ヤンデレ達の夜~貢がれるYAMA育ち~   作:春玉サロン

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 (マイ天使が可愛すぎる)
 (長文ですが少し自信のある回です!
 ちょっとお疲れ気味ですが……書き切った……)

 (17,763文字)






第5話 幻夜の思い出

 12月3日・午前零時・遊園地

 

 鐘の音が聞こえる。

 

 この世界に満ちていく、物言わぬ彼らの願いは永遠に続く繫栄を。夜が響き、唄を紡ぐ。

 

 彼らにとっての郷愁は打ち捨てられた夢の跡地。見放された偶像は呼びかけに答える。青猫の鳴き声に呼応する。

 

 その鐘は全てを許容し包み込む、あらゆる童話、あらゆる不可思議を飲み干した魔法より魔法に近い魔術。

 

 青い瓢箪にも見える美しき宝石をこの地に投げ捨てる。

 

 久遠寺有珠は『魔女』である。

 少女は黒い凶鴉のように遊園地に降り立つ。肌は透けるように白く、夜より黒いその出で立ちは幻想の国の住人かと彷彿とさせる。羽をつくろうようにスカートを乱れ、青子へと問いかける。

 

「…………随分と身勝手ね。青子」

 

 草十郎は夕方の事を思い出す。

 待ち合わせをするように並んでいたふたりの少女。青子の知り合いなのだろう。けれど、この空気は今すぐにでも殺し合いが発生するほど張りつめていた。

 

「────── 驚いた。どうしたの有珠? 

 今夜はわたしに一任するって言ってなかったっけ?」

 

 冗談めいた口調で語りかける。

 僅かに身構え、草十郎を背に隠すように半歩だけ前に出た。

 

「────―」

 

 有珠からの返答はない。

 地上を睥睨する黒い瞳はより暗くなる。不安と重圧がこの広場を支配する。

 

 ”……鐘の音がする? ”

 

 静か過ぎる間がどこからか鐘の音を聞く草十郎。

 その音色の発生原は信じがたいことだが地面の下から聴こえている。

 

「……良くない予感がしたから様子を伺いに来たのよ。

 別に貴方の仕事を疑ったわけじゃないわ」

「──── それはどうも、お世話様。

 ただ、嫌な予感ってのは少し遅すぎたようね。人形との戦闘はもう終わったから、もう有珠の出番はないわよ。だから、先に帰ってなさい」

 

 両者の視線が交差する。

 有珠は嫌味を冷たく告げて、青子は喧嘩上等の姿勢を崩さない。

 

「…………ええ、帰るわよ。

 二人(・・)……でね。帰りしな、人形の話でも聞かせてちょうだい」

「はっ、冗談。お喋りする間柄でもないでしょ? 

 アンタは屋敷で使えない椋鳥でも量産してなさい」

 

 落胆の息が零れる有珠。

 怒りを通り越して、呆れに近い感情だ。

 

「…………青子。…………本気?」

「──────」

「……失望した。二人で秘密を守る話はどこへ行ったの? 

 いつまで、そっち側にいる気なの青子?」

「こっちはこっちで事情があるのよ。

 でも、話し合う前に仕掛けてきたのは有珠じゃない」

「私はまだ、何もしていないけど……」

「そう? でも、準備してるでしょ」

 

 睨みあうふたり。

 どちらかに歩み寄る気など微塵もなし、協力関係である彼女たちは相互理解の域に達していなず、互いの意見が衝突した際はどちらかを壊すまで終わらない。他人が見たら疑問に思うだろう。けれど、これが彼女たちの友情関係である。

 

「……礼儀知らずの貴方には問い詰めたいことがあるけど、

 言い争いは後にしましょう。私の願いはそこにいる彼をいなかった事にするだけで十分よ」

 

 細い指が動き出す。

 魔術において、指先が示す方向は命令への指向性。彼女が指を指し示すと宙に突如、人より大きな四つ別れの銀食器が現れる。

 

 凶槍は二回、三回とその場で周り調整すると草十郎の胴体目掛けて飛んできた。指一本動かせぬまま、指一本だけで殺される。

 

 けれど、その時は訪れず、横からの蒼い光弾によって凶器は消滅した。

 

「……やっちった」

 

 青子は一応、説明や話し合いがしたかった。

 けれど、脊髄反射とはいえ、手が出てしまった。寒々とした季節が氷結レベルまで落ちこんでいく。

 

 有珠は邪魔されたことよりも使い魔を破壊された事に怒っている。彼女の保護欲は異常であり、一度、手にしたものはとことん執着する。弾くならまだしも、悪意を持って、破壊したならばどんな言い訳があろうと報復しないと収まらない。

 

 一見、クールに見える激情的な同居人。

 

 ”あっちゃあ…………いつかやると思ってたけど、ピンポイントで逆鱗に触れたわね”

 

 脳内会議を終える青子。

 けれど、彼女は清々しさも感じていた。言い訳もないし、後悔もない。逆にさっぱりしたぐらいだった。第一、会話で解決できる内容ではないし、彼女も自分の中のルールを破るつもりもなかった。反省など、今すべきではないし、前に進むだけ。

 

「悪いわね、有珠。

 コイツと約束したのよ」

「……ひとつ、聞くけどそれは私情?」

「私情ってより、信条かな。

 対価と報酬、労働には成果を、っての大事にしてるの」

「私との協定より」

「ええ、この場合はね」

 

 可憐な少女たちは油をかけあう。

 感情に火が付けば、燃え合うしかない。どちらかが燃え尽きるまで終わることはないだろう。

 

 先に動いたのは激情家の有珠。戦いの最終警告を告げる。”そんなのいいワケないでしょ! ”、と弱音を飲み込む青子。黒い衣を纏いし少女の体にはどれ程多くの神秘が秘めているのか、痛いほど痛感している。勝ち目は皆無、口火をきれば、『魔女』である彼女は容赦しない。最愛の人でも例外なく殺す冷酷無比な怪物となり蹂躙する。

 

 戦闘の重要な要素(ファクター)は覚悟だ。

 どれだけ実力に差があるとしても、精神面で引いてはいけない。例えば、まるで戦意がないプロの格闘家と四肢が欠損しても戦うことを止めない子供が戦ったら十中八九、格闘家が降参するだろう。

 

 それだけ、戦意というものが持つ力は大きいのだ。互いに勝つ気で戦うから成立する。けれど、今回は格闘家に殺意があるのが問題なのだが、それでも覚悟を決める。『自分』を通すのであれば、妥協も誤魔化しもする訳にはいかない。

