ヤンデレ達の夜~貢がれるYAMA育ち~   作:春玉サロン

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18時40分に投稿するので宜しくお願い致します。

(12,927文字)






第一章 魔法使いの夜
第1話 寝不足な魔法使いと転入生のクッキー


 11月1日・小雨・5時20分・久遠寺邸(くおんじてい)

 

 彼女の家は山の中腹にあった。

 木々が生い茂る町の喧騒とは無縁の住処。

 兎も角、彼女の朝は静かなものだった。

 

 古いベッドから身を起こし灰色の空模様を眺めながら、温度計は6度と目覚めるには少し寒すぎる温度である。時計を確認するとまだ5時半頃であと数時間ほど二度寝するには余裕があると思い、頭から布団を被る。休日の惰眠ほど甘美なものはない。

 

 しかし、彼女の願いは叶わなかった。

 

 ”ジリリリ────────”

「………………」

 

 一階のフロアの受話器から鳴り響ている。同居人の有珠(ありす)はこの騒音を無視するらしい。

 早々に有珠への期待を諦めて衣装棚から薄手の羽織を着込んで自室から階段を降りる。一階のフロアまで電話を取りに向かう。電話の相手は学校の教師だった。

 

 長い前置きと謝罪の言葉を抜いて、話の本題を簡潔にまとめると「転校生がくる。案内を頼む」とのこと。私が生徒会長の立場でなければ今すぐに受話器を叩き込んで、惰眠を貪るのだが仕方ないとため息をつく。電話相手の教師に一言苦言を呈しつつ、了解したことを伝える。

 

 自室のクローゼットから学生服を着替える。『私立三咲高等学校』は伝統あるセーラー服ではなく、胸元に大きな赤いリボンが特徴的な濃いキャラメル色のブレザー服である。外は寒いのだが、コートを着るにはまだ早すぎる。制服のまま学校に向かうことにし、紅い雨傘を広げて学校に向かう。屋敷は山の中にあるため行きは坂を下りなのだが、帰りは地獄である。

 

 高校に到着したが途中ですれ違った生徒は一人もいないし、部活中の生徒一人もいない。職員室も休憩中の立て看板。今日は休日なので誰もいないことは当たり前である。しかし、中からは照明の光がドアの小窓から漏れていた。

 

山城(やましろ)先生」

 

 扉を勢い良く開けると。中には眼鏡をかけた頼りがいがなさそうな優男がいた。その音で山城と呼ばれている男はこちらの方を向いてる。

 

「やあ、おはよう蒼崎(あおざき)くん。お早い到着だったね」

「一時間前に一切の事前の連絡もなく、

 転入生に学校案内をしてくれって、

 一体どういうつもりですか?」 

 

 嫌味たっぷりに返答しつつ、彼女も自分が酷い顔をしているのは承知していた。昨日はレンタルショップからビデオテープを借りてきてた『ランボー』を寝不足になりながら観たためだ。

 

 今はそれどころではないのだが、誘惑には勝てずに深夜鑑賞してしまった。そのため睡眠不足ということもあり、仇をみるような目つきで山城先生を睨んでいる。

 

「そう。ならいいんだけどね、彼には強く当たらないでくれよ。僕らじゃ正直、どう扱っていいか分からないところもあるし」

「先生。それは転校生に問題があるってことですか?」

 

「うん、訳ありというか、難しいというか。

 彼──── 草十郎(そうじゅうろう)くんと言うんだけど………ちょっと、色々とズレていてね。僕らが案内するよりも同世代の君の方が適任だと思ったんだ」

「……………………」 

 

 彼女は不審げに表情を曇らせた。

 教師の業務を『適任』なんて理由で急に押し付けられるのは教師失格と思うのだが、それ以上にその転校生が『ズレている』というのが気になった。素行に問題がある、扱いが難しい、ということなら分かりやすいが────

 

「一つ、質問があります」

「何? 学年なら君と同じ二年生だよ。見た目は大柄だけど性格は落ち着いてて、人の話をよく聞いてくれるタイプ。言い換えれば覇気がないともとれるけど、従順で素直だよ。付き合いやすいタイプだともいえる。蒼崎くんとはクラスは違うけど仲良くなれ────」

 

「そういったことは直接本人を視ればわかります。

 聞きたいのは、なぜ私なんでしょうか?」

 

 不満であるのだが、とりあえず自分の感情は置いておく。与えられた役目なので取り組んでみる。

 

 極めて自己中心的な気質でありながら、公正性を重んじるのが彼女の特徴。やや極端で頑固な面もあるのだが、その芯の強さを山城は頼もしくも思っていた。

 

