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12月20日・19時00分・久遠寺邸
久遠寺邸、夕飯時。
今晩の当番は草十郎であるが少ない食費で三人分の腹を満たさないといけなかった。
夕飯に使える金額は一人当たり100円が限界。これも昨日100グラム1000円を超える肉をふんだんに使用したローストビーフを有珠が披露したからだ。
勿論、グレイビーソースの味は最高で副菜もこだわりの品々を披露してくれた。
けれど、代償は重くのしかかり、月を跨ぐまでの期間は夕飯を節制しないといけない。
始めは戒めのために袋麵を出そうと思ったが居間から青子が睨みつけていた。
今晩のメニューを変更する。一度、厨房を後にし屋根裏部屋にあるバックから賞味期限切れの缶詰めを取り出す。
2-C組の昼食の際に男子生徒たちから度々、遺物を押し付けられていた。けれど、クラスが違う青子と学校が違う有珠には分からないだろう、と後ろめたさを残しつつ賞味期限切れの缶詰めを開ける。
今晩はメニューはサバ炒飯になった。
缶詰めをぽんっとテーブルに置くことも考えたがふたりから小言を言われる未来しか見えない。
それと加熱せず食べるには草十郎も怖かった。サラダ油とニンニクを加熱し、香り立ったタイミングで六個の溶き卵を投入する。卵が油の中でブクブクとした時に中心に三人分の米を入れて素早くかき混ぜる。
更にほぐしたサバ缶や刻みネギを入れてパラパラになるまで鉄鍋を振るう。最後に醬油や料理酒を鍋肌にかけ入れ、塩コショウで味を整えた。
サンルームでは今か今かと待ち望む青子が足を振っている。
有珠は紅茶を飲みながら古本を読みながらチラチラっと伺ってくる。大皿にサバ炒飯をのせて、三人分の取り皿を運びテーブルに並べる。
モクモクと湯気が立ち込め各自がスプーンでよそう形式である。有珠はスプーンと炒飯を交互に見ながら止まっている。
「おお! 夕飯代を有珠が使い込んだ時はどうなるかと思ったけど、結構、美味しそうな食事になったじゃない」
「俺としてはラーメンでもよかったけどな。
喜んでいるようで良かったよ」
草十郎は戸惑っている有珠の皿に盛り付ける用のスプーンでよそう。
青子は自分のスプーンで大盛りにするが個別に出せば良かったか、と少し後悔する草十郎。有珠の分もよそい食事を始める。熱々の炒飯は口が水分を求めて水を飲んだ。
本当は麦茶を飲みたかったがこの洋館では夏季限定なのだと青子から教えてもらった。煎茶や緑茶は久遠寺邸では禁止されている。
そのため有珠は紅茶にサバ炒飯と相性が悪そうな組み合わせだったが気にせず食べ進めている。
これが久遠寺邸での夕飯事情。
これは知らずとも問題のない話ではあるが日々の積み重ねがふたりの少女たちと親密にあるための大切な日常である。
後日、あれ程乾麵に怒っていた青子が夕飯に高頻度で卵だけラーメンを調理するのだが、
それはもっと後のお話。
12月21日・7時30分・国道沿い
三咲町の商店街はクリスマスと年始の装飾が入れ乱れる活気ある街並み。
駅前広場で電話ボックスに入る草十郎。ガラス張りの部屋の中は思いのほか暖かく
槻司家は三咲町の旧家であり、その豪邸も隣町にある。呼び出された家政婦さんが取り自己紹介をし鳶丸に代わってもらうようにお願いする。
「おはよう、鳶丸」
『……おはよう』
寝ぼけた声は受話器からギリギリ捉える程の小さな声である。
「相談したいことがあるんだけどいいか?」
『うむ、言うてみろ』
話の本題を切り出す。
バイト先のお客さんに相談したこともあったが納得できる答えではなかった。
無言で聞く鳶丸は呆れたのか何度かため息を漏らしながら最後まで話を聞いてくれた。
『……草の字。そりゃあシンプルだ。
いいか。仲が悪いなら遊べ。機嫌を取りたきゃいい所を魅せろ。
んで、ダメなら早めに手を切れ。俺に言えることはこのくらいだ』
「……うん。そうか、ありがとう。やっぱり鳶丸に相談して良かった」
『おう、頑張れよ。俺は寝る』
受話器を下し、電話ボックスから出る。
