問題だらけで草ァ!! 外伝 -Eternity in a moment- <通常版>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.本編のネタバレを彷彿とさせるであろう表現が多々含まれています。ご注意ください。

 14.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

 15.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)
 16.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)
 17.本編の重大なネタバレに関連する要素が含まれています(重要)


上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



灯る熱、照らす意志/X-Ω ※

 

 紆余曲折の末に、ミスター・ブシドー――もとい、グラハム・エーカーは“H.I.A.W.Dに協力し、グランドマザー『テラ』やそれに与する革新者(イノベイター)たちの暴走を止めるために力を貸す”ことを選んだ。……いや、漸く『選ぶことが出来た』と言えよう。

 

 H.I.A.W.Dに合流することが許されたのは、“刹那とクーゴらを筆頭にした面々の助力と進言”や“施されていた思考プログラムが無力化された”ためである。特に後者は、グラハムがH.I.A.W.Dを始めとした他の組織に逃げ込めなかった原因だ。

 刃金蒼海に逆らって逃げ出した先で、ブシドー/グラハムが正気でいられる保証はない。自身を保護してくれた人々や組織に対して裏切り行為を働く可能性があったし、場合によっては恩人たちに対して取り返しのつかない所業を犯した可能性もある。

 実際、グラハムと同様に思考プログラムが施されていた年上の親友・ビリーの言動――懸想している高嶺の花を殺害しようとする、テロリストを制圧するための自立兵器としてのオートマトンの開発や『効率よく人を殺す』ための改良に積極的になる――は常軌を逸していた。閑話休題。

 

 

『――肉体的(フィジカル)精神的(メンタル)共に、()()()問題なしだね』

 

『ただ、次の戦いが近いからね。イノベイターとの決戦に備えて、どちらも万全に仕上げる必要がある』

 

『H.I.A.W.Dの全戦力が揃うまでの間、絶対安静にすること!』

 

 

 H.I.A.W.Dの医療関係者からお墨付き(?)を貰ったグラハムであったが、状況が状況だったこともあり、肉体(からだ)精神(こころ)を休めるよう厳命されていた。

 医療班が眉間の皴を深めて苦言を呈する姿を思い返しつつ、割り当てられた自室――プトレマイオスの一角にある小部屋の1つ――に向かおうとしていたときだった。

 

 

「グラハム」

 

「刹那……?」

 

 

 名前を呼ばれて振り返る。そこにいたのは、グラハムが愛してやまない最愛の女性――刹那・F・セイエイの姿があった。

 彼女が着ている制服は、青と白――彼女が駆るガンダムエクシア/ダブルオーの機体色(カラーリング)を基調にしたものである。

 他にも、ガンダムを駆る者や重要な立場にある者は、機体の色や個人に与えられた色(パーソナルカラー)を基調にした制服を着るらしい。

 

 現在、グラハムが着ている服はアロウズの制服に陣羽織を羽織ったスタイルである。仮面はつけたままだ。名義はグラハムに戻している。

 

 仮面を外す勇気は、まだない。

 ましてや、刹那に会わせる顔だって。

 

 

「ええと、その――」

 

「今、時間はあるか?」

 

「あ、ああ。特に、これといった用事はないが……」

 

「――じゃあ、俺の部屋に来てくれないか? あんたと話がしたいんだ」

 

 

 何かを言わなければと思い、グラハムは咄嗟に口を開く。喉からこぼれたのは、しどろもどろな接続詞ばかり。刹那に手向ける言葉を探すよりも先に、刹那が用件を告げる方が早かった。彼女はグラハムを自室に誘うために声をかけて来たらしい。

 予想だにしなかった用件に一瞬グラハムの脳は処理堕ちしたが、ややあって、拙い「是」の返事とジェスチャーを返すので精一杯だ。こちらの返答を聞いた刹那は淡く笑い、グラハムを誘う。当たり前のように差し出された手に目を見張った。その手を取ろうと手を伸ばしたものの、結局は宙ぶらりんになってしまう。

 

