「カムクラ君。才能が人を幸福にするかどうかを試してみたかった。って言っていたけれど、どういうことか詳しく説明して欲しいかな」
興味を抑えきれない狛枝が、真っ先に質問した。江ノ島こと現モノウサと結託して、彼は何を試してみたかったのか?
「希望ヶ峰学園に限った話ではありません。多くの人達は常に『何者』かになりたがっています。座れる席は決まっていると言うのに」
この場にいる者達の多くが首を傾げていた。何者かになる。という言葉の意味を把握しかねていた。
「それって、アレっすか? アイドルになりたい。とか、モデルになりたいとか。そう言うことっすか?」
「そんな大それた物でなくても構いません。動画配信者、絵描き、小説家。多少の実績があれば名乗れる物は幾らもあります」
「今は曲を作って個人で公開できる時代っすもんね。誰でも歌手になれるっす」
現在はSNSなどの発展の甲斐もあり、個人の製作物を公開する場所は幾らでも用意されている。
澪田を始めとしたアーティスト等は個人でも世界に向けて情報を発信することが出来る故、恩恵は感じやすいだろう。
「本当に彼らは『成れて』いるのでしょうか? 七海さんなら特に実感をし易いとは思いますが」
「そうだね。確かに、誰でも『ゲーム実況者』になることは出来るよ」
ゲームソフトと機材を揃えて、あるいはガワを被せたりすればゲーム実況者になることはできる。
「そこから『再生数』や『チャンネル登録者数』を伸ばすのは別問題だけれどね」
七海が冷淡に告げた。これは超高校級のゲーマーとして激しい競争を勝ち抜いて来た彼女だから、知っている現実だろう。
再生数やコメントが伸びずに投稿をしなくなった者は大量にいる。人気配信者でさえ、心無いコメントやモチベの関係で続けられなくなる位に過酷な世界だ。
「本当に好きなら、そんな物は気にする必要もないハズです。自身の考えに、周りの評価や数字などは関係ありません。己の中に依る物を持つことで『何者』かになると、僕は考えています」
棒人間でも書けたら絵描きと言っても良いし、拙文でも書けたら小説家と名乗って良いし、面白くなくてもやり切ったら実況者と言っても良い。
カムクラが語ったことは、この場にいる人間には頷ける物だった。何故なら、この場にいる人間の殆どが『超高校級』なのだから。
「イズルちゃん。その考え方、完全に才能がある側の意見っす。大抵の人は、周りを気にしちゃうんっすよ……」
だから、両者の狭間に立てる澪田だけが言えた。かつて、バンドグループから周囲の目を気にして路線変更を迫られた経験のある彼女だからこそ、認められたいと思う人間の考えが理解できた。
「それは自身の成果物や趣味が大衆の評価を得なければ、『依る物』として値しないと考えている。と言うことですか?」
「そうっす! 皆、自分が社会的に価値のある人間だと思いたいんっすよ!」
「ならば、ゴミ拾いを始めとしたボランティア活動に励めば、評価は得られると思いますが」
「出来たら、自分がやりたい楽しいことで」
「ふざけているんですか?」
決して、澪田が思っている訳ではなく、一般的な思考をトレースした上での発言だが、平坦で抑揚のない声で言われるんだから威圧感はバッチリだった。
「い、唯吹が思っている訳じゃ……」
「冗談です。それ位は想像できますよ。だから、僕は世間一般から認められるであろう『才能』を渡したんですよ。これで皆は何者かになれると」
「実際は才能に振り回されるばかりでしたがね。ぶひゃひゃひゃひゃ!!」
もう1人の当事者であるモノウサが大爆笑していた。
才能を渡された生徒達は、最初は全能感に酔いしれるのだが、やがて本物と差を付けられ、あるいは使いこなすことも出来ない無力感に打ちひしがれ、やがて他者に当たり散らすという結末を迎えた訳だが。
「才能を育てる為の人格、環境、習慣。その要素と過程が『何者』かにするのであって、能力は結果でしかないよ」
