結局、数人の秘密は公開されること無く朝食の会は解散することになった。このイベントで起きた変化は大きかった。
「腐川殿~。早速、図書館に置いてあった作品を読ませて頂きました。端的に言うと素晴らしい! こっちではインスタントに恋愛が描かれがちですが、腐川氏の作品は詳細な心情の描写や変わっていく立ち位置や関係が緻密に描かれていて、とても丁寧な良作でした!」
「あ、ありがとう……」
偶にファンレターを貰うことはあるが、直接感想と称賛を貰ったのが始めてである腐川は戸惑う外なかった。
「さくらちゃんと言い、江ノ島ちゃんと言い。皆、結構桃色で甘い香りが漂ってそう。私なんて塩素の臭いしかしないのに!!」
「殺菌力は高そうだな」
そして、朝日奈は舞い上がっていた。自分の恋路の展望が見込めない人間ほど、他者の恋路に興味を示す物だ。
「朝日奈よ。焦る必要はない。お前にも、そういった相手が見つかるはずだ」
「どんな人だろう? 少なくとも、私より速く泳げる人だと良いな!」
「だとしたら、当分見つからんぞ」
大神は少し困った顔をしながらマジレスしていた。胸の内を打ち明けた者は、以前よりも交友関係を深めていた。
「石丸っち? 元総理の孫とかのコネで、司法関係の伝手とかは」
「葉隠君。どうやったら、罪を帳消しにできるかと考えるのではなく、犯して来た罪を償い、誠意を見せて行く方向で考えよう」
中には当然とも言える説教を食らう人間も居た訳だが。この状況を見に来たモノクマ笑いをこらえていた。
「うぷぷぷ。隠された秘密を打ち明け、絆を深める。いやぁ、青春だね!」
「心にも思っていない癖に」
霧切には分かっていた。確かに秘密を打ち明けた者に限っては以前よりも交流を深めている。翻せば、あの時点で打ち明けられなかった者の多くは輪から弾き出されるようになっていた。
「霧切さんみたいなボッチには自分の秘密を打ち明けるなんて真似は出来ないからね、しょうがないね」
「別に。誰にだって知られたくない秘密の一つや二つはあるでしょう。どちらにせよ2日後には引き出されるでしょうし」
「皆がそれに耐えられるか。僕は楽しみだよ!」
不吉な宣告を残して、モノクマは姿を消した。この分断は実に上手い具合に行われており、ほぼ半数で分かれていた。
打ち明けていない者の中でも十神、セレス、舞園の動揺は少ない。きっと、彼らはバレても問題は無いが打ち明けるつもりが無いというだけなのだろう。それならば問題は無いだろう。
残る人間が問題だった。大和田、不二咲、腐川は封筒を渡されてからずっと緊張している。その3人についても動きが分かれていた。
「(腐川さんは山田君に色々と話しかけられていることもあって、緊張は幾らかマシになっている。不二咲さんも、舞園さんに何かを言われたんでしょうね。考え込むことが多くなっている。となれば、問題は)」
性質的に近かった桑田はスケ落ちし、葉隠もロクデナシな秘密を打ち明けたことにより、皆から顰蹙を買いながらも混じれている。ここら辺は彼のコミュニケーション能力を褒めるべきだろう。何処にも混じれない大和田は視線を彷徨わせて……苗木の方を見ていた。立ち上がる。
「悪ぃ、桑田。江ノ島。ちょっと、苗木を借りて行くぞ」
苗木は拒否することもなく頷いて、食堂を後にした。彼らの姿が見えなくなった後、席を立ち上ろうとして十神に声を掛けられた。
「霧切。お前も気になったのか?」
「そうね。苗木君が何をしているのかを知る機会だから」
丁度、彼も同じことを考えていたらしい。この状況に耐えられなくなった大和田が、山田風に言う所の『スケ落ち』するプロセスがどの様に行われているのかを目にしておきたいと言う事があった。
