ヤンデレ達の夜~貢がれるYAMA育ち~   作:春玉サロン

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 (イベントストーリーの草十郎がどんどんスタープラチナみたいになっていく……
 これ以上の上方修正は許してくださいfgo運営様………)
 (でも有珠が可愛すぎるから頑張ります)

 (12,804文字)





第4話 忘れられた楽園と魔法使いの約束

 12月2日・22時10分・アパート

 

 水泳部の部長に泳ぎ方を教えてもらい、アパートに帰る草十郎。

 

 律架さんは教会で用事があるとのことで泊りがけの仕事になるから先に寝ててと言われた。けれど、そもそも律架さんと部屋は違うので寝るときは別々なのだが………

 

 夕飯の準備しなくていいから、という意味も含めて報告だったのだろう。カンカンと、錆びた金属音を踏みながら階段を上がっていく。

 

 アパートの堀に置かれた自転車をチラリと見て、

 自分も自転車があれば楽になのだろうか、余計な出費であるのはわかるが水泳部の部長の話を聞くうちに興味がでた。

 

 筋トレに良い、とのことだ。けれど、草十郎が気になったのは自転車の積載能力である。スポーツ用のクロスバイクではなく、ママチャリにご執心だ。だがあれば便利だが無くて死ぬようなものじゃないし、もう少し我慢しようと、などと真剣に悩んでみる。

 

 ドアの前に到着して、商店街の方からお裾分けしてもらった紙袋を抱えたまま鍵を取り出す。

 ん? と首をかしげる。

 

 紙袋を流し台に置いて、部屋の電気をつける。

 時刻は午後10時過ぎ。新聞受けに差し込まれていた封筒に気が付き、りんごを食べながら取り出す。差出人の明記はなく、切手すら貼っていない。中には一枚の手紙が入っていて、用件と差出人の名前だけが書かれていた。

 

 差出人の名前は蒼崎青子とある。

 丁寧に地図と待ち合わせ場所までのルートが書かれた紙も同封されており、草十郎はアパートを後にした。目指す場所は『キッツィーランド』嘗ての繫栄と栄華が忘却された廃園したテーマパークである。

 

 ここから30分以上はかかるのだが手紙には

 

「話があるので今夜必ず来られたし、大事なようなので来るまでずっと待っている、なおこの件は他言無用────」

 

 と書かれており無視するには青子が可哀想である。いつもとは逆のルートを通りながら目的地まで向かうのであった。

 

 今は1986年、『キッツィーランド』が廃園してから5年は経過している。

 

 目的地に近づくにつれ、廃れた遊具の数々が見えてきた。人の手が数年入っていないのだろう。テーマパークの正面ゲートは錆びた看板がこちらを出迎える。立ち入り禁止の看板が見える。けれど、青子はこの中で待ち合わせを約束している。

 

「…………すまない、お金は払えないんだ」

 

 草十郎は遊園地に行ったことがないが、入園料を支払い中に入ることは知っている。

 彼は後ろめたさを感じながら、青子の元へ向かう。

 

 色落ちた建物。

 錆び付いた機械の群。

 もう時刻を刻むことのない、作り物の住民たち。お化け屋敷の幽霊すらいたたまれず住み着かなくなったゴーストタウン。ここは現実によって造られた楽園の跡地。バブル経済が生み出した胡蝶蘭の夢であり、狂騒の時代の遺物である。

 

「────────」

 

 白い息を吐きながら、草十郎は廃園を歩いていく。

 人気はないが、山の中の獣が動き出す闇に比べたらそう怖くもない。テーマパークの周りはカーテンのように林で囲まれているのが気になるがここまで動物が侵入することはないだろう。

 

「あれか」

 

 静まりかえった中央広場から、案内に従って西に向かう。

 

 ついた先には、凹凸の多い、威容異鮮な城がそびえてた。遊園地の中でも一際大きな建物。この楽園のシンボルの一つでもあるミラーハウスが建っていた。

 

 ミラーハウスは古くから愛されていており、狭い空間でも人を迷わすことができる。これほど巨大なミラーハウスなら一種の迷宮になるだろう。そのため、この建物の中で迷子になる人は子供から老人まで皆等しく彷徨い人になった。

 

「真っ暗ってわけじゃないな…………

 電気とか、ついているんだろうか」

 

 手紙には、「ミラーハウス一階ロビーで待っています」とある。

 

 このまま進めば青子に会うことができる。うっすらと明るい建物の中に足を進め、ミラーハウスの入り口に向かって歩き出した。

 

 …………カツカツと煉瓦の道を踏み鳴らす音。

 時計の秒針は数年前から動かず、風の音もない空間。

 

