ヤンデレ達の夜~貢がれるYAMA育ち~   作:春玉サロン

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 (大変申し訳ございません。
 温泉回は14話ではなく15話になるかも知れません……)

 (12,461文字)






第10話 冠位の人形使いと黒き魔女の誓い

 12月24日・18時25分・久遠寺邸

 

 雪化粧広がる三咲町商店街。

 

 銀杏木の並木は青いイルミネーションを施されて、所々からクリスマスソングが流れている。

 

 子供たちが雪解け途中の中央道で雪を投げ合い遊んでいる。距離感のある両手を繋いだ初々しい恋人からベンチに肩を寄り添って座る夫婦など様々な人が微笑みを浮かべて、このイベントを謳歌している。

 

 けれど、街の暖かさは丘の中腹にある洋館は対照的に静かであった。

 

 人里から離れた魔女が住む屋敷は雪の影が濃く深く沈んでいる。嵐の前の静けさのように準備をする。襲撃者である蒼崎橙子を撃退するために残された砂時計は残り僅かだった。

 

 五つあった支点は残り二つ。

 橙子によって三つ破壊された。今まで通りふたり一緒に捜索していては間に合わない。

 

 今夜からは別行動で蒼崎橙子の拠点を捜す。久遠寺邸の居間では紅茶を飲む少女たちは張り詰めた様子はないが内心は平穏ではなかった。

 

 数日前に橙子が久遠寺邸に襲撃してきたが本人は下見つもりだったのだろう。けれど、新しい玩具を見つけて名前まで書き残した。

 

 屋敷に帰ると煙草の火で焦げた絨毯と草十郎に刻まれた左目のルーン。有珠が制作したコンタクトにジャミングをかけるように命令系統を狂わされて、術式が糸のように絡み合い、有珠では解除することは出来なかった。

 

「雪なら明日が良かったな」

 

 ふたりの心配をよそにバイト先で聞いたホワイトクリスマスが気になっていた。何日か前に手入れをした中庭は白一色に染まっている。夜には銀世界になるな、と思いながらお湯を沸かす草十郎。

 

 その時、青子と有珠の黒髪が雪に映えるだろうと思ったが実姉である橙子さんの髪はきれいな赤毛だったことを思い出す。

 

「青子の髪と違って、橙子さんは赤髪なんだな。…………あんなに綺麗な赤毛は見たことない。短くしているのが勿体無いかったけど」

「────― 短いって。それは本当?」

「──―」

 

 余裕がなくて無視していたがふたりの少女が反応する。

 

「ああ。有珠よりも短いかな。

 でも、似合っていたぞ」

「………………アンタ。数日前に襲われたの忘れてんの? 

 ……まあいいわ。簡単に言うと、魔術師にとって髪は武器になるの。

 遊園地の時もわたしの髪を宙に撒いて光弾の中継地点にしたでしょう? だから、三咲町に来るまで使ったなら問題ないけど────―」

「橙子さんがわたし達のために使用したなら………

 対策が必要だわ」

 

 青子の台詞に被せるように有珠が説明する。彼女らしからぬ行動に少し驚くがそれほど余裕がなかった。

 

「そんなところ。でも髪の使い道って言っても私みたいに消耗品としてブーストに使うか。人形使いの姉貴なら素体に使う。まあ、あり得ないと思うけど使い魔に使うとかかな?」

「なんで、あり得ないんだ?」

「いくら髪と言っても街を滅ぼすほどの魔獣とは契約できないのよ。自分より弱い使い魔を使役しても意味ないでしょ? 有珠みたいに特別な使い魔なら別だけど、そういうのは特別な血とか必要だし」

「青子。話が逸れてるわ」

 

 謝罪をしてこの話を終える。

 草十郎としては姉妹で争うこと自体が悲しいことだと思い、ふたりが争わず済む未来がないかと考えるが魔術師に詳しくない草十郎には思いつかなかった。

 

 そして夜が完全に訪れた時に彼女たちは動き始める。屋敷の中には草十郎しか居なかった。青子は最も魔力供給ができる陶川(すえがわ)に。有珠は社木(やしろぎ)の支点に向かう。

 

 二時間後、玄関前では準備を終えたふたりがいる。互いの健闘を祈り、草十郎も話はないが見送りに玄関先までいく。

 

 しかし、姉妹で闘うことを未だに納得のできない草十郎は手を振る事は出来なかった。二人を見送り自室に戻りベッドに大の字に寝そべった。屋根裏の小窓から見える月の光はひとりで屋敷で留守番、孤独感をより強める。住む世界の違いをまざまざと感じて悲しかった。

