「高尚さ、マネタイズ、承認欲求。全てが不純物です。ここに居る彼らを見て下さい。脱出だの、絶望だのから解き放たれた穏やかな顔をしているでしょう?」
この裁判に臨んでいる者達が外の世界や絶望に苦悩している中、カムクラが指したヌケーター達の表情は穏やかな物だった。なるほど、ありとあらゆる辛苦から解放されるのは魅力的かもしれない。
「それじゃあ、テメーに従わねぇと卒業できねぇ。ってことか?」
「いいえ? 別に、ここから出たいなら止めはしません。ですが、果たして外の世界の空虚さに耐えられるでしょうか? 例えば、九頭龍さん。貴方が守るべき『九頭龍組』はもうありません」
予想はしていたが、超高校級の絶望の先兵となっていた彼らが現在も残っているとは考え難かった。九頭龍は菜摘の方をチラリと見たが、彼女は小さく頷いていた。
「澪田さん。貴方の音楽は既に呪われています。今後、何を作っても人々を幸せにすることはありません。悲劇と不幸を想起させるだけです」
澪田が言葉を詰まらせた。例え、人格や記憶を更生させたとしても作風まで変容させることは出来ない。彼女が作る曲には永遠に『絶望』という罪が付きまとうことを指摘していた。
「その点で言えば、小泉さんと西園寺さんもですね。自らの才能を貶めた罪は、永劫雪がれることはありません」
西園寺の様な本人が前に出て芸を披露する類の才能は勿論、小泉の様な写真家も活動できる場所が限られる故、満足行く活動は出来ないだろう。
「カムクラ君。君はさっきから不思議なことを言うね。アレだけ周りのことを気にしなくて良いって言っていた君が、周囲のことを気にしろだなんて。やろうと思えば、音楽も1人で出来るし、写真も1人で撮れる。舞踏だって1人でも出来るよ? 罪木さんは相手がいないと無理だけれど」
「で。耐えられますか?」
狛枝がカムクラのロジックを突こうとしたが、一瞬で跳ねられた。
最初からストイックに趣味を突き詰めている人間なら出来るかもしれないが、ここに居る者達は見て貰い、評価されることで才能を磨いて来た。
誰も聞いてくれない音楽を抱えていられるか、誰も知ってくれない舞踏を抱えていられるか、誰も見てくれない写真を抱えていられるか。
「なんだか。話を聞いている限り、カムクラ君は最初から皆をヌケーターにする為に参加した様に思えるけれど」
「そうです。僕は皆さんと一緒にスケートボードをする為にやって来たのです。これは彼の願いでもあります」
七海からの問いかけに、カムクラは頷いていた。話しぶりからするに、日向も同じことを考えているらしい。
「創まで?」
「菜摘さん。貴方こそ一番の理解者だと思っているんですよ? 貴方が抱えていた恨みや妬みを晴らしたのは、一体何でしたか?」
そう言われると、菜摘は黙るしかなかった。もしも、自分が日向と同じクラスになっていなかったら、どんな未来を歩んでいただろうか? ……その答えを握る人物は、この裁判所にいる。
「佐藤さん。僕達は貴方の様な人にこそスケートボードをして欲しかった。誰かの目を気にしたりする必要もなく、純粋に。自分が好きになれる物を見つけて欲しかった」
自分が熱中できる程に好きになれる物。または、熱中することで自分が好きになれる物を見つけて欲しいというダブルミーニングで言ったのだろう。
自らが陥れた少年は責めることも無く、むしろ自分の境遇を想って労わりを見せられたのだから、揺らいでいた情緒が助けを求めて傾倒するのは無理からぬことだった。
「何よこれ……」
生田はただ、ひたすら戸惑っていた。この裁判は、外に出れさえすれば何とかなると思っている連中を説き伏せて肉体を捨てさせるつもりか、あるいは自分達が受けた苦痛と怒りを思い出させるつもりだった。
その為に、彼らを助けて来た日向が何者かということを議論して、彼らの支柱を崩そうとしていたが、コイツはそんな物じゃなかった。
「先輩は最初から皆を舌の上でコロがしていたんだねぇ」
モノウサが張り裂けんばかりの笑みを浮かべていた。つまり、自分は彼らを陥れるつもりで、利用されていたのか。
「狛枝さん。比較的マシな貴方なら分かるでしょう。この状況で、真なる希望を見るには何処について行くべきか」
「参ったなぁ。僕から意見することが何もない」
降参を示す様に、狛枝も両手を上げていた。七海だけは靡く理由も無いが、翻意しそうになっているメンバーを説得するだけの言葉も持っていなかった。そして、最後に1人。
「罪木さん。一緒に来て下さい。彼も願っています」
今まで、自己を否定され続けて来た彼女にとってはまるで福音の様に響いたことだろう。他の者達がロジックで誘導されている中、自分だけはそんな物も必要ないと信用されている!