「…………えーと」

 

 草十郎は少し歩き、ぴたりと唐突に立ち止まると、

 

「ところで青子。そんなところで何をしているんだ?」

 

 不思議そうに呼びかける。

 

「!?」

 

 勢い、身を隠していたゴミ箱ごと突っ伏す音。

 暫しの静寂が流れる。一分ほどの時間が経過し、観念したかのように物陰から現れる少女が一人。見知った顔と見慣れない私服に声が止まる。はらりと長髪を流して現れた蒼崎青子は、草十郎が知っている彼女とは違っていたからだ。

 

 彼女の服装は赤と黒のワンピース姿で革製のニーハイブーツを履き、美しい黒髪をなびかせるその出で立ちは遊園地に迷い込んだ妖精のようだった。更に彼女の澄んだ瞳からは実際に薄い光が帯びているように見える。妖精と評価したが季節を加味すると雪女と表現するのが正しいだろう。

 

「……青子?」

 

 つい、と草十郎はあとずさる。

 小さな驚きと違和感。

 

 そして、それらを上回る嫌な予感に混乱と不安を覚え、とにかく都会の礼儀として声をかけたのだが……青子は気にせずに一歩前に進む。「どうしたんだ?」と再度質問を問いかけても返答はない。そろそろ不安は、確信に変わりつつある。鍛錬のために公園にいたがその時に見た少女たちは彼女ではないか。

 

「──── 見てのとおりよ。

 ここで獲物が通り過ぎるのを待っていたの。

 貴方が入って、逃げ道を潰すためにね」

「……獲物とは物騒だな」

 

 青子は更に一歩近づく、

 凍った双眸に火が灯る、彼女の決意は固まっていく。殺気とは異なるが似た気配を感じ、後ずさりする草十郎。二人の距離は五メートルをキープしている。

 

「昔から、私は嫌いな相手でも敵だと思ったことはなかったの。

 むしろ、好きな相手が敵だと思うことばっかりだった。

 理由は単純──────―」

 

 そして、彼女は右手を目前に掲げた。

 魔術に指向性を持たせるための動作。

 

「──── 当たり前のことだけど。

 私は、私の感情を、私の在り方を乱す相手が敵なのよ!」

 

 今、青子の覚悟は固まった。

 腕から放たれた蒼い光弾は草十郎の頭部目掛けて飛翔する。空気を切り裂く音とともに近づく凶弾、弾くのは不可能と判断した草十郎の行動は速かった。大きな動作では間に合わず、後ろに引くには無駄が多い。

 

 山での教練で銃弾を避ける際、後ろに倒れるより前に倒れる方が素早く動けることを知っていた草十郎は前方に倒れこむ。後ろ髪が掠める音がしたが外傷はない、後方でゴオッと衝撃音が鳴り響く。

 

「ちょ…………

 ちょっと待った、今のは大変見覚えがある!」

「ち、外したか」

 

 青子はつぶやく。

 蒼い光はミラーハウスの壁を貫通し、未だにゴウゴウと燻っていた。

 

「…………はあ。嫌なことは早く終わらせる性分なの。

 でも、理解した? 私が狩人で貴方が子猫。……いや犬かな」

「────―」

「……命乞いは止めてね。……意味ないし。

 でも恨み言は一語一句聞いてあげる。お好きにどうぞ」

 

 どうやら、一切聞かない、というコトらしい。

 確かなことは──── そう、理由はともかく、眼前の少女は自分を殺したがっている現実だけ。この場に二人の関係はシンプルなものだった。

 

 ”ある日突然に、何者かに殺される”都会のルール。殺人事件だってあるのだ。ルールを破ったものに罰が訪れることはちゃんと教えてもらっていた。都会に慣れない草十郎にとって、極めて現実的なものだった。彼は青子の凶行になんら疑問を持っていない。

 

「──―」

「そういう事よ。ようやく理解してくれたわね。

 多くは語らないけど、貴方にはここで死んでもらう。

 魔術は隠匿するもの──── なんて、言ってもそっちには関係のないことだし、単に運がなかったって思えばいいわ。大事なのは私が、貴方を殺すってことだけよ」

 

 青子の右腕は耀きだす。

 機械のモーター音を思わす駆動音。服の袖から蒼い光が回転を始める。先ほどより長いリロード、きっと、前の光弾より強いことに気がついて、草十郎の混乱は加速していく。

 

 ────―このままでは撃たれる。

 目の前の少女は人間か怪しいが今、判断することはそこではない。何より、この状況でこれだけは蒼崎青子に伝えたいことがあった。

 

「まて。人殺しはいけないことだぞっ…………!」

 

 例え、都会のルールでも殺されるのはごめんこうむる…………! 