 

 

 

 


場面転換


 

 

 

 

 同日・23時30分・森林公園

 

 雪積もる公園には人の気配はない。

 その中に小さな足跡がポツポツと無垢なる白野に刻まれていく。

 

 現れた少女は全身真っ黒の防寒着を着こなし雪原に佇む姿は絵画の様だった。周りの住宅の光が徐々に消え始め、時間だけが経過していく。

 

「……私が先なのね」

 

 少女の呟きは野犬の遠吠えで搔き消える。

 満月の月は両者の舞台を整えた、とでも言いたいように曇の隙間から照らす。

 

「橙子さん。これは貴方の趣味?」

「いやいや。久遠寺のお嬢さんに似つかわしいとは思ってないよ。まあ、これは不可抗力でね。少々我慢してくれ」

 

 ざくり、と積もる雪を踏み汚す。

 有珠とは対照的なモスグリーン色のロングコート。首元にはシルクのスカーフを結び、凛とした背筋は狩人を彷彿とさせた。

 

 この雪原に立つ者が襲撃者であり、彼女たちの敵である。彼女の登場に野犬の遠吠えは弱まり、再び静寂が夜を満たした。

 

「久しいな。有珠」

「………………」

「────― 相当ご立腹と見える。どうやら君にしては部外者のアレに強い関心があったらしい」

 

 クスクスと意地の悪い笑いをする橙子。

 面白くないものを見る目をするが一瞬で冷酷な魔女の表情に戻る。

 

 自然な動きでケープの裾から青い猫の鈴を取り出す。落下する鐘のディドルディドル。童話の夜が今より開幕する────―

 

 けれど、鐘の音色は響かない。

 鈴の泉は地中に吸い込まれる事はなく、跡形もなく砕け散る。地面からは昼のような眩い光を放ち、童話の夜を拒絶する。ディドルディドルを発動出来なければ有珠の大半の童話の怪物は扱えない。

 

「ルーン──────」

「ここの公園の道が煉瓦だったからね。

 一日掛かりにはなったが簡単な仕事だったよ」

 

 有珠は一歩下がる。

 簡単だと説明する橙子。けれど、公園全体をひとりで一日程度で刻むとなれば熟練のルーン使いでも十数人の作業量。

 

 彼女が刻んだルーンは『太陽』でここら一帯は日中となる。それでは夜の鐘は広がらない。

 

 けれど、何万という数を今の瞬間までバレずに出来た理由が分からなかった。

 

「だから言ったろ? 簡単な仕事だったと。

 パッと見ても分からない程の傷痕を残して、強い魔力が流れると復元する形状記憶のルーンと言えば分かるかな」

 

 有珠も聞いたことがない魔術協会に登録していないオリジナルのルーン。

 

「私みたいな小娘に大人げないとは思わないのね」

「馬鹿を言うな。マインスターの子供を小娘とは言わんよ。まあ───― 睨めつける事はあったけどね。有珠」

 

 侮蔑と感じた有珠の行動は速かった。

 有珠の左目が赤く光り輝く。魔眼の一工程は魔術師世界でも最速の呪術。魅了の視線は文字通り、橙子の体を釘付けにして停止させる。橙子も抵抗しようとするが指先ひとつ動かない。現代の最後の魔女は橙子以上に魔術としては格上である。

 

 けれど、橙子を拘束する陣形は歪み崩壊した。指先ひとつ動かない魔術師は瞬きひとつで魔眼を克服する。橙子の魔眼が光を放ち有珠を捉えようとする。魔眼は全体を捉えなくては効果は半減するため、すぐさま斜めに構える。

 

「っ────── !?」

 

 しかし効果が半減したはずなのに橙子の魔眼は有珠を止める。魔眼を魔眼で押し退けるため有珠も魔眼を再発動。魔女である有珠は魔術師としての性能は全て上回る。当然、魔眼のランクも有珠の方が圧倒的に上。

 

 けれど、止まらない、止まらない、止まらない。橙子からの魔眼は底なし沼のように襲い掛かる。ひとつの魔眼で跳ね除けても奥から幾千の魔眼の視線が有珠を拘束し加速度的に重くのしかかる。

 

 信じ難いことだが、魔眼の中に魔眼を宿している。それも中の魔眼も更に魔眼を宿し、万華鏡のように乱反射している。魔術とは神秘の年月の積み重ね、生まれ持った格が不変の価値である。