鳶丸のアドバイスを胸に洋館に帰る前に準備をするのだった。
正午前に久遠寺邸に帰宅する草十郎。
洋館に入ると居間で話し合うふたりの少女がいた。
服装はラフなモノだったが視線は真剣そのもので話題が煮詰まっていることが分かる。草十郎も居間に入ると困った顔をして悩んでいた。
「ただいま、青子、有珠」
無言のまま返事をするふたり。
草十郎は白いコート姿のまま扉の前で立ち、覚悟を決めて質問する。
「悩んでいるように見えるけど相談に乗ろうか?」
「……草十郎には関係ない話よ。気にしないで」
「──― ええ。静稀君には無関係な事よ」
ふたりは示し合せたように草十郎を拒絶する。魔術に関する、特に襲撃者に関しては一切の情報を遮断しようとしている。
「そうか。ところで二人はお昼まだだろう? ちょっと提案があるんだ」
拒絶されても関せず、コートから財布と手帳サイズの紙を取り出してもう一度話しかける。
「今日は給料日でな。お金が入ったんだ外に遊びに行こう」
優しい微笑みでふたりを見つめる。
少女らは文句を言うかと思ったが口ごもる。襲撃者は彼女たちの命、この土地を狙っているため時間が経過すればするほど彼女たちは窮地に追いやられる。
けれど、草十郎の純粋な善意に絆されて注意することが出来ない青子と有珠。
「また、今度ね。草十郎」
「……………………」
「それでも行き詰ってるんだろう? なら気分転換は必要だ」
やんわりと断るが強気に行動をする草十郎。
手帳サイズの紙を机の上に置く。ソレはよく見たら二枚の水族館のチケットだった。
三咲町の隣町にある複合型ショッピングモールの中にある水族館で県内でも最も盛んな場所である。さらにチケットの隣に財布から千円札を二枚置く。
「夕飯もフードコートで食べてくれ。じゃあ、俺は部屋に帰るよ」
「待ちなさいよ? アンタは行かないの?」
「うん。バイトもあるし大変なのはふたりなんだから。頑張ってる子にはご褒美が必要だろ」
余計なお節介ではあるが事実として襲撃者の対策は手詰まりである。
青子は無言で座る正面の少女を見つめる。観念したようにふたりは同時にソファーから立ち上がり外出の準備をする。
二十分ほで経過して、化粧も終わり階段を下りると居間で四苦八苦している草十郎がいた。
「何してんのよ、アンタ?」
そこには白いファーが付いたダッフルコートに黒いミニスカートを着た青子といつもとは正反対の白い柔らかい素材で出来たロングコートにボックスプリーツを着た有珠がいた。
いつもの綺麗な印象とは異なり、年齢相応の可憐さを引き出された少女たちに見惚れてしまった草十郎は表情を隠すために顔を背け、テレビ画面を見る。
「ああ、ふたりか。いってらっしゃい。
ビデオを鳶丸に貸してもらってな。でも使い方が分からないんだ。
──────― 後、青子も有珠もその……似合ってるぞ」
律架に女性の服装を褒めるように教育されていた草十郎。
そうとは知らず、ふたりの少女は少し赤面する。青子は咳払いをし草十郎の隣に座り、ビデオテープのレクチャーをする。
その際にからかって”山で熊を倒す修行をしていたの? ”と茶化すと”熊を倒すのに修行なんてするか”と怒らせてしまった。
先ほど、口説いた仕返しとしては十分だろう、と思い彼女も立ち上がり隣町へと行くのだった。
冬休みも開始したため大型デパートの各テナントはどこも繫盛している。
ごった返す人並みの中、白い装いの二人の美少女に誰もが足を止めて振り返る。ナンパを誘おうとする輩もいたが有珠の冷たい視線にたじろいでしまう。
すかさず青子が追っ払うとすると鬼の生徒会長と気づくと逃げるように走っていた。これは最近、近くの詐欺グループを一網打尽にしたときに率先して先頭を切ったからなのだがそれは別のお話。
道中の小さなイベントを回避しつつ目的地までいく。
また、青子の好きな海外バンドのライブ予定を発見したり、新しい建造物の開発元が久遠寺グループで有珠の父の仕業と知り、少し不機嫌になるのだが、何とかお目当ての高層ビルの最上階に作られた水族館に到着する。