 それを見かねたのか、刹那は易々とグラハムの手を取った。当たり前のように手を繋ぎ、指を絡め、促すように手を引く。刹那の所作は、寡黙な彼女の本心を雄弁に語っていた。

 

 

「……ありがとう、刹那」

 

「いいんだ、気にするな。――行こう」

 

 

 手袋越しから伝わって来る温度は、酷く温かい。

 グラハムに向けられた言葉も、同じ温度を伴っている。

 その熱に縋りついてしまった己の弱さに、自嘲の笑みがこぼれた。

 

 そうこうしている間に、刹那の私室に案内される。自動扉が開いた先に広がっていたのは、酷く殺風景な部屋だった。……いや、その言い方には語弊がある。

 目に付く場所に雑貨や小物が置かれていないだけで、実際はそれら全てが収納スペースに収まっているのだろう。制服の替えや私服、装飾品の類を含んで。

 

 刹那に促され、寝台の上に腰掛ける。彼女も同じようにグラハムの隣へ腰かけた。上半身――特に首と腰――を動かし、隣り合った姿勢で向き合う。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 長い沈黙が広がった。『話がある』と言われて部屋に招かれたものの、喋ろうとしない刹那の様子に若干の困惑を覚える。何か話があってグラハムを部屋に招いたのに、どういうことなのだろうか?

 グラハムが訝し気に眉を顰めると、刹那は居心地悪そうに視線を彷徨わせた。何かを言おうと口を開いては、躊躇うような所作の後に俯いてしまう。そこから顔を上げてじっとグラハムを見つめて――その繰り返し。

 

 

(もしや、私に言い出しにくい話題(もの)なのだろうか)

 

 

 刹那・F・セイエイという女性は、相手を慮る優しい性格の女性だった。不器用で寡黙で、ワードチョイスが簡素過ぎるせいで勘違いされやすいという点があるけれど。

 今こうして何度も口を開きかけては閉じるのを繰り返すのは、言葉を受け取る側であるグラハムにきちんと伝わってほしいと思っているが故の行動なのだろう。

 別に、何を言われてもいいのに。グラハムは自分の所業――刹那に対して働いた不貞や不義理も、彼女の理想を邪魔するだけの化け物に成り果てたことも――を重く受け止めている。

 

 覚悟はずっと前に決めていた。決めていた、ハズだ。自らの意志で刃金蒼海の傀儡になることを選んだときから、今この瞬間に至るまで。……だから。

 

 

「刹那」

 

「あ……」

 

「ゆっくりでいい。どんな言葉を向けられたとしても、私は大丈夫だから」

 

 

 グラハムは精一杯微笑んで見せる。瞬間、刹那が大きく姿勢を崩した。グラハムの背中に腕を回し、そのまま抱き着いてくる。

 身長と体格差の関係か、一見すれば『刹那がグラハムの胸に飛び込んで来た』ように見えるだろう。しかし、実際は違った。

 

 精神的な意味で、グラハムは今、刹那に抱きしめられているのだ。それに思い至ったのと、彼女の手指に力が込められたのはほぼ同時。

 

 

「――すまなかった」

 

 

 飛び出してきたのは謝罪の言葉。グラハム側が向ける言葉ならまだしも、刹那がグラハムに謝るようなことは何もない。けれど彼女は謝罪を続ける。

 

 

「あんたが苦しんでいることを知らなかった。知ろうともしなかった。あんたはずっと、俺を守ろうとしてくれたのに……」

 

「違う。キミが責任を感じるようなことは、何も――」

 

「――それと、ありがとう。……生きることを、俺への愛を、諦めないでくれて」

 

 

 背に回した腕はそのままで、刹那はグラハムを見上げる。赤銅色の瞳に映り込んだのは、酷く間の抜けた顔をした仮面の男。心なしか瞳に薄い涙の膜が張っているように見えたのは自惚れだろうか。

 胸が締め付けられるような心地を感じて、グラハムは小さく呻いた。彼女を抱きしめたいと強く思い――でも結局、グラハムの腕は中途半端に宙を舞うに留まる。情けないことこの上ない。

 

 

「……なあ、刹那」

 

