【完結】竜殺しの孫   作:扇架

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ホグレガ本編後の話。ネタバレあり。


No Magic

「改めて、宿はこちらで手配いたしますので」

 柔らかく、しかし弱々しくはない声に告げられ、ヘクターは軽く頷いた。断っても相手の顔を潰すだけで、なんの益もない。それに好意は素直に受け取っておくものだ。

 女が出て行く。遠ざかる靴音を聞きながら、ヘクターはため息を吐いた。ソファに身を沈め、天井や壁に描かれた雷鳥や角水蛇の画、そして誇らしげにあるMACUSAの紋を眺める。なんだか遠くまで来てしまった。

「人気だねえ、理事殿」

 喉を鳴らしたのはギルだった。ヘクターの隣に腰かけ、軽く唇を噛んでいる。くすんだ青の眼は、どこか暗い。

「お前もな、アスラン家の若君?」

「困ったもんだよ」

 ギルがカップを手に取った。珈琲の香りが漂う。故国へ帰ってきたという感慨はなさそうだ。少なくとも、イルヴァモーニーで合流したときは、明るい顔をしていたが。

「君たちほどじゃないけど、こっちにも名家みたいなのはあってね。アスラン家はそれなりに古いから」

 MACUSAも期待するんだ。

 アメリカ自体が若い国であるし、成立には波乱もあった。波乱というよりも、眉をひそめる所行が多かったといえるか。侵略と迫害の歴史である。アメリカ魔法界はノーマジを恐れている。なにをしでかすかわからない、と。

 だから杖の許可証は必要であるし、不法入国には厳罰だ。ヘクターがイルヴァモーニーでセラとセバスチャンと別れ、ギルとオミニスを引き連れてワシントンに渡ったのは、杖の所持に関する正式な許可と、オミニスの移住に関する諸々、ついでにホグワーツの理事として、MACUSAと顔合わせをするためだ。

 あまりに若い理事だと嘗められたらどうしてくれようかと思ったが、幸いその心配はなかった。アメリカの魔法教育の要であるイルヴァモーニーはホグワーツに好意的であるし、ヘクターのリアイスという姓はアメリカでも通るものだ。

「……で? こっちに残るのか」

「そのためもあるよ。オミニスにあれこれ教えなきゃだし」

 英国とこっちじゃ勝手が違うものだ。ギルは軽く杖を振って守護霊を飛ばす。ぼやけて見えにくいが雷鳥のようだった。オールドタウンの宿で待機しているオミニス宛であろう。

「時々そっちを訪ねるよ」

 守護者の杖はセラとセバスチャンに託したし、愛すべき母校で癒しの滴も手に入れたし、アンは大丈夫だろ。

「杖はどうすればいい。解体するか、オリバンダーにでも売り払うか?」

「木っ端みじんにしておいて。もう古代魔術どうこうもないし」

「ホグワーツで教職に就かないか?」

 ひとまず誘ってみた。ヘクターはホグワーツの理事である。若かろうがなんだろうが理事である。見知った顔が教職にいるのは悪くないし、ギルが純血思想にかぶれてないのも明らかだ。親愛なるダイナ・ヘキャット教授がそろそろ引退かとほのめかしているのだ。

「悪いね。すてきなお誘いを蹴ることになるけど」

「レディ・ガーリックに惚れてなかったか?」

「ガーリック先生が素敵じゃないなんて言うやついる?」

「可愛らしいのは認めるが」

 同性にも人気だ。セラもガーリック先生ことミラベル・ガーリックのことが好きなようだ。この場合愛ではなく好意のほうだ。以前の植物学の教授が莫迦だったので余計に人気なのだ。

「君はセラ一筋だもんね」

 ねえセバスチャンと一緒に帰してよかったの。手を出されてたらまずくないか。

 軽い口調で悪質なことを言うアメリカの魔法使いの腹を軽く殴った。

 セバスチャンは無謀だが愚かではないし、今は保護すべき子どもも連れている……とまで考えて、苦い気持ちになった。

 どうしようか。船旅の間、子連れの若い夫婦なんて誤解されていたら。

 

