どれだけ、迷っていても、選択を突き付けられても朝は来るし、腹も減る。昨晩と同じくホテルに集合したメンバーは朝食を取りつつ、ウサミを招いて事の経緯を話した。そして、全員が気になっていることがあるとすれば。
「結局、未来機関は俺達をどうしたいんだ?」
「それは最初から変わらないでちゅ。ミナサンを治療して、元に戻ちて……」
「後の人生全部、贖罪ってか?」
ウサミが言葉を吞み込んだ。そう言った形のエンディング以外を望んでいないのだから、仕方がない。彼女に代わってモノウサが口を挟んだ。
「だとしても歪だよね。罪の意識がある絶望時代の奴らに贖罪させるなら未だしも、ここに居る奴らは墜ちる前なんでしょ? 記憶をまっさらにした上で、未来のお前達の罪を償えって。おかしくない?」
憎まれ口とは何も皮肉だけではない。時には、誤魔化していた現実を抉り出して、白日の下に晒すのもまた一種だろう。
「より正確に言うなら、絶望前の心に戻す。というのが正しい治療なんでちゅ。その上で、自分の行いを振り返って、未来を見つめ直して貰うつもりで……」
「は? 何言ってんの? 皆がコイツらを追い詰めたのも、コイツらが反撃して世界が滅びかけたのも。皆、自分の意思で行動した結果でしょ?」
ウサミの言うことを欺瞞だと踏みつぶす様な意見だった。
もしも、予備学科生徒達の暴走がモノウサ……の中身によって強制的に引きおこされた物なら、チャンスはあったかもしれない。
だが、中身こと江ノ島盾子がやったことは、予備学科の生徒に偽りの才能を与えたこと。両者の対立を煽る殺人ゲームを開いたことの2点。後者は兎も角、前者はむしろ希望ヶ峰学園の多数の人間にとっては望ましいことだっただろう。
「コイツらの絶望は外付けじゃないんだ。ちゃ~んと。オマエ達が守りたい世界が、人達が、しっかり丁寧に育てた絶望なんだよ」
悪意と敵意と嗜虐に満ちた笑いだった。モノウサがやったことは背中を押しただけ。洗脳した訳でも無ければ、煽動した訳でもなかった。
「それでも。あんたが焚き付けなければ!」
「止めろ。こちとら、お前らの自己正当化を聞きたいんじゃねぇんだ。繕わなくても良い。俺達が出たとしてどうなるかは、さっき言った通りで良いんだな?」
「……未来機関の理念など、全て取り除いた上で言うなら。九頭龍くんの言う通りでちゅ」
予想はしていたことだ。超高校級と呼ばれていた彼らの能力を使わない手はなく、装置の有用性が実証できれば、同じ様に超高校級の絶望達を捕まえて『リサイクル』が出来る。まず、溜息を吐いたのは西園寺だった。
「あほくさ。もう、どうでもいいよ。好きにすれば?」
「オレも西園寺に同意だな。弟達は気になるけれど、外に出たら脅しの材料に使われるくれーだろうし」
同じ様に終里も投げやりだった。出たい、出たくない。ではなく、どうでもいい。という考えに至るのも致し方ない。
「じ、自分で壊した大嫌いな世界を自分達で直せって。なんだか、バカみたいですよね。今後の人生、全部そんなことに費やされるだなんて」
「仮に従事したとしても謗りは免れん。その時、我々がまた世界の破壊者となることを防ぐ為、何かしらの枷でも付けるのだろう?」
罪木が卑屈な笑いを浮かべ、田中の声も冷たい物になっていた。概ね、この場には否定的な空気が漂っていた。
「このまま、卒業した所で俺達に自由は無さそうだな。だろ、菜摘?」
「そう、だね。でも、私はお兄ちゃんや皆と一緒に生きたいとは思っているけれど」
事実は認めつつも菜摘は、自身の希望をそっと添えた。他の者もハッキリと口にはしないが、外に出たがる様子は無かった。
ここに居続けても、未来機関の意思1つでどうにかされてしまう。かと言って、外に出た所で自由は無いだろう。全員がどちらを選ぶか迫れていると、室内のモニタが立ち上がった。
『酷い先生よね。選ばせている様に見えて、実際は卒業するしか選択が無いんだから』
聞こえて来たのは、こちらを嘲笑するかのような声。見れば、生田ことみの姿が映し出されていた。
「貴方は!」
『そんな皆さんを可哀想に思って、私は第3の選択を持ってきました! それは、永遠にジャバウォック島に居続ける。と言うことです』
全員に動揺が走った。未来機関が用いている物である限り、彼らの手中にある様では永遠など望める訳がない。と考えていたからだ。
「どうせ。肉体の活動を停止させて、精神を装置の方に移動させるとか。そんなんでしょ? オマエみたいにさ」
『……説明が省けて助かるわ』
