【完結】竜殺しの孫   作:扇架

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六話

 塔の周りを『掃除』し、ギルが戻ってこないのでヘクターを残し、一旦城に戻ることにした。

「……俺が損なだけだったんじゃ?」

 『地図の間』でヘクターがぼやいた。良家の子息らしからず、足を投げ出して座っている。金の髪に葉っぱやら血やらがついていた。

 セラたちがホグワーツ――『地図の間』へ行けばギルがいた。どうも試練の間と繋がっているらしく、つまりヘクターは待つだけ無駄だった。急いで守護霊を送り、報せを受け取ったヘクターは、森に潜んでいる密漁者を狩りつつ帰還したのだ。

「今しばらくお待ちなさい」

 ヘクターのぼやきをニーフ先生は無視した。どうもヘクターのことを快く思っていないようだ。

「ランロクにもルックウッドにも情報が漏れているんですよ?」

 なにを悠長なことを、と穏やかに見せかけて辛辣に言ったのはギルである。火傷切り傷打撲その他の怪我を負い、ローブは焦げている。

「一足飛びに到達させるわけにはいかないのだ」

 返したのはチャールズ・ルックウッド。ルックウッド先生は苦々しい顔でギルを見下ろす。

「できることは多い。物質の創造……干魃に喘ぐ村を救うことも――だが、善なる者を誘惑する、厄介な力を秘めているのだ」

 大規模なアグアメンティ――局地的に雨を降らせたか。現代の魔法でもやってできないことはない。が、陣を敷き式を組み、人を集めなければならないだろう。古代魔術はその手順を省略するのか。

――逆に

 局地的にでも干渉し、天候を狂わせることができれば――争いには有利か。それか今とは比べものにならない規模で炎や風を起こし、水を生み、雷を降らせることも可能なのかもしれない。

 魔法の源泉か。フィグ先生がぽつりと呟く。

「……今の魔法は古代のそれを」

 フィグ先生に囁けば、彼は頷いた。

「使いやすくしたのだろうか。それとも適性ある者が減り、そのように魔法が――魔法族が変化したか」

 適応だな。フィグ先生とセラが考え込んでいるうちにも、守護者たちとギル、ヘクターの舌戦は続いていた。

「ぐちゃぐちゃ理屈ばかり並べ立てて。それであなたたちがおそれているものがあいつらの手に渡ったらどうするんだ」

「僕、仮にも候補なのに殺しかけるってひどいと思うな」

「黙らっしゃい!」

 ◆

 守護者ときたら頑なである。それとも肖像画だから時間の感覚が麻痺しているのか。彼らは影にすぎない。生前の思考を写し取った似姿だ。

「……困るわよね?」

 ニーズルを撫でる。胸の飾り毛を膨らませ、彼女はご機嫌だ。多少は寝不足だけれど、今日の魔法生物飼育学はたいして危険なものを扱っていない。

「やめてって!」

 高い声が響く。ちらとそちらに眼をやれば、黄色いネクタイが見えた。両腕を広げ、柵の前にいるのはポピー・スウィーティング。ハッフルパフの女生徒で、生き物に対して天性の才能がある――と言っていたのはヘクターだ。小柄だが意志が強い子で、セラの友達だ。

「この子たちの髭を抜こうだなんて」

「ちょっと遊ぶだけだろう」

 また生えてくるんだからいいだろ。にやにや笑っているのはバカなスリザリンだ。先生は別の作業をしていて不在。

――ニーズルをいたぶろうなんて

 頭が悪いんじゃないか。視界の端で立ち上がろうとしているのはナティだ。ギルはパフスケインと遊んでいた手を止め、ヘクターは遠くに――ヒッポグリフの柵のところにいるようだ。ああ、気づいた。下手をしなくてもヒッポグリフをけしかけそうな勢いだ。ヘクターはグリフィンとすら心を通わせる男なのだ。ヒッポグリフくらいけしかけるのは軽い。