「何だ」

 

「抱きしめ返しても、いいだろうか?」

 

 

 許可を乞うように問えば、刹那は小さく頷いた。そうしてやっと、グラハムは自分の腕を動かしにかかる。

 拙くぎこちない動きのまま彼女を抱きしめれば、まるで猫のように擦り寄って来た。

 それにつられるようにして、グラハムも刹那へ身を擦り付ける。勢いが強すぎたのか、刹那の声が漏れた。

 

 

「……キミは優しいな。あの頃と何も変わっていない」

 

 

 嬉しくて――だけれど、酷く悲しくなって、グラハムは微笑む。

 

 

「私はもう、とうの昔に、()()()()()()資格を失ったというのに」

 

「そんなことはない。だって、あんたは――」

 

「“キミという存在がありながら、他の女からの要求に応じ、不貞と不義理を働いた男”だ。“世界に歪みを生み出す存在に与していた者”でもある。どんな理由があれど、それは純然たる事実。……どのような沙汰も、糾弾も、甘んじて受けるつもりでいたんだ」

 

 

 グラハムの吐露を聞いた刹那は思わずと言った様子で顔を上げた。何かを言おうとする刹那を制し、抱擁を解いて彼女の両手を包み込む。

 悪意に叩き折られてばかりだった情けない自分が守り抜けた命の温度であり、これからも寄り添うことが許された温もりを感じる。

 

 

「ただの亡霊――否、それ以下に成り下がった私を、キミは救い上げてくれた。こうして触れ合う権利も貰えたし、私が諦めた願望(ねがい)を『諦めなくていい。望んでいい』と言ってくれただろう?」

 

 

 「今この瞬間も、それを赦してくれたではないか」――そう紡いだ自分の声は酷く震えている。先程からずっと、醜態を晒してばかりだ。

 

 それでも、幸せなのだと伝えたかった。救われたのだと伝わってほしかった。グラハムの願いに呼応するように、青い光が舞い上がる。刹那は目を丸くし、息を飲んだ後、くしゃりと顔を歪ませた。

 刹那の瞳が()()()()()()に輝いたように見えた――刃金蒼海たちのようなイノベイターと同じ身体的な特徴が伺えた――ように見えたのは偶然だろうか。グラハムが思案した直後、刹那が口を開く。

 

 

「また、間違えてしまったのかと思った」

 

 

 刹那の言葉を皮切りに浮かんだのは、彼女の過去の断片。

 普通の少女がまだ『刹那・F・セイエイ』に至る前の出来事。

 

 

<『■■■! 心配していたのよ?』>

 

<『今までどこにいたんだ!?』>

 

 

 娘の帰還に安堵した両親は、彼女の手に握られていた拳銃を目の当たりにして息を飲む。

 娘の説得を試みた両親を『討つべき不信仰者』と断じた少女は、何の躊躇いもなく銃の引き金を引いた。

 父親も、母親も、最後の最期まで娘の暴走を止めよう――或いは洗脳を解こうと、彼女の名を呼び続けていた。

 

 幼い少女は何も知らなかった。自分が『不信仰者』と断じて両親を手にかけ、自らの故郷を壊したこの行為が、どれ程愚かで許されざる罪過であったのかを。

 

 

<『■■■。……わたし、もう無理だよ』>

 

<『これは聖戦なんだ。これは神への信仰を示すためのことなんだ。……でなければ、でなければ、あたしは、もう――!』>

 

 

 少女と同じ境遇の少年少女たちが戦場で使い潰されていく。その中でも、刹那は仲が良かった姉貴分や彼女と同年代の少女のことを印象的に覚えていたらしい。

 前者は自爆し、後者は戦場でハチの巣にされて命を散らしている。どちらの少女も、『信仰を示すための儀式』というお題目でサーシェス一派に呼び出しを受けていた。

 

 幼い少女は何も知らなかった。姉貴分や女性が壊れ、命を散らすことを選んでしまった――歪んでしまった原因と、大人たちが言った『信仰を示すための儀式』がどれ程悍ましい所業であったのかを。

 

 

