ヤンデレ達の夜~貢がれるYAMA育ち~   作:春玉サロン

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 (10,200文字)






第11話 懺悔と夜へ

 12月24日・25時50分・久遠寺邸

 

 受話器の先で小さなうめき声が聞こえる。

 それ以降、会話はなく有珠から電話を切る。

 

 黒衣の少女は膝掛けにしようしていた黒いケープを着込み、草十郎の腕を掴んで玄関に向かって歩き出す。

 

「静稀君、一緒に来て欲しいの」

「分かった。何処に行けばいい?」

「青子は詠梨(えいり)神父を頼るはず。合田(あいだ)教会まで行くわ」

「そこなら知っている場所だ。急ごう」

 

 久遠寺邸を囲む林林。

 空には窓から一斉に椋鳥が教会の方向へ飛び立った。

 

「一番は捜索…………二番と三番は青子の応急処置をして、在庫は気にせず人命優先で。

 静稀君は、裏庭にある青子の自転車を持ってきて」

 

 裏庭に行くと赤く塗装された

 高級そうな自転車があった。

 

「教会まで急いで向かわないといけないの。

 ……静稀君、二人乗りはできる?」

「やったことはないけど

 ─── 迷ってる暇はないよな」

 

 有珠を背に納屋のカギ置き場から自転車のカギっぽい物を手当たり次第に鷲掴みにする。

 

 目立つ傷一つないオーダーメイドの自転車のロックを外す。自転車を押し、洋館の正面にいた有珠は森の奥に進んでいた。自転車にまたがり、ペダルを押すと草十郎の想像以上の加速度に驚く。森を駆け抜けると鉄製の門扉の前に彼女が居た。

 

「待たせたな。後ろの荷台に乗ってくれ。でも相当揺れると思うから辛かったら言ってくれ」

「…………私は問題ないわ。静稀君、お願いするわ」

 

 何故か頬を赤らめる有珠を後ろの荷台に乗せる。

 

「…………腰に手を回すけど平気?」

「振り落とされないようにしっかりと掴んでくれ」

 

 有珠が捕まったのを確認してギアを入れる。

 

「…………優しくね」

「まあ、そこは急いでいるからご容赦ください」

 

 ハンドルに力を込めて、ペダルを踏み込む。

 ゆっくりでは間に合わない。草十郎は自転車の急な坂をブレーキを使わずに駆け下りる。

 

「ッ────― !」

 

 予想以上の速度に驚愕する有珠。

 抵抗の声も風で搔き消え、草十郎の顔も真剣で一心不乱にペダルを漕ぐ。回した手をより強く握りしめて夜の雪が散らばる車道を駆け抜ける。

 

 結局、三咲町の駅前までブレーキをかけずに走っていった。ヘッドライトもない夜間の道は完全に眠りについた町の街灯がふたりを補導するように導く。自転車は風を切りながら駆けていく。

 

 教会の周囲は灯りがついており、病院より明るいくらいだった。自転車を止めて、ふたりは教会へ向かう。教会の入り口には眼鏡をかけた聖職者が立っていた。

 

「詠梨神父─────― 青子は?」

「中で唯架が診ています。

 蒼崎の家に連絡をしたいのですが────」

「…………青子は望まないでしょうね。

 それに青子の祖父もあの状態ですから」

 

 詠梨神父が草十郎を軽く睨み観察する。その視線から庇うように有珠は少年の前に歩みでた。

 

「…………彼は、私たちの使い魔です。

 契約はまだですが」

「ほう、彼が。

 申告の遅れはこちらの方で処理しましょう」

「では通ります。青子の状態は?」

「良くはありません。今夜が山場になるでしょう。

 確認はご自身で為さるといい」

 

 通り過ぎる際に草十郎と詠梨は互いの姿を明確になる。中性的な顔、女性のように美しい髪は数多の女性を魅了するだろう。

 

 けれど、立ち振る舞いからは鍛えられた鋼を連想させ、懐刀を仕込んでいる雰囲気を感じて警戒する草十郎。

 