「それはね。

 蒼崎くんが先生方に敬遠されると同じくらい信頼されている鉄の生徒会長だから、じゃないよ」

 

 彼女の表情からは

 

 十七歳とは思えない程の迫力と、

 

 十七歳の可憐な愛らしさ。 

 

 奇跡的なバランスで両立する眼差しに山城教諭は見惚れるように話を始める。

 

「いや、責務なら僕がやってるさ。

 ただ、なんというか、こんな頼みを損得抜きで聞いてくれるのは君だけだと思ってね」

「……山城先生」

 

「うわ怖っ。もう睨まないで言ったろ、僕は兎も角、彼には笑顔でね。ひとまず、すぐに移動しよう。もう随分待たせてしまっているから。雨の中、ご苦労様です。帰りは車で送るよ」

 

 話を終えて、椅子から立ち上がり彼のいる会議室に向かう。

 

 廊下は外と同じくらい寒さで更に気分が悪くなる。憂鬱な気持ちは窓に映し出された雨模様のようだ。

 

 会議室に向かう最中、彼の身の上を聞いた。

 

 曰く、彼は山から降りてきた。

 

 曰く、彼の村には電気はなかった。

 

 曰く、麓の村とも月に一度郵便で連絡するだけ。

 

「電気がないって……

 公衆電話ぐらいはあったんですよね?」

「なかったそうだよ。こっちに暮らすようになって、

 まず驚いたのは電話だそうだ」

「信じられない……うちの実家も山の中にありますけど、電気が通ってないって。

 ……そいつ、学校も知らないって本当ですか?」

「うん。知識としては知ってたそうだけど、

 実際に来るのは今日が初めてらしいよ。

 緊張したのかな。あまり会話が弾まなかった」

 

 彼女の表情は苦虫を嚙み潰したようしかめっ面になる。

 だって、それは彼女が知らない世界。本当なら今すぐにでも説明を諦めて家に帰りたいのだが、自尊心がそれを許さない。出来ると見込まれ自分が出来ると返答したからには、そう簡単にほっぽり出すのは彼女のプライドが許さない。

 

 雨音を背に会議室まで目前になった。

 眉間にしわをよせたまま、

 長い髪を揺らして彼女は立ち向かう。

 彼女の知らない異邦人へと。

 優雅な足取りで戦場に突撃するかの如く。

 

「……蒼崎くん? 

 穏便にだよ? 念のために確認しておくけど戦いに向かうわけじゃないからね。

 出来れば笑顔とか作れないかな?」

「何事も第一印象が大事なんです。

 下に見られたら終わりと思ってますので」

「や、優しく、優しくね」

 

 山崎教諭は会議室の扉に手をかける。

 彼女からしたら寝不足のところを急に呼び出されたのだ。愛想の無いのは仕方ないというもの。ただ、これから会う人物には責任はない。あまり不機嫌な態度を見せるのも酷い話なのだろう。

 

 けれど、責任はなくても原因ではある。八つ当たりかもしれないがこの態度は受け入れてもらうしかない。

 

「(なんで平日じゃないのよ。

 休日に来ないでよ。全く……

 私だって休日じゃなかったらこんなに怒ってはいなかったし、今はただでさえ忙しいのに)」

 

 睡眠不足により、キリキリ痛む頭は一割増しの攻撃性。

 例え、無害であっても彼女の睡眠を妨害するものは敵である。

 

 山崎教諭がドアを開ける。

 情緒なんてまるで気にしない。

 真っ直ぐな視線を彼女は会議室に向けた。

 

 そこには

 筋骨隆々の健康的小麦色に焼けた男がいた。

 身長は180㎝は超えているだろうか、肩幅もありシルエットとしては大人びている

 しかし、顔つきはまだ幼さを感じさせる。

 

 奇跡的なバランスで違和感なく存在しており、

 一つでも欠けたら崩れてしまいそうなどこか危うさを感じる印象を持っている。漆黒の長髪はポニーテールにして結われており、学生服を着た男がこちらを見た。

 

 

 

 2人の視線が交差する。

 

 これが唐変木なアイツとの出会い。

 

 この物語の始まりである。

 

 

 

 


 閑話休題


 

 

 

 

 同日・アパート

 

 彼の家は町の商店街から少し歩いた所にある。

 周りにも似た建物が並んでいて、その中には俺たちと同じように人が住んでいる。

 山ではこんなに建物もなかった。もし一時的に住むとしても一ヶ所だった。

 

