問題だらけで草ァ!! 外伝 -Eternity in a moment- <通常版>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.本編のネタバレを彷彿とさせるであろう表現が多々含まれています。ご注意ください。

 14.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

 15.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)
 16.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)
 17.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)


上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



未だ癒えぬ過去(きず)を抱く ※

 

「グラハム」

 

「?」

 

「始める前に、少しいいか? ……あんたに訊ねたいことがある」

 

 

 最愛の人とのふれあい。今の自分たちは、文字通り()()()()()()()だったはず。

 お互いの感情の昂ぶりを感じ取って、何もかもが最高潮になった――そんな状況に水を差したのは、目の前にいる愛おしい人だった。

 

 普段のグラハムであったら、刹那に対して何かしらの苦言を述べていたであろう。恥も外聞もない言い方をすれば、“拗ねている”という表現がぴったりな言動だったに違いない。

 だが、自分を見つめる刹那のくすんだ金色の瞳はどこまでも真摯だったから。喉まで出かかった不平不満は痞えてしまい、そのまま飲み下すこととなった。

 実際、刹那側も<こんなときに中断するような真似をしてしまって申し訳ない>と心から思っている様子だったし、何なら彼女の<こういうときでないと話せない話題だから>と《聲》が《聴こえてきた》ので。

 

 グラハム・エーカーは我慢弱い(タチ)であるが、伴侶を蔑ろにして自身の欲求を優先するような真似は言語道断。ベッドの上に正座して、刹那の眼差しと向き合う。

 

 

「して、訊ねたいこととは?」

 

 

 グラハムの問いかけに対し、刹那は何かを言おうと口を開き――けれど言葉が出てくることは無く、何とも言い難そうな様子で視線を彷徨わせ始めた。大方、「言いたいことはあるが、どんな言葉で出力すればいいのか分からない」と言ったところか。

 それでも懸命に、グラハムのために言葉を選ぶ刹那の真摯でいじらしいな姿に、胸の奥がきゅうと締め付けられる。彼女は自分のことを卑下しがちだけれど、出力の仕方が他者より人一倍不器用なだけなのだ。相手に対して真剣に向き合おうと努力し、心を砕いているが故に。

 今、刹那はグラハムのために()()してくれている。()()あろうとしてくれる。それがグラハムにとって、どれ程幸福なことか。そんな彼女の言葉や心に対して、真摯に向き合おうと思うのは当然のことだ。

 

 故に、グラハムは刹那の言葉を待ち続ける。刹那の心に応えるためならば、我慢弱い自分の性分を曲げることくらい造作もない。

 

 

「……満足、できているのか?」

 

「うん?」

 

「その……俺と、()()、するのは……」

 

 

 たどたどしく言葉を紡いだ刹那であるが、何とも歯切れが悪い。

 言葉の意味を理解しあぐねているグラハムを見て何を思ったのか、彼女はぽつぽつと零し始める。

 

 

「ELSが来訪する以前から、気になっていたんだ。旅から帰って来て、あんたとこうして過ごすうちに、この疑問へと思い至った。……あんたは()()しているとき、時折、心ここに在らずと言った様子になるから……」

 

「――――」

 

「何か、要望があるなら言って欲しい。……なるべく俺も、あんたに応えたいと思っている」

 

「刹那……」

 

 

 伴侶の健気さといじらしさに、グラハムは不覚にも心がときめいてしまった。こういうところが愛おしくてたまらないのだと感嘆し、改めて彼女に惚れ直す。だが同時に、気持ちが沈んでいくのを自覚する。

 行為中に心ここに在らずとなる理由をどう説明すればいいのか――刹那に憂いや自罰意識を抱かせるような話題に持っていきたくないので、どうにか煙に巻く方法がないか――見当がつかなかったためだ。