「静稀君、気を許さないでね。彼は教会の人間。今は監視の立場だから中立を保っているけど、本来なら橙子さんより危険な人間よ」

「…… 実は町に来たばかりの頃。

 ここの教会にはお世話になったんだ。

 神父様とお会いするのは初めてだけど、

 あまりここの関係者を悪く言わないで欲しい」

「─── その話は後日改めて詳細を聞くわ。

 でも、今は時間がないの」

 

 難しい顔をしながら有珠は歩き始め、礼拝堂の両開きの扉を開けた。礼拝堂の中は薄暗く蠟の匂いが充満していた。それは厳格な審判を下す裁判所のようで罪人は膝を折り、懺悔を口にしてしまうほど冷たく厳粛な空間だった。

 

 草十郎が目覚めたのは明け方で夜になるとここまで印象が変わるのか、と驚き高い天井を仰ぎ見てしまう。

 

「あれ? 草十郎さん!」

「三日間ぶりだね。律架さん」

 

 そこには暖色系のセーターを着ている、顔馴染みのお姉さんが居た。

 手を挙げて返事をして律架の元へ近づいた。

 

「…………知り合いなの」

「まあ、何と説明しましょうか─―

 彼の身元保証人と言いますか? 

 家族? 姉弟? 恋人? そんな感じかな」

 

 右手を口に翳して遊園地より強い殺気を草十郎に送る黒衣の少女。

 

「……どういう事? ……静稀君」

「律架さん…………、真面目に話してください。彼女は恩人だよ有珠。前に言ったバイト先を斡旋したり、一番お世話になっている人だよ」

「そうそう。だから草十郎さんはスパイ行為とか監視とか一切関係ないから安心して。そもそも草十郎さんがスパイになれるならトロルだってなれるわよ」

「…………本当なの?」

 

 じとーっと半目で睨む有珠。

 

「本当だよ。と言うよりスパイって不穏な単語が出てきたけど、律架さん、小説の話じゃなくて?」

「あはは…………、まあそこは追々。今は青子の容態ね。奥の扉を通れば青子がいるから」

 

 有珠は草十郎の保護を頼むと奥の扉に歩き出す。草十郎も後を追うとすると律架に手を掴まれた。

 

「ダメよ、草十郎さん。

 貴方はこれ以上関わるべきじゃないわ」

 

 引き止められる内に有珠は奥へと進んでいった。

 

「────― もう橙子さんから敵と宣言されています。

 もう既に関係者ですよ」

「……貴方の事は、教会で保護します。けれど、青子の元へ向かっても貴方にできる事はないわ。それとも────― 特別な気持でもあるのかしら?」

 

 律架の視線からは後ろめたさを感じる。草十郎としても無力なことは理解していた。しかし、どうしても彼女の顔をもう一度見たかった。

 

「青子が心配だから行く訳じゃないんだ。ただ、会いたいだけ。理由なんてこれだけで充分です」

「──────―」

 

 律架は深いため息をつき深呼吸をする。何かの贖罪なのか、仕方ないといった様子で道を譲る。

 

「──― これで貸し借りチャラよ。

 どうぞ、いってらっしゃい。

 前に貴方が起きた部屋の隣よ。

 明かりも付いているからすぐ分かるわ。

 でもユイちゃんの邪魔だけはダメよ」

「貸しなんて…………

 律架さんにはお世話になってばかりですよ、俺」

 

 草十郎は青子のいる奥の扉へ進んだ。

 ひとり残された彼女は俯きながら呟く。

 

「……本当は行ってほしいけど、ま、私は草十郎さんの味方でありたいしね。ここは自分への戒めとして見逃してあげましょう!」

 

 不信者である律架だが、

 この瞬間だけは神に祈るのであった。

 

 草十郎は暗い廊下を進めば進むほど血の香りは濃くなり、霊山霧深く、命が枯れゆく紅葉かつ散る屠殺した日の事を思い出した。

 

 

 

 ”いいかい草十郎、これだけは覚えておけ。人の死は獣の死とはまるで違う。根本からぜんぜんな。”

 

 ”俺たちの頭はそういう風に出来ていやがる。斧や弓、投石が暴力だとすれば人に死体ってのはそれ以上の暴力だ。人が死ぬ時は赤い血が流れる。鹿や猪とは違う。”

 

 ”それは凄惨(せいさん)で魂が壊れちまうほど、

 赤い血が流れていくもんだ”