「(でも。なんで……)」
ここで頷いて良いのだろうか? きっと、皆が頷いて仲良くヌケーターとして外に出れば、誰から責められることも無い楽しいだけの時間が待っている。
これまで散々抑圧されて来た人生だ。そろそろ報われても良いんじゃないか? いや、報われるべきだ。
「(はい。って、言えば良いだけなのに)」
きっと、自分が頷いたのを皮切りにして周囲も連鎖的に落とすという演出も考えているのだろうと、妙に勘が冴え渡っていた。
それでも必要としてくれていることには変わりない。考えれば考える程、人の善意や思惑に悪意を見出そうとする自身の卑屈さが嫌になる。コイツにも引導を渡すべきではないか。堪らず、言葉が走った。
「嫌、です」
空気も含めて、全てが停止したかのような空白があった。起伏の薄いカムクラでさえ、驚いていた。
「何故ですか?」
カムクラに威圧する気はないのだろうが、罪木は身を庇う様な仕草を見せた。
彼女にとって『何故?』や『どうして?』という質問は、自身の意見や考えを否定する物と言うイメージがあり、今までは自分の意見を押さえつけていたのだが、今回は違った。
「だ、だって。日向さんがスケートボードをしている時はいつも楽しそうでした。わ、私を誘ってくれて、全然うまく滑れなくても。……で、でも。カムクラさんが誘う時とかスケートボードの話をするとき、全然楽しそうじゃないんです。なんだか、諦めているみたいに見えて」
生半可な反骨心程度では説き伏せられ、善良さは現実を持ち出しねじ伏せ、ロジカルシンキングは同じロジカルで潰す。希望ヶ峰学園が生み出した、カムクライズルは紛うこと無き傑作だった。
そんな、怪物とも言える存在が彼女の言葉を吟味している。跳ね除けることも無く、咀嚼していた。その一瞬の動揺を見て、動いた人間が居た。
「……私、アンタに救われたからさ。納得するしかないと思っていた。けど、違う。創なら、そう言うことしない。アンタのスケボーって。誰かを支配する為に使う物じゃないでしょ?」
菜摘だった。ここで奮起したのは罪木の言葉に触発されたこともあるだろうが、きっと。もっと小さくて個人的な意地もあったのだろう。
「おんや? 風向きが変わりましたねェ。もしや、アレっスか? 映画館の予告とかで何々泣き~! とか言っちゃう、アレになっちゃうパターンッスか?」
「イルブリ泣き~~~」
「会話に参加できない陰キャの鳴き声やめろ」
「狂いそう……!」
空気的に参加できそうにないので、何か声を上げたことで喋った気になろうとしていた七海はモノウサに殴り返されていた。そんな様子を見た西園寺が、小泉に耳打ちしていた。
「七海おねぇってさ。喋る罪木って感じだよね」
「気持ちはわかるから……」
とにかく、空気が重いというか、何も喋らなければ呑まれそうなので喋りたいという気持ちは、彼女にも理解できないことは無かった。喋る内容に関しては全く同意は出来ないが。
挿しこまれたコントらしき何かは兎も角として、罪木の発言を発端として、議論の流れは変わろうとしていた。