 少年は長身のため、足が布団からはみ出している。肌寒い日だなと思い耽っていたら厨房からいい匂いがして、急速に目が覚めてきた。きっと腹の虫が起き始めてしまったのだろう。顔を厨房に向けると暖色系のニット服を着た毛先にウェーブが掛かっている、髪の長い女性の背中が見える。

 

 しまった、と心の中で思い彼女は気にしないが朝食を作らせてしまった。

 

 最初は、このアパートに一人暮らしていた。けれど、心配だからと言われてから一緒に暮らす事になった。

 また、このアパートは他の建物に比べると古く感じる。しかし、同居人から聞いた話だと見た目ほど古い建物ではないとのこと。俺にその違いは分からない「全然違うんですゥゥゥ!!」と言われてしまったら何も言い返すことはできない。何故なら、半同棲人である彼女は命の恩人であるからだ。

 

「草十郎さん?もうすぐ朝ごはんができるから、

 お箸を並べてくれるかしら?」

 

 アパートの厨房から、まな板の豆腐を手際よく切り分けて、お味噌汁の準備をしてくれてる。

 気配では分かったのだろうか。俺が起きていることに気がついているようだ。

 

律架(りつか)さん今日もありがとう。

 朝は緑茶がいいんでしたよね?」

 

 彼女の名前は周瀬律架(すせりつか)

 山から降りた頃、右も左も分からない俺を助けてくれた恩人である。

 町では困ってる人を助けるのは当然! と言われてしまい、あれよあれよと身元の書類やこのアパート、学校の手続きなど進めてくれた恩人。都会の人はこんなに優しいのかと山を下りたばかりのころは思っていたのだが、どうやら彼女が特別らしい。

 

 町では食べ物などお金で払って購入するのだが彼女がいつも払ってくれていた。お金は仕事をしなくては手に入れることができない。そのことを商店街の店員に聞いたので彼女に何故払ってくれるのかと尋ねた。

 

「草十郎さんは気にしなくていいから。私がしたくてしてるだけだもの」

 

 軽い調子で言われてしまった。

 

 けれど、このままではいけないと思い、仕事をしたいと律架さんに頼む。渋々ながら喫茶店のバイトを斡旋してくれた。彼女が斡旋した喫茶店、バイトがある日は必ず来てくれる。

 

 そのバイトではお客様を『お嬢様』と呼び、キリッとしたスーツを着て接客をするのだが、どうやらこれが町の流行りらしく、始めは配膳や厨房で調理をするだけだったのだが今は配膳だけでなくお客様と一緒に写真撮影したりゲームなどする。

 

 バイト中にお手製のお菓子も貰えて、とてもありがたいと律架さんに話したら、『食品衛生法』があるから、今後は食べ物を受け取ってはいけないと教えてくれた。

 

 昨日は明日の準備で遅くなってしまい、起きるのが遅くて朝食当番をサボってしまった。

 交代制の週四日である。寝過ごしたばつの悪さを感じながら、緑茶を注いでいたが彼女は気にせず配膳を終えていた。

 

 本当は彼女に謝罪をしたいのだが「草十郎さんには謝ってもらうよりありがとうって言って欲しいなぁ。あと敬語禁止!」と同居した時に言われてしまった。

 

「草十郎さん? 確か今日だったよね? 学校案内?」

「そうだよ」 

「誰が案内してくれるのかな?」

 

 彼女は箸を持ち、焼いた熱々のソーセージを食べながら、

 しかし視線だけはこちらを外さずに質問してくる。

 

「確か……担任の先生だと思う。

 詳しい話は学校に行ってみないと分からないな」

「まぁ、そうよね」

 

 長い髪が朝食に入りそうだったのだろうか。彼女は手のひらを顎からうなじを沿うように髪を撫で上げる。まだよく分からない学校の話題は止めて別の話題をふってきた。

 

「草十郎さん……朝からこんな話するのもアレだけど、バイト辞めない? 私が勧めておいてなんだけど、あのお店はいたいけな青少年には向かないと思うなあ」

 

 また、この話かと度々話し合っているこの話題に触れていく。

 

「前も言ったけど辞めるつもりはないよ。

 店長さんにもお世話になっているし、

 何よりお客さんのことも好きだからね」

「ムムム…………なんだか複雑な気分ね」

「もちろん、律架さんことも大好きだよ」

「うふふ、私も大好きよ草十郎さん。

 そう言われたら、何も言えないわね」

 

 この話題の時は彼女のことを大好きと言わないと話が終わらないことは、

 これまでの経験則で把握している。

 