 

 

 

 幼い頃の他愛もない会話。けれど、頭の隅で残り続けた教訓。扉を開けるとシスター服を着た唯架さんが血塗れになりながら青子を手術をしていた。

 

 その手の鋏と糸が握られており、まるで人形を造るように青子を縫い合わせる。床には夥しいほどの赤黒く染まった包帯。

 

 手術台で横たわる人形は短い呼吸を繰り返し擦れた声で呻きをあげる。その声が耳にこびりついて耳を覆いたくなった。

 

 有珠は血塗れの青子を見つめる。

 肩は微かに震わせて、怒りか哀しみかそれは草十郎には分からなかった。麻酔が効いていないのか苦痛に歪む表情は懺悔をする罪人のように悲痛で凛と美しかった面影はない。

 

 むせ返る血はより濃く部屋に充満している。少年は無意識に膝が震えて力が入らずにその場に倒れる。

 

 薄れていく意識の中、少年は一つの誓いを立てる。

 

 

 

 ─── 二度とこの光景は見たくない。

 

 

 

 例え、何を引き換えにしても。

 

 

 

 


閑話休題


 

 

 

 

 12月25日・10時50分・合田教会

 

 青子には夢があった。

 中学を卒業したら家を出て、東京のライブハウスを転々しながら国公立大に入学する。

 

 中学生ながら計画性皆無の夢だがそれだけの15年の下積みとこれまで全力で生きてきた自負がある。けれど、その夢は桜舞い散る卒業式に初恋と共に散った。

 

 青子は自身を強い人とは思っていなかった。何処まで強気、他者と比較して自分を保つことしかできない自分が嫌だった。

 

 中学生の卒業式以降から絶交した姉貴は嫌いではあったが他者を寄せ付けず、絶対の価値観を自分の中に見出せる、そんな姉貴に憧れを抱いていた。強い人が居るとすればそれは蒼崎橙子のこと、と説明するくらい確信している。

 

 けれど、突如として青子を強い人と評価する戯けた少年が転入してきた。そいつには一般常識がなく、距離感も可笑しい。それでも幾度も救われてきた。

 

 今まで出来事が収束するように彼との(えにし)を強固にして、今では最愛の人になっていた。黄金の狼に足を引き千切れられたその瞬間、最後にもう一度彼の顔が見たいと願い目の前が暗転する。

 

 陽の光が窓から差し込んできた。

 全身を霊糸で縫い合わせた痛みで彼女は目覚めた。カラカラの喉は水分を欲しており、周囲を確認する。動かせたのは右腕だけで蒼崎の魔術刻印のお陰で他の箇所より治りが早かった。

 

「──────── さてと」

 

 青子は視線だけで状況を確認する。部屋は白く清潔感を感じさせ、ベットもホテルのベットメイキングをしたように綺麗だった。最後の記憶は有珠に電話だったため、ここが合田教会と予想した。

 

 外では子供たちの遊ぶ声が聞こえる。昼時だろうがお腹はまるで減っておらず水が飲みたかった。青子が眠る隣には黒衣の少女が目を閉じて椅子に座っていた。乾いた口を開く────―

 

「おはよ…………、有珠。そっちも大変そうだったわね」

「今は橙子さんにナナカマドを飲まされた物の解毒だけ」

「姉貴からは大体聞いてるけど、

 一応確認されてくれない?」

 

 青子としても心配してくれる人より、共に闘ってくれる人の方が心強く再び闘志を燃やす。有珠も二年間の付き合いで闘う準備をする方が青子にとって麻酔になることを理解していた。

 

 有珠は橙子には勝ったことを説明した。グレートスリーの一つ、テムズトロルを召喚して橙子のルーン魔術と魔眼を完封した。どれだけ優れた魔術師でも1000年の神秘のまでは無力となり、敗れ去るのが必然だろう。

 

 ルーン魔術も古いが一度は死んだ技術。けれど、童話の怪物たちは有珠の中で生き続ける本物の怪物たち。

 

 けれど、童話の怪物たちはそれ以上の神秘によって破られた。

 

