【完結】竜殺しの孫   作:扇架

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七話

「我々としても非常に鬱陶しい問題だ」

 灯りが躍り、すすけた石壁に影がのびる。ダイアゴン横丁――漏れ鍋、隅の席で指を組んでいるのは小鬼だ。身なりはよく、姿勢もよい。声は柔らかく、賊とは一線を画している。

「やれ金庫を開けろだとか、同族のためにだとか……」

「破落戸のゆすりたかりに辟易している、と」

「そうだ。シャープとヘキャットの弟子よ」

 セラははいともいいえとも言わず、濃い紅茶を飲んだ。軽食――サンドイッチを「おひとついかが?」と勧める。小鬼の前には珈琲だけだ。セラばかり食べていては、なんだかやりにくいではないか。

「変わっているな。小さな魔女よ」

「私が嫌うのは破落戸――賊だけ。あなたがたのような選良にまで敵意は向けないわよ」

 ねえグリンゴッツの番人さん。

 小鬼の鼻の穴がふくらんだ。グリンゴッツ勤めは小鬼のなかでも選良だ。彼らは他の小鬼と自分たちは違うと全身で主張していた。暗い山の中で惨めったらしく仕事をする連中とは違う。黄金を掌握する者なのだと。

――それが

 ランロク一味には気に入らないのだろう。頭だけよくてひ弱な、小鬼とは思えぬ軟弱者。人間にすりよる愚か者ども、といったところか。そもそもランロクは己以外は敵だと思っている節もある。同族と言いながら穏健派の小鬼を足蹴にしている。まだグリンゴッツの小鬼はランロクを突っぱねているが、穏健派はランロクが怖くて仕方がないようだ。

 セラはため息を吐く。現状の確認ができただけいいか。

 脳裏にシャープ先生の言葉が蘇る。スリザリンの書斎事件翌日――つまり昨日。魔法薬学の授業後、セラは「手伝ってくれ」と居残りを命じられた。なにをすれば? と問いかけたセラに、シャープ先生は深い色の眼を向けた。

「嫌なら断ってくれてかまわない」

 使者として、ある者に会ってほしい、と。

「省に勤めていた時に知遇を得た小鬼なのだが。彼はヘキャット先生とも知り合いだ」

 なぜ私に? 当然の問いにシャープ先生はにやりとした。

「腕が立ち、警戒心を抱かせにくい。君、横丁に杖の整備で出向くことがあるだろう?」

 この件に関してはヘキャット先生にも話を通している。

 セラはシャープ先生を見やった。彼も、ヘキャット先生も元魔法省勤務。ランロクが暴れ、一部の――いいや結構な数の小鬼が呼応している現状に、危惧を覚え独自に動いているのか。もしかしなくともウィーズリー先生も噛んでいるかもしれない。彼女もまた元魔法省勤務だ。