 己の両脇から《聴こえる》嘲笑――或いは残響――を敢えて無視して思案しようとしたのと、何かの覚悟を固めた刹那が顔を上げ、羞恥でほんのり赤らんだ表情をグラハムに晒して口を開いたのはほぼ同時。

 

 

「ずいぶん昔の話になるが、『マンネリ化の対策には、プレイが効果的だ』という話を耳にしたんだ」

 

「うん???」

 

 

 刹那の言葉によって、残響はぱたりと途切れてしまった。困惑するグラハムの内心を知ってか知らずか、刹那は話を続ける。

 

 

「この話を聞かせてくれたストラトスとアニュー曰く、『“もう1度俺の女にする”プレイ』が一番盛り上がったらしい」

 

「『“もう1度俺の女にする”プレイ』!!?」

 

「『イノベイドを乗っ取るイノベイドがいた』という話を聞いた情報収集型イノベイドが作った同人誌からヒントを得たらしい。“記憶と人格と心はそのままに、ソレスタルビーイングに敵対し危害を加えようとする洗脳を受けた”という設定のアニューをストラトスが拘束し、『お前をもう1度俺の女にする』という言葉で行為を開始するとのことだ。アニューはこのプレイを『洗脳および洗脳解除プレイ』と『分からせ快楽堕ちの皮を被った純愛』等と語っていた」

 

「情報量が多すぎて、破廉恥すぎること以外何も分からないのだが!!? というか、知りたくなかったぞそんな話ッ!!」

 

 

 突発的に出てきた“仲間の性癖”の威力が高すぎる。山道を散歩していたら藪から棒に大型の野犬――クマと大差ないレベルの大きさと狂暴度合い――が飛び出してきて、訳も分からぬまま追い回される羽目になったようなものだ。

 嘗てのライバル組織にして自分の戦友となったガンダムマイスターの性癖を、こんな斜め上の形で――しかも刹那の口から暴露されるとは思わなんだ。しかもそれが()()()()()()()()()()()ので、非常に居た堪れない。

 

 とはいえ、刹那が口にしたような行為/ストラトスとアニューのような『プレイ』をグラハムが望んでいると思われるのは、大分心苦しいものがある。グラハムは改めて、己の伴侶に向き直った。

 

 ELSと融合した影響で銀一色となった刹那。嘗ての色彩はとうに失われ、革新者(イノベイター)の証たるくすんだ金色の双瞼がじっとこちらを見つめている。旅立つ前、この瞳はイノベイターの力を行使していることを示す証拠(モノ)でもあった。

 グラハムを見つめて沈黙する様子からして、彼女は敢えて脳量子波を使わないことを選んだらしい。先程自分がした通り、彼女はグラハムの言葉を待っているのであろう。『グラハム・エーカーは、自身の心を言葉できちんと伝えられる』と信じてくれているが故に。

 

 

(――その信頼が、少し、痛いな)

 

 

 刹那に嘘をつくような真似はしない。したくない。ただ、本当のことを言ってしまえば、彼女の心は自罰意識に支配されてしまうかもしれない。

 

 だからグラハムは選んだ。

 嘘はつかないが、一部の情報を伏せることを。

 

 

「なに、大したことではないよ。……『あの頃のキミを抱きしめたい』と、思いを馳せていたのさ」

 

「あの頃?」

 

「具体的に言うならば、“モラリア戦役後の逢瀬”だろうか」

 

 

 脳裏によぎるのは、今となっては遠い昔の出来事。

 簡単に言えば、刹那が16歳で、グラハムが27歳だった頃の話。

 グラハムが刹那の正体に勘付いた後、初めて顔を会わせたときのこと。

 

 

『やはり俺には、赦されるはずがなかったんだ。ありきたりの幸せなんて』

 

『結局この手は、何かを壊すことしかできない。……あんたを幸せにすることなんて、できるはずがなかった』

 

 

