と言う程理解している。嘗て神を信じ、聖戦に身を投じた少年兵/テロリストだった少女が、戦場で目の当たりにして思い知った現実だった。『この世界に神はいない』――それが、少女だったソランが最後に出した/ガンダムマイスターとなった刹那が今でも抱き続ける警句。

 ……それでも、愛しい男からの贈り物を握りしめたのは、ここではない何処かで刹那を想っているだろうグラハムに対する祈りだったのか。或いは、柄にもなく、そんな彼に縋りつこうとしているせいだろうか。何かに対して祈ることも、縋ることも、今の刹那には許されるはずのない行為だというのに――

 

 

「――刹那、刹那! しっかりしろ!」

 

 

 幻聴かと思った。何せ、声の主はここにいない。いるはずがない。

 彼が活動拠点にしている地域は、ここから随分離れている。

 だけど、彼の呼びかけは何度も繰り返された。刹那はどうにか目を開け、のろのろと視線を巡らせる。

 

 握りしめていたシェルカメオが淡い光を放っている。見覚えのある青――グラハム・エーカーの、命の色だ。

 

 

「……ぁ……?」

 

 

 刹那の視界に飛び込んできたのは、晴れ渡る蒼穹(そら)を思わせるような青い光。ミュウの中でも高い能力――荒ぶる青(タイプ・ブルー)の思念波を宿す者の色だ。

 それを纏っていたのは、木漏れ日の様な色彩――鮮やかな金髪と深緑の瞳を持つ白人男性、グラハム・エーカー本人である。彼は切羽詰まった様子で刹那を抱き起し、名前を呼び続けていた。

 

 

「グラハム……? ……どうして……」

 

「そんなことは気にしなくていい。とにかく今は、ここから離れないと」

 

「――ッ!?」

 

 

 服越しから手が触れられている――その事実と微かな衣擦れの感覚だけで、刹那の体が勝手に跳ねた。

 たったこれだけの刺激さえ、今の自分の体は快楽に変換して反応を示してしまう。

 自分の体が心を置いてけぼりにしているという状況が情けなくて、刹那は思わずグラハムから視線を逸らして目を閉じた。

 

 グラハムが鋭く息を飲む音が聞こえた。間髪入れず、ぎりりと歯を食いしばる音も。

 しかし、張り詰めた空気が漂ったのはほんの一瞬だけだった。

 

 

「刹那」

 

「あ……」

 

「大丈夫。大丈夫だ。……大丈夫だから」

 

 

 いっとう優しい声で名前を呼ばれたと思って目を開ければ、額に触れるだけのキスが落ちる。こちらの身を案じ、慈しむようなソレに、どうしようもなく泣きたくなった。刹那が心理的な強張りを解いたのを察したらしく、グラハムは小さく頷く。次の瞬間、世界が一気に塗り替わった。

 

 テロリストたちが根城にしていたアジト――現在進行形で倒壊している真っ最中だった――は、いつの間にか見覚えのある一室に変わっていた。グラハムが暮らしている部屋だ。刹那は何度もこの部屋に足を運んだことがあるし、ここで心身を重ねたことだって一度や二度ではない。

 必要最低限の家具には使い込まれた形跡があり、戸棚には仲間や部下たちとの交流で得た写真や雑貨が並んでいる。訪問する度に、写真や雑貨の数は増えたり入れ替わったりを繰り返す。多少の変化はあれど、見慣れた場所に逃げ込むことが出来た。しかもそこは、部屋に連れ込んだ張本人によって安全が確保されている。

 

 彼は決して、刹那の心身を嬲り、踏み躙り、ズタズタにするような真似はしない。彼と共に積み重ねてきた日々――或いは、彼と共に夜を超えた回数が、それを証明していた。

 それに安堵したのもつかの間、今度は自分の体を苛む熱に――或いは、これからグラハムによって齎されるであろう行為への期待と胸の高鳴りに、何もかもを塗り潰されそうになる。

 そんな刹那の心境を知ってか知らずか、グラハムはどこまでも真摯な眼差しで刹那を射抜く。瞳の奥底からは、焦がれるような熱が滲んでいた。

 

 

「……刹那。何か、私に出来ることはあるか?」

 

 

 ――おそらく、刹那が拒絶すれば、躊躇うことなくそれを殺し尽くしてしまうのだろうけど。

 

 