 あんまり騒ぐとポピーが叱られるかもしれない。彼女は先生とそりが合わないのだ。

「……行って」

 肩のニフラーを撫で、ひょいと投げた。小さな身体は過たず知性のないスリザリンその一に着地。きらきらしたものが大好きなニフラーは、その金髪をひっつかんだ。

 痛ぁ! と聞こえたが無視。アクシオを唱えて回収する。

「あらごめんなさいね。この子ったら」

 綺麗なものが好きだから。怒気を立ち上らせ、スリザリン生がやってきても笑顔を維持した。

「手が滑って」

「お前……」

「髪の毛くらいまた生えてくるでしょ」

 ねえニーズルの髭を抜こうとしたくらいだもの。

「生え薬くらいつくってやるさ」

 くすくす笑っているのはスリザリンの誰かだ。ついでに別の誰かが「銅貨くらいのハゲでよかったじゃん」と追い打ちをかけ、その場の流れは完全にセラのものになる。

 セラは銅貨ハゲのスリザリン生を一顧だにせず、ポピーのもとに向かった。

「餌やりまだよね」

「うん」

 ポピーは明るく答え、飼料袋を開いた。まさか呪いを発射するわけにも、拳を振るうわけにもいかず、スリザリン生はすごすごと退散する。

「……お前さ」

 温厚そうに見えてやることえげつないな。くつくつ笑いながらやってきたのはセバスチャンだった。

「生き物を庇う女の子に迫る男子って最悪じゃない?」

「違いない」

 肩をすくめ、セバスチャンはニーズルを撫でる。

「アンなら嫌がったろう」

 仔ニーズルを連れて行ったら喜ぶかな? 問われ「どうだろう」と返した。

「彼女の調子は?」

「……よくはないし、ふさぎこんでる――と思う」

 ひそひそ声だ。ポピーは気を利かせて離れていた。本当によく気がつく子だ。なぜかナティのことは避けているけど。

「今度のお休みのときに、遊びに行っちゃだめかな」

 特になにも考えずに言っただけだ。だが、セバスチャンは眼を見開き、ぱっと顔を明るくした。

「いいな。そうしてくれると嬉しい……あと」

 セバスチャンの黒い眼が、ギルを見た。

「あいつも一緒だといいな」

「ギルはいい子だけど、親密なおつきあい候補にするなら」

 ポッター家の関連で誰か引きずってきましょうか。

「え、お前の兄貴とか!?」

 肩をはたいた。

「アンは繊細なんだからうちの義兄はだめよ」

「というか、アンのつきあいどうこうじゃなくだ」

 勘違いしたじゃないの。

「ギルはあれだろ。今の魔法じゃない……古い魔法の適性があるんだろ? だから、アンの病気ももしかしたら」

 黒い眼はどこまでも真剣で、痛々しいほどに張りつめていた。

 あきらめて、受け入れたほうがいいとは言えないほどに。

「ならず者と小鬼の巣になってない?」

 にじむ汗を拭う。秋だというのに暑いではないか。

「段々増えてて」

 せっせとならず者の杖を取り上げへし折っているセバスチャンが返し、同じくせっせとならず者を縛り上げているギルがうなった。

「姿現しで行けばよかったかな?」

「やってもいいけどばらけたら怖いじゃない」

 ということで、大叔母のグリフィンを借り受けたり、学校のヒッポグリフを借り受けたりで空の旅をしたのだ。ヘクターに「次のお休みに外出するの」と言い「フェルドクロフトに行くんだけど」と言えば、せめてグリフィンを連れて行けと言われたのだ。護衛になるからと。

 結果として大活躍だった。ホグワーツを出発し、フェルドクロフト付近で地上へ降りたわけだけれども、出るわ出るわならず者やら小鬼がたくさん。

 こいつらいいとこの坊ちゃん嬢ちゃんだぜ。身ぐるみ剥いでやる。弾んだ足取りでやってきた賊は、泣くはめになった。

「ずびばせん。出来心でえええ」

「グ、グ、グリフィン連れてるいかれてるのなんてよく考えたらリアイスとか武門でしたあああ」

 土下座して地に頭をこすりつけている賊一、賊ニでグリフィンが遊んでいた。蹴ったり転がしたりである。一応グリフィンなりに優しくしているようだが、衣は裂けて泥まみれ、そろそろズボンがぼろ雑巾でお尻が危ないかもしれない。