 戦争根絶という夢物語を本気で掲げる私設武装集団・ソレスタルビーイングの構成員にして、当時の既存戦力を軽々と超える機体スペックを有していたガンダムの1機・エクシアのパイロット――それが齢16歳の少女だなんて、誰が予想できたことだろう? グラハムだって、モラリアの一件がなければ気づかぬままだった。

 夢物語の成就を本気で目指す団体に所属する16歳の少女は、既に理想に殉じる覚悟を決めていた。嘗て犯した己の罪が如何程のものかを理解し、被害者の立場に甘んじても許される状況だったにも関わらず、加害者として罪を贖うために戦うことを選んだ。文字通り、天上人、或いは天使の如き在り方を体現せんとしていたのだ。

 

 そんな彼女にとって、グラハム・エーカーの思慕や愛など、邪魔でしかなかったはずだ。否、出会った頃の刹那にとっては、文字通り必要ないモノだったのだろう。

 

 けれど、刹那はグラハムの思慕に応えてくれた。応えた果てにどのような地獄絵図が広がるのかを理解した上で、「グラハムを幸せにしたい」と願ってくれた。

 あの頃の自分は、彼女の気持ちが嬉しかったことを伝えるので精一杯だった。「どのような地獄が待ち構えていようとも、グラハムにとっての刹那は唯一無二の“運命の相手”なのだ」と。

 理想を追いかける天上人として、数多の命を奪った咎人として、グラハム・エーカーを愛した女性(ヒト)として、真摯に在ろうとした少女の痛々しさは、今でも色褪せない。

 

 

「今の俺では、何か不都合が?」

 

「まさか。あの頃含んだ過去のキミも、今こうして私の傍に居てくれるキミも、そうしてこれからも共に在るキミも、全部ひっくるめて愛しているからな!!」

 

「……では、何故?」

 

「――『あの頃のキミが、1番辛そうだったから』かな」

 

 

 グラハムは静かに微笑み、刹那の頭を撫でる。彼女の外見年齢は20代前半で止まっているけれど、16歳の頃の面影はまだ残っていた。

 

 あれから随分時間が流れた。自他共に、或いは世界諸共大きく様変わりしている。嘗てはただの人間でしかなかったグラハムと刹那は、今では異星の来訪者と融合した新人類となっていた。

 世界/地球から銃声が途絶えて久しく、穏やかな日々が続く。理想に殉じる者として幸福を拒絶していた少女も、今では淡い微笑を浮かべて身を委ねてくれている。それはとても喜ばしいことだ。

 

 

「『ありきたりな幸せは赦されるはずがない』、『この手は何かを壊すことしかできない』、『私を幸せにすることなど、出来るはずがなかった』――今でも、ハッキリと覚えているよ」

 

 

 青い光が瞬く。それに気づいた刹那も、くすんだ金の瞳を瞬かせた。

 互いに解り合いたいと願ったからこその、力の行使。

 言葉にせずとも分かり合うためのモノだと承知の上で、グラハムは敢えてそれを言葉にする。

 

 

「あの頃のキミに未来の話をしたところで、信じて貰えないのは百も承知。けれど、それでも伝えたいんだ。『キミのおかげで、私はずっと幸せなのだ』と」

 

 

 言葉にすることが、無粋になってしまう瞬間があると知っている。それと同じくらい、言葉にして伝えることに意味があって重みが増すのも事実。言葉にしたくない・しないでほしいと望む誰かがいるのなら、言葉にしたい・して欲しいと願う誰かがいるのも当然のことだった。

 グラハム・エーカーの気質は後者。ありったけの愛を伝えるためには、ありったけの言葉や態度で尽くしたいと思う。対して刹那は、『言葉にすることの重みを重々理解しており、それを大切にしようと真摯に思うからこそ寡黙になる』タイプだ。そういうところも愛おしい。

 

 己が持ちうるものすべてを使い、つぎ込んで、目の前にいる伴侶に思いの丈をぶつける。

 一方的にならないように、独りよがりの押し付けにならないように。

 「自分が今こうしていられるように、目の前にいる刹那も、同じように幸せに出来ていたらいい」と。

 