「やはり、貴方もそう思いますか。それでも、何かの切っ掛けになるかと思っていましたが、彼らがあそこまで無知蒙昧だとは」
狛枝が言うことは、カムクラもある程度予想はしていたらしいが、彼は可能性に賭けたらしい。無駄だったが。
「先輩は、皆に期待し過ぎだって! アイツらって面倒臭がりな癖に欲しがってばかりのナマケモノだからね!!」
「そうね。そこのクソマスコットに同意するのは癪だけれど、こればかりはその通りだと思うわ」
モノウサは軽蔑を隠しもせずに言った。こればかりは、生田も同意する所であり、九頭龍達も頷く中、佐藤が俯いているのを見て、小泉が声を上げた。
「才能を渡した経緯は分かったけれど、今後のカムクラの目的は?」
「少し疲れたので、そこら辺は議題して見つけて下さい。簡単に分かると思いますので」
今までの話や行動からして、彼が何をするつもりか。というのは想像し易くはあったが、彼が話してくれたことをまとめる上で互いに議論することにした。
「カムクラは日向おにぃとも仲が良いんだよね? じゃあ、アンタの目的って言うのは、日向おにぃの目的とも言えるんじゃないかな?」
西園寺は先程の遣り取りを思い出していた。モノウサが言うには、カムクラは日向のことを気に入っているらしい。故に、人助けなどもしていたらしいことから、超高校級の絶望の様な目的がある訳ではなさそうだった。
「アイツがこの島に来てから積極的に取り組んでいたことか」
九頭龍も口に出しては見たが、こんなこと。考える必要も無いだろう。
「スケーターを増やすことですね!」
罪木が自信満々に答えていた。一体、彼の目的がこれ以外の何であるというのか。沈黙しているヌケーター達もウンウンと頷いていた。
「正解です。僕達は思っていました。その人間が何者かに足り得る物を持てば、幸福になれると。例えば、江ノ島さんがイルブリードなんてゲームを全力で推して、演じた結果。沢山の人々の心を打ったように……」
「殺されてぇか……」
話の筋的に持ち出す例としては分かり易くはあるのだが、甚くモノウサを刺激したのか木槌を投げようとしたが、やはり生徒は傷つけられないらしくポロリと落としていた。
「例えば、マイナーなゲームを全力で楽しみ、ゲイポルノ男優の音声を切り貼りして彩った彼女の動画が皆を喜ばせ、ホモガキを生み出した様に……」
「もしかして、カムクラ君って通り過がりに人を殴るタイプの人間?」
特に指名されなかった者達は思った。殴られる側にも問題があると。ただ、言いたいことは何となく分かった。
「もしかして、テメーらは……」
九頭龍だけではない。皆が息を呑んだ。正気か? 本気か?
希望ヶ峰学園の経営陣が才能で世界を牛耳ろうとするより、江ノ島が世界を絶望で染め上げようとするより、未来機関が世界の再建を願うよりも。ずっと純粋で……馬鹿らしい目的だった。
「僕達と一緒に滑りましょう。世界に必要なのはそれだけです。絶望も、希望も、未来も、現実も余計な物です。何者かになりたいなら、皆でスケーターになりましょう」
彼は、彼らは、この島に来た時から何一つとして目的を変えていなかった。これには生田も笑うしかなかった。
「バカじゃないの!? 食事とかはどうするのよ? 住む場所は? ケガや病気は? アンタの無茶が成立しているのはね。ここがプログラムだからよ!!」
極当たり前の指摘だった。人は生きている限り食事を取らなければならないし、睡眠も排泄も必要だ。
しかも、現在の世界は荒廃している為、そんな遊んでいる暇なんてある訳がない。あまりに現実を顧みない発言には、もはや失笑するしかないのだが。
「逆ですよ。現実が絶望で塗り潰された今だからこそ、皆で滑る必要があるんです。スケーターが世界を統べる必要があるんです。まずは、ここから」
どうして、自分達は彼を正気だと思っていたのだろうか?
最初からおかしかった。最初から何も変わっていなかった。全ての正体がここに明かされた。