「汚いケツなんて見たくない」

 鼻で笑いつつ、拘束した賊――そうだ、ならず者なんて生ぬるいものじゃない。賊だ賊――を失神させていくセバスチャン。ギルも同じくだ。手慣れている二人である。

「お止め」

 グリフィンに声をかけ、手綱を引く。嘴をそっと撫でた。大叔母とヘクターがよくよく言って聞かせているから、セラの言うことも聞くのだ。

「私、リアイスじゃないんだけどな」

「武装解除しまくっておいてそれ言う?」

「義兄に仕込まれたのよ、ギル」

 手軽な護身だからって。

「大丈夫だセラ。君はリアイスみたいなものだ」

 笑いながら言うセバスチャンを一睨みする。転がっている賊は当局に任せ、眼と鼻の先にあるフェルドクロフト村を目指した。

 ◆

「子どもが無茶をするんじゃない」  賊を相手にするなんて。到着したフェルドクロフト、ひときわ大きい家がサロウ家だった。事前に手紙も出さずに帰省したセバスチャンにサロウ家の主――ソロモンは顔をしかめ「近所で賊を転がしてきたよ叔父さん」と甥っ子に報告され、頭が痛そうな顔をした。

 ギルは村が――特に井戸が気になるらしく散策中。セラは出された茶を飲み、フードに入れていた毛玉を取り出した。おや、とソロモン小父が眼を丸くする。そうするとセバスチャンによく似ていた。

「ニーズルの仔か」

「よろしければ、アンにと……」

 寂しいでしょうし。口にはしなかったものの、ソロモンには通じたらしい。眼を細め、軽くうなずく。

「今日は調子がいいから畑にいるよ」

 ニーズルを肩に乗せ、セバスチャンに案内されて畑へ向かう。麦わら帽子を被った影が、小走りでやってきた。

「……セラ!」

 飛びついてきたアンを受け止める。ぎゅっと抱きしめる。

――痩せて小さくなってしまったよう

「来たよ」

「どうして……」

「セバスチャンがこわーい叔父さんと会うのに付き添いがいるって」

「おいセラ」

 セバスチャンの尖った声。反対にアンはくすくす笑う。

「叔父さんは怖くないわよ。厳しいけれど……この仔、どうしたの」

 アンが身を離す。セラの肩を凝視していた。青白い顔に朱が差し、眼が輝いていた。

「友達にどうかなって」

 ニーズルをアンに差し出す。彼女の骨ばった手が、宝物を抱くように仔を受け取った。

「いいの?」

「アンならちゃんと世話してくれるもの」

 セバスチャンが粘りに粘って先生から仔ニーズルを譲り受けた甲斐があった。セバスチャンの満足そうな顔ときたら。

 アンはニーズルを抱いて機嫌よく家に戻った。ちょうどギルがソロモンに挨拶しているところだった。

「セバスチャンには色々と助けられています」

「それならいいが。悪いことを教えられていないだろうな?」

 アンに「座って」と促され、席に着く。セバスチャンは顔をしかめていた。

「僕を悪童みたいに言うのはやめてくれないか叔父さん」

「禁書の棚に何度も忍び込んでおいて」

「それは――」

「諦めなさい。お前はただの学生だ。専門家ではない」

「じゃあアンはずっとこのままでいいって!?」

 セバスチャンが立ち上がる。拍子に椅子が倒れ、激しい音が響いた。

「そうは言っていない!」

 お前にできることはないのだと言っている! ソロモンも立ち上がる。セラとギルは固まっていた。激しやすいのがサロウ家の血筋なのか。

――止めれないことはないけど

 沈黙呪文をかければいいだけだ。が、そうしたところで問題は解決しないだろう。隣に座る、アンの腕をつかむ。そっと立たせた。

「行きましょ」

 グリフィンとヒッポグリフを連れてきてるの。囁いて、サロウ家を出る。ギルもこれ幸いとついてきた。

「ごめんね」

 アンが弱々しく言う。黒い眼に深い影があった。

「せっかくの、久々のお客さんの前で」

 隠しきれない寂しさ。それに羞恥。アンの眼には涙が浮かんでいる。もっと早く訪ねていればよかったのかもしれない。

――学校に通えているセラと

 休学するしかなくなったアン。村に、家にこもるアン……。ためらいがあった。アンが屈託を抱えていてもおかしくはなく、たとえば訪ねてきたセラに、暗い感情をぶつけても無理もない。サロウ家の繊細であろう問題を覗くわけにもいかず、アンとの友情にひびが入るのではないかとためらっていたのだ。

