問題だらけで草ァ!! 外伝 -Eternity in a moment- <通常版>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.本編のネタバレを彷彿とさせるであろう表現が多々含まれています。ご注意ください。

 14.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

 15.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)
 16.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)
 17.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)


上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



今日も2人は愛を謳う ※

 

「刹那、刹那」

 

「どうした?」

 

「キミが良ければなのだが、明日、デートに行かないか?」

 

 

 子どもみたいに目を輝かせて、満面の笑みを浮かべる恋人の発言に、刹那は思わず眉間の皴を深くした。

 

 

 

***

 

 

 

 グラハム・エーカーが()()()()提案をすることは、何も珍しい話ではない。

 

 ソレスタルビーイングが世間に姿を現してから暫くした頃も、グランドマザー『テラ』の騒ぎが終結してアロウズが解体された頃も――要するに、刹那とグラハムが恋人同士としての日々を積み重ねていく中で――、急に『デートがしたい』と申し出てくることがあった。寧ろ、()()()()提案をするのは専らグラハム側の方である。

 あの頃の刹那とグラハムは“私設武装組織(テロリスト)と正規軍人”。特に最初の頃は刹那側がピリピリしていたけれど、世界情勢やソレスタルビーイングの在り方――周囲の環境や刹那とグラハム自身が変化していくにつれて変わっていった。特に、グランドマザー『テラ』やアロウズの解体からELSが来訪する直前は、多少ぎこちないながらも穏やかな時間を過ごしていたと思う。

 

 

『今のところ、ソレスタルビーイングが必要になる様な事態は起きてないからな』

 

『ここ最近はずっと昼行燈みたいなモンだけどね』

 

『世界の行く末を見守ったり、外宇宙探索の支援や協力が専らの役割だ』

 

『折角刹那さんも地球に戻って来たんだし、グラハムさんだって恋人と久々の逢瀬なんでしょ? 行ってきなよ』

 

 

 そう言って、ソレスタルビーイングの仲間たちは2人を快く送り出してくれた。刹那たちが旅をしているうちに、マイスターも増員や世代交代を迎えていたらしい。顔ぶれは変わっていた。

 嘗ての仲間や次世代を担うマイスター及びクルーたちに見送られ、2人はデートをすることになったのである。許可が下りたときのグラハムはとても嬉しそうで、前日の夜からテンションが高かった。

 相棒の暴走っぷりを見ていたクーゴは『修学旅行前日の学生かよ』とため息をついていたが、彼の眼差しはどこまでも穏やかで優しかったことが印象的であった。閑話休題。

 

 

「人類の外宇宙進出が進められてから早数十年。今年もまた、外宇宙探索へ向かう船がステーションを離れていきます。近々、新たな探索部隊が出発する予定で――」

 

「最新鋭の技術を結集して造られた外宇宙航行艦スターダスト・トラベラー号は、来月初旬に外宇宙探索へと出発する予定となっており――」

 

 

 家電量販店のショーウィンドウに飾られたテレビは各局の特集番組を好き放題に映し出す。店の外からその光景を眺めていた刹那は1人待ちぼうけていた。

 

 透明なショーウィンドウにうっすらと映った刹那の服装は、今は亡き故郷クルジス――嘗てのソランが住んでいた集落の女性たちが身に纏っていた中東特有の民族衣装。繊細なレースと刺繍がふんだんに施された白基調の生地に、差し色として鮮やかな青が使われている。ヒジャーブは青基調の生地に白い差し色を施したものだった。

 正直、この格好をするのは未だ慣れない。グランドマザー『テラ』の暴走が終結してから刹那がELSの故郷を救うために旅立つまでの間でも、故郷の衣装を着たのは片手で数えられる程度だ。そんなことを考えつつ、改めて腕時計を確認する。浮足立っていたとはいえ、待ち合わせ時刻の30分前に来ているのはやりすぎてしまっただろうか――などと考え、首を振った。

 

 

(いいや。いつぞやのデートであいつが『待ち合わせ時刻の数時間前から待っていた』という事実を鑑みれば、俺が来るのは遅すぎるくらいか?)