 

「たとえ、アンタを殺すことになっても

 あの馬鹿は助ける! それに──────」

 

 唸りをあげた右腕の魔術回路。

 汝、その真価を発揮せよ、と燃え盛る勢いで魔術式(タービン)を燃え上がる。

 

 

 

 

「それに。どの道最後には殺し合う関係でしょ、私たち……!!!」

 

 

 

 

 右腕を有珠に向ける。

 青子の魔術は単純(シンプル)で蒼い光弾を放つこと。風を起こしたり、呪いを振りまいたりすることはできない。

 

 草十郎に使っていた魔術は一工程(シングルアクション)で詠唱すら必要のない最速の一撃、しかし、蒼い光弾は有珠の眼前で霧散する。有珠の殻を破るのは一筋縄ではいかない。

 

「こういう、勢いだけのきっかけは初めてだけど………こんなくだらない理由でもその気になるものね。人間って」

「当ったり前じゃない、戦争の歴史だってきっかけはくだらないものばっかりでしょ」

 

 心の底から感心するように笑う黒衣の魔女は地面に向かって指を指す。

 広場の地面からはレンガを突き刺して無数の槍が出現する。このままではヴァンパイアの磔のように串刺しになる。跳び引くように下がる草十郎と青子。槍の守りは放射線状に広がり有珠との距離が広がる。

 

 気がつくと有珠は時計台の頂上まで浮き上がっていた。地面の凶器は十メートル程度で進行は終わり、有珠を中心とした剣山が立っていた。

 

 けれど、青子たちの背はがら空きでこの遊園地から脱出することも容易。

 有珠の魔術は広大だが発動条件がある。町の中では使える魔術も半分以下になってしまう。ここは一度、退却するか、と青子は後方を確認するが、そのせいで反応が遅れた。

 

 ──── 黒き妖精は微笑む。

 黒いコートの中から愛しい、大切なものを扱うように小瓶を取り出した。それは小さな緑の液体(リキッド)が入った小瓶。怪しげな光を放つ小瓶はコルク栓がされている。

 

「あ────!」

 

 青子は至急に魔弾を撃ち込む。

 だが、数メートルほどの大きさのフォークや食器が有珠を守る盾となり、魔弾は有珠には着弾しない。

 

 魔法の瓶が開く。頬を優しい風が撫でる。懐かしい、パレードの音が広がる。加速、加速、加速──、死したモノに命が宿る。廃墟となった楽園に光が灯る。

 

 霧に包まれる深い闇はより深く、沼地に潜められた壊れた人形は動き出す。午前零時の針が頂上を示す時、主の迎えを待っていたパペットは騒ぎ出す。

 

 久遠寺有珠は細い指を振るう。

 年老いた猫を撫でるように、慈愛の満ちた指揮(タクト)は遊園地全体を蘇らせる。

 

 

 

 

「いいわ──── ごっこ遊びを始めましょう」

 

 

 

 

 それは現実を浸食する不死身の魔物。

 決して滅ぶことのない彼女の黄金都市。一度解き放たれた怪物(クリーチャー)は獲物を求め徘徊する童話。

 

 

 

 

「逃げられるものなら逃げてみせなさい。

 底のない沼、夢泥(ゆめ)沈むこの夜を。

 もし逃げ切れば、そうね。貴方の勝ちにしてあげる」

 

 

 

 

 …………蹂躙の開幕宣言。

 親愛と悲しみ、無邪気な愉悦、少しだけの遊び心と共に、黒き魔女は友人へと歌いかける。かくして、遊園地は遠い日の耀きを取り戻す。

 

 満月は夜を照らす、無数の電飾。スピーカーは絶え間なくテーマソングを流し続ける。狂った速度で回り続けるメリーゴーランド。幻想の国はここになした。壊れた電飾は電気を供給しても動かない。けれど、ここでは摂理を溶かした魔女の大鍋の中。

 

 ”…………出鱈目にもほどがある。

 有珠のプロイは何個か見たことがあるけど、今回は『格』が違う────”

 

「────── 接続(セット)

 

 右腕の刻印に火をともす。

 

「────── 行使二層、直流数紋」

 

 刻印の形を変える。

 今の掃射する全体攻撃では火力不足だ。何十という回線を繋ぎ直す。無詠唱では無駄だ、久遠寺有珠に届くことはないだろう。先ほど有珠の防御壁は確認済み、五倍の二十トンの衝撃を叩き込む。漂う霧は常に彼女に纏わり包む障壁。同時に貫通する必要がある。けど、やるしかない。

 

「……青子? 少しいいか?」

「何? 今、集中してるから無駄口だったら、ぶっ飛ばすわよ」

「彼女が俺を殺したい理由は分かるんだが、君も殺そうとしていないか?」

「……私、わりとあの子に恨まれてるのよ。

 まあいい機会だし、遊園地ごと私を亡き者にしようってのは間違いないわ── ッ、ね!!」

 

 右腕から放たれた魔弾。

 前回の光弾よりも速く、太い光線が一直線に空をかける。防壁も妨害もぶち抜く勢いで放った一撃。

 

 このまま有珠に直撃したら最悪、内蔵が破裂するが最低でも有珠がいる時計台から落ちて脳震盪でも起こしてくれたら御の字なのだが────────

 

「──── ッ、!?」

 

 あまりの驚きに状況把握が間に合わない。

 

 現状で考えられる最速最高威力の魔弾が『消えた』。有珠を守った得体の知れないものが防いだことに違いはない。けれど、衝撃もないまま当たる直前で消滅したのだ。

 

 警戒音が鳴り響く。

 背後から大きな物音を立てて近づいてくる。建物から顔をだしたのは三メートル近くのマスコットキャラクター。

 

 器物が生物に生まれ変わる世界、有り得ない形のものが動力もなく動いている。すぐさま、人形に向かって魔弾を掃射する。

 

 けれど、魔弾はパフパフと可愛らしい音を立てながら色とりどりの風船に変わり、ヘリウムガスが入っているかのように空へと飛んでいく。

 

 ”ふざけ過ぎだ、こんな事ありえない”

 

 口に出しそうになるが今はこの現象が何か当たりをつける。

 

「────、 そうだ。これは」

 

 有珠に聞いたマインスターの使い魔たち。

 その中でも三本指に入る折り紙付きの使い魔。

 名前は、確か────

 

 

童話の怪物(プロイキッシャー)、フラットスナーク…………!」

 

 

