【完結】竜殺しの孫   作:扇架

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九話

 忙しくしているうちに十月になっていた。厨房でハロウィンの料理を試作しているのか、城にはカボチャの匂いが薄く漂っていた。図書館も例外ではなく、甘い匂いに浸食されていた。

「解読できちゃったの」

「血筋の者しか開けない読めないなんて保護がかかってなくてよかったよ」

 いつもの席で、セバスチャンは本を軽く叩いた。年月を経ているはずなのに、不気味なほど古さを感じさせない。

「スリザリンにとって、秘密にするほどのものじゃなかった?」

「かもな。書斎をつくって、資格のある者しか入れないようにした。本にまで厳重な仕掛けを施そうとは思わなかったんだろう」

「それで?」

 前に遺跡がどうこう言ってなかった? と訊いてみる。うん、とセバスチャンは頷いた。

「それが――」

 

「君の実家の近所ってどういうこと?」

 びっくりだよねと言ったのはギルである。休日の早朝。場所はフェルドクロフト近くの墓所。

「あなた、そのスリザリンの弟子の子孫とかじゃないでしょうね?」

 墓所の中はひんやりとして、どこからか風が吹いている。荒削りの壁に手を突きながら、セラは慎重に石段を下っていった。

「さすがにないんじゃないか? 僕もサロウ家の歴史なんて知らないけど。なんにせよ、千年くらい前の話だし、サロウなんて存在してなかったろうし、フェルドクロフトもあったかどうか」

「元はルックウッドが治めてた村らしいしね」

 石段を下り終わる。ほっと息を吐いた。妙に曲がりくねっていて、滑りそうな石段だったのだ。

「リアイスの情報か?」

「ルックウッド家が長で、たぶんサロウ家が実質的なまとめ役だったんだろうって」

 名こそ残っているが、今では衰退し、一族から賊まで出る有様だ。

「だから守護者のルックウッドが、フェルドクロフトに手を貸したのか」

 ギルの言に頷く。守護者を自認し、ホグワーツの教師を務めたチャールズ・ルックウッドのことだ、別に己の村でなくとも、救いの手をさしのべようとしたろう。

『ルックウッド家はその昔、高潔な名士の家として名高かったようだ』

 災害で家々が壊れれば直して回り、作物の実りが悪くなれば、土を蘇らせていた。

『そのうち身内同士の争いで分裂し、館を維持する金子もなく、フェルドクロフトを捨てて出ていった』

 よくある話だ、と締めくくったヘクターは、なにか用事があるとかでどこかに行っている。ポピー絡みとは聞いていた。

「なんにせよ……すべては歴史の闇の中、さ」

 ぼう、と灯りがついた。広い空間を照らし出す。並ぶ柩には封印が施され、死後に亡者として利用されるという冒涜を受けないようになっていた。壁に納められた柩も同様のようだ。

――不用意に柩を開けられない

 どんな呪いが仕掛けられているかわかったものじゃない。セラたちは慎重に歩を進める。広間を中心に、四つの室が続いている。そのどれにもそれらしい――遺物があるらしい――印はない。

「一人じゃ手に余ってたな」

「墓所が怖いから僕らを誘ったと思ってたよ」

 セバスチャンは無言でギルを蹴ろうとした。ギルはさっと避けた。セラは男子どもをちらりと見て、ぐるりとあたりを見回した。ここは広間から北側の室だ。並ぶ柩。かすかに光る古代語に覆われている。

「この室だと思うんだ」

 セバスチャンは本を取り出す。スリザリンの呪文集だ。

「書いてあったってこと?」

「いや。冷えていってる。たぶん、本が鍵なんだ」

 歩き回ってみなよ。ギルが提案し、セバスチャンは従った。本を片手に室をぐるぐると歩く。柩を蹴らないように慎重に。そして、奥――壁際で止まった。

「ここだと思う」

 三人は地に眼を落とした。正確には古びた柩に。ほかの柩と変わらず、呪文が施されている。開けるべきか否か。

「本が鍵だとしたら」

 セバスチャンが腰をかがめる。本を柩の上に置いた。緑の輝きが溢れ、眼を細める。柩が溶けるように消え、階段が現れた。本が落ちる軽い音が響く。

「その弟子とやら、スリザリンの愛弟子だったんだろうね」

 はあ、とギルが息を漏らす。

「師の呪文集を『鍵』にできるだけのものはあったんだ」

「……村の人たち、墓所に地下があるなんて知らなかったろうなあ」

 ソロモン叔父さんには黙っていよう。絶対いい顔しない。セバスチャンが呟きながら階段に足を向ける。杖を構えたまま、セラとギルも彼を追った。ぽつぽつと灯りがともっていく。墓所はますます冷えていき、吐く息が白くなった。