 私もごめんねと言う代わりに、アンの肩を叩く。あまりにも細い肩に不安になる。ギルも似たようなことを思ったのか、アンにベンチに座るように促した。

 三人でぎゅうぎゅうになって座る。アンがおかしそうに笑った。

「いつも一人で座ってお日様を浴びてたのよ」

 よくなるようにって。膝のニーズルをそっと撫で、アンが呟く。やさしい手つき――細かく震える手。

「……アン?」

 うめきが聞こえる。ニーズルが鳴いて、アンの膝から下りた。くの字に折れる枯れ枝のような身体。

 あぁあああ。唸り、うめき、アンが歯を食いしばる。セラは痙攣する背を撫でた。燃えるように熱い。衣がじっとりと湿っていく。手のひらが痺れた。

――これが

 アンをむしばむ呪詛か。

 

「サロウ家の血筋を呪ったものじゃない」

 うちはそんなに大層な家でもないし。村のほど近く、小高い丘の上――崩れた石垣らしい跡に、セバスチャンは腰掛けていた。

 発作を起こしたアンを介抱し、またぞろソロモンとセバスチャンが言い合いになりそうになったので、連れ出したのだ。そしたら案内されたのがこの丘だった。

「毒でもない。病でもない」

 たとえば、井戸の水が汚染されていたわけでもない? 水を向ければセバスチャンは首を振った。

「村にとって大事な井戸らしい。干魃の時に救われたんだと」

 といっても伝説にもならない名残なのだけど。

「詳しくはわからないけど、とにかく大事にだとさ」

 別に癒しの水が出るとかじゃないのに。セバスチャンは肩をすくめる。

「魔法使いと魔女が、昔々に雨を降らせた……井戸から水が湧き出た」

 フェルドクロフトの住民は、喜んで踊った。滔々とした言に、セラとセバスチャンは瞬く。ギルは深い色の眼で、村を見下ろしていた。

「厭に確信があるわね?」

「記憶だよ。封じられた、憂いの篩の」

「……村は、古代魔術に縁があったのか」

 なにかの導きか。セバスチャンは崩れた石垣を撫でる。

「アンが襲われたのはこの場所だ」

 一年前、轟音が聞こえて駆けつけたアンは襲われた。得体の知れない呪いにかけられ、解けないまま今に至る。

「不吉な場所で……禁足地っていったらいいのか。元々あった家は打ち壊されてこの有様。おまけに近くの館には小鬼が巣くっていやがる」

 きつい眼が崖――そこに建つ崩れかけた館に飛ぶ。

「ルックウッドの、打ち捨てられた館さ」

 そこの小鬼が、アンをめちゃくちゃにしたんだ。

「またきてね」

 ささやきに、頷いた。アンの細い身体を抱きしめる。なぜこんなにも不安になるのか。

 黄昏時のフェルドクロフト。サロウ家の石壁と這い回る蔦は薔薇色に染まっている。アンとセラの影が古びた扉に長くのびていた。

「手紙を書くから」

「セバスチャンのことをお願い」

「できる限り頑張る」

 背後で「僕は猛犬かなにかかアン?」とセバスチャンがぼやいていた。猛犬ならまだかわいい。なんとかしてみせよう。だけれども、あんまり暴走されると困る。

――なにをしでかすかわからないもの

 アンの背をさする。念入りに別れを交わし、見守るサロウ家の主――ソロモンに軽く一礼した。

「長居をしてしまって」

 いや、とソロモンはぶっきらぼうに言う。セラとギルを順繰りに見た。

「泊まってくれてもいいくらいだ」

 特にセラを長く見て、声をやわらげる。元魔法警察だったというソロモン。両親を亡くした甥姪を引き取るだけの情はあるようだが、他人に愛想を振りまく性格ではなさそうだった。それがたとえ甥姪の友人でも。

 なにかしらと首を傾げる。そろそろ行こうというセバスチャンについていき、ソロモンの横を通り過ぎる。刹那、囁きが聞こえた。

「元気そうでよかった」

 五歳の女の子に降りかかった、あまりに惨い事件は――我々の間でも気がかりだった。

 眼だけを動かす。なんと返したものだろうか? すっかり回復しましたとでも? いったいなにがどこまで癒されたのかもわかっていないのに。

「運がよかったんです」

 ぽつ、と返す。眼をそらした。ソロモンの労りがなぜだか耐えられない。ソロモンの言葉には、悪意も、吐き気のするような好奇もないのに。

 早く、とセバスチャンが呼ぶ。セラはグリフィンにまたがった。軽く撫でてやりながら、こみあげてきたものを飲み下す。運がよかった? 確かにセラは助かった。助けられた。でも、どこかで思うのだ。あのとき死んでいたほうが、救いがあったのではないかと。父が狂い、祖父が罪を犯すこともなかったのだろうと……。

