希望ヶ峰学園は教育機関としての側面と研究機関としての側面を持っている。生徒の大半は本科の校舎で過ごすのだが、経営陣や研究方面での才能があると、研究棟の方にも足を運ぶことがある。
「松田夜助とか言う奴も出入りしていたらしいよ。どうする? ここも見とく?」
「こうなりゃ、毒を食らわば皿までだ。見て行こうぜ」
九頭龍が言ったのは、何も探求心からだけではない。先程から、一言も発さなくなっている佐藤を見かねてのこともあるだろう。
「(お兄ちゃん。多分、もっと汚い物を見せたり真実を発見出来たら、当りが和らぐ辺りのことを考えているかもしれないけれど)」
狛枝と西園寺は明らかに距離を取っているし、小泉も距離を測りかねている。今は菜摘と日向が佐藤の傍にはいるにしても、彼女の表情は固まったままだ。
「はいはーい。それじゃあ、こっちも案内しますね~」
モノウサによって案内された先にあったのは、暴走したであろう予備学科の生徒達によって破壊され尽くした研究棟だった。
その一室では、恰幅の良い男性に対して拳銃を突き出している少年が1人。全身を覆い尽くさんばかりに伸びた髪のせいで、表情までは分からない。
『復讐か? だが、私達のせいではないぞ! 才能やブランドに釣られたバカが勝手に暴走しただけだ! 私達も被害者なんだ!』
この期に及び、自らの正当性を説く姿は滑稽とすら思えたが、少年は聞くつもりもないのか、一旦拳銃を下ろす動作を見せたかと思えば、罪木と佐藤には見覚えのある構えを取っていた。
「あ……」
トイハンターインダ君で3匹の卵に挑発された時に日向が見せた、銃の構え方と全く同じだった。当然の様に、恰幅の良い男は射殺されていた。
室内の機器は殆どが破壊されていたが、少年は特定のリズムで床を叩いた。すると、地下へと続く階段が出現した。彼はそのまま降りて行ったが、自分達がこれ以上追うことは不可能だった。ただ、何度も渇いた銃声は聞こえて来た。
「ねぇ、日向君。彼は君?」
日向は誤魔化すつもりもなく頷いていた。すると、パァっと狛枝の表情が明るくなった。
「やっぱり、希望を搾取する人間なんて排除されて当然だよね。この調子だと、希望ヶ峰学園のお偉いさん達は殆ど排除されたのかな?」
「そうだね。残念ながら、オマエ達の復讐相手は殆どいません」
復讐をモチベーションに外に出ると言うこともないらしい。
一応、平和な時の光景も見たが概ねは銭感情と、経営陣による既得権益の話ばかりで、彼らは超高校級の才能たちを道具としか見ていないことがよく分かった。一部、例外はいた物の。
「モノウサー。この、苦悩しているッぽいおっさんは?」
「彼は霧切仁。一応、学園長として生徒達のことを真面目に考えていたけれど、権力闘争も弱ければ、経営手腕も貧弱で、娘からも嫌われていた挙句、最終的には肉になった男だよ」
質問した西園寺ですら渋い表情をしていた。肉になったと言うことは殺されたと言うことだろう。ただ、あまり皆から同情される様子はなかった。なんなら。
「自分で主導権を握れない癖になんで学園長をしているんだろうね? 正直言って、苦悩している自分が格好いいと思っている中年にしか見えないけれど」
「あ、あまりにも容赦がないっす」
狛枝がボロクソに言うモンだから、澪田も頑張ってフォローしようとしたが、見知らぬおっさんをフォローするだけの材料も持っていなかったので、口を挟む程度しか出来なかった。
「正直言って、ここら辺はフィクションにでも出て来る安っぽい悪役しかいないから、見ていても面白くないんだよね」
合理性や利益の話ばかりで、本当に勘定にしか興味が無さそうだった。
入学して来る少年少女達をいい様に操り、最終的に自分達が排除されたのは皮肉という外無いが、ある種妥当な末路だとも思った。
「モノウサ。コレで見れる物は全部?」
「この学園で起きた全ての事象を再現した訳じゃないけれどね。概ねは」
七海からの質問にモノウサは頷いていた。後は、奥へと進むだけだ。この長いプログラムも終わりが見えて来たのだが。
「あの。日向さん達はどうなるんでしょうか……」
罪木が振り返った。今まで、一言も発さなければ特に反応をすることも無かったヌケーターの連中が実に行儀よく付いて来ている。
「さぁ。その、こればっかりは僕も分からないし、多分。生田さんに聞いても分からない様な気がするよ」
モノウサが困惑する中、日向がスケートボードを差し出していた。やればわかるって。という、挨拶をしていたが、モノウサは無視した。
「じゃあ。最後の審判にGO~」
