【完結】竜殺しの孫   作:扇架

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十六話

 明るく照らされた路を、ひたすらに進む。磨かれた美しい床、細かな装飾が彫られた白い壁。数日前にあった地下洞はすっかり変貌してしまっていた。

――たったの数日前だ

 小鬼の襲撃があったのは。負傷者は何人か出たが、ホグワーツ側の圧勝だった。ランロクに従った者たちは全員が帰らぬ者となった。もちろんランロクも死んだ。

 ホグワーツは何事もなかったかのように、日常へ戻った。大多数の生徒にとってはたいした問題ではなかったのだ。襲撃は夜間。万一に備えて寮で待機させられていた。一部の有志と教師たちが、城に残って守りを固めた。

 勝利の報が届くまで約一時間。大量の銀を使いドリルを作らせ、信奉者を駆り立ててランロクが臨んだ襲撃は、たったの一時間で終わったのだ。

 ため息がこぼれる。ランロクのせいで小鬼は苦しい立場に追いやられるだろう。問題は山積みだ。だが、それはセラが解決すべきことではない。

 先視が果たすべき仕事が、奥で待っている。

「いいでしょう」

 『地図の間』を訪ね、ニーフ先生に掛け合った。彼女が残った唯一の守護者だった。ラッカム先生も、ルックウッド先生も、バカー先生も消え失せてしまっていた。もはや遺物は消滅し、彼らの使命は終わったのだ。

「奥へお行きなさい」

 ニーフ先生は静かな眼でセラを見た。そういえばあなた、レイブンクロー生で先視なのよねと言って。

 地下へ踏み入れば、白亜の空間が広がっていた。ニーフ先生曰く「ブラグボールの器を守るために、私たちが改造していたのよ」らしかった。白亜の壁と床こそ、地下洞の本来の姿ということだ。

 靴音を響かせながら、セラはひたすらに進む。そうして最奥の――円形の室にたどり着いた。据えられた台座には、一本の杖が挿さっている。スリザリンの杖……浄化に使われ、今はセラを待っている。

「オミニスはあなたのことをいらないって言うのよ」

 視た限りでは、アンの呪いを解くには力が強すぎるみたいだし。

 ぽつぽつと杖に語りかける。

 とある未来では、スリザリンの杖をアンに使い……アンに染み着いた呪いと、杖の力が反発した。耐えきれずにアンが命を落とした。

 そんな未来は冗談ではないので却下だ。

「だからあなたには待っていてもらおうと思うの」

 来るかもしれないその時を。

 眼を閉じて開く。台座に杖はなく、姿見があった。一人の老人が立っている。長い長い白髭。同じく白髪。彼は片手に何かを握っている。それは紅色の石だった。

「どうあってもできまいよ」

 賢者の石は手に入れられぬ。

 老人が拳を突き出す。鏡が光る。拳が引き抜かれ……その手に『賢者の石』はない。

 幻が解け、また立ち上がる。今度は背の高い影がいた。呻き、顔は崩れ、人であって人でないようだった。歪んだ魂の持ち主だ。

 赤々と燃える眼が見つめるのは、血塗れの影――黒髪の、あの男の子。

 セラは未来に眼を凝らす。影が杖を振ろうとし――黄金に貫かれた。今度こそ、幻が失せていく。

「私は先視。時の運び手」

 視たのはずっと先の未来だろう。セラはとっくにいないだろうし、今視たのは、枝分かれする時の一枝に過ぎない。

「ささいな干渉だけれども」

 手を伸ばす。スリザリンの杖を掴み取った。反発もせずに引き抜かれる。美しい杖だった。スリザリンが純血主義に偏らず、癒し手としてあれたのならどれほどよかったろうか。

 現実は残酷だ。スリザリンは狂い、ホグワーツを追放された。杖だけが残された。

 もう片方の手で己の杖を振る。スリザリンの杖が音もなく浮かび、虚空へと姿を消した。しかるべき時に大悪を退けるために。あるいはこの過去を視た未来の誰かの手に渡るために。

