「颯季です。シキちゃん、いらっしゃいますか?」
「シキー、はいるよー」
森が1つ地球上から消えた次の日、ボクと諏訪子様はシキちゃんのお家に来ていました。訪問した理由は、あの妖怪の山での騒動で重症を負って、1ヶ月以上経っても未だに目が覚めないシキちゃんのお母さんの様子を見に来たからです。
というか、諏訪子様。余り家主の許可なく家に入るのは良くありませんよ。相手がシキちゃんでも変わりません。親しき仲にもと言うやつです。ですから、ボクの制止を振り切って家の中に入ろうとするのはやめてください。
ボクは、何とか諏訪子様の手を取って引き留め――ようとしましたが、諏訪子様に手を握られてしまいました……。しかも、指と指を絡める、所謂恋人繋ぎとか言うやつです。ボクの顔に血が上ってくるのを感じます。早く離さないと……!
「えへへ、颯季が離したら、勝手にしちゃうよー?」
「わうー……」
にこにこと上機嫌そうに言う諏訪子様にボクは何も言えませんでした。ここは仕方ないですし、諏訪子様に乗ってあげましょうか。ボクの手をにぎにぎされるのは、恥ずかしいですけどね。
「あ、颯季さん。諏訪子様も。すみません、いつもありがとうございます。どうぞ、中に入ってください」
「ほらほら、颯季早く行くよー」
「あ、諏訪子様待ってください。……すみません、シキちゃん。お邪魔しますね」
ぱたぱたと音を立てて顔を出したシキちゃんを見ると、諏訪子様は一目散にボクの手を引いて家の中へと入っていきました。……これ絶対今さっきボクと交わした約束守る気なかったですよね?まぁ、少しは守ってくれたので今回は許しましょうか。
因みに、シキちゃんのお家はこの村の防衛を担っていただけあり、他のお家よりも少し大きいんです。まぁ、インテリアも何もない時代なので、シキちゃんのお父さんが眠る神棚以外は殺風景極まりないですけどね。
あ、この時代は竪穴式が一般的で、この村もボクと諏訪子様が住むお社以外は例に漏れないのですが、このシキちゃんが住むお家だけは床や壁に木材が使われるちょっぴり豪華なお家なんですよ。他のお家は教科書で見るのと同じようなものでした。実際に教科書の絵で見た光景を自分の目で見れるのって何気に凄い経験ですよね。ボク、少し感動しました。まぁ、前世の最押しに会えたことの方が感動しましたけどね。
「やっぱり、まだ目を覚ましませんね」
「まー、そりゃあね。あれだけの傷で生きていた方が奇跡だっただろうし」
ボクと諏訪子様は家の奥まで向かいます。そこには、何重にも敷かれた布の上に寝かされたシキちゃんのお母さんがいました。失われた右側の四肢と左目を覆うように巻かれた包帯が痛々しい姿です。
あの日、ボクがシキちゃんのお母さんの臭いをしっかりと嗅ぎ分けられていればこうはならなかったのでしょう。その事実が、ボクの胸に重く圧しかかります。
「やっぱり、忘れられないんだ?」
「それは……そう、ですね」
忘れられないとかではなく、忘れたくない。と言うのも少なからずあると思います。ボクは、この
そして、死んでいった人達は永い永い時の中で何時かは必ず忘れられてしまう。時の流れは何処までも無情で残酷なものなのです。そんなの、余りにも悲しいじゃないですか。ですから、ボクは、ボクだけはどんな些細なことでも、この
「忘れたくありません」
「そっか。うん、颯季らしくていいと思う」
諏訪子様はボクの言葉を否定するでもなく、笑いながら肯定してくれました。ちょっと、意外でした。てっきり、悪いことは全部忘れて、楽しいことだけ覚えとけ。とでも、言われるのかと思ってました。
「いやー、確かに私の生き方的には、イヤーなことがあったら、ぱーっと楽しんで悪いことは全部忘れて生きた方が楽しいって思うよ?でも、それは私の
そして、これは飽くまで私の考えだけど。と頭に付けて諏訪子様が言葉を続けました。
「颯季がどんなことでも忘れないって言うのは、それだけで死んだ子達からしたら力になる。颯季が覚えている
「土着の神となって、この地を守ってくれる戦力になる。と?」
「ん、そういうこと。人間の魂は、無限に湧き出てくる水なんかとは違って有限だからね。だから、魂達が人間に忘れられて、力を失った結果現世に存在できなくて消滅。なんて、もったいないじゃんね?」
度々思ってたんですけど、諏訪子様ってツンデレ混じってません?今のだって、要約すると村の人の魂が遠くの子孫達に忘れられて消滅して欲しくないってことですよね?勿体ないって、言い訳として使ってるだけみたいですし。
諏訪子様にも言われましたし、これからも皆さんとの思い出を全部覚えるという気で生きていきましょう。出雲よりも神様が多く集まる場所を目指しちゃいましょう!
