「まず、カムクラって誰っすか? ラーメン屋さん?」
「そうそう。白菜がいっぱい入っていて美味しいよね。じゃないよ。希望ヶ峰学園の創設者だよ」
普段は割と冷静に対処する狛枝が、澪田のボケに付き合っていることから分かる様に、彼は相当に機嫌が良さそうだった。
「恐らくだけれど、神座 出流(かむくら いずる)のことを指していると思う。希望ヶ峰学園の創立者だね。誰よりも才能に価値を見出していた人さ。きっと、彼にはしっかりと『希望』のビジョンが見えていたんだよ!」
「そんな大層な名前が付けられるプロジェクトだから、大仰なモンだったんだろうな。でも、具体的には何をするつもりだったんだ?」
このまま狛枝に喋らせ続けたら、延々としゃべり続けそうなので九頭龍がサクっと議題に繋げられる形にした。まず、意見を出したのは生田だった。
「教育機関なんだから、創立者に比肩しうるに相応しい人間を選んで指導するつもりだったんでしょう。いわゆる英才教育ね」
「元・生徒会メンバーのお前らでも選出されなかった。ってのにか?」
それらしい意見は出しているが、彼女の表情や喋り方から見るに、敢えて正解から程遠い答えを出しているのは伺えた。故に、九頭龍の指摘にも不敵に笑っていた。
「プロジェクト。って言う位だから、何かを取り組むつもりだったんじゃないっすか? 創ちゃんは色々出来るから、それで実績を作って色々な方面で天才! みたいな感じでアピールするつもりだったとか!」
「私も澪田ちゃんに賛成ね。菜摘ちゃん、日向は予備学科に居た時からあんな挙動が出来たのよね?」
「うん。おかげでゴミ箱がぶっ飛んだりして大変だったけれど」
希望ヶ峰学園の象徴として、創立者に比肩しうる人間を選出する為のプロジェクト。と言うことなら、書類にサインを求められるような過酷なスケジュールが用意されている可能性。というのも考えられる範疇ではある。
「多分、そう言うのじゃないと思いますよ」
だが、出て来た二つの意見を罪木が力強く否定していた。彼女が見せた異質な雰囲気に言葉を詰まらせる中、佐藤が賛成した。
「同意よ。だって、人をハメてまで当たらせようとするプロジェクトよ? そんな、生温い物じゃないハズ」
皮肉を飛ばされることは無かったが、依然として罪木は彼女をきつく睨みつけていた。
「『寡黙な所が相応しい』とか『才能が人間の形をしている』とか、明らかに相手の人格を認めていない発言が目立ったもんね」
七海の指摘からも思い出すに、あの老人は柔和な顔こそしていたが、言動や態度に至る全てが希望ヶ峰学園を体現していた。
「……日向おにぃ。もしかして、あの時に怒ったのって」
不意に西園寺は第3の島での遣り取りを思い出した。小泉が攫われて気が立っていた時、どうして助けてくれなかったのかと日向を責めた時のことだ。あの時の彼の言葉が反芻されていた。
「引き摺り過ぎちゃ駄目ですよ。あの時、西園寺さんはちゃんと謝っていたじゃないですか」
罪木が柔らかくフォローし、日向も小さく頷いていた。少年少女達が健全なやり取りを交わしているからこそ、余計に大人達の不誠実さが引っ掛かった。
「創の人格を認めない様なことをするって。やっぱり非人道的なことをしようとしていたのよね。希望ヶ峰学園における非人道的なこと……」
「あり過ぎて思い浮かばないかしら?」
菜摘の疑問を生田が嘲笑っていた。だが、こればかりは一同も糾弾する気はなかった。むしろ……。
「自分がやられたから。ですか?」
罪木の指摘に生田の視線が鋭くなった。正に、彼女こそが未来機関の非人道的処置を受けた本人であったからだ。
「自業自得。って言うつもりもねーよ。報復なんて限りがねぇからな。俺達だって同じ目に遭っていたかもしれねェ」
自分達が拷問めいた刑に処されなかったのは、生田を始めとする元・生徒会メンバーが多数犠牲になったからだ。装置が改良された故に、自分達は無事であったのだが。
「もしかして、日向クンが参加したプロジェクトって、その装置の開発と運用に関わっているんじゃないかな?」
狛枝の指摘に全員がハッとしていた。そもそも、自分達はそう言った物を何回も見て来た。この裁判所に来るまでの間に何度も。
「才能埋め込み装置……」
このメンバーの中で被験者である佐藤が即座に答えた。才能を育てる希望ヶ峰学園を象徴する物であり、何の才能もない予備学科生からすれば夢のような装置。そして、全ての悲劇の引き金……。
「待てよ。おかしくねぇか? 日向には超高校級のスケーターとしての才能があったんだろ? なんで、んな危険な真似を?」
先程、モノウサも言っていた様に日向にはプロでも十分通じるレベルの才能があった。それだけではない。人知を超えているとも言える程に頑強な能力や異能の数々をも備えている。
態々、貴重な素体を使ってまで実験をする意味。というのが、九頭龍にはどうにも理解できなかった。
「むしろ、そんな創だからこそ。実験に使いたいかったんじゃない?」
菜摘がとある可能性に思い当り表情を緊張させていた。モノウサが深く頷き、生田も何かを期待している様だった。
「そっか。日向クンなら、モノケモノにぶつけても平気な彼なら、どれだけ非人道的な実験にも耐えられるからね。才能を埋め込む実験と言ったら、どれだけの才能を積めるか。って言うのも、やってそうじゃない?」
狛枝の言葉は否定し難い物だった。思えば、彼には明らかにスケートボーダー以外の才能が見て取れた。