「父さんと母さんを手にかけて、同じ境遇の友人や仲間たちを失って、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターになっても、俺は何も“変われていなかった”のかと」

 

 

 変革(変わること)の重要性を説いた少女にとって、今回の出来事――グラハムが刃金蒼海の傀儡にされて踏み躙られ続けた挙句、事実上の生体CPUのようなものに仕立て上げられたこと――は、彼女が背負う罪過と非常に似通っていたらしい。

 サーシェスの言葉に疑念を持たなかったこと、自分を引き留めようとする両親の呼びかけに込められた意味を知ろうとしなかったこと、姉貴分や彼女と同年代の少女が悪鬼外道の餌食にされていたことを知らなかったこと――どれも“無知と盲目”が引き起こした悲劇だった。

 

 

「同じ間違いを繰り返したから、あんたを失うのだと思ったんだ」

 

「それはないよ、刹那。実際私はこうして生きている。キミのおかげだ」

 

「だが、俺はまた気づけなかった。あんたが苦しんでいたことを知ろうともせず――」

 

「――私が『何もかもを諦めていた』ことに気づいてくれただろう。その上で、『諦めなくていい』と言ってくれて、『それを自分も望んでいる』と願ってくれたじゃないか」

 

 

 刃金蒼海の傀儡に堕ちた頃から、ずっと辛いことばかりだった。生きていることが苦痛で、不貞や不義理を積み重ねていく日々が苦痛で、刹那の理想に泥を塗るだけの存在に成り果てたのだと理解させられるのが苦痛で、自分には明日も未来も存在しないのだと思い知らされるのが苦痛だった。

 それでも、『その中で特段辛かったことを挙げろ』と言われたら、グラハムは『“刹那を愛し続けていたい”という願望(のぞみ)は叶わないのだと思い知らされた上で、その願望(ねがい)を諦めなければいけなかったこと』を挙げる。――刹那がグラハムに『諦めなくていい』と言ってくれて、『それを自分も望んでいる』と願ってくれたのは、丁度()()()()だった。

 刹那は気づいていなかったのかもしれないが、グラハムにとって1番辛かったときに望んだものをくれたのは彼女である。真っ暗闇に堕ちていくだけの自分を引き上げようと手を伸ばしてくれた2人の片割れも、今こうして言外にグラハムの生存を言祝いでくれたのも、他の誰でもない――自分が愛した最愛の女性(ヒト)なのだ。

 

 これ以上の幸せがあるだろうか。こんなにも幸せで良いのだろうか。自分はろくに返せていないのに。

 ……もしかしたら、いつかの少女が抱いた葛藤も、今のグラハムが感じていたモノと一緒だったのか。

 

 

「キミには自覚できないのかもしれないが、ちゃんと“変われている”とも。……だから私はここにいるんだ」

 

「……すまない。ありがとう」

 

 

 繋いだ手と絡めた指に力を籠める。グラハムが拙く微笑めば、刹那も同じように握り返して淡く微笑んだ。暫し互いを見つめ合った後、どちらともなく口づける。

 

 

「なあ、刹那」

 

「何だ」

 

「――1つ、我が儘を言っても良いだろうか」

 

 

 啄むような口づけを繰り返し、触れ合いに没頭した後。

 グラハムは刹那に問いかける。

 

 

「……久方ぶりに、キミの熱を感じたい。……構わないだろうか?」

 

「俺も、あんたを温めてやりたいと思っていたんだ。……良いか?」

 

「そうか。キミも、望んでくれるのか。――果報者だな、私は」

 

 

 顔を見合わせてまた笑う。中断していた口づけを再開する。冷え切った体に熱が灯されていくような感覚に眩暈がした。

 

 

「なあ。1ついいか?」

 

「何かね?」

 

「……決して、無理はしないでくれ」

 

 

 赤銅色の瞳はグラハムを案じている。伸ばされた左手が、グラハムの顔に残った傷を撫でた。

 労わってくれたのが嬉しくて、グラハムの心を慮ってくれたのが嬉しくて、思わず目を細めた。

 

 

「キミの方こそ、約束してくれ」

 