 グリフィンが翼を広げる。一、ニ、三歩で舞い上がる。別れを惜しむアンに手を振った。

 ふ、と景色がにじむ。眼下にたなびくのは黒煙。鼻を焦げ臭いにおいが席巻した。軽く眼をつぶって開けば、幻は終わっていた。

――火の用心を怠りなく

 アンに手紙を書く時に、そう追伸しておくべきだろうか。そっとため息をこぼす。

「先視って本当に」

 厄介だわ。

 ◆ 「守護者についてわかったぞ」

 フェルドクロフト訪問から数日後。ホグワーツ校庭。噴水近くのベンチに腰かけ、セラはヘクターが寄越してきた羊皮紙をちらと見た。

「さすが旧家は違うわね」

「ポッター家の女がそれを言うか?」

「僕に言わせたら、君たちの感覚がおかしいんだけど」

 イルヴァモーニーからはるばる渡ってきた魔法使いが言う。

「あなたのアスラン家もけっこう古いって言ってなかった?」

 ざっと数百年……らしい。戦に嫌気がさして英国から飛び出し、大陸を転々とし、北米に至ったのだとか。イルヴァモーニー創設前の話である。

「君たちには負けるよ」

 張り合うつもりもないけど。肩をすくめ、ギルはセラの膝――羊皮紙をみやる。

「で? なにがわかったわけヘクター」

「四人はホグワーツの教員だった。で、彼ら……彼女らの弟子がいたようだ。イシドーラ・モーガナーク。今のフェルドクロフト出身だったようだ」

 パンをかじりながら耳を傾ける。厨房からもらってきた焼きたてである。

「彼女らの中では年少で……今の僕らと十も離れてないような魔女で、教師」

 そして彼女は病死している。

「僕が見たときは元気そうだったけどな」

 憂いの篩で見かけたよ。ギルの言に考え込む。

「怪しいわね」

「親愛なるご先祖様によるとだ。イシドーラは一部の生徒を集めて夜な夜な研究会を開いていたとか。魔法を善なることにが口癖で」

「うさんくさいな」

 ギルがずばり言った。セラもうなずいた。おやつ代わりの小さいパンを、男二人にわけてあげる。

「詐欺師か……狂った『善人』か?」

 悪賢い者は口が巧く、相手の虚栄心をくすぐるものだ。そして粗悪な品を売りつける。傷が治る怪しげな壷やら、無限にガリオンが湧き出る箱やら、騙される者もいる。ついでに治療困難な病も癒せる謎の軟膏がどうこうとか。後者のほうがより厄介だ。善は暴走しやすい。

『だってあの子はかわいそうじゃない』

 哀れむことがよいことだと思っている、なにげない一言。悪意があって言い放たれるよりも堪えるものだ……。

「後者だと思う」

 守護者は口を割らないけど。ヘクターが口端をつり上げる。

「複数の生徒が、心を病んだとご先祖様が書いている。イシドーラの、いわゆる弟子で……親しくしていたようだ。そしてある夜、守護者四人が険しい顔でどこかに向かっていき――夜が明けたら」

 イシドーラの訃報が伝えられた。

 

「希望はこの闇の中にある……はず」

 きりりとした顔で言うセバスチャンに頭が痛くなってきた。なにかやらかそうとしているのを視て――もとい、一人でどこかに忍んで転がっているセバスチャンを視てしまい、泡を食って校庭からスリザリン寮近くまで駆けつけた。本人は未だ来たざる時も知らず「よお」とセラに片手を上げてみせた。

