ウィールが地面を舐め上げる。この世界や自分達の将来を知らされ、岐路に立たされたと言うのに一同は暢気にスケートボードをしていた。
「むしろ、こう言うときだから必要なのかもね。切羽詰まったら碌でもない選択をするってのは定番だし」
「改めて思うが、お前さん。ウサミよりも保護者面しとるよな」
超高校級のマネージャーとして、誰かが怪我をした時にすぐに駆け付けられるように弐大が見守る中、隣にはモノウサが同じ様に見守っていた。
「ボクはね。オマエらが治療されている最中『やっぱり絶望側だったのか!』って、自覚する瞬間を間近で見たくてだね。こうして、付きっ切りで見ているんですよ。それをねぇ、訳の分からん事故や思惑で台無しにされちゃ堪らないよ!!」
人のことを陥れたい気持ちが一周して、却って保護者っぽくなっているのは滑稽ですらあった。
「(やっぱり、イルブリードに出演しとる奴は違うのぅ)」
「弐大くん。今、何考えた?」
「やっぱり、イルブリードに出演しとる奴は違うのぅ」
「そこは隠せよ!! オマエ、超高校級のマネージャーなんだから、自分をちゃんとマネージメントしろよ!!」
管理者権限で暴力を振るえない為か『ポカポカ』という擬音でも出そうな勢いで、弐大を叩いていた。すると、彼らの隣に罪木が腰を下ろした。
「あのぅ。お隣、よろしいでしょうか?」
「構わんよ。むしろ、お前さんみたいに手当てが出来る人間が待機してくれている方が有難い」
数少ない特技を褒められた罪木の表情はへにゃッとしていた。彼女はゴシックロリータドレスのフリルを弄っている、モノウサの方を見た。
「あの。モノウサさん。さっき言っていたことって? 台無しにされちゃ堪らないとか……」
「あぁ、アレ? ボクはですね。オマエらの中に在る絶望を大事にしたいんですよ。自分の意思で選んだ予測不可能な未来が何処へと繋がるのか。予定調和の希望で塗り潰されてもツマラナイですし、囃し立てられた絶望もやはり予定調和と変わりありませんからね」
話していて不思議な感覚に陥った。実際、モノウサは自分達が絶望することを望んではいるのだろう。
ただ、それは自分達が自発的に陥ることを望んでいるのであって、誰かの思惑で歪まされるのは嫌っている様だった。
「毎回思うんじゃが。お前さん、変な所で誠実よな」
「自分の意思で行動を起こすから想像も付かない結果が現れるんだよね。やらされているのは、それで終わりなんだよ」
「う、ウサミさんより教育者っぽいです……」
恐らく、ウサミも色々と手を回してくれているのだろうが、スタンス的には教育者と言うよりも整備士の様な印象を受けていた。
「で。オマエラはどうするつもりですか? ウサミが言う様に卒業しますか? それとも、生田さんが言う様にデータだけの存在になって残りますか?」
「少なくとも、このまま卒業してハッピーエンドと言うつもりはありゃせん。お互いに不誠実すぎる」
「と、とりあえず。外に出る為に卒業。って言う位は考えていますけれど、後はどうやって逃げおおせるかですよね」
弐大の答えは真摯さを問う物であり、罪木の答えは本人の矮小さを現わしたかのような答えだった。モノウサはニッコリしていた。
「オマエラがちゃんと自分に正直に答えてくれて嬉しいよ。やっぱり、超高校級が周りのことなんか気にしちゃいけないよ。ほら、あそこにいる日向君の様に」
モノウサが指差した先。他のメンバーが比較的和やかにスケートボードで滑っているのに対し、ヌケーター達は上半身が金網を擦り抜けるわ、周囲を含めて空中にぶっ飛ぶわ、腕や頭が360度回転するわ、もはやスケートボードが関係ないレベルの異常を巻き起こしていた。
「流石に物理法則位は遵守して欲しいんじゃが」
「あ、これって。アレですか? やっぱりVR特有のバグとかみたいな物だったりしますか?」
罪木がピンと閃いた。そうだ。冷静に考えれば、現実でこんな物理法則を無視した怪現象が起きる訳がないじゃないか。
「どうでしょうね。それを知る為に現実に出てみるのも手じゃないでしょうか」
「思ったよりも現実ってのは、ワシの括約筋と同じくユルユルなのかもしれんな」
ただ、彼らはとても自由に見えた。誰からも言われることも無く、誰からも期待されることも無く。世界を相手にしてすら自由でいられるのは羨ましくあった。
そんなことを考えていると、普段は何も無い所で転ぶような運動神経の持ち主である、罪木も再び滑り出したくなった。
「すいません、弐大さん、モノウサさん。私、また行ってきます」
「おぅ。行って来い」
そして、彼女は駆け出していく。何にも囚われない輪の中に。気のせいでなければ、先程まで普通に滑っていたハズの者達も体が地面に埋まったり、首が540度位回転したり、お互いにぶつかって上空まで吹っ飛びあったりするようになっていた。