水族館は他の店に比べて閑散とした。
下の階が映画館となっているのが一因なのだが初めてきた彼女たちが知るすべはなかった。
けれど、美術館さながらの静かさに有珠は気に入ったのか息を吞みながら辺りを観察している。
「お、どうやら有珠さんのお眼鏡に叶ったようね」
「……別に。珍しさに驚いただけよ」
微笑む青子に目を細めて、水族館の案内図を確認する有珠。
案内図の前に『ペン太くんが怪我中なのでペンギンショーは休演中』と紙に張り出されている。少し残念ではあるが気にせずに案内を確認する。
全て確認したが水族館にはゾウガメがいないことにショックする有珠。青子は爬虫類動物園じゃないしいないのは当然じゃないかと思うが思いの外ショックを受けている有珠には言わなかった。
改札口を抜け、薄暗い経路を歩く。
中は水槽が一面に広がり、水色の世界で色とりどりの魚が泳いでいた。人工の海を眺めながら魔法使いと魔女はかつかつ、と音を立てて鑑賞する。
一時間以上、水槽を眺め知ってる魚、知らない甲殻類などを堪能する。ふっと一緒に歩いていた有珠が背後から離れている。足を止めて見ていたのはボロボロのマンボウだった。
「有珠。他の見ない? あっちのイワシの大群のウェーブとか綺麗よ?」
「……………………」
口に手を当てて開いた口を塞ぐ有珠。
「…………ま、いっか。愛嬌はあるものね」
「この子、泳ぐのが下手だわ…………
──────優しい顔なのに傷だらけ」
有珠はマンボウにご執心だ。
けれど、その理由は何となくだが青子には理解できた。
有珠の気質を、独占欲を。
そして何よりもその庇護欲を────―
同日・16時00分・久遠寺邸
草十郎はビデオ『どうぶつの大パニック!』を観賞し終えて、立ち上がり背伸びをする。
主にワニの生態についてのドキュメンタリー番組で山には居ない未知の動物を知ることができた。
元々、動物に興味はなかったが有珠のプロイを機会に気になり始めて鳶丸から借りたのである。
三時間以上の観賞は流石に疲れてソファーに寝そべる。
青子たちが帰宅するまでは、まだ三時間以上あるだろうからここで仮眠をとるか、と瞼を閉じようとすると玄関の扉の前でガンガンと音がする。
偶々、物が当たっているにしてムラがある。恐らく人が扉を叩いているのだろうかと思いソファーから立ち上がり、玄関まで向かう。
「少し待ってください。いま開けます」
扉を開けるとどこかで会ったことあるような眼鏡をかけた女性が立っていた。
草十郎よりは低いが青子よりは身長が高く女性の平均身長から考えたら長身だろう。赤毛の髪はショートカットであるが女性らしさは損なわれておらず、むしろ年上の頼れるお姉さんという印象を覚えた。
緑色のロングコートに黒い手袋とマフラーを身に着けて華やかなと凛とした立ち姿は美しく、少しの間呆然と立ち尽くしてしまった。
「ええと、どちら様ですか?」
「こんばんは。青子います?」
「青子なら留守ですけど」
「あら、珍しい。久遠寺さんも一緒に?」
「……あ、はい」
つい返事をしてしまった。
どこか親しげな口調から青子たちの知り合いなのかと気になるが────―
「そう。なら中で待たせてもらうわね」
「あ、ちょっと──────―」
彼女の姿に見惚れていた草十郎は、
するり、とすり抜けるように屋敷に侵入する。勝手知った我が家のように居間まで歩き、ソファーに座る。
草十郎も後を追うと手招きをしながら美人の女性がこちらを見ている。
「ここで待たせてもらうから。草十郎くんも付き合ってくれる?」
「あれ? 俺、自己紹介しましたか?」
自分の記憶を振り返る草十郎。
クスクスと笑いながら、ソファーの女性は手を顎につける。
「思い出した? 雀荘で走って逃げたでしょ? 貴方。その後に
忘れかけた記憶が蘇る。
あれから色々なことがあり過ぎて忘れていたものあった。
しかし、それ以上に前との印象が違いすぎて思い出す事ができなかった。あの時は恐ろしいと直感的に逃げてしまった。
「あの時はショックだったのよ。
草十郎くん。顔を青くして兎みたいに逃げるんだもん」