 その後の会話は他愛もない会話で朝食を済ませ、学校へ行く準備をするのだった。

 せっかく、だからお土産でも持って行った方がいいだろうか。店からおすそ分けのクッキーを包み込んで持っていくことにする。今日は小雨だが傘は必要だろう。玄関に立てかけてある2本の傘からビニール傘を選び学校に向かう。

 

「草十郎さん、いってらっしゃーい」

「うん、いってきます。そんなに長くかかるとは思わないけど、

 お昼は先に食べてていいから」

 

 アパートから出て、すぐ傘をさす。

 

 雨に濡れた町は好きだ。

 よく晴れた日も心地よい風が吹くので好きだが別の視点で雨空を好んでいる。山では雨は恵でもあったが殆どの場合は身体が冷えてそれどころではなかった。山を降りて身体の心配をしなくてよくなったからだろうか。心の余裕が雨音を聞いて雨に濡れた町を見て美しいと思えた。

 

 アパートから『私立三咲高等学校』までの道のりはそこまで遠くはない。雨を楽しんでいるうちに学校まで到着した。昇降口前にはスーツ姿の眼鏡をかけた笑顔の男性が立っていた。

 

「やあ、おはよう。

 君が静希草十郎くん……だよね? 

 うわぁ、大きいね? 何かスポーツしてた?」

「おはようございます。山城先生でいいでしょうか? 

 本日はよろしくお願いします。スポーツはやったことがないので分かりませんが山では生きるためには動けないといけないので運動は得意だと思います」

 

 そっかそっかと山城教諭は笑いながら会話をした。そこで学校や電話について話したのだが、何か変なことを言ってしまったのだろうか。山城教諭は困ったように笑い、職員室から会議室に連れていき、そこで待って欲しいと言われてしまった。

 

 あれから一時間以上は経過しただろうか。雨音のみの静寂な会議室に一人残されている。もしかしたら自分のことを忘れて帰ってしまったのかと思ったが「君に合わせたい人がいるから少し待って欲しい」と言われたのだ。待つしかない。確かに雨に濡れた町は好きだが流石に暇すぎる。

 

 ここまで暇なら律架さんから貸して貰った小説を持ってくればよかった。彼女がオススメの本は『推理小説』らしいのだが、どうも人を殺す話ばかりであまり好きになれなかった。そのため『恋愛小説』を貸して貰った。内容は歳の差がある男女の同棲生活の話で山も谷もない短編集だった。

 

 あまり興味が持てないからまだ触りの部分しか読めてないがこういう暇な時間が唐突に発生するなら今後は持ち歩いた方がいいだろうか。

 

 そんなことを考えていたら、廊下から会議室に向かってくる人の気配がする。一人は足音から男性、山城教諭だろう。もう一人は女性だろうか、歩幅は狭いが力強く歩いてるのが分かる。この足音からして相当怒っているのだろう。バイト先でも会社に不満を持ったOLさんがこのような足音で入店してくる。

 

 こういう時は、第一印象が大事だとお客さんに教えてもらった。「草十郎くんは、そのままでも大丈夫だけどね♡♡♡」と言われたがそれでも身だしなみチェックをして不機嫌な彼女を待ち構える。

 

 もしかして、今から来る女性は先生が事前に約束したわけでもなく俺のために急に呼び出されたのではないか? 俺を一時間以上も会議室に放置する山城教諭のことだ。まだ出会って短い付き合いだが山城教諭の株価が急速に下落した。

 

 俺が変なことを言ってしまったのが原因かも知れないし、山城教諭に悪気はないのかも知れないが大変困った、爆弾を抱えたままの女性がにこちらに向かっていることは明らかだった。

 

 二つの気配が会議室のドアの前に立った。

 ドアはスライド式で開き、山城教諭が入ってきた。

 

「すまないね、ずんぶんとお待たせしたちゃったね」

「いえ、全然大丈夫ですよ。こちらもすみません。色々お手数をおかけして」

 

 本来なら、「忘れられたのかと思った」や「今まで何をしていたのか」など聞きたいこともあったが質問するのは止めて、次にドアを潜るだろう女性に注意を払った。

 

 その後ろから、

 不機嫌な口を閉ざしたまま。

 迷いのない眼差しの長い黒髪の少女が現れた。

 

「────────―」

 

 呆然と息を吞む。

 窓を打つ雨音が聴覚から消失する。時間の経過を忘れた瞬間だった。

 女性教師が登場するだろうと予想してハズレたことに驚いたわけではなく、

 彼女の容姿や雰囲気に飲み込まれたのもあるが自分でも言葉に出来ない感覚だった。

 