 空気の読めない発言に右腕の光を強くする青子。青子の逆鱗に触れまくった。

 

「──― ッ、分かってるわよ、そんな事はっ!!!」

「ちょっ、待──―! 

 うゎあああああ──────!!!?」

 

 連続で撃ち出される蒼い魔弾、

 冗談じゃない、一発でもギリギリだったのにガトリングさながらの連続射撃、いくら命があっても足りない。咄嗟にミラーハウスの入り口に駆け込む草十郎。

 

「はっ──― なんなんだ、今のはでたらめ過ぎる!?」

 

 無我夢中で長い通路を走る。

 ミラーハウスに逃げ込んだが案外良い選択だったかもしれない。ここからエントランスまで二十メートルは離れている。このままロビーまで逃げ込めば、いくらでも隠れ場所はありそうだ。全速力でロビーまで走る。

 

「痛…………!?」

 

 唐突な痛みが走る。

 ガイーン、と透明な壁に頭をぶつかった。鏡の結界で物理的に閉じ込めていた。

 

「ここで隠れるの不可能よ。

 逃げ出すこともね。一階奥の出口も瓦礫で封鎖したから、脱出は無理ね。まぁ、瓦礫の崩壊に巻き込まれて死にたいなら止めはしないけど」

「────────!」

 

 後ろから近づいてくる足音に焦りながら、草十郎は手探りに壁を向かう。

 

 見えているのは二階への階段だ。青子の発言の真偽判断できない以上、一階に逃げる選択肢はなかった。後ろから青子の姿が見える、彼女の右腕からは不釣り合いな奇怪な模様が蒼く光る。その光は人間では何かが這いずり廻っているように見えた。

 

「ああ、これ? 普段は塗り薬で隠しているの。今日は特別。

 魔術刻印って言ってね、魔術師の証みたいなものよ。

 ほら、光が回っているでしょ? これが弾丸の元の魔力。

 今日の調子だとさっきの掃射ができるのは三十回ってとこかな? 生き残りたいなら全力で逃げなさい。弾切れになったら凶器がなくなるもの、今日のところは見逃してあげる」

 

 これは青子が決めたルール。

 殺すと決めたからには全力で執行する。けれど、魔力が無くなった魔術師はただの一般人。魔力疲労で明日は大変なことになるがこれは青子の中で決めた譲歩案だった。もし今日殺せなければ今日は諦める。明日、草十郎がこの三咲町から立ち去るならそれは私の管轄外。有珠も他の町まで追っては行かないだろう。

 

「………………宣言はしたわ。

 自由時間はこれでおしまい。罵り足りないだろうけど、

 ま、我慢して。貴方は全力で逃げることだけに集中しなさい。

 兎に角、そういう事だから

 ────―じゃ、狩りの時間を再開するわ」

 

 感情を排した声、冷酷な狩人の瞳。

 それは青子の中のルール。助かる道を用意したがあくまでも一つの可能性。全力で殺しにいくのは変わらない。草十郎が生き残る可能性は極めて低いだろう。青子は右腕に魔力を集中し蒼い光は耀きを増す。

 

 ミラーハウスの中で衝撃音が鳴り響く。

 草十郎を殺すために魔弾を放つ青子。彼女は想像以上に時間がかかって、予想以上に手ごたえがあった。狩人としてはミラーハウスを選択したのは失敗だった。

 

 草十郎は階段を上がり二階に逃げ込むが青子は走っては追わない。これは手を抜いているわけではなく、獲物との距離を一定間隔に保つためだ。彼女の魔弾は威力が高い代わりに命中率に難がある。玉砕覚悟の突進をされた場合、ピンチになるのは青子である。

 

 この追いかけっこは草十郎の足が止まったら終わる。

 それが足を射抜かれて動けなくなるのか、他に怪我して走れなくなるか、それともスタミナ切れで幕が閉まるか。どちらにせよ、出口のない空間で逃げる草十郎が圧倒的に不利な状況である。

 

「はっ、は──────!」

 

 草十郎は走る。障害物もない空間でできることはそれだけだった。

 

 後ろから放たれる凶弾は掠めるように撃ち抜かれていく。次々と放たれる魔弾は精神の疲労すら削りゆき、スタミナの底が見えてきた。このままでは死ぬことは確定している。

 

 ならば、どうする? 蒼崎青子を『  』か? 死にそうな目に逢うのは特別なことではない。本来安全というのは対価を支払って得るものだ。生きているのなら逆の目が待っている。山での生活の一部だった生死のやり取り、意味を知らない頃だったら蒼崎青子を『  』していただろう。だが────