「俺に出来る範囲なら」

 

「――決して、無理をしないと」

 

「……分かった」

 

 

 お互いがお互いを想っている――その事実を感じ取れたのが嬉しくて、幸せで、2人はまた口づけを再開した。

 グラハムは刹那の熱を堪能するように、刹那は己の熱をグラハムに分け与えるかのように触れ合う。

 もう二度と来ることは無いと思われた()()()()()の続きに溺れたのは、致し方のないことだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 久々に触れた恋人の体は、酷く冷たかった。

 

 “スサノオからブシドーを引っ張り出したときの体温”と“情事が始まる直前のグラハムの体温”は殆ど差異がない。明らかに低体温一歩手前だというのに、医者の診断で『殆ど問題なし』を叩き出すとかどうなっているのか。どのような抜け道を使ったのか懇々と訊き出したいくらいだ。

 あどけない顔を晒して眠るグラハムの姿をまじまじと見つめながら、刹那は深々とため息をつく。刹那と顔を会わせたときのグラハムは、真っ青と言うか真っ白に近い顔色だったように思う。それに比べれば、今こうして眠る彼は明らかに血色が良くなっていた。

 

 彼の顔左半分を覆う傷跡に触れる。皮膚の下を巡る血潮は充分に温かい。その熱に安堵していたとき、グラハムが小さく身じろぎした。

 起こしてしまったのかと焦ったが、それは杞憂に終わった。刹那の手を取って指を絡めたのは無意識化の行動だったらしいので。

 穏やかな寝息を立てる恋人の姿を改めて見守る。()()()()()()とは立場が逆転していた。

 

 

(あのときは、あんたが俺を見守っていてくれたんだったな……)

 

 

『キミの寝顔を堪能していたんだ』

 

『……飽きないのか、それ』

 

『まさか! そんなことあり得るはずがない。この数時間、何度もキミに惚れ直したと言うのに!!』

 

 

 夜が明けて、夢が終わって、戦いへ戻るまでの数時間。

 ただの恋人同士として交わした最後の会話だった。

 

 くだらない雑談に苦笑して、笑って、幸せを噛み締めていた。手を離すことへの名残惜しさには見ないふりをして。

 

 あの頃には戻れない。重ねた罪は帳消しには出来ず、起きてしまったことをなかったことには出来やしない。痛みや悲しみを背負って進んでいくしかないのだ。時間は前にしか進まないのだから。

 確かにあの頃も幸せではあったけど、今こうして共に過ごす夜だって幸福であるのは事実。最も、刹那が今感じている幸福(ソレ)は、恋人を幸せにする過程で発生した副産物のようなものだ。

 刹那は未だに『自分は幸せになってはいけない咎人である』と思っているし、自分が幸せになるつもりは無かった。――ただ、愛する人を幸せにする過程で感じる程度なら、許せるようになっただけで。

 

 

「……無理をするなと言い聞かせても、あんたは言うことを聞かないんだろうな」

 

 

 H.I.A.W.Dの次の目的地は宇宙。そこで待ち受けるのは、マザーコンピューター『テラ』に与する革新者(イノベイター)たちだ。嘗てソレスタルビーイングのエージェントだった(ワン)兄妹、奴らに雇われた傭兵であるアリー・アル・サーシェス、【無垢なる子】という特別な系譜を継ぐ子どもたち、そうして――総大将である刃金蒼海。

 奴らは独立治安維持部隊アロウズも傀儡にしている。場合によっては、オルブロと名乗る連中も乱入してくる危険性もあった。控えめに見積もっても大混戦になるのは必須。H.I.A.W.Dの全戦力を集めたところで、勝率は五分五分である。……いや、もっと低いかもしれない。

 

 グラハムにとって、イノベイターたちと戦うことは精神的にも肉体的にもキツいはずだ。

 彼を弄んでいた刃金蒼海もそうだけれど、あの女に与する連中との相性も悪かった記憶がある。

 だのに、グラハムはH.I.A.W.Dに合流することを選んだ。トラウマや傷を抱えても尚、刹那の力になるために。

 