 長い黒髪、翡翠のような目、大きな赤いリボンを胸に留めている。

 カフェラテ色のブレザー服を着た少女が立っていた。

 その歩き方からは自信に満ちた姿が映し出され、彼女が只者ではないのを直感的に感じた。

 

 彼女が登場するまで、どうやって怒りを鎮めようか考えていたが────

 

 その瞬間に考えが吹っ飛んでしまった。

 

 これが破天荒な彼女との出会い。

 

 

 この彼女たちと出会う物語のきっかけであった。

 

 

 


閑話休題


 

 

 

 同日・19時31分・久遠寺邸(くおんじてい)

 

 日は陰り、ロビーの照明をつける。

 天井は二階の吹き抜け。

 

 東館と西館に分かれた屋敷は東館の使用を家主に許されている。

 それでも広いのだが青子の部屋は数ある空き部屋の中では狭い部屋である。これは家主に気を使ったわけではなく掃除の手間や引っ越しの際に来るのも出るのも楽だと思ったからだ。そのため少し遠いが長廊下の奥にある部屋を選んだ。

 

 制服はとうに脱ぎ捨て水色のタートルネックにスキニージーンズとお気に入りの普段着を着こなす。身体のラインが出るので外出する際にこの服装だと視線が鬱陶しいので着ないのだが屋敷の中には私と家主しかいない。

 

 今、ダージリン紅茶を飲み今日のことを思い出す。

 自分でも言葉に出来ない初めての体験でモヤモヤするがどうやって発散していいか分からずソファーに深々と沈みながらものふける。いつの間にか寝落ちしていたのだろううか。冷めた紅茶を飲もうとソファーから身を起こして飲もうとすると────―

 

「────────―」

 

 青子は目をパチパチしながら身体を完全に起こした。

 目の前には美しい人形のような少女が座っていた。

 

 その少女はソファーに座り、古い本を読んでいる。

 細い手足と陽の光をしらぬ白い肌。

 

 青子よりも濃い、混じりけなしのセミロングの黒髪。

 薄く開いた瞼から冷たい瞳でページに視線を向けている。

 

 服装は修道女と思わせる黒い衣。首元だけは白く肌の露出は最低限。

 これは彼女が通っている女学院の制服だ。

 

 この少女こそ、この屋敷の主。

 久遠寺有珠(くおんじありす)という。青子と同い年の同居人、家主である。

 

「ここで寝ると風邪を引くわよ。青子」

「ごめん、有珠。邪魔だった?」

 

 無言でページを進める彼女から怒りは感じず、表裏もなくただ心配してくれただけだった。

 柱時計の針は午後七時を越している。冷え切った紅茶を一気に飲み干し、苦味と共に目覚める。

 

「フォートナム&メイソンも台無しね。

 勿体無いことをしたわ。

 おかえり、有珠。今日は厄日か──

 ちょっと気が進まないけどお祓いした方がいいかもね」

 

 今日の一日の出来事を総じて反省していると

 

「それで、何があったの?」

 

 同居して二年近く続ければ察するものがあるらしい。有珠は普段無表情だから勘違いされやすいが察しが悪いわけではない。むしろ、固執したものに青子でも引くくらい粘着する。

 

「まずは謝らなくちゃいけない。

 先週から作ってたアレ。意味がなくなったのよ。コードが沸騰して消えたみたいだから縫合したいんだけど」

 

「…………どういう事?」

 

「今朝、急用で学校からの呼び出しで転入生の世話を任されて時間を取られちゃった。帰ってきたら跡形もなく消えてたの。──── 怒る?有珠」

 

「……別に。青子の器物破損はいちいち怒ったら、

 キリがないから気にしないわ。

 代用品はあるから、また始めればいいわ。

 それより…………怒っている。いや、違うわね。悩んでいることは他にあるんじゃないの?」

 

「──── む」

 

 今日はいつになく鋭い。

 せっかく、アイツのことを考えないようにしたのまた意識してしまった。

 

「ええ。この転校生がちょっと……

 いえ、酷くズレててね。

 すごい山奥で暮らしていたらしくて、

 こっちの常識が通じないっていうか

 パーソナルスペースがないっていうか……

 山門異界って言葉があるけど、あれって本当なのね。有珠。教室で授業を受ける時はマンツーマンと思っていたし、まぁこの程度は許容範囲よ」

 

「結局、青子は何が気に入らなかった?」

「そりゃあ……」

 