 黄金の狼は3000年の神秘を身に宿し正面から石の巨人を食い破った。大地を割るほどの巨人の一撃を金狼は小さな体で駆け上がる。

 

 光の槍となり、巨人の心臓部である淑女の人形を嚙み砕き、瓦礫の山となった巨人の上で王者は佇み見下ろす。燃え上がる金色(こんじき)の毛並みを(なび)かせて次の標的へと体を爆発させた。

 

 人狼の王・ベオウルフ。

 人狼の世界では銀色が最高位である。しかしあの獣は黄金を身に纏い降臨した。神話の時代でも王であり続けた怪物を倒すすべなど有珠には無かった。

 

「有珠で勝てないなら私が勝てるはずがないわね。これは仮定の話だけど、魔術が効かないなら銃とかは? 有珠のプロイみたいに伝承防御を持っている訳でもないし」

「残念だけど、あまり意味がないわね。自己回復が速すぎる。それに巨人の一撃は物理攻撃でもあるの。それが効かないほどの強固な毛並みを突破するのは簡単ではないわ」

「そう……でも、

 有珠は逃げられたんでしょ?」

「…………残念だけど、

 私も人狼に食べられたわ。

 静稀君がいなければ死んでいたでしょうね」

「姉貴から聞いてるわ。でも、アイツ。

 このままだと確実に殺されるわよ」

「静稀君なら、教会で保護してもらうようお願いしたわ」

 

 青子は目を開き驚いた。

 けれど、すぐに怪訝な視線に変わる。

 

「有珠、どういうつもり? 

 有珠は死んで欲しいんじゃないの?」

「…………静稀君には借りがあるだけよ」

 

 顔を背けて応える有珠。

 

「それじゃあ、草十郎はここに居るのね」

「ええ、仮眠室で寝ているわ」

「…………何というか、緊張感がないと言うか、

 草十郎らしいと言うか」

「静稀君、貴女を見て気絶したのよ」

「………………そう」

 

 自分の体を観察する。

 患者衣服の下は無数の霊糸で縫われ、千切れたかけた右足はギブスを付けられている。右手で首元を触ると包帯が巻かれていて草十郎とお揃いのような状態である。

 

 けれど、確かめて分かった事がある。全身はボロボロだが打撲、裂傷、骨折はしているが切断や重要な臓器を壊されていない、死なないギリギリで弄ばれた。

 

「…………支点は全て壊されて、これで霊脈は無防備ね。

 姉貴なら二日かからず所有権を乗っ取るわ」

「そうね、プロテクトが直る頃には橙子さんの物になっているわね」

「つまり、リミットは明日の夜明けかあ。

 有珠の魔術はどうなの?」

「使えて、思考魔術だけ」

 

 つまり、何も出来ないと同義だった。

 

「まあ、それでもやるしかないわね」

 

 青子は闘う決意を固める。

 有珠も所有物の執着は誰よりもある。彼女以上に闘志をたぎらせていた。今晩の決戦に向けて短い休息をするのであった。

 

 

 

 


閑話休題


 

 

 

 

 12月25日・15時50分・合田教会

 

 有珠が退室してから数分後、

 青ざめた顔で長身の少年が入室してきた。

 

「酷い顔ね……おはよう、草十郎」

「おはよう…………寝起きで悪いんだが、

 色々聞きたくてな。少し時間いいかな? 

 ──── いや、すまない。

 話せる状態じゃないよな。頭を冷やしてくる」

 

 退出しようとした少年は扉に手をかける。乾いた喉を開き、顔だけを草十郎に向ける。自分より酷い顔だったから心配もあったがここで気遣われるのが癪だった。

 

「待って。話す位なら構わないわ。このままだと闘志が空回りしそうだし、ちょうどいいから話していいわよ。で何が聞きたいの?」

 

 草十郎は踵を返して無言でベットの横の椅子に座る。

 

「じゃあ、この状況を説明してくれるか? 

