朝の8時前後。今日も変わることなく、全員が食堂へと集合した。
こんな奇妙な日常を送っていても腹は減る。不安と緊張に満ちた日々における数少ない娯楽であった。全員にとっての憩いの時間でもある故、誰かに何かがあると直ぐに気が付くことになる。
「お、おい。桑田?」
彼に声を掛けたのは、比較的属性が近い大和田だった。いつもは自分や葉隠の近くに座って、駄弁ったりするのだが今日は苗木の隣に座って黙々と食事をしている。
「ついに、桑田殿もスケ落ちしましたか……」
朝からガッツリ食っている山田はしんみりした表情で言った。オタクが忌み嫌う、ウェーイ系もこうなってしまっては物悲しい物があった。
別に死んだ訳でもないし、こうして一緒に元気に朝食を取っているのだが遠い世界に行ってしまった感はあった。
誰も笑う事なども無く、困惑しているとガロロロと。苗木達以外にスケボー音を立てる存在がいるとすれば。
「アレ? また、苗木君。仲間増やしているじゃん。次の街にでも行くの?」
お前もスケーターだと言わんばかりに、やって来たモノクマを指差していた。
爽やかな朝の席が一気に不穏な物になった。この不吉の象徴がやって来る時には、大抵碌なことが無い。
「モノクマ。何の用だ?」
十神が不機嫌さを隠しもせずに言うと。モノクマは、新しく追加されたであろう腹部のポケットから封筒を取り出していた。
「本当は皆を体育館に呼び出すつもりだったんですけれどね。最近は集まっているから接触しやすいよ。既に、昨日の内に2階も探索しちゃったでしょ? だからね。これは3階に行く為の僕からの挑戦……いや。動機だよ」
苗木の活躍によって遠ざけられていたコロシアイであるが、モノクマは未だに諦めていなかったらしい。一体、渡された封筒に何が入っているというのか? 堪らず、不二咲が口にした。
「中に何が?」
「バラされたら困る秘密だよ。これから2日の間に事件が起きなければ、この情報を全国にばら撒いちゃうからね」
何人かの顔に衝撃が走り、焦って封筒の中身を見た。すると、顔面を蒼白にしている者が数名いる中。苗木、江ノ島、桑田のスケーターズは臆することもなく、皆の前に紙を見せびらかしていた。
「ちょ」
これにはモノクマも相当に予想外であったらしい。お前ら喋れないだけで思考自体は普通だったんじゃないのかと。羞恥心すらなくなっていたんかいと。
人の秘密など見るべきではないと思って、数人が目を逸らす中。そんなことをまったく気にしない葉隠は大声で読み上げていた。
「桑田っちは。従妹を彼女と言って、皆の前で自慢したことがある、か。笑えるべ!!」
桑田の顔が怒りと渋さで歪んでいた。モテたいと思っていたし、モテるだけのポテンシャルを秘めていた男が従妹を彼女と称して紹介しなければならなかったことは、どれだけ矜持に傷がつけられた事だろうか。葉隠はビビっていた。
見せたからと言って、笑っていい物ではないらしい。続いて、江ノ島の方を見た。彼女の方はと言えば、デカデカとシンプルに一言。
「『苗木が好き』。……ちょ。マジで!?」
朝日奈が食いつく中、舞園は動揺していた。まさか、こんな短い期間に彼に惚れたのかと。普段なら妬みを撒き散らしてそうな桑田は控えめな拍手をおくり、やっかみを送ってそうな腐川は押し黙っていた。
確かにバラされたら恥ずかしい秘密だが、笑えるレベルに収まる物だった。調子に乗った葉隠は、苗木の物を読み上げようとしてピタッと止まった。
「あの。モノクマ? なんで、苗木っちのだけ、こんなにびっしりと?」
「普段から体育館をゴロゴロやっているのと、バカ共を引き込んだ恨みだよ! 思い知れ!!」
桑田や江ノ島が一言で済まされていたのに対し、苗木のだけは1枚ビッシリと書かれていた。
「中学生になっておねしょしたことがある。スケボーにキスしたことがある、いつもスケボーと添い寝している。全裸でスケボーに乗ったことがある。スケボーに掛け……スケボーって文字がゲシュタルト崩壊を起こしそうだべ!!」