縁起でもない項目を述べながら、モノウサはズシズシと先に進んだ先、赤い、豪壮な扉が現れた。誰が開くか迷っていると、日向が歩み出て扉を押した。
開かれた先にはサークル状に並べられた証言台が幾つも立っていた。その内の1席に彼女はいた。
「ようこそ! 裁判所へ!」
九頭龍達が見た時は荒れた見た目をしていたが、今の彼女は髪色から何まで整った姿だった。
「うぉー! ボクが頑張って作った裁判所がパクられている! 折角、コレでコロシアイ学園生活させようと思っていたのに!」
「そんなんだからイルブリードに出演するんだよ」
どうやらモノウサには幾ら暴言を吐いても何もされないことを学んだ西園寺が好き勝手に言っていた。なお、言われた本人は憤死しそうになるだけだった。
「裁判所ってことは、例の議題を討論する為にでも使うの?」
「そう。題して、卒業か残留か! とりあえず、席に座りなさいよ。大丈夫、何も仕掛けていないから」
狛枝が単刀直入に用件を言い当て、生田が皆に着席を促した。
討論と言う場において、ヌケーター達が出席する意味は殆ど無いが、それでも全員が揃っているかを確認できる。と言うことだけでも、意味はある。と言うことにした。着席して、最初に口を開いたのは九頭龍だ。
「まず、俺達の基本方針は卒業だ。いつまでも居られるかよ」
ここに居続けるメリットが無い。というのは、未来機関に命を握られているから。というのもあるが……チラリと見た先。証言台に座りながら、スケートボードを弄っている連中がいた。
「あの、生田さん? 念のために聞いておくけれど。ここを卒業したら、あのヌケーターになっている人達はどうなるの?」
「知らない」
小泉も尋ねてみたが、案の定な返事が返って来た。自分達がもしも目を覚ましたら、ヌケーター達が隣にいる。……というのは若干恐怖だった。
「私からも気になることがあります。生田さんはどうして、私達に『残留』なんて提案を?」
今度は罪木から質問された。残留、彼女的な方式で言うなら現実の肉体を処分してデータとして残り続ける方法だが『死ぬ』なんて提案を呑み込める人間がいるとは思えなかった。
「アンタらは外の世界で生きたいの? 私達が追い詰めた連中が、復活しているザマなんて見たい? それとも、もう一度潰してやろうとか思う?」
「別に? 今の僕達は絶望している訳じゃないからね」
狛枝がサラリと否定した。きっと記憶だけではなく、感情も伴えば答えも違ったのだろうが、今の自分達は知識としてしかない。
「だったら、居場所が無い者同士。誰かに追い立てられたり、利用されたりすることもない。この島で永遠の夏休みって言うのも悪くはないんじゃない?」
死ぬ理由はない。だが、生きる理由もないというのが正直な所だ。だからと言って、ここに居る者達は彼女程悲観的でも無かった。
「少なくとも、私や七海は皆を連れ戻す為に来ているの。ここに留まり続けるなんてありえない」
「うん。私も、皆を連れ戻した後。世界中の人達を勇気付ける為に努力するつもりだよ!」
菜摘は良いとして、七海の頑張るは何を指すのだろうか。と考えた時、彼女が気持ち悪い男優のボイスを垂れ流していたのを思い出し、堪らず澪田が口を挟んだ。
「千秋ちゃん。もっと、マトモで普通な物を見た方が良いと思うっすよ」
「酷過ぎる。訴訟。淫夢とイルブリードは絶望によく効くって、それ一番言われているから」
「ボクが主演した映画はホモビと同列だって言いてーのか」
モノウサの顔面が、血管で埋め尽くされるんじゃないかって位に青筋が浮かんでいた。すかさず、七海は日向を見た。
「勿論、日向君のスケボーも忘れていないよ! この3つ巴で世界を救おう!」
彼女としては渾身の激励だったのだろう。だが、ヌケーターを持ってしても同列に扱われるのが嫌だったのか、9人近くから一斉に中指を立てられた。七海はかつてない程の四面楚歌に立たされていた。
「ひ、日向さんがこんなに明確に拒絶するのは初めて見た気がしますぅ…」
「冷静に考えてホモビとイルブリードと同列視されるのは嫌でしょうよ」
罪木が驚き、佐藤も相槌を打つ中、勝手に裁判長みたいな席へと移動して、何処から取り出した木槌でベルを叩いていた。
「オマエラに話を任すと脱線しますからね! ボクが音頭を取ります! なので、イルブリードとかホモビの話は禁止! スケートボードはいいよ!」
スケートボードは許可されたので9人が一様に頷いていた。かくして、このジャバウォック島において、最初で最後の学級裁判が始まろうとしていた。