 教師が動けば――しかも三人は省でも有名だったという――目立つ。動かせる駒がセラだったということか。

「小鬼側に探りを入れるんですね」

 そうだ、とシャープ先生が頷いた。セラは「いいですよ」と答え、付け加えた。

「昼食代とお小遣い、いただけますよね?」

 そして今に至る。

「あなたがたに王はいなかったかしら」

「昔はいたがな。強欲にも宝を独占しようとして皆で始末したそうだ」

 にこりともしない。ざっと千年ほど前のことなど、伝説と同じだ。小鬼にとっておそれを抱く話ではないのだろう。

 今は各氏族による合議制なのだそうだ。セラは熱心に頷いた。血塗れの小鬼の姿がちらついては消える。かつての王は、楽な死に方はしなかったろう。

「――が、ランロクが頭角を現して、均衡が崩れた」

 小鬼が吐き捨てる。

「氏族を抜け、ランロクの――■■山族へ走る者が多数。無論脅しもあったろうが」

 まるで魅せられたようにふらふらと出て行く者もいた。

 ◆

 漏れ鍋を出て、セストラルで空を翔けながら、さきほどまでのやりとりを反芻した。氏族を抜けた小鬼たち。ランロクに下った者たちのことを。

――トロールを操れるのだから

 小鬼を隷属させることも可能なのかもしれない。

 ランロクはなんらかの力に接触したかなにかして、使えるようだし。いわゆる服従の呪文めいたことも可能だろう……としておく。

 ランロクは腕のいい職人だったとか。装飾品より刀剣類を好んでいたそうだ。が、堕落し、腕を磨くどころか暴れるようになった。そして彼の氏族も暴走し始めた。

「きっかけはあったのだ」

 小鬼の眼は暗かった。ランロクは魔法使いにひどく暴行され、侮辱されたらしい。まるで汚物のように扱われ、踏みにじられたとか。

 性質の悪いのに当たった、と小鬼は言っていた。ポッター家の娘ならば、我々を手ひどく扱うことはないだろうが……。

 ポッター家ねえ。つぶやきは風にとけていく。使者もとい使いぱしりに選ばれた理由に、セラがポッター家の娘だということも含まれていたようだ。

 薬学に明るい大家。戦ともなればリアイスとともに戦うことが多々あるのだが、常は親切な薬師である。聖二十八族なんてばからしいものに載ることを拒否した。同族に、マグルに、妖精に、小鬼に……求められれば薬をつくった。

 病や怪我は、誰だって辛いものだ。養父はよくこぼしていた。人が良く、純血主義にいい顔をしない。そんな人。代々そうだったのだろうなと思う。

 セラが信用――まではいかずとも、好感に似たものをもたれ、あまり警戒されなかったのは、ポッター家の名のおかげだろう。それはセラ自身の成果ではなく、ポッター家が積み重ねてきたものだ。

 なんだかとても帰りたくなってきた。『谷』に。養母は薬草の世話をしているのだろうし、養父はせっせと薬を煎じているのだろう。扉を叩けば笑顔で迎えてくれるはず。

 けれど、時折胸がふさぐ。セラには過ぎたものなのだと。実父と――顔もおぼろな男と、養父母の差に気持ちが暗くなる。愛されていた時はあったのだ。娘としてかわいがってくれていた。欠けることのない幸福があったのに、全部だめになったのだ……。

 どうしようもなかったのだとわかっていても、小さな棘は残り続ける。

 鋭く息を吐く。過去は変えられないのだ。先には未来がのびていくだけ。不確定で曖昧で気まぐれな時が。

 セストラルは音もなく空を飛翔する。あともう少し……キーンブリッジ村あたりにさしかかったとき、爆音が轟いた。

 川――橋と木立の近く。

 下を見る。高度を少し落とす。うごめく塊がいくつか。それは人影で、もっと言えば小鬼が多いようだった。

「これは小鬼の問題――」

「ただの内輪もめならご勝手に、なんだけど。商売人とそれをいびる賊にしか見えないからね」

 男の声だ。年が近い……すっくと立ち、すすり泣く小鬼をかばって杖を抜いている。おや? と思いさらに高度を下げた。呪文を発射して賊を吹き飛ばす。畜生やってられるかと叫び、賊は逃げていった。