 彼女は近づく、クッキーでできた怪物たちへと掃射する。

 今回は通じたのか、クッキー軍団はバリバリと割れ、衝撃波で軽い体が吹き飛んでいく。

 

「どうする、青子?」

「決まってるでしょ、即時撤退よ!」

「でも、どこに!?」

「そ、そんなの知るワケないでしょ……!」

 

 

 

 


小休止


 

 

 

 

 全速力とまでは言わないが、休憩なしに走り続けてはや十分。

 

 息を乱しながらふたりは曲がり角に飛び込んだ。遊園地といえど、高校生が全力で走れば二十分ほどで一周するできる距離。

 

 けれど、絵本の中の住人がひしめき合う中、移動し続けるのは困難、更に入園した時より物理的に広くなっていた。遊園地が生物のように成長して今も規模を拡大している。だが、無制限に成長するワケではない、外には鉄柵が見えるのだ、外に向かって逃げるの正しいはず。

 

「青子、体は大丈夫か」

「ええ、けど一息、休憩をしたいわね。

 草十郎、ここら辺にできるだけマスコットがいない建物はない? 

 それか、最近の物で囲まれてる建物。そこならアイツらも入ってこない」

「そうだな……、あの店とかどうだ? 喫茶店でマスコットは見えない」

「待って、確認する──―、

 ビンゴ。草十郎、そこまで走るわよ」

 

 ふたりはテラス席がある喫茶店に逃げ込む。

 ここはまだ『スナック』化するには近代すぎる。草十郎も一息つき、状況を確認する。

 

 まずはいいお知らせ、遊園地が魔境とかしたお陰で青子の魔力切れは考えなくても良くなったこと。悪い知らせを伝えるには、あのバケモノのことを説明しなければいけなかった。

 

 奴らは『プロイキッシャー』、童話の中の住人で夢物語を再現する出鱈目。

 

 しかも、アイツらには『伝承防御』という能力が厄介で高威力の魔力で撃ち抜くかそれぞれの伝承通りにしか倒せない。ここで悪い知らせを伝えると『伝承防御』はあくまでも基礎性能、外で襲い掛かってきたクッキー軍団もフランスパンもロブスターもいくら倒しても意味は無い。

 

 本体にとっての呼吸のようなもの。有珠にとっても特別な三大プロイの一角が襲撃者と伝える。

 

 

 

 

 棄てられたモノ、忘れられたモノを童話として蘇らせる。

 

 今まで誰にも破られたことがない『至高の幻想(クラウン・ファンタズム)』。

 

 初代魔女から受け継ぐ1000年超え神秘の化身。

 

 最悪低俗な道化の王・『フラットスナーク』

 

 

 

 

 一番厄介なのは、かの王は成長すること。

 時間が経過すればするほど、御伽話の国に近づき、クリーチャーは固くなり青子の魔弾の価値は紙切れ同然となる。このまま持久戦では耐えることはできない。

 

 この遊園地の中では勝ち目がないので外に逃げることが現実的であると確認する。

 

 また、フラットスナークを見つけることが出来れば、破壊してこの幻想を終わる事を告げようとした直後────

 

 上空に違和感を感じた草十郎は話を聞く前に外を見つめる。

 

「……青子。あれはなんだ?」

 

 青子も身を乗り出して上空を確認する。

 浮遊物は大きさにして直径一メートルほど。表面のタイルには十重二十重に廻る光の躍動。衛星のようにこちらの頭上まで寄ってきた。右腕を輝かせて標的を射撃する。ポコポコとゴム鞠が当たったかのような気の抜けた音がする。

 

「有珠も椀飯振舞ね。

 卵まで出してきた…………

 ダメ、あれはルール以外では壊せない。草十郎、走るわよ。ただ、視線はアレから目をそらさないで! 端に捉えるだけでもいいから」

 

 草十郎に指示をだし、外を目指し始める。

 卵の童話で最も有名な『ハンプティダンプティ』。何をしても壊れることはないが視線を外す時間だけ宙から下降する。

 

 地面に落下したら破裂し破片を散らかす。振りまく呪いは対象の五感を奪うものであり、感覚を奪われた対象は生きた石膏像のようになる。

 

 青子が破壊しようとしても卵はもとから壊れるのが仕事、呪いを振り撒くまでは終わらない。上空の凶器を意識しつつ外壁まで辿り着いた。

 

 波立つ、何十の地平線。

 叢雲(むらくも)のように、緞帳(どんちょう)のように、呻き(うめき)をもたらす(ひだ)のような世界の終わり。

 

 鉄柵は二倍以上の高さになり、何重にも重なっている。ここを撃ち抜いた後に有珠から逃げる余裕などないのは自明の理だ。しかし、それでも契約は守れる。諦めと安堵の入り混じった、ため息を吐いた。

 

「正面ゲートにいこう。

 ここからは無理だが入り口ならマシかもしれない」

 

「…………馬鹿ね。今から正面ゲートに向かっても間に合わないわ。

 気づいてると思うけど、あのパンの化物ですら一撃で倒せなくなっているのよ。正面までたどり着くとは思わない……だから、まあこっちの方が現実的でしょ。今からこの鉄柵を壊すから、貴方はそこから外に逃げなさい」

 

「…………信じられない。

 こんなの青子だけで壊せる代物でもないだろ」

「私だけならね。けどここでは私にメリットがあるって言ったでしょ? 燃料はあるんだから、後は撃ち抜くだけ。一発デカイのをお見舞いしてやるわ。…………まあ、一発が限界。穴が空いたら修復する前に走り抜けなさい」

 

「────」

 

 一発だけ、正真正銘の渾身の一撃。

 青子の負担がどれほどか想像も出来ない。けれど、遊園地に倒れこむ青子の姿が浮かぶ。残された彼女はどうなるのか。あの少女は青子を許すだろうか。それはないだろう。彼女は"今夜、生き残れたら"、と条件を出してゲームを開始した。

 

 あの少女は追撃をしても日が明けるまで助けることはしないだろう。遊園地の化物に凌辱され殺される光景だけだ。

 

 青子が生き残る選択肢はふたつ。

 青子が自分の命惜しさに草十郎を殺し、有珠に差し出す。

 そして────

 

「待ってくれ。

 俺を逃がしても意味はないだろ」

 

「……ないかも知れない。

 多分、外に逃がしたところで十中八九貴方は死ぬ。けど、このままここに居たら確実に死ぬわ。守るって言ったんだから、できることせずに後悔はしたくないの。だから、離して……」

 

「ダメだ。離さない」

 

 彼女の腕を強く掴む。決してひとりにさせないように。

 

「……分からない。私に付き合っても死ぬのよ。

 これが最後のチャンスかもしれない。

 貴方はここで逃げるべきよ」

「そうだな。でも行かない」

 

 即答する返答は青子を苦しませる。

 

「そうすると、青子が死んでしまいそうだ」

「だから、どうしてそこまでするの! 

