キレ散らかすモノウサの反応にも飽きたのか、あるいは自身の生死が掛った状況なので構っていられないのか。彼の不平不満はシカトされ、工場の地下へ地下へと潜って行く。
「なんて言うか。全然、妨害が来ないね」
ヌケーター達が先導し、最後尾にもヌケーターを付かせる中。比較的安全であろう中央に陣取っている小泉には、周囲を見渡す余裕があった。
殺人デパートの時の様なギミックやトラップの類がまるで見当たらない。あくまで、この工場はイルブリードに卸す為の機材を作っていたに過ぎないのか? だとしても、黒幕が待ち構えているにしては無警戒過ぎる。
「まるで、私達が来るのを待っているみたいだね」
小泉の胸中を佐藤が代弁した。本当に自分達を吹っ飛ばすつもりだったら、あんなヒントは寄こさないハズだ。
「『かくれんぼ』の詰みを回避する為だとしたら、破壊された建物を全部復元すれば良いだけだし。それをしなかった理由は二つほど思い浮かぶかな」
七海も言う通り。かくれんぼと言うゲームを詰ませない様にするなら、全部の建物を修復すればいい。そうしたら、自分達は彼女のかくれんぼに律儀に付き合わなければならなくなる。
「1つ目は、私達を来させる為だよね。だって、この島全体を24時間で探索できるとは思えないし」
これは小泉を始め、佐藤も思い当った可能性である。さっさと問題を解いて来い。というのなら、随分回りくどいことをして来た物だと思うが。だが、もう一つの可能性というのが思い浮かばずに、佐藤が尋ねた。
「じゃあ、もう一つの可能性は?」
「もう、必要な建物を再現するだけのリソースしかない。とか」
相手側が、どれだけこの新世界プログラムを掌握しているかは把握しかねる所だが、思ったよりも相手も追い詰められているのかもしれない。
「だとしたら、なおのこと疑問だよ。そんなに追い詰められているなら、こんなゲームみたいなことしていないで、もっと直接的な方法を取って来そうだけれど」
「取って来ない。って、時点で目的は別にあると思うよ」
薄々とは分かっていたが、本当に自分達を始末したり、引導を渡すつもりならば、もっと手っ取り早い方法を取っているハズだ。
「私達に一体どうして欲しいのかな……」
「これから向かう先に居るんだろうし、聞き出しましょう」
不安に駆られる小泉を励ます様に、佐藤は彼女の手を握っていた。すると、空いていたもう片方の手も握られた。
「小泉おねぇ。話終わった?」
「え? あ、うん。結局、何の結論も出なかったけれど」
「それはこの先にいる、あのゴミクソに聞けば良いんだよ。これだけの人数で叩けば、きっとゲロブタよりも汚い悲鳴混じりに聞けるって!」
相当に西園寺の怒りを飼っているのだろうか、もはやウィットの利かせようもない位に、蔑称が直接的になっていた。あまりに口汚いので小泉は苦笑いする外無かったが。
~~
もはやコンベアに流れる、イルブリード御用達の完成品には目もくれずに一心に進んで行く。
言葉が少なくなっているのは、皆も黒幕との相対を予感していたのだろう。何回、地下へと続く階段を下りたかは分からなかったが、終わりは訪れた。
「扉だね」
最奥部と思しき場所はシェルターめいた頑強な扉が立ちはだかっていた。コードを打ち込むようなコンソールも無く、あるのは中央にカギ穴が一つ。
全員が顔を見合わせる中、辺古山と菜摘が九頭龍を見た。彼は懐から1本の電子キーを取り出した。
「直接アイツに会った俺達が貰った鍵だ。多分、行けるはず」
カギ穴に差し込んだ。スキャンが行われると、誰の予想にも違わず解錠された。あまりに呆気ない。猶予である24時間は半分以上残っている。
複雑な機構が作動して、扉が開かれて行く。ここに生田ことみがいるのか。という、予想の方は外れることになった。
「お前は!」
辺古山が九頭龍の前に躍り出た。部屋にいたのは、全身タイツにクソダサい☆のモニュメントを取り付けた殺人鬼、キラーマンが壁を背後に仁王立ちしていた。
ヌケーター達だけではなく、弐大や終里も前へと出て、ことを構える姿勢を見せるが、相手は一向に動こうとしない。すると、日向が前へと歩み出た。