 

 

 いつかの逢瀬を思い出したためか、刹那は自然と口元が緩むのを感じる。ショーウィンドウに映し出された自分の表情が存外穏やかだったことに驚いたが、そんな自分に罪悪感を感じる機会は減ってきていた。……それが良い兆候なのか悪い兆候なのかは、まだはっきり言えないままだけれど。

 尚、待ち合わせ時刻の数時間前から待ち合わせ場所にスタンバイしていたのは『楽しみすぎていてもたってもいられなくなったから』という理由だ。子どもっぽいにも程があろう。いつかの翡翠色――今は脳量子波を使える人間の身体的特徴の1つとなった澄んだ金色へと変化した瞳を思い出し、ひっそりと微笑む。

 

 

『一緒に目的地へ行くのもいいが、あの頃と同じように待ち合わせてから向かうのもいいな』

 

『なあ、刹那。折角だから待ち合わせをしないか?』

 

 

 ニコニコ笑顔で待ち合わせを持ちかけてきたのは、他でもないグラハム・エーカーその人だった。聞いたときは『変わった申し出だ』と思ったが、実際やってみるとこれがなかなか予想外。

 刹那が自覚していた以上に、グラハムとのデートに浮足立っていたのを思い知らされてしまう。少々気恥ずかしかったけれど、それを許容できるようになった己に気づいた。

 今でも己の罪を忘れていない刹那だけれど、それはそれとして、積み重ねられる穏やかな日々と幸福を素直に受け止めることが出来るようになったらしい。

 

 

(あいつにその話をしたら、嬉しそうに笑っていたっけ)

 

「――刹那!」

 

 

 慣れ親しんだ男の声に顔を上げれば、雑踏の向こう側に見知った金色がちらつく。それを容易に見つけることが出来たのは、彼自身が大きく手を振って合図を送ってくれたのも理由だろう。

 グラハムは刹那の姿を確認するや否や、ぱっと表情を輝かせた。自身の感情を表現するかの如く、文字通りこちらへ“突っ込んで”くる。だが、速度に反して刹那の前で立ち止まれるよう調整していた。

 

 

「まさか、キミがこんなに早い時間に来ているとは思わなかった。……すまない、待たせてしまっただろうか?」

 

「いや、今来たばかりだ。気に病む必要はないぞ」

 

「そうか。よかった」

 

 

 刹那の返答を聞いたグラハムは安堵の息を吐いて表情を緩ませた。彼の表情から木陰から降り注ぐ木漏れ日を連想したのは、嘗ての面影/色彩――金髪、白い肌、深緑の瞳――に思いを馳せる瞬間があるためなのかもしれない。

 最も、あの頃の色彩を失ったのは刹那も一緒だ。嘗てはどこにでもいる中東出身の人間だった特徴――黒髪、浅黒い肌、赤銅色の瞳――はすべて失われ、全身金属色(メタリック)にくすんだ金色の瞳になってしまったのであるが。

 

 種族が純粋な人類であった頃の色彩を多く残すグラハムとは違い、今の刹那は“人の形状を取ったELS”として扱われても致し方ない有様である。そういう方法で人類と共存しているELSも多く存在していると言うのも、刹那の種族が純粋なELSと勘違い/思い込まれる原因になっているのかもしれない。閑話休題。

 

 

「……いつも、俺があんたを待たせていたからな。たまには俺も待つべきだと思ったんだ」

 

「刹那……」

 

 

 グラハムは感極まったように息を零す。澄んだ金色の瞳がうすらと潤んだのは気のせいではない。彼は特に刹那のこととなると、感情の振れ幅が大きくなる激情家だった。

 蕩けるような笑みを浮かべたグラハムの眼差しは深い愛情に満ち溢れている。それを真正面から受け止めるのは、何年経っても気恥ずかしい。刹那はさっと視線を逸らした。

 

 

「行くぞ。久々のデートなんだろう?」

 

「そうだな」

 

 

 刹那の照れ隠しに対し、グラハムは満面の笑みを浮かべた。当たり前のようにこちらの手を取って、手慣れた様子でエスコートする。

 

 自分たちの付き合いは長いのだが、未だ、グラハムの紳士的な振る舞いには面食らってしまうのだ。良くも悪くも“猪突猛進で融通の利かない一面”の方が印象深いせいだろう。そつのない態度で刹那をリードする恋人の横顔は、非常に大人びていて頼もしい。

 その横顔に魅せられる。何度も刹那を救い上げてきた表情の1つだ。照れた様子ではにかむ微笑も、夢を追いかける子どものように快活な笑顔も、爆ぜるような激情も、静かな眼差しも、こちらを惹き付けてやまない。文字通り、彼は太陽みたいな男だった。