「……す、すみません」
あの時のギャップから口どもる。
「私だけが一方的に知ってるのもフェアじゃないわね。自己紹介が遅れたけど、私は蒼崎橙子。率直に言うと、青子の実の姉ね」
「ああ、なるほど。お姉さんでしたか」
「青子が困っているって聞いてね。はるばるやってきたわけなのでした」
青子たちや屋敷に詳しい理由に納得する草十郎。
それに青子や有珠も手詰まりで困っていたので姉さんが助けにきてくれたのだろう、と考えた。
恩人の恩人に当たる人物に失礼があってはいけないと思い、有珠の紅茶の中でも高級品のフォションを提供する。そうして二人はテーブルを挟んで談話を始めた。
同日・17時30分・久遠寺邸
青子と有珠は帰るため、地下鉄に降りる。
まだ新しいホームには人影がなく、二人並んで電車を待っていると有珠の眉間にしわが寄る。
「──―青子、静稀君が攻撃されているわ」
「……え? どういう事。ちょっと、説明して有珠!」
唐突な報告に驚くが状況把握に努める青子。
有珠は親指を嚙みながら渋い顔をする。手の位置を元に戻してから眉間のしわが緩め、少し間をおいてから状況を説明する。
「静稀君にあげたコンタクトあったでしょう。あれは静稀君が魔力で攻撃されると把握できるの。襲撃者は屋敷の中まで入って静稀君が攻撃されているわ」
「大丈夫なの有珠!?」
「……分からない。静稀君が生きている事は分かるけど」
苦虫を嚙み潰したような表情をする青子。有珠は青子を責めるように呟く。
「────― 青子。前にも言ったわ。相手が合理的に動くとは限らないと」
「──―ッ! 屋敷に入ってきてるのはアンタの落ち度でしょう!!」
にらみ合う両者。
数年前の殺し合いが再開しそうになるが──────―
「………………やめましょ。今は、すぐに帰らないと」
「──そうね。急ぎましょう」
しかし、今になって気が付く。
暗い穴からカタカタと複数の音がする。地上に通じる階段を見ると六人ほどの自動人形が立っていた。
笑顔が張り付いた自動人形たちはホームにいる青子たちを観察するように眺めていた。こちらが気が付くと人形たちは前に進み、後ろの影が大きくなる。目測として自動人形の数は三十は超えている。おぞましい足音は今も増え続けている。
「そう……そういう事ね」
「私たちも罠の中、ってこと。有珠」
青子は魔術刻印を起動して右腕を先頭に立っていた自動人形に標的を定める。一工程の魔弾を人形に向けて放つが前回の自動人形より強固な外皮によって軽くはじかれてしまった。
前回の自動人形とは異なる性能。けれど、今回は有珠のバックアップもあるし何より堪忍袋の緒が限界だった。
有珠には悪いがひとりでこの場を制圧させてもらおうと、青子の右腕は青く光り輝いて敵を殲滅させるため駆動音を高めるが───────
「下がって、青子。そこにいたら貴方まで食べてしまう」
地中からなる鐘の音色。夜の鐘が鳴り響く──────
神秘はより深い神秘には勝てない。原初の恐怖は心無き無機物な自動人形を震わせる。
人形たちは逃げる、逃げる、逃げる。主人の命令は少女たちの抹殺だが命令系統は崩壊し我先にと眼前にいる人形を押し退け、踏み越え、あの魔女から遠い場所に逃げる。
けれど、遅く、アキレス腱を取り除かれた野犬のように遅すぎた。
有珠の処刑宣告が言い渡された。
細い白い指が照準を定める。白い闇が広がり自動人形たちを覆いつくす。
千年前の魔女が残した白い霧に浮かぶ牙。全てを嚙み砕き飲み干す暗黒童話。グレートスリーの一つ。濃霧の怪物。
一秒にも満たない時間が経過する。
至る所に人形が残骸は固形のモノは一つしかない。
黒く染み付いた血の跡は猟犬の消化液なのかは誰も知らない。青子が昔のトラウマで動けずにいると有珠は足元に落ちていた人形の残骸を持ち上げて内部構造を確認する。
「──── 青子。この内部術式は三咲町の結界に似ているわ。襲撃者は、あの人ね」
「……そう。そういう事ね。確かにあの女なら結果にも引っかからないし、
支点の退去だって簡単にやってのけるわね」
瞬間、二人は同一人物を思い浮かべる。