何処に向かうかは分かっていたので、尾行する必要も無かった。食堂を出て、校舎に入り、体育館へと向かう。予想通り、苗木と大和田がいた。中で交わされている会話に耳を傾けた。
「苗木。ちょっと、遅くなったけれどよ。入学式の時、俺を助けてくれたことに礼を言う。その後、お前のことを殴ったことも謝る」
不良である彼が頭を下げるというのは非常に珍しい光景だった。苗木も深く頷いて、彼の謝罪を受け取っていた。
「それでよ。お前らがやっているスケボーに興味が出て来たんだ。ここじゃ、単車は乗り回せないからな。久々に風を感じてぇんだ」
なるほど、そう言う事だったのか。きっと、単車代わりの慰みに収まらず新たなる境地を開くきっかけにもなるさ。と言わんばかりに、苗木はスケートボードを取り出していた。そんな光景を見ながら、十神は嘲笑っていた。
「まさに落ち行く弱者の行動そのものだな。楽な方に楽な方に逃げていく。そういった連中を食い物にしているんだから、意外と苗木もやる奴だな」
「静かに」
騙された訳でも無ければ、陥れられた訳でもない。自分が選んだ行動に対して、霧切は何かを言うつもりは無かった。
苗木からスケートボードを受け取り、後は自分の体重を預けるだけ。と言う段階に来て、大和田は硬直していた。
もしかして、いざやるとなったら緊張したのだろうかと思い、苗木は手本を見せた。難しいテクニックは抜きにして、スケボーにライドオンして床をプッシュして速度を付けて滑って行く。基本的な技を見せつつ、止まる時もゆっくりと安全に減速していく様子を見せた。それでも大和田は動き出せずにいた。
「大和田君の様子が変よ」
霧切は息を殺した。上手く言えないが、勘の様な物が告げていたのだ。何かが起きると。十神も同様の感覚を覚えていたらしく、息を潜めていた。
すると、間もなくして。大和田は受け取ったスケートボードを地面に叩き付けて、破壊していた。これには苗木も驚いていた。
「なんで、なんで! お前はそうやって俺に対する当てつけばっかりしやがるんだ!!」
本人の中にあった感情の整理が付かずに苗木を殴り飛ばした瞬間、壁まで吹っ飛んだかと思えば天井まで打ちあがり、天井のライトに絡み付いたと思った数瞬後に落ちて来て、バスケットのゴールポストに収まっていた。
そして、地面に落ちて来た彼を全力で蹴飛ばすと、体育館中を錐もみしながら跳ね回り、最終的には俯せに倒れた。すると、まるで携帯のバイブレーションの様に震えあがり、一人でに打ち上がって姿を消すと同時に、体育館の入り口から再度入場して来た。
「何だよ! お前! 何なんだよ!」
もはや半狂乱になりながら殴っていたが、彼の暴力すら嘲笑う様におかしな挙動を見せては元通りに復元していた。
もしも、この行動が苗木以外に行われていれば殺人が成立していただろう。そういった意味では、彼を呼び出していたのは幸いだったかもしれない。
やがて、何をしても無駄だと分かった大和田は両腕と膝を着き、涙を流し始めた。先程まで一方的にボコられていたハズの苗木が隣に座り、彼の肩を叩いていた。どうしたんだ? 話してみろよ。と言わんばかりのフレンドリーさだった。
「お前に何が分かるんだ。畜生。何でも出来やがる癖に」
すると、苗木は自分の口に指を押し当てた後、顔の前でペケマークを作り、首を横に振った。
「……喋れねーってのか」
ゆっくりと頷いた。自分は皆が出来ることを出来ない。と言う事を伝えられた大和田は、そのまま背後に倒れた。
「テメェはいつもそうだ。全員を当たり前のように引っ張って行きやがる。何の悩みもなくな。さっきだって、そうだ。全員が言えないことを平然と言いやがって。何もできないし、言い出せない俺をバカにしてんのか」