 

 それを近代の工場のように魔眼の大量生産など魔女である有珠には信じられなかった。

 

「……マインスターを真似たつもりだったが、どうやら、お気に召さなかったらしい。上手く出来ているだろう。君のような希少性はないが果てがないからな。どれだけ格が違えど速度と物量で押し潰せる」

 

 魔術の歴史は古くから知識から。

 より大きくより強いモノが尊ばれた時代。しかし、現代の戦争ではより安価に、より大量生産でき、より消費することに優れたモノを尊ばれる効率の時代。

 

 有珠の魔眼が大砲であるなら、橙子の魔眼は終わることのない自動機関銃。対人戦においてどちらが優れているか語るまでもない。積重の魔眼は現代の魔術が生み出した神秘を否定する最強の兵器である。

 

「これで詰みだ。じゃあな有珠」

 

 有珠の五感は完全に停止して声は届いていない。とどめを指す為に宙にルーンを刻み、風切り音を鳴らして有珠へと切断の刃が襲う。

 

 けれど、散ったのは有珠の鮮血ではなく青い羽根が有珠から溢れ出す。振り返り視線を戻すと有珠は青い猫鈴を五体ほど地面に投げ捨てる。

 

「……術者の身代わりになるプロイか。

 マインスターからは訊いてないな」

「─── 殺される事だけが得意の駝鳥よ」

 

 有珠の周りでチチチ、と囀りが聞こえる。

 

「だが、一度が限界だろう。

 仮に二度目があっても────―」

 

 橙子の魔眼によって地面に落とされて、ふぎゅっ、と汚い悲鳴を上げる駒鳥。

 

「…………本当に使えない」

「仕切り直しだ。

 今日の内に、もう一つの支点も潰したくてね。

 後が詰まっているんだよ。私は」

 

 余裕の笑みを浮かべる橙子。

 しかし、黒衣の少女は表情を崩さず────―

 

「確かに貴方の魔眼を破ることはできない。

 けれど─────」

 

 

 

『Build it up with wood and clay,

 wood and clay, wood and clay,

 Build it up with wood and clay,

 My fair lady』

 

『Wood and clay will wash away,

 Falling down,Falling down,

 Build it up with bricks and mortar

 My fair lady』

 

 

 

 有珠を魔眼で止めても遅すぎる。

 土塊が動き出し、歌は地面から響いている。

 

 波打つ大地は巨人を呼び起こす。

 盛り上がる塔のように、

 上へ、上へ、上へと伸びていく。

 

 一面の煉瓦は石の巨人の躰となり、今宵の主賓が轟音と共に顕現する。口の裂けた男を握り潰した指が標的を見据える。 

 

 グレートスリーの一つ。

 

 フォーリンダウン。

 

 グレートブリッジ。

 

 

橋の巨人(テムズトロル)

 

 

 橙子は魔眼を中断し苦虫を嚙み潰したよう顔をする。アレは1000年前のマインスターが生み出した神秘の塊。

 

 機関銃如きでは城を落とす事は不可能である。

 けれど──────

 

「おい! 有珠! なぜコイツが出てきやがる!?」

 

 最強のゴーレムではあるが生成条件が付く。周囲に『自然の川』が無ければ、ロンドン橋は生まれない。それがプロイとしての絶対のルールである。

 

 しかし、橙子も警戒していたため川がないことは確認済み。なのに──────

 

「─── あるでしょう。貴方の足元にも。

 川と呼ぶには小さ過ぎて、

 すぐに干上がってしまいそうだけど」

「────────!」

 

 足元を確認すると雪が溶けていた。

 有珠がディドルディドルを五体も無意味に投げたのは太陽のルーンを発動させて熱を発生させるため。この巨人にとって雪解けの流水すら『自然の川』と認識している。

 

 八メートルを超える巨人は有珠を覆うように立ち塞がる。巨人は右腕を振るい、夜に生まれた太陽を許しはしない。ルーンの刻まれた煉瓦を一つ残らず文字通りに叩き潰し地響きと共に叩きつける。

 

「流石だな。私ではマインスターには届かないか。

 まあ、それは今後の課題として教訓にしよう」

「──── 逃がすと思うの?」

「おいおい……本当にご立腹だな。

 安心しろ。逃げる必要はないからね」

 

 虚勢でもなければハッタリでもない。

 ビルと見紛うほど、1000年越えの神秘の巨人。現代の魔術師では傷一つつける事すら不可能である石の巨人の前に余裕を持って答える。なぜなら──────

 