 俺も橙子さんに敵認定されているからな」

「草十郎には事の発端は話してないしね」

 

 気を取り直して語り始める。

 

「気が付いたのは一ヶ月前に三咲町の結界の端が消された時から。この二年間で五回目の襲撃者ね。ただ、今回の襲撃者は直接襲わず、土地の所有権を奪おうとしたの。

 今までは有珠の薔薇の猟犬が一人残らず食べたの。けれど、今回の襲撃者は発見することすら出来なかった」

 

 眉をしかめる青子。

 

「私たちが手間取っている内に姉貴は結界の支点を破壊を始めたわ。だから、私たちは三咲町の支点の見回りをしていたの。けど、そんな時に魔術を使う所を見たのが貴方ってこと」

 

 魔術世界において一般人に見られるのは禁忌。

 青子たちは草十郎を殺そうとした。

 

「────― ってか、あの深夜に何していたの?」

「何って言われても困るんだけど、習慣としか…………」

「散歩? まあいいわ。それでアンタを消しにミラーハウスに閉じ込めたら、有珠と離れる機会を狙っていた姉貴が自動人形を差し向けたのよ」

「──────」

「後はアンタも知る通り。毎夜、襲撃者の探索をしていたの。それで昨日が決戦の日だったわけ。結果は惨敗だけどね」

 

 自分の体を確認する。

 見た目は酷い状態だが、魔力の生成量も増えている。このペースなら深夜の再戦までに間に合う、と思い目を閉じる。

 

「…………俺が聞きたいのは

 昨日の夜、何があったんだ」

「何がって…………見ての通りよ。喉を嚙まれて、体も嚙まれて、右足は千切れかけたわ。にしても、黄金の狼なんて何処で見つけてきたのかしら。あんなの神話の中の住人よ」

 

 昨夜の事を思い出し、対策を考える

 

「黄金の狼…………?」

「金狼ってより、狼男って言えば分かるかしら? 

 人間にもなれるし、狼にもなれる幻獣の怪物。

 魔術の神秘は積み重ねた時間が密接に関係しているのよ。最低でも3000年以下の魔術は全て無効化されるわ」

「………………」

 

 目を伏せて、真剣に悩む草十郎

 

「その金狼に青子たちでは敵わないってことだろ? 

 一方的に有珠は上半身を裂かれて、

 青子は全身を嚙まれたんだろう。

 酷すぎる…………子供とはいえ。

 いや、だから加減が分からないのか?」

「ホントに酷いお子様よね…………

 ──― 待って、いま子供って……

 何でそんなことが分かんのよ!?」

 

 唐突な暴露に飛び上がる青子。

 

「いや、金髪なんてここら辺で見たのは一人だけだしな。その時は人間の姿だったけど、冬季掃除期間中に食料を盗まれたんだ。その後、森の奥の旧校舎に隠れていったんだ」

「その話は本当なの! 草十郎!?」

「その子供が人狼である保証はないけど」

 

 それでも人狼の住処にアタリがついた。

 

「草十郎、ありがとうね。これで攻め込める」

「……その怪我で橙子さんのところに行くつもりか?」

 

 責の強い視線を送る草十郎。

 

「今すぐ行かなければ土地の深域まで辿り着く。そうなったら、最後の切り札も使えなくなる。それに姉貴も私も決着を望んでいる。今できることをせずに逃げるのはきっと一生後悔するわ」

「…………後悔しない人生なんてないだろ。

 青子は……、君はなぜ逃げない。君への義務も、

 誇りも、命をかける程のモノとは思えない」

「私は無意味でも、

 できる事をするって決めているだけよ」

 

 凛とした口調で話す。

 きっと、草十郎が青子を綺麗だと思った理由なんだろう。意味がなくても、意味を持たせる頑なさに惹かれている。

 

 それでも彼女に死んで欲しくない一心で、

 本心で、自問するように──────

 

 

 

 

 ”…………じゃあ、それが。

 たとえ、他の誰が見ていなくても? ”

 

 

 

 

 呟くようにひと言。後ろめたさを隠しながら────

 

 

 

 

「何言ってるの? 少なくとも自分自身が見ているわ」

 

 

 

 

 あっさり答えた青子はさも当たり前のように──―

 けれど、顔を上げて目を見開きながら彼女を見つめた。

 

「人生の一番の観客は自分なのよ? 