「キミのために何か出来ることがあるなら、言ってくれ。私は“未来への水先案内人”――キミの一助になることを望む者だ」

<キミのために何か出来ることがあるなら、言ってくれ。私は“未来への水先案内人”――キミの一助になることを望む者だ>

 

 

 その言葉に嘘偽りはない。その心にも、嘘偽りがない。心からそう願っていることが伝わって来る。

 イノベイターとしての力が、その気なしに発動しているミュウの思念波から零れた《聲》が、はっきりと読み取れた。

 

 刹那は『自分は幸せになってはいけない咎人である』と思っているし、幸せになるつもりは一切ない。それはグラハムと出会う前も、出会った後も、心を通わせて恋人同士という関係になった後も、何なら今この瞬間だって、認識は変わっていなかった。

 ただ、彼と心を通わせて恋人同士になった直前直後あたりからは、『自分は幸せになる資格は無いけれど、自分に愛を手向けるグラハムのことだけは幸せにしてやりたい』と思うようになったし、そう願って行動していくうちに『グラハムを幸せにする過程や副産物として、刹那が幸福を感じる』程度なら許せるようになった。

 『刹那のために何かをしたい』と願うグラハムに対して、刹那は何を返せるのか。そんなこと、最初から1つだけなのだ。両親や無辜の人々を手にかけ僚友を見殺しにした自分は、誰かに助けを求める資格も縋る資格もとうに失くしたと思っていた。けれど、それが彼を幸せにしてやれる方法だと言うなら、刹那は――

 

 

「――頼む。……あんたが、いい」

 

 

 

***

 

 

 

 ――それから何があったかは、断片的にしか覚えていない。特に意識を失う直前/最後の方は、獣のように啼きながらグラハムの名前を呼び続けていたように思う。

 ――『愛しい男から与えられた快楽を普段以上に感じてしまい、ひっきりなしに喘ぎ声をあげて体を震わせることしかできなかった』のは確かだ。

 

 

「――……?」

 

「目が覚めたか」

 

 

 刹那が目を覚ますと、ベッドに座っていたグラハムが声をかけてきた。

 

 

「体の方は大丈夫か?」

 

「……ああ。大分楽になった。――ありがとう」

 

 

 刹那は淡く微笑み、愛しい男へ感謝の言葉を述べる。それを聞いたグラハムは幸せそうに目元を緩ませた。彼の反応が嬉しくて、刹那もそっと目を細める。そのまま、刹那はゆっくり体を起こした。

 強い倦怠感と疲労感に眉を顰めてしまったものの、望まぬ快楽や悍ましい熱はすっかり引いている。不快感もない。後は――グラハムと身体を重ねていた名残が、鈍い痛みとして下腹部に残っている程度か。

 カーテンの向こう側に広がる窓の景色は、既に夜の帳が落ちている。街灯の光がまばらになっているあたり、深夜帯の中でも中途半端な時間のようだ。例えるならば――夜明け前の一番暗い時間帯。

 

 テロリストたちが根城にしていたアジトとは時差の関係があるとはいえ、あれから相当の時間が経過していたらしい。

 施設からの脱出する旨を報告して以降、刹那はソレスタルビーイングに対して一切連絡していなかった。

 

 それを思い出し、刹那は慌てて端末を探す。探し物はベッドサイドの上に置かれていた。メッセージを確認すると、刹那の予想に反して1()()()()着信がある。差出人は――イデア・クピディターズ。

 

 

『『ピンチに陥ったようだけど、恋人に匿われたので安全は保障されている』って報告しました。体調が回復し、合流の目途が立ち次第連絡ください。あと、ミッションは無事に達成したので心配いりません』

 

「……はぁ……」

 

「飲むか?」

 

「……貰おう」

 

 

 思わず脱力してしまった刹那へ、グラハムはマグカップを差し出した。中身は温かなココアである。程よい温かさと甘さを感じて、刹那はほうと息をついた。

 自分たちの関係は恋人同士であるが、組織として見たグラハムは完全に“部外者”。彼の職業である正規軍人と照らし合わせれば“敵対する危険性がある人間”だ。

 色々な意味で『世話になりっぱなしと言うのはよろしくない』。これを飲み終えたら大至急ここから離れなければ――刹那がそんな段取りを立てていることを知ってか知らずか、グラハムは口を開く。

 

 

「念のため、もう少し休んでいった方がいい」

 

「だが――」

 

「――“薬物を盛られて無理矢理”というのは、心身ともにキツいからな。……苦痛も、疲労も」

 

 

 刹那のイノベイターとしての力は、グラハムが自嘲気味に笑った理由を正しく《読み取って》いた。

 