 口を閉じてしまった。

 

 彼女は本日あった出来事を伝えるか迷っていた。

 

 

 

 


青子回想


 

 

 

 

 同日・11時27分・私立三咲高等学校

 

 青子は寝不足もあったが急な呼び出しと転校生の学校案内で屋敷に帰ったらソファーで寝落ちしてしまうほど疲れていた。注意不足、警戒心の散漫もあったのだろう。転校生と話していて常識はないが気遣って接していることは彼から感じた。

 

 そのため気が緩んだのだろうか。三階の教室の説明も終わり、後は帰るだけで急ぎ足になっていたのだろう。階段を降りようとしたその時、一歩目を大きく外してしまい、頭から落ちてしまった。

 

 一歩目を外した瞬間、すぐ手をついて怪我を最小限にしようとしたが身体が動かなかった。寝不足で身体が自由に動かなかったのだろう。意識だけは鮮明でこのまま頭から落ちたら最悪死ぬかもしれない、と達観しながら衝突に備えて瞼を閉じた。

 

 だが、いつまで経っても頭から衝撃はこない。

 

 恐る恐る瞼を開けると転校生。いや、静希くんが私を抱えていた。

 二階の広場で青子は草十郎に恥ずかしながらお姫様抱っこされている状態だった。

 二人の顔はくっつきそうなほど近くにあり、青子はその状態で呆然としていた。

 

「すまない、蒼崎。足をくじいているようだが大丈夫か」

「え、ええ。大丈夫よ静希く……ッてて」

「やっぱり、捻挫しているな。すまない。

 もっと早く助けられたら怪我もしなかったのに」

「本当に大丈夫だから、

 ちょっ、お願いだから一度地面に降ろして」

 

 会話が始まるまで気がつかなかったがこの場にいるのは青子、草十郎だけではなく山城教諭もいたことを思い出して無性に恥ずかしくなった。

 

「おーい、大丈夫かい? 二人とも」

 

 三階の手すりから覗き込み上から確認をとる山城教諭。

 そう、私は三階フロアの最初の段差から落ちたはずなのだ。

 それなのになぜ? 

 今二階のフロアでお姫様抱っこされている。

 

「いやぁ、びっくりしたよ。

 蒼崎くんが階段を踏み外したと思った瞬間、草十郎が蒼崎くんを抱えて階段にダイブをしたかと思ったら、その勢いのまま壁を蹴って二階まで降りるんだもんね。オリンピック選手みたいで凄かったよ草十郎。やっぱり、スポーツとかやってないのかい?」

 

「木登りは得意だったので、

 それが生かされただけですよ」

「なるほどな。山育ちならではのエピソードなのかね」

 

 三階の階段からこちらの方へ向かいながら草十郎と会話を始める山城教諭。

 いや、そんなことよりも早く降ろして欲しいんだけど

 

「だから、草十郎! 

 降ろしてって言ってるでしょ!!!」

 

 ああああもう恥ずかしい。

 ただでさえ、こんな失敗を人に見られるなんて最悪なのに。

 お、お姫様抱っこなんて頭が沸騰しそう。

 

「ダメだ。蒼崎。

 君は怪我をしている。無理をして歩けば傷が悪化する」

「だったら肩を貸すとか、

 他にも方法はあるでしょ!!!」

「……む。蒼崎の言う通りだ。だけど肩はダメだ。

 足が地面に当たる。おんぶはダメか?」

「まぁ、今の状態よりかは幾分かはマシね」

 

 草十郎の腕から一度降りて、

 腕を草十郎の首に回して背中におぶさった。

 ニヤニヤとこちらを見る山城教諭。怪我人に向ける視線ではないし、まずアンタが呼ばなければこんなことにはならなかったでしょ。

 

「蒼崎くん、災難だったね。やっぱり、車で送ろうか?」

 

 コ、コイツ……

 今、ここで山城教諭の手を借りるのは死んでも嫌な気持ちになった。そうなったら、ほ……本当は嫌だけど……

 渋々……仕方なく……

 

「し……静希くん、悪いんだけど……

 このまま私の家まで送ってくれない?」

「大丈夫だけど、山城先生の車はいいの?」

「アイツの車に乗るくらいなら這いずってでも歩いて帰る」

 

 小さい声でボソッと呟いたのだが、聞き逃さず会話をしてくれた。なんでこういう時は気が利くのに、常識がないのだろうか。

 