 

「くっ、──―!」

 

 容赦なく撃ちだされる正体不明の凶器。

 二日前の夜、青い炎に包まれて消し炭になった人影が脳裏に蘇る。

 

 九回目の蒼い光が草十郎の真横で発火する。これが致命的なミスであり、光弾そのものに注意がいき過ぎた。光が着弾する衝撃波は壁を反射して草十郎の体を宙に吹っ飛ばす。ゴロゴロ、と床に倒れこみ、すぐにでも立たなけばいけないが頑なに動かなかった。肉体的にも精神的にもまだ走れる。起き上がれないほどの痛みではない。

 

 

 

 ただ、見えてしまった。見たくはなかった。

 天井の窓が割れ、暗い夜空が広がる。胸に去来した感情は未熟な、身勝手な嘆きだった。

 

 

 

 ……ああ、なんて醜い。

 こんなものを、これからも一生、見続けていく。

 

 

「──────」

 

 

 

 呼吸が急速に落ち着き始める。

 草十郎の心が諦めてしまったのだ。

 

 ”まあ…………青子になら殺されてもいいか”

 

 静希草十郎が決して下さない決断。

 しかし、この瞬間だけは思ってしまった。蒼崎青子と初めて会った会議室の印象が脳内でフラッシュバックする。他の誰でもなく彼女ならと────― 。ぼんやりと夜空を眺めながら、近づいてくる足音を聞く。

 

「──────── ギブアップ?」

 

 この逃走劇が始まって以来、一番近い声が聞こえる。

 彼女もこのつまらない幕切れに怒りを覚えるがこれは彼女が決めていたこと。

 覚悟を決め、草十郎へ質問を投げかける。

 

「────ッ、何で聞かない!? 

 どうして殺そうとするのか、聞きたいことぐらいあるでしょう!!!?」

「…………そうだな。それは、そうなるな。

 でも、言う必要はない。聞きたくないんだ、そういうの ────―

 人殺しは良くないって言ってたのにな…………」

 

 言葉は要らなかった。

 理由を聞いても変わらないなら、この瞬間を余計なモノで薄めたくなかった。

 

「…………分かったわ。草十郎。

 さよなら、私、これでも貴方(アンタ)のこと気に入ってのよ」

「────そうか、俺も青子のこと好きだぞ」

 

 黒いワンピースの右腕から漏れる光は徐々に強くなる。

 今まで一番強い光量、一撃で草十郎を消滅させるために力を込める。心臓が口から飛び出しそうな程の心音に加えて、思考もとっ散らかっている。けれど、心とは逆に体は魔力量を生成し始め、右腕を標準にセットし後は引き金を引くだけ────―

 

 

 


小休止


 

 

 

 草十郎はつい頬を緩ませる。

 ほっと息をつくように、瞼を閉じる草十郎。二人の油断がこの世界を切り裂く。彼女の背後に大きな影がこちらを伺い、動き出す。影はその腕を向け、関節が外れていく。一つ二つと数は増すばかり、腕は彼女の元まで伸びていく。避ける、という選択は浮かぶことすら出来ず一撃をくらった。

 

「っ、ぁあぁあ────―!!!!」

 

 青子の口から広がる悲鳴。

 伸びた腕は赤い光を放ち、青子は背後に強烈な一撃を受けてしまう。

 

「────―!」

 

 青子は壁に衝突しつつも、草十郎に倒れこむ。

 彼女を襲った腕はしゅるる、と影の中に帰っていく。影の中から一歩ずつその姿が見えてきた。

 

 赤い髪をなびかせた長身の青い瞳の人形がこちらを見据える。服を着ていない人形は関節部分がむき出しで上等なキャストドールにも見えるがここがミラーハウスということもあって、ホラーじみた雰囲気を醸し出していた。

 

「青子! 大丈夫か?」

「……やめてよ。分からないわ、なんでそんな顔できるの」

 

 咳をしながら草十郎の手から離れる青子。

 草十郎の肩を貸して立ち上がらせていた。

 

「無理するな。……で、あいつは知り合いか?」

「…………そうね。似たような奴とは命をせめぎ合った仲よ」

 

 青子は背中の傷を意識し始める。

 火であぶられたような痛みはあるが、それだけだ。あれほど無防備な状況からこの程度で済むはずがなく、まだ知らない副次的な効果があるはず。背中の損傷を振り返りながら、乱れた呼吸を整える青子。痛みはすぐに引き、今後の運動に問題はないことを確認する。自動人形の腕の巻き戻しがもうすぐ終わってしまう──―