 と、とセバスチャンが最後の段を降り――杖を振った。赤い輝きに、影が弾き飛ばされる。

「聞いてないわよ」

 あちらこちらに銀色の輝きがある。天井や壁に張られた巣であった。うぞうぞと出てくるのは蜘蛛だ。数えるのも面倒なほど。侵入者たちに、蜘蛛たちが眼を光らせる。

「これも『弟子』の仕掛けかな」

「知るか」

――約十五分後、なんとか駆除が終わった

 しばらく蜘蛛はいい、というのが三人の共通した思いだ。

「セラいいの? 材料いっぱいだよ」

「焦げてるしね……これだけ転がってたらさすがにちょっと」

「これだから魔法薬学得意なやつは嫌なんだよ」

 セバスチャンにけなされても、セラは無視した。普段なら蜘蛛の足の一本二本は持って帰る。しかし、だ。広間は焦げた蜘蛛だらけ。なんとも厭な臭いもしている。なによりくたびれていた。これでも、随分と楽をしたほうなのだ。蜘蛛は蛇を嫌う。アクロマンチュラでさえ、蛇の王――バジリスクを恐れる。数が数だったので、セバスチャンがバジリスクの幻影をつくり、恐慌状態に陥った蜘蛛たちを一カ所に閉じこめ、セラが焼いたのだ。酷いと思うがセラは蜘蛛に殺されるなんてまっぴらだった。死ぬなら即死がいい。毒は嫌だ。

 三人で焦げた蜘蛛を隅に寄せる。消失呪文をかける元気はなかった。広間の中央には柩があり、蓋が開いていた。調べるまでもなく、そこには骨があった。

「祖の骨を守りとする無礼をお許しください……」

 セバスチャンが本の一節を呟いた。なるほど、確かに広間は骨だらけだ。柩が朽ちてしまったのだろう、壁には骨が鎮座している。奥の扉も縁が骨で飾られて――。

「趣味悪いね『弟子』」

「そりゃあ、あんな性質の悪い罠を仕掛けるスリザリンの弟子だぞ?」

「ねえセバスチャン、ろくな遺物じゃない気がしてきたんだけど」

 三人の眼は、扉の飾り――欠けた部分を見つめていた。つ、とセバスチャンが中央の柩に視線を投げる。

「ここまで来たんだから帰れないだろ」

 ひょい、と杖を振る。軽い音とともに、柩の骨がふわりと浮いた。セバスチャンの指揮の下、扉の縁にぴたりと収まる。じわりと、緑が滲み、扉を覆う。誰かに押されたように扉が奥へ引っ込み、隙間ができた。

 

「……すらも立たせる? 起きあがらせ……? 従える、かな」

「蘇らせるとか」

「いや、魔法の原則に反するだろう」

 開かれた扉の先、こじんまりした室で、三人はしゃがみこんでいた。銀、くすんだ青、黒の眼が見ているのは、銀の飾りで縁取られた三角錐。セバスチャンが突き止めた『遺物』だ。

 拡大鏡で三角錐に眼をこらし、刻まれた古代語を読み解こうと悪戦苦闘している。スリザリンの本には、遺物の力について、詳しいことが書いていなかったのだ。

「治癒の系統には見えないわね」

 セラは拡大鏡を仕舞った。一応、遺物に悪質な呪いはかかっていない。ただ、セラが触れると痺れが走った。ここまで入ってこられたのだから資格はある――しかし、グリフィンドールの末裔はお断り、ということだろうか。もしヘクターがいて触っていたら酷いことになっていたかもしれない。弟子にまで反グリフィンドールを吹き込むなんて、スリザリンは意地悪だ。

「……趣味も悪いし」

 闇色の遺物の一辺一辺は、銀の人型が飾られている。男女どちらともつかないそれは、表情が生々しい。安らかに眠っているような顔ならいいのだが、苦悶の表情なのだ。

「調べてみなきゃわからない」

 セバスチャンが手を伸ばす。ためらいなく遺物を掴み、ローブのポケットに入れた。

「スリザリンの本に、奇跡のような力が使えるって書いてあったんだから」

 きつい光を宿す眼と裏腹に、声にはすがるような響きがあった。

 