「もう少しやれると思ったが前座は充分だろ。

 ────―来い、ベオ」

 

 指を鳴らすと美しい遠吠えが聴こえる。

 天まで届く、原初の歌声。太古の生物が持っていた野生の本能に刺激する螺旋の咆哮。

 闇より舞い降りた声の主は魔術師の隣に降臨した。

 

 その瞬間、有珠は橙子の事を忘れて魅入る。黄金の毛並みは穢れを削ぎ落とし何者にも侵すことの出来ない神秘の生命。

 

 奇跡の再現であり、魔術師にとってソレは本当の天敵である。黄金の獣が翔ける。諦めに似た感情が胸の内に広がる前に黒衣の少女の意識が途切れる。

 

 獣の息遣いが聞こえる。

 途切れた意識が戻り、

 このどうしようもない現実を見る。

 

 鋸のような牙が剝き出しで見下ろす。

 艶やかな毛並みは汚れ一つなく、

 完全な生命体が有珠を押し倒している。

 

 有珠の血によって染まった前脚の爪は、研ぎ終えた刀のように刺し貫く。1000年の巨人は太古の神秘の前ではガラクタ同然のように嚙み砕かれ、少女の上半身は紙を破くように引き裂かれた。

 

 肩から腰まで正面の服は全て散り散りになり、少女の柔肌は全て赤く染まっていた。雪原は紅黒く染まり、少女の臓腑や肺の一部が飛び散っている。

 

 狼は前脚を有珠の両腕にのしかかり、少女の臓物を覗き込む。意識を取り戻した有珠が見た光景であり、恐怖はなく、現実を受け入れる為の冷たい瞳で敵を仰ぎ見る。

 

「”そんなに血が出ても痛くないんだ。

 面白い────! ”」

 

 無邪気な幼子の声が聞こえる。

 新しい玩具を見つけて楽しそうな黄金の狼。子供が蟻を踏みつぶして遊ぶように、前脚で少女を右腕を潰す。それでも痛みがない様子が面白く、大口を開けて少女の首にかぶりつく。

 

「ベオ────────!」

 

 橙子の鋭い 責にビクッと停止する。

 

「”…………トーコさん”」

 

 狼は悪戯がバレた子供のようにゆっくり振り返る。

 

「馬鹿者。とどめを刺すなと言っただろう。

 命令を聞けないなら帰れ」

「”ちぇっ、なんだよ。助けてやったのに。

 あーあーたいくつー。

 橋の巨人も他ので生物と変わらないしー”」

 

 狼は橙子の元へトボトボと歩いていく。

 

「──── 、っ──────」

「ほう、もう意識を戻すとは。

 流石はマインスターの娘か」

 

 有珠は視線だけで橙子を睨む。

 敗北への糾弾ではなく、

 あの生物を何処から連れてきたのか。

 

「────― 彼は最後の人狼。

 3000年の神秘を宿す生粋の原種だ。

 名前がなかったからベオウルフと呼んでる」

「ベオ……ウルフ?」

「そう、可愛いだろ? 

 ついでに説明しておくと、周りの野犬は結界ではなく、ベオが勝手に呼び寄せたものだ。幼くてもベオは王だからね。皆、何かに縋りたいのさ」

 

 勝者の無慈悲な笑みは何故か草十郎が温かな笑みが恋しくなる程冷たかった。

 

「ベオは山の秘境にいてね。けど、山の開拓が進み生活にも困っていたところを私が高額で山ごと買い取った。

 まあ、あくまでも洞窟から出す権利だけだがね。その際に私の髪を対価に契約してね。その件については良い買い物だったよ。──── ほう」

 

 有珠から怪音がなり、話を中断して近寄る。ぐちゃぐちゃとバキバキと入り乱れた音が少女の上半身から鳴る。

 

「復元は蒼崎の専売特許なんだがね。

 ん? これは──────」

「なーにー、なーにー? このにおい?