「この後、友達と約束があるので山城先生に家まで送ってもらうと遠回りになってしまいます。保健室で少し休憩してから帰ります」

「そうかい? 友達の家まで送っていいんだけど……いや、冗談だよ、蒼崎くん。だから、そんな目で睨まないでくれよ」

「蒼崎、俺が友達の家まで付き添うけど、

 それでいいか?」

「ええ、悪いんだけど、お願いするわ。山城先生。今日はこれで解散ということでいいですか?」

「うん。分かったよ。僕は暫くは職員室で仕事をしているからもし困ったことがあったら呼んで」

 

 そう言うと山城教諭は職員室まで帰っていった。

 恥ずかしながらこのおんぶの状態は山の屋敷まで継続されることになるだろう。

 

 帰り道の空は小雨だがそのお陰か人通りは少なく、青子の大きめな傘はおんぶしててもはみ出ることはなく、むしろカモフラージュの良い効果を発揮している。一人だけ雨でもジョギングをしているジジイに「青春じゃの~」と言われて耳が赤くなったが静希くんに変化はない。

 ちょっと、ムカつく……

 

 時間もあったから静希くんについて色々話を聞いた。

 彼は二週間前に山から下りきたこと。今はアパートで生活していること。バイト先は商店街にある喫茶店で働いてること。どうでもいいことだけど、会話して嫌な感覚にはならなかった。

 

 静希くんと会話して分かったことがある。彼の質問に答えると浮世離れしすぎててフラストレーションが溜まるがこちらが質問をするとちゃんとした返答が返ってくることが分かった。むしろ、山の育ちだから真理をついたことを言うこともあり、彼の背中は広くなんだか安心してしまい寝不足もありウトウトしていたらあっという間に時間が経過した。

 

 気が付いたら、久遠寺邸(くおんじてい)まで到着していた。

 いつも一人で下校するときは長く感じるのにあっという間に着いてしまった。

 

「ここまででいいわ。

 今日はありがとう。その……世話になったわね」

「むしろ、謝らなくちゃいけないのは俺の方だ。

 山城先生に急に呼ばれて来てくれたんだろ? 

 休日に案内までさせてすまない」

「やめてよね。別に静希くんのために行ったわけじゃないし、私ができると思ったからやったまでよ。その結果があれじゃ笑い種だけどね」

 

「一目見たときから思っていたけど、蒼崎は綺麗だな」

 

 

 

「はああああああああ??? 

 きゅ、急になにを言ってんのよ?!?!

 アンタはァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 唐突な告白に目が覚める。

 確かに学校案内はしてあげたけど相当嫌味たっぷりだったし、好かれる要素なんてなかったわよ。それなのに「綺麗」ってそりゃあ美人であることを自覚はしてるけどあったばかりなのよ? 正直、見た目は好みなタイプだしもしかしたら命の恩人かもしれないけど、でも私と静希くんじゃあ住む世界が違うし付き合うなんてできないわよ。

 

 まあ、どうしても言うなら遊びでちょっとだけ付き合って気に入ったら首輪にリードを付けて飼えばギリギリ有珠も許してくれんじゃないの? むしろ眷属にして私専属のバトラーに育てるのもいいかも。

 

「───── 悪いんだけど、貴方とは付き合えないわ」

「そうか、分かった。でも蒼崎の真っ直ぐな性格や立ち振る舞いが俺は綺麗だと思った」

「…………青子」

「え?」

「青子でいいわよ。今後は青子って呼ぶようにすること。

 代わりに静希くんのこと草十郎って呼ぶから」

 

「分かった。これからよろしく青子」

「ええ、こちらこそよろしく草十郎」

 

 二人は玄関の前で握手を交わしあう。

 

「忘れてた。これお詫びの品。っていうより手土産かな。本当は山崎先生に渡す予定だったんだけど、会議室で待ちぼうけにあってて忘れてしまった。これは、休日出勤してくれた青子が貰ってくれ」

 

 カバンから可愛いラッピングされた小さい小袋を渡された。

 なんだろう、いい匂いがする。これはお菓子? 