「明らかに怪しいだろう」

 とっとと置いてこい、と厳しい声で言ったのはオミニスだった。セラとギルが「いかにも呪われそうだから」「絶対治癒とかそっちじゃないでしょう」と遺物を置いて帰ろうと言ったのにセバスチャンは聞かなかった。機嫌よく「調べればいいさ」「千年前の遺物だぞ? 歴史的価値もある」と言い、さっさと室を出て墓所入り口まで戻った。これ以上下手につついたら、ますますセバスチャンが頑なになりそうだ……とセラとギルは黙ってついて行くことにした。敵に死をどうとか、呪いあれなんてことは書いていなかった……はずであるし。古代語の心得はあるが、所詮学生で素人なのだ。どこかで誤訳があるかもしれない。

 遺物に強力な力があって、使いようによっては治癒の魔法を数段階引き上げるなんてことも可能かもしれない。セバスチャンの言うことも一理あるのだ。調べてみなければわからない。

 が、セラとギルの友情ゆえの甘さを、オミニスは叩き斬った。セバスチャンの動向に気を配っていたオミニスは、なにか怪しいと踏んで追ってきたらしい。盲目もなんのその。彼は姿現しを完璧に使いこなすし、知覚補完の杖によって、障害物も避けられる。ついでに魔力だか匂いだかも感知もできるようだ。

 そんな有能な男が薄い日射しが差し込む墓所入り口で待ちかまえていたのだ。

「アンを救えるかもしれないんだ」

「かもしれないだろうが。いいかスリザリンがどれだけ悪辣か、僕は嫌ってほど知ってる。なんせ子孫がああだからな! 弟子も絶対ろくでもない」

 奇跡なんてあるもんか。闇の魔術に関わるんじゃない。一息に言って、オミニスはセラとギルを睨みつけた。盲目のはずなのに、ぴたりと視線をあわせてくるのだから怖いものだ。

「お前たちも止めろよ」

「言ったよ色々」

「セバスチャンが言ったら聞かないのはわかってるでしょう、オミニス」

 一度こうと決めたらひたすらに突き進むのだ。なんとしても目的を遂げる。どんなことをしても。

――妹が

 不治の呪いに冒されて割り切れるわけがない。治療法を求める気持ちはわかる。

「……悪い運命も、あがいてあがいて、針一筋でも変えられることはあるのよ」

 オミニス。囁きかければ、彼の顔が歪んだ。

「ありもしない希望をちらつかせるのは、酷いことだろう」

「絶対的な未来なんて、ごくわずかなのよ」

 一歩、二歩と彼に歩み寄る。耳元で囁いた。

「無理に押さえつければ、どう暴走するかわからない」

 視たのか、とオミニスが囁き返す。背後では「オミニスも言ってるしさ」「嫌だ」と、ギルとセバスチャンが言い合っていた。

「わからない」

 正直に答えた。都合よくすべてが視えるものか。必要でない限り、あえて視ようとも思わない。

「ただ、セバスチャンに諦めろと言って、突き放しても解決しない」

 オミニスはため息を吐く。セラは彼から離れた。

「機会をくれないかオミニス」

 ギルが呼びかけた。

「苦労して手に入れたんだ。セバスチャンが持って帰りたい気持ちも分かる。だから一度だけ持って帰る」

「詳細もわかってないんだ」

 お前が反対しても僕はこれを持って行くからな。

「捨て犬を拾って飼うなんて話じゃないんだぞ」

「昔のことを蒸し返すなよ」

「――好きにしろ。ただ、それに邪悪な魔法がかかってたら、俺が壊すからな」

 ああ、ソロモン小父さんの気持ちが分かる。ぶつぶつ言い、オミニスは踵を返した。彼を追って外に出ると、姿が消えていた。長居は無用とばかりに姿くらまししたようだ。

 待たせていたヒッポグリフにまたがる。ギルも同じく。セバスチャンだけが手間取っていた。ヒッポグリフの手綱を握ったまま、何事か考え込んでいるようだった。

「……従えるって服従か……だとすれば――」

「行くよセバスチャン」

 声を掛け、ヒッポグリフに合図を送る。一、二、三でふわりと舞い上がり――セラは何の気なしにフェルドクロフトへ眼をやり、息を呑んだ。

 

 黒煙が、上がっている。

 ◆

「アン、叔父さん!」

 叫び、セバスチャンがヒッポグリフから降りる。フェルドクロフトの家々から煙が上がり、小鬼が守りを突破して、続々とやってきていた。

「お行き!」

 セラはヒッポグリフに乗ったまま、小鬼を蹴散らしていく。飛んでくる斧を盾の呪文で弾き、ヒッポグリフの強靱な足で小鬼を蹴り飛ばす。

 アンとソロモンをはじめとした村人も、セバスチャンもギルも応戦する。が、数が多い。

 眼は燃えさかる紅。纏う鎧も紅を帯びている。ランロクの信奉者――狂った連中だ。痛みも恐れも知らず、ただ憎しみだけがあるように、魔法族を始末しようとやってくる。

 馬上の人のセラが厄介な相手だと認識したのか、小鬼たちはセラを集中的に狙うようになった。振り払っても振り払っても向かってくる。飛んでくる斧を防ぎきれず、頬が切れた。