 トーコさん、なんかワクワクすることが起きてない?」

「コラ、ベオ! あっちに行ってなさい。

 乙女の胎を見るんじゃない」

「”えー。トーコさんはいいーの? ”」

「私は乙女だからいいんだよ!」

 

 ベオはこれ以上訊いたら怒られると思い自重する。

 

「…………しかし、惨いな。魔女らしいとも言えるが────骨格、血管、内蔵まで魔術刻印を施されている魔術師は初めて見たぞ。

 魔術刻印による苦痛は現実と神秘との乖離からくると言うがここまでくると痛みもあるまい。そもそも生きてる実感もないだろ。まだ人間であると言い切れるか?」

 

 少女は怒りからか恥じらいか吐息が洩れる。有珠の体を抱き上げる。傷ついた少女の顎に手を当てて、優しく少女の唇に触れる。唇を重ね、黒衣の少女は僅かの抵抗からか、空の右手を握りしめる。

 

 こっくり、と嚥下する。

 橙子から何か飲み込まされた有珠は力を失いように崩れ落ちた。肉体の損傷が魔術刻印によって修復が終わりかけた時、体の中から違和感を感じて魔力を消す。

 

「それは私の特注のナナカマドだ。魔力を流すと体が爆発するから気をつけなさい。

 ────― ああ、口入れは私の趣味だから気にする事はないよ」

 

 有珠は倒れたまま、橙子を睨む。

 今の口づけが何よりも許せないと気絶しそうな意識を奮い立たせる。橙子は微笑みを浮かべたまま黄金の狼を従えて半壊した雪原を歩いていく。

 

「ひとつ忠告がある。ベオの呼び寄せた野犬だけど、今は大人しいが私たちがいなくなったら自由に動き出す。

 さあ、有珠。君は魔術なしで何処までやれるのかな? 私は支点を壊したら次の場所に行かないと。君が無事に帰宅することを祈っておくよ」

 

 あと少しと言わんばかりに口角を上げて魔術師と狼は退場した。

 

 入れ替わるように飢えた野犬が遠吠えを始める。今から宴が始めると言わんばかりに彼らの声が大きくなる。今回の主菜は息も絶え絶えの、か弱き少女。(はだ)けた柔肌は野犬達にとって何よりご馳走。溢れ出す涎は雪原を汚していく。こんな時に有珠は、”ああ、お化けみたいだな”と蠢く影を見つめた。

 

 有珠の視界はぼやける。

 林の奥から野犬がこちらに向かてくる。一分もすれば彼らは有珠の元まで到着する。

 

 空は雲一つない闇が広がり、森は深く、ここに救いはない。けれど、視界の隅に公衆電話を見つけて、場違いな電話ボックスに逃げ込む。

 

 散れ散れになった服を胸に抱え、足を引きずりながら透明な箱の中に入る。野犬が到着し獲物が電話ボックスに入っている事にすぐに気がつく。

 

 外の獣たちは幾度もぶつかり、嚙みつき、お前の臓腑(はらわた)を曝け出し、子宮を喰い散らかそうと吠え続ける。震える指は無意識にボタンを押していた。

 

 

 

 


場面転換


 

 

 

 

 同日・23時50分・久遠寺邸

 

 電話が鳴った。

 洋館に滞在して出前を注文にしか使わなかった電話が音を立てて深夜のホールに響き渡る。ためらいながら受話器を取る。

 

 ”はい。こちら久遠寺邸です。すみません、どちら様ですか”、と尋ねるが返答がない。少し待っていると受話器の向こう側から消えそうなぷつっと切れる細い声が届いた。

 

 

 

 

「……静稀……君?」

 

 

 

 

 かすれた声だが聞き間違いなどする訳がない。

 

「有珠?」

「…………………………………………」

 

 ”有珠? ”ともう一度尋ねるが返事はない。ただ、受話器の向こう側が騒がしく、何度も物がぶつかる音がして無性に気になった。

 

「…………青子は……いる?」

「まだ、帰ってないけど。

 ────― 大丈夫か、有珠?」

「────────」

 

 がしゃり、と向こうの電話が切れてしまった。胸騒ぎが止まらない。

 

 けれど、電話は切れてしまい、かけ直すことはこの古い電話機では出来ない。嫌な予感がするまま、冷たいロビーに座り込みふたりの帰宅を待つことにした。

 

 四分も経過せずに電話が鳴り響き、すぐに受話器を取る。

 

「有珠か? ────― 今どこにいる?」

「あら、草十郎くん?」

 

 予想を裏切る声は明るく、何処か歪んだモノを感じた。

 

「……橙子さんですか? 

