セラは手紙を畳み、机に突っ伏した。
「どうしようもないじゃない」
十一月後半。図書館の一角だ。時たま会っていたセバスチャンの姿はなく、セラひとりだった。そう、セバスチャンはいない。授業も欠席しがちで、オミニスによると、禁書の棚に足繁く通っているのではないかということだった。フェルドクロフトからの追放が堪えているのだろう、とセラは手出しを控えた。たとえ禁書の棚に忍び込んでいようが、だ。
――間違いだったかも
絶望の眼を握った手紙に向ける。差出人はアンだった。彼女はセラの体調を気遣い、セバスチャンの様子を窺い……驚きの知らせをもたらした。
『叔父さんがフェルドクロフトを出るって。私のために療養地に行くって』
村の人たちは大騒ぎなの。ルックウッドの館から小鬼が一掃されたのに、出て行く必要があるのかって。それにみんな不安で……。ソロモン叔父さんがいれば心強いのにって。
私のためだと叔父さんは言うけれど。
「絶対違うでしょ」
この場にいないソロモンに言った。彼が村を離れたがっているのは、怖いからだろう。セバスチャンから距離をとりたい。姪も近づけたくない。なぜならば、不詳の甥ことセバスチャンは、闇の魔術を使おうとしたから。禁じられたそれに軽々しく手を出そうとし……おそらく成功していただろうから。
彼は甥を見捨てたのだ。いや、見捨てようとしているか。今のところは。
ため息を吐いて立ち上がる。守護霊をオミニスに飛ばした。
『欠席しがちの問題児を見つけ次第とっ捕まえて』
◆
「僕はなにか悪いことをしたか?」
庭園のベンチに、セバスチャンは穏和しく座っていた。正確には座らされていた。セラの依頼をオミニスは素早くこなしたのだ。セバスチャンの身体には光る紐が巻き付いている。拉致監禁目的で、よく悪用される束縛術であった。
セラはセバスチャンの隣に腰掛ける。彼もオミニスも細身でよかった。ベンチは三人座っていっぱいになった。
「アンがセバスチャンに会いたいって。あなたの親愛なる叔父さんは、フェルドクロフトから出て行くつもりらしいの」
つい、言葉に刺が混ざる。セラのソロモンに対する好感度は下降して、そろそろ底に行きそうなのだと悟った。
――だって彼は
父親の義務を放棄しようとしているのだから。
腹の底に強烈な不快感がわだかまる。ソロモンの気持ちが分からないではない。言うことを聞かない甥に手を焼いているのもわかる。だが、セバスチャンを放り出してどうなるというのだろう?
「……そうか」
セバスチャンが小さく言う。セラは頷いた。
「ソロモンは僕を犬ころみたいに放り出すってことか」
ちらとセバスチャンの黒い眼を見る。奇妙に虚ろな眼だった。
「勝手に出て行けばいい。けど、アンを連れて行くのは」
許さない。
冷えた声。ぎょっとして、オミニスを見やる。彼もまた、白く曇った眼を見開いていた。
なんだろう。なにか……セバスチャンが尋常ではないような、別人なような気がしてならない。多少は窶れたと思った。フェルドクロフトの一件が堪えているのだとも思った。アンのために文字通り心身を捧げているとも感じ……叔父から見捨てられた衝撃もあるのだから、と言い聞かせようとする。
「会うんなら早いほうがいい。ソロモンの意志は固いみたいだから」
村人が、アンがどれほど粘れるかわからない。ソロモンは強引すぎる。こうと決めたら突っ走るのは、サロウの血筋なのだろうか。
「シャープ先生からお使いを頼まれてるの」
でも、私は監督生の仕事で忙しくって。あなた代わりにお願いできない?