「おかしいな」

 首を狙ったのになあ。けらけらと笑う小鬼。

「なあ小娘」

 お前の銀色。くりぬいて飾ったらさぞかし綺麗だろうなあ。

 大斧の一閃を避けたのはヒッポグリフだ。が、得物の柄が伸び――吸い寄せられるように首へ。叩き斬るつもりだ。と、とヒッポグリフが地を蹴る。ふわりと浮かぶ。刃が迫り――火花が散った。

 空へ逃れ、セラは息を吐いた。守りだ。ヘクターからもらったスカーフと、おそらくロドゴクの耳飾りと。なければどうなっていたか。

「降りてこい」

 鎖が追ってくる。ヒッポグリフごとセラを捕らえようとして――それは無数の蛇となり、小鬼たちに降り注ぐ。悲鳴が上がる。

「このアマ!」

 怒声を上げ、セラをなんとしても引きずりおろそうとしていた小鬼たちは――次の瞬間、紅蓮に包まれた。ヒッポグリフが羽ばたく。炎は柱となり、野太い悲鳴が木霊する。

「さすが」

 眼下を見やる。ソロモンの仕業だろう。引退したとはいえ、元魔法警察。小鬼をなるたけ引きつけた、セラの意図を察してくれたらしい。

 杖十字会には無駄足を踏ませちゃうかも。応援要請を出すまでもなかった……と思いつつ、ヒッポグリフを促す。敵はあらかた片づけた。残りはどうにかなるだろう。

 と、と地に降り――雄叫びが響いた。

「どれだけいるんだ!」

 ソロモンが怒鳴る。なんと第二陣がいたらしい。青白い輝きが弾け、轟音が響いた。

「ここを支配したいんでしょうか」

 いや、そんな感じじゃないな。殺しにかかってるよな。既存の魔法よりも強力な雷を降らせ、ギルが一人ごちるように言う。

「決まってるさ」

 皆殺しにしたいんだ。セバスチャンは畑の向こうからやってくる一団に突っ込んでいく。

 またも混戦となってしまった。セラたちは分断され、しかし着実に敵を片づけた。

――さっさと終わらせないと

 遠目に見える、アンの息が上がっているようだ。発作が起きないうちになんとか……。

 『狼縛り』を行使する。数人まとめて縛り上げ、粉砕呪文で四肢をへし折った。悪魔めと呪われようが知ったことではない。

 段々と戦場が静かになっていく。呪いの声と痛みに呻く声が増えていき、小さな悲鳴もした。

 アンの悲鳴。彼女がくず折れる。散開した魔法族の間をすり抜け迫る影が一つ。

――発作

 こんなときに。

『服従せよ』

 冷たい声。小鬼が止まり――。

「服――」

 いけない。

 この未来はまずい。

 杖を振る。めきり、と鈍い音がして、小鬼が地に転がる。ギルがアンに駆け寄った。間に合った、と息を吐く。セバスチャンのほうを窺った。彼は杖を下ろし、寸の間、呆としていた。

――よかった

 使わせないで済んだ。ぎゅっと杖を掴んだ時、セバスチャンが眼を見開いた。

「セラ!」

 後ろ、と聞こえたか聞こえなかったか。振り向く。ヒッポグリフも身をよじった。

 とん、と地を蹴った小鬼が振りかぶるのは赤黒い刃。小鬼が好む、大斧で。

 音もなくセラに向かってくる。鞍から転がり落ちようとし、背に熱い痛みがはしった。

 ぬかるみに落ちる。悲鳴が漏れる。ヒッポグリフがいななく。ど、と倒れ。

「銀色」

 もーらい。

 片方の眼に痛みがはしる。

 あぁあああ! ほとばしるそれは誰のものか。みしみしと、胸の悪くなるような音とともに細い細いそれが差し入れられ、掬い取った。

 転がり回る。片方が暗くなる。失われる。熱いものが流れる。

 もう片方、と悪魔が囁き――ごとり、と首が落ちた。玩具のように倒れるそれ。その向こうには燃えるような群青の色。

 さん、と銀の刃が振られれば、真っ赤なものが流れていった。

――ヘクターだ

 来てくれたのだ、と安堵して。痛みに耐えかねたセラの意識は断絶した。

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