「ランロク様が――」

 負け犬の遠吠えを聞くともなしに聞きながら、セストラルを着地させ、背から飛び降りた。

「なにやってるのよギル」

 物騒な観光ね。髪と眼をいじっているがギルに違いない。制服ではなく私服だった。

「人助け」

 返し、ギルは小鬼に声をかけている。近くには壊れた荷馬車があった。あとで修復呪文をかけないといけないな。思いながら、小鬼のそばに寄る。

「怪我はありませんか?」

 膝を突き、問いかけた。疲労困憊し、顔には殴られたような痣がある。杖を向けようとして、躊躇する。小鬼は魔法族を「杖持ち」と言って嫌っている……。

 ポケットから小瓶を取り出す。

「これをどうぞ。災難でしたね」

 小鬼は瞬く。 「なんとまあ。隙あらば値切ろう買い叩こうとする者も多いのに」

「煎じすぎて余ったものなので」

 お代はいりませんよ。小鬼の手をとって、小瓶を握らせる。オレガノのエキスだ。たいていの怪我には効く。

「おじさん、馬車直しといたよ。荷も積んでおいた」

 ギルはさっさと仕事をしていた。小鬼はしきりに礼を言い、荷馬車に乗り込むと去っていった。

 二人で荷馬車を見送る。

「魔法族にすりよっているって言ってね」

 通行税と称して荷を強奪しようとして、抵抗したら乱暴してたのさ、あいつら。

 ありえる話だと耳を傾け、ギルの横顔を見た。

「お休みの日にぶらぶらするなら、ホグズミードじゃあないの?」

「アッシュワインダーズのあれこれを調べててね」

 ナティが。

「……なにやってるのよ」

「故郷でああいうのとごたごたして、許せないんだってさ。僕も心配だし、どうせぶつかるだろうしで噛んでる」

 悪事の証拠を掴んで当局に出せば、多少は助けになるでしょう、だって。

「ざっと偵察して、構成員の数をどうこうとか、それくらいにしときなさいよ」

 あとは小さい野営地を潰すとか。それにしてもナティはなにを考えているのか。

「余裕があるなら、ルックウッドの館の偵察はしておいたほうがよさそう」

 ふとこぼし、杖に手を添えた。三十歩ほど先の木立から、誰かがやってくる。小鬼だ。ランロクの一味だろうか。それにしては、穏やかな顔つきだ。

 あれ、とギルが声を上げる。

「あなた、前に『三本の箒』にいなかった?」

 バタービールをうまそうに飲んでたから、僕もつられて頼んじゃったんだよね。

「あそこのものはどれもうまいさ。私はシローナの友人でね。名はロドゴク。さっきの顛末は見せてもらった」

 私が介入するまでもなく片づいてよかった。

「ランロクには困ったものだ」

 小鬼は二人を見上げ、にやりとした。

「どうかね魔法族」

 盗まれた伝説の兜に興味はないかね。

 

 

 靴が、湿った土を踏む。粗い石壁に片手を突きながら、セラはギルの広い背を追った。

 目的は『アースコットの兜』。小鬼の宝で、名高い職人がつくったのだそうだ。

「だが魔法使いに奪われた」

 シローナの友人――小鬼のロドゴクは言った。数年前のことで、先日ようやく場所らしきものを突き止めたのだという。

 ランロクの頭を冷やすためにも、どうか取り戻しに行ってくれないか、と言われ、セラは成り行きで同行することになり、今に至る。

 別に面倒ごとに好んで首を突っ込んでるわけではない。なぜか面倒ごとがやってくるのだ……とセラは思った。ロドゴクにホグズミード近くの墓場、地下廟の一つに案内され「ここに隠し扉があってその先に洞窟が」と言われたときはめまいがした。ギルに任せてホグワーツに帰るべきだった。夕食もまだである。ロドゴクが携帯鍋でなにやら煮込んで「早く戻ってきなさい。準備しておくから」と言っていたか。「あれはきっとシチューだな。いいね」とギルは呑気だった。

 階段をいくつか降り、室を抜けた先に行き止まりがあった。ギルが探知の呪文をかければ、ぼうと扉の輪郭が浮かび上がる。セラは扉に杖を向けた。

 ◆

「セラは呪い破りかなんかなの」

 ギルの杖が弧を描く。たちまちのうちに蜘蛛が石となり、砕け散った。下手に斬れば体液が飛ぶ。妥当な選択だ。セラは顔をしかめながら蜘蛛を空中に打ち上げ、石化させた。落下とともに砕け散る。

「ウィーズリー先生がね」

 話してくれたのよ。返しながら蜘蛛をさばいていく。ああ、このうぞうぞとした足が嫌だ。蛇のほうがまだいい。かわいいし。オミニスは蛇に好かれてうんざりしていたな……と他愛もないことを思い出す。首にまきつかれて絶望していた。「蛇に罪はないが俺は嫌だ」とぼやいていた。そのくせ蛇語は話せるし蛇を操れるしで、本人の好悪と才能は別だなとセラは感じたものだ。

「あの人、呪い破りだったから」

 最後の蜘蛛を始末し終え、腰に巻いた革帯――ポケットがたくさんついている――から、小瓶を取り出した。己とギルに中身をかける。虫除けの薬である。入る前にかけておけばよかった。

「色々聞いたのよ」

 気さくな先生だ。たまに図書館で会って話すこともあるし、監督生の仕事の報告で彼女の室に出向くこともある。呪いの破り方や、仕掛け破り方等々、雑談ついでに教えてくれるのだ。

「あの隠し扉の仕掛けはゆるかったけど」

 義兄仕込みの鍵開けでなんとかなった。杖十字会は、腕試しと称して「困りごと」を解決することもある。時には鍵開けや封印解除の手段も必要だ。

 たとえばこの前なんかは「家の墓に不用意に入って呪われたので助けてほしい」というものがあったようだ。杖十字会の長、義兄ことイライアスはスキップしながら依頼をこなしたらしい。冒険が好きなのだ。古い墓なんてもっと好きである。魔法薬の材料にもなる、亡者あれこれがとれるから。

「……ゆるすぎたんだけどね」

 楽しかったよと言う義兄と「これじゃ僕らなんでも屋だよねえ」と言う調整役ルーカンの姿を頭から追い払った。

「いまのところ、いたのは蜘蛛ばかりだし」

「誘い込んで消そうって?」

 ありそうだねえ。ギルの態度は変わらない。修羅場をくぐってきた男なのだ。

「それにしては」

 人の気配がないな。ギルの眼は淡く輝いている。魔力の輝きだ。やはり『識眼』持ちなのだろう。魔力を視る眼。視えるものに、失われた古い魔法も含まれていたのだきっと。

「拠点のはずなのだけど」

 兜を奪った誰かは、ここを生活の場にしていたようだ。墓地なんてたいして誰もこないし、あえて探す者がいない限り露見しないだろう。てっきり入口の仕掛けを簡単にしておいて、侵入者を排除するつもりかと思えば。