 私と心中するつもり────!」

 

 

 

 

「青子が好きだから」

 

「──────」

 

「青子に生きて欲しいと願った、理由なんて充分だ」

 

 

 

 

 青子の時間が停止する。

 かつて遊園地だった土地で幾度も紡がれた台詞。光る観覧車から放たれるサイリュームはふたりだけの時間を創り出す。

 

 影は伸び、この瞬間も鉄柵は強固になろうと成長し続ける。けれど、この瞬間だけは逃亡者の思考は消え、草十郎のことだけを意識する。

 

 時間にして一、二秒だろうか。意地の張り合いはここで終わり。火の放たれた心臓は熱を持ち、諦めていた体は温まり彼女を戦士へと戻す。ここまで来たらふたり揃って生還するしか考えない。

 

「────私だって、逃げっぱなしは性に合わないし。

 いいわ。最後まで粘ってみる。生きるも死ぬもふたり一緒。いいわね、草十郎!」

「ああ、青子と一緒だ」

「なら、フラットスナークを探して! 特徴は『おかしいモノ』。魔界みたいなこの世界で探すのは難しいけど、制限時間は十五分もないから草十郎も死ぬ気で探して、さあ、行くわ────」

「『おかしいモノ』か分からないけど、気になるモノならあるぞ」

「へ?」

 

 草十郎は小声で周りの化物に聞こえないように耳打ちする。

 

 その答えに納得と共にもっと早く特徴を教えればと後悔する青子。けれど、その答えは恐らく正しい事を直感する。正体不明の敵は判明したのだ、後は手段の問題。

 

 ふたりは話し合う、自分に何が出来て何が出来ないのかを確認すると別行動が最適解と導かれる。

 

 草十郎は登らなくてはいけない。遥か地上を見下ろす鉄のレーン、向かうべき場所はジェットコースターの頂点に位置する場所。

 

 高さにて四十八メートルを昇る必要があり、常人では恐怖と強風で足がすくみ制限時間を考慮しても足りない。

 

「大丈夫よ、草十郎。

 ここにいるのは魔法使いってこと忘れたの? ここにかがんで目を閉じて。

 特別なおまじない、かけてあげる」

 

 軽い接触。

 息と息が触れ合う距離で青子は草十郎の額に手を当てる。

 

 

 

 

『──空気のおもり(軽く弱く)胸をふるえ(上手く、速く)

 ひかりは先立つ(チクタクチクタク)かげは遅れる(いそげやいそげ)

 

鳥は空(とぶ)に、魚は海(泳ぐ)に、貴方は彼方(駆け抜ける)

 疑問も不安も(チクタクチクタク)靴の底に、旅路の一歩は(汽笛をならせ)曙に

 輝く星はするりと(星はいつでも北の空)と降ちて、今も貴方の心の内(どこまでも、いつまでも)に』

 

 ”…………チュ、”

 

 

 

 

 時間にして五秒ほど。

 手を置かれた額に冷たい感触が残る。ふたりの触れ合いはこれまでも何度もあったがこの時ほど長く感じられた事はなかった。

 

 こうして失敗もなく、名残惜しさを感じながら乙女のおまじないは完遂する。

 

「…………今のは簡単な暗示よ。恐怖心が薄れる魔術。

 ライオンハートって知ってる? 今の貴方なら何も恐れずにレールの上を走れるはず」

 

 頬を赤く染めながら、腕組みをしながら語る。

 今から始まるのは一度きりの終幕。失敗は許されず、草十郎が定位置に辿り着けない場合バッドエンドで終わる。

 

 草十郎は走る。フランスパンの化物を回避しながら駆け抜け、目的の袂まで辿り着く。鉄柱を昇り、下では化物たちは足場が細すぎて登れずに腕を振り、降りてこい、と主張する。

 

 強風が髪をさらって重心がブレる。この時ばかりは長髪であることを後悔しながら、膝の震えを抑えて走る。草十郎の本能が安全な地上へと回帰を促す。

 

 青子のまじないは本当に効いていたのか? 

 懐疑がよぎるけど時間がない。ジェットコースターのレールは大男の衝撃によって軋み揺れが強くなる。更に上に行くほど、強風や気圧の変化が襲い来る。これなら下の連中とタップダンスを踊る方がいい。

 

 けれど、弱音を言っている場合ではない、走りづめの足は気を抜くと膝から崩れかねない。隣でふわふわと浮かぶ卵にも意識を外してはならない、ギリギリの天秤で走らなければいけない状況を悔いつつ草十郎は走るのを止めない。

 

 右手には長い黒髪を一房握りこんでいた。草十郎の髪よりも手入れされた女性の黒髪。青子の髪をジェットコースターの頂上まで運ぶのが自分の役割だ。

 

「…………はあ、青子も無茶な注文をする」

 

 山なりのレールの頂上。

 上からの光景は全体を俯瞰するのは容易だった。この地点からそう離れていない広場、崩壊したミラーハウスの近くで青子は怪しげな作業をしている。

 

 青子の周りは静寂だった、今まで走ったのも自分にブレッドマンを集中させるため。汗ばんだ体を冷やすために白いコートを脱ぎ、腰に巻き付ける。汗ばんだシャツは透けて傷が露わになるが気にしない。ここの位置ならば、青子に気が付かれることはないだろう、とレールに腰をかける。

 

 広場から蒼い光が放たれた。

 

「合図だ…………!」

 

 レールから素早く立ち上がり、ポケットにしまった小石を取り出し、右手に握りしめた髪を結びつける。足場を気にしないオーバースローによって投げられた青子の髪は本体との青子の中間地点まで辿り着く。

 

 草十郎に託された仕事は終わり、青子を信じて待つばかり。未だに浮遊する卵だけが気になるがフラットスナークを倒さなければ次に進めない。事の成り行きを見届けるために身を乗り出して青子を見る。

 

「…………おい、噓だろ」

 

 

 

 

 視界の隅に映る影。

 見覚えのあるミラーハウスの怪物を見かけた。

 

 

 

 


場面転換


 

 

 

 

 魔力回路を地面に突き立てる。

 少女は右腕の服を捲り上げ、集中する。これより行なわれる固定台を足場に刻み込む。

 

