ま! よ! け! の! 塩! (120年分)   作:哀しみを背負ったゴリラ

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無視をする事が出来ない

 

 

 ――――情報が欲しいと、間宮二郷はそう思った。

 

 化物3体との同時遭遇から始まり、『モリガミサマ』からの逃走、更には蟲男との突発的な邂逅という、二郷にとってはあまりにも嬉しくない出来事が立て続けに起きた、その翌日の事である。

 

 教室と言う密室の中、相変わらず存在している化物達の気配に怯えつつも授業を受けていた二郷は、その最中にも『モリガミサマ』への対策を考え続け────その結果、自身には東雲四乃という少女についての情報が不足しているという事実に思い至った。

 

 無論、これから四乃の身に何が起こり、どういう経緯を辿り、どうやって死に至るのか。という事であれば、二郷は『さかさネジ』の本編を読んだ事により熟知している。

 だが、漫画というものは全ての出来事を事細かに記載している訳ではない。本編、あとがき、カバー裏。それらを含めたとしても、記載されていない事象の方が圧倒的に多いのである。

 

 例えば、先日邂逅した蟲男が良い例だ。

 二郷は『さかさネジ』に登場した化物は全て……それこそ、背景に描かれていた名称不明の化物の姿をも含めて記憶しているが、その中に蟲男のような存在は居なかったと、そう断言する事が出来る。

 であれば、蟲男がイレギュラーな存在であったのかといえば、それは違うだろう。

 蟲男は単純に、『さかさネジ』の漫画本編に登場していないだけ。

 二郷が『青年』であった世界に存在していた数多の化物と同じく、欄外には確かに存在していた番外の存在であり、そして、似たような存在は他にも多数居ると、そう考えるのが自然だろう。

 

 東雲四乃という少女についても然り。

 彼女を取り巻く環境にも、当然の事ながら漫画に描かれていない────二郷の知らない要素が多数存在する。

 それらの要素は、二郷が何も干渉をしなければ、当然の事ながら何の影響も及ぼさず、現実は漫画通りの結末を迎えるのであろう。

 だが、逆に二郷がこれから起きる出来事に干渉しようとした際には、それらの要素は、必ず二郷の行動に対して影響を及ぼしてくる。

 そして、何の要素がどの様な影響を与えて来るのかは、現時点では全くの未知数なのだ。

 

 ……であるからこそ、間宮二郷は東雲四乃について、より正確な情報を望む。

 情報を得て、それらの不確定要素によって起き得る可能性を予め想定しておく事で、仮に不測の事態が起きても、早々にリカバリーが出来る状態に持っていきたいのだ。

 というよりも、それくらいは想定して行動しなければ、とても『モリガミサマ』に対処する事は出来ないと、二郷はそう考えているのである。

 

 実際、二郷のその方針は正しい。

 情報というものは往々にして強力な武器であり、防具でもある。集めて損をする事は少ない。

 ただ……二郷のその考えを実現するには、問題が一つだけ有った。

 それは、その情報の収集方法について。

 端的に言えば、二郷には……思った以上に情報収集の術が無かったのである。

 

 まず、当然の事ながら、四乃本人への接触を行う事は出来ない。

 今の段階で四乃に顔と名前を知られてしまえば、モリガミサマの祟りによって二郷は即座に殺されてしまう。

 

 担任の三塚女史に確認するのも困難だ。

 昨今の教育機関は、個人情報の管理に厳しい。

 特に、生徒への無関心を決め込んでいるこの四ツ辻中学校において、何かあった時に学校の責任が問われかねない、生徒への理由無き個人情報提供などが認められる筈がない。

 そもそも、一昨日まで引き籠っていた男子生徒が、いきなり同級生の少女の個人情報を教えてくれ──等と言ってきて、素直に教えるような教師が居る訳も無い。

 

 二郷自身が、スニーキング技術を駆使して四乃の後を追跡し情報収集する方法も有るが……モリガミサマの索敵能力がどの程度なのかが未知数である以上、博打の要素が強すぎる。

 それに、原作漫画の通りであれば、四乃は常に一人であるため、リスクを犯しても得られる情報は僅かなものにしかならないだろう。

 

 ちなみに、クラスの友人に聞くという方法は論外である。

 単純に、間宮二郷に友達がいないからだ。ぼっちなのである。

 

(ったく、どうして俺には『何でもは知らない委員長の中の委員長』みてェに、同級生の事について教えてくれるクラスメイトがいねぇんだ……それは俺が主人公じゃねぇからだよ! 自問自答、完! 泣けてくるぜ畜生が……!!)