 

  ならば、青子は右手を自動人形に向け魔力を装填する。

 

 ────―けれど、肝心の魔術式が駆動せずに不発に終わる。

 

 自動人形の仕事は完了していたのだ。右腕の魔術回路は所々ショートしている。

 

 徹底抗戦して魔力切れを狙うべきか、引くべきか、青子の悩みは一瞬で決着した。自動人形の口からラテン語が聞こえる。古くから伝わる魔術であり、日本でも人を呪わば穴二つというが……あの人形! 自分に呪いをかけ、その呪いから魔力を生成しているのか! 生きた魔術師なら呪いによって自己崩壊を起こすが命なき自動人形に終わりはない。魔力生成の永続機関を目の当たりにして徹底抗戦の線を消す。

 

「なにしてんの、アンタも来る!」

 

 急展開に置いてけぼりだった草十郎の手をとって、青子は鏡の奥地へと走り出す。

 

「青子、傷は?」

「…………別に、背中の痺れだけよ。内蔵は平気だし出血もないわ。

 草十郎、ペースをあげるわよ。あの腕の射程距離なら通路二つ分のリードが必要なの。このままじゃ、アイツとの距離が広がらないわ」

 

 距離が広げ青子は息を整えながら、背中に手を当てた。

 

 損傷がなくても体力は削られる。このまま距離を開けて休憩するやり方ではこちらが先に体力の底をつくだろう。後ろを確認すると腕を組みながら考え事をする草十郎がいた。

 

「………青子は、まだ諦めてないんだな?」

「草十郎のこと? …………当たり前でしょ。

 あの人形をぶっ壊したら、次はアンタよ」

「────― そうか……」

 

 ──── 休憩はここまで。

 あの自動人形への対抗策を考え、草十郎も何か考えごとをしている。けれど、彼らの都合など関係なく、曲がり角の方向から耳障りな囁きが流れている。

 

 合わせ鏡に曲がり角向こうの敵の姿を捉える。このままでは追いつかれてしまう。兎に角、距離を確保するため、もう一度走ろうとするが自動人形の詠唱が変わる。

 

 それは古くから伝わる魔術。

 人形の周りに赤黒い光弾が宙を漂い、一斉に掃射される。青子の放つ鮮麗な蒼色とは異なり、怨念を纏わせた光は人形の腕が伸びる攻撃よりも速くこちらへと向かってくる。

 

 青子の光弾が破壊を目的とするならば、これは呪詛。対象者を呪うことを目的にしたあかい凶弾は鏡の壁を反射しながらこちらへと向かってくる。

 

「っ、さっきから邪魔なのよ…………!」

 

 回路を補修しているがまだ万全ではない。

 右腕から放たれた水色の魔力の壁は赤い光弾を防いだ。破壊を目的とした腕の攻撃ならばこの壁を突破するだろうが実像のない”ガンド”では突破できない。

 

 しかし、これは非常手段、一面に放出する魔力の壁は消費が激しく、このやり方では長くは持たない。更に不幸は続く、草十郎が口を抑えながら膝を付く。青子は魔術耐性があるが魔術師でない草十郎には脅威であった。

 

「この、こいつは関係ないでしょう……!」

 

 自分で言ってて嫌になる。

 さっきまで草十郎を殺そうとしていた私がどの口で…………

 赤い髪の自動人形は無表情のまま、右腕を構える。

 

「関係あるみたいだな……青子、逃げるぞ」

 

 人形が腕を伸ばす前に草十郎は青子を抱き上げた。

「きゃっ」と小さな悲鳴をあげるがお構いなしにお姫様抱っこをして走る草十郎。あの日以来の抱きしめられたがそんな事を気にする余裕がないほどの加速で跳び走る。彼女を抱えたまま曲がり角を二つ超え、文句を言いたそうに口袋を膨らます青子を無視して、二階の中心、というところで足を止めて、青子から手を離した。

 

 

「…………ここまでくれば少し休憩できるな」

 

 ふぅ、と肩で息をする草十郎。けれど、彼女が気になったの──―

 

「…………こんな体力あったのに、なんで…………?」

「ああ、あの時は諦めてたから」

「……諦めてたって、どうして?」

「──── あの空が……すまない、何でもない……」

 

 草十郎の深い部分に触れたような気がした。

 青子はもっと踏み込みたい気持ちになった。けれど、この襲われている状況で聞くことではないと、台詞を飲み込んだ。

 