買い出しの品を書き出した羊皮紙と、金子の入った巾着をセバスチャンに押しつける。休日ならともかく、今日は平日だ。無断外出は避けるべきだった。
「仕方がないな監督生」
ふ、とセバスチャンが笑って立ち上がる。はらはらと束縛が散っていった。
去っていく背を見送る。引きずる影が、酷く濃いように思って眼を逸らした。
「会ってなんとかなるのか」
「わからないわよ」
セラも立ち上がる。オミニスを見下ろした。彼の顔色は冴えない。セバスチャンを案じて闇の魔術に関わるなと言っていたのにこんなことになったのだ。明るい顔なんて間違ってもできないだろう。
「ただ、」
最愛の妹と会えないままに引き離されるよりはいいでしょう。
「……遅いな」
呪文学の授業後、オミニスが呟いた。
「もう夕方だろう?」
あいつが出たのは昼過ぎだ。ホグズミードに行って買い出しをしてからフェルドクロフトに向かったにしろ、その逆にしろ、戻っていてもいい時刻だった。
「ソロモンに見つかってこじれてるか……なにかあったのか……」
言いよどむ。窓の外は暗い色に染まっている。濁った紅。雲の底はよりいっそう暗く染まっていて、なんだか嫌な空だった。乾いた血を思ってしまうのは、フェルドクロフトで重傷を負ったせいだろうか。それとも。
「あんまり遅かったら迎えにいきましょうか」
「不良娘だな監督生」
「私、シャープ先生とヘキャット先生の弟子らしいわよ」
軽く、明るく言う。胸騒ぎを無視しようとする。なにかを間違ったのかもしれないとどこかで思っている己を見ないようにする。セバスチャンは帰ってくる。仮に、仮にだ。ソロモンとアンがフェルドクロフトを出て行っても、連絡は着くはず。現に、アンはセラに手紙を寄越してきた。ソロモンからセバスチャンとのやりとりを禁じられて。
「だから、どうとでも……」
なるのよと言い掛けた。
立ち上がる影がある。ゆらゆらと揺れるそれはいくつもいくつもある。壁に躍る影。
「セバスチャン!」
誰かが怒鳴る。セバスチャンはどこか――暗いどこかに立っている。掲げているのは黒く輝く三角錐。両の眼はほのかな紅に染まって。
どこだろう、とあたりを見回す。荒削りの壁。広い一室……。見覚えがあるような、ないような。
ぽつんと置かれた柩に眼が止まる。同時に、儚い音がした。
「こんなもの!」
大きな影が怒鳴る。それはソロモンの顔をしていた。足下には黒い欠片が散らばり、セバスチャンの悲鳴が響く。
「ふざけるな! なんてことを!」
荒い呼吸とともに、セバスチャンがソロモンに杖を向けて。
「■■■■■■」
幻が解けていく。セラは黄昏の中にいた。長く伸びる影。廊下を行くのは、大広間に向かう生徒たち。変わらない日常の一場面。
「セラ?」
肩を掴まれる。びくりと震えてしまい、オミニスは慌てて距離をとった。
「悪い――どうかしたか。黙り込んで」
「セバスチャンが」
彼が。呟いたきりなにを言えばいいかわからなくなる。あれは破滅の未来。やはり行き着いてしまうのか。介入はできないのか。
――せめて針一筋でもずらせないのか
「あいつが?」
オミニスの声が張りつめる。レイブンクローの監督生、イライアス・ポッターの妹、竜殺しの孫と、ゴーントの息子がただならぬ様子で向かい合っているのを、みなはちらちらと窺いながら通り過ぎていく。どこかで「別れ話?」「付き合ってたのあの二人」と聞こえてきたが、二人とも聞いても右から左へ抜けていった。
「彼が拙いことになる」
きて。オミニスの手を引く。時間外の外出なんて知るものか。緊急事態だ。罰則だって減点だって受けてやる。
「おい、セラ」
廊下を駆ける。庭園に降りる。もどかしい思いで箒を呼び出した。オミニスは危なげなく箒に乗る。
「どうしたんだ。セバスチャンになにが」
「彼、遺物を手に入れたあの墓所に行って……」
呼吸が早くなる。通り過ぎていった光景。断片的な未来。思考が追いつかない。
「ソロモンと争いになって」
とにかく、城の領域を抜けないと。地を蹴ろうとしたとき、影が二つ、飛ぶような速さで駆けてきた。
「セラ、オミニス!」
「なにかあったのか。いやどこに行こうとしている」
ギルとヘクターだった。彼らはセラたちと、宙に浮かぶ箒をみた。長々と説明している暇はない。
「セバスチャンのところに」
早くしないと取り返しのつかないことになる!