 そんなことを考えながらグラハムを見上げていたら、突然彼はふいっと顔をそむけた。空いている手で口元を抑え、小さく唸る。視界の端に瞬くのは、グラハムの新人類(ミュウ)としての力が働いたときのものだ。――それが何を意味しているのか、刹那はよく知っていた。

 

 

「おい」

 

「すまない。不可抗力だ」

 

 

 非難の意味を込めてグラハムを見上げれば、彼は申し訳なさそうに肩をすくめた。口では謝罪しても内心は全くそうは思っていないらしく、ちらりと伺えた横顔はだらしなく緩み切っている。自分の思考が相手に筒抜けというのはなんだか不公平だ。

 刹那はむっとして、恋人に仕返しすることにした。己の持ちうる革新者(イノベイター)としての力を発動させる。脳量子波を展開し、思考の奔流からグラハムのものと思しき感情を拾い集めていく。ショーウィンドウの端に映った刹那の瞳は、くすんだ金色の光を放っていた。

 

 

<――愛おしい>

 

 

 その言葉を皮切りに、グラハムの感情が流れ込んでくる。

 

 

<私に釘付けになっているその瞳が、私を見つめるその姿が>

 

 

 快活に笑う横顔からは想像できない程、爆ぜるような熱を感じた。

 なのに、時折凪いだ水面のように静かで透き通っているようにも感じる。

 

 

<正直今すぐ駆け出して愛を叫びたいのだが、私とて立派な大人だ。一般常識と優先順位は心得ている>

 

 

 燦燦と輝く太陽の光が差し込む木漏れ日のように穏やかな空気と、雨が降り出す直前の様な曇天やじっとりした湿度を感じたのは何故だろう。

 確かにグラハムは『何かしらの虚憶(きょおく)で“異種族に対して『矛盾の肯定』を贈っていた”男だった』けれど。

 件の異種族(フェストゥム)は人々から愛や憎しみを贈られていたし、その種族の系譜を持つ関係者は“愛や憎しみを得た果てに勇気を示した”のだったか。

 

 

<抑えろ。歩調をなるべく刹那に合わせなくては。私は大人なのだから>

 

 

 彼はむず痒そうな調子で――それでも格好つけようとしていたが、結局、とめどなく溢れ出す刹那への愛を抑えることが出来なかったのだろう。思念波と脳量子波を併用する形で宣言した。

 

 

<――ああもう! 私の伴侶は、こんなにも愛おしい!!>

 

(――~~~~ッ!)

 

 

 一途に、真摯に、ひたむきに。刹那へ手向けられた愛の雨あられに晒された上に、それを真正面から受け止めてしまった刹那は思わず心の中で悶絶した。咄嗟にヒジャーブの一部で口元を隠し、視線を彷徨わせる。故郷の戒律の緩さに苦言を呈したくなったのは人生で初めてのことだった。

 戒律が厳しい地域であれば、外出時は目元以外を覆い隠す顔布――ニカブを身に纏うことになっていただろう。そうすれば、刹那の照れ顔を隠すことだって用意だったろうに。下唇を噛むことで堪えようとするが、許容量を超える感情――しかも、嘘偽りのないまっすぐな愛情と慈愛――に、体の熱が急上昇する。心臓は不自然に鼓動を鳴らした。

 恋人を茶化すための言葉が出てこない。彼がこちらに向ける感情の1つ1つが、かけがえのないものだ。刹那の胸をじわじわと満たすのは、歓喜と愛情。……そうして、幸福と一抹の罪悪感。刹那が嘗てソランだった頃に積み重ねた罪も、ソランが刹那になってから積み重ねてきた罪も、決して一生忘れられないだろう。

 

 ソランがOガンダムと邂逅し、自身の在り方を定めたあの日から随分と時間が経過した。あの日Oガンダムを駆っていた張本人は悪の組織の2代目総帥として奔走しつつ、『そろそろ後任育てなきゃ』と思案しているらしい。閑話休題。

 

 

(無知と盲目、或いは怠惰と怠慢)

 

 

 ソランも刹那も多くのことを素通りしたし、知ろうともしなかったし、気づくのが遅れてしまって、多くのものを失くしてきた。

 今こうして刹那の隣で笑っているグラハムだって、一歩間違えれば命を落としていたかもしれないのだ。

 

 

「グラハム」

 

「?」

 

「あんたが生きていてくれて、本当に良かった」

 

 

 何の脈絡もなく唐突に()()()()()を言われたグラハムは一瞬面食らったようだが、刹那の様子から何かを察したようだ。グラハム目を細めた後、繋いでいた手に――ほんの僅かだが――力をこめる。