「それより青子、唐突に気分が悪いんだが……あの光が原因か?」

「…………ええ、魔術の類よ。ガンドって聞いたことある? 北欧の呪詛の一つよ。魔術同士なら魔力抵抗で防げるけど、抵抗のない貴方には危険な代物よ」

「──― よかった。青子には効かないのか。

 じゅあ、警戒すべきはあの腕だけだな」

「……………………」

 

 ふっとした時のコイツの態度が嫌なのよ。

 安心している草十郎を見つめ、奥歯を嚙んで、感情を抑制する。愚直を飲み込み青子の意識は切れ替える。弾が撃てない燃料タンクの自分。尽きない動力で永久に追いかけてくる自動人形。武器のない小娘と即死の奥の手を持つ殺戮機械では勝ち目は薄いだろう。

 

「中央階段は私が壊したから使えないの。

 でも、よく見ると右端に曲がる通路があるからそこの階段を使って逃げなさい。これは魔術師同士の争い。しかもアイツは無差別に攻撃する。だから、ここで壊さないといけないわ。この件にアンタは無関係なの、だから帰りなさい」

 

 背を向けて事務的な他人事のように告げる。

 このまま、人形と対峙して勝利は二割ってとこ、ガンドの呪いの耐性がない草十郎がいても勝率に変化はない。ならば、片方が生存できる選択肢を選ぶのは魔術師として真っ当な思考だった。草十郎の返答を聞く前に青子は前のブロックへと戻るためブロックを曲がろうとする。

 

「────接続(セット)

 

 断線になった魔術回路に魔力を流す。

 このままでは魔術式を組むのは難しい。右手をトンカチほどの硬さにするのが関の山だ。武器はこれだけだが、覚悟を決めるしかない。草十郎にはガンドが効かないと説明したがそれは直撃しなければだ。

 

 本来、ガンド撃ちは受けた相手の心臓を止める死の呪い。中距離ではジャミングの腕が伸び、耐性が完全に無くなったところに遠距離で死の呪いを送る自動人形。鏡から写る自分の姿は血塗れの死体が見えてきそうだった。しかし────

 

「待った、青子。

 ひとりでは分が悪いとは思わないか?」

「…………何が言いたいのよ。アンタは?」

「背中に攻撃を喰らってから、一度も青い光を放っていないだろ? 俺との追いかけっこで撃ち尽くしたとも思えないし、原因はアイツなんだろ? なら作戦を考えないと」

「── 仮に私が魔術を使えなくて、それが貴方に関係あるの?」

 

 青子は怒っていた。

 あのまま逃げればここに留まるより高確率で生存できるだろうに、草十郎は青子の腕を引き寄せ立ち止まる。こうして時間にも自動人形は近づき、草十郎を逃がすリミットは無くなっていく。

 

「青子に死んでほしくない」

「────―」

「それに青子が死んだら次は俺を狙うだろ? 

 でも俺はアイツに殺されたくない。だから、考えよう。

 ひとりではダメでもふたりの方が試せることが増えるだろ?」

「試すって……貴方に何が出来るって言うの?」

「それは青子が考えてくれ。得意だろ、そういうの」

 

 彼の言う通り、草十郎を知り、自動人形を知っているのは蒼崎青子だけ。

 

 だから、青子の指示を全力でこなす事が最適解だと彼は言った。──― 熟考する彼女。本来このような『案』は、青子から絶対に出ないのだがイレギュラーの発生により蒼崎青子の天秤は揺れ動き、あの日の約束が僅かに、彼女の方から提案を促した。

 

 

「──― 契約よ! 

 対価は草十郎。アンタよ。私が言ったことは絶対遵守! 

 報酬は貴方の命を助けてあげる! 文句ある!!!」

 

 

 青子の選択は決した。

 草十郎は「ああ、大丈夫だ」と握手を交わす。この契約は自動人形を撃退するまでの間と勘違いする草十郎。青子はふっきれたような、恋する乙女の表情だった。しかし、みようによっては邪悪な笑みを浮かべながら真っ直ぐ投げ返す。

 

 

 


小休止


 

 

 

 ”結構きついかもね、あなたの役目”

 

 草十郎にそう告げて、青子は静かに、可能な限り音を殺して走り出す。

 二階のほぼ中心、渦の終点には草十郎だけが残っている。

 

 ”実を言うと、もう一つ用意しておいた仕掛けがあるの。”

 

 ”自分でもやり過ぎだって呆れたもんだけど、貴方が遊園地に来るのが遅かったから。ちょっと興が乗っちゃってね。地下の支柱に着火型の、ちょっとした魔術式を刻んでおいたの。中心の柱に点火することで、連鎖的に他の柱に仕掛けた魔術も起動する。”

 