つべこべ言わず、箒を呼び出し、二人もまたがった。領域を抜け、姿くらましする。
と、と足が柔らかいものを踏む。積もった雪を蹴り、セラは墓所入り口へ向かって――うずくまる影を見つけた。
「アン!」
血の気の失せた顔で、細い呼吸を繰り返している。アンは眼を見開き、セラたちを見上げた。その顔が歪む。
「セバスチャンが中に、」
おかしくなっちゃったの。
「絶対に私を助ける。フェルドクロフトを出て行く必要なんてない。治療法を見つけたって入っていったの!」
やめてって言ってもきかなくて。私も入ろうとしたけど。
「……どうしても踏み込めなくて」
オミニスが膝を突く。ローブを脱いでアンに着せた。
「アンをお願い。私たち、中に入る」
「一時間経って戻らなかったら?」
「大人に知らせて」
本当はオミニスも連れて行きたかった。彼は暗所を苦にしない。それに、この墓所――黒い風が吹く場所と化していた――になにかあっても、得体の知れない闇の魔術がうごめいていようとも、対処できるだろうと思った。手は多いほうがいい。セラはすべてを視たわけでも、読み解いたわけでもないのだから。
だが、アンを放っておくわけにもいかなかった。そしてフェルドクロフトに事態を知らせるには早すぎた。内々で片づけられるならなんとかしたい。
唇を引き結び、墓所に飛び込む。汗で杖の柄がぬめった。悲鳴のような、呻きのような声が木霊している。風のうなりかと思ったが、やはりこれは人の声だ。何人もの。
並ぶ柩の間を通り抜ける。どれも蓋が開いていた。奥にたどり着く。
セバスチャンが仕掛けを解除したのだろう、前回同様に階段は在った。飛び込み、駆け下りる。蜘蛛はどこにもおらず、ただ呻きと悲鳴だけが聞こえている。肺腑まで腐りそうな臭いと、肌を刺すような魔力が席巻していた。
――蜘蛛は
逃げたのだ。なにから?
「セラ、これは――」
ヘクターが歩を早める。群青の双眸に焦りが見えた。彼は口笛を吹く。鋭い音が谺して、臭気と圧迫感が薄れた。
「あいつ、あいつ――まさか……」
「僕もかなりとっても嫌な予感がする」
ギルの声はひきつっていた。気づけば三人は走っていた。ヘクターの杖から白い影が飛び出していく。
声は近くなる。もはや合唱だ。おどろおどろしい、陰々とした重なりだった。最奥の一室、その手前で足を止めた。開口部からのぞくのは無数とも思える影。嵐のような臭気。すっくと立つのは一人の男。手に三角錐を掲げている。観衆たちはゆらゆらと揺れ、歌っている。男に向けて。男を崇めるように。
だって男こそが彼らの主。彼らを起きあがらせたのだ。
「ああ、君たちか」
男が振り返る。両の眼はほのかに赤い。三角錐を――遺物を持ったまま、奇妙に平坦で、しかし滑らかに言った。
「どうもこれは蘇りの石を模したものらしいな」
吟遊詩人の物語じゃあ、たしかただの石だったはずなんだが。これの製作者は細かいことを気にしなかったんだろう。あれ? スリザリンの時代のほうが先か。なら、蘇りの石が、こいつを模したのか。まあいいか。そんなことは。些末なことだもんな。
「これで闇の力を操れる。そう、死者すら起きあがらせることのできる力だ」
だからこれでアンの呪いを操ることができれば。制御できれば。
「アンは救われるんだ」
解除できなくても、封じることはできるかもしれない。いやできる。沈静化してしまえばいい。
は、は、は、とセバスチャンの息は荒い。ひどく興奮しているようだっった。