 

 

「……キミが立ち止まってしまう理由は、理解している」

 

 

 果たして、刹那の思った通りであった。金色の瞳が悲しそうに伏せられる。

 刹那の過去がどれ程のものかを知ったうえで、この男は刹那と共に生きることを選んだのだから。

 

 

「それを『忘れろ』などと無神経なことは言えないし、言うつもりもない。『前だけ向いて歩け』というのがどれ程惨くて無責任なのかは、私も身をもって熟知しているからな」

 

「…………」

 

「迷い歩いていた私をここまで連れて来てくれたのはキミだよ、刹那。私にとって、キミは道標だった」

 

 

 グラハムは静かに微笑んだ。今この瞬間も、彼は刹那を見つめている。

 こんなにも不完全で不安定な刹那でも、他者の(しるべ)になれるのだと訴えるが如く。

 

 

「俺を道標にしたら、破滅にしか辿り着かないだろう」

 

「破滅? まさか! キミという標が導く場所なら、そこは私にとって天国と同義だ。実際、私は既に幸せだしな」

 

「グラハム……」

 

「――“キミにとっての私”も、“私にとってのキミと同じ”なら良いのだがね」

 

 

 「難しいことだが」と呟いて、グラハムは苦笑した。

 

 彼が“刃金蒼海の傀儡となり、玩具として弄ばれていた”のは、今や遠い昔の話となっている。それでもグラハムにとっては、昨日のことのように思い出せるのだろう。

 刹那が未だ“ソランだった頃に犯した罪”を忘れられないのと同じように、グラハムも当時の痛みや傷を引きずりながらも『現在(ここ)まで戦い抜く』ことを選んだ。

 それからも彼は、刹那のために何かをしようと必死になっていた。些細な日常でも、ELSとの邂逅や戦いでも、“未来への水先案内人”としての役目を果たそうと必死だった。

 

 未来の礎。永久の道標。大事なものを守るため、未来を切り開くため、生き残るために、命を燃やして宇宙(そら)を駆け抜けた背中を、刹那は今でも覚えている。

 グラハムがいなかったら、ELSとの対話は成功していなかったかもしれない。そうなっていたら、きっと刹那の理想は叶わなかった。今の世界に辿り着くこともなかっただろう。

 

 

「俺にとってのあんたも、道標だ」

 

「刹那……」

 

「……ただ、文句があるとするなら、『“未来への水先案内人”としての役目を果たすためなら、自分の命すら賭けてしまう』という点だろうか」

 

 

 刹那の言葉を聞いたグラハムは、何とも言い難そうな顔をして視線を彷徨わせた。

 今までの出来事から該当する話題を思い返しているのだろう。

 暫し唸っていたグラハムは、観念したように肩を竦める。

 

 

「死にはしない。キミを幸せにすると誓ったのだから、死んでいる暇などないだろう」

 

「それでも、いざとなったら命すら投げ捨てるんだろう? 俺なんかのために」

 

 

 途端に、グラハムは眉間にしわを寄せた。

 咎めるように刹那を睨む。

 

 

「いくら本人であっても、私の愛する人を蔑ろにするような発言はやめてくれ。頼む」

 

「……分かった。だが、あんたも気をつけてくれ。あんたは簡単に、ふらりとどこかへ行ってしまうからな」

 

「……敢えて言おう。心得たと」

 

 

 グラハムの物言いからして、「最善を尽くすが、いざとなったら“未来への水先案内人”になるために、命を捧げることもやぶさかではない」と仄めかしているように思う。

 最善を尽くしてくれるという点を考慮すればまだマシな方であろう。繋いだ手に力を込めれば、応えるようにして握り返される。この温もりが失われぬよう、刹那はひっそり祈った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 グラハムに手を引かれて辿り着いた場所は映画館だった。大規模経営している一般企業が営業しているのではなく、悪の組織の関係者が個人で経営している小規模のものだ。

 外観から年季が入っていたけれど、それは悪い意味ではない。大衆向けに設計された企業直属のものとは違い、隠れ家的なコンセプトで営業されているのだろう。

 実際、大規模経営しているタイプの映画館とは違い、この映画館はそこまで賑わっているようには見えない。だが、経営に問題が無さそうに見えることから、熱意あるリピーターがいるのだろう。

 

 