 許可はあっさりとれ、MACUSAが用意した宿に三人で滞在し、オミニスとギルはMACUSAであれこれと書類を作成しているようだった。ギルは単に帰国しただけだが、オミニスは移住するのだ。煩雑な手続きがあるのだろう。

 ヘクターは暇を持て余した。公園を散歩したり、ノーマジの施設を眺めたり、見学したり、時にはMACUSAの図書館に入り浸った。

 濃い木の香り、あまり古びていない壁紙、傷の少ない机や椅子にヘクターはこの国の若さに思いを馳せる。自由を求め、機会を求め、およそ三百年前の魔法使いたちは、ノーマジに紛れて海を越えた……。

 棚から本を抜き出し、室の片隅へ向かう。椅子に腰かけ、それなりの厚さのそれを開いた。

 歴史書だ。初期のほうはスカウラーという語が頻繁に出てくる。ならず者、傭兵、反逆者……。そしてアスランの名が出てきた。渡ってきた一族。スカウラーを狩る賞金稼ぎ。MACUSA設立に貢献し……不穏分子を狩り……我が国における「はじまりの闇祓い」の一人……。

「どこがそれなりだよ」

 一人毒づいた。アスラン家は十分な名家である。スカウラーなんていう不穏分子がいたからこそ名をあげたともいえるが。英国は闇祓いなんてたいそうな組織がなくとも回っているのだから、幸いである。

 そのとき、ふっと青い色が脳裏によぎった。深い青。底知れぬ色。

 いずこかの時に大悪が現れると言った、森の賢人。

――いつか

 英国も闇祓いを必要とする時が……魔法警察では足りない時が来るのだろうか。今急いでつくろうとしたところで失敗は目に見えている。アッシュワインダーズは壊滅させた。小鬼の反乱は落ち着きをみせている。動機がない。

 必要なのは傷つけられた者への癒しと支援だ。ヘクターが父から理事の座を譲り受けたのもそのためだった。反乱分子の鎮圧に貢献したというだけでも箔はつく。だが、肩書きはいくつかあっても困らないものだ。

 ヘクターは指で頁をなぞる。混ざり者と書かれた箇所を。こちらでは先住民や移民との混血を指すようだ。肌の違いくらいで、とヘクターは思うのだが、こちらとは感覚が違うらしい。ラパポート法が成立して約百年。ノーマジとの関係を断絶し、過剰なまでに秘密を守り隠れ潜んでいるというのに、ノーマジ由来の思想にむしばまれているのだ。

 複雑な国だ、とため息を吐きたくなる。どこかのスリザリンが唱えた純血思想にかぶれた英国がいいとは言わないが。それでも、ノーマジと魔法族の結婚を禁じるのはやりすぎだ。

 本を閉じる。英国に帰る前にどれだけの本が読めるだろうか。書店でありったけ買い込んで持って帰ろう。

 棚に本を戻し、出口に向かう。教えられた手順で杖を振れば、なにもない壁に扉が現れた。するりと外へ抜け出す。なんの変哲もないビルを背に、公園に向かった。陽は暮れつつある。通りをゆく人の姿は一人、二人。公園――せせこましい広場の何倍か何十倍か――は、いっそう人の姿がなかった。治安がいいとはいえないし、空は暗くなりつつある。家路にか、はたまた酒場にか行っているのだろう。わざわざ公園でくつろごうなんて輩は、ヘクターのような魔法使いか、家にいたくない誰かか……。

 高く、何かが軋む音がした。視線を巡らせる。ぱらぱらと植えられた樹、その向こうにはポトマック川……。

「この悪魔め!」

 野太い声がした。ヘクターはそっと透明呪文をかけ、声のほうへ忍び寄る。柵もない川沿いに、男の姿があった。身なりはよさそうだったが、行いがよろしくなかった。まったくよろしくなかった。