 刹那もそれを察したのか、小さく苦笑していた。

 

 

「そういうところだ」

 

「?」

 

「――俺が、あんたに応えたいと願った理由」

 

 

 今となっては見慣れた淡い微笑。思わずと言った調子で零れたソレは、どこまでも真摯で温かい。

 

 穏やかで柔らかな空気を纏っているはずなのに、何もかもを焼き焦がすが如く眩かった。もしも物理的な威力があったなら、グラハムは既に跡形もなく吹っ飛んでいたはずだ。

 嗚呼。あと何度、グラハムは刹那に惚れ直せばいいのだろう。そんな未来や時間が続くのだと示されるのだろう。権利も、時間も、未来も、すべて刹那がくれたものだった。

 心臓のあたりが、きゅうと音を立てたような気がする。微かな息苦しさも、じんわりと広がる僅かな痛みと熱も、すべてが『幸福』や『愛おしい』に集約される。感嘆の息が零れたのは必然と言えよう。

 

 だが、その感慨深さは無に帰された。

 目の前にいる刹那の言葉によって。

 

 

「じゃあ、始めるか。――題するなら、『刹那・F・セイエイ、16歳』プレイといったところか?」

 

「ううーん……???」

 

 

 

***

 

 

 

『“あんたに名を告げた頃の俺”は疑似人格を用いれば再現可能だし、外見も当時の姿に調整と擬態をすれば“それ”っぽくなるだろう』

 

『状況は……そうだな。“あの逢瀬から暫くして、あんたの所属していた軍と交戦の末に拘束された”でどうだ? ガンダムに関しては“自動操縦でトレミーに戻した”ということにしよう』

 

疑似人格(16歳の俺)の認識及び認知は、先程提示した状況(モノ)をそのまま使う。以後の俺はそれに沿って役を演じる(ロールプレイ)するから、あとはあんたに任せよう』

 

『――好きにしてくれて構わない。……最善は、尽くす』

 

 

 一方的な説明と共に始まった『刹那・F・セイエイ、16歳』プレイ。

 

 グラハム・エーカーは、所謂プレイと呼ばれるものに関する知見は嗜み程度である。更に言えば『下世話な話をしていた連中のアレソレを又聞きしたものの中には、所謂“相手へ一方的に無体を働く行為”をイメージしたプレイもある』ことを把握しているレベルだ。

 己の性癖に関して大々的に公表する趣味も度胸もない――公表できる要素や度胸があるとするなら、刹那のことを愛してやまないことくらいだ――が、敢えて言うなら、『グラハム・エーカーは、所謂“相手へ一方的に無体を働く行為”をイメージしたプレイとは相性が悪かった』。

 原因には予想がつく。何なら今でも根深くトラウマとして刻まれているし、死ぬまで忘れることはできないだろう。そんな自分だからこそ、例え“ソレ”が単なるプレイであろうとも、刹那の心身を嬲って踏み躙るようなことは言語道断であった。

 

 故に、好きにした。

 彼女の言葉通りに。

 

 

「……これ、プレイの意味はあったのか……?」

 

 

 全てが終わった後、開口一番に刹那はそう言った。

 「普段からそうだが、今回はより一層大事にされた上で求められた」とまで付け加えて。

 

 

「なあ。あんた、本当にこれで良かったのか?」

 

「当然だとも。充分堪能させてもらったよ」

 

 

 納得いかないような表情を浮かべる伴侶へ、グラハムは満面の笑みを浮かべて答える。こちらの反応を見ていた刹那は暫し首をかしげていたが、最終的には苦笑して肩を竦めた。

 

 この発言に嘘はない。だって、凄く幸せだった。徹頭徹尾幸せにして貰って、それに応えたいと願いながら愛し合って、夜を超えた結果が眼前の光景――情事の名残を色濃く残した刹那がタオルケットに身を包み、グラハムの方を見上げている――だ。