 すみません。忙しいので手短にお願いします」

 

 有珠が再度電話してきた時に備えて、

 今すぐ受話器を切りたかったが橙子の要件も気になった。

 

「そう、偶然ね。私もあんまり暇じゃないの。

 この後に予定が入っててね。

 長話はする気はないから単刀直入に聞くけど、

 屋敷に青子はいる?」

 

 妹を心配するようにも聞こえる口調。

 けれど、どんなに親しく話していても橙子さんが青子たちの敵であることを理解していたため、直ぐには答えることは出来なかった。

 

「すみません。お答えすることは出来ません」

「……そうね。訊いてなんだけど、

 君には答えて欲しくないかな。

 やっぱり、草十郎くんの事が好きみたい。

 だからこそ無関係でいたいのかな?」

 

 自問するように答える橙子。

 その優しさは偽りではなく本物の忠告に聞こえた。彼女も悩み、恨み、踠いている彼女の誠意の在り方がとても痛々しく、悲しいと思った。けれど、草十郎には止める事が出来ない魔術(問題)に苦悩した。

 

「最後にひとつ。君を試す事をするんだけど、

 …………伝えないと一生恨まれるそうだしね」

 

 悲しそうな声が聞こえた。

 恐らく、本題は今から始まる話なのだろう。始まる前から背筋に冷たい物が走り抜けた。

 

「さっき、久遠寺さんと会ってきたの。

 いつ気を失ってもおかしくない状態。

 骨も数本折ったからまだ歩けないはずよ。

 更に災難なことに怖い野犬が囲んでいるみたいなの。

 ── そうね。十分もすれば骨しか残らないかもね」

 

 先ほどの違和感が野犬に群れとようやく思い至る。

 

 ”いや、犬だし骨も持って帰るか”などと軽い口調で話すが耳に入ってこない。自分の愚かを呪い、血の気が引くほど受話器を握りしめる。

 

 彼女は青子以上に関わらないようにしている。その彼女が最後の最後に助けを求めた。彼女が彼の名前を叫んだあの時どれだけ葛藤したか多分、本当の意味で理解することが出来ない程の悲鳴だったのだろう。

 

「場所は」

 

 簡潔に問いだす。

 根拠は無かったが橙子が彼女の場所を教えてくれると確信していた。十分が制限時間なら今すぐにでも行動しないと間に合わない。

 

「教えたら君は私の敵になるわ。覚悟はあるの?」

 

 優しい口調で脅迫する。

 歪ではあるが彼女なりの道標。このまま有珠が死ねば、久遠寺邸から逃げても半人前の青子では草十郎を捉えることはできないだろう。けれど──────

 

「それで、場所は」

 

 彼女が救いを求めた。それだけで充分だった。

 

「……そう。まあ、こうなることは予想はできたけどね。嫌いな人でも敵と思ったことはないけど、好きな人ほど敵になるのよ。

 場所は社木の森林公園。受話器の下に地図があるでしょう? 栞を挟んであるから………………」

 

 受話器を放置して地図を手に取る。

 三咲町から隣町にある社木まで洋館から駅を出て、それでは今から二十分はかかる。

 

 歯を食い縛り着の身着のまま走り出す。洋館から森林公園まで十五キロ。直線距離なら三分の一もないのに都会の街並みが草十郎を阻む迷路に見えた。

 

 けれど、諦める選択肢はなく走り続け、雑念を抑える。直線的に、立体的に、一秒でも早く辿り着くために。深夜のため、道路も空いているから進行方向が同じトラックにしがみつき、停止したらすぐに他の車に乗り移りながら移動する。手段を選ばず一秒でも早く彼女の元まで翔ける。

 

 胸の鼓動は高まり続けるが冷静に走る。時間を確認する余念も捨てて走り続ける。周囲から犬のけたたましい吠える叫び声が聞こえる。森林公園の前まで到着すると野犬の群れが電話ボックスの周りで群がっている。

 

 冷静に、冷静に、それだけが彼の武器なのだから。そうして彼は広場に辿り着いた。長く走った濁りを抑えて目の前の野犬を処理することだけ思考を切り替える。

 

 深く、細く、眼前の少女を救うために雪原に少年は佇む。加速は一瞬、溶けた流水を滑るように翔ける。

 

 こちらに気がついていない群れの端の野犬の股を蹴り上げ、群れの中心部まで叩き込む。野犬がこちらに気がつくが思考を奪うべく、続けて二撃目を与える。

 

 与えるべきは本能に訴えかける恐怖。飛び込むように右足を振り上げ中心の一匹の野犬の首を捻り斬る。血飛沫が辺り一面に広がる。

 

 これまで闘ってきた犬は最後の一匹になるまで襲い掛かってきた。だが、所詮は訓練もされていない人狼に本能を刺激された野犬。より強い生物に従うのが野生の教え。野犬の群れは我に返るように後退りをする。

 