「日向さん!?」
罪木が取り乱すが、当の本人はまるで分かっていたかのようにキラーマンをどかしていた。背後には、また扉。
「どういうことじゃ?」
恐る恐る弐大が近付いて、キラーマンの中身を確認するべくマスクを取った。
下から現れたのは、白髪の混じったボサボサの赤髪のウィッグを装着したマネキンだった。
「嘗めやがって」
こんな物を設置する意味は分からなかったが、目下の関心は目の前の扉だ。
日向が先導して扉を開けた。部屋の中央にはカプセルが鎮座しており、隣には例の巨大タイマー。壁面は全てモニタだったのか、生田ことみの姿が映し出された。
『ようこそ。よく、ここまで来てくれたわ。どう? 楽しんで貰えた?』
「最悪だった。テメェには才能がねぇよ」
生田の軽口に対して、九頭龍が痛罵をぶつけていた。例のタイマーもカウントが消失しており、動作を停めていた。
「姿を見せたらどうなの?」
『私、シャイなのよ。話なら出来るし問題ないでしょ?』
佐藤が呼びかける中、他のメンバーがカプセルの中身を覗き込もうとするが、中の様子は見えない。かなり複雑な機器であり、どういった役目を果たしているかも分からない。
「左右田さんが無事なら、何か聞けたのでしょうが……」
ソニアがチラリと視線を向けると、彼は何処から取って来たか分からないチューインガムを口に放り込んでモゴモゴしているだけだった。
「生田さん。僕達をこんな所まで呼び出したからには、何か用事があるんだよね。教えてくれない?」
九頭龍を始めとした者達が喧嘩腰、あるいは攻撃的になる中。狛枝は中立的な立場を崩さないまま、彼女に問いかけていた。思う所があるのか、彼女の遊ぶような、挑発するような声色に僅かながらの私情の様なものが混じった。
『アンタは本当変わらないのね。先に聞くけれど、アンタらはこの世界についてどれだけ知っている?』
「菜摘さんの話によれば、ここはVR空間だって聞いているけれど。それで、僕達を更生させるプログラムが働いていることも」
ここまで見て来た映像や証言から、自分達が何を犯して来たかというのは認めざるを得ない所だった。記憶が消え、人格が巻き戻された所で罪が消えるわけでないにしても。
『ここで得たデータが、何処かにあるアンタらの肉体に上書きされるんだけれどさ。そんな物が上手く行くと思っている? 人間の記憶や人格ってセーブデータみたいに簡単にコピー&ペーストできると思っている?』
そんな単純な物じゃないこと位は、医学に通じていなくても薄っすらと予想は付いた。全員の視線が菜摘達に集まった。
「出来る。とは聞いているよ」
『そりゃ、そう言うしかないでしょうよ。アンタらは別に大丈夫でしょうね。現在のデータに追加で加えるだけなんだから。でも、ここに居る連中の大半は違う。誰からも必要とされない人格と記憶を塗り潰す為のデータを蓄えさせられている。果たして、その同期。上手く行くのかしらね? ――失敗したら、どうなるか。気にならない?』
九頭龍の額にどっと脂汗が噴出した。彼女に言われずとも、成れの果ては映像で見せられたのだから。
彼の予感に応える様にして、カプセルが開いた。皆が中を覗き込んだ。人間は入っていた。だが、奇妙な形をしていた。
顔の半分は少女の物だが、もう半分はほうれい線が浮かび上がり、たるみが出来ている。身体も張りのある個所と、弛んだ場所、老婆の様な皺だらけの場所など、この人体に加えられた制裁が目に浮かぶ様だった。
『人間の脳がさぁ。都合よく書き換えられる訳ないじゃん。記憶領域に触った際に、変な所にもアクセスしたんでしょうね。私の体細胞の時間感覚が無茶苦茶になっているのよ。これは、私の最期の記憶。今の私は、アンタらが使っている新世界プログラムを完成させる為に捧げられた供物のゴースト。それでも、アンタら。外に出たい?』
モニタに移る生田が質問を投げかけていたのは、日向達に対してだけだったのだろうか? ようやく見えて来たゴールはより一層遠ざかって思えた。