 一仕事終え、セラは空の台座に腰をかける。見るともなしに天井を見て、二度三度と瞬いた。描かれているのは鷲紋と星。大きく刻まれているのは誰かの言葉だった。

 ここはレイブンクローの思索の間。

 叡智で以て人を助けよ。考え、求め続けよ。そして先を視る者たちよ、未だ来ざるものを恐れるなかれ。

 ◆

 『地図の間』に戻り、ニーフ先生に礼を言った。

「いいのですよ先視。そうしなければならなかったのでしょう」

 それにあなたたちには借りがあります。イシドーラの過ちを精算してくれたのですから。

――死んでも気がかりだったのだろう

 殺すしかなかった弟子のことを。彼女が遺したもののことを。だからこそ肖像画となって残り、強硬な試練を課してでも守護者たる者を見つけようとした。

「ギルにちゃんとお礼を言ってくださったのならいいですよ。私は少し手を出しただけですもの」

 もういい、という気がする。事件は終わった。過去は清算された。思うところはあったが、ニーフ先生の穏やかな顔を見ると、なにも言えない。

「代わりに、一つお願いがあるんです」

「私はただの肖像画よ?」

 ニーフ先生が首を傾げる。ひどく上品な仕草だった。

「先生は校長先生です。つまり……私より先の未来に行けます」

 だから、と続けた。

「いつか、不死鳥を従えた校長が現れて……賢者の石を守らなければならなくなったとき」

 レイブンクローの思索の間について教えてあげてください。それと。

「どこかにある、古い姿見が鍵でしょうとも」

 賭けのようなものだ。セラが視た未来どおりになるとは限らない。でも、伝えないよりはいいだろう。

 賢者の石を誰かが奪って悪用するなんてこと、ないほうがいい。セラはそのときにはいないだろう。それでも、関係ないことだと知らんぷりするのは厭だった。

 少しでも明るい世界のほうが、セラは好きなのだ。ルックウッドやランロクのようなならず者いない、世界を。

 

 「ではね」とニーフ先生が消えて――校長室に移動して――『地図の間』が震え始めた。あるべき姿に戻るのだろう。

 早足で階段を上り、外へ出る。振り向けばただの石壁だけがあった。『地図の間』は役目を終えたのだ。

「済んだのか」

 腕組みをして待っていたヘクターの問いに、セラは頷いた。

「待っていてくれてありがとう」

「別に」

 淡々と言って、ヘクターが踵を返す。軽やかに階段を上っていった。

「急がないと葬儀に遅れる」

「大丈夫よ間に合うもの」

 降ってくる声にそう返し、セラはヘクターの背を追った。いくら間に合うと言われても気が急いているのか、歩調が速い。セラだって、ミリアムの葬儀に遅れるつもりはないのだ。

 今頃、ホグズミードに人が集まっているに違いない。そこには泣きじゃくっているロドゴクがいて、彼の小さな背をフィグ先生が叩いている……。

 セバスチャンやオミニス、ポピーやナティもいる。ギルももちろんいて、少し心配そうな顔をしている。オミニスなんて苛々しながら「あの二人遅くないか」と呟いている。

「……ガリオンを用立てとかないと」

 オミニスで思い出した。いくら彼がスリザリンの杖はいらないと言っても、あれは彼のものだろう。それを勝手に隠したのだから、なんらかの支払いはしたい。

 どの道オミニスは英国を出て行くだろうから。一族から逃れるために。口実をひねり出して路銀の一部くらいは支援したい。狂ったゴーントに、オミニスは似合わない。

 階段を上り終える。ああ、セバスチャンがオミニスをなだめるようだ。あの二人のことだ、ちゃんと来るさ。

「そんなに信用ないかしら」

 ヘクターが振り向く。なんでもないのと首を振る。早足で廊下を抜け、庭園に向かう。箒は準備済みだ。下手に待たせてああだこうだ言われるなんて御免だ。

 地を蹴る。上に柄を向け、浮かび上がる。目と鼻の先にある、ホグズミードを捉えた。少しぼんやりしていただけなのに、ヘクターはもう飛んでいる。矢のようだ。

 待ってと言う代わりに、セラは彼の背に向かって呼びかけた。

「ミリアムさんの葬儀が終わったら」

 『三本の箒』に行きましょう、ヘクター。




これにて本編完結です。ありがとうございました。
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