 

「中にはクッキーが入っているから数日以内に食べてくれ。俺の働いている喫茶店で買えるけど、それは俺のお手製だから店長のクッキーよりは美味しくないかも」

「はぁぁぁ……やっぱり、借り(……)よね。草十郎。今後困ったら私を頼りなさい。一度だけ助けてあげるから。このクッキー、ありがたくもらっておくわね」

 

 

 

 これが二人の絆が深まった始まりの物語である。

 

 

 

 


閑話休題


 

 

 

 

 同日・19時35分・久遠寺邸(くおんじてい)

 

 有珠には詳しい内容は濁して階段で転んでしまったことを伝えた。この程度の軽傷は屋敷の道具を使えば、すぐに治ることを知っている有珠。青子を心配する様子はなく、古本に集中し始めている。

 

 そろそろ夕飯の時間だ仮眠をしたけど、今から夕飯を作る気も起きないし力のつく料理を食べたかった。

 

「有珠? 今夜は店屋物にしようか?」

 

 出前好きな青子は嬉しそうに言う。

 この館は当番制ではないがそれぞれ気が向いたら二人分用意するのがお決まりであり、酷い日は食パンオンリーの日もある。そのため、今夜のような展開は珍しくもなく、三咲町の食事処からこの館は要注意されていた。夜の八時に店屋物を坂まで登り配達するのは誰でも嫌である。

 

「ラッキー、八時前だしギリギリセーフね。

 私昏月がいいな。

 あそこの月見そば、最近ご無沙汰なの」

 

 おもちゃをみるように店のお品書きをとり、まだ見ぬ夕食にご満悦な生徒会長。

 

「悪いけど、わたし夕飯済んでいるの」

 

 その言葉で青子の体は凍りついた。

 出前物は最低二品、つまり同居人の賛同がなければ運ばれてこないのだ。

 

「この裏切り者…………! 

 ふん、だから帰ってくるのが遅かったのね。片道20分のあんたが、5時以降に帰ってきた時点で気がつくべきだったわ! あーあ、酷い女。そういう時は残された同居人のためにお土産を買ってくるのが暗黙の了解でしょ? 私だって、この前の外食のときは有珠の分も買って……」

 

「あなたが都心に出向き夕飯にお寿司を食べてきたのに、

 手土産がコンビニのビニール袋だったって話?」

 

 墓穴を掘ってしまったか。でもこちとら朝から何も食べてないのだ。

 朝も昼も食べずに夕飯に期待して何が悪い! 

 

「買ってきただけマシでしょう」

「回るお寿司の話をしながらコンビニのおにぎりを渡す行為は一種の拷問だと初めて気付かされたわ…………」

 

 有珠の視線が冷たい。一度根に持つと必ず仕返しをしてくるのに油断した自分が悪いと反省中。

 

「……分かった。分かりました。じゃあ、今回のは前のと帳消しでチャラってことでいいわよね?」

 

 黙ったまま、読書を始める有珠。了承したと思っていいだろう。

 

「仕方ない、今日は厄日だし。

 大人しく台所に立って、料理の腕でも磨くとしましょう。それに今日はデザートもあるしね」

 

 そう思い、テーブルに置いた紅茶の横に並んでいる草十郎から貰ったクッキーを袋を一瞥した。

 しかし、その袋は凹んでいるように見えた。

 もしやと思い、ピンクの包装がされた小袋を掴むとクシャっと中身が無くなっていた。

 

「ええ、うそ! 無くなっている!

 わたしまだ食べてないのに!!!」

「商店街の喫茶店のクッキーでしょ。青子は寝ていたし、

 このままだと湿気ってしまうからわたしが処理させてもらったわ」

 

 優雅に紅茶を飲みながら、古本に目を落とす有珠。

 彼女をよく観察すると服にお菓子を食べた痕跡があった。

 

「もしかして、食べたの! あのクッキー!!」

「そんなに食べたいならまだ棚の中にあるから食べればいいでしょ。いつも茶葉を卸す時にクッキーも一緒に購入してあるからまだあるはずよ」

 

 青子がわなわなと震えていると「そういえばいつもの包装ではなかったけど、どうしたのかしら」などと頓珍漢なことを言っておる。

 

 

 

 

「あ、あ、あああ──

有珠の!大馬鹿野郎────っ!!!!」

 

 

 

 

 この後、三咲町の夜に盛大な花火が上がり、

 一部住民たちから花火大会が噂されるのだが

 

 

 

 

 それはまた別のお話。

 

 

 

 




 初めまして。【春玉サロン】といいます。
 ご覧いただき、感謝いたします。
 初投稿の素人なので誤字や不備があると思いますが何卒宜しくお願い致します。
 
 原作を『まほよ』か『fate』にしようか悩んだんですが、fgoコラボのストーリーや今後の展開を考えて原作を『fate』にしていることを深くお詫び申し上げます。
 一応『fate』である理由があるんですけどまだ秘密にしたく……

(もしかしたら『まほよ』に変えるかもしれません…優柔不断ですみません。)

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 次回投稿は4月27日(土)の18時40分に投稿しますので
 宜しくお願い致します。
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