「ここは館長が趣味で経営している。上映される作品も、古い作品のリバイバルから最新作まで取り揃えているんだよ」

 

「そうか」

 

 

 どこか熱っぽい調子で語るグラハムの姿が微笑ましくて、刹那も静かに目を細める。

 

 明確な趣味を持たない自分には分からないため相槌を打つので精一杯だが、グラハムにはそれで充分だったのだろう。満足気に頷いて刹那の手を引いた。

 地球や人類の在り方が変わる程の時間が経過したというのに、グラハムのエスコートにソツがないのはあの頃と変わっていない。変わったのは、それを見て安心する刹那の方だろう。

 

 グラハムが受付と話しているのを横目に見つつ、刹那は本日上映される映画の一覧に目を通す。現在時刻から逆算すれば、グラハムが何の作品を見ようとしているかの予測が付けられた。時間帯的に候補は2つ。ELSとの戦いが始まる直後に前編が公開されていた映画『ソレスタルビーイング』の前後編、もう1つは『ソレスタルビーイング』関連資料から派生した恋愛映画『Celestial blue Sky』の前後編だ。

 前者は地球連邦軍、ソレスタルビーイング、悪の組織/スターダスト・トラベラーの三つ巴によって制作されたプロパガンダ映画である。2314年頃の世間にソレスタルビーイングを()()()()()()()()という意図が色濃く滲み出た作品だ。尚、刹那は諸事情で後半を見ていなかったりする。……最も、当時の悪の組織次期総帥の“譲れない拘り”はこの頃から健在だったようだが。

 後者は刹那が返って来る前に上映されたエンタメ作品で、出来たばかりの新作だ。この映画が公開される少し前に映画館での上映が終わった映画『新訳 ソレスタルビーイング』と同じ資料――絹江がまとめた情報を、機密事項に抵触しない程度にまとめた“ルポ本”だ――を下地にして制作された恋愛モノだ。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターと正規軍人のラブロマンス。

 

 

(……あのときも、4人で映画を見たな)

 

 

 ELSが地球に来訪してくる少し前、刹那たちはオフ会で『ソレスタルビーイング』の前編を見たことがある。内容は大分昔に1度見たきりだったから朧気なものの、『プロパガンダ映画としてはそれなり、エンタメ映画としては充分面白いと思う』だったような気がした。

 何度も言うが、元から刹那は映画について詳しくない。そのため、件の評価は“3人が零していた感想を総合した”ようなものだ。今でも刹那は明確な趣味を持っていないが、これを期に何かを初めて見るのもいいかもしれない。変革の重要性を説いた自分が変わろうとしないのは問題だろう。

 

 

「刹那、こっちだ」

 

 

 全ての手続きを終えたグラハムに手を引かれ、ホールへ向かう。番号が振られたそこに掲示されていた映画のポスターは、刹那とグラハムによく似た男女2人を中心に配置したものだ。映画のタイトルは『Celestial blue Sky』。

 

 刹那は目を丸くしたものの、グラハムに連れられるがまま席に着いた。上映が始まるまで時間があるようで、ホールはまだ明るい。席はまばらで人々の談笑がカヤカヤと聞こえてくる。

 映画のスクリーンには幾つかの映像や広告が順番、且つ延々と放送されているようだ。映画のマナーに関する映像が上映されて1周と考えると、こうしている間にも3週くらい繰り返されていた。

 その間にグラハムは“館内で食べてもいいジャンクフードと飲み物”を注文していた。個人経営とはいえ、結構上澄みで規模が大きい映画館なのだろう。

 

 

「キミは何か頼むか?」

 

「ああ」

 

 

 手渡されたメニュー表を確認する。刹那は経営に関しては素人だが、“大規模展開している企業所属の映画館と比べれば物足りないが、個人経営だと考えると充分頑張っている”という感想を抱いた。館長が悪の組織関係者であることも影響しているのかもしれない。

 それなりに充実したメニューの中から、とりあえず刹那は飲み物とホットドックを注文した。ガンダムマイスターとして推挙された頃、こればかり食べて周囲から苦言を呈されたことがある。当時は食事を『腹を満たす行為』としか認識しておらず、腹を満たせれば何でもよかったのだ。

 

 そのため、ホットドックがリンゴや栄養補助食品に置き換わることも多々あった。その度に苦言を呈され、渋々食べ物を変えていたっけ。

 