 しかし、若い一匹の野犬が草十郎に襲い掛かる。我々こそ、支配者であり、今宵の餌を喰うまでは止まることなど断じてあり得ぬ、と言わんばかりに大口を開けて少年の喉を搔っ切ろうと跳躍する。

 

 けれど、全ては経験足りぬ若輩者も蛮行。少年は無機質な瞳のまま右の拳を振り落とす。野犬の頭は地面と拳に挟まれ、目玉が飛び散る。

 

 ベチャっと音を鳴らし再び冷酷な視線を野犬の群れに向ける。その視線が決定、蟲を見るような視線は群れの格付けが終わった。

 

 血塗れの両手を広げ、一歩、一歩と後退りした野犬の群れに近づく。その瞬間、群れの一匹が甲高い悲鳴を上げる。野犬の群れは錯乱状態となり、我先に森へと帰る。

 

 あれは決して目覚めさせてはいけない。山を降りると鬼がいる事を教訓にし、野犬たちは今後、森から降りて来ることはなかった。

 

 有珠が電話ボックスの中で気絶していた。

 黒衣姿は無残にも剝がされ、凌辱されたように上半身の服は散れ散れになっている。

 

 意識はないが体は震え、白い息が漏れている。公衆電話の緑色は有珠の血によって斑模様になっており、か細い指を震わせながらボタンを押したと思うと草十郎は無意識に少女を抱きしめていた。

 

 有珠について何も知らない。

 それでも憐れみなど望まない事だけは理解していた。だが、抱きしめる両手を解く(ほどく)ことは出来なかった。

 

 彼女が受話器の前で自分を関わらないようにした気高さを、あの日ささやかな秘密を共有した少女は誰よりも優しさを。上着を脱いで、彼女に着させる。地肌に夜風が吹き抜けて体に堪えるが少しでも彼女を温めたかった。

 

 それに…………少女をこのまま辱めることは出来なかった。行き先を病院にしようかと考えたが彼女が最も安心できる久遠寺邸へ帰ることにした。止むんでいた雪が降り始めふたりの帰り道を白く彩る。

 

 

 

 


小休止


 

 

 

 

 12月24日・25時05分・白犬塚の坂

 

「……………………」

 

 意識が戻ると、有珠は見慣れた坂の上を上がっていた。

 

 雪がちらつく夜は彼女の末端を冷やす。氷のような手足は小さく震えることしたできなかった。

 

 黄金の狼に腹を引き裂かれ、体力の低下なのか、生存本能からくる震えなのか彼女には分からなかった。

 

 しかし、かじかむ指先とは対照的に体は暖かかった。見知った匂いと普段以上に高い目線。上下に揺れ動きながら気遣った動き、視界が鮮明になるにつれて状況を把握する。

 

 

 

「…………静稀…………君?」

 

 

 

 有珠は虚ろな意識で名前を呼んだ。

 居るはずのない、助けを呼ぶか悩んだ相手。草十郎は黒いタンクトップ姿で無言のまま坂を登り、久遠寺邸に帰宅する途中だった。

 

 沈痛な面持ちだったが瞳の奥からは温かさを感じた。有珠を背負う手平は血が乾燥して草十郎の手先も氷のように冷えきっていた。

 

「どう……やって……どうして…………?」

 

 体に力が入らないがか細い声で問う。

 

「橙子さんから電話があってな。

 君の場所を教えてくれたよ。

 ……本当にゴメン。すぐに有珠を助けに行けなくて」

 

 少年の長髪が揺らめき、鼻腔をくすぐる。

 けれど、一歩、一歩前を向き洋館に帰宅しようと歩みを進める。

 

「……静稀……君には……関係ないもの……」

 

「そうだったな。でも、今は違う。

 有珠が元気になったら話し合おう」

 

 坂の傾斜は徐々に勾配になる。視界が斜めになっている事を気付いた有珠。

 

 

「……もういいわ。

 自分で歩けるわ……降ろして」

 

「悪いな。俺が有珠を降ろしたくない。

 それに息も絶え絶えの有珠が歩いて帰るよりこっちの方が効率的だし寒いのはお互い様。

 ……少しくらい、寄り添って生きるのも悪くないだろ」

 

 

 山の中腹の夜風は一段と冷たく頬が赤面する。きっと、この少年が来なければボックスの中まで野犬が突入して、骨一つ残らなっただろう、と振り返る。草十郎の足取りは変わらず地面の雪を除けながら歩く。

 

 

「………………公園からずっと?」

 