 ”こっちは魔術式を刻んでおいたもの。直接魔力を叩き込めば全壊するほど爆発するわ。保険だったからいっそ建物ごと爆破しちゃおうかなー、って何事も徹底しておくものよねー”

 

 照れ笑いしながら頭をかく青子。

 草十郎としても生き埋めで死んでいた可能性は想像だにしない返答に言葉も出ない。そんな青子の暴虐ぶりに、草十郎は状況を忘れそうになった。

 

「…………なによ。いいじゃない、

 そのおかげで何とかなりそうなんだし」

 

 青子は冗談めいた口調で答える。

 草十郎が聞いたら青子は通路をひた走る。作戦はシンプルだ。青子は右に曲がる抜け道を利用し、人形を避けて地下一階まで移動。地下中央の柱まで辿り着き、仕掛けておいた魔術式に直接魔力を注入して脱出する。

 

 魔術式が起動して崩壊がミラーハウス全体に広がるまで早くて一分、その後に倒壊まであと一分。迷路を暗記している青子ならギリギリで脱出できるスケジュールだ。

 

 標的のはめ方はこうだ

 あのオートマタは遮蔽物だらけのこの場所を苦手としている。アレは構造上、この地形での全速移動はできない。建物が崩壊しだした時に二階の中心付近にいれば、倒壊に巻き込まれてあえなくスクラップだ。なので問題は、青子が地下に行くあいだ、如何にして人形を二階に留めておく、というコトだ。

 

 ”…………アテにしたからね、草十郎。

 せめて三分ぐらいは引き付けて────―”

 

 青子が地下に到着し、魔術式を起動させるまで人形を引き付けるなら大成功。もしくは、一階の大広場に下りるまで囮になっていれば、この作戦は成功する。

 

 草十郎が危険なのは確実だが青子から逃げ回った草十郎の脚力は馬鹿にできない。迷路の横道を走りながら、青子はつい、ここには居ない草十郎に期待をよせたのだった。

 

「──────」

 

 一方、草十郎は備える。

 草十郎は必死に追いかけっこに挑もうとしていた。冷静に、冷静に、それが草十郎にできる事だった。自分なりの方法で動悸を押さえつける。作戦自体はシンプルで、難しいことはない。十メートルぐらいの距離を保ちつつ、できるだけゆっくり通路を三、四周すること。

 

 円を描くようにマラソンをしながら人形から伸びる腕をギリギリの距離をキープしつつ囮を遂行する。加えて、建物が揺れたら全速力で出口まで逃げろという、無茶な注文つき。彼女は命を助けると言ったのにこの仕打ちに疑問を持ちつつ、彼女だけが導火線の火を持っているため仕方ないと溜飲が下げる。

 

「三分間の鬼ごっこか……」

 

 草十郎は曲がり角から顔を出す。

 機械人形から鳴るオルゴールの音。まずはここで顔を合わせて、右側のショートカットを抜ける。

 

 ループ状の鬼ごっこを開始しなくてはいけない。

”来た”、と足音が近づき逃げる準備を始める。追跡者のプレッシャーが、唐突に離れて行くことに気が付く。異様な人形のシルエットに啞然とする草十郎。

 

 あろうことか、美しい人形は突如ガシャガシャと音を立てて変形した。それは人ではなく、蜘蛛のようなフォルムに変形して腕が二本生えた六足歩行で青子のいる一階へと向かおうとする。

 

 不味い、実に不味い。

 鬼ごっこは手段であって命令は「三分ぐらいは引きつけて」、とのこと。このままでは一分どころか数秒で青子の元に自動人形は向かってしまう。鬼ごっこではダメだ。

 

 鬼役のオートマタは草十郎のことを捕まえる子として認識していない。いや、優先順位の問題なのだろうか。青子を捕まえた後に捕まえにくるのだろう。

 

 自分がするべき優先順位はこの人形を三分間引きつけることだ。自動人形は今すぐにでも一階ロビーに行くために背を向ける。時間稼ぎする方法を考える。耳を持たない無機質な人形を呼び止める事は出来ない。

 

 自分には何があり、何を捨てられるか、このまま近寄れば呪いによって草十郎は死ぬだろう。人形はガシャガシャと音を立てながら進む。けれど、このままでは蒼崎青子の元へ自動人形を向かわすことになる。

 

 

 

 彼女が死ぬ──── ハッ、冗談じゃない。

 

 

 

「────― ッ、!!!」

 

 

 

 

 地面を抉り、躰を爆発させる。

 

 逼る(せまる)鉄鎚を紙一重で掠めつつ、

 

 呪詛が身体を駆け巡るが意識はまだある。

 

 身体を斜めに傾けつつ更に加速する。

 