 刹那の食事事情が変わったのは、一緒に組むようになった――一方的に絡んできたイデアの影響だろう。次点でクーゴ。

 今も食事に対しては特に頓着しないし外食もするが、手作りを振舞って貰ったり、自炊をする頻度が圧倒的に多かった。

 誰かが刹那のために料理を振舞ってくれるのも、刹那が誰かのために料理を振舞うのも『悪くない』と思ったのだ。閑話休題。

 

 

「映画が始まると注文できなくなる。前後編で休憩時間が挟まるとはいえ、長丁場になるからな。多めに頼んでおいてもいいかもしれないぞ」

 

「あんたは頼み過ぎだ。冷めたら味が落ちるだろう」

 

「2人で分け合って食べると言うのは?」

 

「なら、これ以上何かを頼む必要は無い。充分だ」

 

 

 大きいサイズのフライドポテト・ポップコーン・ワッフル等を席のテーブルに並べるグラハムを見て、刹那は笑った。グラハムは一瞬虚を突かれたような顔をしたけれど、嬉しそうに頷く。ジャンクフードをシェアしながら、映画の上映時間を待った。

 時間経過に伴い、まばらだったホールが活気づいていく。誰も彼もが楽しそうな様子で映画が始まるのを待っていた。あちこちから<映画を見るのが楽しみ>、<この作品が好きで、何度も映画館で観たくなる>という《聲》がひっきりなしに《聴こえて》きた。

 程なくして、ホールの明かりが落ちていく。それに合わせるようにして、会場内に響く雑談や脳量子波越しに響く《聲》がふっと消えた。スクリーンには何度も放送された注意事項と広告が改めて映し出された後、それが1巡終えた直後、会場内が真っ暗になる。

 

 映画製作に関わった企業のロゴが表示され、作品の音楽が流れ始めた。作品の開始を告げるそれに惹かれるように、多くの《聲》が感嘆を上げる。――それは、隣で映画を見ていたグラハムも一緒だった。

 

 

<――ああ、始まった>

 

 

 酷く懐かしむ眼差しに惹かれて、刹那もスクリーン画面に意識を向ける。画面内では刹那と瓜二つの外見の少女が、アンフをモチーフにしたMSが闊歩する戦場を走り抜けている真っ最中だった。瓦礫の山と転がる死体。絶えず響く爆発音と銃撃の発砲音。MSの武装の銃口が少女に向けられたが、そこに舞い降りたMS――モチーフはOガンダムだ――の攻撃によって救われる。少女は熱っぽい眼差しでその機体を見つめ――場面が変わった。

 グラハムと瓜二つの青年が、クーゴと瓜二つの青年と談笑している。東洋人青年が作った和食を勢いよく食べ進める白人青年のマイペースっぷりは、グラハムとクーゴのやり取りを忠実に再現していた。旧ユニオン領の正規軍人が繰り広げる愉快な日常は、刹那が『還って』きた後も変わらないままだ。だが、そのやり取りはすぐに変わる。東洋人男性と同じ能力を有する人間が、彼と交流を始めたのがきっかけだ。

 

 スクリーンの中で繰り広げられるのは、いつか遠い昔で実際に起きた出来事の再現であった。脚色は多々あれど、要素を箇条書きすればほぼ再現である。

 

 幾らあれから長い時間が経過していたとしても、ソレスタルビーイングの監修や重要機密を伏せた上で作られているといえど、映画がフィクションとエンタメで作られたとしても問題だ。

 刹那は内心狼狽しつつ映画の行く末を見守っていた――だが、不安が抑えきれず何度かグラハムに視線を向けたが、グラハムは満面の笑みを浮かべるだけだった――が、それで済む話ではないだろう。

 だが、映画が進むうちに、気づいたらそんなことを考えていられなくなった。スクリーンの中で繰り広げられるラブロマンスの影響か、あの頃の日々が脳裏を過る。

 

 

(あの日の俺の選択は、全て正しいとは言えない。あの頃の自分にとって最善でも、今から見たからこそ『明らかな愚策だった』と分かることもあった)

 

 

 スクリーンの中で足掻く恋人たちは、混迷する世界の中で必死に答えを探していた。

 捻じれ、曲がり、歪んでいく世界の中で、『分かり合えたことは間違いではない』と叫んでいた。

 

 

(過去は変えられない。積み重ねてきた罪過も、痛みや後悔も、なかったことにはできやしない。時間は前にしか進まない)

 

 

 月明りと煌びやかな街灯が差し込むホテルの一室で、2人は抱き合っている。お互いの気持ちを吐露し、自身の立場が互いに相容れぬことを理解しても、『繋いだ心は離さない』と誓っていた。