 たまたま出かけているのかなと呟いて、ギルは歩を進める。蜘蛛はセラたちを見ても寄って来なかった。

 しんとした時間。薄暗い中、ギルを追う。戻った頃には真夜中だろうか。一応、シャープ先生とヘキャット先生に連絡は入れておいたけれど。

 足をはやめる。ギルの歩幅は大きいのだ。いや、セラが遅いのか。悲しいかな、体格差である。

 先をゆく背。あたりは暗い――ひどく暗い。

 ちろちろと燃える紅の光。火の粉のようだと思い、そうではないと思い直す。赤黒い光の粒。

 よくないものだ、と思う。触れてはならず、忘れられるべきものなのだ。こぼれた力の欠片。

「早く行かないと」

 ランロクは、なにをしでかすかわからない。

「まさか――」

 ギルの隣にはフィグ先生がいる。張りつめた気配が背から漂っていた。

「ここまでやるか」

 小鬼を嘗めていたよ。低い呟き。

「同胞がどれほど死んでも構わないようだ。守りは堅い。たとえ小鬼の銀でも容易には破れない。また、侵入者を排除する仕組みもあるはずだ」

 どれほどの怒りが小鬼に下されるか、私にもわからんよ。

 ふ、と視界が明るくなる。魔法の火が洞窟を照らす。とん、とギルの背にぶつかった。

「ごめんな――」

 さい、と言おうとして、鼻を突く異臭に顔をゆがめた。ギルの背から顔を出す。

「うかうかと入ったら死ぬよね」

 そうね、と頷く。視線の先には円形の室。置かれている柩。置かれた兜。そして――起き上がり、あるいは地から手を突き出し這い出てくる亡者の群れ。

 葬送人がいたならば、亡者を亡者たらしめている魔法を一気に解除するだろう。だが、セラたちはただの学生でただの魔法族だ。もっとも楽なのは。

 セラは小瓶を取り出して、放り投げた。インセンディオを放ち、ギルに言う。

「盾を」

 いや、言おうとしたが、ギルは察しがよかった。開口部を盾の呪文が塞ぎ――紅蓮が室を席巻する。炎の魔法と念のために仕掛けた爆炎薬が、いかんなく力を発揮し、亡者を食っていく。跳ね、踊り、悲鳴を上げ、彼らは出口に殺到する。鈍い音が幾度も響く。炎に舐められ、端から食われて崩れていく。その様を、ギルとセラは眉ひとつ動かさず見守った。

――これ以上おとしめられるより

 このほうがずっといい。

 やがて炎が消える。ギルの額から頬を汗が伝い、顎先で玉となって滴った。盾の呪文が解かれる。とたんに独特の――肉が焼け、骨がいぶされる臭いがした。靴が焦げた骨を踏む。軽い音とともに砕けてしまった。

 なるべく骨を避けながら、柩――その上の、輝く兜を目指す。ギルが慎重に手を伸ばし、回収した。何事も起こらない。盗人は呪いをかけたりはしなかったようだ。

 だが、その本人はどこに? 二人の眼は鎮座する柩に向かう。ぴったりと閉ざされた蓋。元は貴人のための柩だったのではないか。長い足が伸びる。ギルが柩の蓋を蹴った。滑り落ち、固い音を立てる。杖を構えたセラは、横たわる誰かを捉え――次の瞬間には息を詰めていた。

――首

 セラの首に、がっちりと食い込む手。異常に長い。まるで、呪文に失敗したような。いびつな変質のような……。

 柩から離れているべきだった、と後悔する。たぶんきっと、この腕の主は、柩に横たわっていた人物は亡者の主で。亡者をつくってつくって守りにして、でも失敗して逆に。

――失敗して

 視界が明滅する。赤黒い闇がやってくる。

 失敗した。私は失敗した。未来を見通せなかった。わざとじゃないの。

 母の悲鳴が聞こえる。セラ、と必死に名を呼んで。

 明確な殺意をもって、父がセラの首を絞める。みしりと骨がきしむ。ああ、喉がつぶれる。

『お前なんて』

 

 代わりに死ねばよかったんだ。

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