霧切は迷っていた。新世界プログラムの真実が患者に明らかになってしまった以上、このまま素直に治療を受けてくれるかどうかも怪しいこと。万が一彼らが強制終了を選ぶなら、自分達は再び絶望を相手にしなければいけないこと。そして……。
「不二咲さん。貴方の職業倫理感が高いのは分かっている。作り掛けの新世界プログラムを完成させたのも凄いと思っているし、77期生を処分するのではなく更生させようとした優しさも素晴らしいと思っている。なんで、イルブリードを混ぜたの?」
例え、どれだけ香り高いワインがあろうと一滴の泥が混じれば、全て泥になる様に。彼の素晴らしい功績もイルブリードと言うクソのせいで、全てが糞になろうとしていたが、不二咲は得意気な顔をしていた。
「霧切さん。聞いてよ。例えばね、普通の新世界プログラムを完成させたとするよ? 南国のジャバウォック島。衣食住も保障されて、絆を育んで、かつての希望を取り戻して更生される……」
それの何がいけないのか。彼らは世界の破壊者だったが、同時に被害者でもあった。彼らを一方的に処理するのではなく、自分から改心させて前向きにさせて行こう。という、今後の展望を見据えた設計すら見えた。
「でも、不二咲くん。こんなことをせずとも、生田さん達に使った装置みたいに強制的に脳みそ書き換える系じゃダメだった? 結構効くよ?」
「それじゃあダメなんだ。というよりも、それをすると本人の脳と喧嘩して廃人になる。って言うのは、散々に研究結果を見たから」
当たり前の様に脳を書き換える結果を語る戦刃はそう言うことなのだろう。不二咲もサラリと流している所を見るに、本題に入る為のボルテージが上がりまくっているのが分かる。
「(不二咲さん。貴方はこんな話題になったら、真っ先にドン引きしていたと言うのに……)」
「じゃあ、薬とかで眠らせている間に。とかは?」
「それをやると今度は人格が消える。便利そうに見えるけれど、人格が消えると倫理観が働かなくなるから、これも問題なんだ」
善悪の判断を付けない、才能だけの怪物。人類に与してくれるとは限らない物が放逐されるのもやはり避けたいのだろう。
「では、やはり楽しかった思い出や人々の繋がりを用いて彼らの更生を促すというのが一番なのね」
「散々、人の絆や繋がりを潰して来たのにね」
霧切が顔をしかめた。かつての江ノ島の様に囃し立てる真似はせずに、淡々と事実を述べる所が人の神経を逆撫でにする。それが、この超高校級の絶望の片割れだった。
「でも、戦刃さんが言う様に。人々に被害をもたらして来た彼らが無罪放免で許される訳がない。彼らのせいで大切な人を失った人達も沢山いるわけだし」
「殺せば解決というのは、堂々巡りよ。そうならない様に、新世界プログラムを作ったのでしょう?」
霧切は知っている。かつて『黒の挑戦(デュエル・ノワール)』と呼ばれる報復殺人を促す催しがあったことを。無関係の人達を巻き込み、更なる犠牲者を生み出す復讐が行われていたことを。
「うん。でも、やっぱりそれでも納得する人は少なくて。それならば、僕が出来る範囲で酷い目に遭わせれば良いんじゃないかって」
「ちょっと待って。どうして、そうなるの?」
あまりの発想の飛躍に霧切が待ったをかけた。この心優しい少年が、どうしてそんなヤバい発想をするに至ったのか。と考えていると、戦刃がポンと霧切の肩を叩いた。
「不二咲君の解決方法は素敵だよ? 77期生の更生もしつつ、皆の溜飲も下げつつ、ついでにイルブリードを広く布教する。三方良しだよ?」
「(封殺スーツをガチャガチャ鳴らして、何を言っているのかしら……)」
ただ、言わんとしていることは分かる。ある程度、運営側から酷い目に遭わせられるようにすることで、身内からも理解を得ようとしたのだろう。
「まさか、装置内にゴーストなんて物が残っていると思わなくて、殺傷設定やプログラムの内容を変えられると思わなかったけれど」
「つまり、この新世界プログラムは大胆にイルブリード風にされた。という訳じゃなくて、多少の改造をされただけなの?」
不二咲が静かに頷いた。多分、生田のゴーストからしても絶好のチャンスだったのだろう。何せ、ちょっと弄っただけで憎らしい未来機関の目論見を潰せるようになるのだから。