 溢れた感情に身を任せるようにして、2人は部屋のベッドに倒れ込む。沢山キスをして、手を絡めて、切なそうに目を細める。絡めた手と皴を深めたベッドのシーツがアップになり、暗転。

 それが何を暗示しているのかを、今の刹那は知っている。身も心も結ばれて一線を越えた2人は、夜明けにささやかな雑談を交わした後、何事もなかったかのように現実へと戻っていった。

 

 

(――だけど)

 

 

 不穏な描写が次々と挟まっていく。アレハンドロと瓜二つの男が議会で音頭を取り、ソレスタルビーイングを壊滅させるための作戦と国連軍の編成が推し進められた。

 

 グラハムと瓜二つの空軍パイロットと刹那と瓜二つの私設武装団体のパイロットが交互に入れ替わりつつ、戦いの準備が進んでいく。

 『Celestial blue Sky』の前編は佳境を迎えていた。物語は終盤に突入し、最終決戦が始まる。

 

 

(あの頃も、今も――俺はずっと、こいつを愛しているんだ)

 

 

 自分の隣に座るグラハムに視線を向ける。彼の眼差しはスクリーン――否、あの頃積み重ねてきた日々を見つめていた。懐かしむように、慈しむように、凪いだ金色の瞳が瞬く。

 彼の横顔とスクリーンの映像を交互に見ているうちに、いつの間にか前編は終わっていた。会場はふっと明るくなり、後編開始までの休憩時間であることが告げられる。

 観客は会場を出て行く者とその場で留まるものに分かれていた。観客の多くが作品の余韻に浸っている。グラハムは暫しスクリーンを眺めていたが、こちらを向かずに口を開く。

 

 

「――ここ最近は、ここでこの映画を見ていたんだ」

 

 

 ぽつり、と、小さく零れた言葉。刹那は静かに、彼の言葉に耳を傾ける。

 

 

「キミに会いたくなる度に、そうしていた。その度にキミに会いたくなってしまうから、あまり効果は無かったのだが……」

 

 

 申し訳なさそうに苦笑する姿は、どこか痛々しい。

 まるで、堪えていたものが零れ落ちてしまったような。

 

 

「ただ、その度に改めて思い直すんだ。私がどれ程キミを愛しているのかも、キミに相応しい自分で在りたいと願っていたときのことも」

 

 

 刹那と向き合ったグラハムは、照れ臭そうに苦笑していた。

 

 

「想いが溢れて、止まらなくて。……だから、どうしても、キミと一緒に見たかったんだ」

 

「……そうか」

 

「…………、刹那――」

 

「――話してくれてありがとう。……それから、ここに連れて来てくれたのも、嬉しかった」

 

 

 奴が“ろくでもない”ことを考えている――「付き合わせてしまってすまない」やそれに類する謝罪を述べようとする――ような気配を察知し、刹那は先手を打つ。

 グラハムは面食らったように目を丸くした。しかしそれも一瞬のことで、彼は普段通りに笑い返す。だが、多少ばつが悪かったらしく、「追加で何か頼んでくる」と言って出て行った。

 最も、後編の上映が始まる少し前に戻って来たグラハムは沢山のジャンクフードを抱え、普段通りの快活な笑みを浮かべていたのだけれど。

 

 後編の上映開始までの時間が迫る。それに呼応するようにして、観客たちがホール内に入って来た。それに伴い、まばらだったホールが活気づいていく。誰も彼もが楽しそうな様子で映画が始まるのを待っていた。前編の上映開始前と同じように、映画を楽しみにする人々の話し声や《聲》が木霊する。

 自分たちとは対照的に和気藹々と語る人もいれば、自分たちと同じように穏やかな表情で上映を待つ人もいた。ジャンクフードをつまみながら、刹那とグラハムも上映を待つ。程なくして、ホールの照明が暗くなり始めた頃、グラハムがぽつりと零す。

 

 

「なあ、刹那」

 

「どうした」

 

「……少しの間、手を握ってくれないか」

 

 

 「上映が終わるまでの間で構わないから」と、グラハムは零した。それに呼応するように、後編の上映が始まる。

 

 前編のまとめ映像が軽く流れた後、場面が転換する。次に映し出されたのは、酷薄に笑う女と死んだ魚の目をした金髪の白人男性――グラハムと瓜二つの男性であった。

 やっぱり“ろくでもないこと”を考えている気配があったので、刹那は咄嗟に手を伸ばす。グラハムが何かを言うより先に、刹那は彼の手を握った。

 