「なんか、世界の終わりを見とるようじゃな」
「これ見ていたら、外の世界だとか自分達が犯して来た罪だとか馬鹿らしくなるよね」
比べる様な物でもないとは思うが、目の前の怪奇現象を見ていたら些事の様に思えて来る。最初は和気藹々としていた空気も次第に物静かになって来た辺りで、物凄く嫌な予感がした。
~~
皆がスケートボードに触ってみたいと思う様になったのは、状況と積み重ねによるものが大きいだろう。
「まさか、九頭龍までやるとはな」
「まァ、折角ここまで連れて来てくれたんだしな。俺もちょっとは付き合ってやろうと思ってな」
終里は意外そうにしていたが、超高校級の極道としてはそうでもない。
子が親に尽くすなら、親もそれだけの器量を見せてこそだ。別に日向とは盃を交わした訳では無いが。
「私は小泉おねぇと一緒に見学だけど。後はブスと弐大おにぃが待機する位?」
ブス。と呼ばれたことに佐藤はイラっとしていたが、ヌケーター化していないメンバーの大半が参加することになっていた。
気晴らしという面もあるし、ここまで連れて来た日向達への恩義もあるのだろう。だが、本命はどうかと言えば。
「この儀式を通して、貴様らが至った混沌(カオス)へと触れることが出来れば、邪な陰謀程度は容易く飲み込めるという訳だ」
「毒を以て毒を制すという奴ですね!」
田中と言いソニアと言い、人の趣味に散々な言い様である。
だが、日向は頷いていた。以前の終里の様に事態に対する緊急的な措置と言う訳ではなく、状況が状況故の気分転換ならヨシ! としていた。
「大丈夫だよ。日向君達の希望が皆を勇気付けるんだ! 希望は前に進むんだ!!」
「狛枝君。多分、それ。君が言うセリフじゃない」
普段は卑屈に断っていた狛枝の脇にもスケートボードが抱えられているし、運動音痴気味の七海も可愛らしいスケートボードを抱えている。
「で、創ちゃん。唯吹や菜摘ちゃんみたいに滑り慣れている人は良いとして、初めての人への指導はどうするんっすか?」
「やっぱり、私達が教えた方が良い?」
澪田と菜摘が正気を保っているのは実に不思議な物だったが、日向は首を横に振った。手にしていたスケートボードを地面に置いて、片足をボードに、もう片方の足で地面を蹴り上げて勢いを付ける『プッシュ』という動作をしていた。
「習うより、慣れろって奴か? でも、これ位なら!」
超高校級の体操部と言うだけにあって、終里の動きは良かった。簡単に他のヌケーター達の動作を真似出来る辺り、やはり彼女には天稟があった。
全てを忘れて風と一体化していく様な感覚。肉体と言う重りを取り去って、意識まで連れて遠く、遠くへと運び去って行く。気づいたら、彼女は他のメンバーと並走していた。
「えっと。とりあえず、小難しいトリックは置いといて。好きに滑ってみたら良いよってことみたい」
「何だよ。やり方とか基礎は教えてくれねぇのか」
菜摘の翻訳に九頭龍が不満を垂れていた。現代っ子は何でもかんでもチュートリアルでユーザーフレンドリーな環境に慣れている為、最初からある程度の遊び方は教えて欲しいらしい。
「プールと一緒っすよ。クロールとかバタフライとかは置いといて、まずは水の中を楽しむ! みたいな!」
「女は度胸! なんでもやってみろって奴ですね!」
ノリの良い澪田に中てられて、ソニアが続いた。終里比べればぎこちなくはあるが、スケートボードで遊んでいる。と言える位には、滑れていた。
胸中に抱いていた雑念がかき混ぜられ、攪拌され、グチャグチャになって行くが、全身に当たる風が全てを流してくれるような気がした。
「なぁ。アイツら、滑り出してから急に無言になってね?」
先行した2人の様子が変わったことに、九頭龍が気付いた。組織のトップに立つ者としての危機感が警鐘を鳴らしていた。
「この程度の静謐。飲み干してくれよう!」
ストールが引っ掛からない様に気を付けて、田中もまた滑り出した。
彼の脳内に住まう闇の獣は突如として奇怪な動作を始め、全身が捻じれて回転したかと思いきや、空中で錐もみをした挙句ぶっ飛んで天井に埋まった。かと思えば、地面から生えてリスポンした。有体に言えば、彼の脳内CPUは一瞬で冒されていた。
「人間。弱った心には染みやすいんだろうね。きっと」
流石にマトモな人間が居なくなるのはヤバいと思ったのか、狛枝は一瞬で立ち止まっていた。七海も滑ってみようかなと迷ったが、遠慮した。見学していた西園寺が問うた。
「小泉おねぇ。コレ、洗脳されるベクトルが変わっただけじゃないかな?」
「そんな気はする」
果たして良かったのか。ハメられたのか。多分、この交流会が終わった後には喋れる人間はさらに減るんだろうなと思わざるを得なかった。