 ……まあ、羽目を外した自覚はある。殉教者としての痛々しさや悲壮感が色濃かったあの日の少女が、不器用で拙くも一途で真摯に愛を手向けようとする姿は『健気』以外の何物でもない。彼女がどれ程の想いを抱えて、それでも手を伸ばすことを選んだ理由を知っていたから。

 

 

(……まあ、途中から“そういうプレイである”という意識はすっぽ抜けていたのだがね)

 

 

 演技が出来たのは最初だけ。いや、最初の段階で既に躓いた結果が、刹那の「いつもと変わらないが、より一層大事にされた」という感想に繋がったのだと思う。

 『(明言化せずとも)互いの真実を知った上で、それでも手を離さないことを選んだ』少女は、国連軍との最終決戦直前までの間に男性経験は皆無。

 だが、肉体は現在の刹那――何度も夜を超えて愛し合い、互いの()い所を知り尽くした間柄――だ。当時の“何も知らぬ無垢な少女”に、その差はあまりにも辛いはず。

 

 お互いに合意の上でやっている。疑似人格の仕組みなども把握済だ。――それでも、グラハムは、“ああいう状況なら、実在やプレイ問わず『そう』したい”と考えて行動した。

 

 自分に害意がないこと、ここが“16歳の刹那”から見たら遠い未来であること、刹那たちが掲げた戦争根絶の理想がほぼ形になっていること、人類は外宇宙進出という新たなステージを迎えたことを全部明らかにしたことから始まって、実際にこの世界の光景を見るために近所を散策して、“あの日の少女”と心行くまで語り合った。

 疑似人格や脳量子波越しから何度も<これは必要なプロセスなのか>と苦言を呈されたけれど、<好きにしろと言ったのはキミの方だろう>と思念波越しに言い返したら<そういうところだぞ>と返された。以後は時折ため息が《聴こえる》程度になったが、文字通り『最後まで』グラハムの好きにさせてくれたのだ。自分で言うのも何だが、彼女は本当に器が大きすぎる。

 

 

「あんたは(タチ)が悪い」

 

 

 色々考えながら刹那の髪を撫でていたところ、刹那が藪から棒にそう言った。

 何事かと顔を覗き込めば、ほんのりと頬を薔薇色に染めた少女が視線を逸らす。

 

 

「意図して焦らすのも、意図せず焦らすのも素でやってるところ。……特に後者は、純粋な善意や愛が由来なところが」

 

 

 体を預けるようにして全体重をかけてくる。すり寄るような所作はまるで猫みたいだ。成程、ご機嫌は斜めらしい。

 

 

「お気に召さなかったかな?」

 

「いいや。……幸せだと、思ったんだ」

 

 

 成程。不意打ちで猫パンチが叩き込まれたらこんな状態になるのか――衝撃の大きさか、グラハムはそんなことを考えてしまった。

 あの頃と同じ色彩――浅黒い肌に赤銅色の瞳――を持った少女が、今の最愛の伴侶と同じ淡い微笑みを浮かべている。

 破壊力の高さに面喰い、「はわ……」と間抜けな吐息を漏らしてしまったのは当然であった。勿論、あまり晒したくない絵面であるし、間抜けであることこの上ないのだが。

 

 茶化すような調子で声をかけて、こんな光景が飛び込んできたら誰だってそうなる。何となく、グラハムはそう主張したくてたまらなくなった。閑話休題。

 

 

「あんたが“そう”した理由、今なら分かる気がする」

 

「え」

 

「あんたが“あの頃の俺”を抱きしめたいと言った理由も、再現とはいえ“あの頃の俺”を目の当たりにしたあんたが『そう』した理由も」

 

 