例えば、極当たり前の様にヌケーター達を牽引する統率者としての才能。ホテルや様々な場でも見せた清掃の才能、また第4の島でインダ君の状態で見せてくれた射撃の才能。
「そして、彼で十分にデータを取ることが出来たから、予備学科生にも才能を植え込む装置が開発できたのよ。コイツが途中で死んだりして居れば、予備学科生は今も養分として搾取できていたのにね」
生田が実に楽しそうに付け加えた。自分達がこんな装置にぶち込まれることになったのも全ては彼がカムクラプロジェクトに参加したから。……と言って、憤る人間がいる訳が無かった。
「コイツは! 巻き込まれただけだろうが!」
「なんで日向さんを責めると思ったんですか?」
啖呵を切ったのは九頭龍だった。同じ様に罪木も便乗して生田を糾弾する中、狛枝は冷静だった。
「いやいや。重要なのはここからだよ。装置の開発に日向クンの実験データが大きかったのはあるだろうけれど、その装置を予備学科生に回した人間は希望ヶ峰学園の大人達。じゃないよね―――モノウサ。いや、江ノ島さん?」
彼は司会進行を務めているモノウサの方を見上げた。すると、彼もまた目線を合わせ易くする為だろうか。日向の証言台の上に飛び降りた。
「はい。先輩の言う通りです。それと、私の他にもう1人居たのを覚えていますよね? 日向君。いや、カムクラ先輩?」
モノウサが振り向いた先。今までリアクションをする位しかしなかった日向が一度瞬きすると、真っ赤に染まった目が現れた。
「ようやく、ここまで来ましたか」
声色は同じだが、声の抑揚から喋り方まで、全てが日向と違っていた。あまりの変質振りに全員が戸惑っていた。
「日向、さん?」
「彼とは違います。説明するのも面倒ですから、僕のことはカムクラと呼んで下さい。結論から言うと、予備学科生に装置を使わせたのは僕達です」
各々が困惑に包まれている中、身を乗り出して声を上げたのは生田だった。
「なんで? なんで連中にんなモン与えたのよ!!!?」
今まで余裕ぶっていたが、この中で一番業腹だったのは彼女なのだろう。
当たり前だ。仲間達を全て奪われ、自身もこんな装置の中に閉じ込められる原因を作ったのだから。
「試してみたかったんですよ。才能が人を幸福にするかどうか。結果は散々な物でしたが。でしょう? 佐藤さん」
指名された彼女は身を震わせた。彼女も才能を植え付けられたからこそ、カムクラの言うことが理解できたからだ。
このプレッシャーの中、狛枝でさえ発する言葉を選んでいると言うのに、恐る恐るだが声を上げたのは、罪木だった。
「あの、カムクラさん。日向さんは、何処へ行ったんですか? それとも、最初から日向さんは居なかったんですか?」
「二重人格。とか言う奴?」
罪木が紡いだ言葉に乗っかる様に西園寺も続いた。1つの体に複数の人格が詰まっている。という設定はフィクションでも見られる物だ。
「彼なら僕の中に居ます。今は交代して貰っていますが。彼のことは嫌いではありませんので」
「本当にねぇ。カムクラ先輩ってボクも含めて全員のことが嫌いなんだけれど、日向君のことは気に入っているんだよね」
モノウサが楽しそうに話しているが、カムクラは興味も無さそうだった。
「未来機関が観測したデータの中で、キミが救助活動をしている場面が幾つか見られたけれど、それは日向君の意思によるもの?」
「そうですよ」
七海からの質問にも素っ気なく答えていた。この場に引きずり出したとも言える彼には幾つも質問したいことがあった。
「待って。このままだとダラダラ質問をしていくだけになるから、議題の必要になる質問にフォーカスを当てるべきだと思う」
何処までも逸れて行きそうな場を納める為に小泉が無理にでも路線を戻そうとしていた。自分達は何の為に、この場に臨んでいるのか?
「唯吹達が裁判しているのは外に出る為。なんっすけど、このまま創ちゃんについて行っていいかどうかって話題にシフトしているんっすよね?」
「その創、いや。カムクラが全ての惨劇を引き起こしたなら、何が目的かも聞いておかないと。多分、碌でもないことになる」
澪田が条件を整理して、改めて菜摘が問うべき必要性を皆に説いた。そして、九頭龍が切り出した。
「じゃあ、ザックリ聞きてぇのは。カムクラ、テメーの目的だよ。才能を与えたこと、ここから俺達を出して何をするつもりなのかってことをな」
「いいでしょう。付き合いますよ」
議題の方向性が決まり、再び討論が行われようとする中、やはりここでも罪木が遠慮がちに手を上げていた。
「あの、議題が始まる前に聞いておきたいんですけれど、カムクラさんは日向さんの何が気に入ったんですか?」
あまり本題に関係ないから、さっさと聞いておくべきだと判断したのだろう。普段はどんくさい彼女とは思えない位に気が回っていた。
「彼の考え方ですね。実に純粋で、打算が無いから、まるで何も分からない。大口開けて、予測不可能な未来を待ち侘びているマヌケとは大違いです」
スパコーンと小気味良い音を立てて、モノウサの頭を叩いていた。無表情のノーモーションでやるので、全員が噴出していた。
「なにすんだよ!?」
「さっさと元の場所に戻ったらどうですか。迷惑なんですよ」
ッチ。と舌打ちをしながら、モノウサは司会進行を務める場所に戻って行った。確かに日向と違って温和さは感じられないが。
「良いかも……」
罪木が1人興奮していた。勿論、全員から無視されていた。