 

「どうしてあんたは、俺なんかのために、そこまで――」

 

 

 刹那が言いかけた途端、突然ぐいと腕を引かれた。呆気に取られた短時間の間に、刹那の体はグラハムの腕の中に納まる。起こしたのかと焦ったが、耳元に響いたのは穏やかな寝息。

 

 

<――愛している、刹那>

 

 

 視界の端で青が瞬く。ミュウの中でも段違いの力である荒ぶる青(タイプ・ブルー)。青空を愛してやまない彼や、彼の相棒にはよく似合う色だった。

 同時に響いたグラハムの《聲》はどこまでも優しくて、幸せそうで――実際『そう』なのだと伝えてくる。嘘偽りも間違いもなく、刹那の心に溶けていく。

 

 

<――俺も、愛してる>

 

 

 彼の背中に手を回して、体を密着して、刹那も同じように応える。穏やかに眠るグラハム・エーカーに届けばいいと願いながら。

 

 

 

***

 

 

 

「やれやれ。ようやくゼロたちと合流できると思ったら、いきなり『宇宙へ行け』だもんな。H.I.A.W.Dってちょっと人使いが荒いんじゃない?」

 

「仕方ないだろ。月面付近でとんでもないもんが2()()()見つかっちまったんだから」

 

 

 世界を取り巻く情勢が目まぐるしく変化すれば、それは自分たちH.I.A.W.Dにも大きく影響する。その結果が今回の“全戦力を集めて宇宙へ向かう”という強行軍。

 “競技用ロボットのパイロット”という肩書でH.I.A.W.Dに加わることになった大作が苦言を呈するのは当然のことだ。そんな大作を竜馬が諫める。

 

 片方は、ソレスタルビーイングが“最重要ミッションを果たすため”に作り出した大型母艦。もう片方は、イノベイターたちの擁するグランドマザー『テラ』の本体だ。刹那の解説を引き継ぎ、ティエリアが見解を述べる。

 

 

「大型母艦の中にヴェーダがあるのは間違いないだろう。今この瞬間も、グランドマザー『テラ』の干渉を受けている。このままでは、僕たち側がそれを利用することは叶わない」

 

「それを取り戻し、グランドマザー『テラ』を破壊するのが俺たちの任務なんだよな」

 

「ああ。『グランドマザー『テラ』の干渉からヴェーダを取り戻すことが出来れば、イノベイターやグランドマザー『テラ』の優位性を覆すためのプログラムを行使することが出来る』と聞いた。これ以上、大型艦やヴェーダの機能が悪用されることも無くなるだろう」

 

「主砲を撃たれた日には地球に穴が開くどころの騒ぎではないし、大型艦を地球にぶつけられでもしたら環境が激変することになるだろう。後者の場合、下手をすれば人類が地球で生活できなくなるどころの混乱じゃないだろうからね」

 

 

 慎吾の言葉を肯定しつつ、ティエリアはベルフトゥーロの言伝を告げる。詳細はまだ語られてはいないものの、S.D.体制が現役だった時代からグランドマザー崩壊/ヴェーダを組み立てる際に居合わせた張本人の言葉なのだ。信憑性は高い。

 尚、詳細を知っていそうな最古参のイノベイド/第1世代ガンダムマイスターであるリボンズ・アルマークや悪の組織総帥のベルフトゥーロはこの場にいない。2人を筆頭にした面々が合流する予定時刻はまだまだである。

 イノベイターやグランドマザー『テラ』がやりそうな所業(こと)を具体的に提示した万丈であるが、最悪の可能性を語る彼の表情は険しい。特に後者――大型艦を地球に堕とすなんて真似をされれば、多くの死者が出る。

 

 更には、甚大な被害を受けた地球と直接的な被害を被らないコロニー間の格差が出来上がるだろう。それはいずれ争いの火種となり、戦火/戦禍を広げていくことに繋がりかねない。

 

 だが、今の今まで秘匿されていたグランドマザー『テラ』やヴェーダが搭載された大型艦の居場所が判明したと言うことは、H.I.A.W.D及び地球に向けて攻撃行動を取る準備が完了したことと同義だ。