 目指す先はその根元、終点へと辿り着く亀裂。

 

 殺戮人形から映じる隙間に(ひじ)を叩きつける。

 

 

 

 一撃目は、『契機(トリガー)』だ。

 

 

 

 機械仕掛けは終わることはない、

 

 駆動音が再起する。

 

 瞬きひとつ分の時間、

 

 呪言を垂れ流す哀れな存在に、

 

 呪核の顕れた致命的な透目(すきま)に拳を叩き込む。

 

 振るわれた一撃に一切の(たわ)みなく、

 

 

 

 天賦盤石の武人はここに証明する。

 

 

 

 ドサッ、と倒れこむ自動人形。

 胸部の隙間から見える赤い水晶は真っ二つにひび割れている。立ち上がる気配も呪いを放つ様子はない。呪詛はこれ以上発生しなかった。

 

 自動人形は変形の際に魔力を激しく消費したため、あの瞬間、呪詛の漏れが減少したから草十郎は呪いで死ぬ事が無かった。しかし、本人がその事実に気づく事はなかった。

 

 自動人形の青い瞳はくすみ、蒼崎青子に似た姿を鏡に映し出される。けれど、鏡に映っているのは活動を終えた自動人形とひとりの長髪の少年だった。

 

 本物の青子は今も自動人形を生き埋めにするため地下に向かっている。鏡に囲まれた部屋で草十郎はつかの間の休息をするために人形の横に倒れこんだ。

 

 (もっ)て事は終わったのだ。

 

 

 


小休止


 

 

 

 地下から衝撃音が鳴り響く。

 一分も経過してはいない。けれど、青子が地下で爆弾を起爆したのだろう。血に濡れた右腕に支障はなく、振るった腕が宙に舞った硝子片によって腕を少し切れたのだろう。

 

 崩壊が想定より早く、元からの綻びも崩壊を加速させた。張りつめた緊張から解放されるにはここから脱出するしかない。

 

 ドミノ倒しに倒壊していく通路の天井。土砂に阻まれながらも進みゆく、崩れる通路を全力で走るのだった。断末魔が上がる。轟音と粉塵をまきあげ、『キッツィーランド』のシンボルであった御伽話の城は、こうして、最後の見せ場を終えたのだった。

 

 崩壊の残響が廃墟に染み込んでいく。

 周りを確認すると赤と黒いワンピースの少女が堀に座っていた。

 

「──── 終わったのね」

「ああ、青子も上手くいってよかった」

「そうね。あなたのおかげよ。

 わたしも約束を守らないとね………

 草十郎、見逃してあげるわ」

 

 ふたりは顔を突き合わせる

 青子は一瞬、笑顔でこちらを向いたが直ぐに元のしかめっ面に戻る。ミラーハウスでの死闘は誰も知らない。

 

 けれど、共に死線をくぐり抜けた連帯感と、つかの間の絆が築かれていたのだろう。ふたりを包む空気は和やかなで優しいものだった。色々あったが冬の悪夢はこれで終わり。ふたりはこれからの事を話し合うため、鏡の国を後にする。

 

 

 

 …………けれど、その前に

 

 

 

「────―随分と身勝手ね。

 それは貴方ひとりで決めていい事だったかしら、青子?」

 

 

 

 

 幻想の国の住人。

 滅びた楽園の鉄の檻から黒き妖精が舞い降りる。美しい鳥のさえずりにも無慈悲な機械の声にも似た声が告げる。

 

 

 

 遊園地の広場に立つ可憐な少女は蒼崎青子をして

『魔女』と恐れさせる、夜の化身がやってきた。

 

 

 

 


続々


 

 

 

 




 ご覧いただき、感謝いたします。
 初投稿の素人なので誤字や不備があると思いますが何卒宜しくお願い致します。

 感想、お気に入り登録、評価は凄くモチベーションが上がるので
 気軽にしていただけると嬉しいです!
 感想はひと言『面白かった』だけでも有頂天です!

 (感想は時間が掛かっても返信するのでよろしくお願いいたします)

 ソーシロー様、よっちゃんイカ様、weekend様、かにしゅりんぷ様
 誤字・脱字報告ありがとうございます。大変助かりました。

 (誤字、脱字、誤植など、いっぱいあったので修正作業は大変だったと思います。
 皆様のお陰でとても良くなりました。本当にありがとうございます)

 ハンドルベル様、初の評価10!本当にありがとうございます!
 (ほ、本当にいいんですか………)

 草十郎の本気が垣間見える回でした。
 
 次回投稿は4月30日(火)の18時40分に投稿しますので
 宜しくお願い致します。

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