 グラハムは暫く目を見張っていたけれど、安心したように表情を緩めた。手指にそっと力を込めた後、再びスクリーンに視線を戻す。大画面に表示されたのは、エクシアを基にした架空のMSがアロウズのMSによって一方的に嬲られているシーン。そこに乱入したのは、イデアのパハリアとクーゴのはやぶさを基にした架空のMSだ。

 場面が変わる度に、あの頃の戦いが脳裏に浮かぶ。映画のシナリオは正確性よりもエンタメ性を重視していることは百も承知だが、あの頃のグラハムがどんな状況にあったのかを伝えてくるかのようだ。グラハムも映画の内容が当時の心境と呼応するのか、時折繋いだ手指に込められる力に強弱がつく。

 刹那は何も言わなかった。グラハムも何も言わなかった。ただ黙って、映画を見ていた。場面は何度も切り替わって、いつの間にかエンドロールが流れる。観客の中には『エンドロール=映画が終わった証』と認識してホールから去る者もいる。それに気づいた刹那はグラハムに視線を向けたが、グラハムは動こうとはしなかった。

 

 

(――あ)

 

 

 どうやらこの映画は、エンドロール後にエピローグは追加されているタイプらしい。短い映像が続く。

 

 白を基調にした中東の民族衣装に身を包んだ女性が誰かを待っている。映像を見ていた刹那は、それが刹那と瓜二つの女性であることに気が付いた。

 程なくして、刹那と瓜二つの女性の名前――作中名ではセルマ・アンワールだった――を呼ぶ声が響く。それを聞いた女性が顔を上げ、淡く笑った。

 映像はそれで終わったが、彼女の名前を呼んだ人物の声は聞き覚えがある。刹那がグラハムに視線を向ければ、彼は刹那の方を向いて目を細めた。

 

 

「ありがとう。もう大丈夫」

 

 

 少し名残惜しそうに手を解いたグラハムは手早く片づけを始めた。刹那も同じように椅子の周辺を片付け、ここから出るための準備を始める。

 食べきれなかったジャンクフードを抱え、観客たちと一緒にホールを出た。ロビーのイートインコーナーに腰掛けて、ジャンクフードで昼食を取る。

 

 

「……振り回してしまって悪かったな」

 

「いいや」

 

 

 どこか申し訳なさそうに目を伏せたグラハムに、刹那は淡く笑って首を振った。そんな刹那の姿を見て安堵したのか、グラハムの表情が緩んだ。刹那は静かに目を細めて言葉を続ける。

 

 

「あんたが俺のことを愛していてくれたのが分かって嬉しい」

 

「……そうか」

 

「俺も『あんたを愛しているんだ』と改めて気づいたし、それをあんたに伝えたいと思った。伝わってほしい、とも」

 

「そ、そうか。――中々に情熱的だな」

 

 

 グラハムは照れ臭そうにはにかんだ。照れを誤魔化そうとしたのか、飲み切れなかった飲み物――結構サイズが大きいやつだ――を一気に飲み干す。意外と可愛いところがあるらしい。

 まじまじと見つめていたことに気づいたのか、グラハムは一瞬不本意そうに眉間の皴を深くした。苦言を呈そうにも、自分の非を悟っているため沈黙することを選んだようだ。

 拗ねたように視線を逸らし、適当につまんだジャンクフードを口に運ぶ。物理的に自分の口を塞ぐことで抵抗を試みているらしい。刹那は思わず吹き出してしまい、グラハムからジト目で睨まれた。

 

 

「あんた、可愛いな」

 

「可愛っ――!? い、言うに事欠いてそれはないだろう!」

 

 

 普段――と言っても、大分昔の話になるかも知れないが――は刹那が可愛いと言われる側だった。

 グラハムがそういう発言をする度に、刹那は『女の趣味大丈夫なのか』等心配になったものである。

 

 言う側に回って気づいたことだが、実際相手が可愛く見えるのだから『可愛い』と言っただけでしかないのだ。なので、

 

 

「あんたが俺のことをよく『可愛い』だの『綺麗』だの言っていたが、今ならその気持ちが分かる気がする」

 

「――――」

 

 

 己の所見を素直に述べた瞬間、顔を覆ったグラハムはテーブルに突っ伏してしまい、暫く動かなくなった。

 

 

 

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