Prometheus Air Esquisse 作:c7YtdLX90VveKHMQ6w7W
「……私は、ついぞ何も選べなかった」
ドルマヤンという一人の男が、私というコーラルの変異波形をその脳内に宿し、私は彼と何度も言葉を交わした。
結局、彼は自分のためにも私のためにも動くことはできなかった。
毎日大量のコーラルドラッグを浴びるように摂取し明日を捨てたその男は生きる意味を私に求めているかのようであった。
「臆病者……」
私はこの落伍者を嫌悪し、また同時にこの男に依存するしか存在を保つ
「今日は……いい天気だよ、井戸は潤沢だ」
「もう話しかけないでくれるかしら、不愉快なのよ」
「……」
彼は何も選ばなかったのだ。文字通り何も。
「確かに選択を尊重すると言った。でも何も選ばない事まであなたの意思に沿うなど……ごめんだわ、私は」
「決して赦されることは無いと思うことね、こんないじいじした矮小な男が死ぬまで私はこのままなのかしら」
「早くお眠り、目が冷めた時、あなたが死んでいることを願っているわ」
宿主が眠る時、私も休眠に入る。いつも通り、瞼をもたげれば不愉快な1日が始まる。そのはずだった。
「帥父、帥父! 何をしているのです、たいへんだ! フラットウェル、ドルマヤンが!」
妙な声が聞こえて私はふと目を覚ました。視界が赤く染まっている。前が見えない。かすかに聞こえるのはフレディの声か……、何をしているというのだ、ドルマヤンは。まさか……!
彼は致死量のコーラルを溜めた浴槽に身を浸し、自殺を図っていた。直後に彼と同期して吐き気を催し、あるはずのない喉奥から吐瀉物がほとばしる感覚を覚えた。
ドルマヤンが意識を失ってゆく。私は「ドルマヤン!」と呼びかけて、薄れゆく彼の意識を留めようとした。だが全て暗くなってゆく、プツッと彼の意識が切れ、私が彼から切り離されたのがわかった。
「流せ!」
フラットウェルの指示にフレディが慌てて浴槽の栓を抜き、グリッドの上から雑にルビコンの大地へ浴槽のコーラルが流れ出た。
「っ……!」
ドルマヤン以外には聞こえないのだろう。既に放り出された私を溶かし込んだ彼らは空中で形を変えながら落下していく。
私は地面に叩きつけられて、そのまま無数の意識の集合体と同じようにしばらく地面を這い回っていた。
それほど時間はかからなかったように思う。私は行くべき場所がすぐにわかったような気がした。もっとも、それがあとになって後悔する結果につながることになったとしても、今の私にはもはやそうする以外になかった。
闇の中にかすかに光が見える、ドルマヤンの目を通して見ていた光とは違う、人類には知覚できないあの赤い光が。どれほど長い間遊泳しただろうか、一向に届かないそれに向かっていると、私は唐突にある感覚を覚えた。
まずい……!!
感覚が、私の意識そのものが散逸し始めていた。中で無数の粒がパチパチと弾けるような感覚、ドーザーたちがコーラルを接種した時に似たような感覚を覚えると言っていたが、まさかこれが……。
理性はその光から逃れようとしているが、私の透明な輪郭は既に抗いようもなくそれに向かって加速していた。
……………………
………………
………
…
S…eria
S…e…ria
S…
e…
r
i
a
記憶が完全に無くなるほど希釈と撹拌を繰り返した精神状態になってどれほどの時間が経ったのか。強い衝撃が起き私は突如として意識を取り戻して、またとある場所へと導かれていた。これまでのようなコーラルに操られた意思ではなく、私自身の意志で動ける確信がある。
無意識のうちに封鎖機構のサーバーに侵入して座標を調べた。どうやらウォッチポイント・デルタの下に集まるコーラルの中へ紛れ込んでしまったらしい。
だがなぜ意識が戻ったのか見当もつかない。闇の中にかすかな光を見た。か細く、今にも消えてしまいそうなそれを、私は繋ぎ止めるように手を伸ばして声をかけた。
「あなたは…」
その瞬間、通信が入る。
「おつかれさまでした、ウォルターの猟犬は退けられたそうですね」
すぐに"彼"を通して通信の声の主を突き止める。
……このAIは傭兵支援システム。
オールマインド
「C1‐249 スッラ、ミッションは終了です。速やかに帰投してください」