 《視えた》のは、酷薄に笑う女に組み敷かれた彼の姿。望まぬ快楽と屈辱に歯噛みして、刹那を裏切ったことへの罪悪感に押し潰されながらも、悪夢のような時間をやり過ごそうとする――嘗て彼が体験した地獄絵図の断片だ。

 思わずグラハムを見上げれば、暗く儚い笑みを浮かべながら俯く彼の横顔が飛び込んでくる。刹那が思わず口を開きかけたのと、グラハムが何でもないように普段通りの笑みを浮かべたのはほぼ同時。「自分の飲み物を取りに行く」と言って立ち上がろうとした彼の腕を掴んで引き留めた。

 

 

「刹那……?」

 

「……すまなかった」

 

 

 マグカップをテーブルの上に置いて、刹那はグラハムと向き合う。彼は目を丸くして、きょとんとした様子のまま刹那の動向を見守っていた。こんな表情を浮かべる男が“未だ癒えぬ傷を抱えている”と誰が思うだろうか。

 ソレスタルビーイングと国連軍の決戦が終わった後、刹那は世界を旅していた。自分たちの武力介入によって世界がどう変わったのかを見極めるために。少女/女の1人旅ということもあって()()()トラブルは起きたものの、最終的には無事に組織に合流するに至った。

 その間も後も、グラハムは刃金蒼海の傀儡として囚われの身となっていた。彼が奴らの軍門に降らざるを得なかったのは、“親友の片割れが思考プログラムの餌食になった”ことや“部下たちの身に危険が迫った”ことだけではない。“旅をしていた刹那の身の安全”も含まれている。

 

 刹那が“心身ともに五体満足でソレスタルビーイングと合流出来た”のも、“刃金蒼海一派/マザーコンピューター『テラ』との戦いに辛くも勝利出来た”のも、グラハムが独りで立ち向かい続けたから。身も心も嬲られてズタズタにされながらも、刹那への愛を手放さなかった――刹那の好敵手に相応しい存在であろうと足掻き続けたからだった。

 

 ソランは姉貴分や彼女と同年代の少女たちが体験した地獄を知らないまま生きてきた。それを知ったときにはもう、彼女たちはみんな命を散らした後だった。

 ……それと同じく、刹那も何も知らなかった。グラハム・エーカーが世界の歪みと成り果てた連中の傀儡になることを選んだ理由を。それを知ったときには、彼はもう――

 

 

「あんたが苦しんでいたとき、俺は何も知らなかった。知らないままにしてしまった」

 

「刹那……」

 

「俺はあんたに何もしてやれなかったんだ。……あんたはずっと、独りで戦っていたのに。今だって、あんたは俺を助けてくれたのに……」

 

 

 過去は無かったことに出来ない。幾ら時を重ねようとも“グラハムが刃金蒼海の玩具にされて、心身ともに嬲られ、ズタズタにされた”という事実は消えないのだ。

 

 刹那がそれを見落としてしまった事実だってそう。気づく前も、気づいた後も、多くのことが手遅れだった。もしも幸いなことがあるとするなら、“彼の命が失われなかった”ことくらいか。

 良くも悪くも、人は変わっていく。意図の有無問わず変わらなければならない。だけど刹那は、変わり切れないでいる部分――しかも、悪い方面で――を突き付けられ、歯噛みすることばかりだ。

 たまらなくなって、刹那はグラハムへ手を伸ばす。顔の左半分を覆う傷跡を労わるように撫でたところで、彼の傷を癒せるとは思わない。けれど、そうしないではいられなかった。

 

 

「――俺に出来ることがあるなら、言ってくれ」

 

「え」

 

「あんたが俺に()()してくれるように、俺もあんたに()()したい。……幸せにしたいんだ」

 

 

 一瞬、グラハムは目を丸くした。小さく息を飲む音が響く。

 ややって、彼は破願し、刹那の手を取った。

 

 

「――心配無用。私は既に幸せだよ」

<――心配無用。私は既に幸せだよ>

 

 

 その言葉に嘘偽りはない。その《聲》にも嘘偽りはない。

 幾許かの間をおいて、彼は「ただ」と、小さく零す。

 密やかな声で告げられたのは、アラサーの男性とは思えないような我が儘。

 

 

「もう少しだけ、私の傍(ここ)で身を休めてくれたら、嬉しいかな」

 

「……分かった。……もう少しだけ、世話になる」

 

 

 

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