思えば、ここに至るまで大和田が出来たことは殆ど無かった。
石丸の様にリーダーシップを取ることも出来ず、大神の様なおおらかさで誰かを安心させたりすることも出来ない。皆が皆、何かしらの役割を果たしている中で自分は何もできていないことがずっと引っ掛かり続けていた。
そして、今回の動機提示である。誰にも言えない秘密を抱えている中、さも大したことが無いと言わんばかりに、苗木は皆に公開していた。それが、大和田を甚く刺激していた。
まさか、自分の行いがそこまで誰かを追い詰めているとは思わず、苗木も困惑していた。
「だからよ。俺も桑田みてぇに、スケボーに乗りゃ強くなれるんじゃねぇかと思った。でも、無理だ。お前が憎過ぎて無理だ。俺は! お前みたいに! 強くなれねぇんだよ!」
威圧感溢れる外見と言動から誤解していたが、彼は体躯に似合わず繊細な心の持ち主だった。自暴自棄になったのか、彼は自身が受け取っていた封筒を苗木に叩き付けていた。直ぐに中身を確認して、小さく驚いていた。
「霧切。なんて書いてあるか見えるか?」
「無理ね。会話の前後で推測するしかない」
と言っても、大和田が一方的に喋り続けているだけなのだが。ただ、彼の思惑は分かった。
恐らく、公開された時に負うダメージが重すぎる秘密を暴露されようとしたのだろう。だから、彼は苗木達の様にスケーター精神を手に入れるべく、頼み込んだ。
だが、いざとなった時。自分の矮小さを自覚せざるを得なかったのだろう。それを認めることも出来ずに苗木への八つ当たりと言う形になってしまったが、それさえも意味をなさないことに挫けてしまった。
「俺は、どうすりゃ良いんだ」
両手で自分の顔を覆っていた。暴力を伴った歪な形ではあるが、苗木に自らの胸中を吐露することは出来ていた。
いつもの様にスケートボードを差し出すのだろうか? それとも、何も言わずに去っていくのだろうか。覗き見して霧切と十神が反応を窺っていると、苗木は大和田の腕を持ち上げ、彼の親指に噛み付いた。
「!?」
結構強く噛まれた為か、親指には血の玉が浮かんでいた。苗木は大和田の腕を掴み取り、彼が封筒から取り出した紙に押し当て動かしていた。血のインクが文章を作っていく。
『皆。もう、知っている』
「……は?」
どういう意味かを問い質そうとした瞬間、彼らの間を通った何かに紙を奪われた。こんなことをする奴は1人しかいない。モノクマだ。
「ごめん、ごめん! ただの紙だと破けちゃうよね。はい、ラミネートした奴」
同じ内容が書かれた物が渡された。ただし、ラミネートされている為、液体を弾いてしまう。つまり、先程の血を使った筆談を封じられた。
「テメェ……!」
「なんすか? さっさと、スケ落ちしちゃいなよ。スケートボード番長でスケ番ってね! 男だけれど!!」
聞く者を不快にさせるジョークを撒きながら、モノクマは直ぐに去って行った。
残された大和田はどういうことかを尋ねようとして、入り口に人の気配を感じた。霧切と十神だった。
「何時から、いやがった!?」
「聞かせて。どうして、モノクマはあんなことをしたの? 苗木君。貴方は何をしたの?」
彼は喋ることが出来ないので、大和田の方を見た。
今までの行動を見られたことに対する憤りはありながらも、苗木にして来たことを思えば、彼の頼みを無碍にする訳にも行かず。大和田は先程、書かれた文章を話した。
「『皆。もう、知っている』。だってよ、お前ら。俺の秘密が分かんのか?」
「知らない。知る訳がない」
知っていたら、ここまで問題がこじれていない。だとすれば、苗木の言う皆とは誰のことなのか。既に霧切と十神の関心は苗木に注がれていた。