「んじゃ、そろそろ処置しないとね」
「そうですね」
「お母さんをお願いします、諏訪子様、颯季さん」
既に、ボクと諏訪子様は何度かここにお邪魔して、シキちゃんのお母さんの身体の状態維持に努めています。とは言え、この時代には点滴やら心電図なんて言う便利なものは存在しません。ですから、この時代で昏睡状態になることはそのまま死を表します。
では、どうやってシキちゃんのお母さんは一ヶ月も生きていれるのか?どうやって、ボク達がシキちゃんのお母さんを延命させることが出来ているのか?それを今からお見せしようと思います。
「颯季、合わせてね」
「はい、分かりました」
「じゃ、いくよー。せーの」
――『守る』
ボクは、シキちゃんのお母さんが欠損した部分の傷痕を覆うように守るの結界を出しました。諏訪子様は、その上から身体全体を包み込むような結界を更に張りました。
ボクの結界は結界外からの物理的干渉を全て防ぐというものです。人は当然として、小さな虫であったり、虫よりも小さい微生物だったり、果てには雑菌や空気すらも中に入るのを防ぎます。凄いですよね。そして、この推定東方世界には、幾つかの結界があります。
1つが、『守る』と似たような防御用の結界です。これは、弾幕や物理攻撃などある程度の攻撃を防ぐことが出来るもので、一見『守る』の下位互換のように見えます。しかし、実際は全然そんなことありません。2つともそれぞれにメリットとデメリットが存在します。
まず、『守る』のメリットですが、これは明確でどんな攻撃でも全てを防ぐことが出来ることです。それが、物理的なものでも、精神的なものでもです。
そして、デメリットについてですが、これもまた単純です。それは、長時間連続して使うことが出来ないことです。これには、ちゃんとした理由があって、さっきさらっと説明した時に、空気の浸入すらも防ぐと言ったと思います。まさに、それがデメリットです。『守る』とは、言うなれば自分の周りと世界そのものを物理的に隔離させるんです。ですから、ボクが吐き出した二酸化炭素は『守る』の中に残りますし、新しい酸素が入ってくるなんて都合のいいこともありません。更には、ボクがこの中で炎を使っても『守る』の中で大火事が起こるだけです。つまり、攻撃が効かない代わりにこちらの攻撃も相手に届かないのです。長時間使用すると、空気中の酸素がなくなり、ボクは死にますから常時使用するなんてことが出来ません。一応、ボクが『守る』ごと移動することも出来ますが、それは密閉された箱を動かすのと同じでとても動きづらくなります。しかも、しっかりとデメリットはデメリットとして機能します。常時使用して出てくるメリットなんてせいぜい、『守る』の結界をぶつけることが出来るくらいのことしかないですね。やる価値なしです。
それで、東方世界の防御結界はどういったものかというと、まさに『守る』の正反対で防御力が『守る』に比べて少し低いかわりに、空気の入れ替えも出来るし、攻撃も出来れば移動する時の制限も一切ない。という、ボクからすれば大変素晴らしい結界になっています。
この2つの違いを簡単に言うなら、ボクの『守る』は正面からの戦いなどの瞬間的な脅威に対して有効で、東方世界の結界は持続的な攻撃かつ意識外からの脅威に有効となります。『一瞬の絶対防御』か『恒常的な不意打ち対策』かと言ったところでしょう。
他にも、捕縛用の結界があったり、いずれ出来るであろう八雲紫さんが創り出した『幻想郷』のように小さな箱庭を生み出す結界であったりと、本当に多種多様なものがあります。その中で、今回諏訪子様が使った結界は封印用の結界です。
「うーん、流石に慣れてきたけど、まだ難しいなー」
「手伝います?」
「うん、お願い」
封印用の結界と一口で言っても、そこから更に区分けされるんですよね。対象の肉体だけに作用するものなのか、肉体の内側にある魂だけに作用するのか、はたまたそのどちらにもなのか。更には、結界内の時間の流れをどうするのか、対象の力を奪うのか何もしないのか。などなどです。