 だから、草十郎も気をつけなさい」

 

 敗者が敵前逃亡するように無言で立ち上がり、

 青子に背を向ける。

 

「…………君が素晴らしい事を言っているのは解る。

 けれど、俺には分からない」

 

 扉の前で短い葛藤するがすぐに教会の廊下を歩いた。

 黄昏時が草十郎の思考を迷わせた。

 

 

 

 


閑話休題


 

 

 

 

 12月25日・19時50分・合田教会

 

 夜になり、来訪者が居なくなった。端の椅子に座り込みながら呆然と溶ける蠟燭を眺めていた。青子との会話が頭から離れずに今も無気力でいる。

 

 教会の中は寒く、少し体が冷える。礼拝堂の高い天井が僅かな熱を逃がしていつまで経っても温まらない。気持ちもいつまで冷えたままで思考が全くまとまらない。ずっと青子のことしか考えられなかった。

 

 答えのない自問自答は無駄に時間を奪っていく。

 

「夜間の礼拝とは珍しいですね」

 

 突然、正面の奥の扉から神父が声をかけてきた。立ち退くことも考えたが何故か足に力が入らなかった。

 

「隣に座りますがよろしいでしょうか」

 

 返事を待たずに座る詠梨神父。

 

「私は文柄(ふみづか)詠梨(えいり)と申します。

 この教会のオーナーとなります。

 詠梨神父と呼んでください」

 

 雰囲気で怪しさが醸し出していた。

 けれど、無関心に神父を一瞥する。

 

「君と話がしたかったですが、よろしいでしょうか?」

 

 無言で頷く草十郎。

 

「青子が気になりますか?」

「………………はい。ですが──

 理由が分かりません」

「それは君が青子に嫉妬しているのです」

 

 草十郎に瞳に生気が宿った。

 

「そうか……俺は青子を羨んでいたのか。ありがとうございます。それで話って何ですか?」

「話というより質問なのです。

 山奥に住んでいたと律架から聞きました。君は何故、山から降りてきたのですか? 君は山での生活は幸せだったでしょうに」

「……………………」

 

 きっと、この神父は────―

 懺悔の場所を用意してくれたのだろう。

 

「私も若い頃、山籠もりをした経験がありました。

 山での生活は簡素で、生きる為の時間しかありません。ただ生きるため、切り詰めて余裕など一切ない程厳しい生活です」

「…………都会に比べたら、そうかも知れません」

「娯楽や自由な時間が溢れた世界は楽園にも見えるでしょう。けれど、貴方にとっての楽園かと言われれば話は異なります」

 

 神父を見つめて、話の続きを無言で聞く草十郎。

 

「一粒の種、小さな命の芽吹き、手が届きそうな箒星。電気やガスがどれほど便利でも自然のままの美しさを君は尊んだ筈です。なのになぜ、降りてきたのですか?」

「………………」

 

 原因はあったが山を降りた理由にはならなかった。あの山にいたくない、あの山から離れることに迷いはない。

 

 けれど、極端な話をすれば、違う山で生活をする事も出来た筈。なのに草十郎は三咲町に降りてきた。自分でも説明できずに言葉を詰まらせていると────

 

「困りましたね。そこをハッキリしないと救いがない。故郷を捨てて、新しい土地を愛するなら全てを肯定するのではなく、過去との決別をつけなければ前に進むことはできません。まずは貴方は自分の心を許すことが始まりの一歩です」

 

 難しい話は分からないが最後の台詞が耳に残る。自分の心を許す、と言われたがその心の形が彼には分からなかった。

 

「君はまだ自分の色がない。

 自分の根となる根拠がないから、

 青子の生き方に惹かれるのです。

 そういう意味では彼女ほど我が強い人はいないでしょう」

 

 ”少し気が引けますが”と言いながら青子の過去について説明するために一度、区切る詠梨神父。

 

「君は突然自殺しろと言われたら従えますか?」

「自殺────────」

「青子は中学卒業後に似たような事を祖父から言われたのです。青子は中学までは普通の学生として生活していました。ですが、突然に橙子に代わって家を継ぐ事になりました。祖父から”姉がダメだから次はお前だ”と言われたのです」

「…………橙子さん」

「青子の祖父は強要はしません。ですが、青子は断らない性格に育てられていました。立会人だった私も見かねて、青子に断るように提案したのですが、あの頑固者は簡単に頷きました」

「青子は…………何故?」

「──― 今でも一言一句覚えていますよ」

 

 ”だって、私にしか出来ないんでしょ? 