「お前なんか俺の子じゃあない」

 男が掴んでいるのは細い首――男の子の首。ぐっと締め、軽く持ち上げている。

「悪魔は去るべきだ」

 あたりは薄暗い。それでも、二人の影はくっきりと浮かび上がっていた。じわりと頭の芯が熱くなる。

 どこにでもろくでもない親はいるものだ。セラの親のように……。

 素早く杖を振る。男がよろめき、細い細い首を掴んでいた手を離した。男の子がへたりこむ。せき込むその子に構わずに、ヘクターはさらに杖を振った。あたりを見回していた男を赤い光線が貫いた。

 ぱっと光が弾けると同時に、男が倒れ伏す。ヘクターはゆっくりと歩み寄り、男を蹴り転がし、ついでに両腕をへし折った。

 振り向き、男の子に鎮静の呪文をかける。苦しげな息が収まった。

 誰、と男の子が問いかけてくるが答えない。かがみ込み、男の懐を探る。名刺を探り出せば、姓をベアボーンというらしかった。

 

「まさか皆殺しにするわけにもいきますまい?」

 困ったように物騒なことを言ったのは、MACUSAの高官――いわゆる機密管理領域の長だった。

 広々とした室にヘクターを通し、ちらと隅をみる。

「彼らは……スカウラーの末裔だろうがノーマジなわけで」

「あなたがたも大変ですね。不穏分子は蠢いているし、監視に割く余力はないと」

 思わずにっこりして言い返す。固い椅子に座り、足を組む。

「ついでに子どもも助けないと」

「ノーマジ……」

「なら連れてきませんよ」

 忘却呪文をかけて家の前に放り出すか、あなたがたが言うノーマジの警察に預けますよ。

 ううむと高官は唸る。ヘクターは隅に眼をやった。小さなソファでうとうとしている子どもを。服はすり切れ、首には痣がある。セラもこうだったのだろうかと、心がざわついた。ヘクターが出会ったばかりのセラも、暗い眼をしていたものだ。

「ベアボーンなんて困ります」

 ああ、なんてこった、と高官は頭をかきむしる。本当に嫌そうな顔をしていた。やってられるかドーカス! とも言っていた。

 MACUSAもといアメリカ――北米ともいう――魔法界にとって、ベアボーンの名は忌まわしいものらしい。その昔、高官の息女ドーカスをたぶらかし、秘密を暴き、暴露したのがベアボーン家の者だったとか。歴史学者――姓は確かアボット――によると、ベアボーン家はスカウラーの末裔で、捕縛の手を逃れ、ノーマジ社会にとけ込み、魔法族への憎しみを連綿と受け継ぎノーマジとしての「純血」を保った。男の子は魔法の兆しを見せたから間引かれそうになったのだろう。悪魔に魅入られた穢れ者はいらないというわけだ。

「あなたのところの国民で、庇護すべき存在でしょう」

 正論をぶつけても、高官は眼を逸らすばかり。いくら魔法族でも――ノーマジ生まれの魔法使いでも、子どもでもごめん被るということか。

 ヘクターと高官はにらみ合った。ヘクターはため息を吐いた。

「処理はそちらでしていただきたい。改竄その他……で、金貨もいただきます」

「よいですとも」

 高官の顔がぐっと明るくなる。あからさまな反応だった。

 ヘクターはもう一度ため息を吐く。薄情な高官に背を向けて、室の隅へ歩を進め、ソファの前に片膝を突いた。うつらうつらしている男の子をそっと起こす。ポケットからスカーフを取り出して首に巻いてやった。

「一緒に来なさい」

 仕方がない。男の子に家族を見つけてやらねばならない。海を越え、国を捨てさせて。

 男の子の手を掴む。小さく、痩せた手であった。子どもの柔らかくふっくらした手とはほど遠い。

 宿に連れて帰って、食わせてやってそれから服も用意して。

 それから、最近子どもを亡くした夫婦に手紙を出そう。

 リガーダント、養子をとる気はないか、と。

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