一般的な常識から考えれば、十分恥ずかしいことであるのだが、苗木はむしろ胸を張っていた。スケーターたる者、この程度の愛も無くて名乗るなど烏滸がましいわ。と、言わんばかりであった。
だが、普段はずぼらなハズであるこの男は最後まで読んでいた。スケボー、スケボー、スケボーの文字が連続する中。まるで、休憩所の様に全く違う文言が並んでいた。
「ようやくスケボーから解放されたべ。今も妹とお風呂に入っている。……え?」
女子全員がドン引きしていた。ただ、苗木には訂正するような素振りは見せなかった。慌てる様子もない。
「苗木氏。実は剛の者だった?」
「……いや、この落ち着き様。そもそも、高校生になっても行っているということは何かしらの理由があるのだろう。以前に見た、苗木の家族が映し出されたビデオを見るに、妹との関係は悪くなさそうに見えた。何かあるのだな?」
山田がサブカルチャー的思考を働かせる中、大神は淡々と理詰めで進めていた。彼女の説に苗木は頷いていた。
「少なくとも思春期の女子が、兄弟とは言え同じ風呂に入ることを良しとするとは思えないし、苗木君の体質に関わっていること?」
付け加えて、霧切が補足を入れた。これには苗木もブンブン頷いていた。
一見すると、得しかない様に見える彼の能力も日常を大きく阻害している一面はあるのだろうと言う事が知れた。周囲の理解を得られた所で、江ノ島と桑田が彼の肩を叩いていた。
「苗木っちも色々と大変だべ!」
そんな彼の事情を臆面もプライバシーも無く読み上げた男が何か言っていた。
しかし、3人が公表したことは良い方向にも働いていた。この状況に乗じて、自分の秘密も暴露してしまえば、軽傷で済むと考えたのだろう。
「苗木君達が率先して、公表してくれたんだ。僕も公表しよう!」
真っ先に名乗り出たのは、石丸だった。彼の紙には『石丸清多夏の祖父は虎之介元総理』と言う物だった。
「虎之介総理。確か、汚職事件で罷免された人物よね?」
「そうだ。正直に言って、身内の恥だ。モノクマが動機として据えるには十分な物だと言える。だが、僕は苗木君達が自らの秘密を公開した勇気に感動した! 僕も応えるべきだと思ったんだ!」
いや。多分、そういった意図は無いと思うんだが。と、皆が同様の考えを抱いていた。彼に続くようにして大神も声を上げた。
「実は我には想い人がいる。ケンイチロウと言う格闘家だ」
「オーガに想い人が?」
「あ! 葉隠、今バカにしたでしょ!! さくらちゃんだって、女の子なんだからね!」
大神の紙にはご丁寧にケンイチロウの写真まで添付されていた。
彼女に比肩しうる程の体躯と雰囲気を放っている格闘家。と言った印象を受ける男だった。そんな彼女の告白に勇気を貰ったのか、朝日奈もまた自らの紙を見せつけていた。
「小学生低学年のころまで弟と一緒にお風呂入っていた。……かな!!」
改めて、口にして凄く恥ずかしいことだと気付いたのか顔を真っ赤にしていた。秘密とは本来こうあるべきなのだと、皆が頷いていた。同時に弟へのオシオキとも言える暴露でもあった。更に彼女に続いて、山田が控え目に手を挙げた。
「白状します。僕がやった恥ずべきことは! ぶー子のR-18同人誌を書きました!! 未成年の癖に!!!!」
山田の封筒には紙ではなくて、薄い冊子が入っていた。一見すると表紙は普通の同人誌にしか見えないのだが、皆を代表して葉隠が手に取って中身をペラペラ捲っていた。
「おぉ! 山田っちは絵が上手いべ! これは使えるべ! モノクマ。コピーとかは?」
「駄目です。お前らは学生なんだからね!」
そこはモノクマ的にも譲れない一線があるらしい。流石は超高校級の同人作家、どうしても行きついてしまう場所であるらしい。
「そ、そこまで気にする必要はないんじゃないかしら。芸術が性的な面の描写へと行きつくのは、ほぼ避けられない問題だし……」
彼をフォローしたのは意外な人物だった。先の図書館探索では散々にバカにしていたが、同じ芸術分野の腐川としても思う所があったのか、消極的とは言え擁護が飛んでいた。葉隠が読んでいる同人誌を取り上げ、パラパラと目を通していた。
「ガッツリだったら、引いていたけれどね」
「腐川氏……」