その中でも、今回の結界を分かりやすく説明するのなら、よくゲームとかで永い封印から目覚めた魔王がうんたらかんたらってあるじゃないですか。その中で、魔王が自分自身を封印して回復に努めて、やがて完全体になって復活してー。みたいなやつがあるじゃないですか。今回、諏訪子様がシキちゃんのお母さんに使ってるのはそれです。
ボクは、傷痕にだけ出していた『守る』の結界を伸ばしていき、諏訪子様が出した結界に重ねるように張り直しました。
「んーっと、ここをこうして。颯季のこれをこっちに持ってくると――」
諏訪子様の作業する音をBGMにして、封印の細かい仕様についてお話しましょうか。今ボク達が張っている封印結界は、まずシキちゃんのお母さんの肉体の劣化を時を結界内の物理的な時間を止めることで無くしています。簡単に言うと、今シキちゃんのお母さんは年を取っていません。しかも、「守る」の結界もあるので外からの攻撃も一切通りません。結界内の時間が止まっているので、空気が入ってこなくても関係ありませんしね。
実は、シキちゃんのお母さんの肉体は既に身体の欠損を除いて完治しています。後は、身体の損傷と同時に傷ついた魂が治って目覚めるのを待つだけです。つまり、後は時間が解決してくれるのです。時間が解決してくれるとは言え、もし結界の管理を怠ったら栄養失調であっさりと死んでしまいます。
「よし、これでまた十日のうちは大丈夫だね」
「ありがとうございました。諏訪子様、颯希さん」
「いえ、大丈夫ですよ。また七日後に様子を見に来ますね」
封印されている間、身体の管理に一切の栄養を必要としないと言う特徴の代償とも呼べるのですが、極端に結界の効力が短いんです。だから、こうしてボク達は毎週様子を見に来ているんです。一応、諏訪子様が仰っていたように十日に一回の頻度でもいいんですけど、念のため週に一度こうして結界を張り直しているわけです。
因みに、何故結界の効力が短いのかは、結界に使われてる神力やら妖力やらをシキちゃんのお母さんが栄養代わりに吸いとっているからです。魂の回復に使われている訳ですね。
「それじゃあ颯季、帰ろっか?」
「はい、諏訪子様」
「あっ……」
「……でも、手を繋ぐ必要ありますか?」
「ある!ほーら、行くよ!」
そろそろ帰ろうとした諏訪子様に続いて、ボクも立ち上がったのですが、その瞬間に右手を掴まれました。そのまま、手を引かれてシキちゃんのお家を出ようとして――
「あ、あの!颯季さん!」
ボクの左手をシキちゃんに掴まれてしまいました。前世の男の頃でしたら、大歓喜ものですがメスとなった今のウインディ生では、何処と無く二人の間に冷気的なものがあるように感じます。
「颯季は、私のものだよ?」
「諏訪子様はこれから先、何百年と一緒にいることになるじゃないですか!……って、それは後にして」
左右からの力で、ギリギリとボクの身体が悲鳴を挙げ始めたその時でした。シキちゃんは唐突にボクを引っ張っていた力を変えて、ボクの顔の前へとずいっと顔を寄せてボクより少し小さな身体を目一杯伸ばして耳元で口を開きました。
「月が一つ移ろった頃、わたしの七つの誕生日の丁度一月前なんですけど、その五日後にお母さんの誕生日があるんです」
そして、シキちゃんはボクにこう語りました。お母さんの無事を祈って誕生日のプレゼントを用意したい。そして、この辺りで有名なおまじないみたいなお話でした。
「そこで、わたしと一緒に
翡翠の宝石言葉は長寿に幸運、繁栄それと安定。今のシキちゃんのお母さんの状態を見るとぴったりな宝石ですね。しかも、糸魚川の翡翠には確か、蘇りと不老長寿なんて意味もあったと思います。
ですが、そんなところにノーリスクで行ける筈がありません。
「えぇ、喜んでお供しますよ」
「ありがとうございます!颯季さん!」
シキちゃんは、ボクの答えに華の様な可愛らしい笑顔を見せてくれました。
この時の選択が、再びこの土地に大きな嵐を巻き起こすことになるのでした。
次回 でんせつ、伝説と対話する~茨木華扇編~
颯季の諏訪子様の次に推している子が出る予定です。(バレバレな次回予告)