 

 そうして、考えに考え続けて昼休み。

 結局、方法が思い浮かばず、机に突っ伏して呻いていた二郷であったが

 

「そういや、近藤達どこ行ったん? 朝から姿見てないけど」

「さあ? 体育倉庫とかじゃないか? あいつらあそこで煙草吸ってるって噂もあるし」

 

「────あ」

 

 クラスメイトの男子生徒達の雑談を耳にした二郷は、何かを思いついたような声を出す。そしてそのまま席を立つと、教室の後ろの出口から慌ただしく出ていくのであった。

 クラスメイトの一部は一瞬その背に視線を向けるが、直ぐに興味を失くし、友人との他愛無い会話に戻って行く。

 

 東雲四乃は……いつもとは違い本を読まず、窓際の席に座ったまま、ずっと外の景色に視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────体育倉庫。

 

 学校の隅に位置するその建物は、不便な位置に建てられている事もあって、あまり整備が行き届かず、不用な備品置き場と化している。

 更には、人通りが少なく教師の目も届かないため……今では、不良達にとっての格好の溜まり場となっていた。

 

 そして現在、その体育倉庫の裏には3人の不良学生の姿が有った。

 

 傷んだ金髪に、ピアスの少年。

 浅黒い肌に、剃りこみを入れた坊主頭が特徴的な少年。

 趣味の悪いアクセサリーを付けた、太った少年。

 

「ったくよぅ……なんで、俺等が塩星人なんかにビクビクしなきゃならねぇんだよ」

「そうだぜ。学年上がるまでは、あいつ俺達のサンドバッグだったってのによぅ」

「マジでふざけやがって……センパイ達に頼んでシメて貰うか?」

 

 近藤、鈴木、五所川原。

『間宮二郷少年』をいじめ、登校拒否に追い込んだ不良達である。

 彼等は、前日に二郷から暴の力を叩きこまれた事で丸一日委縮をしていたが、時間が経過した事で、その自尊心を回復させつつあった。

 

「……でもよぅ。俺、下手に手を出してまた、あ、あ、あんな目に遭うのは嫌だぜ……?」

「つか、そもそも先輩たちになんて言って頼むんだよ……一人に三人がかりで負けたなんて知れたら、俺達の面子終わるだろ」

「ばっか! 理由なんて幾らでも作れるって! いくらアイツがヤバくても、センパイ達なら勝て……勝てる、よな……?」

 

 だが、どうやら二郷が彼らに刻んだトラウマは余程のものだったらしい。

 普段なら受けた恐怖など都合よく忘れる鳥頭の彼等であるが、今回ばかりは尻ごみをしているようだ。

 

「……ま、まあ! やり返すのは何時でも出来るし!? 俺等も暇じゃねーから、今はやめとくか!」

「そ、そうだな。まあ、大きな気持ちで見逃してやろうぜ!」

「お……おう! そもそも、あんな頭おかしいのと関わったら負けだしな!」

 

 仲良く煙草の煙を吐いて、自分に言い訳をしてから、落胆して肩を落とす3人組。

 自分より強い者には逆らわないという不良の自己防衛本能に従い、二郷と関わる事自体を止めるという、珍しく賢明な判断を下した彼等だが……

 

 

 

 

「ひーよこ君。あーそびーましょ」

 

 

 

 

「ヒュッ」「いッ」「ギュっ」

 

 不意に、背後から掛けられた声。

 体育倉庫の屋根から跳び降りてきた間宮二郷の声を聞いて、3人全員が一斉に煙草を捨て、その尻を抑える事となった。

 

 

 

 ────そして数分後。

 

 

「いやあ、重畳重畳。やっぱ思った通りだったぜ。お前等みてェなチンピラ連中なら、誰かしらがあの子にちょっかい出そうとした事がある。そう予想した俺の判断は正しかった」

 

 パンツ一枚という情けない姿で正座した3人組の不良を前にして、彼らのスマホを操作しながら、うんうんと頷く二郷。

 普段の3人組であれば、その屈辱に対して殴りかかりそうなものではあるが、彼等は、二郷が落ちていたテニスボールを足で弄る度、その顔を蒼白にし、ブルブルと股間と尻を抑えるだけの置物と成り果てていた。

 

「にしても、名前に住所に電話番号と家族構成────おまけに通学経路から家族の勤務先まで分かるぁ驚きだ。よくここまで調べたモンだな……これじゃあまるで、あの子を攫おうとでもしてるみてぇじゃねぇか、なあオイ?」

 

 半音低くなった二郷の声に、3人は背筋を伸ばす。

 

「ち、ち、ち、違う……です! それは俺等じゃなくて、かなり前にセンパイの一人に頼まれて調べたんだ!」

「そ、そうだ! センパイがあの東雲って女が好みの美人だからヤりたいとか言って、同じクラスの俺らに調べろって!」

「俺等は何もしてない! センパイは怖ぇ人だから逆らえなかったんだ! 調べるだけで良いって言われたし、それにその先輩も攫う前に事故って死んじまってる! だから」

 