「そして、皆を絶望堕ちさせようとした盾子ちゃんはマヌケの極みに晒される。不二咲君はそこまでカウンターを?」
「え、いや。趣味だけれど……」
もしかして、少しでも方向性を間違えていたらこの少年が絶望の手先として、世界中のインフラを破壊していたかもしれない未来を思い描き、ゾッとした。
「分からない。どうして、連中と言い不二咲さんと言い。このよく分からないタイトルにそこまで惹かれるのか」
新世界プログラムのモニタがてらに、77期生と一緒にイルブリードは2まで見たが、何処が面白いのかサッパリだった。
ホラーとしては迫り来る演出が足りないし、シナリオもまるで意味が分からない。超高校級の探偵としてのロジカルが、頑なに理解を拒んでいた。
「そこが良いんだよ。ホラーはホラーらしくないと駄目。なんて考えを打ち砕いてくれたんだ。そう、僕が『男は男らしくないと駄目なのか?』って、悩んでいた時に、そっと傍に寄り添ってくれたんだ……。だから、きっと暴力と理不尽とスプラッタと糞まみれでも隣にいてくれるだろうなって」
明らかに寄り添う相手を間違えているのだが、霧切は吐きかけた言葉を呑み込んだ。さっきからこう言うことばっかりしている気がする傍ら、戦刃は手を叩いて喜んでいた。
「希望も絶望も大喜びのワクワクセットだよ! これの主演が出来るのは、もう盾子ちゃん以外にあり得ないね」
「妹への痛罵になるのだけれど、大丈夫?」
戦刃の頭には『?』というクエスチョンマークが浮かんでいた。正に愛憎と言う外ないセリフだが、本人的には愛情を向けているつもりなのだろう。
とにかく、どうしてこのゲームがイルブリードを題材にしているかは分かった。決して、江ノ島盾子に嫌がらせを仕様としている訳ではなく、単に未来機関に賛同されやすくする為と不二咲の趣味であるらしい。
「後、サラッと流していたけれど。あのモノクマは? 中に江ノ島さんと思しき物が入っているけれど……」
「彼女が作ったアルターエゴだね。今は、音無さんとして、大人しくしているけれど。まぁ、真似出来るのは凄いと思うけれど、改良&改善は僕の方が得意だからね。現にウサミには太刀打ち出来なかったでしょ?」
もしも、不二咲があの学園生活の中で死亡する様なことがあれば、きっと新世界プログラムの開発は遅れた上に、仕込まれていた江ノ島の爆弾が爆発する予定だったのかと思うと、如何に幸運な結末に恵まれたのかと実感せざるを得なかった。何か知らないかと、戦刃の方を見たが。
「?」
「そうね。貴方が知らされる訳無いか」
多分、本当に何も聞いて無さそうだった。モニタ内の77期生達は一旦、第一の島にあるコテージへと戻って考えをまとめている様だった。
プログラムの終了が迫っている中、部屋の扉が開いた。入って来るのは大抵が仁肉なのだが、今回は違っていた。
「不二咲よ。新世界プログラムの方はどうだ?」
入って来たのは、未来機関の活動用のタクティカルスーツを装着した筋骨隆々な女子高生。大神さくらだった。
78期生の中で最も強靭な心身を持つ彼女は、未来機関における絶望との戦いの中で、多大な貢献をしている故に最も多忙な身でもある。
「ちょっと難しい所だね。大神さんは任務から帰って来た所?」
「そうだ。我々を陥れたコロシアイ学園生活をリアリティショーとして再現しようとする集団を潰して回っているのだが、中々本体に辿り着けん」
自分達の場合は、幾つもの幸運が重なって誰も犠牲者を出さずに済んだが、あんな疑心暗鬼の生活を送らされれば、誰かしらが間違いに走ってしまうことは大いにあり得る。
「大神さん。保護した人達は?」
「全員無事だった。非常に幸運なパターンに恵まれていた。何故なら……」
チラリと大神はモニタの方を見た。コテージ内でスケートボードのメンテナンスをしている日向が映し出されていた。
「彼奴と同じ人間がいたからな」
フッと大神が微笑んだが、霧切は眉間を抑えていた。イルブリードと言い、ヌケーターと言い。実は、この世界は絶望よりもっと恐ろしい物に蝕まれているのではないかと思っていた。