 広がり、重なり、開く門は唸りをあげ、我らが魔法をここに示せ、と叫び狂う。

 

刻印(ルート)接続(セット)────―

 直流数紋(ディレクト)、一層、二層──―予備に三層。

 魔力提供、大源に固定。

 ……循環良し、射角良し、術式安定、良し」

 

 煉瓦に刻まれた紋様は蒼き光を放つ。

 今より行なわれるは大詠唱による大魔術。古の時代からある、破壊の一撃をここに再現する。

 

 御伽の国では生半可な魔弾ではその幻想の前に搔き消えるだろう。ならば、こちらも純粋な火力勝負で幻想をぶっ壊す。

 

 狙うはフラットスナーク『本体』。

 何処を探しても見つからない幻想の王は草十郎によって姿が露わになった。

 

 あらゆる原型がなくなり、命なきモノに魂を与える『童話の怪物』。至高の幻想、とも言われた君主は堂々と隠れもせず見せつけていたのだ。

 

 

 

 

 ”青子、今夜は新月なんだ。あの満月、気にならないか? ”

 

 

 

 

月の油(フラットスナーク)

 

 

 

 

 かの王の尊顔は誰でも見えていたのだ。

 だが、姿を隠す必要が無い、堂々と正体を明かしても何ら依然なく。正体を隠すのは攻撃されないためだ。

 

 けれど、月の王は有珠から青子の射程を告げられていた。イレギュラーでもなければ彼女の攻撃は届くことすら出来ず終わる。勝利条件を用意したがこれでは完全なワンサイドゲーム、正に魔女のゲーム。

 

 しかし、奇跡はここに現れる。

 夜空に青い花火が上がる。風に舞う自分の髪の毛を掴むように右腕を構える。魔術師にとって最大にして最高の触媒は自らの肉体。女性の魔術師にとって年月を刻んだ髪は貴重な燃料にして、奇跡を掴むチケット。

 

 有珠ではジェットコースターまで登り、髪を中継役にすることなど予想だにしない展開。念じる― 念じる──―開いた手はこの遊園地の魔力全てを吸い上げ、握りしめた手で繋ぐ。

 

 

 

 

魔弾形式(ツアープラン)収束投射(スターマイン)! 

 三層展開! 全術式、連結起動──!」

 

 

 

 

 宙に浮かぶ魔法陣。

 月と自らをリングにあげる、一度限りの挑戦状。一方、黒衣の魔女にも異常事態が発生していた。コマドリが有珠に告げる、草十郎の手によって安全距離は無くなり、このままでは月が落ちる事を────

 

「見抜かれた、ですって…………? 

 …………なら青子の勝ちよ。すぐに戻りなさい。

 試練を乗り越えた、というコトで大目に見て────― スナーク!?」

 

 久遠寺有珠は蒼崎青子のことを見くびってはいなかった。

 

 生まれつき『魔女』として育てられた有珠と二年程しか修行していない『魔法使い』の蒼崎青子。魔術師見習いである青子が本物の魔女である彼女に勝てる訳がない。

 

 本来、数多の魔女の魔術になすすべなく蹂躙されるのだが、殺し合いとなると話は変わる。青子の壊し屋として才能は有珠を大きく上回る。

 

 有珠の魔力回路は本数も規模、神秘の格、全て上回る。けれど、青子の回路は回転の速さ、耐久性、魔力の質、魔力効率は常軌を逸している。

 

 僅か、二年間で有珠では到達できない域に達した。高度の魔術師としてなら、有珠は上澄みである。

 

 しかし、単純な魔術式なら歴代でも類をみない程の魔術師になる。だからこそ、彼女が『魔法使い』に選ばれた。

 

 故に射程に入ればフラットスナークといえど破壊される。

 

 有珠はスナークを小瓶に戻そうとするが、

 霧の集結は止まらない、

 夜空の支配者は止まるはずがない、

 不敬なる魔法使いを許しはしない。

 

 夜の王たる自分を敬わぬばかりか、

 

 挑戦状など不遜にもほどがある。

 怒りはフラットスナークの鞘を抜くには十分だった。

 

「スナーク! 戻りなさい!!」

 

 黒衣の少女は叫び、止める。

『童話の怪物』に静止の声は届かない。夜は更け、力は満ちている。

 

 あの不遜なる愚か者に鉄槌を振り下ろさん。

 

 右腕を月に向かって構える青子。

 架空の炎は魔術回路を巡り、通常の魔術師であれば自らの魔力量で燃え尽きる勢いだが青子は止まらない。

 

 回転する魔術回路はより多くの魔力を求め、加速する。地面に繋げたパスは青子とリンクしており、この場を動く事はできない。

 

 天井知らずに上昇する魔力量、逃げることが出来ない砲台としての役割を理解する。そうでなければ、届きえない、宙のパスが通っても火力不足では意味がない。

 

 第三層の臨界点まであと少しなのだが、広場の周りの霧が濃くなって────―

 

 

 

 

 ”さあ──── 宙を仰げ、尊き夜の王を喝采せよ

 あれこそ魔天にして、三大幻想の一角

 翡翠色の霧、紺碧の曇は神秘の証

 魔術世界の至宝にて究極

 黄金都市に等しき至高の幻想(クラウン・ファンタズム)

 

 

 

 

第一(はじまり)より別たれた、この世で最も大きな虚構”

 

 

 

 

 幻聴だろうか、彼女の直感が今すぐ撃てと叫ぶ。

 

 月を見据えて双眸に火を灯す。魔弾を放った瞬間、衝撃波で周囲に風が吹きあがる。地上の魔弾は第三層に着弾する。

 

 照準は固定できた、地面から更に魔力を吸い上げ放出する。瞬間火力は3000度を超える魔弾が放たれ、月の王を破壊すべく加速する。しかし、────―

 

 夜の王は虫けらを潰すために数十メートル程の氷塊を魔弾の進行方向に召喚した。

 

 それは『氷の城』嘗て、妖精の国の堅牢にして絶対の防壁。魔弾は弾かれ、自重に従い落下が開始する。

 

 青子がこの土地から魔力を吸えるようにフラットスナークも扱える。

 

 魔力量こそ同じだが神秘の壁が強度に差をつける。魔術行使によって痛む腕、損傷具合を確認したいが──―

 

 

 

 

「っ、どっちでもいい! 一層、二層、再起動──! 急いで!」

 

 

 ”再接続(セレクタ)交流数紋(オルタネイト)…………”

 