モノウサが詰まらなさそうに言った。生田は勿体ぶって言うつもりだったのを潰されたのか、声色には不機嫌さが滲み出ていた。
「何をバカなことを言っているんでちゅか!」
『何がバカよ。私はね、こいつらに『死ぬ』とか『反省しない』って選択を与えているのよ。勝手に記憶も感情も塗り潰して、自分達に従わせようとするアンタらより、よっぽど誠実じゃない?』
ウサミも直ぐには言い返せなかった。元より、引っ掛かっていた所は彼女の中にもあったのだろう。現れた新たな意見に、皆が動揺した。
「そ、それも悪くないかも……。だって、ここなら皆も居ますし、面倒臭いことも何もしなくて良いですし。何より、私達に酷いことした人達を助けたりしなくても良いですしね」
罪木が卑屈に賛同していた。他の者達も薄っすらと彼女に賛同しようとしている中、七海と狛枝がとある人物に同時に問いかけた。
「日向君は」
「どうしたい?」
皆が揺れ動く中、昨晩と同じ様に遅れて朝食を取っているヌケーター達をまとめている彼へと聞いていた。誰もが彼の方を見ている。
『ここなら才能を妬んだり、値段を付ける様な連中もいない。悪くない話だと思うけど?』
一瞬、佐藤がビクッとしていた。菜摘からも視線を投げかけられる中、ヌケーター達は首を横に振っていた。そして、何処からかスケートボードを取り出して掲げるばかりだった。
果たして、これが自分達のスケボーは誰にも左右されないという意味なのか、お前も下らない悩みは捨ててやってみろよと言う勧誘なのかは疑問だが、従うつもりが無いと言うこと位は伝わって来た。
「ほら、見なさい! 日向クン達は絶望なんかに負けないんでちゅ!」
「いや、何も考えていないだけだと思うよ」
彼らが反対したのを切っ掛けにウサミも啖呵を切っていたが、彼女より付き合いが長いモノウサのツッコミはスルーされた。
『アンタ達だけが良くても、他の奴らはどうかしらね! それとも、全員で仲良くスケーターにでもなる?』
軽蔑混じりの意見だったが、全員の視線が日向に注がれた。真っ先に口を開いたのは、小泉だった。
「考えてみたら。私達を助けてくれたのって、いつもコイツらだったのよね」
思い出す。この島に来てから、初手のモノウサ襲撃を退けてくれたのはウサミだったが、現在なら分かる。多分、アレは日向が居たからどうにかなったと。
ここに至るまでの障害物や困難を乗り越えた陰には、何故かコイツらが居た。ただ、滑っているだけなのにどうしてそこまで出来るのかは疑問だったが。
「そうだね。そこで先生面しているウサミとか急に現れたゾンビ女と違って、少なくとも日向おにぃ達が、私達を助けてくれたのは事実だね」
「酷い言われようでちゅ……」
「だって、お前。困ったときに傍にいねーんだもん」
西園寺の辛辣な言葉にウサミが凹んでいる中、モノウサが否定し難い事実を吐いていた。
「ひょっとしたらよ。オレ達も滑ってみたら、何か分かるんじゃねぇか?」
「その理屈はおかしい気がするんっすけど」
終里が突拍子もないことを言いだしたので、澪田も慌てて止めに入った。
しかし、不安に揺れ動く言葉は縋る先を求める。正しいだけのウサミより、耳障りの良い言葉を吐く女より、自分達を救い続けてくれた存在が傍にいる。
「そうじゃな。左右田もワシらを救う為に身を挺してくれた。もしや、スケボーには何かしらがあるのかもしれん」
「猫丸ちゃん……?」
澪田の困惑も他所に、ヌケーター達がスケートボードを脇に抱え、皆が使い終えた食器を手に持って部屋から出始めた。この後、滑るけれど。お前、どう? 言葉が無くとも意思が伝わって来た。
「わ、私。そっち行きます。ここに居ても、ウザくなることしか言わないですし……」
普段のドン臭さは何処にか。罪木がそそくさと出て行ったのを見計らって、彼女に倣う様に数人が出て行った。残されたのは呆然とするウサミや生田達。
『ちょっと。どうなってんのよ……』
「あちしが聞きたいでちゅ……」
「凄いよ。やっぱり、ヌケーターの皆は生半可な幻想には踊らされない本当の希望だったんだ!」
狛枝は燥いでいるが、皆は思っていた。いや、アイツらの存在自体が白昼夢みたいなモンだろうと。
レミングスめいて、皆も食器を厨房に下げた後は日向達を追いかけた。ウサミも生田も放置されて、呆然とする外なかった。
「ボクが言うのもアレだけれどさ。人に話聞いて欲しかったら、普段からちゃんと話をしような」
最後にモノウサが吐き捨てて、彼も皆の後を追いかけた。事態の中枢にいると思っていた間抜け2人が放置されるばかりだった。