「終電はなかったから、タクシーも考えたんだけどな。

 ……………何でだろう。

 俺が有珠を連れて帰りたいと思った。

 ──── すまない。言葉にできない。    

 有珠には謝ってばかりだな。俺」

 

 

 苦笑いをして誤魔化す。

 血塗れの少女を乗せて騒動を危惧した訳ではない。震える彼女が最も安心できる屋敷に鉄門前でも近寄らせたくなかった。手負いの少女がこれ以上傷つかないように。

 

 

 

 

「…………ず………………君…………」

 

「………… うん」

 

「…………静稀…………君……」

 

「うん」

 

 

 

 

 震える彼女の指先は悲しくなるほど冷たかった。少年に縋るように首筋に顔を埋めながら、幾度も名前を呼ぶ。

 

 

 

 

「……静稀……君…………静稀……君」

 

「ああ」

 

「静稀君……」

 

「ああ、ここに居るよ」

 

 

 

 

 少女も自分が何をしているのか分からなかった。それはナナカマドによる眩惑作用なのか、金狼によって魔女の誇りを蹂躙されたからか。

 

 けれど、彼の名前を呼ぶ事を止められなかった。もう離さないように、もう失わぬように少年の首元に嚙みついた。

 

 力なき少女は爪を突き立て、母猫の母乳を縋る子猫のように吸い付き嚙む。

 

 歯並びが良い有珠の犬歯では浅く突き立てることしか出来なかった。けれど、白い首輪を避けるように嚙み、草十郎の皮膚の上から血液が滲む。

 

 草十郎は無言のまま受け入れる。

 彼女を否定してこれ以上疵付けるのは嫌だった。白犬塚坂が終わり、今は顔を埋めて吐息を吐く有珠を大事におぶり歩き続ける。

 

「館についたら少し休もう。

 お腹の血も拭って、落ち着いたら居間で話してくれ。

 橙子さんから敵と宣言されたからな。

 これで一蓮托生だ」

 

 森の入り口の正門が見えた。

 その奥には有珠の洋館が彼女たちの帰りを待ち佇む。この時間が終わることを惜しむ有珠。

 

 けれど、しんしんと静寂が包む宵闇の中で、彼女の中で、ひとつ整理することが出来た。

 

 

 

 

 彼が彼女の所有物であることを―――――

 

 

 

 

 ロビーに辿り着くと、惜しみながら背から降りる。西館まで行かないと道具が調達出来ないが彼が同行するには危険すぎた。

 

 けれど、彼女は数歩もしないうちに膝から崩れ落ちた。震える体は再度、立とうとするが体が言う事を聞かない。白い肌からは汗が滲みだし、無表情の顔だったが瞳の奥に苦痛を浮かべていた。

 

「有珠!」

「……大丈夫。服を繕ってくるから、

 貴方は居間にいて」

 

 ”その後できちんと説明する”とか細い声で言いながら深呼吸をする。

 

 足取りを確認して、彼女は西館へと向かった。草十郎もその間に替えの服を着換え、居間で待つ。数分も経たない内に有珠は草十郎の上着から替えの黒衣を身に纏い、居間にやってきた。

 

 白い肌はより青白く一向に良くなってはいない。ソファーの前で躓きかけたため、手を添えて補助する。

 

「…………無理はしないでくれ。

 横になった方が楽なら寝たほうがいい」

「…………傷は大丈夫なの。不調なのはナナカマドを飲まされたせいだから待つしかないわ」

「そうか。ナナカマドって何か訊いていいか?」

「薬草の一種で魔除けの効果があるの。

 でも体を治すための魔力が反応して邪魔をしている。

 消化すれば問題ないから気にしないで」

 

 有珠は目を閉じて、体力の回復に努める。

 二十分も経過せずに三度目の電話が鳴り響く。有珠は草十郎の手を借りてロビーまで向かう。受話器を取った電話の先では消え去る炎の残り火のような擦れた声が聞こえる。

 

 

 

 

 彼女たちの受難の物語は、

 まだ序章であることをまざまざと実感させられた。

 

 

 

 




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 誤字・脱字報告ありがとうございます。大変助かりました。

 (誤字、脱字、誤植など、いっぱいあったので修正作業は大変だったと思います。
 皆様のお陰でとても良くなりました。本当にありがとうございます)

 那須珂様、Hiroooooooooooki様、ゆききなこ様、ヤマジィ様
 評価10ありがとうございます。とても嬉しいです。

 次回投稿は5月10日(金)の18時40分に投稿しますので
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