「どうしたのセバスチャン」

 対セバスチャンに哀れなオミニスを引きずってきたギルが問いかける。オミニスは「ふざけるな」「だから俺は」と絶望のうめきを漏らしていた。

「ここに秘密の書斎がある……ってオミニスが」

「俺が破ろうとしても無理だったが?」

 腕を組み、冷ややかにヘクターが言う。息をするように破壊行為にいそしむ男である。

「……待てお前、知ってたのかリアイス?」

 オミニスがきつい眼で――白濁しているが――ヘクターを見る。彼は鼻を鳴らした。

「秘密の部屋探しのついでに。本命はわからなかったが、ここはいかにも怪しい」

 といっても生き物の熱はないようだ。探知の呪文で何回も探ったがそれは確か。

 ヘクターは石壁を叩く。じろりとオミニスを見た。

「それともなんだ。お前のご先祖様の秘密の部屋、やっぱりあるのか?」

「俺も知らない。伝説が残っているくらいだから、ありえそうだけど。実家のろくでなしどもなら……が、やつらは部屋を解放していない」

 たとえ末裔でも、下手に手を出せないなにかがあるんだろう。

「そうだな。レディ・ゴーントも殺された」

 おそらくここに入って。こん、とまたヘクターが壁を叩く。オミニスが唸った。

「ノクチュア伯母さんのことを――?」

「ホグワーツで行方不明者が出れば、さすがに俺たちの耳に入る。それに、お前たちの家族を誰がアズカバン送りにしているかわかっているだろ? レディ・ゴーントはまともで良識があり、マグルにも親切だったらしいな?」

 ヘクターの群青はどこまでも淡々としている。ゴーント家の話は有名だった。マグルを弄ぶ連中だ、と。両親も兄も何度かアズカバンに送られ、数日あるいは数週間で解放されている。

――マグルに対する呪文は

 たいした罪にならないのだ。家畜と一緒だと言う者もいる。話す家畜だと。だからゴーント一家はのうのうと戻って来られる。

「俺としては永遠にアズカバンでもいいんだが」

「気が合うなゴーント」

「マグルに手を出せないように、もっとがっちり監視してくれていいぞ」

 殺伐としている。オミニスは生家を嫌っているし、できれば没落してくれないかと思っているようだった。対してヘクターは、ゴーント家は気に入らないがオミニスまでどうこうしようとは思っていないらしい。互いに仲良くすることはないし友人ではない関係だ。

「一人で入ったら駄目よ」

 セラはきつく言った。石壁をにらみつける。

「だって意地の悪いスリザリンの隠し部屋なんだから」

――本当に

「末裔すら殺す仕掛けって最悪じゃない」

 スリザリン。長い探索を終え、隠し部屋もとい書斎から出て、セラは膝を突いた。グリフィンドールの末裔を排除する仕掛けもあったのか、セラはあちこち火傷していた。オミニスが蛇語で入口を開け、入ろうとしたヘクターが吹き飛ばされた時点で察してはいたが。

「スリザリンだからな」

 外で待機していたヘクターが手をさしのべる。彼に掴まり、セラは立ち上がる。

「もう犠牲は出ない」

 包みを抱えオミニスが言う。強力な呪文――悪霊の火でスリザリンの書斎もとい研究室を消し炭にしたのである。親愛なる伯母の骨を見つけ、嫌になってしまったらしい。スリザリンも、その研究も。悪辣きわまりない仕掛けも。書斎にあったスリザリンの呪文集だけはセバスチャンが死守した。

「お前がやらなかったら俺がやってた」

 入れたらな。ヘクターが吐き捨てる。見れば見るほど傷だらけだ。セラはオレガノのエキスをかけ、癒しの呪文を唱える。す、と杖が向けられる。

「自分の治療をしたらいいだろ……癒えよ」

 痛みが引いていった。ローブも髪も焦げている。衣は捨てて、髪は短くしてしまったほうがいいだろうか。切断呪文でさっさと髪を切れば、ヘクターが顔をしかめた。

「似合ってない?」

「思い切りがよすぎるだろう」

 背の半ばまであったのを、ポピーより少し短いくらい――肩まで切っただけなのだけど。頭が軽くて楽だ。落ちた髪を燃やして処理しているうちに、オミニスの説教が聞こえてきた。

「いいかあのスリザリンの書だぞ。闇の魔術がかかっていないのは確認したが……治療法があるとは限らないんだ」

「いや、スリザリンは優れた癒し手だったらしいじゃないか!」

 呪文集になにかあるさ。セバスチャンは強気である。どうせ言っても聞かないのだから、ある程度好きにさせるしかないのだ。

 頑張れオミニスと手を振って、踵を返した。

 もし誰かを生け贄にするような治療法があったとしたら、セバスチャンを止めないといけないなと思いながら。

 

 時折、彼を見ているとちらつく幻がある。

 暗いどこか。亡骸の山。悲鳴。緑の閃光。

「あなたのせいよセバスチャン!」

 木霊する、アンの嘆き。

 あるかもしれない未来の幻。

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