身構えたギルとヘクターを制し、セラは一歩踏み込む。亡者が退く。首がじりじりと痛むような気がした。亡者に首を絞められたのが、大昔のことのようだ。
「短期間で読み解いて、ここまでしちゃうなんて」
あなた本当に秀才よね。
なるべく穏やかに話しかける。下手に刺激してしまえば、セバスチャンはなにをするかわからない。彼は異様に高ぶってしまっている。遺物の影響なのだろう。持ち出してはいけない宝だった。これは精神を蝕む類のものだ。
安置するか、壊してしまうべきものだったと気づいても今更だ。
「頑張ったんだ」
セバスチャンがにっこりする。誉めて欲しがっている、小さな男の子のようだった。どこまでも無邪気だった。良いことをしたと信じている笑みだった。
胸が詰まる。アンは友達で、セバスチャンのことも友達だと思っている。だから多少の危険には眼を瞑った。その代償がこれなのか。報いなのだろうか。未来は変えられないのか。
「墓所のみんなを起きあがらせたの?」
「ああ、そうさ。だってアンの呪いを操らなきゃいけないから。悪いことになったらいけないからね」
誇らしげだった。亡者があげているのは、歓声ではなく悲鳴で、呪いなのだと気づいている様子ではない。たたただ、セバスチャンは己がした仕事に眼を輝かせていた。
「アンを治してやるんだから」
そしたら、アンはまたホグワーツに行ける。優しくセバスチャンが言ったとき、セラは風の音を聞いた。背に熱を感じ、迫るものを視て、飛び退いた。きっかり三秒後、紅蓮が唸りをあげて突進し、亡者を蹴散らす。
「貴様――貴様、なんてことを!」
振り返る。ソロモンがすっくと立っていた。甥と同じ黒い眼で、蔑むようにセバスチャンを睨みつけていた。亡者の絶叫など意に介さず、ただ彼だけを見ていた。
「闇の魔術に手を出したな」
「父祖の亡骸に、村のみなに手を出したな」
冒涜者め。亡者を吹き飛ばし、焼き、ソロモンは杖を振る。セバスチャンの手から遺物が離れた。ふわりと浮かぶ黒い三角錐は地に叩きつけられ、誰もが止める間もなく、呪文によって粉砕された。
「あ、あぁあ……!」
セバスチャンがむなしく手を伸ばしたまま、口を開け、悲鳴をほとばしらせる。同調するように亡者が唸り、飛び跳ねた。
「ソロモン!」
獣の唸りが響いた。同時に、どん、と地響きがした。一心にセバスチャンを見ていた亡者たちが、てんでばらばらに動き出す。生を求めて動き出す。それは『元』主も侵入者も変わりなく。命をすすれるのならばなんでもよく、亡者は生きているものを引きずりおろしたい。冷たく暗い土の下、死という世界に。
とにかくセバスチャンとソロモンを引き離さなければ、とセラは杖を振る。溢れんばかりの亡者の群れ。そして怒り狂うソロモンは、亡者もセラたちも、セバスチャンもまとめて攻撃しようとする。度を失ってしまっている。
「お前たちがセバスチャンをそそのかしたな!」
「多少やんちゃでも、ここまで頑なではなかったのに!」
遠慮なしの粉砕呪文がやってくる。セラは体を捌く。微風とともに呪文は過ぎていって亡者を木っ端みじんにした。
白い稲妻が亡者を砕く。黄金の炎が亡者を削り取り。混戦のなか、ソロモンに呪文が炸裂し。セラとヘクター、ギル、セバスチャンはいつの間にか固まって戦っていた。もはや敵は亡者とソロモンだ。
セバスチャンが悪かろうが、正気を失っている大人に襲われる筋合いはない。