接続(セット)八芒星(オクタグラム)────! 全界層、間に合え──!」

 

 

 

 

 青い太陽が照らし出す。

 

 二回目の光弾は出力を落とさずに撃ちこみ右腕の負担で激痛が走る。臨界点を越しても噴き出す青い炎。

 

 けれど、氷の城は壊れない。空間支配率は青子が二割に過ぎず、このままでは圧し潰される。

 

 蒼崎青子は魔法使いである。

 

 今までの魔弾は魔術師としての在り方で本来の彼女ではない。

 

 今ならば間に合う、身に宿る奇跡を意識する。

 

 

 

 

 その時、世界が止まった。

 

 

 

 背後に赤い影が現れる。

 

 

 

 

こんにち わ(…………)

 

 

 

 

 あらゆる感情が絶叫する。

 

 腕の痛みを忘れるほどの自我の崩壊。アレこそは星の『抑止力』。

 

 実は青子には起死回生の切り札はある。

 

 あの程度の氷塊を破壊するなど造作もないこと。

 しかし、赤い死神が許さない。使えば、破滅、使わずとも氷に死滅する。

 

 どちらでも結果が変わらないなら迷う必要はない。魔法を使えば勝てるなど、と私にはまだ出来ることは残っているだろ。

 

 折れかけた心が見せた幻。

 

 止まった時は動き出し、背中の赤い影は霧散する。

 

 眼前の氷塊に集中し、右腕の魔術回路に魔力を叩き込む。握る拳は感覚がなく、これから起こすは大博打。コンマひとつでも間違えたら、青子はこの世から蒸発する。

 

 あの氷塊は遊園地そのものを崩壊し、草十郎も死ぬだろう。ここまで命をかけてくれた誰かさんに報いなくてどうする! 

 

 

 

 

接続解除(チェンジ)────領域拡大(チェンジ)再接続(チェンジ)────!」

 

 

 

 

 青子の右腕に走る激痛は天井知らず、

 魔術を刻んだ刻印は骨の髄までその文字を刻み込む。

 

 あまりの激痛に変な笑いが零れる。

 しかし、彼女は止まらない。

 足元の耀きは増し、新たな門出を祝うように荒れ狂う。

 

 夜の王は異常事態に気づく。

 宙の支配率は氷が上回っているが何かがおかしい。

 千年を超える器物の王、フラットスナークに勝る魔力使いが今ここに現れたのだ。

 

 

 

 

「…………簡単な話だった。

 足りないなら、もっと増やせばいいだけよ!!」

 

 

 

 

 宙に浮かぶ魔法陣を更に展開する。

 彼女の選択は単純明快、最大展開した魔法陣を更に増やした。

 

 

 

 

再接続(チェンジ)魔弾形式(ツアープラン)──────」

 

 

 

 

 両腕から走る魔力の奔流。

 

 太古の魔力が呼応する。

 

 のたうち回る大蛇の紋様。

 

 反旗を翻す声なき魔力。

 

 

 さあ、────

 これより始まるは恐れ知らずの魔法使い。

 

 

 あれなるは開拓の最先端。 

 

 数多の神秘を撃ち抜き台無しにする、破壊魔(デストロイヤー)

 

 

 

 

「さあ、貸し借りはここまでよブージャム

 今までの借りた分、ノシつけて返してあげる…………!」

 

 

 

 

消費/消滅の理を担う、最新の魔法使い────! 

 

 

 

 

 轟音をあげ、放たれる破壊の光弾。

 

 常識外れの光量が氷の城を瓦解させる。

 

 砲身は焼ききれない、彼女の魔力の扱いは歴代でも最高位。最大十万キロの血管は貪欲に魔力を受け入れ、倍の速度で魔弾を月へと叩き込む──────! 

 

 

 否、否、否、否!!! 

 

 

 月の王は認めぬ。

 

 虚構の支配者にして、至高の幻想。

 

 1000年ぶりの恐怖に憤怒を叫ぶ。

 月の形が変形し、髑髏の顔が浮き上がる。

 怨嗟を放ち、甲高い声で悪あがきをする。

 

「────── ハ」

 

 彼女は止まらない。

 標的のあまりにも無駄な行動に傾きだした魔力の天秤は彼女の方へ流れていく。

 

 

 

 

魔弾形式(ツアープラン)──────」

 

 

 長きにわたる、かくれんぼに終演を告げる。

 

 

 

 

大月蝕(ブラックライト)収斂投射(スターボゥ)────―!!!!」

 

 

 

 

「星の彼方まで、ぶっ飛べぇえ!!!!」

 

 

 

 

 砕く、砕く、砕く、砕く。

 

 地面の煉瓦は激しく吹き飛び、

 轟音が幻想の国に終焉を齎す。

 

 塵芥と散る摩天楼。

 決して届きえなかった絶望の鳥は。

 

 その難攻不落の城は最新の魔法使いによって砕かれた。

 

 

 

 

 破滅を叫ぶ翡翠の霧。

 

 崩壊した氷塊から青子の魔弾が夜の王を捉える。

 

 断末魔が響き渡り、御伽の国はここに終焉を迎える。

 

 

 

 

 ──────── 勝敗はここに決した。

 濃霧は霧散し、廃棄されたモノが蘇る一夜の夢は自らの死によって、悪魔の幕を下した。

 

 青子は倒れるように夜空を見上げる。

 指一本動かない、魔力はすっからかんで、魔術刻印も停止していた。

 

 情けない話だが呼吸するだけで精一杯。

 けれど、達成感に満ちた感情は晴れやかなものだった。

 

 プロイは一度限りの一点もの。

 1000年を超える希少品も青子の手によって破壊された。今後、蘇ることは不可能だろう。

 

 協会のロードたちが聞いたら白目をむく話だが、有珠は文句を言わないだろう。不満があっても、参加させたのは有珠本人であり、不可逆な話題で無駄に品位を落とすことを彼女は好まない。

 

 青子の体は動かない。

 あと数分もすれば、歩くことはできそうだが今は仰向けになるのが精一杯。夜空には黄金の卵が呪いをまき散らすために落下している。

 

 しかし、そのことに青子は気づけずに天を仰ぐのだった。

 

 

 

 


場面転換


 

 

 

 

 ──────、 一方、青子の髪を投げた直後

 

 鉄柱の上で、強風が荒び難しい顔で地上を見下ろす。

 視界の先にはミラーハウスで倒したはずの自動人形が蘇り、鏡の城から這いずりだしたバケモノは青子の後方で匍匐前進す。

 