 “あの日の少女”の姿が崩れる。次の瞬間には、いつもの刹那が目の前にいた。長い旅路の果てに得た銀の体とくすんだ金色の瞳を持った女性は、変わらず淡く微笑んでいる。

 思わず見惚れてしまったのは仕方がないこと。当然、グラハムの行動や思考回路はそこで一時停止してしまった。その間に、刹那はゆるりと目を細めて一言。

 

 

「――だから今度は、俺が『そう』したいんだ」

 

 

 「“あの日のあんた”を抱きしめたい」と締めくくった刹那の眼差しは本気だ。脳量子波越しに《視えた》のは、仮面をつけて深緑の軍服を身にまとった陰鬱な男。虚ろに濁った瞳は、酷く不自然に、不気味な光を湛えている。刹那の言う“あの日のグラハム”――否、刃金蒼海の傀儡たる“ミスター・ブシドー”の姿だった。

 グラハムが今も抱え続ける“癒えぬ傷”にして、1番柔らかく脆い部分。出来ることなら一生誰にも見せずにいたかった生き恥のようなモノだ。ぎくりと体がすくんでしまったのは、今も消えぬ残響や手の感触だけが理由ではないのだと思う。

 

 

「今すぐじゃなくていい。無理強いをしたいわけではないんだ。それは本末転倒だからな」

 

 

 刹那はグラハムの躊躇いを察したのか、案ずるような声色で付け加えた。

 伴侶が自分を慮ってくれるのはとても嬉しい。

 ただ、彼女が「今すぐじゃなくていい」と言ったのには、別な理由もあったようだ。

 

 

「……それに、流石に『これから続きをする』と言うのは、その……俺の体が、持たないから……」

 

「……だろうな。かなり無理をさせてしまったわけだし」

 

 

 おずおずと言った調子で零した刹那の様子に苦笑する。実際、グラハムにも「やりすぎた」という意識はあった。

 

 “あの日の彼女”が納得して心を開いてくれるまで近所を連れまわし、語り合う所から始めた。勿論、情事(コト)に及ぶことになった前後も、出来る限り“少女”の心身に負荷をかけないように――或いは快楽と幸福を素直に享受できるようにと心がけていたつもりだ。

 何も知らぬ“少女”にとって、今の刹那の身体――グラハムを受け入れることが当たり前となった肉体から得ることになるだろう快楽が如何程のモノか。無垢な“少女”の許容量など軽くオーバーしているだろうし、“彼女”もそれを理解した上で、無理してこちらを受け入れようとしてしまうかもしれない。

 それは、嘗てのグラハムが体験した地獄とよく似ている。望まない快楽を無理やり享受させられて、人形に堕とされていく――アレと同じような目に刹那/“少女”をあわせたくはなかった。あれから長い時間が経過しても、“少女”/刹那の滅私奉公や己を顧みない部分は変わっていなかったから、余計に。

 

 とはいえ、グラハムも男である。疑似人格や擬態で“あの頃の彼女”の心を再現していたとして、愛おしい伴侶であることには変わらない。

 結局最後は理性を放り投げ、いつも通り『貪りつくした』有様となってしまった。情事後の惨憺たる荒れ具合を思い返し、額を抑えてしまったのは言うまでもない。

 

 

「明日という日もある。時間も、未来も、これからもあるんだ。――ずっと、共に」

 

 

 淡く微笑んだ刹那は、そのままグラハムに体を預けた。それを腕の中に閉じ込めれば、いつものようにすり寄って来る。彼女の精一杯の甘えの仕草。

 傷は未だに癒えず膿んだまま。それでも幸せに目を向けて、未来のことを考えられるようになれた程度には、あの頃より時間は経過している。

 それをくれたのは、今こうしてグラハムの腕の中で淡く微笑む愛おしい人に他ならない。だから、グラハムも頷き返した。

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

 今こうして、彼女がグラハムの我が儘に応えてくれたように。

 いつか必ず、刹那の願いに応えられるようになりたい。

 

 未だ響く嗤い声を無視しながら、そんなことを考えた。

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