『狼縛り』がソロモンにからみつき、きつく拘束する。セバスチャンの呪文がソロモンを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。腹に響く音とともに、ソロモンがずるずると地に落ちる。
暴れる亡者をギルとヘクターが抑えた。状況は混沌としている。ソロモンが呻く。数秒待って、セラは歩を進めた。ソロモンの前に膝を突く。うなだれる彼の縛りをほどいた。
「落ち着いてくださいソロモンさん」
甥を追放し、見放したのはあなたですよ。
「父親も母親も亡くした人の気持ちなんて、あなたにはわからない。捨てられる人の心なんて考えたこともないでしょう」
「黙れ」
低い声。影がちらついた。手を伸ばす男の幻。セラの首を絞めようとする父の、冷えて、けれど熱い手。明確な殺意を持った男の呪い。
「被害は墓所だけで済みました、だから」
頬に熱い衝撃がはしる。殴られたのだ、と思う間もなく転がった。
「部外者が口を出すな!」
セラ、と声が聞こえる。亡者を放り出し、ヘクターが振り向く。
すべてが間延びして視えた。どこまでが現実でどこまでが幻なのか。どこまでが虚でどこまでが実なのか。
「ソロモン……!」
紅の光線を、ソロモンは軽々と弾く。セラを蹴り転がし、ソロモンは冷たく笑う。闇色の眼が向くのは、柩に置かれた本。
「それも悪いものだろう」
処分せねばな。
次の瞬間、スリザリンの呪文集が炎に包まれた。耳をつんざく絶叫とともに。
「息――」
絶えよ。
緑の輝きが現れる未来。セラは死にものぐるいで『狼縛り』を行使する。前回は叔父を、今回は甥を、束縛した。ぐっと腕を締め上げ、セバスチャンは耐えきれずに杖を落とす。
立ち上がる。ふらつきながらセバスチャンの頬を殴った。背後で固い音がする。振り向けば、ソロモンが杖を構え――盾の呪文が砕けていくところだった。
「セラに……」
なにをする。群青をぎらつかせ、ヘクターは容赦なくソロモンに蹴りを入れた。身をくの字に追っても満足せず、失神呪文で落とし、さらには拘束してのけた。
ほっと息を吐いた。
――なんとか
収まった。ひとまずは収まった。セバスチャンに身内殺しをさせずに済んだ……。
「悪いけど」
こっちはまったく収まっていないよと言ったのはギルである。遺物が破壊されても、亡者の起き上がりは止まらない。生を求めてやってくる波は止まることを知らないようだった。
開口部の外には亡者の群れ。そしてここは最奥だ。
この群を突破できるのか。疲労困憊の四人が杖を構えたとき、軽やかな音色と――まばゆい黄金の光が溢れた。
思わず眼を瞑る。そろそろと開いてみれば、亡者は停止していた。天を仰ぎ、両の手を伸べ、塵となって崩れていく。
「セラ!」
転がるように駆けてくるのはアンだった。塵もなにもかも蹴散らして、室に飛び込んでくる。少し遅れてやってきたのはオミニスで。
「……派手にやってくれたね」
かつ、と長靴の踵を鳴らし、小さな影がやってきた。すっぽりと被った外套は黒。銀の糸で縫い取られているのは古代語だ。あなたを覆う土が軽いものでありますように。死者の安息を祈る言葉。頭巾についているのは犬を思わせるたれ耳。
「遅いんだよ」
ヘクターが舌打ちする。くすくすと影は笑う。細い手が頭巾をとった。こぼれたのは黄金の髪。十いくつの魔女の顔が現れる。黄金と群青の眼でヘクターを見やり、赤い唇を歪ませた。
「急いできてやったのにこの仕打ち」
お兄さまって冷たい。
魔女――死者を導く葬送人。墓守ともいわれる者たちの一人は言った。