 人形の下半身は欠損し、ちぎれちぎれの状態で主からの命令を遂行すべく目を輝かせている。

 

 

「── 遠くて確証はないけど、────」

 

 

 自動人形の胸からはひび割れた水晶が見える。

 草十郎の拳によって破壊された動力は停止しているように見える。

 

 けれど、ずるずると青子を殺すべく近づいている。

 フラットスナークは廃れていくもの、命なきモノに生命を与える童話の怪物。

 

 恐らくだが、その効果適応範囲にあの自動人形は含まれたのだろう。

 

 そうなると草十郎に手立てはなく、このまま傍観者として、青子が倒すのを待つべき。草十郎では自動人形の外装を破壊するだけの攻撃力はない。

 

 けれど、破壊の権化でもある蒼崎青子なら破壊の手立てがあるはずだ。

 

 何より彼女の周りは魔法陣が展開されており、一般人である草十郎では足を引っ張る可能性の方が高い。

 

 キリキリと痛む頭を無視する。

 無謀であることも、無茶であることも承知している。

 

 危機察知力は、人より優れている。

 青子は死力を尽くして月を破壊すると言ったのだ。

 あの人形に気が回るはずがない────

 

 覚悟を決め腰に結んだ白いコートを空に投げ捨てる。

 

 階段は昇る時よりも降る時に足を外し怪我することが多い。手摺りもないジェットコースターの鉄骨柱を降るのは今までの以上の危険だろう。

 

 けれど、歩いてては間に合わない。

 死への帰り道を加速して翔ける。

 

 転ぶ前に足を前に、前に、前に、後悔すら置き去りにしてもっと早く走る。下で集まっていたブレッドマンは草十郎の急な動きに対処できず混乱している。

 

 だが、意識の先は一秒でも早く駆けて走るだけ。

 

 鉄骨は青子の魔弾の余波で揺れる。

 この衝動は助ける保証があってのことではない。

 

 乾ききった喉は、酸素を求め大きく開き、スタミナなどとうに尽きている。

 

 しかし、彼女の元へ駆ける衝動は止められない。

 下のブレッドマンはかけ離れたがひとつだけ隣で並走する最悪の邪魔者がいる。

 

 黄金の卵は視線を外せば爆発するため、この非常時でも視界に捉えなくてはいけない。

 

 オマケに直視してみたら、卵の中心の扉が開こうとしているのが気になりすぎる。

 

 青子は視線を外さなければ爆発しないと言った。

 

 けれど、如何やら制限時間付きの時限爆弾だったらしい。このまま放置しても爆発する未来しか見えない。

 

 

「ああもう、次から次へと、なんだって──────!」

 

 

 不幸の連続が続く、けれど、黄金の卵の存在が新たな発想を生み出す。

 

 バランスを取るべき腕は振り、加速することしか考えていない。襲撃者との距離、ハンプティダンプティとの距離を図る。

 

 まだ早い、二メートル弱では今の加速度では届かない。加速、加速、加速────―、地上三十メートル、卵との距離は約1.5メートル。

 

 本能が最適解を導き、走るレールを内から外へ。

 勢いを殺さず、タイミングを調整し──────

 

 

 

 

 ”いける────────!!! ”

 

 

 

 

 夜を駆ける。

 

 巨人が金の卵を追いかけ落ちたように、

 

 身体をバネにして二秒にも満たない

 空中浮遊が始まる。

 

 

 狙うは卵の頂点。

 

 身体をねじり回転し、(かかと)はハンプティダンプティの芯を捉える。青子が光弾を放っても無傷だった卵は勢い良く下降する。

 

 黄金の卵の目的は地上に落ちて呪いをばら撒くこと。下からの攻撃はルール外なので無効にできるが視界を外せば落ちる方向は自由落下────────

 

 

 割れる手助けとなれば話は異なる。

 

 ”────!!!? ”

 発声器官を持たぬ卵から

 驚愕の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

”ッ───! 、届けぇえええ!!! ”

 

 

 

 

 振り抜かれた右足に蹴られた黄金の卵は落ちていく。

 落ちた先は遠すぎても、近すぎてもいけない。

 

 目標地点は『半壊した自動人形の後方地点』

 

 遠すぎては人形が呪いの破片を避け、

 近すぎたら射線上の青子まで呪いが届くだろう。

 

 コンマひとつでも失敗は許さない、奇跡を起こす為に全てを投げ捨てて賭ける。

 

 彼の脳裏にあるのは青子に迫る人形のことだった。

 草十郎では破壊する手立ては無かったが、

 最悪の監視者がここで役に立つ。

 

 スクラッチ・ダンプティは憤る。

 愚者と馬鹿にしていた逃走者に利用されるなど、プライドが許さない。

 

 けれど、哀しいことにスクラッチ・ダンプティは壊れることが仕事であり、このルールは本人ですら変える事は出来ない。

 

 ならばと、あの男への怒りの炎をぶつけるように爆発する。

 

 カオスに広がる卵の断片。

 触れたものの五感を奪う石化の呪い。

 

 一番近くにいたオートマタに機関銃の乱射のように体中に着弾する。だが今もなお、六本腕を伸ばし彼女を殺そうと足搔き狂う。

 

 けれど、呪いは急速に着弾箇所から石化が始まり、腕の伸びは停止する。

 

 広場の煉瓦も卵の破片によって、凹凸だらけの地面となり、草十郎は飛び降りた木の上から青子の無事を確認した。

 

 少女は何が起きているか把握しておらず、唐突な衝撃に身を縮めて呆けている。

 

 

 

 

 …………かくして、奇妙な夜は月が落ちて終幕した。

 

 

 

 

 御伽話は現実へと溶けていく。

 

 華やかな電飾、数年ぶりに響いたテーマ曲。

 

 来客を歓迎するため、踊り続けた人形たち。

 

 

 全ては幻の一夜、二度と目覚めることのない忘却の国は沈みいく────―

 

 

 

 

 少年、少女は一夜限りの残り火を眺めながら隣り合う。

 

 男は地面に倒れて、息を吸い上げ、生を実感する。

 

 少女は隣から聞こえる呼吸音に安堵を覚えて、体操座りで顔を埋めながら深呼吸する。

 

 今夜の始まりは狩人と獲物だったが今では命を預けた関係。いや、狩人と猟犬かな? と思う黒髪の少女。

 

 青子は草十郎に聞きたいことが色々あったが止めた。ミラーハウスでの出来事や、先ほどの爆発について言葉にするのはふたりの時間を薄れさせるだけだと思い少女の胸にしまい込んだ。