まだ動機は分からないが関係ない。人のモノを手をかけてお咎めなし、とはいかない。
「──── やっと、襲撃者が分かったわね。この土地の元の継承者。私の姉貴。蒼崎橙子」
結界が解除された地下鉄道。はやる気を落ち着かせながら電車を待つのだった。
同日・17時30分・久遠寺邸
ソファーに座り、紅茶を飲みながら一時間以上の雑談をした。
話題は青子の学校生活だったり、殺されそうになったミラーハウスの体験談などを呆れつつ笑みを浮かべながら聞いてくれた。
「災難だったわね。草十郎くん。それとゴメンね。昔から青子って一直線って言うか、迷うがないって言うか」
「まあ、それが青子らしい、とも言えますが」
”でも、大変なんですよ”と視線で伝える草十郎。
話題はアレだったが会話そのものは心地良い時間だった。何より、美しいモノが好きな草十郎としては美人との会話は楽しかった。
「ところで、気になっていたんだけど訊いていいかな?」
姿勢正しく、けれど、好奇心にキラキラとしながら質問する。
身を乗り出す彼女にドキドキするがポーカーフェイスに努める。
「気になること……ですか?」
気の動転のせいで敬語口調になってしまう。その瞬間、橙子が舌なめずりをしたような気がしたが気のせいだろう。
「ええ。まあ、気になるって言うか。驚かされた……かな?」
「はい?」
橙子の視線が草十郎の首。
イニシャル入りの白い首輪に関心があるらしい。
「最近の子の中で流行ってるチョーカーなのかな? ……でも、そのほら」
口ごもる蒼崎橙子。
彼女は一時間以上の雑談から草十郎のプロファイリングは終えている。
けれど、彼には余りにもファンキー過ぎるファッションだった。
「まさか。どこから見ても首輪ですよ。犬用の」
「やっぱり? いや、誤解しないで欲しいんだけど。うん、すごく可愛いわ。よく似合ってるけど、自分で付けたの?」
彼女の視線からは
草十郎もここまで隠さずに見られるのは初めての経験で少し照れている。
「この首輪。端にイニシャルがあるんですけど、青子ですね」
「……つまり、君は青子の持ち物なワケか」
突然、空気が変わる。
表情は変わらならず、笑顔のまま。けれど、その気配は雀荘で出会った時の印象を感じる。
「ごめんね。眼鏡を外してもいいかしら?
もう少し、君の反応を見たかったけど………………」
眼鏡のふちを細い指先で掴む。
手袋を外したその手には傷が見える。下に落とすとフレームが粉々に砕けた。
「………………有珠のプロイか。あれほどの数を一瞬で破壊するとはな」
彼女の声色は低くなっていた。
眼鏡を外した彼女は魔術師に相応しい冷たさを感じさせる。
魔力が居間を満たして空気が揺れる。急激な豹変に純朴な少年がどのような反応を示すかを鼠をいたぶる猫のように観察する。けれど────―
「眼鏡、壊れましたよ。怪我はしてませんか?」
「──────―」
予想外の反応。
黒いハイヒールを履いた両脚を淫靡に絡ませ、顎を向けるようにこちらを見つめる。
その後、懐から『煙龍』と書かれた煙草を取り出し火をつける。
「あの───、 さっきの言葉の意味は?」
もっとはっきりと言わないと気がつかないと気が付き橙子は語気を強める。
「簡単なことだよ。あの子達を襲っていた襲撃者は私なんだよ。君が彼女たちの持ち物って言うなら、殊更説明する必要もないんだがね。君にはこの方が物事が早く進むだろう」
一方的な緊張感が走る。
この場が彼にとって危急存亡の瀬戸際である。
「驚いたかい?」
「貴方は青子の姉なのに?」
純粋な疑問を投げかける。
「逆だよ。姉だからこそ実の妹が憎んだよ。いいかい。私には青子の全てを奪う権利があるんだよ。全てを舐り、潰し、犯し、破壊し尽くさなければ気が済まない。この町すら消し去りたいほどなんだよ。────― けれど、君の事は予想外だった。
………………正直に言うとね。あの日から君の事を調べててね。実に、食指が動く」
煙が部屋を満ちて、次第に気分が悪くなる。
「…………地平天成。幸運の出会いとやらを嘆くべきか。無垢な聖者は常に苦行を課される。…………なんて加害者意識の欺瞞かね。