 なら逃げも隠れもせずやってやるわ”

 

 ”逃げるなんて最後の最後よ。

 それまでは華麗に踊ってみせるわ”

 

 病室で青子と交わした会話は多分そういう意味だったんだろう。観客もいない舞台でひとり踊り続ける少女。一番初めに褒めるのは自身であって他人ではない。周りに称賛されるより先に自分が胸を張れることを優先する。

 

 草十郎は気がつくと微笑んでいた。

 

 彼女の在り方があまりにも誇らしく、美しかった。

 

 

 

 

 少年は全てを受け入れたがその先には何も残らなかった。

 

 

 

 少女は全てを捨てたようで、何ひとつ失わなかった。

 

 

 

 少年と少女の出会いは学校の会議室。正反対の気高さに無意識に感動したのだろう。ようやく、青子への想いを正確に把握できた。

 

「…………青子のやつ。瘦せ我慢にも程がある」

「全くです────────」

 

 いても経ってもいられずに草十郎は椅子から立ち上がる。魔法使いとか、縄張り争いとか、橙子さんとの対決とかどうでも良かった。今は青子に会いたい。彼女の顔を見るために病室に戻ろうとした。

 

「草十郎さん、そこに座ってて」

 

 祭壇の前にはいつの間にか律架さんが草十郎の進路を塞ぐように立っていた。

 

「律架さん…………」

「お願い。今夜はこのままここに居て」

 

 律架の口調から嫌な予感がする。

 

「青子…………有珠もここには居ないんですね」

「ええ、青子から貴方の保護を頼まれたので少し時間稼ぎをしました」

 

 奥歯を嚙みしめる草十郎。

 神父にではなく、自分の愚かさに腹を立てる。さっきまでの話で彼女がどこまで高潔で頑固者かなんて分かっていたのに。

 

 踵を返して教会の正面から学校に向かうとする。仮に詠梨神父と会話を始めたタイミングで旧校舎に向かったなら彼女たちはもう到着しているだろう。

 

「待って! お願い……行かないで」

 

 普段のお茶らけている態度とは正反対の律架に呼び止められて足が止まる。

 

「草十郎さんは魔術師の戦いなんて知らないでしょ。

 力もない草十郎さんが行っても危ないだけよ。

 だから────―」

「行きます。ここで行かないと一生──

 青子に会えない気がするから」

 

 眉をひそめる。こうなった彼を止めるのは不可能に近い。無理矢理にでも寝てもらうために指先に魔力を込めるが

 

「教会での魔術は控えてください。

 秘匿管理は私の査定に響くので、それに彼なら大丈夫ですよ。さあ草十郎くん、行きなさい。君が青子たちの希望になることを祈ります」

「何言ってるのよ! 無責任にもほどがある!」

 

 キャラにもなく怒る律架を宥めるように手を動かす詠梨神父。きっと、律架さんの心配は本物で詠梨神父の方が無責任なのだろう。けれど、少年の胸の中にあったのは会いたい衝動だった。それに青子達から狼と聞き───

 

「律架さん────────

 大丈夫、きっと大丈夫だから信じて」

 

 真っ直ぐに律架を見つめた。

 草十郎の体は軽くなり、走り出す。後ろからはまだ何か言っているが止まらない。ここに居たら本当に何もできずに後悔だけが残る。

 

 

 

 

たったひとつの誓いを胸に旧校舎まで走り出した。

 

 

 

 




 ご覧いただき、感謝いたします。
 初投稿の素人なので誤字や不備があると思いますが何卒宜しくお願い致します。

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 (感想は時間が掛かっても返信するのでよろしくお願いいたします)

 
 誤字・脱字報告ありがとうございます。大変助かりました。

 ソーシロー様、カルヒ様、イナモチ様、
 (誤字、脱字、誤植など、いっぱいあったので修正作業は大変だったと思います。
 皆様のお陰でとても良くなりました。本当にありがとうございます)

 閣下様、空日様、
 評価10ありがとうございます。とても嬉しいです。


 
 次回投稿は5月11日(土)の18時40分に投稿しますので
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