 

 

 

「──── 草十郎」

「…………はあ、はあ。なんだ……青子」

 

 

 

 呼吸を整え、少女はすぅ、と体を起こす。 

 

 まだ座って、息を整えたいが彼女のプライドが許さなかった。草十郎を見下ろし、草十郎もこちらを横たわりながら見つめる。

 

 ジロジロ見られるのは不快になる質なのだが、嫌悪感はまったくない。その真っ直ぐな視線は温かみを感じ、心が容認し始めている。少女の鼓動は高鳴り続ける。

 

 赤面する頬を落ち着かせてから立ち上がればよかったと少し後悔する。

 

 もう一度、深呼吸し覚悟を決める。

 

 一世一代の恋する少女の告白。

 

 けれど、彼女はプライドのせいでこの後更なる誤解を招く。

 

 

 

 

「私、蒼崎青子との

 お付き合いを認めてあげます。

 でも、勘違いしないでよ。

 私が上であなたが下だから! 

 だから、調子に乗らないこと!!!!」

 

 

 

 柄にもないことをしたせいで怒鳴るような告白だった。

 

 青子の頬は本格的に赤面する。

 それでも受け身でいるのは性に合わず、ハッキリと自分の口で告白をしたかった。

 

 幾度も草十郎からの告白されていた。けれど、青子が言葉にするのは初めてで次にどうすればいいのか分からず、仁王立ちする。

 

 もしや、この後は、遊園地で幾度とも恋人たちが交わしてきた接吻(キス)をするのかと身構える青子。地面に寝転んでいた彼は立ち上がり────―

 

 

 

 

「──── 俺と青子が? 何で?」

 

 

 

 

 予想外の返答だった。

 

 

 

 

「…………はあ!? 

 アンタが好きって言ったんじゃない?」

 

「……ん? ……それと付き合うのに何の関係が?」

 

 

 

 

 

 ……う、噓……冗談で、はない。

 彼は本気で言っている。

 つまり、好きとは人として好きと言っていたのだ。

『Like』であって『Love』ではない。

 

 首をかしげながら、悩んでいる彼。

 青子の赤面は体中に広がり拳に力が入る。

 

 

 

 

「すまない、青子と俺が付き合う理由がわから……」

 

「この、バカァああああああああ!!!」

 

 

 

 

 乙女の純情を弄て遊んだ罪は重い。

 と、言わんばかりに少女は正拳突きを顔面に突き立てる。

 

 正確には顔ではなく顎先を掠めるようにフックを撃ち抜いた。会心の一撃は無防備な彼の意識を刈り取る。

 

 腰の乗った一撃は今夜の中で最高の一撃だったかも知れない。

 

 

 

 

「────────」

 

 

 

 

 きゅう、と声を漏らし倒れこむ。

 草十郎は仰向けのまま失神した。

 

 青子は少しの罪悪感と怒りで草十郎を心配そうに見つめる。

 

 ”やり過ぎた…………! ”

 

 しかし、その心配はバイト先の喫茶店でも端正な顔立ちで「好き」を連呼し、ガチ恋勢を大量生産している事を知り、青子の後悔はまるで無くなるのだがそれは少し先のお話。

 

「私、ひとりじゃどちらにせよ死んでいたわ。

 ……ねえ、聴こえてないわよね?」

 

 

 

 

 ノックダウンした草十郎を見つめる。青子は気絶した彼に近づき、頬にキスをする。

 

 

 

 

 虚勢を張る相手が居なくなれば、この少女は素直な好意を表して感謝する。テーマの音が小さくなり、ふたりを照らす観覧車は止まり、幻想的な夜に終わりを告げる。

 

 

 

 

「…………その、ありがとうございます。

 貴方のお陰で救われました。

 でも、それはそうとムカつくけど」

 

 

 

 

 眠る彼からの返事はなく、期待もしていない。

 ポケットから小瓶を取り出してふたを開ける。

 

 今夜、殺し合いをした同居人からの贈り物はポン、と音をたて開封する。彼の名前を呼び、吐息を返事として承認したのだろう。

 

 瓶はことり、と揺れて横にいる少年をぐにゃりと霧状にし瓶の中に収納したのだ。瓶のふたを閉じ少し重くなった小瓶をポケットに入れ直す。

 

「……ほっんと、有珠の魔術って出鱈目よね」

 

 彼女は微笑み、木陰に落ちていた白いコートを拾い上げる。

 

 草十郎が速く走るためにジェットコースターの上で脱いだのだが、風に乗りここまで運んで来たのだろう。

 

 彼の服を羽織るように着て歩きだす青子。

 ポケットの小瓶を少しつついて語りかける。

 

 

 

 

「私を惚れさせたツケ。絶対に払って貰うんだから」

 

 

 

 

 小声で彼を惚れさせることを決意する。

 

 今は友人としてだけど、必ず向こうから告白させると決めて、恋する魔法使いは遊園地を後にする。

 

 胡蝶蘭の夢、そして夜は人の心をさらけ出す。

 

 恋に邁進する乙女ほど、

 この世の何より価値があるのだろう。

 

 

 

 

 ふたりの初デートは終演のベルが終わりを告げる。

 

 

 

 

 泡沫の夢も元通り、

 

 忘却された思い出はここに消えていく。

 

 役者は立ち退き、静かに装飾が夢へと帰る。

 

 残ったものはふたりの思い出と少女の恋心だけ。

 

 それでも────

 

 

 

 

この思い出(運命)は────

 きっと忘れることはないだろう。

 

 

 

 


終劇


 

 

 

 




 ご覧いただき、感謝いたします。
 初投稿の素人なので誤字や不備があると思いますが何卒宜しくお願い致します。

 感想、お気に入り登録、評価は凄くモチベーションが上がるので
 気軽にしていただけると嬉しいです!
 感想はひと言『面白かった』だけでも有頂天です!

 (感想は時間が掛かっても返信するのでよろしくお願いいたします)

 旅旅様、JK=サン様、よっちゃんイカ様、あのときの様
 誤字・脱字報告ありがとうございます。大変助かりました。

 (誤字、脱字、誤植など、いっぱいあったので修正作業は大変だったと思います。
 皆様のお陰でとても良くなりました。本当にありがとうございます)

 海苔胡麻煎餅様、ルイぼす様、晩餐カッセル様
 評価10ありがとうございます。とても嬉しいです。

 青子ヒロイン回でした。
 
 次回投稿は5月1日(水)の18時40分に投稿しますので
 宜しくお願い致します。
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