同じ芸術分野で働く戦友に感謝を送っていた。皆が続々とカミングアウトしていき、理解も示されて行く中。この空気ならば大丈夫だろうと、今度は葉隠が自分の紙を見せびらかしていた。
「俺っちは資産家の娘にタカり過ぎて、訴訟をいっぱい抱えているべ!」
「人として恥ずかしいですね」
擁護が飛んでくると思っていたが、セレスからは罵倒の様な正論が飛んで来た。これには葉隠も予想外だったらしく、固まっていた。
「アレ? これって、皆に理解を示して貰える所じゃ……」
「サイッテー!!」
「葉隠よ。罪を償え。そうした方が、お前にとっても良き人生を送れるはずだ」
「ちなみに資産家の知り合いにはアレな人達も居る場合があるから、訴訟とかで済んだら運のいい方よ」
「私でも引くレベルのクズは初めて見たわ……」
「葉隠さん。笑って話す事ではないと思います」
女子からはシュプレヒコールが飛びまくっていた。助けを求める様に男子の方を振り向いてみたが、大和田がこめかみに青筋を浮かべていた。
「女を食い物にするなんて、男の風上にもおけねーなぁ!!」
「まさか、同級生に犯罪者がいるとは思わなかった。流石に、どう対処したらいいか僕も分からない……」
「リアルカイジがこんなに身近にいるとは思わなかったですぞ」
「コイツがクズなのは分かっていたことだろう。今更、驚かん」
当たり前だが、男子からも賛同を得られる訳が無かった。蜘蛛の糸を掴むようにして苗木達の方を見た。
「苗木っち! 助けてくれ!!」
人の秘密を読み上げた癖に、助けを求めて来る厚顔無恥ぶりは芸術的とさえ言えた。だが、苗木はそっとスケートボードを差し出した。
今まで、多数の過ちを重ねて来ただろう。だが、スケボーに殉じれば全てが救われると言わんばかりの光景だった。だが、大和田が押し止めた。
「苗木、コイツを甘やかすんじゃねぇ」
「そんな!! 頼む! 俺にもスケボーをくれーっ!」
「もはや、麻薬か何かと同意義ですな」
葉隠の悲鳴が木霊している間に、モノクマは姿を消していた。大取のお陰で、この話は一旦集結した様に思えた。思いたかったのだろう。
「あの、不二咲さん。大丈夫ですか?」
「正直、あんまり……」
封筒を受け取った時から、不二咲の手が停まっていることに舞園は気付いていた。笑って公開できる秘密もあれば、決してバレてはいけない物もある。それは、舞園も同じだった。
「私にもバラされたくない秘密はあります。石丸君には悪いですけれど、こうして秘密を吐くのが正しいみたいな空気は、正直あまり好きではありません」
「実は、ボクも……」
自分だけが間違っているのではないか? と言う孤立にジクジクと責められていたが、同じ考えを持っている人間がいるというだけで心が救われるようだった。
不二咲の表情から緊張が解けたのを見て、舞園は微笑んでいた。その表情に少しだけドキッとしていた。
「ちなみに私の秘密はコレです」
皆が葉隠の糾弾に夢中になっている間、不二咲にだけ封筒の中身を見せていた。紙には『舞園は苗木が好き』とだけ書かれていた。
「え?」
「2日後まで内緒ですよ?」
軽く言ったが、アイドルが特定の誰かが好き。等と言う、告白は才能もこれからも全てを潰しかねない程の発言だ。だというのに、彼女には怯えた様子もない。
「舞園さんは、強いんだね」
「んー……。実は強いとかじゃなくて、どうしょうもない対抗心なんですけれどね」
彼女が視線を送ったのは苗木の隣にいる江ノ島に対してだった。
超高校級のギャルもまた、ティーンエイジャーの注目を集める的であり、特定の誰かに好意を寄せるという発言がどれほど危険か。だが、彼女は全く臆することなく公開した。
「意外。舞園さんって、結構冷静だと思っていたから」
「そんなことありませんよ。私だって結構感情的なこともありますから」
芸能界での経験や1人の時間が長かったこともあって、周りと比べれば少し大人びている所はあるだろう。それでも、やはり少女らしい所は持っていた。
彼女の労わりに勇気づけられるようにして、不二咲の視線は大和田と苗木の両者を彷徨っていた。