 主砲を撃つにしても、大型艦を堕とすにしても、その他の手段を使うにしても、H.I.A.W.Dをいつでも迎え撃てる態勢にあると言うこと。

 

 

「――にも関わらず、何故沈黙を保ったままなのだろうか」

 

「――待ってるんじゃないかな。H.I.A.W.Dがどう動くかを」

 

 

 健一の見解――或いは疑問に声を上げたのは、グランドマザー『テラ』とは()()()()で縁深かった人物――クーゴ・ハガネその人である。彼はイデアや宙継と共にH.I.A.W.Dとは別行動を取っていたようだが、その間にグランドマザー『テラ』の重要事項に触れたのだろう。

 

 

「グランドマザー『テラ』が公に姿を現したのも、俺が一族の真実を知ったのとほぼ同じタイミングだった。そう考えれば、俺の行動がトリガーになったんだと思う」

 

<向こうはH.I.A.W.Dのことを脅威だと認識してないんじゃないかな。若しくはオルブロみたいな連中と手を組むか利用するかして、H.I.A.W.Dを一網打尽にするつもりなのかも>

 

「どちらにしても、僕たちは攻める以外に選択肢がない。こちらの行動に制限をかけることが目的なんだろう」

 

 

 クーゴの背中に隠れるような形で声を上げたのは、彼の()である。最も、()()は諸事情により、精神年齢と同年代の外見のまま成長しない精神生命体に成り果ててしまったようだが。

 身構える()()であるが、この場にいるH.I.A.W.Dの面々は()()に敵対的な態度を示すことは無い。アレルヤが()()の言葉から自身の見解を述べる姿を見て、やっと警戒を解くことができたようだ。

 

 アレルヤと同じ見解を持っていたのは宗助やストラトスも同じだ。諸事情で()()()()()()()ロックオンも、きっと同じ答え――『注意して進むしかない』――を出したことだろう。

 先見の明があったイオリアとベルフトゥーロ夫妻であったが、全ての不確定事象を捌けたわけではない。度合いは知らないが、ソレスタルビーイングの計画には多くの歪みが生じているのは確かだ。

 真相を知っているであろうベルフトゥーロやそれに一番近い位置にいるであろうリボンズは何も語らないものの、『恒久平和実現のためには、グランドマザー『テラ』関係を放置することはできない』という見解に対して「是」を唱えていた。

 

 

「S.D.体制を生み出したグランドマザーの系譜を放置すれば、多くの人々が地獄を見ることになる。人類の命を蔑ろにした機械が管理する世界では、恒久平和を実現することは不可能だ」

 

 

 この場に響いた声に振り返れば、アロウズの軍服を身に纏った仮面の男――グラハムが小さく頷いている所だった。彼が視界に入った途端、クーゴの()はびくりと肩を竦ませた。

 何とも言えない顔で狼狽する()()は弟を盾にして隠れようとしていたが、弟はそれを許さなかった。()()に対して一言二言声をかけ、グラハムの前に突き出す。

 グラハムと()()の目線が合う。()()は接続詞をたくさん並べた後、おずおずとした調子で声をかける。今にも泣きだしてしまいそうな様子で、だ。

 

 

<……大丈夫? ()()()がここにいるの、嫌じゃない?>

 

()()は私の恩人だし、H.I.A.W.Dの力になるためにここにいるのだろう? なら、()()も我々の僚友だ」

 

 

 「だから何も問題ない」と言い切ったグラハムの様子に思うところがあるのか、()()は顔をくしゃりと歪める。だか、すぐに着物の袖で涙を拭うと、グラハムと同じように笑い返した。

 弟の零した話題通り、()()とグラハムの笑い方は非常に似ている。()()が何事もなく大人になれたのであれば、刃金蒼海が()()()()ことは無かったのであろう。

 

 それを安堵の眼差しで見守った後、話しを戻すかのようにタクトが「なんとしてもここで奴らとの決着を付けないと」と決意を固める。――それは、H.I.A.W.Dの総意であった。

 

 

 

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