君が青子のジョーカーとは思えない。本来なら見逃してもいいはずなんだが────
第六感ってのを大事にしててね。君を逃すな、と訴えかけるんだよ」
草十郎は俯きたくなった。
この姉妹は憎しみ合っていても似たような傍若無人っぷりに哀しくなり、うなだれようとする。けれど、体は金縛りにあったかのように筋一本動かせなかった。
「馬鹿者。こういう時に半端に動くな。命が欲しいなら固まっていなさい」
「………………殺さないんですか?」
「殺さないよ、今のところはね。
言っただろう? 青子の物は一つ残らず奪わないと気が済まないって。
…………いや、違うな。青子関係なく、君の事が欲しい」
「…………はい?」
魔眼で見つめる橙子。
彼女の赤色の左目は青い色に変わる。草十郎の脳が揺れる、気分は更に悪くなる。
意識がぼやけてくるがこの場を彼女をひとりにしたくなかった。久遠寺邸を守りたかった、訳ではなく彼女が不安定で壊れた金型に見えたからだ。
橙子はまじないをかけようと語る。
草十郎のあり方を、その行き先を。それは青子が遊園地の時にかけてくれたおまじないに近い。けれど、その内容は橙子自身に語りかけているようだと草十郎には見えた。
「すみません。橙子さんの話は難しくて……よく分かりません…………」
「…………いや。これは私のミスだな。意味深な台詞回しで言いくるめつもりだったが失敗失敗。君には剝き出しの原始的な語りの方が良かったんだな。──── 実に良い、私好みだ」
「────少年。私のもとにこい。
青子では得られぬ快楽を与えよう。濃く、甘く、重く、深く、君の事を慈しみ、犯し尽くし、愛でてやろう………………」
遠回しの問答は簡潔にまとめると『橙子のモノになれ』、とのことだ。
誘われた事は嬉しくないと言えば噓になる。目の前の性格を度外視すれば美人で気品もあり、人を惹きつける魅力もある。しかし、それはそれとして──────―
「お断りします」
「────── なぜ?」
「貴方のためにならない。それでは貴方は救われない」
「────本当に。琴線に触れる…………たまらないわ」
艶めかしい表情を浮かべて近づいてくる。
煙草を絨毯に落とし、火口をヒールの先端で踏みつける。
彼の前まで立つと動けない体を寄せて、目と目が合う距離まで引き寄せる。彼女は草十郎の左目を見つめて────―
「…………有珠のプロイか。
専門外ではあるが所有権の上書きなら可能だろう」
左目の前に細長い指を立てて、文字を刻む。
すると、草十郎の左目が薄い赤色から青い光を放ち、元に戻った。
「帰ってきた有珠には”ルーン”を刻んだ事を伝えれば察するはずよ
そろそろ、青子たちが帰ってくる頃だから私は行くわ。
青子には、そうね。”青子では私には勝てない”とだけ伝えておいてくればいいわ」
「………………分かりました」
最後の会話も終わり橙子は久遠寺邸から出ていった。
その微笑みは新しい玩具を見つけた子供のような無邪気なものであったが
それは誰も知らないお話。
更に一時間後、臨戦態勢で洋館に乗り込んだ家主達のプロイと魔弾が屋敷を飛び交うのだが
それはまた別のお話。
ご覧いただき、感謝いたします。
初投稿の素人なので誤字や不備があると思いますが何卒宜しくお願い致します。
感想、お気に入り登録、評価は凄くモチベーションが上がるので
気軽にしていただけると嬉しいです!
感想はひと言『面白かった』だけでも有頂天です!
(感想は時間が掛かっても返信するのでよろしくお願いいたします)
ソーシロー様、トシアキ0414様、Tスプーン様
誤字・脱字報告ありがとうございます。大変助かりました。
(誤字、脱字、誤植など、いっぱいあったので修正作業は大変だったと思います。
皆様のお陰でとても良くなりました。本当にありがとうございます)
ジャンケンとノリは怖い様
評価10ありがとうございます。とても嬉しいです。
青子ヒロイン回でした。
次回投稿は5月9日(木)の18時40分に投稿しますので
宜しくお願い致します。