 自分達の行動が二郷の逆鱗に触れてしまった事を察した3人は、必死の弁解をし、聞かれていない事まで喋り始めたが……突如として炸裂音が鳴り響いた事で、揃えてその口を閉じた。

 そして、その音が二郷が足で弄っていたテニスボールを踏み割った音だと気付いた3人は、顔面を蒼白を通り越し土気色に変える。

テニスボール自体が長い間放置されていて劣化していた事と、二郷の力の流し方が異様に練達しているという要素が絡み合った偶然の結果なのだが、そんな事実を知らない不良達にとっては、二郷が理外の怪力を持つ化物である様にしか見えなかったのだ。

 

 

「……男がさぁ。男に生まれたのによぅ」

 

 昏い怒気を湛えてそう言った二郷であったが、そこで胸の三日月のペンダントを握り締める。

 そして、一度深呼吸をすると、強く握っていた自身の拳を解き────

 

「テメェらあああ!! 少しは横島先生を見習いやがれえええ!!!!!」

 

「ぎぇぁぃいい!!!?」

「あふぅおああ!!!!?」

「横島って誰んおあえっ!!!!?」

 

 二郷は、目にもとまらぬ速さで正座する3人の尻を蹴り上げた。

 

 尻の出口を恐るべき勢いで爪先で蹴り上げられた3人は、あまりの痛みに悲鳴を上げ飛び上がる。

 二郷は彼らの苦悶など気にする様子も無く、蹴った爪先を汚い物を拭うように地面に擦り付けると、悶絶している3人に対して先程彼等から剥ぎ取った学生服を投げつけた。

 

「オラ、午後の授業始まるからさっさと教室戻れ! あと、テメェらのその姿録画してあるから、ばら撒かれたくなきゃあ二度とこの倉庫裏に来るんじゃねぇぞクソが!!!!」

 

「ヒィィ! わ、わかりましたぁ!!」

「ごべんなさいごめんなさい!!」

「尻がぁ!! 俺の尻が割れてるぅぅ!!!!」

 

 不快な臭いを纏いつつ、尻を抑えながら逃げ去っていく3人組の姿を見送ってから、二郷は大きく息を吐き肩を落とす。

 

「はぁ……これだから不良って連中は嫌ぇなんだ。あいつら、どの漫画に登場しても状況を悪化させやがる」

 

 東雲四乃について得られた情報は多いが、その情報源が誘拐未遂によるものだった事を知り素直に喜べない二郷。

 だが、彼がここまで不機嫌な様子を見せているのはそれだけが原因ではない。

 

 

 

『 あそぼう ねえ あそぼう あ  で あそぼう 』

 

 

 

「……ヒイッ!!!? き、来やがった!! 嫌だよ遊ばねぇよ畜生! なんでこんな何処にでも出て来るんだよ化物が! おかしいだろうがよ!! こんなんばっかだと泣くぞ俺!! 怖くてよう!!!!」

 

 

 いつも以上に苛立っていたのは、二郷が普通の通路を避け、わざわざ体育倉庫の屋根から不良3人組の前に現れた理由である『其れ』に対して、恐怖とストレスを感じていたから。

 

 

 

『 そぼう   あそ   ぼうあそぼう  ね  いっしょに  なろ 』

 

 

 もはや涙目になった二郷の視線の先。そこには直径1m程の赤い風船が浮かんでいた。

 ……いや、よく見ればそれは風船ではない。

 

 風船のように見えるのは────頭だ。

 膨張し赤く腫れ上がった、人間の頭だった。

 

 そして、下に伸びているのは白い物は紐ではなく、細く伸びた首。

 その首は、地面に直立している赤ん坊のような大きさの人間の体から伸びている。

 

 体育倉庫の裏。その出入口にずっと佇んで居たその化物は、3人が居なくなった直後から二郷へと向けて昆虫の様に機械的に近づいてきていた。

 恐らく、『1人』で体育倉庫裏に居る人間を襲う……そんな習性を持っているのだろう。

 無害な地縛霊的なものである事を願っていた二郷であるが、明確に人に害をなす化物であると知った以上、無視をする事が出来ない。

 

「ああクソッ! くそっ! わかったわかりました! やるよ!! やってやんよ!!!! こん畜生がよおおおおおお!!!!!」

 

 跳躍し、体育倉庫の屋根に引っ掛けておいた道具袋を引き寄せた二郷は、手早くその中身────怪しい霊能グッズ集を展開する。

 そして、最初に投げつけた経文がまるで効果を示さない事から、長期戦を覚悟するのであった。

 

 

 

 尚、午後の授業にはギリギリ間に合った様である。

 

 

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